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2009.11.14

オバマ米大統領東京演説、雑感

 今日午前10時を少し過ぎて、東京・赤坂のサントリーホールで米国オバマ大統領の演説があった。私は直に聞いていたわけではないが気になってはいた。訪日全体のテーマからすれば、本来なら首脳会談が重要であるべきだが、今回は最初からスカと決まっていた。もっとも主要な話題であるべき、普天間飛行場移設を伴う日米同盟の展望が見送られたため、今朝の日経新聞社説「首脳会談が覆い隠した日米同盟の現実」(参照)が評したように「外交」ではなく「社交」になってしまったからだ。社交であれば天皇家で神戸牛と鮪を堪能していただくほうがより充実している。訪日の重要性は、だからこの演説のほうに絞られていた。
 オバマ東京演説の課題は明確だ。日本人大衆に向けて、日米同盟の意義を確信させ、大衆の空気からブレまくる民主党政権の腹を括らせることである、多分。しかしそんな芸当がいくらオバマ大統領のお得意芸とはいえ口八丁(参照参照)だけでなんとかなるものだろうか。"You think it’s that serious. Sounds like I need to make a speech.(君は深刻な問題だというのだな。まるで私が演説でもせんとあかんと。)"である。それとも、"I really nailed that sucker."か。
 オバマ米大統領訪日演説の重要性は、英国時間11日付けフィナンシャル・タイムズ社説「Okinawa outcry(沖縄の怒号)」(参照)が事前に明確に説明していた。この社説には長めの前振りがある。ごく簡単にいうと、米国紙ウォールストリート・ジャーナルからワシントン・ポスト、さらにニューヨーク・タイムズまで使って日本政府に脅しをかけていた状況("A senior state department figure apparently went one stage further, telling the Washington Post that Japan, not China, was now the US’s most problematic relationship in Asia. ")をフィナンシャル・タイムズは、バーカ("That is nonsense.")と言ってのけたことだ。加えて、日本人大衆に民主党政権にギャンブルしたらと言った手前かもしれないが、公平も期すらしい。


To be fair, Jeff Bader, the senior director for East Asian affairs at the National Security Council, called the anonymous comments asinine.

公平を期して言えば、ジェフ・ベイダー、アジア米国家安全保障会議(NSC)上級部長は、この匿名国務省高官発言を、おバカと呼んだ。


 いやいやそれは違うな。公平を期して言えば、ジェフ・ベイダー氏は、日本パッシング時代のクリントン政権でNSCのアジア部長であり、台湾への三不政策(独立、承認、国連加盟を否定)を中国に確約したご当人。この文脈でベイダー氏を出されて、どこが公平なのかよくわからんが、実は、オバマ米大統領訪日演説をよく読むと、この東京演説ってベイダー・ドクトリンなのかもしれない。結論を急ぎすぎたが。
 いずれにせよフィナンシャル・タイムズは、現下の日米摩擦状態を騒ぐのは、おバカ(ludicrous)とも強調した。

Certainly, the DPJ’s determination to look again at the Futenma base move is annoying for military strategists who spent years hammering out the previous deal. But talk that this somehow rattles the foundations of the US-Japan alliance, which has been crucial to postwar stability in the Pacific, is ludicrous.

確かに、日本民主党が普天間飛行場移設を再検討するという決定は、何年も掛けて事前協定を練り上げてきた軍事戦略担当官には困惑をもたらすものだ。しかし、戦後の太平洋地域の安定に重要な日米同盟の基礎で騒ぎ出すのは、おバカな話だ。


 民主党ががたがたブレまくっても、それでがたがた騒ぐ米国国防省筋は、バーカと言ってのけるあたりフィナンシャル・タイムズの胆力という言うべきだが、この先の論調は、マジでタフだ。がたがたするのは仕方ないとしても、しっかり日本を日米同盟のカタに嵌めろというのだ。

By being so impatient and pushing the new government into a corner, Washington is in danger of producing precisely the result it is trying to avoid. Given some time, the DPJ will reach a workable compromise. Mr Obama should use his rhetorical skills to give Japan’s government the space to do just that.

米国政府が堪え性なく日本民主党政権を追い詰めれば、日本の新政権を回避すべき結果に追い込む危険をもたらすことになる。猶予を与えれば、日本民主党だって実効ある妥協をするだろう。オバマ氏は、彼の口八丁の才能を生かして、日本政府が上手に妥協できるような猶予を与えるべきだ。


 かくして、オバマ大統領が今日の演説に求められていたのは、民主党が日米同盟にまともな妥協点を見いだすように、背中をどんと押すことだった。歩け、この先は、妥協。
 で、オバマ大統領は押したのか?
 私の印象では、微妙な口八丁だった。というか、うぁあ、これは、さすがだわ、深いぜと思った(参照)。
 ケネディ演説が上杉鷹山を引いたように、今年の大河ドラマは天地人だから鷹山でも出てくるかとも私はちょっと予想していた、が、その手のイカサマ知的虚飾はなく、素直に鎌倉抹茶アイスクリーム小僧が出てくるあたりもさすがなものだった("I was more focused on the matcha ice cream.")。鎌倉大仏を、"the great bronze Amida Buddha"と阿弥陀仏であることもきちんと押さえているあたり、演説執筆スタッフも仕事している。「鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな」とか日本人でもあれが阿弥陀仏であること知らんもんがおるというのに。
 前口上が終われば、当然、日米同盟どーん背中押しとなるシナリオ通りの展開だった。そりゃね。

In two months, our alliance will mark its 50th anniversary -- a day when President Dwight Eisenhower stood next to Japan's Prime Minister and said that our two nations were creating "an indestructible partnership" based on "equality and mutual understanding."

あと2か月すると、日米同盟50周年記念日となる。ドワイト・アイゼンハワー大統領が日本の首相と並び立ち、両国は「対等で相互の理解」に基づく「強固な協調関係」を作ると発言した日だ。


 そして、というか、それでもでも、というか、口八丁とは思えないたるいお説教となってしまった。

That is why, at this critical moment in history, the two of us have not only reaffirmed our alliance -- we've agreed to deepen it. We've agreed to move expeditiously through a joint working group to implement the agreement that our two governments reached on restructuring U.S. forces in Okinawa. And as our alliance evolves and adapts for the future, we will always strive to uphold the spirit that President Eisenhower described long ago -- a partnership of equality and mutual respect. (Applause.)

この歴史的な時期に、両国が同盟を堅固なものと再確認するに留まらず、双方が同盟の深化で合意したのはこのためだ。両政府が達した在沖米軍再編成合意実現のために、私たちは、合同作業部会を通じて迅速に活動すると合意した。日米同盟が未来に向けて進歩し協調することは、アイゼンハワー大統領がかつて「対等で相互の敬意」と呼んだ協力関係の意志を、絶え間なく展開する努力となるだろう。


 芸がないなというたるい話に落とし込んで、どうするんだろと思っていると、話は太平洋地域の話にするすると移っていく。ハワイが植民地でなきゃ太平洋なんて米国と関係ないんじゃないのという疑問が沸く前に、オバマ大統領はこの地域の個人的なゆるーい話を演説に仕込んでいく。さすがだ、ああ、来るなこりゃというところだ。言うまでもなく、裏にあるのは中国による太平洋分割管理構想(参照)である。つまり、話は太平洋から中国に移るわけである。当たり。

We look to rising powers with the view that in the 21st century, the national security and economic growth of one country need not come at the expense of another. I know there are many who question how the United States perceives China's emergence. But as I have said, in an interconnected world, power does not need to be a zero-sum game, and nations need not fear the success of another. Cultivating spheres of cooperation -- not competing spheres of influence -- will lead to progress in the Asia Pacific.

21世紀にあっては、一国の国家安全保障と経済成長は他国の負担をもたらすわけではないという観点から台頭する強国に私たちは注目している。私としても、米国が中国の台頭をどう考えるべきという問いを多くの人が投げかけているのを知っている。しかし私の持論だが、相互につながり合う世界にあって、国家権力の衝突は、どちらか一方が勝って終わるものではない。国は他国の成功を恐れる必要はない。他国への影響力を競うのではなく、協調関係を模索することが、アジア太平洋地域の進展となるだろう。


 英語自体がそれほど難しいわけでもないけど、毎度ながらオバマさんの英語は何言っているのか難しいところだ。ぶっちゃけていえば、今回、普天間飛行場移設を端緒に日米同盟維持で日本に米国を圧力をかけた勢力と、それに協調してがたがたしていた日本国内の勢力に対して、「中国を敵視しなくてもいいじゃないか」ということだ。ベイダー・ドクトリンだ。あと曖昧な部分には、中国がこの地域に影響圏を拡大することへの揶揄も含まれているだろう。
 そして今回の演説の最大の山場となる。ここだ。

So the United States does not seek to contain China, nor does a deeper relationship with China mean a weakening of our bilateral alliances. On the contrary, the rise of a strong, prosperous China can be a source of strength for the community of nations.

だから米国は中国封じ込め戦略を求めないし、米中関係の親密化は、日米同盟の弱体化を意味するものでもない。そうではないのだ。繁栄する中国の強い台頭は、諸国の共同体にとって力の源泉となりうるものだ。


 "the United States does not seek to contain China"がこの演説の最大の目的となるのは、おちゃらけを除いた部分のマジな文脈からして明確だし、話はこのすぐ先に、"That is the work that I will begin on this trip.(今回の訪問で開始する仕事がこれなのだ)"と来る。
 一見すると、東京で、日本人向けに日米同盟さっさと進めろという話より、ちょっときれい包みした日本パッシングで、米国国内向け、対中国向けの世界戦略を語るといういうふうにも見える。実際、そういう側面あることは、ロサンゼルス・タイムズ記事「Obama says U.S. does not wish to 'contain' China(米国は中国封じ込め戦略をとらないとオバマは語った)」(参照)からもわかる。演説のキモはここにある。
 ここで、もう一度、フィナンシャル・タイムズが指摘した背景からつなげてみる。すると、中国非封じ込め戦略が、民主党による日米同盟の維持につながっていると読める。「米国は中国封じ込め戦略を求めないし、米中関係の親密化は、日米同盟の弱体化を意味するものでもない(the United States does not seek to contain China, nor does a deeper relationship with China mean a weakening of our bilateral alliances.)」というのはまさにその意味だ。
 ぶっちゃけで言うなら、親中国派の民主党、及び日米同盟の強化が中国封じ込め策であると懸念してがんばりまくっている日本国内の勢力に安心感を与えることがこの演説の目的だ。もっと言うなら、普天間飛行場を移設し新しい軍事基地を日本に設置しても、中国を軍事的に狙ったものではないから、そう反対するなよというメッセージだ。
 実際にそうであるかといえば、そうだろう。
 ただ、その対中オバマ構想がその政権の生命より長いとは限らない。

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2009.11.12

オバマ米大統領訪日日程変更の背景

 些細なことかもしれないが、報道を見ていて多少疑問に思ったことでもあるので、簡単に書いておこう。オバマ米大統領訪日日程変更への疑問だ。なぜ訪日日程が変更されたか。表向きの理由は、テキサス州の陸軍基地で起きた銃乱射事件の追悼式典に参加するためだし、それはしかたないだろうなと私も見ていた。
 オバマ米大統領訪日だが、普天間飛行場移設問題に端を発する日米同盟見直しの問題で、曖昧でかつ閣僚から不統一な見解が次々と展開される鳩山政権に対する不快感から、中止になるかもしれないという見方があった。私はそれに与しなかった。そこまで事を荒立てても米側にメリットはないだろうと見ていた。しかし、ではまったく予定通りの訪日かというと、ゲーツ国防長官の訪日から考えてそれもないだろうとなんとなく思っていた。それが今回の訪日日程変更に関係しているだろうか。
 話の枕というか、いわゆるネタの類だが、7日の産経新聞記事「やっぱり日本軽視? ずれ込んだオバマ米大統領訪日 平静装う日本政府」(参照)が面白ろおかしく仕立てていた。


 「銃乱射事件があったので大変だと思います。その思いは理解しないといけない。会談に影響がないように努力します」
 鳩山由紀夫首相は7日午後、オバマ米大統領訪日ずれ込みを記者団に問われ、淡々とこう語った。
 だが、今回の訪日は天皇、皇后両陛下との午餐(ごさん)会も予定され、「準公式訪問」といえる内容だった。しかも12日の天皇陛下御在位20年記念式典など宮中行事が続く中で日程調整してきただけに、唐突な変更は礼を失するとの見方もある。
 ただ、日本政府にも一方的な変更要請に文句を言えない負い目がある。
 日米最大の懸念である米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり、米側は大統領訪日までの「回答」を求めてきたが、岡田克也外相は米軍嘉手納基地への統合案に固執し、クリントン米国務長官との直談判を画策した末、土壇場でキャンセルした。首相は先月22日に「必ず大統領来日までに(回答する)という話ではない」と表明してしまった。
 これでは米政府内で「日本軽視」の風潮が広がっても仕方ないだろう。

 産経記事では突然の日程変更の申し出は米側が失礼だが、日本にも負い目があるという書きぶりだった。普天間飛行場移設問題から米政府内に「日本軽視」の風潮があるのではないかというのも、いかにもネタっぽい。ちなみにはてなブックマークでも、産経記事を嘲笑するようなコメントが並んでいた(参照)。

te2u 「日本軽視」の風潮を広めようとしている。 2009/11/09
asahichunichi 産経脳 2009/11/09
kogarasumaru 政治, 国際, 報道, マスコミ 署名記事でこれが書ける産経のレベルに脱帽/アメリカ政界が今大変な時期なのは無視か…/乱射事件もそうだし、保険制度の件もしかり/「「準」ともいえる」って2重に遠まわしかよ 2009/11/08
bukuma 産経の自虐「視」観。右翼ってかまってちゃんのメンヘラなんだな。ゴタゴタがある事即ち問題ではない。対立のない外交を良しとするなんで,なんて平和呆け。 2009/11/08
shifting 産経は愛国を唱えたりアメリカに媚びたりいろいろ大変だなぁ(棒読み 2009/11/08
harnais やっぱり日本軽視? ずれ込んだオバマ米大統領訪日 平静装う日本政府 2009/11/08
biconcave …独自の戦い 2009/11/07


 考えようによっては産経記事と同質のネタとも言えるのだが、7日の読売新聞記事「オバマ訪日「中止しなかったのは米側の意気込みの表れ」」(参照)では、訪日中止しなかっただけでも日本重視だという読みで書き飛ばしていた。冒頭にまず、銃乱射事件の追悼式典が取り上げられた。

 オバマ米大統領が12日に予定していた訪日を13日に延期したのは、米陸軍基地(テキサス州)で5日に起きた銃乱射事件の追悼式典に大統領が出席することが理由だ。

 しかし、続く段落のトーンが微妙だ。

 日米双方の担当者は、大統領来日を粛々と進めることで、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題などで亀裂が生じている日米関係改善につなげようとしていたが、直前にさらに冷や水を浴びせられた格好だ。

 理由如何は置くとして、「直前にさらに冷や水を浴びせられた格好」というのは確かだし、「大統領来日を粛々と進めることで、沖縄の米軍普天間飛行場移設問題などで亀裂が生じている日米関係改善につなげよう」とすることが挫かれたもの事実だ。

 外務省幹部は「日米関係がぎくしゃくする中、米の乱射事件は、来日中止の最大の口実になり得た。それでも中止しなかったのは、米側の意気込みの表れだ」と述べ、安堵(あんど)の表情を見せた。

 乱射事件が訪日中止の口実にされるのが外務省としては怖かったというのも、確かなところだろう。7日づけ毎日新聞記事「オバマ大統領:来日変更13、14日に 銃乱射事件追悼で」(参照)も「外務省幹部は「日程変更は打診されているが、訪日が中止になることはない」と語った」として、この時点で訪日中止を懸念したことが伺える。
 ここで少し疑念が沸く。
 読売記事中の「12日に予定していた訪日を13日に延期」は、実質には延期というより、日本滞在時間の短縮である。あくまで仮の想定だが、予定された訪日と訪日中止の折衷的なスタンスがあるとすれば、まさに日本滞在時間の短縮ではないだろうか。つまり、それだと、日本へのあるメッセージが込められていたと解釈してもよいことになる。
 読売記事でもう一点気になることがある。

 首相は自らのAPEC首脳会議への出席について、「多少遅れるかもしれない」と記者団に語り、日米首脳会談の日程を優先する考えを示したが、大統領の日本での日程が短縮される可能性は高い。外務省幹部は「1時間強の首脳会談と、共同記者会見の時間は確保したい」と話す。

 この点についてすでに明らかになっているのは、鳩山首相のAPEC首脳会議出席の遅滞はないことだ。10日時事「鳩山首相、米大統領残しAPECへ」(参照)より。

首相としては「アジア重視の姿勢を示すため、14日の首脳会議開幕に遅れることはできない」(政府関係者)という。ただ、来日中の外国首脳を残して、首相が外遊に出発するのは極めて異例。
 一方、オバマ大統領は14日も日本に残り、天皇陛下との会見やアジア外交に関する演説などの日程をこなしてからシンガポールに向かう見通しだ。

 「極めて異例」が米側にどう伝わっているのはわからない。特にどうということでもないのかもしれない。
 仮の想定ではあるが、米大統領訪日日程変更に日本軽視なりのメッセージ性があっただろうか。外交というのは明確なメッセージを出したら外交にならないことがあるのだが、それでもメッセージであるなら、それを示す他の事実やシグナルがある。というところで、変なことに気がついた。いや、変でもなんでもないことだが。
 その前提として、訪日日程変更を日本のメディアはどう伝えていたか。11日FNN「オバマ大統領、訪日より追悼式典優先の理由」(参照)が真正面から答えていた。

 アメリカ・オバマ大統領は10日、テキサス州の陸軍基地で起きた銃乱射事件の追悼式典に出席した。初の訪日日程を遅らせて式典への出席を優先させたのには、ある理由があった。
 事件は5日、テキサス州のフォート・フッド陸軍基地で発生、13人が死亡し、アメリカ中に衝撃を与えた。オバマ大統領はこの事件の追悼式典に出席するため、初めての日本訪問を一日、遅らせた。


フォート・フッド陸軍基地は、アフガニスタンなどに兵を送り出す拠点で、犠牲者の中にはこれからアフガニスタンに向かう兵士も含まれていたという。オバマ大統領は近くアフガニスタンへの増派を決断するとみられており、軍の最高司令官としては訪日の日程をずらしてでも式典に出席しなければ、増派への国民の理解を得られないと判断した。

 「なるほど、オバマ米大統領は、アフガン増派を踏まえて米国内への配慮を優先せざるを得なかったのか」と納得しやすい話だ。が、日程を再検討してみる。
 時系列を整理してみよう。テキサス州の陸軍基地で起きた銃乱射事件があったのは、米国時間の5日である。訪日延長が日本政府に伝えられたと報道されたのは日本時間の7日である。米国時間では6日になる。つまり、事件翌日だ。そして、追悼式典にオバマ大統領が参加したのは、10日である。訪日予定は12日のはずだった。
 あれ? 追悼式典に参加するとしても、12日の訪日スケジュールは当初通り楽勝なのではないか?
 日米間には1日に近い時差がある。それでも、米時間10日の式典と日本時間の12日の間にはまるまる一日分の差がある。その一日、つまり、11月11日になんか特定のことがあったのだろうか?
 言うまでもない、11月11日といえば「復員軍人の日(Veterans Day)」である。第一次世界大戦の終わりを示すドイツの休戦協定への調印日を記念し、米国では祝日となっている。9日読売新聞夕刊記事「日米首脳会談は13日夕、大統領の式典出席で」(参照)ではそこを元に推察していた。

 大統領は、アフガニスタンへの増派問題を抱える中で、13人が犠牲になった米軍内での事件への対応を誤れば、政権批判が強まると判断し、退役軍人をたたえる祝日の11日も米国内にとどまる、とみられる。

 なるほどとも思えるのだが、疑念は残る。というのは、当初の日程では「復員軍人の日」にオバマ大統領は米国を発つ日程だったので、動けないはずはなかった。また、「復員軍人の日」の重要性は、銃乱射事件の追悼式典に付随するものでしかない。別の言い方をすれば、銃乱射事件の追悼式典参加が重要であっても、訪日延期の理由は「復員軍人の日」の重要性にある。つまり、米政権内で「復員軍人の日」の重要性が、訪日よりも重要だという判断があったことになる。そのあたりの空気は、同日のワシントン・ポスト紙社説「Veterans Day」(参照)からも読み取れる。
 ここでもう一つ疑問が沸く。
 テキサス州の陸軍基地で起きた銃乱射事件は米国時間の5日である。そして、追悼式典は米10日である。訪日延長が日本外務省に通知(または交渉)されたのは7日であり、米国時間では事件翌日の6日と言ってよい。米国時間で5日に銃乱射事件があり、翌日に日本側に通知された。では、いつ追悼式典の日程が決まったのだろうか? これも別の言い方をすると、追悼式典の日程が決まってから、訪日延期の通知、あるいは交渉があったのか、それとも、訪日延期の話の後に追悼式典の日程が決まったのか。
 残念ながらそこを知る決定的な手がかりが見つからない。事件翌日の通知ということからすると、式典開催は決定されたとして、その日程は決まらないものの、余裕をとって訪日延期としたのだろうか。もしそうなら、「復員軍人の日」はどう想定されていたのだろうか。
 以上のように、オバマ米大統領訪日日程変更が日本軽視であり、その口実が追悼式典であったとは言い難いが、「復員軍人の日」を巡り、マスメディアを通して言われているのとは多少違った背景もありそうには思えた。

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2009.11.11

鳩山政権によるアフガン戦争支援は懐かしの湾岸戦争小切手外交

 民主党鳩山政権が昨日10日、アフガニスタンのテロ根絶をめざし、自民党政権下のインド洋給油に代わる援助策を決定した。民生支援を柱に5年間で50億ドル(約4500億円)を拠出するものだ。またパキスタンには2年間で10億ドル(約900億円)を拠出する。どのような経緯で、どのような目論見で、なぜこの金額に決まったのか、私にはよくわからない。
 1991年の湾岸戦争時代、日本は米国の言いなりになり、小沢一郎氏が実質主導し、130億ドルを拠出した(参照)。当時の額で約1兆5000億円。「人は出さないがカネは小切手で出すから勘弁してくれ」ということで、世界から微妙に評価されたものだった。今回も、その三分の一とはいえ、またしても小沢氏が実質党実権を持つ政党下で似たような小切手外交の拠出となった。当時の大騒ぎを知る私としては、あれに比べて、マスメディアのなんとも無風な状態がどうにも理解できない。
 NHKのニュースをつけると、事業仕分けの会議の映像が報道されていた。さても熱心な財政削減かと思いきや、95兆円に膨らんだ来年度予算の概算要求から3兆円規模の削減を生み出すための大騒ぎらしい。恐らく税収は35兆円、よって赤字は60兆円に膨れるという日本財政の未来が迫るなか、その20分の1に「集中と選択」をしているのだろう。灯下で探し物をする男の話のようだ、落とした所は暗いので、明るいところで探しているのだ。
 今朝の朝日新聞はこの事業仕分けに期待を寄せる社説を書いたが、アフガニスタン民生支援の社説はなかった。明日の社説の話題であろう。湾岸戦争時代から日本はどう変わったか、明日、朝日新聞はどう論じるのか期待したい。
 読売新聞社説「アフガン支援策 「小切手外交」に戻るのか」(参照)では、湾岸戦争の想起はあったのだろう。「小切手外交」に思いが少し滲むようだった。


 元タリバン兵士に対する職業訓練や警察官の給与肩代わりなど、5年間で50億ドル(約4500億円)の民生支援を実施する。従来の支援額と比べ、単年度平均で約4倍となる。
 自衛隊による人的貢献策は盛り込まれなかった。政府は、来年1月に期限切れとなるインド洋での給油活動も中止する方針だ。自衛隊のアフガン支援がなくなれば、「小切手外交」に逆戻り、との批判は免れそうにない。

 自民党政権下の支援額の4倍になるとのことだ、さて、これも国民が望み、合意したということなのだろうか。問題は拠出の内実だが、この詳細が社説からわからない。

 50億ドルは無償資金協力や国際機関を通じて拠出されるが、その具体的な使途について、政府は国民に十分に説明することが求められる。支援の効果も検証しつつ、実施していくことが大切だ。

 有効な活用が見込まれての額の算出だったのだろうか。
 毎日新聞社説「オバマ氏初来日 「同盟深化」の出発点に」(参照)も類似の視点を取り上げていた。

 それにしても、02年以降のアフガン民生支援が総額約20億ドルだから、大きく膨らむことになる。給油活動中止や、治安悪化で人的貢献が限られることの「代償」として米側と折り合った結果とみられる。これだけの税金を投入する以上、政府は支援内容の到達点などを定期的に国民に報告し、透明性を確保すべきだ。

 当たり前といえば当たり前なのだが、この拠出額は「米側と折り合った結果」であり、今回20億ドルから50億ドルへ膨れた理由は、「治安悪化で人的貢献」ができたためなのだが、少し考えると奇妙ではある。
 正統性が疑われるアフガニスタン政府に就任早々赴き、じっと建物にこもった岡田外相はアフガニスタンでの人々のためという演出をしていたが、実際には、今回の拠出は米側の要求を受けているだけに見える。
 また、「治安悪化で人的貢献」ができないというが、ではどうやって民生支援をするのだろうか? 同社説によると「反政府勢力タリバン元兵士の社会復帰のための職業訓練や、警察官給与半額負担の継続、農業・医療支援などが柱となる」とのことだが、誰がするのか? 「治安悪化で人的貢献」ができないのにどうするというのだろうか。
 誰でも思いつく疑問でもあり、産経新聞社説「アフガン支援 湾岸の教訓を忘れたのか」(参照)ではこの問題に触れていた。

 確かに日本の新たな支援パッケージは、アフガン警察官の給与負担や元タリバン兵士の職業訓練、さらに農業分野というこれまでの支援を拡大し、金額的には倍以上だ。が、支援を円滑に進めるのに不可欠な治安の確保という視点を、鳩山政権は欠いている。
 アフガンの民生支援には国際協力機構(JICA)を中心に百数十人の専門家を含む文民が派遣されている。しかし、今年8月以降はテロの頻発で最悪の治安状態となり、現在は8~9割がアフガン国外に退避している。
 例えば、JICAが現在アフガンに3人派遣している稲作農業指導をカブール東の都市部周辺から北東部の穀倉地帯に拡大するというが、武器をもたない文民の安全を一体だれが確保するのか。

 普通に考えると、武器をもたない文民による民生支援は無理なのではないか。なのに、巨額の拠出が先行しているのは「アメリカさんこれで勘弁してくださいよ」ととりあえず金額を積み上げて小切手を切ったのだろうか。
 岡田外相はどう考えているのか。共同「首相「テロの根源なくす」 アフガン支援で」(参照)では、「今まで日本はアフガンでいい仕事をしてきたが、テロはなくなっていない。その根源をなくすため支援を強化し、アフガンが良い方向に動く環境づくりに貢献したい」とのことだが、アフガニスタンの現状は、テロ根源をなくすどころではない状況にあることは、さすがに建物におこもりしていたらしく、認識されていないようだ。
 あるいは、オバマ政権のアフガニスタン戦略が、増派であれ、そうではないものであれ、成功を収めた上のある安定化を前提に、テロの芽をつみとるということだろうか。であれば、理解できないことではない。だが、「オバマの戦争」(参照)が期待された結果になるとは限らないし、そうではなかった場合、日本がどのような立ち位置になるのかは、あまり現時点で想像したいことではない。

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2009.11.09

オーストラリアへのタミル人難民の問題

 スリランカからオーストラリアへの難民が先月下旬からオーストラリアで話題になっていたが、日本国内での報道はあまり見かけなかったように思えた。難民は日本でも課題だが、あまりネットなどでも話題にならないようにも思える。今回の事例はある意味で興味深い問題でもあるので、簡単にメモ書きしておきたい。
 背景にはスリランカ内戦終結(参照)がある。しかし、大量のスリランカのタミル人難民がオーストラリアに漂着したということではない。難民の規模としては、78人(内女性5人、子ども5人)と見られ、それほど大きいわけではない。問題化してしまったのは、公海上での難民の扱いと、オーストラリア国内での難民への世論動向の変化がある。
 今回のタミル人難民は、破損しかけた船で漂う公海上のボートピープルとしてオーストラリア政府の船に救済された。その海域がインドネシア管轄であることと、正式なビザもない違法難民だからということで、オーストラリアに連れて行くのではなく、こうした場合の国際法慣例から現地の近隣の港のあるインドネシアのリアウ州ビンタン島に連れて行かれた。しかしインドネシアの同州知事が、難民を同地に降ろすことを拒否し、また難民も下船を拒否したため、航海上の船の乗せられたままになった(参照参照)。
 難民はオーストラリアに行くことを求めているが、オーストラリア政府による難民審査は拒否している。こうした難民をどう扱うべきか。人道上の対処が優先されなくてはならないが、オーストラリアが率先して保護すべきなのか、オーストラリアでは国民的な政治話題となった。
 オーストラリアでの話題化の背景には、イラク戦争を支持した親米のハワード前政権を批判することで政権交代を実現したラッド政権の政策がある。ハワード前政権は、オーストラリア領域に漂着した難民をナウルなど太平洋諸島国に送出し、そこから多くを強制送還させていた。この難民政策を野党時代、ラッド氏の労働党は非人道的として非難していた。
 当然、現ラッド政権としては、今回の難民を保護するべき道理となるのだが、そうもいかなくなった。オーストラリアでは増え続ける難民に対してきびしい世論が起こり、ラッド政権としても迫る選挙対策上も、世論に配慮せざるを得なくなった(参照)。
 日本国内の大手紙では産経新聞が、ラッド政権の変節としてこの問題を取り上げていた。7日付け「豪の難民対策、亡命希望者殺到で破綻 前政権の政策に逆戻り?」(参照)より。


オーストラリアのラッド首相が政権奪取後、ハワード前政権の難民政策を非人道的と非難し、高らかに廃止を宣言したものの、抜本的な解決策を作れず、前政権と同じ政策に戻る可能性が高まっている。亡命希望者の急増を招いたからで、スリランカ難民80人近くが今もインドネシア領海で上陸を待つ。インドネシアは、強制的に領海外に出すとしており、難民問題は、両国関係にも影を落とし始めている。

 野党時代に与党に対して人道的な批判をしても、政権交代後には期待された活動ができないという点では、米国オバマ大統領のグアンタナモ収容所問題(参照)にも似ている。その点では、ありがちなパターンでもあるのだろう。

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2009.11.08

民主党による「農家への個別補償政策」はどうなるのか

 民主党による「農家への個別補償政策」はどうなるのか。日本の農政の問題については、9月のエントリ「極東ブログ: [書評]農協の大罪 「農政トライアングル」が招く日本の食糧不安(山下一仁)」(参照)で、標題どおり、農政アナリスト山下一仁氏による解説に言及したが、同書は民主党政権への政権交代をある程度まで織り込んではいたものの、今年年頭に書かれた書籍こともあり、具体的に民主党政権における農政の変化については言及していない。
 9月に政権交代があり、その後農政については、どうなっているのか知りたいと思っていたところ、先日3日、NHKの朝のラジオ「ビジネス展望」で同氏が、この問題に触れていた。興味深い話題でもあったので、メモを取った。山下氏の議論の正否、また私の理解に曖昧な点はあるかもしれないが、以下、そのまとめを記し、多少付記もしておきたい。
 前提となる話として、日本の農政と、民主党が参照したEUでの「農家への個別補償政策」の背景について、以下のようにまとめていた。
 戦後日本では、農家の所得を上げるために、農産物の価格を高く維持しようとした。特に、その典型がコメだった。1960年代に入ると、勤労者家庭と農家との所得差が拡大し、この差を狭めるために、米価を引き上げ、米価で農家の所得を補償しようとした。結果、農家はコメが市場価格よりも高く販売できることからコメの生産が刺激され過剰となり、1970年代からは、自民党政府は米価維持のために減反政策を進めざるを得なくなった。
 同様の傾向は農産物についてEUでも見られた。EUも農産物を高額買い取ることで農家保護を行い、生産過剰となった。しかしEUは、過剰農業生産物をダンピングで輸出に回し、日本のような減産政策は採らなかった。
 EUによるダンピング輸出の結果、農作物の国際価格は下落し、米国の農業は大きな打撃をうけることになった。この軋轢からウルグアイ・ラウンド(Uruguay Round)が形成され、EUの農政は方向転換をし、農作物の価格を下げることになった。農家所得補填の代案として、農産物の価格を下げた分、農地面積当たりの収穫量に比例して、農家に直接補助金を出すことにした。この政策を日本も参考にした。
 自民党政権下では、しかしEUとは異なり、減反と価格維持が前提となり、減反に参加した農家だけが補償されることになった。実際にはコメの減反が対象となり、四割ほどの減反目標が設定され、その耕作地で麦や大豆を作った場合、コメとの収益差が出ると、それを補填する形にした。
 以上の経緯を踏まえて、民主党政権ではどのように変わるのだろうか。実は、自民党政権下と基本線での変化はない。
 民主党の農政では、減反・転作による価格補填に加え、コメの減反そのものにも補填される。このため、いっそう減反が強化される。減反による米価維持の路線のままである。当然、補填分は国民の負担となる。全体としての日本の農業生産力も低下し、EUのような農作物の輸入の志向は難しくなる。
 具体的な補填の仕組みだが、来年度からコメについて、生産費と農家販売価格の差を補償することになる。現状、農協が降ろしで保証する価格は60kg15000円で、農協の手数料を引くと、農家の取り分は12000円から13000円となる。これに対して、コメの生産費は16000円ほどとみなされる。このコメの生産費の内訳だが、本来の経費は9400円ほどで、これに農村における建設業や製造業の労賃が5000円として加算される。ただし、その加算に認可されるのは8割程度とのこと。
 民主党政権下では、コメの生産費と農家の収入差となる、2500円から3500円が個別補償となる。つまり、農家としては、従来通りコメを生産しても、個別補償分がまるまる手取りになる算段だ。もちろん、生産過剰にならないように減反は並行して進められるため、食糧生産を維持するための食の安全保障の点からは、よい政策とはならない。
 以上が山下氏の解説だったが、聞いていて、農村における建設業や製造業の労賃が加算される仕組みなどは理解できなかったが、それでも大枠でわかったことは、自民党政権における農政との差は、単純にコメ減反農家へのバラマキを強化することだった。零細兼業農家を維持するための所得配分政策なのだろう。
 結論からいうと、私はそうした純粋なバラマキでよいのではないかとは思う。だが、零細兼業農家への所得配分が目的なら、農協をバイパスさせるとしても別の形式もあるだろうし、それほど政権交代に意味があったとは思えない。
 補足として、関連する朝日新聞記事「農家所得補償、コメは10年度から 農水省、前倒し方針」(参照)を見ておきたい。


 農林水産省の政務三役は13日、民主党の政権公約(マニフェスト)で11年度実施を掲げていた「戸別所得補償制度」を、コメを対象に10年度から全国一律で実施する方針を固めた。来年度予算の概算要求で数千億円規模を計上する。来年夏の参院選に向けて、政権交代の成果をアピールする狙いがある。
 同制度は、民主党の小沢一郎幹事長が代表時代に打ち出した目玉政策。民主党はこの政策を掲げて07年参院選で保守地盤の農村票を取り込み、地方の1人区で大勝。今回の総選挙マニフェストでも鳩山由紀夫首相と小沢氏が10年参院選を意識し、当初12年度としていた実施時期を11年度に前倒しさせた経緯がある。

 実施の前倒しは、参院選を想定してのことだろうとしている。コメに限定すること、全国で一律に実施しすること、細かい農政的な配慮がないこと、なども選挙優先からだろう。
 所得補填に加え、減反政策も主眼になっている。

 全国一律で実施されれば、政府が示す生産数量目標に従うことを条件に補償を受ける農家と、自己責任で自由にコメを作付けして利益拡大を目指す農家に分かれる。一律参加を求める現在の減反ではなく、参加を農家が判断する事実上の「減反選択制」へと移行することになる。

 ナッジ(参照)の視点からすると、専業農家よりも零細兼業農家を支援する形になり、日本の農業の生産向上や食の安全保障という点では、問題のある結果になりそうだ。とはいえ、別の方向性も記事には書かれていた。

 経営努力を促すため、大規模化によるコスト削減や低農薬作物といった高付加価値品を作る農家には加算金を支給する。

 実際には零細兼業がナッジされるので、その方向性は弱くなるのではないか。むしろ、自民党が模索していた大規模農家向け補助金のほうがよい政策だったように思える。
 ところで、民主党による農政分野でのバラマキの財源は1兆円ほど。この捻出はどうなるかだが、マニフェストでも明記され、選挙にも関わることから、なんとしても優先されるのだろう。

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