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2009.11.06

赤字国債で日本の財政は破綻するか

 赤字国債で日本の財政は破綻するか。問いは与太話かもしれない。そうだという人もいるし、そうじゃないという人もいる。経済学的にはどうかというと、経済学者でも意見は割れている。素人がわかることじゃないというのもそうだ。普通に家計の比喩で考えると、サラ金から年収の二倍を借金した家計はもう無理でしょ。いや、国家経済は家計で比喩ができるものでもないし、国家にサラ金はない、たぶん。
 大丈夫だという議論もある。論拠とやらは、日本の国債はほとんどが日本国内で消化されているから、アルゼンチンのように国家財政破綻にはならないというものだ。ごく単純に言えば、日本の富は高齢者に偏在しているから、その投資の見返りを若い世代のためにチャラにしてくれ、とまでは言わないけど、しゃーないかぁわはは、と笑って貰えれば終わりという話だ。たぶん、富を持っている高齢者の寿命とバランスしているんじゃないだろうか、結果的に。
 と、かくも与太話になっていくのだが、私はなんとなく、与太こいているだけではまずいんだろうなとも思っている。
 鳩山内閣になって予算が92兆円というけど、事項要求を含めたら95兆円には膨れるだろうし、削減のための事業仕分けとか言っても3000件のうちの200件を精査してもほぼ無意味。他方、税収は40兆円を下回るじゃなくて、35兆円くらいではないか。すると、95引く35で60兆円の赤字になる。埋蔵金を掘り起こしても足りないだろう。そこで赤字国債だが、小泉政権時代に30兆円で抑えようとしていたのに、鳩山政権時代では倍の60兆円では、さすがにまずいんじゃないか。
 もっとも鳩山政権としてはそのあたりは余裕で折り込み済みだ。7月8日読売新聞記事「民主バラ色公約、イバラの財源」にこうある。半年経っていないのに、滋味豊かな深まる秋の味わいが感じられるお話だ。


 民主党が事業仕分けを熱心に進めるのは、次期衆院選の政権公約に対し、自民党から「どうやって財源を捻出するのか」と批判を浴びているためだ。
 公約には月額2万6000円の子ども手当、高速道路の無料化、農家への戸別所得補償など、政権獲得後、4年目で総額16.8兆円となる新規政策を盛り込み、それに見合う財源を歳入・歳出改革で確保するとしている。事業仕分けは今後、歳出改革を実現する武器になるというわけだ。
 民主党は仕分けを踏まえ、政権交代後に凍結する事業を列記した資料を作成した。川辺川ダム(熊本県)や八ッ場(やんば)ダム(群馬県)のほか、鳩山代表が「国営マンガ喫茶」と批判する国立メディア芸術総合センターも含めた。政権獲得後に本格的な仕分けを行い、歳出改革で約9兆円を捻出すると計算している。


 しかし、無駄遣いの見直しなどで長期にわたって財源が捻出できるのか、疑問視する声もある。政府・与党の批判は辛辣だ。
 「空想と幻想の世界で遊ぶのは楽しいが、国民生活がそれによって保障されるという錯覚を与えることはほとんど犯罪に近い」
 与謝野財務・金融相は6日の記者会見で、実現に疑問を呈した。
 民主党でも、「想定通り歳出をカットするには、相当の抵抗がある」という声が少なくない。
 1.3兆円を捻出するとしている「公共事業の半減」には、地元自治体の強い反対が予想される。目玉政策の子ども手当を実現するため、これまで子育て支援の役割を担っていた所得控除を見直すことにしているが、子どものいない世帯には増税となるため、批判を懸念する向きもある。衆院定数の80削減による歳費カットを行うには、比例選の議席減に反対する社民党を説得しなければならない。
 財源を重視する岡田幹事長は「税収などはもっと厳しく見積もった方がいい」と指示し、新規政策の総額も小沢前代表当時の20.5兆円から16.8兆円に下方修正した。それでも、「政権を獲得しないと財政の内実は分からないし、財源を作れと言えば出てくるはずだ」という楽観論が根強い。
 7日の常任幹事会。大蔵省OBで蔵相を務めた藤井裕久最高顧問は、財源を論じる若手議員にこう語りかけたという。
 「財源にはそこまで触れなくていいんだ。どうにかなるし、どうにもならなかったら、ごめんなさいと言えばいいじゃないか」

 藤井財務相が「ごめんなさい」といえば、八方丸く収まる。鳩山総理も先月15日、マニフェスト終了の展望を述べていた。ロイター「赤字国債を極力抑えるとの思いでマニフェスト実行=首相」(参照)より。

 鳩山首相は赤字国債を増発させないために、マニフェストを見直す考えがないかを問われ「マニフェストは国民との契約なので、極めて重いものだ」と指摘。ただ「マニフェストの実現よりも、やはり国債をこれ以上発行してはいけないと、国民の意思としてそのようなことが伝えられたら、あるいはそういう方向もあると思う」と語った。

 鳩山さんの日本語は難しいのでシンプルな日本語に翻訳すると、赤字国債のための重税がいやならマニフェストは終了、ということだ。
 もっともそれでは財務省が狙っている国家税としての消費税がゲットできない。多少美しい絵を飾って寺銭は取るつもりでいるのだろう。ようはバランスということだが、結局、財政面では鳩山政権は麻生政権と代わり映えはない。成長路線もないのだから、この政権交代のギャンブルは負けだったが、さっさと手仕舞いしたいにも、もう自民党もないに等しい。過去を悔やんでもなんだから、現状から国家財政も考えていかないといけない。
 ということろで先の与太話に戻るのだが、赤字国債で日本の財政は破綻というのも、意外とありなんじゃないか。私が敬愛するコラムニスト、ロバート・サミュエルソンも先月末、そんなコラム「Up Against a Wall of Debt」(参照)をニューズウィークに書いていた。日本版11・11号に「先進国がデフォルトする日」という題で翻訳もされている。この翻訳はほとんど問題ない。
 結論から言うと、サミュエルソンもさしたる論拠を述べていないので、与太話という感じもしないでもない。が、私は彼のコラムをもう四半世紀も読んできたので、正しい経済学とは違って、なんつうか経済ジャーナリズムの年寄りの知恵みたいなものを感じている。

The idea that the government of a major advanced country would default on its debt --- that is, tell lenders that it won't repay them all they're owed --- was, until recently, a preposterous proposition. Argentina or Russia might stiff their creditors, but surely not the likes of the United States, Japan, or Great Britain.

主要先進国の政府が財政破綻するかもしれないという想定は、最近までありえないことだった。つまり、国債として国家に貸した金が戻ってこないなんて事態はありえないだろうと思われていた。アルゼンチンやロシアといった国家なら借金踏み倒しがあるかもしれないが、米国や日本、英国のような国ではありえないだろうと。

Well, it's still a very, very long shot, but it's no longer entirely unimaginable. Governments of rich countries are borrowing so much that it's conceivable that one day the twin assumptions underlying their burgeoning debt (that lenders will continue to lend and that governments will continue to pay) might collapse. What happens then?

まあ、あったとしても随分と先の話だが、もはや想定外のことではない。急増する赤字国債を支える二つの前提 --- 国民は国債を買い続け、政府は国債を売り続ける --- が崩れる疑念が出ない限り、富裕国の政府は赤字国債を出し続ける。その結果はどうなるか?

The question is so unfamiliar that the past provides few clues to the future. Psychology is decisive.

この問題に戸惑うのは、過去の事例から未来への糸口がほとんど見つからないないことだ。国民の心理が、決定的なのだ。


 経済学は心理学ではないと言われる。しかし、案外、心理の問題ではないのか。国家が信頼できるかできないかで、赤字国債が可能かどうか決まるのではないか。
 これまで日本が赤字国債を積み上げてきたのも、国民が日本国を信頼してきたからだ。というか、信頼するしかないような仕組みに嵌められていたからだ。それが壊れると、ヤバイっす、となるかもしれない。ということで、この手の話題は日本に向かう。サミュエルソンもそう。

Consider Japan. In 2009, its budget deficit --- the gap between spending and taxes --- amounts to about 10 percent or more of gross domestic product (GDP). Its total government debt --- the borrowing to cover all past deficits --- is approaching 200 percent of GDP. That's twice the size of the economy.

日本を例にしてみよう。2009年、日本財政赤字の国内総生産(GDP)比は10%を上回る。債務残高は200%。国家経済の二倍になる。

The mountainous debt reflects years of slow economic growth, many "stimulus" plans, an aging society, and the impact of the global recession. By 2019, the debt-to-GDP ratio could hit 300 percent, says a report from JPMorgan Chase.

膨大な財政赤字は、数年にわたる経済原則や景気刺激策、社会の高齢化、グローバル経済後退の影響によるものだ。JPモルガン・チェイスによると、2019年には財政赤字は300%に上がる。

No one knows how to interpret these numbers.
これの数字をどう考えたらよいのか、誰も知らない。


 現実として日本は国家財政の二倍の借金があり、十年後に三倍になるのも確実だ。民主党政権だとそれどころじゃないかもしれない。
 サミュエルソンは、20年前にこんな日本が想定できただろうかと問う。当時の経済常識からすれば、国債の金利が上昇するか、リフレ政策に舵を切るだろうと見られていた。しかし、そうならなかった。日本人は低金利の国債を買い続け、デフレが続いた。

Superficially, it's possible to explain this. Japan has ample private savings to buy bonds; slight deflation --- falling prices --- makes low interest rates acceptable; and investors remain confident that new and maturing debt will be financed.

表面的になら説明は可能だ。日本には国債買う個人資産が十分にあるし、軽微なデフレ継続は、物価を押し下げるので、低金利の国債購入を可能にする。国民は新規国債も発行済み国債も償還されると信じている。

But the correct conclusion to draw is not that major governments (such as Japan and the United States) can easily borrow as much as they want. It is that they can easily borrow as much as they want until confidence that they can do so evaporates --- and we don't know when, how, or whether that may happen.

しかし、日本や米国の政府のような大国だからといって、欲しい分だけやすやすと国債が発行できるわけではない。政府が赤字国債が出せるのは、国家の信頼が失われない限りだ。だが、その信頼はいつどのように失われるのか、わからない


 日本の文脈で言えば、日本人が国家への信頼を失えば、国債は失墜するだろうということだ。だが、日本人にしてみると、カネをグローバルに開かず、国家を信頼するしかないように国営銀行に閉じ込めておけばよいともいえるし、実際、これまでの日本はそうやってきた。ネオ大蔵省も昭和よアゲインの歌を歌うしかないかもしれない。

In Japan, the existing Value Added Tax (national sales tax) of 5 percent would have to go to 12 percent, says JP Morgan, along with deep spending cuts.

JPモルガンによれば、日本は大幅に財政を引き締めたうえで、さらに消費税を5%から12%に引き揚げることになる。

Against choices like that, some advanced country might decide that a partial or complete default, though dire, would be less dire economically and politically than the alternatives.

日本とは違った選択をとる先進国もあるかもしれない。つまり、部分的に、あるいは全額の借金踏み倒しだ。ひどい話ではあるが、政治経済上の代案よりはましかもしれない。


 日本は結局、消費税を12%に持ち込んで、だらだらデフレのなかで地味に財政赤字を減らすことになるだろう。しかし、そうではなく踏み倒しちゃう先進国もあるだろうというのだ。それって、米国かよ。
 たぶん、サミュエルソンは米国を想定しているのだろう。ただ、"the alternatives"(代案)がなにを仄めかしているのかわからない。米国債を踏み倒しちゃったほうがましな事態って、「ああ、あれかぁ」とわかるものか。

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2009.11.02

中国・チベット・インドの国境問題とそれが日本に示唆すること

 鳩山政権の地球外的外交センスは米国を困惑させ、そして恐らく激怒させているようだが、必ずしも米国同盟のパワー構成上の対抗にある中国を利しているわけではない。恐らく中国もチンプンカンプンで困惑しているだろう。というのは中国が危険視する、「中国に一番憎まれている女性」にして「ウイグルの母」ことラビア・カーディルさんと、中国を分裂させるとして敬称の「ラマ」を付けずにダライとのみ呼び捨てされるダライ・ラマ14世が、やすやすと来日し、先週、東京の外国特派員協会で相次いで記者会見もした(期待された二人の会見はなかったようだ)が、これまでの自民党政権時代と比べると、中国はそれほど圧力をかけてこなかった。中国としても、真意も掴めず空気も読まない鳩山さんに明確なメッセージを出しても、いろいろとやっかいなことになるかもしれないと、想定せざるを得なかったのだろう。
 いや、ダライ・ラマはこれまでも何度も来日している。特段のことではないという見方もあるかもしれない。だが今回のダライ・ラマ訪日はいつもの訪日以上に複雑な背景があった。その点が、国内でまったく報道されていないわけではないが、いま一つ鳩山政権のようにぼけた感じがある。多少だが、補足的なエントリを書いておきたい。もしかすると、とんでもない事態が11月に発生する可能性もある。
 重要なのは、ダライ・ラマが11月中にインド北東部アルナチャルプラデシュ州のタワン県を訪問する予定だ。タワン地域は中国が自国領だと主張しているため、中印係争地になっている。このことは日本のメディアも理解している。10月31日付け共同「ダライ・ラマが中印係争地訪問へ 都内で記者会見」(参照)ではこう伝えた。


 亡命先のインドから来日したチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は31日、都内で記者会見し、中国が領有権を主張するインド北東部アルナチャルプラデシュ州タワングを訪問すると明言した。
 台湾への8月末~9月初めの訪問に続き、中印間で国境問題のある地域へのダライ・ラマの訪問が、中国政府を刺激するのは必至とみられる。

 中印間で国境問題のある地域への訪問は中国を刺激するということだ。共同の報道が間違っているわけではない。「タワング」はこう説明されている。

 タワングは、ダライ・ラマが1959年にインドへ亡命した際に立ち寄った地域。チベット仏教の聖地ともされ、これまで数回訪問したという。
 アルナチャルプラデシュ州は、インドが北東部州の一つとして管轄しているが、62年の中印国境紛争の一因にもなった地域で、中国側は現在も「中国のもの」と主張。インドのシン首相が10月上旬に訪問した際も、中国外務省の馬朝旭報道局長が「強烈な不満を表明する」と強く反発していた。

 この説明も間違っているわけではないが、問題の深層には触れていないようだ。
 同日の時事「中国に信頼醸成求める=対チベットで現実政策を-ダライ・ラマ」(参照)では、同地を「タワン」として、似た報道をしていた。

 一方、中国が領有権を主張し、1962年の中印国境紛争の舞台にもなったインド北東部アルナチャルプラデシュ州タワンにある仏教寺院への訪問を11月に予定していることを中国政府が批判していることについて、「わたしはどこを訪問しても政治とは無縁だ」と述べ、政治問題化しないとの認識を示した。

 10月23日になるが、朝日新聞記事「ダライ・ラマが中印国境訪問計画 両国間の火種に」(参照)は、背景についてもう少し詳しい説明をしていた。重要なのであえて多く引用する。

 チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が、中国が領有を主張するインド北東部の国境地域への訪問を計画し、両国間の火種となっている。ロイター通信は22日、ダライ・ラマ側近の話として、来月8日から訪問すると伝えた。インドは訪問を認める構えだが、中国は強く反発している。
 ダライ・ラマが訪問を計画しているのは、チベット仏教寺院があるアルナチャルプラデシュ州タワン。59年のチベット動乱でダライ・ラマがインドへ亡命する際、最初に立ち寄った町として知られる。
 同地域では、インドを植民地支配していた英国と中国併合前のチベットが20世紀初頭に国境として定めたマクマホン・ラインを、インド側は国境線として主張。中国はこれを認めず、62年の中印国境紛争では中国軍が同ラインを越え、タワンを含む同州全域を一時占領し、兵を引いた現在も領有を主張している。
 タワン訪問計画は昨年も浮上したが、中国の反発にインド側が配慮し、実現しなかった経緯がある。今年9月に再び計画が報じられると、中国外務省の姜瑜副報道局長が「訪問に断固反対する。ダライ集団の反中・分裂の本質を暴露するものだ」と激しく批判した。
 一方、インドのクリシュナ外相は地元テレビに「同州はインドの一部であり、ダライ・ラマは国内どこへでも行くことができる」と述べ、容認する考えを示していた。

 朝日新聞も間違っているわけではないが、背景を知ってから読むと微妙な味わいがある。文脈上、今回のダライ・ラマによるタワン県訪問はインド政府が認可したかにも読める。
 さらに遡るが、13日付けIBTimes記事「ダライ・ラマ、アルナーチャル・プラデーシュを訪問」(参照)も国内では詳しい報道の部類になる。インド政府の認可を伝えている。

インド政府は、中華人民共和国による圧力に屈することなく、チベットの精神的指導者であるダライ・ラマには、インド国内を自由に行き来する権利があると主張し、ダライ・ラマによるアルナーチャル・プラデーシュ州タワン県の訪問を許可した。

 朝日新聞記事同様、インド政府がダライ・ラマのタワン県訪問を許可したとしている。タワン県についてはこう説明している。

 今年11月、ダライ・ラマは、300年もの歴史を誇る有名なタワン修道院を訪問し、法話を説く予定である。さらに、ダライ・ラマが200万ルピー(約388万円)を寄付した病院の落成式にも参加することになっている。
 今回もまた、中華人民共和国政府は、ダライ・ラマのアルナーチャアル・プラデーシュ州訪問に際しインド政府に圧力をかけ、論争を巻き起こしていた。中国政府は、ダライ・ラマの同州訪問によって、中国批判、分離独立を求める動きが高まることを警戒したのである。
 1959年、ダライ・ラマは、アルナーチャル・プラデーシュ州にあるタワン県を通って、中国からインドに亡命した。
 シッキムの領土権を諦めた中国政府であるが、いまだにアルナーチャル・プラデーシュ州全領域の領土権を主張している。中国とインドを隔てる1030kmに及ぶ垣のない国境を介して、中国人民解放軍がインドの領土への侵入する回数が増加しているとの意見もある。アルナーチャル・プラデーシュ州沿いにあるインド・中国間の国境は、マクマホン・ラインによって定められている。この国境は想像上のものであるが、事実上の国境線として理解されている。しかしながら、中国政府はこの国境線を一度たりとも認めたことはない。

 日本語がこなれていない印象があるが、「中国人民解放軍がインドの領土への侵入する回数が増加しているとの意見もある」が重要で、曖昧ながらも、この中印間の国境係争地は現在も軍事的な騒動を起こしていることを伝えている。国境線名、「マクマホン・ライン」も明示している。
 タワン県が現在も軍事衝突を起こしかねない中印の国境係争地であることは、これらの報道からわかるが、実際には国境域では、日々軍が動く小競り合いが起きていることはわかりづらい。
 問題のタワン県だが、日本の報道では聖地である理由については言及されていない。この地は、チベット仏教に多少関心のある人は知っているだろうが、ダライ・ラマ6世の誕生地である(参照)。いうまでもないが、ダライ・ラマはその教義では転生することになっているので常に一つの実体と言えないこともないが、特にダライ・ラマ6世は、中国がチベットを自国領土化する理由について微妙な歴史的な背景として関わっている。この話は、おちゃらけながら以前、「極東ブログ: 短編小説 2008年のダライ・ラマ6世」(参照)で書いたことがある。おふざけ以外の歴史的な経緯は正確なので、背景知識があると、今回中国が激怒している理由を知る一つの手がかりにはなるだろう。
 関連の国内報道を見ていくと、さらに一種のタブーがあるのかもしれないと思えることがあった。強く認識させられたのは、ニューズウィーク日本版10・28記事「インドが中国を恐れる理由」で意図的に思える訳抜けがあったことだ。後に触れるがその他にも異常としか思えない訳抜けがある。原文は「Why India Fears China」(参照)である。まずニューズウィーク日本版を引用し、対応する原文と試訳を添えておこう。

【日本版】
 既に、中国による外交面での攻勢は始まっている。中国政府は最近、中国が領有権を主張しているインド北部アルナチャアルプラデシュ州の住民に対する入国ビザの発給を拒否。08年にインドのマンモハン・シン首相が同州を訪れた際は、正式に抗議した。アジア開発銀行による29億ドルの対インド融資にも待ったを掛けようとした。融資の一部がこの州の農業用水整備事業に回されることになっていたためだ。


【オリジナル】
Already Beijing has launched a diplomatic offensive aimed at undercutting Indian sovereignty over the areas China claims, particularly the northeast state of Arunachal Pradesh and one of its key cities, Tawang, birthplace of the sixth Dalai Lama in the 17th century and home to several important Tibetan monasteries. Tibet ceded Tawang and the area around it to British India in 1914. China has recently denied visas to the state's residents; lodged a formal complaint after Indian Prime Minister Manmohan Singh visited the state in 2008; and tried to block a $2.9 billion Asian Development Bank loan to India because some of the money was earmarked for an irrigation project in the state.

すでに中国政府は、自国領土だと主張する領域におけるインド主権の削り取りを目的に外交攻勢を開始している。領域では特に、北部アルナーチャル・プラデーシュ州とその重要都市、タワン県がある。同地は、17世紀のダライ・ラマ6世の生誕地であり、チベット仏教の各種寺院の故地でもある。チベットがタワン県とその地を英国領インドに割譲したのは1914年である。中国は近年、同地県知事へのビザ発給を拒否し、マンモハン・シン首相による2008年同地訪問に公式抗議をし、さらにはアジア開発銀行によるインド借款も妨害しようとした。同州への灌漑用に一部が計上されていたからだ。


 日本版ニューズウィーク記事ではダライ・ラマ6世の言及が抜けている。これだけなら煩瑣な歴史逸話としてしか編集者が認識しえなかったのかもしれないだけのことだが、さらに1914年のチベット帰属問題が抜けているのは奇妙だ。
 どうも変だと思って、仔細に原文照合するとチベット領帰属に関する「1914年」は、計三箇所抜けている。意図的な改編としか理解できない。残り二箇所も重要なので見ていこう。まず、中印間係争地の紛争に関連した文脈から。

【日本版】
 こうした中国の姿勢の変化は、インドと世界の安全に暗い影を落とす。何しろ、戦火を交える価値もないと思われていた不毛の山岳地帯が一点して、2つの核保有国の間で戦争を引き起こす発火点になる危険性が出てきたのだ。
 しかも核戦争の可能性を考えれば、事は中国とインドの2カ国だけの問題では済まない。アメリカやヨーロッパ、近隣のアジア諸国も無関心ではいられなくなる。欧州諸国は、民主主義国を守るという立場でインドに味方するにせよ、中国とインドを仲裁する立場を取るにせよ、いやが応でもこの問題に引きずり混まれるだろう。


【オリジナル】
The implications for India's security --- and the world's --- are ominous. It turns what was once an obscure argument over lines on a 1914 map and some barren, rocky peaks hardly worth fighting over into a flash point that could spark a war between two nuclear-armed neighbors. And that makes the India-China border dispute into an issue of concern to far more than just the two parties involved. The United States and Europe as well as the rest of Asia ought to take notice --- a conflict involving India and China could result in a nuclear exchange. And it could suck the West in --- either as an ally in the defense of Asian democracy, as in the case of Taiwan, or as a mediator trying to separate the two sides.

インドの安全保障、さらには世界の安全保障にとっても、不吉な意味がある。地図上に国境線を引いた1914年の曖昧な条約と、争う価値もない不毛な岩地を、核保有国間が火花を散らす火種にする。加えて、中印国境紛争を当事者間の問題をはるかに越えた事態にする。米国も欧州も他のアジア諸国も関心を持つべきなのは、紛争が中印間の核兵器の撃ち合いになりうるからだ。台湾の事例と同様に、アジア域の民主主義防衛の同盟であれ、両者を引き離す調停であれ、西側諸国を巻き込むことになりうる。


 「1914年」が抜けていることに加えて、台湾の言及も抜けている。日本版のニューズウィークなのに、台湾の事例を訳抜けさせることは不可解だし、なによりチベット問題が、台湾を巡る米中の核保有国間の問題であることと同構造であることを、オリジナルどおり日本人に伝えておくべきだろう。ただし、台湾への言及は別箇所でも触れているので、まったくの隠蔽とは言い難い。
 三点目の訳抜けだが、日本版では対象部分がない。以下がごっそりと抜けている。中国による先のインド向け灌漑借款妨害の話に続く部分だ。

All these moves are best understood in the context of China's recent troubles in Tibet, with Beijing increasingly concerned that any acceptance of the 1914 border will amount to an implicit acknowledgment that Tibet was once independent of China --- a serious blow to the legitimacy of China's control over the region and potentially other minority areas as well.

これらの動向はチベットを巡る近年の中国の文脈に置くともっとも理解しやすい。中国政府がこの問題に関心を高めるのは、1914年の国境を受け入れることは、チベットが一度は中国から独立していたことを認めることなることになるからだ。この認可は、その他の小地域が潜在的にもっている問題と同様に、同地域支配の正当性に大きな打撃を与えることになる。


 重要なのは、中印間のどこに国境線を引くかということではなく、1914年の暫定国境を認めることが、中国がチベットを支配する論拠を失うことに通じるという指摘だ。さすがにこの部分をごっそり訳抜けさせた日本版ニューズウィークには政治的な意図があると見てよいだろう。
 ところで「1914年とは何か」だが、英国、中国(清朝)、チベットの三国間で交わされようとしたチベット問題についてのシムラ条約(参照)である。同条約は、結局はイギリスとチベット間で正式に調印し、調印を拒否した中国を外した形で成立した。シムラ条約の正当性は歴史的に見ていろいろな評価があり、米国は直接には言及しないが、当事者の英国としては現在もこれを有効としているようだ。なお、同条約大英帝国全権代表がヘンリー・マクマホン卿(Sir Arthur Henry McMahon)で、マクマホン・ラインは彼の名前に由来する。
 話が煩瑣になったが、とりあえず二点まとめると、(1)今月予定されているダライ・ラマのタワン県訪問は単なる国境地域の訪問ではなく、まして台湾や日本、米国訪問といった暢気なものではなく、中印国境を巡る深刻な問題を孕んでいる、(2)国内新聞報道は、こうした問題の背景を理解していないかもしれないが、日本版ニューズウィークはこの問題の要点を中国寄りに隠蔽しているようだ、ということになる。
 日本版ニューズウィークを結果的に批判した形なったが、それでも同記事を掲載している点は大きく評価できる。特に同記事が重要なのは、国境間で軍事力が抑制的に機能していることを鮮やかに描いている点だ。
 中台間で平和が維持できたことを、軍事プレザンスから見ている。

 台湾は完全武装という手段によって、危なっかしい形ではあるものの現状を維持してきた。その一方で、中国政府が引く一線を越える言動は慎んでいる。

 中印間でも対話姿勢には軍事力が欠かせない。

 こうした対話姿勢には武力という後ろ盾が欠かせない。既にインド政府は係争地の警備強化を開始し、中国に対抗するためLAC沿いで道路建設計画を進めている。


 インドにとっては、ミサイルや攻撃戦闘機など長距離型の武器に投資するのも賢いアイデアかもしれない。これなら、係争地帯で中国軍と衝突する危険性なしに抑止力を維持することができる。


 インドは武力衝突を回避しながら係争地域を警備するため、高性能レーダーシステムの配備を進めている。チベットでの中国軍の動向に関する情報をアメリカや日本と共有する道も探る可能性もある。

 なおこのオリジナルは以下で、またしても「台湾」を除去している。

India might also seek to share intelligence with other nations --- such as the United States, Japan, and Taiwan --- about China's actions and troop movements in Tibet, both to prevent being taken by surprise and to avoid an accidental conflict.

 中印間の核戦争を回避するには、一つには、軍事力を整備して中国の暴発を抑える必要があり、それには、米国を主軸に、日本と台湾が協力しなければならない。
 ここでは触れられていないが、日米台湾の連携は、チベット地域のみならず、インド洋におけるシーレーンを巡る中国との争点が存在する。もっとも、この連携の要の一つである日本が崩れようとしている現在、その欠落は、中印紛争の圧力を高める形で機能することに加え、まさに同構造である台湾問題を危険にさらすことになるだろう。
 もちろん軍事以外に外交も重要であり、同記事では、インドは中印問題を慎重に考慮して、ダライ・ラマのタワン県訪問を無限延期とすべきだとしている。しかしその後の動向では、インドはダライ・ラマへに同地訪問の認可を与えたようだ。背景には、インドにおける、国境を巡るナショナリズム高揚があるが、同等のナショナリズムは中国も抱えている。困ったことに、中国では江沢民派の復権党争が実質開始されており、そうした枠組みに巻き込まれる事態があれば、非常に危険なことになりかねない。

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