« 小沢一郎民主党幹事長被疑者聴取 | トップページ | 名護市市長選挙と普天間飛行場移設問題 »

2010.01.25

[書評]ヒトラーの秘密図書館(ティモシー・ライバック)

 文藝春秋の今月号でも紹介記事があったが、新刊の「ヒトラーの秘密図書館(ティモシー・ライバック)」(参照)を読んだ。内容に間違いがあるというのではないし、トンデモ本ということでも、まるでない。が、一種、微妙に、変な本であった。

cover
ヒトラーの秘密図書館
 読みながら、こういう本って他にあるだろうかと、なんどか思った。書かれている事実や考察は、普通に興味深いのだが、ふと、奇妙に、なんか変だなあ、という印象を残す。おそらくそれは通念としてのヒトラーと絶妙にズレた何かを読み解くことが可能なエピソードに満ちているからだろう。さらにそのズレは、およそ読書家というものの本質に関わるものであるように思えてくる。読書家を密かに自認する人ならば、自虐的な意味を込めて、本書は必読書である。読むと、痛いよ。
 邦題は「秘密図書館」になっているが、オリジナルタイトルは「Hitler's Private Library: The Books That Shaped His Life(Timothy W. Ryback)」(参照)であるように、個人図書館というか個人蔵書というくらいの意味である。ただし、その蔵書数は1万6千冊とも言われているように図書館といった風格はある(大半はヒトラーが名声を得てからの献本ですべて読まれているわけではないようだ)。現在はその蔵書の大半は散失しているが、それでも著者ライバック氏は、ヒトラー個人が読み、傍線や書き込みをした書籍を世界各地に探し求め、可能な限り追体験として読み解きながら、ヒトラーの思想形成過程を探るとして本書をまとめた。オリジナル副題「彼の人生を形作った書籍」はその意味からだ。
 私もそうだが、ヒトラーのような怪物がこの世に生まれ出るには、どのような悪書を読み、影響を受けたかと思う。そういう興味から本書を手に取る人も少なくないに違いない。もちろん、知人の家に行って書架を覗き込むような好奇心もあるとしても。
 読後どうだったか。ヒトラーの思想形成における悪書の影響が理解できたか。なるほどと納得する人もいるだろうが、私は違った。ますますヒトラーという怪物がわからなくなった。いや、わかったことも多い。現在でもよく見かける青年のように、デザインや芸術への嗜好を持ちながら、きちんとした学歴を持たず学歴コンプレックスを持ち、それでいて本を読むのが大好きという一人の青年としてのヒトラーは、外的にはしだいに独裁者となるのだが、それでもなんというのか、終生変わらない凡庸な読書家であったということだ。名作を読んでは感動し、自分の突飛な考えを補強してくれる書籍を愛読する。現在でもいそうな軍事オタクのように軍記物を読み、「ムー」のようなオカルトなんかも読む。哲学は気取って読むが、さして理解もできない。たぶん、何より静かに本を読むのが好きな人だったのだろう、ヒトラー君は、というのが一番、しっくりくる。
 表紙の写真はヒトラーが36歳の時のもので、彼の著書「わが闘争」が書かれた年代だ。この奇書の背景についても本書は詳しい。年代からでもわかるが、若い時代の習作といった程度のもので、ここからその後の彼の思想をすべて読み取ることは難しい。
 本書は学術書ではない。また標題から想像するほどヒトラーが読んだ多くの書籍が扱われているわけではない。光が当てられているのはごく数冊であり、それらが、青年ヒトラーから56歳で自殺に至るまでの年代のエポックとして語られている程度だ。その意味では、ちょっと変わった視点からのヒトラーの伝記といった仕立てにもなっている。
 興味深いのは、これも当然と言えるだが、あの反ユダヤ主義というかアーリア人主義がどのようにして形成されたのかという点だろう。本書に描かれる青年ヒトラーにはそうした傾向はなかった。30歳を過ぎ、年上のメンターというのだろうか師匠筋からその考えを吹き込まれてから傾倒したようだ。
 傾倒後はそれを補強する書籍を彼は読みまくっていくのだが、そこで強い影響を与えたのが、ヘンリー・フォード(Henry Ford)の「国際ユダヤ人(The International Jew)」であった。そう、自動車会社のフォードの創業者である。アントニオ・グラムシがフォーディズムと呼ぶ原型の、あのフォードの創業者は、骨の髄から反ユダヤ主義者であった。フォードが偽書「シオン賢者の議定書」をもとに書いたこのトンデモ本は、当時16か国にまで翻訳され、ヒトラーもそれを読んだ。いうまでもなく、世界中の人が読んだその一人に過ぎなかった。
 さらに反ユダヤ主義の影響を与えたのが、米国の歴史学・人類学者マジソン・グラント(Madison Grant)による「偉大な人種の消滅 ヨーロッパ史の人種的基礎(The Passing of The Great Race; or, The racial basis of European history)」であった。同書はこの時代の国際的な優生学との関係もあるが、いずれにせよ、米国の学者であり、その時代の米国のある社会理念を反映していた。
 あまり単純化してはいけないのだが、ヒトラーの反ユダヤ主義を補強をしていた知識は、その時代の米国の思想であった。米国史において思想を見ると、つい建国の理念やその後の人権問題やら自由といった問題に目が向くが、実際の米国民とその歴史につよく影響を与えていた大衆的な思想史、また科学を装っていた時代の限界などは、ヒトラーのナチズムと合わせて今後の研究課題となるかもしれないような代物だった。
 ヒトラーに影響したドイツ思想については、従来、アルトゥル・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer)やフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)などが示唆されていたものだったが、本書はその影響の少なさをむしろ述べている。ドイツ思想でヒトラーに影響したのは、むしろ実存主義の祖とも言われるヨハン・ゴットリープ・フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte)であった。言われみれはそうかなとも思えるが。
 この他、ナチズムの時代とローマ・カトリックの関係でも興味深い逸話が描かれている。それらも、印象では奇異な挿話のように見えるかもしれないが、案外、そうした各種の異質な挿話のディテールのなかに、歴史がこの怪物を生み出した本当の理由が眠っているようにも思えた。

|

« 小沢一郎民主党幹事長被疑者聴取 | トップページ | 名護市市長選挙と普天間飛行場移設問題 »

「書評」カテゴリの記事

コメント

ヒトラーの一番熱心に学んだ先生は、たぶん、レーニンだっただろうと思います。

ヒトラーは、思想家ではなく、大衆運動家だから、ピュリッツアーや赤新聞発行人のハーストみたいなアメリカのジャーナリズムにも学んでいるはずです。

あの時代は、地政学が流行していたはずだから、アメリカのマハン大佐や、イギリスの地理学者のマッキンダーなどの影響も受けているはずです。

ドイツ史の全体主義思想家の系譜で捉える(たとえば、ハンナ・アレントのようにフィヒテやヘーゲルの影響を考える)より、ヒトラーも時代の子として捉えるほうが適切だと思います。

坂本竜馬だって、山崎闇斎あたりの時代以来の土佐の土着儒学史の文脈で考えるより、その当時の時代の子として考えるほうがしっくりします。

投稿: enneagram | 2010.01.27 09:35

「ショーペンハウアー」や「ニーチェ」といった、
いかにもヒトラーが、
強い影響を受けていそうなドイツ思想については、
むしろ、その影響は少なく、
ヒトラーに強い影響を与えたのが、
「フォード創業者ヘンリー・フォード」や
「歴史学・人類学者マディソン・グラント」といった
「アメリカ人」だった、という見解は、新鮮であった。

アメリカの有害図書「偉大な人種の消滅」が、
アメリカを「移民制限」へと誘導し、
またナチスのホロコーストの基礎となった、という歴史を、
多くのアメリカ人は、認めたがらないだろう。

投稿: 伝記.com | 2010.06.08 11:52

ヒトラーが元からの反ユダヤ主義者ではなかったという点については、別宮暖朗『軍事学入門』の中にも記述がありますね。ウィーン時代の知人の証言によると、当時はユダヤ人との付き合いなどもあったとか。

また、これはヒトラーというよりナチスかもしれませんが、米国からの影響では福田和也『保田与重郎と昭和の御代』に、米国の原住民絶滅収容所がナチスの強制収容所に影響を与えたような記述があったと思います。雑誌掲載当時は、出典は単行本化のとき明示するよう記載されていたと思いますが、単行本は調べていないので、出典については不明ですが。

たしか、ナチスのプロパンガンダ技術も米国に影響を受けていましたか。

投稿: | 2011.02.15 10:49

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: [書評]ヒトラーの秘密図書館(ティモシー・ライバック):

« 小沢一郎民主党幹事長被疑者聴取 | トップページ | 名護市市長選挙と普天間飛行場移設問題 »