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2010.03.06

[書評]内定取消!  終わりがない就職活動日記(間宮理沙)

 昨年のこと、内定をもらっていたはずのある大学生(女性)が卒業式を一か月後に控えたある日、突然その会社から「スーツを着て来てください」と呼び出される。なんだろうと思いつつ向かうと、応接室に通され、若い役員と二人きりのいわば密室で「君はウチの会社に向いていない。どうせ鬱になって辞めるよ」「君は同期で一番レベルが低い。電話番も任せられるかどうか」「自覚がないようだから教えてあげるよ。君はクズの中のクズだ」と数時間にもわたり怒鳴りつけられる。

cover
内定取消!
終わりがない
就職活動日記
 理不尽というしかない状態に若い女性が突然に置かれた。そしてこの理不尽は三日で指定した資格を取れなど、その後も続いた。なぜこんな事態になったのか。彼女、つまり筆者の間宮氏は、自身に問題点があるのかと内省したが、納得できない。この状態を受け入れて内定を辞退することはできず、困惑し心身の不調にも陥った。それが本書「「内定取消!  終わりがない就職活動日記(間宮理沙)」(参照)の前半の話。
 後半は、この事態に立ち向かい、同じ境遇の仲間をインターネットで募り連携しあい、ブログにまとめ、さらに、書籍としてまとめた。同じような理不尽な境遇にある人にとっては、心理的な支えにもなるし、後半にまとめられている対応策は実際的な指針にもなるだろう。なにより、こうした社会の暗部が暴露されることで、企業側も同種のエゲツない態度を採りづらくなるという点で、社会的に意義深い書籍ともなるだろう。
 こう評してはいけないのかもしれないが、社会問題という文脈でなく、ひとりの若い女性のビルドゥングスロマンとして読んでも面白いと思った。同タイプの理不尽と限らず、社会のなかで大人になっていくときには、少なからぬ人が同じような理不尽に遭遇する。私も今思うと若い頃、似たような経験をしている。ある最終の面接で、どうも雰囲気が違い、奇妙な罵倒に合う。私は人からよく非難されて生きてきたが、私はそれをはねつけるほど強い人間ではなく、むしろ、相手の非難のなかにどれだけ客観的な合理性があるだろうか、合理的な非難であればできるだけ受け入れたほうがよいだろうという態度でいたので、その時も、相手の非難の合理性を考え込んでいた。
 本書の著者間宮氏も冷静にそういう視点をもっているので共感もしたが、幸い若い私のほうは違う展開になった。私がその問題を深刻に考えていることに対して、面接者が早々に手の打ちを明かした。これは一種のストレステストなんだ、面接のマニュアルで決まっていることなんだよ、そう深刻に考えなくていいんだ、というのである。安堵もしたが、落胆もした。つまり、私はその程度のストレステストに不合格であったということだ。そして、世の中というのは、このストレステストを経過した鉄面皮のエリートによって成り立っているのかと若い日の私は思った。が、その後の経験からするとそうでもない。厳しい娑婆で生きている人にはそれなりの独自の優しさというものはある。本書後半で若い著者を支えていく人たちもそうした人々であろう。
 自分語りのようになってしまったが、そうした経験も経た自分からすると、このブラックな話を、むしろブラックな担当者の側の視点でも読んだ。すでに著者も一連の騒動の後に理解しているが、なぜこんな事態になったかと言えば、大枠としてはリーマンショック以降企業の業績が低迷し、当初予定した新人採用が難しくなり、しかも内定取り消しとなれば企業側の責任になるので、それを回避するために、内定者から辞退を引き出そうということである。ブラック担当者はそれがお仕事ということであり、それなりに坦々とこなしていたのだろう。
 私の推測だが、この担当者はそれほど能力はないのではないか。一連の過程を見ているなら、著者間宮氏はクズどころではない宝石の原石である。それに気がつかず自身の保身に回った時点で、この担当者の無能が結果的に暴露されている。ただし、この企業はもしかすると、そういう有能な人材は必要としないのかもしれない。それどころか、日本の企業全体が、優秀な人材を必要としない状態になっているのかもしれない。

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コメント

新卒ではないが、自身も就活をしてる身なので、興味深く読ませていただきました。確かに、締めの言葉には思い当たるものはあります。いつからか日本企業は守ることを主に、変化を畏れかつてより保守的になってしまった気はします。若者も自らを売り込むより、うまく合わせる人が企業に溶け込めるのだとしたなら、未来はあまり明るく感じられません

投稿: Tattaka | 2010.03.06 23:56

ブラックというかマネジメント能力がない経営者の元では求められるのは愚者という感がありますね。

>優秀な人材を必要しない状態になっているのかもしれない。

「優秀な人材を必要"と"しない」では?

投稿: | 2010.03.08 01:55

脱字のご指摘ありがとうございます。訂正しました。

投稿: finalvent | 2010.03.08 08:38

「内定取消」の本ですが、実際体験されたことなので、事実は事実として受け止めますが、どういう企業なのか気になりました。
私は元サラリーマンで教師に転職した者ですが、「企業は人なり」だと信じております。そうでない企業には将来はないと思っております。
学生たちの就活を見守っておりますが、企業説明会では「いい話しか聞けないよ」とアドバイスしております。人を大切にしている企業なのか、このことに尽きるのではないでしょうか。
私事ですが、サラリーマン時代は、上司から「いやなら辞めろ」とよく言われました。中堅になり、転職する際には「君にはこれからと思っていたのに、どうして辞めるのか」と言われました。

投稿: vitahiroshima | 2010.03.19 13:31

組織の中でそういう役を演じ言葉を吐かされる。
そういうふうになりたくないなら、
そういう面接など選ばずに、
別の道もいくらでも選べるだろうに、
打開能力の無さは棚上げ上げ
後でいくらこねくり回しても
反省にしかならない。
悪く言えば不満をぶちまける只の愚痴。

上げ膳据え膳、おんぶにだっこで
育ててもらい、自分では到底稼げない
金額で勉強までさせてもらってて
これからやっと自分の面倒を
見れるようになれるかもしれない道の
ほんの入り口でもうこれだ。

不平、不満、大変さからのストレス
から、組織の背後を洞察する余裕も無い
だろうけど、それが社会人にとっては只の日常
なんだよ。逆に言えば自分はその程度能力
だという事。
企業は何時だって優秀な人材は必要としている。

投稿: | 2011.02.27 07:52

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