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2010.02.07

プリウス問題、雑感

 トヨタのリコール問題について私はあまり関心をもって来なかった。よくあることではないかと思っていた。4日付けフィナンシャルタイムズ社説「Warning to Toyota: speed can kill」(参照)も、"A recall is a routine occurrence in the industry. (リコールは自動車産業につきもの出来事である)"と割り切っていた。だが、そうとも言い切れなくなったようだ。問題も錯綜してきた。自分なりにまとめておきたい。
 今回の一連の騒動のきっかけは、昨年8月28日のこと。カリフォルニア州サンディエゴ郊外の高速道路で、トヨタのレクサスES350が時速190キロで道路柵に激突。乗車4人が亡くなった。カリフォルニア州高速警察隊員マーク・セイラーさん(45)、妻クレオフェさん(45)、娘マハラさん(13)、クレオフェさんの弟のクリス・ラストレラさん(38)。レクサスは整備期間中の代車だった。暴走するレクサスを他に被害を与えなず車を制止させるためにマークさんはあえて道路柵にぶつけたのかもしれない。哀悼したい。
 事故原因は、代車に別車種の合わないマットが装着され、アクセルペダルが戻らなくなってしまったことらしい。事件後、他のレクサスでも、ゴム製マットが固定されずにペダルの下に入り込むと、ペダルが引っかかり戻らなくなることがあると判明。トヨタは昨年9月29日、レクサスなど約380万台を対象にマットを外すためのリコールをした。その後、ペダル改造のリコールにもなった。その数は約430万台に及んだ。トヨタの米国年間販売台数の二倍になり、費用は数百億円かかるとみられる。それでもトヨタは黒字を出すのだが。
 日本でも問題は起こらないか。国土交通省は、トヨタと限定されないが、その前年にフロアマットにアクセルペダルが引っかかって起きた事故を13件とアナウンスした。トヨタとしては、フロアマットが適切に使われていれば問題なく、自動車自体に欠陥はないとして国内ではリコールしない。
 ここまでの経緯で見れば、確かに自動車自体の構造的な欠陥があったとは思えない。整備がきちんとなされていたら問題もないかに見える。いや問題は事前にわかっていたという報道もある。5日付け読売新聞記事「レクサスの異常、米当局は2007年に把握」(参照)は、問題を米当局は把握していたかのように報じた。


 NHTSAが08年4月にまとめた報告書によると、レクサス「ES350」の保有者1986人を対象にした調査で、約3%にあたる59人が「意図しない急加速を経験した」と回答した。このうち35人は、ゴム製の全天候型マットを運転席側に敷いていた。NHTSAは当時、マットに問題があるなどの指摘にとどまっていたほか、トヨタも「フロアマットがペダルにひっかかるのが原因」として、約5万5000台のリコールを実施しただけだった。

 同内容の4日付けワシントンポスト記事「2007 federal probe of Toyota complaints resolved nothing(参照)」の印象は異なる。当局が知っていて公開しなかったという印象の読売記事に反し、2007年からNHTSA(運輸省道路交通安全局)はレクサスES350を購入し調査をしてきたたものの、問題点を見つけられないでいたことを伝えている。そう単純な問題でもないようだ。
 その後、問題はレクサスES350に留まらなくなった。今年に入り、さらにトヨタは米国で販売しているカムリなど8車種、230万台をリコールした。またもアクセルペダルの戻りの問題だが、今回は部品の欠陥を認めたうえでの正式なリコールだった。米国ではこの問題で米下院エネルギー商業委員会で公聴会が開かれた。なお、日本で販売されている同車種には、問題となったアクセルペダルは使われてないので、リコールはない。
 なぜトヨタはこのような事態になったのか。海外調達部品の品質に問題があったのではないかと指摘された。しかしこの時点でも、私などは、規模が大きくなって騒ぐのはしかたがないが、それほど明確に設計上の問題ではないと思えた。いずれ沈静化するのではないかと見ていた。むしろトヨタが誠意に対応していけば、さらに信頼を回復するチャンスにもなるかもしれない、と。
 だが、プリウスの問題はこれらのリコールと質が違う様相を示している。その分、難しい。
 大規模リコールによって注目されたこともあるが、3日に米国メディアは、プリウスのブレーキの不具合情報が日米で100件を越え、米運輸省が実態調査に乗り出したと伝えた。電子制御系統が疑われている。
 ラフード米運輸長官は、3日の米下院歳出委員会の運輸小委員会で、トヨタのリコール対象の車には乗るなと発言し、騒動になり、撤回した。フォードの大量リコールの際には、米当局に類似の発言はなかった。トヨタの株価にも影響を与えることになる。不要な、バッシングやら陰謀だと誤解されないかねない発言だったからだ。
 プリウスのブレーキ制御系に問題があるのだろうか。現時点ではわからない。4日のトヨタの釈明会見(参照)で、横山裕行常務役員はこう説明した。

雪道などでガガガッと車輪が動く経験などでご存知だと思いますが、ABSは車輪のロックを防止するために、ブレーキを一時的に緩めるという機能を持っている。この時、回生ブレーキを油圧ブレーキに切り換わった時に時間差が生じる。そこでいろいろなお客様からご指摘をいただいているのが”空走感”。短時間ブレーキが利かなくなることがある

 つまり、ブレーキそのものが利かないのではなく、切替のタイミングの問題だというのだ。
 今日付の毎日新聞社説「プリウス問題 安心と信頼の回復を」(参照)はこの釈明を切り捨てる。

 トヨタによると、ブレーキの瞬間的な作動・解除を電子制御しているシステムが「運転手にブレーキが利かなくなったと違和感を持たせる」ような設定だったという。あくまでも感覚の問題で、設定を変えれば違和感も消え、「構造的、設計上の欠陥はない」と主張している。
 メーカーにすれば、「欠陥」と呼ぶほどの重大性はないのかもしれない。しかし、安全のカギを握るブレーキに違和感のある車は不安で仕方ない。凍結路面などで起きやすいのなら、なおさらである。だからこそ、トヨタも昨秋に苦情を受け、先月以降は製造段階での設定変更に乗り出したのだろう。
 こうした措置を「品質改善活動の一環」として公表しなかったのも釈然としない。

 6日付け読売新聞社説「プリウス不具合 技術への過信がなかったか」(参照)も同じ論法で切り捨てる。

 今回の不具合は、凍結した路面などを走行中にブレーキが利かなくなるというものだ。トヨタは、クルマの横滑りやスリップを防ぐ「アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)」の制御に問題があったと説明する。
 プリウスには通常のクルマと同じ油圧ブレーキと、減速時に発電もする回生ブレーキを搭載している。走行状況によっては二つのブレーキとABSの働きがうまくかみ合わず、瞬間的にブレーキが利かない感じがするという。
 「その時間は1秒未満で、再度ブレーキを踏めば車は止まる。欠陥ではない」というのがトヨタの言い分だ。だが、事はクルマの基本性能にかかわる。ドライバーの「違和感」で片づけていい問題ではなかろう。
 トヨタは先月の生産分からABSのプログラムを改良し、それ以前に販売した車についても、無償で修理する方向だ。妥当な措置だが、昨秋にこの問題を把握していたにしては、対応が遅すぎる。
 ハイテク装備を過信し、利用者の声を軽視していた面は否めまい。苦情処理の在り方について、見直すことが大事だ。

 この論法では、安全性のために改善できるものを放置して許せないということになる。
 また、今回のトヨタのアナウンスメントや黙って修正していく対応にも批判が多い。たしかにトヨタの不手際は責められるだろう。今後、トヨタ側の説明とは異なり、設計・構造上の問題が発見される可能性もある。
 私は現状、この問題の判断は保留している。ABS技術改良があっても、技術が十分に向上するまでは、プリウスのような省エネ自動車には、ガソリン車とは違う運転方法を採らざるをえない、ある種のトレードオフが潜んでいるのではないかという印象を持っているからだ。
cover
トヨタ・ストラテジー
危機の経営
 余談だが、書評は書かなかったが、昨年「トヨタ・ストラテジー 危機の経営(佐藤正明)」(参照)を読んだ。2009年春までのトヨタの苦難から栄光に至る物語である。帯には、「危機の中にこそ、次の成長の芽がある。大不況を生き抜くビジネスの教科書」とある。今のこの状況となれば、どこかしら皮肉な響きを持つことは否めない。本書では、プリウスの逸話もきらきらと描かれている。
 しかし、プリウスの真価が世界に問われ、トヨタが危機を生き抜くのは現在の新しい課題になった。二年後に本書と同じだけのボリュームのある再起の本が書かれることを望みたいし、日本にとってもそうであって欲しいと思う。
 本書は、伝説的な豊田佐吉から喜一郎といった懐かしい物語もある。トヨタが米国に乗り出す経営の話は確かに「ビジネスの教科書」でもある。個人的にはバブル時代のグリーンメーラーの話も興味深かった。トヨタに食らいつくカネの亡者たちの顛末が懐かしくもあった。

追記
 コメント欄で教えたもらった「緊急!! トヨタ リコール問題を清水和夫が検証する」(参照)の動画説明が詳しい。この問題に関心のあるかたは参照していただきたい。

追記
 この問題に関連して、9日に行われた、郷原信郎氏(名城大学教授)、畑村洋太郎氏(工学院大学教授)、永井正夫氏(東京農工大学教授)による記者会見(press conference, Recorded on 10/02/09 videonews.com on USTREAM. Other News">参照・USTREAM)も興味深いものだった。

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「時事」カテゴリの記事

コメント

>私は現状、この問題の判断は保留している。ABS技術改良があっても、技術が十分に向上するまでは、プリウスのような省エネ自動車には、ガソリン車とは違う運転方法を採らざるをえない、ある種のトレードオフが潜んでいるのではないかという印象を持っているからだ。

運転をしない人間にトレードオフだと言われたくない。
自動車を運転する際、最も大事な部分は安全に曲がれて、安全に止まれることだ。スピードや省エネは優先順位としては「下」でこれができない車は欠陥車だ。

>「その時間は1秒未満で、再度ブレーキを踏めば車は止まる。欠陥ではない」
時速50kmで運転している際、自動車は一秒間に約1.4m進む。教習所で、この一秒間にどのくらい危険なことが起こる可能性があるか散々いわれたはずだ。
まして、1秒間もの間、自動車が自分のコントロールを外れることでパニックに陥るか運転している人間なら認識できるだろう。これをハイブリッド車とガソリン車の運転方法は違うというなら、最初からそのような点があることを公開しておくべきだ。

もう一度いう。自動車を運転しないなら、このようなことは書くな。

投稿: F.Nakajima | 2010.02.07 21:48

初めまして!
札幌で、新型プリウスに乗って半年・20,000kmの60歳のサラリーマンです。(それまでも、4~8年おきにトヨタ新車を6台乗り継いできました)。
12月中旬の路面凍結時から、かなりの頻度で問題の挙動がブレーキ時に起こり、メーカーとディーラーに正規な手続きを経て訴え、種々のネット掲示板等にも実体験等を書いてきました。
11日にソフト書き換えをディーラーと今日約束したところです。
ネット検索から、タマタマ30分前に、貴ブログを読ませていただき、その卓越した、フェアーで正確な見解にビックリし、思わずコメント投稿させていただく次第です。
米国との背景分析のみならず、元プログラマーと言え、専門分野でもない貴殿が、特に、プリウス問題については、素直な事実の本質把握と、トヨタ対応の危うさ、不手際を、簡潔に的を鋭く突いていることに、大変感心いたしました。
その他も、今後、じっくり読ませていただき勉強させていただきます。

投稿: 札おじん | 2010.02.07 22:25

衝突寸前の回避などには有効でも、本当に凍った雪道ではABSなど役に立たないことは雪国のドライバーなら経験的に知っていると思います。
路面状態、車の性能や制御方式によって変わりますから一概には言えませんが。
でも「雪道ではそんなもんだ」と思ってみんな車に乗ってますし、こういったバッシングに発展したりはしません。
だとすれば「ハイブリッドカーはこんなもんだ」という常識が広まればそれで済む程度の問題だという可能性はないのでしょうか?
私はプリウスを運転したことがないのでこの問題が運転操作にどの程度深刻なものかはわからないのですが、
なんだか、技術を過信してるのは読売新聞のほうでは?という気がします。
トヨタが必要な努力を怠っていたのでしょうか。今の段階ではまだ判断する情報がありませんね。

異種ブレーキのブレンディング制御については電車の分野にノウハウがあるんじゃないかと思います。
発電ブレーキ・回生ブレーキ・機械式ブレーキがあり、おまけに架線電圧(=周囲の電車の電力利用状況)によっては回生失効が起こります。
交流モータをVVVF制御すること自体、交通の分野では80年代以降に電車でいち早く導入が進んだはずです。
異業種間での技術交流などはあったのでしょうかね?

投稿: | 2010.02.07 22:42

テレビが地デジ化し、京都大学の山中教授のグループがiPS細胞の作製に成功したり、筑波大学のスーパーコンピュータが円周率を2兆5000億桁以上求めたりしている一方で、日本航空が破綻したり、西武百貨店有楽町店や阪急百貨店四条河原店が閉店になっている中で、トヨタ自動車もプリウス問題で泥沼に足を取られているという感慨があります。

主役の新旧交代のときというのは、新しいものがまだ海のものとも山のものともつかないうちに、従来のものが信じられない速さで没落するのだろうなあと思っています。

でも、かつての主役の没落がこう急激であるということは、新しい主役が本格的に勃興し始めたら、すさまじい成長も引き起こせるのだろうと思っています。私はあまり悲観しません。ただ悲観だけするほど簡単なことはないからです。

投稿: enneagram | 2010.02.08 10:12

プリウスについては、わかりませんが少なくとも
レクサスについては 政治問題だという見方もあります。
問題のブレーキ部品はアメリカの部品メーカーが作っていてそれをトヨタが採用したものです。その部品はGMも採用していて問題になっていない。もしくは問題にされていない。
GM救済に絡めて、トヨタが狙われたのではないですか。

投稿: shiro | 2010.02.08 11:08

自動車ジャーナリストの清水和夫氏が、下記サイトで今回の問題を技術的な面でまとめた説明をしています。

「緊急!! トヨタ リコール問題を清水和夫が検証する 全4部」
http://www.startyourengines.jp/headline/

投稿: メロンパン | 2010.02.08 14:30

>わかっっていたという報道もある。
訂正よろっっ

投稿: | 2010.02.08 15:57

誤記指摘ありがとうございます。訂正しました。

投稿: finalvent | 2010.02.08 17:01

 横レスとも思いませんが、このエントリーに直に関係がないことですが、気になるのでコメントさせて頂きます。
 F.Nakajima氏のコメントは、今までも時々見かけますが、文脈はご自身の「俺はこう思う」にすり替えていらしゃるような内容で、ともするとエントリーの主旨を侵害してるのではないかとさえ思うような持論を他人の庭先でよくもまあ言えたものだと、品性と知性の嘆かわしい体たらくな青臭さを感じています。
 人が何らかの事を思い、それに批判なり批評なりがあっても当然ですが、書き手の文脈とは異次元の、自身の文脈をお持ちなら、自分のもつ可能性の範囲で(自分の庭)語ればヨロシイではないですか。
 こちらのエントリーに加えて、興味深い意見でもない限り、「あんた」の意見をいう場ではないと思うし、鬱陶しいですね。
 もう少し大人としての振る舞いを切望しますよ。

投稿: godmother | 2010.02.08 18:36

アメリカ政府がどれだけ気を使っても
政治臭を拭えないのが、この問題の
悩ましいところと思う。

投稿: | 2010.02.08 22:38

>プリウスのような省エネ自動車には、ガソリン車とは違う運転方法を採らざるをえない、ある種のトレードオフが潜んでいるのではないか

今まではそういった考えが支配的だったと思うのですが、ホンダのインサイトなどといった比較対象が現れることで「これはやはりおかしいぞ」ということになってきたのではないでしょうか。
(もっともインサイトとは仕様が異なるので、不具合かどうかは別の議論が必要ですが)

投稿: TLL | 2010.02.09 11:42

プリ臼とインサイトを同時試乗すればわかります。
プリウスのブレーキは効きが甘い(ガソリン車と比べても)ので、用心して手前からフットブレーキを踏んで初めて狙い通りの箇所に止まることができます。

市場でDラーから行動に出る手前の初ブレーキで認識できることです。
インサイトのフットブレーキはエンジン車並みの効きなので違和感ありません。

回生ということは、モーター回転が盛んな程発電が大きいのですから、
いわゆるエンブレ時間はプリウスは減速しにくい設定のままにしているのでしょう。

この特性を見抜けば、プリ臼を試乗して購入しようとは思いません。

投稿: B4 | 2010.02.11 13:07

godmother様

同感です。

投稿: masa | 2010.02.12 13:12

走る、曲がる、止まるの基本を無視して車を作り続けた会社の宿命でしょう。人間の感性を無視した自動車メーカーですから。一度試乗すればボロさ加減がわかるのですが、馬鹿の多い日本人はわからんようです。
運転して楽しい車を作らず、万人受けして儲かる車を作り続けた自動車メーカーの末路です。
さっさとこの世から消えてもらいましょう。これでモータースポーツに残した汚点も消えたらいいですね。

投稿: | 2010.02.12 22:52

凄い偉そうw

投稿: 走る、曲がる、止まる | 2010.02.14 02:55

インサイトはガソリン車と変わらないブレーキ感覚?そりゃそうだ、エンジンが殆ど止まらないなんちゃってHVなんだから。インサイトと比較するのはホンダ被れか単なるド素人くんだね。もっと勉強しよう!ガンバレ!

投稿: Foo | 2010.02.28 01:48

突然で恐縮です。カムリのUAのほうですが、先月のオクラホマでの和解の件は追われてますでしょうか、↓
http://www.eetimes.com/document.asp?doc_id=1319936

(Twitterのほうで触れられていれば恐縮です)

投稿: deltelta | 2013.11.11 00:39

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