« ニューヨークタイムズ曰く、戦後生まれの日本人は安保の価値をわかっとらん | トップページ | [書評]おもひでぽろぽろ(岡本螢・刀根夕子) »

2010.01.31

[書評]朝青龍はなぜ強いのか? 日本人のためのモンゴル学(宮脇淳子)

 岡田英弘先生と宮脇淳子氏の著作の大半を私は読んでいるが、本書「朝青龍はなぜ強いのか? 日本人のためのモンゴル学(宮脇淳子)」(参照)については迂闊にも知らないでいて、先日勧められて読んだ。

cover
朝青龍はなぜ強いのか?
宮脇 淳子
 既に他の著作で書かれている内容も多いが、宮脇氏の体験談や女性から視点などが面白かった。読んでためになる、体系的な知識が増えるというタイプの著作ではないが、副題に「日本人のためのモンゴル学」とあるように、日本人なら知っておくといいのだろうなと思われることが随所にある。例えば、中露と微妙な距離を取りつつ安全保障を図るモンゴルの外交。モンゴルは、上海協力機構に近隣国が加盟するなか、オブザーバーではありながら加盟していない。

 モンゴルが正式加盟しないままでいる理由は、二〇〇六年上海での首脳会議で「政治体制や価値観などの違いを口実に内政干渉すべきでない」と宣言に盛り込むなど、上海機構が反米連合の色彩を強めているからである。絶妙の位置取りと言えよう。

 他方、中露と距離を置きつつ親米というのではないが、米国とも協調している。

 アメリカとの関係はといえば、二〇〇三年三月に始まったイラク戦争の際、同年十月国連で「イラクへの多国籍軍派遣や復興計画を巡る決議」が全会一致で採択される以前から、モンゴルは英米ほか三十五ヶ国とともにイラクへ軍を派遣した。
 イラクに派遣されたモンゴル軍は、九千百人(予備役十四万人)の兵力のうち百三十人にすぎなかったが、現在も少ない数ながら駐留を続けている。アフガニスタンにも軍を派遣している。軍事予算は、国家予算の三・三%程度であるが、だからこそモンゴルは国連の安全保障に注目し、PKOに積極的に参加したり、アメリカとの関係を強化して自国防衛を確保している。

 もちろん、これは米国側からもモンゴルを使ううま味というのもあるし、いろいろどろどろした問題がないわけではない。が、小国ながら、あるいは小国だからか、自国の安全保障の意識は明瞭にある。
 日本はどうか。日本はモンゴルをどう捉えているか。モンゴルへの対外経済支援の半分以上は日本が占めているのだから、日本としてもモンゴルを結果的には重視していると言えるし、モンゴルも二〇〇七年には国連の安全保障理事会非常任理事国の立候補を辞退し日本の改選を応援することで日本の顔を立てている。この結果が、日本提起の北朝鮮制裁にも有効に働いた。
 本書は標題どおり「朝青龍はなぜ強いのか?」についても触れている。理由はモンゴル相撲の背景があることや、強い男を生み出すモンゴルの文化などだ。率直にいえば、このあたりの説明だが、文化の話は面白いがそれを朝青龍に結びつけるあたりは酒飲み屋の談義の粋を出ない。
 モンゴル相撲と対応させて日本の相撲の歴史についても言及があるが、なぜか両者の史的関係については触れていない。少し残念なところだった。日本の相撲の歴史といえば、偽書でもあり神話にすぎない古事記は別として、日本書紀、垂仁天皇七年に野見宿禰の當麻蹶速と相撲(捔力)したとあるが、宮脇氏も触れているように、結果は野見宿禰が當麻蹶速を殺傷するに至ったことからも、「日本においても、モンゴルと同様、相撲の起源は、武術の一種であったことは明らかである」としている。
 野見宿禰の武術についてはその筋ではいろいろ愉快な話があったり柔道の起源のようにも語られているが、私はこれはまさにモンゴル相撲ではないかなと思っていた。もちろん、垂仁天皇七年というのはありえない年代だし、騎馬民族説を採るわけでもない。が、そう思うようになったのは、沖縄暮らしで琉球角力を知ったからだ。
 琉球角力なのだが、私が見た印象では朝鮮のシルムである。他、沖縄の綱引きも朝鮮のそれと似ている。朝鮮から琉球に庶民文化の伝搬があったのかはよくわからない。シルムの起源もよくわからないが、これはモンゴル相撲が起源ではないだろうか。いずれにしてもこのあたりの歴史がもう少し本書で言及されていたらと思った。
 その他、へぇ知らなかったなと興味深く思ったのは、現代モンゴルで女性の学歴が高いことだ。朝青龍の母親は国立大卒だが父親は運転手とのこと。白鵬も母親は国立大学卒だが、父親は大卒ではない。朝青龍の夫人もドイツ留学を呼び戻して結婚したほどのインテリであるとのこと。なぜそうなのか。宮脇氏の説明では男は肉体労働でも食っていけるが女子は難しいのでまず高等教育を受けさせるということだ。
 そういえば、昨今朝青龍の品行がまた話題になっている。私は仔細を知らないがざっと見聞きした範囲では朝青龍の非は明らかであるようには思えたし、もう少し日本人に配慮してくれたらなと思わないではない。が、どちらかというと私は、宮脇氏のようなさっぱりした朝青龍擁護論が好きだ。

 日本相撲協会から二場所の出場停止処分を受けてモンゴルに帰った朝青龍は、ふたたび元気になって来日した。鬱になったのは嘘だったのではないか、というマスコミあるが、私はモンゴル人ならときどき草原に帰りたくなるのは当たり前だと思う。
 日本に留学しているモンゴル人だけでなく、首都ウランバートルに住んでいるモンゴル人ですら、仕事のために仕方なく町で暮らしていると思っているらしい。
 夏休みにモンゴルに行くと、大臣も中央官庁の役人も大学教授も会社の社長も誰一人ウランバートルにはいない。みんな故郷の草原でゲル(テント)生活をしている。こちらのほうがモンゴル人のほんとうの暮らしだと考えているのだ。


 日本の大相撲にモンゴル力士を受け入れたのは、意識しなかったのかもしれないが、日本のためにまことに喜ばしいことだったわけだ。日本人もモンゴル人を見習って、少しくらいの違いには寛容になって、人生を楽しもうではないか。世界は広いのだ。

 はいはい。

|

« ニューヨークタイムズ曰く、戦後生まれの日本人は安保の価値をわかっとらん | トップページ | [書評]おもひでぽろぽろ(岡本螢・刀根夕子) »

「書評」カテゴリの記事

コメント

あの品行は、日本においても、モンゴルにおいても、アメリカにおいても、暴力的であるならば、どんな国でも評価されるものではありませんよ。暴言も同じです。本当に親しい間での私的空間ならば、本人同士の問題ですけど。つまり何がいいたいかというと、「暴」は、すべてにわたって評価されないということです。それと、現代日本では、「暴」について鈍感さが濃くなっています。アンダーグランドですることを、当然のごとく公の空間で行っているわけです。とくに、ブログがまさにそうです。

投稿: 地下組織とは | 2010.01.31 17:20

「暴」は、元気とは違います。見習うべきものでもありません。

投稿: 地下組織 | 2010.01.31 17:21

古事記は一応、偽書ではありません。日本書記のほうが、正史とされていますが、古事記のほうも、ちゃんと日本書記と並べて、朝廷では長らく、歴史研究の対象とされていたようです。古事記と日本書紀では、異なる記述も多々ありますが、朝廷は歴史認識も一本化せずに、きわめて客観的に両方を残してきたと思われます。つまり、後世の人間たちに、歴史研究を託したんだと思われます。

日本書紀の細かい年代というのは、日本書紀の編纂目的が、外交時に中国に提出する編年体形式の歴史書が必要だという観点からで、無理に具体的な年代を描く必要に迫られたからでしょう。おそらく、日本書紀編纂当時に伝承されていた年代は、古事記に書かれているような大まかな天皇の干支没年や寿命ぐらいで、明確な年代なんて分からなかったんだと思います。だから、古事記の記述は曖昧で短いものですが、日本書紀に比べては政治的な意思が薄い(全くないとは言わないが)という意味では、馬鹿にはならない。


相撲と似たようなスポーツというのは、世界各地にあります。裸で力比べをする競技というのは、世界至る所にあります。なぜなら、世界中、どこでも思いつく競技だから。こういう原始的な競技や文化というのは、世界的に普遍なものなので、どこかに起源を求めるのは、いかがなものではと思います。こういうのに拘るのは、東アジアの儒教的な影響がそうさせているのかとは思います。中国と韓国が、起源論争で大喧嘩しているのも、儒教的な影響でしょう。

日本の相撲の起源は、基本的に神事の時のものであり、だからこそ、土俵をつくって、その中で行われるのでしょうが、むろん、力比べをする行為自体は、武術そのものですから、武術的な意味もあったのでしょう。


騎馬民族征服王朝説というのは、空白の4世紀という歴史学の謎から起こった亜流の説で、アカデミックの場では、殆ど相手にされていませんが、在野の歴史学者や作家の間では、ロマンを感じるのか、この説はずいぶんと広まった。で、この説は、本居宣長の邪馬台国論争の影響が大きく、後のヤマト王朝と、3世紀の邪馬台国をどう捉えるのか?というのが、大きく影響しています。しかしながら、近年の纏向遺跡の研究の成果で、邪馬台国=ヤマト国であり、2~3世紀の邪馬台国を初期ヤマト王朝と捉える向きが強くなっている現在においては、騎馬民族征服王朝説は、ますます下火にならざるおえないでしょう。

ちなみに、欧米の学者で誰だったか忘れましたが、日本の建国の歴史や天皇の創世記の歴史が分からなくなったのは、本居宣長が邪馬台国九州説を言い出したのが、全ての根源ではないのか?と鋭い指摘をしています。邪馬台国論争というのは、単に3世紀の日本だけではなく、その前後の数百年の歴史解釈にも大きく影響しているわけです。

投稿: ななし | 2010.01.31 21:03

誤字の指摘のみですが。
上海紀行->上海機構
指摘関係->史的関係

海外に住んだりすると、いろんな生き方があるもんだと思いますよね。

投稿: akira | 2010.02.01 02:51

akiraさん、ご指摘ありとうございます。修正しました。

投稿: finalvent | 2010.02.01 09:27

大相撲の横綱は、本来世の中の模範になるべきだから、行儀がよいに越したことはないのだろうとは思います。でも、豪快なのが朝青龍の最大のとりえなので、朝青龍関には、気が小さくならないでほしいとも思いますね。正直言って、この大悪役は、アブドーラ・ザ・ブッチャーなんて問題にならないほどの「千両役者」だと思います。

モンゴルのチベット化は、満州族が統治過程で奨めたそうだけれど、チベット化することで、徹底的な中国化も(インドシナ半島に見られるような)ゆがんだインド化も回避して、モンゴルのアイデンティティを確立したことは、絶妙の選択だったと思います。

日本も(自分勝手ながら)上手に朝鮮半島や琉球列島弧とつきあって、さらに国内で蝦夷(アイヌなど)と対立することで、中国化によるアイデンティティ喪失を免れた歴史を持っているので、モンゴルとはお互い学び合えるところは多いような気がします。

チベット仏教によるモンゴルの宗教改革も歴史的にはそう古いことではないと思います。たぶん、本格的なのは、18世紀だろうと思います。日本の神道も、素材は縄文時代以前なのだろうけれど、現在の様な体系的形態を獲得できたのは、18世紀くらいなので、どちらも、宗教改革については、新しい歴史を持っている国です。そういう言い方をすれば、アメリカ合衆国の独立と建国自体がプロテスタント内部での「宗教改革」みたいな要素があるので、これも、18世紀の「宗教改革」と言えましょうか。

投稿: enneagram | 2010.02.01 10:02

ん?
今回はあまり良い記事じゃない。
著者は相撲を全くしたことありませんね。
相撲でなくても良い。柔道でも空手でも良いけど、兎に角戦う身体について何も知らないことが分かる。

朝青龍が強いのは基本に忠実だから
この一点につきます。

モンゴルがどうのこうのなんて関係ない。
朝青龍は日本大相撲の基本を守り、正しい姿勢を守り、正しく業を打っている。
特別なものは何もない。

しかし、相撲に限らずどんなことでも基本的なことを「いつでも」「どこでも」「どんなときも」貫くことこそ実は難しい。

それが出来ているから朝青龍は立派なのです。(相撲以外の品行は悪いそうですが…)

今の力士の中では、朝青龍は日本大相撲の権化だと言ってもよいでしょう。

投稿: 田舎から | 2010.02.01 10:31

今回の暴行事件の相手とされる川奈毅氏はネットで流れている情報をみる限り30代のクラブオーナーで霞ヶ関やヤクザともコネがありマスコミ・芸能界ともツーカーの大物とのことです。メディアの露出が少ないのもなるほどとおもわれます。真相は絶対公にされないでしょうね。

投稿: | 2010.02.01 12:03

ななしさん、文化の伝播には人の移動が伴います。相撲のルーツを辿るということにはロマンがあると思います。
>騎馬民族征服王朝説も邪馬台国九州説も下火になっている。こちらはなんとも情緒的な仰り方ですね。

投稿: 痴本主義者 | 2010.02.02 23:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: [書評]朝青龍はなぜ強いのか? 日本人のためのモンゴル学(宮脇淳子):

« ニューヨークタイムズ曰く、戦後生まれの日本人は安保の価値をわかっとらん | トップページ | [書評]おもひでぽろぽろ(岡本螢・刀根夕子) »