胡錦濤国家主席にノーベル平和賞を
中国側から米国に報復措置も辞さない(参照)として強い反発のあった、オバマ米大統領とチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の会談だが、米国時間18日、ホワイトハウスの「地図の間」でつつがなく実現した。ただし、会談場所は、大統領執務室ではなく私的な会談向けの地図の間となり、「米国としてはダライ・ラマを政治的指導者と認めていない」というメッセージを明確に示すことで、中国にそれなりの配慮した。
米国の大統領がダライ・ラマと会うのは、2007年の10月のブッシュ前大統領以来のことで、政権交代があったとはいえ一年半近い空白がある。この間、昨年の秋、オバマ大統領はダライ・ラマとの会談を持つチャンスがあったが、この時は初訪中を控え、過大に中国に配慮したかたちでキャンセルした。中国は当然キャンセルを歓迎したが、オバマ大統領としては内政的に失敗した。議会の与野党から、人権侵害や文化的ジェノサイドが問題となるチベット問題を軽視し過ぎると強い反発を受けた。
今回の会談実現は、見方によっては、中国からの反発と米内政の反発のトレードオフで、内政に苦戦が強いられるなか、米国国内世論を選んだといえる。対する中国側では、報復を言明した手前、なんらかの形は付ける可能性はある。だが、それがどこまで進むか、どう意味を読み取るかが、今回の会談後の一番重要な点になる。その点で言えば、会談それ自体にはさしたる意味はないだろう。
現在米中間では、「中国の軍事脅威に救われた普天間問題先延ばし: 極東ブログ」(参照)で言及した、台湾への武器売却や、Googleに関連する検閲問題・サイバー攻撃問題、実質核兵器開発に着手したイランへの制裁可否などの問題で対立が深まっている。簡単に考えれば、ダライ・ラマ会談は中国側の怒りの火に油を注ぐ形に見える。
どうなるだろうか。私はさしたる問題はないと見ている。中国側、特に胡錦濤政権はダライ・ラマ問題を慎重に配慮し、かなり非常に上手に扱っている印象があるからだ。印象を深めた一つの事例は、「中国・チベット・インドの国境問題とそれが日本に示唆すること: 極東ブログ」(参照)で触れた、昨年11月のインド・中国間国境紛争地域へのダライ・ラマ訪問がさしたる問題もなく終了したことだ。
胡錦濤政権側のチベット問題への配慮の理由だが、簡単に言ってしまえば、中国の内政における反胡錦濤勢力、つまり反共青団の勢力が、ナショナリズムを高揚することで政権の弱体を狙っている構図への対処がある。胡氏側としては、こうしたナショナリズの罠にできるだけはまらないようにしているためだ。
さらに胡錦濤政権側には、従来のようなチベット政策、つまり漢民族を送り込み産業を興隆させつつ、チベット民族を近代化された漢民族文化のなかに取り込む政策への反省がある。この見解は、中国のチベット政策について触れた、Newsweek"China Finally Realizes How Badly It Bungled Tibet"(参照)も明快に指摘している。
First, the restive plateau it had treated for decades as a colony is central to its national plan: development and stability are "vital to ethnic unity, social stability, and national security," President Hu Jintao recently told his Politburo. And second, a corollary realization: China's government has been mishandling the issue of Tibet all along.第一に、数十年に渡り植民地と見なしてきた、この不安定なチベット地域の高地は、国家計画にとっても中心課題である。国家計画とは、胡錦濤国家主席が政治局で語ったところでは、開発と安定が、民族統合、社会安定、国家安全保障に重要であることだ。第二に、前項の帰結でもあるが、中国政府はこれまでずっとチベット問題の対応を間違っていたことだ。
共産党政府側としてはチベットの開発に多くの資金や知財を投入してきたが、チベット住民からの賛同は得られないどころか、反対の結果になっている。これは、「植民地(as a colony)」政策としては失敗と呼ぶしかないだろう。
となれば、中国側の新しいチベット政策は、チベット住民側の統合をどのように共産党政権に宥和させるかでしかない。そして、この時点になってみれば、Newsweek誌の記事もこの後の文脈で指摘しているが、残された接点はダライ・ラマしか存在していない。
ダライ・ラマ側も最後の接点になっている。2008年3月、チベットのラサで発生した大規模な暴動は、むしろダライ・ラマの忍耐強い非暴力活動に甘んじない新世代のチベット人の活動という側面が強く、暴動で問われたのは、ダライ・ラマがチベット仏教最高指導者として、チベットの政治にも指導者たりえているかという問いでもあった。
ダライ・ラマも胡錦濤氏と同じように、内部に反発憂慮を抱えつつ、しかも両者ともに、宥和の道しか残されていない。さらにダライ・ラマは高齢であり、胡錦濤政権もあと3年しか残されていない。
この構図において、米国側も穏和に後押しするしかない。冗談のようだが、先のNewsweek誌記事の結語は痛快でもある。
It would be naive to expect President Hu to recant overnight the Tibet policies that he himself devised and executed over the years. But it's not quite so farfetched to see him inching in that direction during his last few years in office as China's supreme leader, or even organizing a face-to-face meeting with the Dalai Lama before he leaves.胡錦濤国家主席が数年にわたり策定し実施してきたチベット政策を一朝一夕に変更すると期待するのは子供じみている。しかし、彼が政権を維持している残りの数年のうちに、少しずつ変化に方向に向かうと見ることは、そう無理なことでもない。彼が政権を離れる前に、ダライ・ラマとの面談をもうけることもありえないことではない。
It would not only make him a frontrunner for a Nobel Prize but also bring China the respect and admiration that it so acutely lacks.
それなれば、胡錦濤氏をノーベル平和賞候補の先端に押し出すだけではなく、中国に書けている尊敬と称賛をもたらすことにもなるだろう。
お伽噺のような話のようにも見えるかもしれないが、これは存外にうまい戦略なのかもしれない。上手に、ダライ・ラマと胡錦濤(共青団)が立ち回り、胡錦濤氏にノーベル平和賞をもたらせば、中国内でナショナリズムを煽る勢力を押さえ込むことができる。
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コメント
この件になると、終風先生は、奥歯に物が挟まった言い方をされますね。
私のものの言い方が危ないんだろうけれど、中国共産党は、現在でもミャンマーに親中の軍事政権を確保しているけれど、ソ連が存在した当時と同様、さらに、ネパール、ブータンに親中政権を確立し、シッキムも再独立させて親中政権を確立させ、バングラディシュの親中化だけではなく、アッサム州などでベンガル語使用者たちをインドからさらに独立させて親中政権を確立して、チベットからベンガル湾にいたる陸の通路を獲得するという、毛沢東政権以来の構想を放棄しているのでしょうか?どうだろう?
もうひとつ、今は経済開発優先でおとなしくしているけれど、かつて、ラオス、カンボジアを制圧したベトナム労働党は、今後また、ラオス、カンボジアを制圧して、さらにバンコク平野に乗り出し、バンコク平野から、ミャンマー、マレー半島、シンガポール、スマトラ島を支配下に置くという構想を現在は放棄してしまったのでしょうか?どうだろう?
中国もベトナムも、もちろん、仲良くして、経済開発に協力しないといけない国です。でも、中国共産党とベトナム労働党のかつてのプランと行動を考えると、「友愛」第一だけで、東アジア共同体を、力の担保もなく夢想する鳩山首相の立論は、現時点では、現実離れしているかもしれません。中国もベトナムも、たぶん野生のトラフグみたいなもので、一流の板前が毒抜きして調理しないことには、怖くてとてもキモなど賞味できない、「美味」だと考えておいたほうが、無難で、毒当りして苦しまないですむと思います。
投稿: enneagram | 2010.02.21 11:32
■中国共産党幹部は引退を ダライ・ラマが批判―中国共産党は解体すべきだ!!
こんにちは。ダライ・ラマ睨下が19日、ワシントン市内で挨拶のなかで「中国共産党の幹部らは潔く引退すべきだ。民衆の支持も、堅固なイデオロギーもないからだ」と述べ、中国に民主主義国家への変革を促しました。私は、睨下のおっしゃることも、もっともですが中国共産党自体を解体すべきと思います。そうでなければ、民主化、政治経済の分離、法治国家化は進まないと思います。しかし、中国共産党の解体は、中華人民共和国が解体し新たな国づくりが行わなければ無理だと思います。詳細は、是非私のブログをご覧になってください。
投稿: yutakarlson | 2010.02.21 17:14
中国の書記長にノーベル平和賞など渡したら、平和賞が世界独裁者賞に変ってしまい。先ずヒットラーやスターリンにも平和賞を渡さなくては成らなくなる。
投稿: | 2010.07.21 23:20
自治区の人間を虐待して出世した人に平和賞なんてノーベル賞も価値が無くなったようです。
投稿: | 2010.08.10 23:04
胡錦濤は世界の独裁者トップ10に列挙されており、
ノーベル賞は政治の駆引きのための賞ではない。
よって、あってはならない。
投稿: あき | 2010.09.30 04:46
チベット人を虐殺した人が平和賞どころじゃないでしょう。極悪賞です。
投稿: | 2010.10.09 23:29