「愛は花、君はその種子」と「The Rose」
映画「おもひでぽろぽろ」(参照)は気になっていたが、DVDで見たのは最近のことだった。最近? いつだろうかと振り返ってみると2005年だったので、もう何年か経つ。
おもひでぽろぽろ |
1955年から1959年くらいの、ここの年代生まれが、世代的に団塊世代から新人類世代への移行の空白の世代になるが、タエ子はどちらかというと団塊世代近くの側にいて、その分、映像的にも高畑勲の感性がそちらに寄り添っているようには思った。私は新人類側に近い。まあ、その話は別のエントリで書くかもしれない。
映画「おもひでぽろぽろ」のエンディング映像は、衝撃的というのでもないが、淡々と見てきた最後になって、号泣した。なぜ自分が泣いているのかはそれなりに理解はしたものの、その感情の不意打ちには自分でもたじろいだ。映像もだが、歌「愛は花、君はその種子」(参照YouTube)の影響もある。都はるみの歌唱もすばらしい。
やさしさを押し流す
愛、それは川魂を切り裂く
愛、それはナイフとめどない渇きが
愛だと言うけれど愛は花、命の花
君はその種子
「愛は花、君はその種子」には、Amanda McBroom作詞作曲の原曲「The Rose」があって、日本語の歌は高畑勲の訳詞だということになっている。
「The Rose」(参照YouTube)は、ジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)をモデルにした同題の映画のエンディングの歌(参照)で、同映画で歌っているBette Midlerのものが有名だが、最近では、手嶌葵のカバー(参照)や、ソンミン(SunMin)のカバー(参照)もよく聞くようになった。
「The Rose」は「愛は花、君はその種子」の原曲だから、歌詞も似ているのだが、このところ、なんどか手嶌やソンミンの歌を聴きながら、高畑の訳詞が誤訳だというのではないが、オリジナルの「The Rose」の歌詞(参照)とは違うものだなという感じがしてきた。自分の訳を添えてみる。
Some say love, it is a river
That drowns the tender reed愛について、それは柔和な草を
水に沈める川だと言う人がいるSome say love, it is a razor
That leaves your soul to bleed愛について、それは魂から血を
滲ませるカミソリの刃だという人もいるSome say love, it is a hunger
An endless aching need愛について、それは空腹であり
終わりなく痛む切望だという人もいるI say love, it is a flower
And you, its only seed愛について、私は、それは花だと言おう
そして、君は、それを種でしかないと言うけど
そして、君がその唯一の種
愛とはなにか。それを川やカミソリの刃や飢餓に例える人がいるが、詩人は、それらの意見をまったく否定はしないものの、それは花なのだと言う。
詩人は誰に向かって、愛は花だというのか。いろいろと愛を例える人たちにではなく、Youと呼ばれる人にだ。このYouは「あなた」なのか、一般的「人」なのか。たぶん、詩人にとっての「あなた」であろうと思うし、結論から言えば、ジャニス・ジョプリンに模した薔薇(the Rose)という女性だろう。
英詩であれれと思ったのは、"And you, its only seed"のところで、これは、"And you say love, its only seed"の略だろう。「君はその種子」ということではない。追記 コメント欄でご指摘いただきました。ここのところは誤解していました。「君はその種子」で正しい。
そして英詩の構造上重要なのは、このitが、とりあえず「愛」を意味しているということだ。とりあえずというのは、ハイデガー的な言い方ではないが、「愛」が「種」の比喩という詩の言葉によって新しい存在とへ開示される、ある未定な状態でもあるからだ。
高畑の訳詞では、この後にこう続く。
挫けるのを 恐れて
躍らない きみのこころ
訳詞なので意味が含まれているとも言えるのだが、これからこの世界に開示される神秘としての「愛」のテーマとの関わりは読み取りづらい。
が、オリジナルは、ここで、その展開が、「愛」と「種」を指すitでつながっている。あえて、つなげて訳してみよう。
その前に、seedのイメージが重要になる。日本人は、種は芽生えるものとして最初からイメージしているが、ロングマンなどを引くとわかるが、"a small hard object produced by plants, from which a new plant of the same kind grows"とあるように、小さくて堅い殻に覆われて、縮こまった存在、という含みがある。
It's the heart, afraid of breaking
That never learns to dance君は愛は小さく堅い種だと言う
それは、殻を割ってダンスを学ぼうとしない心It's the dream, afraid of waking
That never takes the chance君は愛は小さく堅い種だと言う
それは、目覚めて好機を掴もうとしない夢It's the one who won't be taken
Who cannot seem to give君は愛は小さく堅い種だと言う
それは、取られたくなくて与えようともしない人And the soul, afraid of dying
That never learns to live君は愛は小さく堅い種だと言う
それは、死ぬことを恐れて生きることを学ばない魂
くどい訳だったけど、「あなた」の堅い殻に縮こまった種を、つぎつぎと比喩している部分だ。
ついでなので最後まで。
When the night has been too lonely
And the road has been too long夜がこれまでずっとさみしいとき
そして、道がこれまでずっと長いときAnd you think that love is
only for the lucky and the strongそしてあなたが愛は
運のいい人や強い人だけものだと思うときJust remember in the winter
Far beneath the bitter snow冬のつらく深い雪の下を
すこしばかり思い出してみてLies the seed
That with the sun's love, in the spring
Becomes the roseあなたが愛だとしたその種はそこに居て
春の太陽の光のなかで
バラの花になる
英詩の全体構造では、愛を定義していくのでもなく、愛が自明でもない。そうではなく、あなたと呼ばれる人が、愛を小さく堅い殻に閉じ込めていた種だとしていたことに対して、それが太陽のような愛によってバラの花に変わるのだということを伝えている。
と、同時に詩のプロセスで、flowerはthe Roseになる。the Roseの定冠詞は、特定の何かを指しているのであり、ジャニス・ジョプリンのような「あなた」が太陽の愛に包まれてこの世界に現れたことを意味している。
おまけ。
「バラの花」 終風訳詩草花を飲み尽くす
愛は川なのか
心に血を流す
愛はヤイバなのか
満たされることない
愛は願いなのか
愛は花だと私は言う
君はかけがえの種踊ろうとしない心が
堅い殻に閉じこもる
チャンスを掴まないまま
種はまどろみつづける
与えることが怖くて
その実を結ばない
生きようとしない心は
死ぬことに怯えるさみしいままの夜
辿りつかない長い道
不幸や弱さに
くじけてしまうとき
雪の日を思ってみて
埋れていた種は
春の光の愛で
バラの花になる
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コメント
言葉を信頼しなかったら、神学者や神学生の自己規定が危うくなるから、終風先生は、言葉とその意味を信頼するのだろうけれど、「愛」という概念は、現在でも発展途上の概念で、歴史的にもどう定義されてきたか調べるのが難しい概念だろうと思います。
私みたいに、特許明細書を書いたり、訳したりしてる時間が長かったりすると、言葉(の意味)に対する信頼というのは、根本から失われますね。それで、マントラやダラニが好きになるわけだけれど。マントラとかダラニというのは、意味そのものは事実上無意味で、形態としての音声だけに呪術力が備わっているというものだから。そして、読解法さえ知っていれば、文字よりもヤントラやマンダラのほうがより多くの真実を語っていると思っています。
「愛」についていうと、私が深く感じ入ったのは、デヴィッド・ギルモアの演奏する"Shine on You Crazy Diamond"のギター・フレーズを聞いたときと、同じくデヴィッド・ギルモアのリメイクしたシド・バレットの"Dark Globe"を聞いたとき。誰よりも多くに誰よりも多くをもたらしながら、本人は得る所がきわめて少なかったシド・バレットのことを、シド・バレットから一番多くをもたらしてもらえたデヴィッド・ギルモアがシドのことをひどく惜しむ気持ちが痛切に表現されている。
言い換えれば、「愛しなさい」とは、「感謝しなさい」ということ、とでもいうところですか。
投稿: enneagram | 2010.01.23 10:11
こんにちは。いつも拝見しております。今日はなつかしい「ザ・ローズ」を取り上げていただき、感激でした。
ロックにはさほど興味がないのですが、とても衝撃を受けた作品です。
映画ではローズがコンサート中に倒れ急死したことで驚き騒ぐ聴衆の声が小さくなってゆく中で、静かなピアノの前奏が始まりこの歌が流れました。(スタートもこの部屋でしたが)スターの写真を一面に貼り付けたローズの子供時代のアパートの明かりを消して映画は終わりますが、涙でスクリーンが殆ど見えなかったことを憶えています。そして、折に触れてこの歌を口ずさみ、励まされたものです。あの時と同じサウンドトラック版に触れさせていただき、30年程隔てた若い頃の感動を再現するべく発売と同時に購入したはずのLDを探してみます。
ありがとうございました。
投稿: YY | 2010.01.23 17:55
この歌は心に沁みてきますね。詞なので自由な解釈があると思いますが,英語として And you, its only seed のところだけ,どうしても気になりましたので,通りすがりですがちょっと失礼します。
「~でしかない」とされてますが,それは it's only ... となっていればそう取れるかもしれませんが,ここは its only seed という名詞句,つまり「その(=愛の)唯一の種」で,高畑訳が近いです。(only sonで一人息子,とか言うときの only)
また,youとitsの間にsay loveが省略されていて元は you say love, its only seedとなっているかのように解釈されていますが,その省略は統語上,あり得ません。ここは,you は呼びかけでしょう。
つまり前の行からいくとここは,「私は言う,愛,それは花,そしてあなたは,そのたった一つの種」という感じ(直訳)ではないでしょうか。この他にもちょっと気になる部分がありましたが,詞であればその人の心に響くような独自の受け取り方があるんだなあということで。
投稿: 通りすがり | 2010.01.24 21:48
このエントリーで興味を映画に持って見るひとがいるかも
知れないのに(てか、わたしがその一人)、あっさりネタ
ばらしをする無神経なやつが一人↑
投稿: | 2010.01.25 09:06
通りすがりさんへ。「唯一の」の意味なら、theやmyなどの限定があると思います。また、"And you, its only seed"を"And you say love, its only seed"の略とすることが「統語上,あり得ません。ここは,you は呼びかけでしょう」でしょうか? 「「私は言う,愛,それは花,そしてあなたは,そのたった一つの種」という感じ(直訳)」とすると、youをitで受けることになりますが、itはloveを指しているはずです。
投稿: finalvent | 2010.01.25 11:52
通りすがりではありますが,上で書き込んだ内容について誤解があるようなので,説明を追加しておきます。
its は the/my/his などと同じ限定ですので,its only seed はちょうど his only son と同様な名詞句になります。 its only seed を it is only seed (「種でしかない」)と読み替えるのは,難しいです。仮にそう取っても,seed の前に限定が出てきていないのは,かなり謎です (元々 it's でなく its なので,it is と読み替えるのは普通できないと思われますが)。
そして, "And you, its only seed" の上に書き込んだ直訳でも,its が含む it の指すものは,もちろん前の行の a flower です。直訳で「あなたは~(です)」としたので誤解を招いたかもしれませんが,もっとじかに直訳すれば,「そしてあなた(よ),そのたった一つの種(よ)」で,「あなた」=「その(花の)たった一つの種」という意味になります。
…などと言っても,詞の解釈はやはり,読んだ人の心次第,野暮な差し出口は無用なことと反省いたしました。finalventさんの心に,「愛が種である」という想いが響いたのでしょう。では,通りすがりに戻ります。失礼しました。
投稿: 通りすがり | 2010.01.25 20:33
間違ってたらすみません。
この解釈だと、Its は It's になるような気がするのですが。
投稿: ggg123 | 2010.01.25 21:01
”its only seed”については,おそらく,「(あなたにとっての愛は)まだ単なる種」となるのかな,と思います。ジャニスについては,リアルタイムでは知らない世代ですが、イメージとして本当の愛に巡り会うこと無く,世の中に対するプロテストを歌い続けた人という風に受け止めています。生きている間,愛を感じることのできなかったジャニスに(だからまだ愛は種であり),それでも「あなたの残した歌は,多くの人の心に残り,そしてあなたへの愛となって花開いたんだよ」という,死者へのはなむけの気持ちが歌われているのではないでしょうか。
投稿: kh0705 | 2010.01.26 01:52
ええと、補足させて下さい。
この解釈だと、2番以降も「わたし」が「あなた」に愛について説明をしているということだと思うのですが、それだと、1番の最後のところで「あなた」が「(愛は「花」なんかじゃなくて)ただの種なんだよ。」というニュアンスで、its only seed と答えた。ということにならないと、「わたし」が「あなた」に愛について説明を始めるというのがすこし違和感を醸してしまうように思うのですね。それで、私はそうではなくて、2番以降は「あなた」と呼ばれた人が、「わたし」に向かって愛について説明しているのだろうと、そう考えたので。
投稿: ggg123 | 2010.01.26 07:46
通りすがりさん、ggg123さん、ggg123さん、ご指摘ありがとうございます。氷解しました。通りすがりさんの解釈が正しく、私の解釈が間違っています。二度にわたってきちんとご指摘くださって、本当にありがとうございました。エントリに訂正を入れました。(seedの前に冠詞がないのもなんとなく変だと思っていました。)
投稿: finalvent | 2010.01.26 08:36
> 投稿: | 2010.01.25 09:06
ググってから書き込めば?
手に入らないだろうから、紹介したつもりだけど・・・
投稿: YY | 2010.01.28 10:31
>YY | 2010.01.28 10:31
アマゾンで普通に入手できますがなにか?
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA-DVD-%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%87%E3%83%AB/dp/B00006JIKO
一般的なナマー違反を指摘されてからの、後付での言い訳は
やめたほうがいいです。
投稿: | 2010.01.29 15:54
初めまして、愛は花君はその種子と検索してこちへたどりついた者です。the rose や、愛は花君はその種子と曲の始まり部分が少しいのちの記憶 二階堂 和美さん(かぐや姫の物語の主題歌)と似ているのに気がついたのでコメントさせていただきました。http://www.youtube.com/watch?v=Kvzz5-PkorE が動画URLです。
投稿: JN4LWP | 2014.05.07 22:27