« 2009年11月22日 - 2009年11月28日 | トップページ | 2009年12月6日 - 2009年12月12日 »

2009.12.04

ミナレットを巡る問題

 写真はトルコ、イスタンブルの「アヤソフィア」である。1985年に世界文化遺産に登録された。ところで、これは何であるか? いや、のっけから変な問いかけをしてしまうのだが。「アヤソフィア」とは何か?

photo
アヤソフィア

 答えは、博物館である。
 ローマ帝国が現在のトルコに移転した時代、532~537年にキリスト教の聖堂として建造された。私が現地で聞いた話では、当時最大の聖堂であったとのこと。ただし、写真と違い、聖堂を囲む4本の尖塔は設置されていなかった。
 聖堂はハギア・ソフィアと呼ばれた。意味は「聖なる知」である。ウィキペディアの説明では「聖なる叡智」としてそのリンク先に珍妙な話がついているが、ソフィアとはロゴスのことである。そしてロゴスとはキリストのことである。が、まあ、私のそうした説明も珍妙に思われるのかもしれない。
 1453年、イスラム教を信じるオスマン帝国皇帝メフメト2世がローマ帝国の首都を占領し、大聖堂をイスラム教のモスクとして使うこととした。内部にメッカの方角を示す窪み状の設置物ミフラーブを加えるなど改変を加え、アヤソフィア・ジャミィとした。この改変の一部としての追加が、4つの尖塔、つまりミナレットであった。
 1923年、現在のギリシアのサロニカ(テサロニキ)で産まれたオスマントルコ軍人ムスタファ・ケマルが革命によって世俗国家トルコ共和国を建国し、1935年にモスク、アヤソフィア・ジャミィは博物館となった。この過程で、モスクの壁を剥いで、ローマ時代の聖画なども露わにされた。アヤソフィアの内部に入ると、イスラム教らしく天使の名前をカリグラフィにした円盤も掲げられており、キリスト教とイスラム教の混合物のような印象も受ける(追記 預言者らの名前とのことコメントをいただいた)。
 トルコは世俗国家化によってすべてのモスクを廃棄したわけではない。アヤソフィアの向いにある巨大なモスク、通称ブルーモスクことスルタンアフメト・モスクはそのままイスラム教のモスクとして残っている。

photo
スルタンアフメト・モスク

 この二つの建造物の雰囲気は似ているでしょ。
 さて話は、ミナレットである。モスクを囲むように付いている尖塔である。アヤソフィアには4本あり、スルタンアフメト・モスクには6本ある。本数にはあまり意味はないようだ。当然、立派なモスクにはたくさんあるといいよねというのはあるだろう。
 普通はというのは変な言い方だが、1本である。私はトルコの内陸とギリシアの内陸をバス旅行したのだが、建築中のモスク(イスラム教)と教会(キリスト教)は、異教徒の私にはほとんど見分けがつかない。メフメト2世がソフィア聖堂をモスクに転用した気持ちもわからないではない。建造物にミナレットが立っていると、ああ、モスクかと思う。
 ミナレットとは何か。それがよくわからないらしい。もちろん、イスラム教徒にしてみれば、自明すぎるだろうし、「アッラーフ・アクバル・アッラーフ・アクバルアザーン」で始まるアザーン声を伝える塔だ。日本人だと防災無線塔みたいに思うかもしれない。
 モスクにミナレットは必須のものかというと、イスラム神学上はそうではないらしい。ミナレットのないモスクもあるし、アヤソフィアやスルタンアフメト・モスクのような形状ではないミナレットもある。
 以上が前振り話なのだが、先月29日、永世中立国家と誤解されやすいスイスで、モスク附帯のミナレット建造を禁止する憲法改正案の是非を問う国民投票が実施され、可決された(参照)。衆愚である。露骨な偏見と差別でしかない。国連も欧州連合(EU)もスイス国民の民意を明らかな差別だと非難した。直接民主主義の愚かさを表す恥ずかしい結果になってしまった。スイス政府自身もこの国民の衆愚の結果を恐れていた。

photo
ミナレット禁止を
呼びかけたビラ
 すでにアザーンは禁止されていたが、中道右派・保守政党と見られた議会第1党スイス国民党が10万人を越える署名集めて国民投票に持ち込み、57.5%の賛成多数を得てしまった(投票率は53%)。スイスでもこの結果に困惑する人々は多く、裁判所が今回の可決を排するよう期待されている。
 イスラム教徒の多い国の反応はどうか。トルコ、エゲメン・バウシュ国務相兼EU加盟交渉担当官は、世界中のイスラム教徒がスイスの銀行から金を引き揚げるだろうと発言し(参照)怒りを表明しているが、エジプトのムフティー(宗教指導者)アリ・ゴマー師は、今回の事態をイスラム教徒への侮辱と怒りを表すものの、対話での解決を公にし(参照)、騒ぎが広がる懸念を示している。
 スイス内のイスラム教徒の存在は、労働者としての流入やコソボ紛争による流民の結果で、現状40万人ほどと見られ、全国民の5%のマイノリティを形成している。日本では日頃マイノリティ差別に関心を持つ人々もジャーナリズムもこの問題にはそれほど関心を示していないように見受けられるが、欧米ではフィナンシャルタイムズ(参照)やニューヨークタイムズ(参照)などが社説で取り上げていた。イスラム教徒の移民を抱える国家でこのような動向が広がることを懸念してのことだろう。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009.12.02

[書評]傍観者の時代(P・F・ドラッカー)

 私はちょっと勘違いをしていたのだが、本書「傍観者の時代(P・F・ドラッカー)」(参照)は、その表題から、また「ドラッカー名著集」の12巻目に位置していることから、1979年に風間禎三郎訳で出た「傍観者の時代 わが20世紀の光と影(P・F・ドラッカー)」(参照)と同じ本だとばかり思っていた。

cover
ドラッカー名著集12
傍観者の時代
P・F・ドラッカー
 この本のオリジナルは、2006年に「ドラッカー わが軌跡」(参照)として新訳が出たものの、その後絶版になっていた(古書は流通している)。新訳のほうが絶版になって、30年も前の訳が復刻になっているのはどんなもんだろうと思っていた。それが私の勘違いで、「ドラッカー名著集」のこれが新訳の改題だった。まあ、素直に、「ドラッカー名著集」を読めばいいということでもあった。
 というわけばかりでもないが、先日「[書評]ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争(ディヴィッド・ハルバースタム): 極東ブログ」(参照)を書いた後、読み返してみると、やはりこれは面白いな、ちょっと感想でも書いておくかなという気になった。
 翻訳の標題には変遷があったが、オリジナルは「Adventures of a Bystander(Peter Ferdinand Drucker)」(参照)で、いわば「目撃者の冒険」とでも訳せそうなタイトルである。今回読みながら、"bystander"という語感と本書のbystanderとしてのドラッカーとはなんだろうかといろいろ思いを巡らした。自分なりの答えはまだ出ていないが、「傍観者」ではない。また、この本はしばしばドラッカーの自伝として読まれるが、自伝というには微妙に違う。
 構成は、彼の欧州時代とアメリカ時代に分かれており、そうした点からも、20世紀という時代の「証言者」というのが近いように思えた。つまり、本書は20世紀という時代がなんであったのか。欧州とはなんだったのか。米国とはなんだったのか。それらへの証言集であり、いわゆる歴史書からはわからない微妙な機微が描かれている。
 ドラッカーについてはいろいろなことが言われている。崇める人もおりけなす人もいる。私はこっそり言うのだが、そんなことはすっかり忘れてこの本を読んでごらんなさい。ドラッカーの経営学とかの知識はまるで要らない。しいていえば、晩年の禿爺さん写真も忘れて、30歳くらいの前世紀のオーストリア人青年を想定して読んだほうがよいと思う。
 青年はウィーンを出るのだと堅く心に決めていた。産まれた街を捨てるのだと決めていた。それが青春ということのすべてだった。まだ当時の人々がナチスをあざ笑っているときに、青年はナチスが何をしでかすかを感じ取っていた。そういう風景が本書になんども繰り返される。私はそれを読みながら、もし私が若かったら、日本を出ると心に決めただろうなと思った。
 本書はある種ミニマリズムの短編小説集と言ってもよいかと思う。時代は流れるし、ドラッカー青年という視点は存在する。しかし、欧州人という不思議な人々を描いた短編集である。なんというかジョイスの「ダブリナーズ」(参照)にも近いものがあると言いつつ、この柳瀬尚紀訳はまだ読んでなかったなとかちょっと思う。
 ウィーンを捨てるんだ、街を出るんだという、青年特有の思いの詩情にあいまって、ところどころ、胸にぐさぐさとくるシーンがある。私は失念していたのだが、こういう話もある。懇意にしていた年長者から父がフリーメーソンであることを聞く。

 私は知っていた。父から聞いたわけではなかった。父はフリーメーソンの秘密を守っていた。「君がフリーメーソンをどう思っているかは知らない。私自身は会員ではない。しかし、お父さんの名前がすでにナチスのブラックリストに載っていることは間違いない。僕はもう何年も、お父さんにいつでも逃げられるようにしておくように言ってきた。でも聞き入れてくれないんだ。」

 この時代のウィーンのフリーメーソンには独自な意味合いもあるのだろうが、父と子の間でも語られない友愛団結社の秘密というものがあった。
 ところでこうドラッカーが書くことで彼は何を告げているのだろうか。ドラッカーもフリーメーソンだっただろうか。たぶん違うのではないか。ただ、私はそのことを考えながら、ドラッカーは敬虔なカトリック教徒ではなかったかという思いがした。どこかにそのことのウラでもないかと検索して探したがわからなかった。私は最近、人の持つ信仰というものはなんだろうと思う。宗教を信じるというのは、結局のところ、公衆でそう語るか、集団に所属するということに等しい。そして人の信仰というのはそれに従属するものだ。しかし、人には人生の経験から自然にと澱が溜まるような信仰というものがあるように思える。誰に言うまでもなく、どの集団に所属するまでもなく。自然に孤独になり、絶対者の前に立たされるような。そしてそうして立った人だけが見えるある種の友愛のようなものがあるようにも思える。
 ドラッカーは自身をライターとして捉えていた。本書を読むとわかるが、ドラッカーは単純に天才であるし、正統の学者としても一流だった。しかし、彼は自分の信じるところが切りひらく世界を誤解を恐れずに進んでしまった。つまり、一流の学者とは見られなくてもいいやと割り切っていた。その割り切り方は、フロイトやカール・ポランニに接した経験の影響もあるかもしれない。
 さりげなく恐ろしい話も書かれている。

 ナチスの大量殺人者アイヒマンについての本で、ドイツ系アメリカ人の哲学者、故ハンナ・アーレント女史は、「悪の平凡さ」について書いた。だが、これほど不適切な言葉はない。悪が平凡なことはありえないのである。往々にして平凡なのは、悪を成す者のほうである。
 アーレント女史は、悪を成す大悪人という幻想にとらわれている。しかし、現実にはマクベス夫人などほとんどいない。ほとんどの場合、悪を成すのは平凡な者である。悪がヘンシュやシェイファーを通して行われるのは、悪が巨大であって、人間が小さな存在だからにすぎない。悪を「闇の帝王」とする一般の言い方のほうが正しい。

 ヘンシュやシェイファーの物語を読まないと、この引用はわかりづらいかもしれないが、ドラッカーはやすやすとアーレントをいなしている。頭ごなしに否定しているのではない。また、しいて言うならドラッカーが正しく、アーレントが間違っているというものでもない。むしろ、ドラッカーが提示しているのは、悪の実在という奇妙な神学的なテーマである。

 主の祈りが「試みに遭わせず、悪より救い給え」というのは、人が小さく弱いからである。いかなる条件においても人が悪と取引してはならないのは、悪が平凡だからではなく、人が平凡だからである。それらの条件は、常に悪の側からの条件であり、人の側の条件ではないからである。

 抽象的なお説教として読み捨てられるかもしれないし、まして経営学の神様ドラッカー先生と見る人はこういう部分を単純なモラルとしてしか読まないかもしれない。
 アメリカ時代の話はがらりと雰囲気が変わる。そういえば「大恐慌の時、米国民はけっこう健康だったらしい: 極東ブログ」(参照)というエントリを書いたことがあるが、なんのことはない。その秘密もこの本のなかに書かれていた。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009.11.29

クライメイトゲート事件って結局、何?

 ブログ記法で書くなら、「クライメイトゲート事件(笑)」が正確なのかもしれない。いずれにせよ、あれよあれよという間にこんな立派名前までついてウィキペディアに項目も掲載されていた(参照)。で、クライメイトゲート事件って結局、何? なのだが、ウィキペディアの解説が間違っているわけではないが、ちとわかりづらい。


クライメイトゲート事件(クライメイトゲートじけん、Climategate)とは、2009年11月にイギリスにあるイースト・アングリア大学の気候研究ユニット(CRU:Climate Research Unit)がハッキングされ、地球温暖化の研究に関連した電子メールと文書が公開された一連の事件のこと[1][2][3][4]。

 ウィキペディアはいろいろと執筆者間に必死な対立があって、「公平(笑)」を期してこういう曖昧な記述になっているのかもしれない。
 英語のほうの項目を見ると"Climategate"は、"Climatic Research Unit e-mail hacking incident"(参照)に転送される。クライメイトゲート事件は、イコール、CRUハッキング事件という認識があるのか、"Climategate"という疑惑事件示す名称を避けているのか、よくわからない。
 私がこの事件をフォローしている限りでは「ハッキング」はまだ事実認定されていないのではないかと思う。つまり、内部からの意図的なリークが関与している可能性はまだ残されているように思う。
 クライメートゲート事件とは何かという前提の話の前に、いきなりハッキング事実認定問題に突入してしまうのもなんだが、今回の事件は単にCRU内メールが暴露されたという単純なものではない。奇妙なほど長い助走期間があった。実は10月12日の時点で、BBCの科学担当ポール・ハドソン氏(Paul Hudson)はこの暴露メールを受け取っていた。氏のブログのエントリ「'Climategate' - CRU hacked into and its implications」(参照)より。

I was forwarded the chain of e-mails on the 12th October, which are comments from some of the worlds leading climate scientists written as a direct result of my article 'whatever happened to global warming'.

私は10月12日に一連のメールの転送を受信していた。転送メールの内容は、気候学者として世界的に著名な科学者の見解を示したもので、あたかも、私が書いた「What happened to global warming? (地球温暖化に何が起きたか?)」の直接的な結果のようだった。

The e-mails released on the internet as a result of CRU being hacked into are identical to the ones I was forwarded and read at the time and so, as far as l can see, they are authentic.

CRUがハッキングされネットに暴露されたメールと、私が当時受信し転送したメールは同一であり、私の見解では、これは贋物ではない。


 贋物かどうかはすでに関係者の声明も出ているので既決事項である。ハドソン氏はハッキングと認識しているのだが、その認識は現下の大騒ぎを受けてのことで、氏自身の判断ではないような書きぶりである。エントリ中、「What happened to global warming? (地球温暖化に何が起きたか?)」とある記事は、このブログで10月12日「どうやらあと20年くらい、地球温暖化は進みそうにない: 極東ブログ」(参照)で扱っているので参考にしていただきたいが、ご覧のとおり、温暖化懐疑論をユーモラスに鼓舞する内容とも読めないことはないし、この話を取り上げた私も赤祖父一派の懐疑論だと決めつけたようなバッシングを食らったことからも、それなりにインパクトのあるネタではあった。そのあたりから連想しても、ハドソン氏へのチクリもそうした懐疑論を鼓舞したい思惑の文脈にあったと見ても常識を逸脱したものではないだろう。そしておそらく、クライメートゲート事件の基点はBBCの同記事にある。
 ここでの問題はハドソン氏の関わりである。この暴露メールを、現下IPCCおよびフィナンシャルタイムズなどが私と同様に「くだらねーなぁ(None of the e-mails seized on by sceptics shows manipulation of the science itself.)」(参照)と握りつぶそうとしているのは仕方がないとしても、ハドソン氏はジャーナリズムに関わる者として、ただならぬものであることは理解できたはずだ。ハドソン氏はなぜ、それを6週間もの間公開しなかったのだろうか。また、転送元の情報を明らかにしないまま、ハッキング認定を行うことは暴露経路の隠蔽に関わっているかもしれないと疑われてもしかたがないのではないか。実際にはハッキングによって暴露されたとしても、それは10月の出来事であって、この間欧米メディアに浮上するまでの沈黙機関はジャーナリズム上注目されるところだ。
 とま前段の話が長くなったわりに、この問題を取り上げたタブロイド紙デイリーメール記事「Climate change scandal deepens as BBC expert claims he was sent leaked emails six weeks ago(気候変動スキャンダルはBBC専門員が6週間も事前に暴露メールを送信していたとこで深まる)」(参照)のレベルの疑惑かもしれないが、気になることではある。
 話を戻して、クライメイトゲート事件だが、問題の核心は単にCRUのメールがハッキングされちゃいましたということではない。出てきたものが、普通に考えると、「うへぇ、こ、これがれいの青いドレス、おい、くんくんすんじゃねーよ」というくらいの内容だったので大騒ぎになっている。そこで大騒ぎといえばブログの世界ではアルファーブロガー池田信夫先生の登場が期待され、期待どおり氏は「IPCCの「データ捏造」疑惑」(参照)で事件の意味を一つの視点から明確に述べている。

ホッケースティックのデータが捏造されたのではないかという疑惑については、全米科学アカデミーが調査し、IPCCの第4次評価報告書からは削除された。このEメールは、捏造疑惑を裏づけるものといえよう。

 ホッケースティックは、ホッケーに使うあのヘラみたいなものだが、ようするに地球の気温はずっと平坦だったのに、1900年以降急上昇したというグラフが、ホッケースティックを横に置いたように見えるというもので、IPCCの第4次評価報告書までは話題の的であり、疑惑の的でもあった。


ホッケースティック

 疑惑から起きた喧々囂々たる議論は、ホッケースティック論争と呼ばれている。ウィキペディアはこうまとめちゃっている(参照)。


しかしその気温変化を見積もるために用いられたデータの出典の記述が間違っており、またマンらが観測精度の誤差と考えた変化を修正して用いられていた。この出典表記の間違いや修正を「改竄」などとして批判する者があらわれ、スキャンダルとなった[1]。また、マンのデータに対して小氷期や中世の温暖期などによる気温変動が過小評価されているのではないかなどと数多くの批判や異論が論文となって発表されており、この一連の騒動をさして「ホッケースティック論争」と呼ばれ、海外では多くのメディアで報道された(ただしマンらの明らかな間違いは結局のところ出典の誤記だけであり、その結論には変わりが無いとされる[2])。

 強調部分は私がしたものだが、ホッケースティックの問題は出典の誤記であって、科学的な結論はこれで「変わりが無い」と言われているのだが、さて、その意味はよくわからない。今回のクライメイトゲート事件で、依然「変わりが無い」かどうかだが、結論を先に言えば、ホッケースティックのことは過去のことにして、地球温暖化の議論は盤石であるということなんで、もうそんな古い話はすんなよ、ということになるので、「変わりが無い」とは言えるかもしれない。
 結局、クライメイトゲート事件とはなんなのか。今北産業のまとめはパジャマメディア「Three Things You Absolutely Must Know About Climategate(クライメイトゲート事件について絶対に知っておくべき3つのこと)」(参照)あたりだろうか。

  1. The scientists discuss manipulating data to get their preferred results.(CRUの科学者は好ましい結果が出るようにデータを操作を議論する。)
  2. Scientists on several occasions discussed methods of subverting the scientific peer review process to ensure that skeptical papers had no access to publication. (科学者は時折、懐疑的論文が公開されないことを確実なものにするため、同僚間の査読を妨害する手法を議論する。)
  3. The scientists worked to circumvent the Freedom of Information process of the United Kingdom.(CRUの科学者は、英国の信書の自由を出し抜くことやってのける。)

 うぁ、ひでー、それじゃ、ミネソタ地球温暖化サイト(参照)のネタじゃねーのとか思う人もいるかもしれないが、オリジナル記事に当たってもらうとわかるが、3項目についてきちんと対応の暴露メールのリンクがあり、そうめちゃくちゃものでもない。というか、トマス・クーンの科学論から考えても科学集団のあり方としてそれほど特異なものではないだろう。
 重要なのは、これらのまとめが、なんら地球温暖化の知見には寄与してないことで、どうやらクライメイトゲート事件自体は、地球温暖化懐疑論とは独立していると見てよい。
 クライメイトゲート事件は、BBCでの懐疑論風味のネタ記事が原点ではあったが、さらに全体の文脈で見るなら、時期的にも、COP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)を当て込んで着火されたことは間違いなく、地球温暖化議論の科学者集団への政治的な疑惑には直結するだろう。
 そのあたりは、テレグラフ記事「US Congress investigates Climategate e-mails: this could be the beginning of the end for AGW(米国議会はクライメイトゲート事件メールを調査する:人為的地球温暖化議論終了の兆しとなるかもしれない)」(参照)が論点を米国政治文脈に絞り込んでいる。当然ながら、民主党・共和党の華々しい話題に転写され、特にオバマ政権での科学アドバイザーであるジョン・ホールドレン(Dr John Holdren)に着火しそうな気配だ。このあたりの問題は、もし問題化するなら、しばらくして米国経由でオバマ政権の失墜福袋パッケージに梱包されて新年を待たずに飛び出すかもしれない。


| | コメント (11) | トラックバック (1)

« 2009年11月22日 - 2009年11月28日 | トップページ | 2009年12月6日 - 2009年12月12日 »