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2010.02.21

鳩山首相が共産党に言われて検討したかった企業内部留保問題について

 ちょっとまとまりのないエントリになるかと思うが、内部留保問題について少し思うことがあったので簡単に記しておきたい。話の発端は17日、鳩山由紀夫首相と共産党・志位和夫委員長が国会内で会談し、志位氏が「大企業の内部留保が日本経済の成長力を損なっている」との指摘に、鳩山首相が「内部留保に適正な課税を行うことも検討してみたい」と応答したことだった(参照)。
 会談での話題は他に、所得税の最高税率引き上げや、証券優遇税制の見直しもあったようだが、内部留保課税についての鳩山首相の発言はまたしても予想通り即座に問題化した。
 企業の内部留保課税は国際競争力を低下させることになりかねないとして、産業界からすぐに反発の声が上がった。一例だが、日本商工会議所の岡村正会頭も「一般論として企業の国際競争力の面からは不適切だ」との認識を示した(参照)。
 その後の経緯からすると鳩山首相のまたしても単なる軽薄な失言の部類らしく、平野博文官房長官も翌日ビジネスライクに火消しに回り、「首相が検討すると言い切った、とは思っていない。税制として一般的に考えていかなければならないこと、として引き取られたのではないか」と述べた(参照)。峰崎財務副大臣も同日、共産党提案の内部留保課税について「税調にない。税調の課題としても出ていない」とすげなく否定した。
 その後、労働団体からも共産党に同調する意見もなく、だいたいこれでこの話は終わった形になった。労働団体としても、勤め先の企業の内部留保課税はデメリットがあると見ているのだろう。
 今回の鳩山首相の不用意などたばたで若干残念だったのは、亀井金融担当相の大立ち回りが見られなかったことだ。亀井氏は「大企業は200兆円を超える内部留保を持っているにもかかわらず、一般国民の懐は段々貧しくなっているという現実もある。そういう意味では政府が直接懐を暖かくすることも大事だ」(参照)や、日本経団連御手洗冨士夫前会長に「あなたたちは、下請け・孫請けや従業員のポケットに入る金まで、内部留保でしこたま溜めているじゃないか。昔の経営者は、景気のいいときに儲けた金は、悪くなったら出していたんだよ」(参照)の持論があるので、もっと派手な問題化に焚きつけるのではないかと、若干期待感はあった。
 ところで話の根っこのもう一つ、共産党の言い分はどうだったのだろうか。これがちょっと面白い。「大企業に責任果たさせよ 志位委員長の質問 衆院予算委」(参照)より。


 志位氏はさらに、大企業が空前の利益を上げながら、なぜ国民の暮らしも経済も豊かにならないかについて質問を続けます。
 この10年間の大企業の経常利益と内部留保、雇用者報酬の推移を示すグラフ(1面参照)を使い、大企業の経常利益が15兆円から32兆円に増えた一方、労働者の雇用者報酬が279兆円から262兆円(09年は253兆円)へ大きく落ち込んだことを指摘。問題は、大企業が増やした利益がどこへいったかです。志位氏が、大企業の内部留保がこの10年余で142兆円から229兆円へと急膨張した事実を示すと、他党議員席からも「その通りだ」と声が上がりました。日本経済のカラクリがここにあったのです。


志位 国民がつくった富を、大企業のみが独り占めにする。日本経済をまともにしようと思ったら、このシステムを改める必要があると思うがどうか。
首相 グラフを拝見すると内部留保が大変に増えている実態はあると思う。それをどうするか、一つの判断はありうるのではないか。

 ところで、企業の内部留保とは何かだが、ブログisologue「政治家のみなさんに向けた会計の初歩の初歩」(参照)が詳しく解説している。典型例としてわかりやすいのは、内部留保が多くても借方の大半が固定資産等になっている企業の例だ。こうした場合、内部留保といっても大半はキャッシュとして企業内にだぶついているわけではなく、企業活動のための投資に回されていている。

 固定資産を買うということは、取引先の企業の売上に繋がるということです。そして、その取引先の企業で雇用も生まれるわけです。
 この会社が自分の従業員に資金を分配することだけが正義じゃないわけです。
 企業の内部留保や労働分配率だけを見て、いいの悪いの言う政治家の方もいらっしゃいますが、経済全体に目が向いていないんじゃないでしょうか?
 固定資産というのは未来の収益のための投資です。
 従業員に分配するだけでなく、会社が他の会社のものを購入することでも社会に貢献しているのに、なんで内部留保(右側)だけを見て課税されたり、「行き過ぎた金融資本主義」なんてことを言われないといかんのでしょうか?

 問題は共産党はこうした理屈を踏まえた上での提言であったか、鳩山首相も簿記の基本を踏まえた上の検討であったか。おそらく、どっちでもなく、簿記のいろはがわかってなかった皆さんのお騒がせという笑話っぽい印象はある。
 ただし。
 ここで共産党や亀井氏の肩を持つわけでは全然ないが、気になることがあって、三点ほど関連して私は少し考えていた。
 一つは、先のisologueエントリにもあるが、内部留保ではないが、固定資産などを除いた預金が企業に貯まっているなら課税してもよいという議論なら正しいのではないかということだ。その実態はどのくらいあるのだろうか。
 二点目は、共産党志位氏の指摘に次のようにフィナンシャルタイムズを論拠付けに参照した部分があったことだ。8日、衆院予算委員会の志位委員の発言(参照)を追ってみたい。

 イギリスの新聞、フィナンシャル・タイムズは一月十三日付で、日本の困難な数十年から何を学べるかと題する論評を掲載しています。
 そこでは、なぜ日本経済が世界規模のショックにこれほどまでに脆弱だったのかと問いかけ、企業が過剰な内部留保を蓄積したことを日本経済の基本的な構造問題の一つとして指摘しております。そして、内需主導の成長のために最も重要な要件は企業貯蓄の大規模な削減であり、新政権は企業の行動を変化させる政策を実行すべきだと述べています。私は一つの見識だと思います。

 このフィナンシャルタイムズ記事はマーティン・ウルフ氏寄稿"What we can learn from Japan’s decades of trouble"(参照)だ。gooに翻訳がある(参照)。志位氏もこの翻訳文を読まれたのではないだろうか。

私自身は、追いつけ追い越せの高度成長が終わった後に、企業による過剰な内部留保と投資機会の減少が組み合わさったことが、構造上の根本的問題になったのだと思う。ロンドンにあるスミザーズ&カンパニーのアンドリュー・スミザーズ氏によると、日本で住宅関係を除く民間の固定投資は1990年で対GDP比20%で、アメリカの2倍近くだった。これは2000年代に微増したものの、現在では13%まで下落している。しかし企業の内部留保については同じような減少は起きていない。1980年代には、こうした企業貯蓄を吸収するべく金融政策がとられたため、資金調達コストはゼロに留め置かれ、無駄な投資はそのまま続いた。2000年代の企業貯蓄対策は輸出と投資ブームで、主に対中貿易がけん引役となった。


日本は今、内需主導の成長実現を目標としなくてはならない。最重要な要件は、企業貯蓄の大幅削減だ。スミザーズ氏いわく企業貯蓄はそもそもが、過去の過剰投資の産物である資本消費が元なのだから、企業内部留保は自然に減っていくだろう。

 原文と簡単に照合してみたがgooの翻訳に誤訳はないように思えた。「内部留保」については、原文では"corporate savings (retained earnings)"となっている。定訳語としてもこれでよいのだろう。
 マーティン・ウルフ氏寄稿と志位氏の理解が合致しているだろうか。ずれているように見える。
 まず、ウルフ氏は現下の日本企業の削減が重要だが、スミザーズ氏の指摘を受けて、それは自然に減少すると見ている。過剰投資は減価償却の赤字分で相殺されるだろうということだろう。だから、この点では、志位氏が主張するような「企業貯蓄の大規模な削減であり、新政権は企業の行動を変化させる政策を実行すべき」という政策論には結びついていない。
 また、政策論であれば、80年代の「企業貯蓄を吸収するべく金融政策」が有効だったとしているので、これは現代の文脈で言えば、リフレ政策に相当するものだろう。
 実際ウルフ氏のこの先の主張もリフレ政策に親和的な論調になっていて、志位氏の理解では文脈に合わない。

デフレももう止めなくてはならない。そのために日本銀行は、円高の行き過ぎ回避のため政府と協力しなくてはならない。最近の円高基調の中、本来ならもっと積極的な通貨政策があってしかるべきだった。日本が意味のあるインフレ(2%というのはギリギリ最低限だ)をついに達成して初めて、日本にまだ必要な実質マイナス金利が実現できるようになる。

 ウルフ氏は、通貨政策を基本に最低でも2%のインタゲ政策を実質的に推奨している。「内部留保」は、企業経営の結果ではあるが、むしろ高度成長期以降の日本経済の必然的な構造でもあるという指摘として理解したほうがよいだろう。
 三点目は、他の論点と重なる点もあるのだろうが、私が好きなピーター・タスカ氏のコラム「鳩山首相のトゥ・ドゥ・リスト」(日本版ニューズウィーク2・17)の次の指摘だ。子ども手当ての財源として。

財源はある。巧みな会計処理で赤字を計上している多数の企業から、しっかり徴税すればいい。

 これは欠損金の繰越控除を使って、多くの金融業者が事実上法人税を免除されていることなどを指すのではないかと思うが、それを課税しても、子ども手当ての財源に及ぶのだろうか。タスカ氏一流の毒舌であろうか。これらは内部保留とは別の話だが、企業課税の税制の変更の必要性という点では重要な指摘ではないのかと思えた。

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コメント

企業の内部留保は、借金を返していたのではなく、不動産を購入していたんですか(笑)。

私の最初の勤め先は、私が入社した年にビルを建て替えて新社屋にしました。私の二番目の勤め先は、私が退職する1年半前くらいに自社ビルを建てました。購入したんではなく、更地から建築したんです。(ちょっと苦笑)

日本の経営者は、普通は、どうしたらいいかわからないときは、人の首切って、不動産を買うんですね。(大爆笑)

投稿: enneagram | 2010.02.23 08:22

FTの記事は、企業の内部留保が国内での設備投資に使われず、借入返済やより期待リターンの高い海外投資に向けられたのが国内景気停滞の原因という分析。内部留保自体を問題としている訳ではなく、その使い道を問題としています。 さらに企業が投資意志決定するには国内期待リターンより充分に低い金利コストが必要として、借入金利が名目ゼロ以下にならない前提ならばある程度インフレでないと設備投資が復活せず、あるいはベンチャーも興らず、ただ借金が返済され続け景気悪化も進むというご託宣です。 これはフローの話であって過去の投資の減損で内部留保が計算上小さくなるとかいうストックの話ではありません。ただし設備ストックの水準により新たな投資フローが影響されて適正ストックへ収束するはずではあります。

志位さんの話はまったく別物で、内部留保のフローをどうするかの方向づけでなく、企業の内部留保自体を悪とみなしてその累積ストックに対し遡及的な課税しようというトンデモ話です。マルクスに一理あっても日本共産党には何の合理性もありません。

銀行の繰越欠損金の利用はまあ妥当です。絶対的な節税や脱税ではなくタイミング調整に過ぎません。会計処理だけで年度通算して節税はできません。絶対的な優遇税制は消費税の輸出免税や租税特別措置法による控除など、絶対的な脱税は架空取引や架空経費、非居住者の無申告や源泉徴収漏れでしょう。


投稿: HS | 2010.02.23 20:17

共産党は「内部留保に課税せよ」という提案はしていませんが。
http://www.shii.gr.jp/pol/2010/2010_03/T2010_0302_1.html

投稿: 福岡在住者 | 2010.04.01 06:59

一番おいしい思いをしてるのは、株主です。
景気が上がっても社員の給料は上がらず
株主の配当があがるだけ
それが一番の問題

投稿: ユキヤマト | 2010.04.24 05:28

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