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2010.02.18

[書評]中国の大盗賊・完全版(高島俊男)

 誰が読んでも面白い本というのがある。当然、ある程度大衆受け的な部分のトレードオフがあり、「ちょっと単純化しすぎるかな」「世俗的だな」という部分がデメリットになるものだ。これに対して、一部の人が読むとバカ受けに面白い本というのもある。痛快な本書「中国の大盗賊・完全版(高島俊男)」(参照)はどちらか。その中間くらいにある。誰が読んでも面白いとまではいえないし、一部の人にバカ受けということもないだろう。ただ、そこのトレードオフでいうなら、おそらく最適化された書籍だろうし、中国史の理解に自負がある人を除き、普通に中国史と中国文化に関心を持つ人なら、依然必読書だろう。「完全版」でない1989年版は多くの人に既読かもしれない。完全版は2004年に刊行された。何が「完全版」なのか。それは、筆者高島氏が本当に書きたかった終章が再現されていることだ。

cover
中国の大盗賊
完全版
高島俊男
 1989年版つまり平成元年版が書かれたのはその前年か前々年、いずれ昭和の時代であったらしい。出版社から何か一冊書いてほしいという要望で、高島氏が「中国盗賊伝」を提案した。高島氏は当時地方大学の教員で、新書の単著は晴れの舞台とばかりに執筆し420枚に及んだところ、新書なのでということで270枚に縮小を余儀なくされた。
 元の原稿と縮小後の原稿は性格も違うとも述べている。それもそうだ、元来の原稿のテーマは、最後の盗賊王朝中華人民共和国とその皇帝毛沢東を描くことだった。歴代の盗賊皇帝はその前史に過ぎなかった。だが、当時は前史のみが出版され、毛沢東はつけたしで終わった。版元としても、中国批判とも取られかねない書籍の出版にひるんだこともあったようだ。
 初版であとがきに著者高島氏が毛沢東についての部分を割愛した旨を記したところ、そこに関心を持つ人も増えた。本書の前版も、15年も読み継がれ、支持され、なにより平成に入り中国も日本も変化し、中国批判もようやく解禁ムードになり、1994年にはややスキャンダラスな「毛沢東の私生活」(参照参照)も出版されるようになり、ようやく元の原稿の毛沢東部分を可能な限り復元したのが、この完全版である。
 完全版で読み通してみると、なるほど、他の歴史はすべて毛沢東という希代の大盗賊の前史となっていることがわかるし、おそらく毛沢東は大盗賊として理解すべきなのだというのも腑に落ちてくる。また大盗賊らしい豪快なエピソードは読みながら痛快そのものなのだが、さて、これが自分の国のできごとだったらと思うとぞっとしないでもない。
 実は先日「[書評]中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」(長島陽子)」(参照)を書いたおり、長島氏が中国の認識を決定的に変えることになった天安門事件が1989年4月であり、そういえば本書の初版が出たのも同じ年であったな。あの時点で完全版が公開されたらどうであったかとしばし夢想にふけっていた。
 本書では盗賊皇帝として、陳勝・劉邦、朱元璋、李自成、洪秀全、そして毛沢東が各章で語られる。劉邦や朱元璋などは、日本の豊臣秀吉に似た成り上がり者の物語としてよく知られているし、本書も概ねそのノリで書かれている。いわゆる漢民族のナショナルな高揚も付きまとう。高校生などが読んでも痛快な物語だろう。殺人の多さには辟易とするにしても。
 歴史に関心がある人にとって面白いのは、李自成ではないだろうか。李自成は明を打ち倒したのち、三日天下ではないが四十日間ほどの国を北京で打ち立てたが、早々に清に破れた。盗賊から反乱者に終わり皇帝にはなれなかった。本書で面白いのは、この李自成について従来語られたことの大半が嘘歴史であったことの研究成果がよく考慮されていることだ。しかも、李自成の伝説は、造反有理の毛沢東を伝説化するためのものであったらしく、清朝の小説から歴史が創作されていった。そして、偽史化の中心は郭沫若であった。
 洪秀全については、それ自体の話としてはそれほど面白くない。が、私も覚えているのだが、私が高校生時代(1970年代だ)、洪秀全はけっこう評価されていたものだった。これも、毛沢東革命の前段として、農民による共産主義的革命という文脈でもあった。偉そうに語られていたが、そういうことだったのかという感慨のある章である。
 そして復刻された最終章なのだが、率直にいえば、今となってはたいていの読書人なら知っていることがらに満ちている。が、人によっては次のような指摘は今でも衝撃的かもしれない。

「林彪事件」の真相はわからないが、宰相(国務院総理)の周恩来が決定的な役割をはたしたであろうことは推測できる。これは国際関係にもかかわっている。周恩来がアメリカ(具体的にはニクソンおよびキッシンジャー)と手を結ぼうとし、林彪がこれを阻もうとし、毛沢東が周恩来のほうに傾いたので、危機感をいだいた林彪がクーデターを企て、周恩来が機先を制して林彪を殺した、というのが一番ありそうなシナリオである。

 ちなみにウィキペディアに林彪事件がなんて書いてあるかなと見たら、意外やそれなりにしっかりと書かれていた。とはいえ、本書の完全版が平成元年に出版されていたら、このあたりの慧眼は際立ったことだろう。

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コメント

ユン・チアンの「マオ」は読まれましたか?僕は読んだものの消化しきれず、どのようにあの本を理解したらよいのか分かりません。finalventさんによる書評を是非読んでみたいです。

投稿: masak | 2011.12.12 00:33

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中国の大盗賊・完全版 (講談社現代新書)作者: 高島 俊男出版社/メーカー: 講談社発売日: 2004/10/19メディア: 新書 ○日本人の盗賊のイメージ 夜中にお金持ちの家に入って、金品を盗む。有名所は石川五右衛門。 ○中国の盗賊 徒党を組んで、村や都市を襲い、金品・食料・女を奪い去る。日本人だと山賊、海賊の類といったほうがイメージが近い。 そして、中国の盗賊は、大きくなると国まで奪ってしまう。 本書は、そうした国を奪うまでに大きくなった中国の盗賊のストーリーである。 ... [続きを読む]

受信: 2011.04.15 22:17

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