中国の軍事脅威に救われた普天間問題先延ばし
日本時間13日にハワイで、80分間ほどだったが実施された岡田克也外相とクリントン米国務長官の会談で、日米安保条約改定50年に向けた同盟深化の協議に合わせ、普天間飛行場移設問題について鳩山政権による5月までの決断棚上げを米側が実質了承した。
これまで早急な決断を求めていたかのようだった米オバマ政権が軟化したか、あるは当初からそれほど喫緊の課題ではなかったかのような様相を見せていることもあり、昨日の朝日新聞社説「同盟協議―土台を固め直す議論に」(参照)も「アジア太平洋地域にどんな脅威や不安定があるのか、安全保障環境についての認識を共有する作業から始めたいという」と暢気な評価をしていた。が、実際は台湾を巡る米中関係がこの間緊迫化しており、これ以上埒の明かない鳩山政権に拘泥して、環境問題は人類の消滅で解決するといった宇宙的視点から、北朝鮮問題・イラン問題・アフガニスタン問題などであらぬ方向に逆走されても困るし、そもそもこの政権が長期化するのか不明な状況では、とりあえず重要度の高い問題に米外交もシフトしたということだった。
米側報道でのオバマ政権軟化については、13日付けワシントンポスト記事「In shift in tone for U.S., Clinton plays down fight over Marine base in Japan(米側変化で、クリントンは在日海兵隊基地討議の矛を収める)」(参照)がわかりやすかった。同記事では米側軟化の理由を三点挙げていた。私なりにまとめると、(1)日米同盟の弱体をアジア諸国の指導者や市場が懸念していたこと、(2)中国のアジア影響力拡大や海上軍事進出の隙を与えないこと、(3)アジア諸国の関係悪化に及ばないようにすること、である。
三点をさらにあえて一つに集約すれば、アジアにおける対中権力のバランスの揺らぎがもたらす危険性の認識でもあり、これをもっとも具体的に表しているのが、新たなる台湾危機の可能性だった。
今回の岡田・クリントン会談は日本側から見ていると、朝日新聞社説のように普天間問題を巡る日米関係のようにしか見えないが、より具体的な文脈は、2008年10月、ブッシュ政権下で決定され、今回初めて実施される運びとなった、米国から台湾への地対空誘導弾パトリオット(PAC-3)売却がある。
台湾の馬英九大統領(総統)も米側のPAC-3売却決断を「必要性が高い政策であり、台湾海峡の安定に役立つ」と高く評価しているとしている(参照)。これで形の上ではあるが、中国の短距離弾道ミサイルを迎撃する能力を台湾が独自に獲得していく道が開けた。米側としては台湾にさらなる武器供与(新型F16戦闘機)に踏み切る可能性があることも示唆されている。
背景を見ていこう。14日付け朝日新聞記事「台湾への武器供与「続ける」 米次官補、中国軍に懸念」(参照)は、背景に台湾に標準をあてた中国の軍拡を伝えている。
米国防総省のグレッグソン次官補は13日、下院軍事委員会の公聴会に提出した書面で、中国が、台湾に対し軍事的に優位になったと自ら判断したうえで「最後通告」を突きつける恐れがある、との懸念を示した。
次官補は、中国が台湾の対岸に1千基以上の短距離弾道ミサイルを配備し、燃料補給なしの飛行範囲内に約490機の戦闘機を配置していると指摘。中台関係が改善したにもかかわらず、依然台湾海峡の有事に焦点を当てているとし、「米国は台湾が十分な自衛力を維持するための武器を供与し続ける」と述べた。
中国側はこの展開に表面的には怒り狂ったような対応している。13日付け産経新聞記事「中国、米に「報復措置」も 台湾武器売却で評論家・石平氏」(参照)では、石平氏の見解としてその動向を伝えている。
中国外務省の高官は7日から9日にかけて3回にわたり、「強い不満と断固反対」を表明。8日には、中国国防省報道官も、「強い不満と断固反対」を表明し、「中国側はさらなる措置を取る権利を留保する」と、昨秋、本格再開した米中軍事交流の停止などの報復措置を示唆した。
実際に売却が行われた後には、「報復措置」を取らざるを得なくなるだろう。事実、昨年末あたりから、中国の御用学者たちは一斉に、「米国に対抗する実質上の報復措置を取るべし」と大合唱を始めている。中国は今後、この問題で米国と徹底的にけんかしていく覚悟なのだ。なぜか。考えられる理由は三つある。
三点の理由はこうだ。
第一に、中国は国力増大で自信を持ち、米国の台湾への武器売却、つまり「内政への干渉」に我慢できなくなったということだ。
次に、中央指導部での軍強硬派の発言力が増し、この問題で柔軟な対応ができなくなったという点だ。
最後に、最も重要なのが、胡錦濤政権が、「台湾問題の解決」をすでに視野に入れ、この問題への米国のかかわりに神経過敏になっているということだ。
私の見立ては石氏とは異なり、共青同及び胡錦濤は対話路線を取り得るだろうが、習近平氏を推す派を抑えにくくしている中国国内の事情が強いだろうと考えている。
いずれにせよ、中国としては米国が支援する台湾の軍事強化を見過ごすわけにもいかず、初手としては11日に地上配備型の弾道ミサイル迎撃システムの技術実験を実施した。さらに中国的ユーモアで、空軍指揮学院の王明志氏は「米国のPAC-3システムに比べ中国のシステムの迎撃高度ははるかに高く、能力も優れている」と主張しているとのことだ(参照)。愉快な主張を除けば、従来ロシアに依存して探知・迎撃の技術を中国国産に転化してきた点は注視してよいだろう。
先の朝日新聞記事に戻ると、13日の米国防総省のグレッグソン次官補の話では、サイバー攻撃の言及もあった。
中国がサイバー攻撃の能力を向上させていることにも懸念を表明。米政府を含む多数のコンピューターが中国国内からとみられる攻撃の標的になり続けているとし、「中国の軍や当局が実施、あるいは容認しているのか不透明だ」と言及した。
時期的に見て、中国からのGoogleへのサイバー攻撃やGoogle側の中国撤退話も、おそらくこの同一の文脈にあると思われる。
関係のない事象を面白おかしくつなげるというのはありがちな誤認でもあるが、話を冒頭に戻してみてると、岡田・クリントン会談が一連の台湾有事とアジアの権力均衡に関連していることは明白に読み取れるし、当然ながら、普天間飛行場移設問題の延期もまた、台湾有事に対する米側の今後の対応との関係に置かれていることが明らかになる。
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コメント
>中国の短距離弾道ミサイルを迎撃する能力を台湾が独自に獲得していく道が開けた。
いえ、台湾は既に独自開発の「天弓3」地対空ミサイルに弾道ミサイル迎撃能力を付与しています。これは推力ノズルが偏向できる特殊な地対空ミサイルであり、パトリオットPAC2GEM+を上回る能力を持っています。
「天弓3型」長距離地対空ミサイル - 日本周辺国の軍事兵器
http://wiki.livedoor.jp/namacha2/d/%a1%d6%c5%b7%b5%dd3%b7%bf%a1%d7%c4%b9%b5%f7%ce%a5%c3%cf%c2%d0%b6%f5%a5%df%a5%b5%a5%a4%a5%eb
>台湾軍では、射程の長い「天弓3型」と、それに比べると射程は短いが目標への直撃方式を採用しており高い撃墜率を有するパトリオットPAC-3を併用することで、多層的弾道ミサイル迎撃システムを構築することを計画している。
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というわけで、PAC3とこれを併用することで多段防御とする役割なのです。
>さらに中国的ユーモアで、空軍指揮学院の王明志氏は「米国のPAC-3システムに比べ中国のシステムの迎撃高度ははるかに高く、能力も優れている」と主張しているとのことだ。
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いえ、アメリカも中国のミサイル防衛実験が大気圏外で行われた事を把握しています。故にこれはユーモアではありません。事実を述べています。迎撃高度がPAC3よりも遥かに高かった事は事実です。
確かに中国がいきなり大気圏外自律機動迎撃体を独自開発したとは考え難いのですが、もしそうであるならば、これは非常に高い技術を獲得したという事が言えます。
投稿: JSF | 2010.01.16 00:58
ミッドコース用(と思われる)ミサイルの迎撃高度をターミナルフェーズ用のPAC3と比較して語るってのは、あるいはユーモアなのかもって気もしますが。
投稿: | 2010.01.16 15:10
台湾問題の話を考えるときは、この問題は、チベット問題とすごく強くリンクしていることも補足したほうがよかろうかと思います。
台湾は、仏教の篤信家が多く、台湾で活動をしているチベットの仏教僧を支援している人たちが少なくありません。また、チベット仏教の高僧たちの書物も台湾ではいくつも漢訳されているそうです。
もちろん、台湾問題は、香港の完全な中共中国化のプロセスの支配要因です。当然、香港に隣接する深セン市(経済特区)の政治的経済的位置づけにも影響があります。
もちろん、台湾がどうなるかで、シンガポールの中国共産党との距離感も変わります。表面的にはキングズイングリッシュと簡体字の北京語以外使用禁止している(つまり、シングリッシュやインド化された英語や中国語のいろいろな方言の使用は、原則使用禁止。)中国共産党よりの中国人国家シンガポールですが、本音では、自分の間合いで中国共産党と付き合いたいし、中国人としてのアイデンティティはあっても、当然中華人民共和国の自治区になどなりたくもないから、日米安全保障条約の重要性を訴えているわけです。
沖縄の隣が台湾なのに、日本人は、台湾問題に無頓着な人が多いようだけれど、台湾が所有している海外資産は、膨大なものですから、台湾にもっと関心を持つべきです。繁体字の北京語を使用しているというだけでも、台湾は文化的に貴重な存在です。
投稿: enneagram | 2010.01.16 17:24
>三権分立において、行政の長であり、また立法において絶対的な権力をもった党派の長が、司法に挑戦状をたたきつけたことになってしまう。
政治家すら勘違いされている人がいますが、
検察は司法ではなく行政です。
投稿: | 2010.01.17 07:47
先の大戦や基地問題で沖縄県民の皆さんがどれだけ苦しい想いをされてきたか知れば知るほど心が痛み涙がでます。
そこで、今八方塞がりの状態の中でなにかいいアイデアがないだろうかと考えを絞りだしてみました。
もし、ちょっとでもお役に立てれば嬉しいです。
まず、以前の約束どうり辺野古移設はするべきだと考えます。
国と国同士の約束は守り信頼を回復させる必要があります。
その後、街中にある利便性とアジアにとっても地理的好条件にある跡地に国際看護介護大学を作り東アジアの優秀な人材を誘致し教育します。
その後東アジアや日本(本州)を拠点に看護婦や介護師を派遣します。
同時に沖縄県が東アジアから注目され沖縄の美しい海や風土・文化・人の豊かさ・歴史を知ってもらうチャンスになると思います。
アメリカ兵士においては、世界中の人の目にさらされる事となり不祥事を起こしにくい環境になっていくと思います。
また、基地が東アジアの地震・津波等の災害時に医師や看護婦の派遣拠点となれば質の高い医療とスムーズな人道支援ができ、国際的にも平和支援に繋がると思います。
また、アメリカにとっても東アジアに平和貢献できれば米兵士の好感度があがり有利だと思います。
初めはジュゴンの生息圏である事などからも反対が多いでしょうが、その後の沖縄県の産業、経済、国際的注目度と社会的貢献発展度が上がり、結果東アジアが良くなってくるのではないでしょうか。
また、長い目でみて台湾が中国に支配された時、沖縄県に基地がある事で中国も沖縄には手が出ない状態でかつその周辺は日本・アメリカ・中国で均衡が保てると思います。
いかがでしょうか?
憎しみや悲しみからは何も生まれません。
今の現状は八方塞がりに感じても、希望を見失ったらいけないと思います。
皆が幸せになる方法を模索しましょう。
中東のイスラム過激はテロとゆう手段で悲しみを憎しみをアメリカにぶつけましたが憎しみ悲しみは増すばかりです。
そうならない為には、沖縄県民の…いえ琉球の民の誇りにかけて悲しみ憎しみを越えた決断で受け入れ平和への祈りを世界中に訴えて欲しいと思います。
投稿: うた | 2010.01.22 11:46