« 郵政改革法案を聞いて、これが民主党なんだろうかと思った | トップページ | トルコが脱世俗国家へと変貌しつつあるようだ »

2010.03.28

米国核態勢見直し(NPR)報告書にたいした変化はないだろう

 今朝の朝日新聞社説「米ロ核軍縮―「プラハ構想」を動かせ」(参照)と毎日新聞社説「社説:米露新条約 核兵器全廃への弾みに」(参照)を読んで少しだが変な感じがした。話題によってこの二紙が示し合わせたような論調を取ることは不思議でもない。変だなと思ったのは、この議論をするなら欠かせるはずもない米国核態勢見直し(NPR: Nuclear Posture Review)報告書に両社説がまったく言及していないことだった。
 両社説は米国オバマ大統領に核廃絶を期待しているという内容なのだから、その具体的な見通しとなるNPRにまったく言及しないのはなぜだろうか。例えば、New York Times記事「White House Is Rethinking Nuclear Policy」(参照)のような視点から書くことは難しくはないだろうし、「憂慮する科学者同盟」報告書の趣旨に沿ったような主張もできそうなものだ。24日付け時事「日本核武装論「根拠なし」=先制不使用の宣言を-米民間団体」(参照)より。


核廃絶や地球環境などの分野で政策提言を行う米国の民間非営利団体「憂慮する科学者同盟」は23日、オバマ政権が近く公表する核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」に関し、核攻撃を受けた場合を除き核兵器を使わない「核の先制不使用」宣言を打ち出すよう求める報告書を発表した。先制不使用を宣言すれば日本が米国の核の傘を信頼しなくなり、核武装に走ると恐れる米側の懸念には「根拠がない」と主張、これを理由としている。

 朝日新聞と毎日新聞の両社説がNPRに言及を避けたのは、NPRについて言及するとまずいといった理由もないだろうから、当のNPRがまだ出ていないということではあるのだろう。19日付けしんぶん赤旗「NPR(核態勢見直し)1カ月内に発表」(参照)は、発表が遅れている現状をこう報道していた。

 【ワシントン=小林俊哉】策定が遅れているオバマ米政権の「核態勢見直し(NPR)」報告が、1カ月以内に発表される見通しとなりました。国防総省のミラー筆頭副次官(政策担当)が明らかにしました。NPRは、今後5~10年間の米核戦略の基本となるものです。今月1日が議会への報告期限でした。
 ミラー氏は16日に開かれた米下院軍事委員会の戦略軍小委員会で、NPRには、安全で効果的な核戦力を維持しながら、防衛政策の中で核兵器の役割を低下させる具体的な措置が盛りこまれると主張。提出が遅れている理由について、国防総省側で最終的な調整にもう少し時間がかかると判断したためだと説明しました。

 NPRはどうなるだろうか。
 大した変化はないだろう、とするのは、Slateに寄稿されたフレッド・カプラン(Fred Kaplan)氏のエッセイ「How Important Is Obama's Nuclear Posture Review?」(参照)である。同記事はNewsweek日本版3・24に邦訳もある。
 米国の核戦略に大した変化がないとする主張には、次の4つ理由がある。

First, there is no substantial constituency, in Congress or elsewhere, to build any new U.S. nuclear weapons, nor has there been for decades.

第一には、新核兵器を開発したとしても、実際上、議会でもその他でも、民主主義的な同意は得られない。この数十年間、賛意を得られたことはなかった。


 過去いろいろ懸念されてきた新種の核兵器も、顧みるとそのときおりの話題で終わって変化をもたらすことはなかった。例えば、ブッシュ政権下ではバンカーバスター開発も打ち出されたが、多数派だった共和党で否定されている。

Second, Obama has already said that he wants to slash the nuclear arsenal. There is no rational basis for not slashing it, but whether that happens will not be determined by the conclusions of an executive review.

第二には、オバマはいつも核兵器を削減すると言ってきたし、削減を妨げる合理的な基礎もないが、そのことを決めるは政府報告書ではない。


 オバマ政権の核兵器削減がNPRで表現されていても実効性とは関係ない。今回のNPRの焦点は、朝日新聞と毎日新聞が言及していなかったが、米露の削減数を踏襲するかさらに踏み込んだ形になるかでもある。

Third, whatever Obama says about the circumstances under which he'd use nuclear weapons (for instance, were he to say that he'd never use them first), there is no reason for other world leaders to believe him or to assume that some future president might view the matter differently.

第三に、オバマが核使用の環境について述べても(例えば先制使用はしないとしても)、他国の指導者にしてみれば、彼を信じる理由もないし、将来の米国大統領が意見を変えると想定する理由もない。


 他国がどのように米国の核戦略を評価するかは、NPRとは直接関係がない。今回のNPRで注目されているのは、「憂慮する科学者同盟」報告でもあるように、核の先制不使用の扱いであるが、米国外の視点からすればNPRで明記されても、おそらく核化を狙う国家への影響は少ないだろう。

Fourth, however deeply the United States and Russia cut their nuclear arsenals, the move won't dissuade other nuclear wannabes from pursuing arsenals of their own.

第四に、米露がどれほど核兵器削減をしても、核武装したい国家には説得力を持たないだろう。


 ここが重要で、今朝の朝日新聞と毎日新聞の社説が米露の動向を世界の核兵器削減の文脈に置いているが、冷戦世界の決算の意味合いはあっても、将来の視点で、やはり新興国への影響は少ないだろうと見られる。
 さらに、米国の核削減は核の傘を失った国の核化を促すかもしれない。やや意外というのもなんだが、実はこの議論の文脈で焦点が当てられているのは日本なのである。「憂慮する科学者同盟」報告書からもわかるが、米国の核削減によって日本が核化するのではないかという懸念は日本外では強い。もう少し踏み込んでいえば、中国としては日本の米軍の力が弱まることを望む反面、日本が独自の核化に進む懸念も抱えなくてはならなくなる。
 カプラン氏の結語は、日本のオバマ政権への反核期待とはずれるが、穏当なものだと言えるだろう。

The true value of this Nuclear Posture Review depends, in part, on how President Obama views—and presents—its purpose. If he sees it as a way to build institutional support for drastic arms cuts, it could be very valuable indeed. If he sees it as a first step toward his grander goal of wiping nuclear weapons off the face of the earth, he's going to be sorely disappointed.

NPRの真価は、部分的にであるが、オバマ大統領がそれをどう捉え提示するかにかかっている。大幅な軍縮の道具にするなら、実際上の価値はあるだろう。しかし、この地上から核兵器を廃絶するという彼一流の広大な目的の第一歩とするなら、痛ましいほどに失望することになるだろう。


 医療保険改革での政治手腕を見ていくなら、オバマ大統領は、口先だけで理想を述べ結果が失敗しても努力は評価していただきたいと懇願するようなタイプの政治家とは異なり、現実的に老獪な手腕を取る。浅薄な理想主義者ではないから、実利を得ていくという意味でまさに政治家らしい政治家であり、彼自身はNPRの影響に失望することはないだろう。失望があるとすれば、他の方面かもしれない。

|

« 郵政改革法案を聞いて、これが民主党なんだろうかと思った | トップページ | トルコが脱世俗国家へと変貌しつつあるようだ »

「時事」カテゴリの記事

コメント

北朝鮮の核開発成功って、本当なんですかね。

中国もロシアも援助しないで、独自の核開発を、パキスタンの学者の助力でできたという話を真に受けていいんでしょうか。

日本が核武装するという話も、潜在的には可能でも、いざ、核武装しようとしたとき、どのくらい実効性のある核武装ができるのでしょう。大体、何処で核実験をするのか。そして、テポドン程度の程度のミサイルでも、早急に開発できる体制にあるのか?

こんなこと考えると、核武装国も、ある程度までの核軍縮なら、ずいぶん容易なのではないかと思うんです。

投稿: enneagram | 2010.03.28 17:17

結果的に、これ結構動きましたね。オバマじゃなかったらやらないだろうなあ。まあ確かにもっと別のところにお金使うべきですよね。サイバーとか。

投稿: squarecafe | 2010.04.11 01:27

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 米国核態勢見直し(NPR)報告書にたいした変化はないだろう:

» 寒い日には肉豆腐(豚肉)鍋:すき焼きとの違いは豆腐の量?:「米国核態勢見直し(NPR)報告書」に見えない話 [godmotherの料理レシピ日記]
 えんどう豆はもう畑に蒔いたらいいと言われ、昨日は雨前適期ということで畑に行ってきました。予報通り、時々霙(みぞれ)が混ざるような雨が夕方降ってきてにんまり。寒いときに蒔いた種は、芽が出るまでに時間が... [続きを読む]

受信: 2010.03.29 09:48

« 郵政改革法案を聞いて、これが民主党なんだろうかと思った | トップページ | トルコが脱世俗国家へと変貌しつつあるようだ »