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2010.03.15

[書評]心理学で何がわかるか(村上宣寛)

 「君の知りたいことはこの本に全部書いてあるよ」と言いたくなる本がたまにある。本書「心理学で何がわかるか(村上宣寛)」(参照)がそれだ。「ほんとか?」と思うなら、本書「はじめに」にある、次の11項目についての考えを聞かせてもらいたい。


・ 兄は兄らしい性格、妹は妹らしい性格になる。
・ 親の育児態度は性格や気質に永続的な影響を与える。
・ 乳幼児は他人の心が理解できない。
・ 自由意志は存在する。
・ 幽体離脱体験は本当だ。
・ 乳幼児は長期間、物事を記憶できない。
・ 記憶力は鍛えれば強くなる。
・ 女性の理想の相手は、自分をもっとも愛してくれる人である。
・ トラウマは抑圧される。
・ 暴力的映像は暴力を助長する。
・ うつ病の治療には薬物療法が効果的である。

 見るなり、それはないでしょと思う項目が多いかもしれないが、もしかして、一つでも、それはあるかもと思った項目があっただろうか。
 著者村上氏はこう続けている。

 まさかこんなことは信じてないでしょうね。

 つまり、これは全部、事実に反する。本書は、こうした話題を本書刊行2009年時点の研究からまとめている。

 心理学では、二〇~三〇年遅れの教科書は啓蒙書が主流なので、この種の事柄を真実だと思い込んでいる人が多いだろう。心理学ではよく「関係がある」、「影響がある」という仮説が立てられる。昔の研究を調べると、研究計画が不完全だし、統計分析もずさんである。綿密に精査すると、「関係がある」とか「影響がある」という仮説が否定されることがよくある。
 どんなことでも信じる自由はある。結果だけを信じるのは信仰で、科学は一種の試行的態度である。どのようにしてその、その知識が得られたのか、そのプロセスに注目し、確認する必要がある。だから、オリジナルの文献から見直さないといけない。

 ということで、村上氏は「腐っても国立である。電子ジャーナル関係のインフラは揃っている」として論文を検索し、幅1メートルにもなる文献を読みまくった。さらに単行本がある。本書の結果がそれである。

 全部、まじめに読むと身体を壊すので、なるべく読まないようにしたが、お陰で執筆に一年もかかった。

cover
心理学で何がわかるか
村上宣寛
 まいどのユーモアなコメントが続くが、本書は章ごとに村上氏の個人経験や雑談的な話が含まれていて、その部分も微妙に面白く、悪い意味ではなくちょっと変な本という印象も与える。内容は、私なんかが言うのもおこがましいが概ね正しく、また参考文献集もコンサイスにまとまっている。
 知能と遺伝については、昨日のエントリ「[書評]IQってホントは何なんだ? 知能をめぐる神話と真実(村上宣寛): 極東ブログ」(参照)で触れた2007年刊行の同書とほぼ同じ主張が繰り返されているのだが、どこか違うかなとこの機会に注意して読んだが、相違点ということではないのだが、デブリン(Bernie Devlin)の子宮内環境の影響について少し考えさせらるものがあった。
 本書でも一般知能gについて、それが遺伝子によって規定されているとするプロミン(Robert Plomin)の2002年の研究を引いているのだが、本書では子宮内環境についてこう言及されている。

 共分散構造分析で解析する際、どのようなモデルを立てるかによって数値が異なってくる。例えば、子宮内環境という変数を導入すると、一気に遺伝の影響力は小さくなる。プローミンらの数値は、狭い意味での遺伝の影響力である。

 本書ではそれがデブリンの1997年の文献であることの言及はないようだが、時系列からしてプロミンがデブリンのような視点を考慮していないのだろうかということと、いずれもこれらの見解は2002年止まりの研究によるもので、その後の研究の動向はどうなっているのか気になる。
 加えて子宮内環境の影響が実質的な遺伝的影響を形成しているというなら、卑近な考え方でいえば、母親の妊娠時の環境が出生後の子どもにかなりの影響力を及ぼすとも言えるだろう。この点について、どう評価されるべきなのだろうか。
 そのあたりの問題に関心が及ぶのは、似たような見解をまったく別の文脈から吉本隆明が、以前エントリで触れた「[書評]心とは何か(吉本隆明): 極東ブログ」(参照)の同書で触れているからだ。もっとも、吉本氏の場合は、出生後の1年のほうをより重視していた。
 広義に育児として、知能や人格という関係で見るなら、本書のまとめは非常に明快になっている。簡単に言えば、育児の及ぼす効果はかなり小さい。

 一般に期待されているほど、育児態度の影響力は大きくない。むしろ、育児態度の影響はかなり限定的である。育児態度が非常に否定的で、虐待的であれば、子供の自尊心や社会性にはある程度、影響は与える。しかし、気質や性格に永続的な影響を与えることはない。
 子育ての研究は多数に上るが、共分散構造分析等で、因果関係を分析した研究は少ない。養育態度の背景には、社会経済的地位や両親の性格、子供との共通の遺伝子要素などの変量が隠れている。この変量を統制すると、育児態度の影響力は消えてしまうだろう。
 『子育ての大誤解』は、育児態度の影響力をゼロであると、センセーショナルな話題作りをした。主張はやや極端にしても、基本的には肯定せざるを得ない。ほとんどの研究は、子育てが非常に小さな影響しかないことを示している。

 この問題も社会的な文脈で考えなおすといろいろとやっかいな問題でもある。

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コメント

記事中の書籍画像がアマゾンリンクになっていませんが、意図的なものでしょうか?

投稿: Rashita | 2010.03.15 11:05

実際に二人の子供を育てている感覚として、
>簡単に言えば、育児の及ぼす効果はかなり小さい。
の部分は、まさにその通りだと感じている部分ですね。

人の子供を見ていても、産まれながらに性格のベクトルは決まっており、それを親の教育で曲げることはかなり難しいと感じています。
但し、そのベクトルを善の面にするか、悪の面にするかは教育次第ではないかと思っています。

育児の本を見ると、親の教育について様々な事が書かれていますが、全て統計的な根拠が示されておらず、書いている人の個人的な思想に基づいているだけのような気がします。
その結果、思い通りに育たない子供に対して親がストレスを感じるようになり、その事が子供に余計な負担をかけているような気がしてなりません。

育児の及ぼす効果はかなり小さい。
このことを育児本、育児雑誌は明確に伝えていくべきだと思います。


投稿: tharks | 2010.03.15 11:37

Rashitaさん、ご指摘ありがとうございます。エラーでした。修正しました。

投稿: finalvent | 2010.03.15 15:17

長子とか末っ子とかは少々の個人的交流があれば当てられるように感じますけど。

投稿: 痴本主義者 | 2010.03.15 22:27

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