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2010.03.22

フォーサイトの4月号からWeb版へ

 フォーサイトの4月号が届いた。昨年12月16日、同誌が休刊になるというアナウンスされ、ブログの世界でも多少話題になった(参照)。私はというと、奇妙な感じがしていた。嘘だとは到底思いもしないが、実際に休刊になる最後の号というのをこの手にしてみるまで、どこかしら信じられない気持ちがしていた。それがここにある。

 表紙には創刊20周年記念号「これからの20年」とあり、創刊号からの表紙がサムネールとして並べられている。いつだったか、月刊アスキーでもこうした表紙を見たことがある。私は同誌のほうは創刊以来の読者でもあった。
 20年という年月は、今20代の人にとってはぴんと来ないだろう。20年前は物心付く程度でおそらく他者から語られる「歴史」というものに違いない。30代の人ですらそうかもしれない。私は50代になっちまったので20年前はついこないだという感じもする。1990年、そうたいした昔でもないな(村上春樹風)。しかし、昔は昔だった。そこには今からだと歴史というラベルを付けないことには、うまく理解できない別の世界があった。
 フォーサイト創刊から事実上巻末エッセイ「クオ・ヴァデス」を書かれていた徳岡孝夫氏はこう語っている(余談だが氏は「諸君」巻頭コラム「紳士と淑女」の執筆者でもあった)。


 ラテン語で「きみはどこへいくのか」を指すクオ・ヴァデスを通しタイトルにして、私は「説く」より、もっぱら「問う」ことを心がけたつもりである。これは吾ながら賢明だったと思う。なぜなら本誌創刊のころ、米ソ対立の冷戦構造は永遠に続くと思われていた。北京の天安門広場は永久に静寂が支配するものと信じられていた。世界の時々の現象をあたかも不動のもののように受け入れて論を立てることがいかに無益か、この二例を見れば判る。

 私流の正確さを問うなら「Quo vadis, Domine」であろう。そして私はあの時代、ソ連の崩壊を確信していたし、中国の動乱も予感していた。しかし、若さゆえの特異な直感のようなもので、世の中がそういうふうであったわけではない。そういう時代が20年前だった。ロッカビー事件の余波も残りリビアは今のイランのように非難されていた。ブッシュ政権下になってようやくリビアも変化したが、あたかもあの時代のことはみんな忘れてしまったかのようだったし、それがブッシュ政権下の外交成果であることももう忘れてしまったかのようだった。
 同号では塩野七生氏にこれからの20年後を問うインタビューもある。

---これからの二十年を生きていく一人ひとりの日本人は、何に備え、何を大事にしていくべきとお考えでしょうか。ぜひお聞かせください。
塩野 私自身ならば二十年後は確実に死んでいるのに、二十年後はどうなるかなんて無責任なことは言えません。また、若くもないのに若い人に向かって、どう生きよ、なんて言えない。私が若かった頃に、大人たちのもっともらしい意見が大嫌いでした。

 そう語る塩野氏の若いころの思いを私は知っている。「Voice平成4年特別増刊号」で、氏が山本七平氏との思い出のなかでこう書かれていた。

 十年ほど前の話だったと思うが、ある出版社が先生と私に話させてそれで一冊作る、という計画を立てたことがある。テーマはもちろん、地中海世界の歴史。
 私はそれを、次のように言って断った。
「とてもじゃないけど、今の私は山本七平のテキではありません。学識でかなわない」
そうしたら、編集者はこう言った。
「じゃあ、いつならテキになれますかね」
「ルネサンスを全部終わって、その後でローマ史に入って、そのローマ史も終わりに近い頃まで書いた後なら、はじめてテキになれるかもしれません」
「それはいつ頃ですか」
「今から二十年後」

 その「今から二十年後」も過ぎた。ローマ史も完結させた。が、地中海のどこかで対談しましょう、いや、コンスタンチノープルで、と仮約束した山本七平氏は、もうこの世にはいなかった。二十年とはそういう年月でもある。死者と存分に語れるための時間でもある。
 最終となる同号は、こういう言い方も変だが、いつも号と同じようにきちんとしたテンションが維持されていた。藤田洋毅氏の中国内政分析は興味深かった。池内恵氏の中東世界と日本への指摘は思わず膝を叩いた。高橋洋一氏の寄稿は民主党政権下の宿痾を端的に描き出していた。他も読み応えのある記事に満ちていていた。これだけ張りのある雑誌が休刊してしまうことというのがありうるのだろうか。私は本号を手にするまで休刊が信じられないと書いたが、手にしたらなお信じがたく思った。
 幸い、フォーサイトはWeb版としてこの夏から再出発するとのことだ(参照)。いわば電子出版の先駆ともなるのだろう。詳細はまだわからない。個人的には雑誌は手に取ることのできる雑誌であってほしいと思うが、Web版から新しい書籍が生まれてそれを手にすることができるのも悪くはないように思う。

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コメント

>高橋洋一氏の寄稿は民主党政権かの宿痾を端的に描き出していた。

×:民主党政権か
○:民主党政権下

訂正よろ

投稿: | 2010.03.26 04:52

誤字、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。

投稿: finalvent | 2010.03.26 09:19

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