ジェームズ・チャノス(James S. Chanos)による中国経済クラッシュのお話
9日付け産経新聞記事「米著名投資家、中国経済の崩壊予測」(参照)が、8日付ニューヨーク・タイムズ記事「逆張り投資家が中国経済の崩壊を予測する(Contrarian Investor Sees Economic Crash in China)」(参照)を紹介していた。産経記事の標題とオリジナルの標題を比べてもわかるように、オリジナルでは最初からちょっと変わった逆張り投資家という点を打ち出しているのに対して、産経記事では単に米著名投資家とし、記事のトーンも中国経済への便乗揶揄といった雰囲気が感じられた。実際にオリジナル記事を読んでみて、多少気になるところがないではないので、ブログのネタにしておこう。結論から言うと、産経の紹介記事がそれほど悪いものではない。そして、このネタで一番知りたいのは本当に中国経済は崩壊するのかということだろうが、この記事からだけではわからない。
話は、米国ヘッジファンド「キニコス・アソシエイツ」設立者であるジェームズ・チャノス(James S. Chanos)氏(51)が中国経済のバブル崩壊を予測し、空売りを勧めているという話だ。チャノス氏(産経記事では「シャノス」)は、逆張り投資家として有名で、特に名声を高めたのは、2001年不正会計事件で破綻したエンロン経営危機を事前に予測し、空売りで利益を得たことだ。
産経記事はこうチャノス氏の見解を紹介している。
しかし、8日付の米紙ニューヨーク・タイムズの特集記事「中国を空売りする」によると、シャノス氏は中国経済が「ブームを続けるよりも、崩壊に向かっている」との警告を投資家向けのメールやメディアを通じて発信。過剰な投機資金が流入する中国の不動産市場は「バブル」であり、その規模は昨年11月に信用不安を引き起こしたアラブ首長国連邦のドバイの「1000倍かそれ以上だ」という。
そのうえで、シャノス氏は中国政府が発表する経済指標について会計操作や虚偽もあると疑い、「売ることのできない量の製品をつくり続けている」などと強調。昨年12月、中国経済の破綻を見込んで建設、インフラ関係の株式を物色していることを明かした。
シャノス氏が真剣に中国経済の研究を始めたのは、昨年夏。無謀な経営計画による企業の利益の誇張を見抜くことを哲学としてきたシャノス氏だけに「中国株式会社という最大の複合企業の神話の崩壊」(同紙)が的中するか、話題を呼びそうだ。
間違った紹介ではないが、例えば、「シャノス氏が真剣に中国経済の研究を始めたのは、昨年夏」というくだりは、次のように付け焼き刃ではなかという文脈に置かれている。
Colleagues acknowledge that Mr. Chanos began studying China’s economy in earnest only last summer and sent out e-mail messages seeking expert opinion.同僚によれば、チャノス氏が中国を熱心に調べるようになったのはたかだか昨年の夏で、それで専門意見を求めるメールを出したとのことだ。
また、「昨年12月、中国経済の破綻を見込んで建設、インフラ関係の株式を物色していることを明かした」という点だが、産経記事の紹介でわかる人はわかると思うが、背景は、中国株は外資を統制しているので代替として関連産業で空売りをしかけるという意味だ。ちなみに、チャノス氏の予測が当たれば、一次産品が暴落することになる。
オリジナルの記事は当然ながら、最初から逆張り投資家の奇妙な意見ということなので、バランスを意識して、中国はバブルではないとするジム・ロジャーズの見解も添えられている。
チャノス氏の意見はただ奇矯のようにも見えるが、「売ることのできない量の製品をつくり続けている」こと、資産バブルの懸念があるというのはごく常識だろう。この点は5日朝日新聞記事「09年の中国経済 資産バブルに警戒を」(参照)が無難にまとめている。
以上でチャノス氏を巡るネタは終わりのようだが、私は産経記事で紹介されていないチャノス氏の意見で気になることが2点あった。
“Bubbles are best identified by credit excesses, not valuation excesses,” he said in a recent appearance on CNBC. “And there’s no bigger credit excess than in China.”「バブルだと認識する指標は信用の超過であって資産価値の超過ではない。中国はこれ以上の与信を与えることはできない」と彼は最近のCNBC出演で述べた。
通常、現下中国経済で多くの識者が懸念しているのは、先の朝日新聞記事にあるように資産バブルだが、チャノス氏の中国経済崩壊論の基軸は、信用超過にある。これが1点目だ。
これをどう理解すべきか。私が思ったのは、中国政府の与信はまさに、中国国民の政府に対する信頼に依拠しているのではないか。だから、昨今中国が一見するとまたまた江沢民時代のようなナショナリズム高揚や軍備拡張に向かっているのも、むしろ経済的な与信への派生なのではないだろうか。そしてそこに相互の弱点があるように思える。つまり、中国政府への国民の信頼がなければ経済は揺らぐし、経済が揺らげば中央政府が弱体化し社会不安になる。
2点目は、「中国経済の破綻を見込んで建設、インフラ関係の株式を物色」だが、なぜインフラ関係かといえば、日本の70年代の高度経済成長政策のように土木公共事業や製造業の設備投資を推進しているからだ。これがうまく行くだろうか。
私の素人考えだが、米国のリーマンショックに始まる金融危機は本来中国で発生するものを米国が結果として肩代わりしたように思っているので、その肩代わり部分にもう無理が来ているのではないか、とんでもないクラッシュがあり得るのではないかとなんとなく不安に思っている。中国経済の崩壊と北朝鮮の体制崩壊は何年もまえから何度も繰り返され、その都度狼少年を産んでいる。が、ブラックスワンはまさにこうした状況で羽ばたくものなので、日本経済もその体制のシフトがあってもいいかもしれない。いつもの持論と逆になってしまうかもしれないけど、民主党政権下の孤立経済でじわじわデフレというのは意外とブラックスワン対策になるんじゃないかとちょっと思う。
| 固定リンク
「経済」カテゴリの記事
- IMF的に見た日本の経済の課題と労働政策提言で思ったこと(2016.01.19)
- 政府から聞こえてくる、10%消費税増税を巡る奇妙な不調和(2013.10.08)
- 悩んだけど、もう少し書いておこう。たぶん、私の発言はそれほど届かないだろうと思うし(2013.10.05)
- 消費税増税。来年の花見は、お通夜状態になるか(2013.10.01)
- 消費税増税と税の楔(tax wedge)について(2013.08.07)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
好況と不況の循環というのは、経済運営にとって避けられないもののはずです。
不況があるからでたらめな経営をしている企業を間引きできるわけでしょう。それで次の好況を可能にするということで。
中国でも、でたらめな経営をしている企業は淘汰されるべき時期に来ているということでしょう。それに、中国の内部留保もそろそろ吐き出さないといけない時期に来ているのだろうし。
中国も乗り越えないといけないものは乗り越えないと、本当の地力はつかないですよ。
まあ、日本を見ると、石油ショックもドルショックも日米通商摩擦も乗り越えられたのに、株バブルと不動産バブルの後遺症からはまだ回復できていないけれど、ずいぶん経済体質も変わって、高齢化むけの低コスト社会になってはいますわな。それを裏返せばデフレというのだろうけれど。
まあ、中国も、やっと、日本を追い抜いて、ドルベースでGDP世界第二位の経済大国になったけれど、その維持は、現時点ではきわめて困難であるという、考えてみれば当たり前すぎるほど当たり前の話だと思います。弁当先生もそういわれるとそう思いませんか?
投稿: enneagram | 2010.01.11 09:45
“And there’s no bigger credit excess than in China.”
中国はこれ以上の与信を与えることはできない」と彼は最近のCNBC出演で述べた。
細かいことですが、ここは
”中国ほど信用の過剰が見られるところは他に無い”
の方が適切じゃないでしょうか。
投稿: | 2010.01.11 20:21