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2009.10.17

江畑謙介さんの死に湾岸戦争を思い出す

 先日10日、軍事評論家の江畑謙介さんが亡くなった。60歳だった。彼が有名になったのは湾岸戦争におけるシャープな解説がテレビで印象的だったことだった(髪型も)。あのころ彼は40歳を越えたばかりの年代だったのだなと思う。そんなことなどを含め、昨日はぼんやり湾岸戦争時代のことを思い出していた。
 故フセイン大統領がクウェートに侵攻したのは1990年、平成2年。夏だった。私は30代に入り、仕事や私事が混乱していた時期だった。翌年に入ると多国籍軍はイラク空爆を開始した。パパ・ブッシュの戦争である。江畑さんのテレビでの解説が際立ったように、いかにもテレビ的な戦争でもあった。私は後になってその映像をまとめたマッキントッシュ用のCD-ROM"Desert Storm"というのを購入した。
 なぜあの戦争を行ったのか。微妙な問題がある。ウィキペディアに記載されているかなと覗くと、あるにはある。誤解されやすい筆致で「7月25日にフセインと会談を行ったアメリカのエイプリル・グラスピー駐イラク特命全権大使が、この問題に対しての不介入を表明したこともあり、ついにイラク軍が動いた」と書いてある。私は現在、ディヴィッド・ハルバースタム氏の最後の著作の邦訳「ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争」(参照上参照下)をぼそぼそと読んでいるのだが、大国の不介入メッセージは局所的には戦闘開始の認可となる。
 世界には「戦後」などというものはないが、日本人は「戦後」という言葉をさらりと使う。そのまま半世紀が過ぎていくのかという矢先に、戦争という現実に直面したきっかけが湾岸戦争だった。知識人・文化人が泡を吹て形ばかりの反戦の声を上げて見せた。いとうせいこう氏がさも市民的な口ぶりでテレビでごたくをならべていたのが印象的だった。声明に高橋源一郎氏が名前を連ねるのは予想が付いた。田中康夫氏も島田雅彦氏も当然くっついた。彼らは一種のタレントなのだし。柄谷行人氏の連名には苦笑したが、中上健次氏や川村湊氏も友愛で寄り添った。彼らはその10年前の、吉本隆明氏の「『反核』異論」(参照)を読んでいないのか、あるいは読んだからぬるくなってしまったのか。柄谷、高橋、田中の三氏起草による声明は「私は、日本国家が戦争に加担することに反対します」で始まり、暗に米国主導の戦争に反対したものの、フセインの戦争には反対できなかった。およそ戦争というもの自体を根底から否定する吉本隆明氏の思想の射程からは苦笑以外はない、欺瞞な平和幻想がそれでも続いた。
 日本知識人たちの欺瞞は、スーザン・ソンタグがコソボ空爆の支持したときにまた少し泡を吹いた。それでも侵略を正当化する人道的介入は許せないというあたりで落ち着き、ルワンダ・ジェノサイドを二度と起こしてはならないと言いつつ、ダルフール虐殺には沈黙するに至った。もし日本に思想というものがあったなら、湾岸戦争のときの、日本の知識人と大衆の欺瞞をえぐり出すほかはなかったはずが、ただ吉本隆明氏を残して20年は空しく過ぎていった。
 日本大衆も欺瞞だった。それを結果的に掬い上げ、礫を受けたのは小沢一郎氏だった。石原都知事は今も空しく礫を投げることがある。平成18(2006)年11月10日「石原知事定例記者会見録」(参照)より。


 僕は本当に前原君(前原誠司 前民主党代表)なんか非常に期待したけどね。あんなつまらんことでこけてしまったけども。小沢一郎党首は私を大嫌いだそうだけど、私も好きじゃないんですがね。あの人を私、嫌うゆえんはね、あの人が日米関係でやったことで覚えている政治家って、今いないんだ。みんなやめちゃって。
 例えば湾岸戦争の時ね、ブレディ(ニコラス・ブレディ 米国財務長官(当時))の一喝でね、幾ら金払った。130億ドルだよ。2回に分けて。それからその後ね、やっちゃいけない構造協議をバイラテラルに(2国間で)やったのは小沢じゃないか、金丸(金丸信 元衆議院議員、元自由民主党副総裁)の下で。それでその後、さらにだね、8年間で400兆、実は430兆無駄遣い約束してやったじゃないですか。訳の分からない公共事業で、国力、使い果たしたんだ(※)。


 私はやっぱり許せないね、日米関係の中であの人のとったスタンスというのは。そういうことをやっぱり今の民主党って覚えてないでしょうね。しっかりした人が出てきたなと思ったら、まあ、議会の中の変なタクティクス(戦術)でつぶされる。僕はやっぱり民主党の、本当に民主党プロパーで出てきた若手の政治家って気の毒だと思うね、やっぱり。今やっぱり政党としての過渡期でしょう。
 いいですか、はい。

 130億ドルの前に90億ドルがあった。1兆1900億円。小沢氏が背負った自民党は本気になった。「海部首相、湾岸90億ドル使途は国会に報告 社公、浜田発言で硬化/衆院予算委」(読売新聞1991.2.05)より。

 衆院予算委員会は総括質疑初日の四日午後、社会党の武藤山治・両院議員総会長が午前に引き続き質問したほか、自民党の増岡博之・元厚相と浜田幸一・党広報委員長が湾岸戦争を中心に質問した。首相は、多国籍軍への追加財政支援九十億ドル(一兆一千九百億円)が実現しなかった場合の政治責任について「一内閣、一党の幹事長の辞職という次元で話ができるものではない」との認識を示したうえで「(関連法案は)ぜひ通していただきたい。その時まで全力を挙げて努力し、その段階で方策を決断する」と述べ、最終段階では何らかの政治決断も必要、との考えを明らかにした。
 一方、浜田氏が社会党の国会対策委員長が自民党から多額のカネをもらっているなどと発言したため、社会党が態度を硬化。審議拒否の構えを見せ、公明党も同調しているため、五日の同委を予定通り開会するのは難しい情勢になった。
 質疑で、中山太郎外相は「日米間に信頼関係がなくなれば、米軍が血を流して(日本を)守ってくれるか、と絶えず考えている」と述べ、貢献策が国会で否決された場合、日本の安全保障も含め日米関係に重大な悪影響を及ぼしかねないとの強い懸念を表明した。

 浜田靖一氏とそっくりな相貌の浜田幸一氏ことハマコーが元気に暴れていた時代でもあった。お茶の水博士、もとい、中山太郎氏は、「日米間に信頼関係がなくなれば、米軍が血を流して日本を守ってくれるか」と苦悶した。日本を守るということは、つい20年前までそういうことでもあった。
 最終的に1兆4928億円に膨れた使途はなんのためだったのか?

 また、首相は、追加財政支援の使途について「湾岸協力会議(GCC)に拠出する際、輸送、食料などに使われるよう伝える。GCCとはその都度、交換公文を交わしており、その内容については国会などに示し明らかにする」と述べるにとどまり、戦費に使われるかどうかは明言を避けた。

 実際にはどうなったか。「湾岸平和基金使途は輸送に9割/外務省報告書」(読売新聞1993.12.15)によればこうだった。

 外務省は十四日、先の湾岸危機・戦争に伴い、日本が拠出した「湾岸平和基金」への資金一兆四千九百二十八億円の使途報告書を衆参両院の決算委員会などに提出した。使途の分野別では、航空などを含めた輸送関係が一兆三千三百五十七億円と八九%を占めた。このほかは食糧・生活関連、医療などに使われ、外務省では、「武器・弾薬の購入には充てられていない」と説明している。

 この報告の信憑性は薄い。当時の読売新聞社説「会計検査が問う行政のあり方」(1993.12.19)もそこを指摘していた。

 湾岸戦争への支援拠出金一兆五千億円に関する検査結果については、湾岸平和基金運営委員会から提出された財務報告の「資料及び外務省からの説明により確認した限りにおいては」問題はなかったと、微妙な表現で記されている。
 財務報告の内容を検査したいという申し入れに対し、外務省は当初、「見せる必要はない」との態度だったという。さらに、見せることに応じてからも、コピーを取ることを拒否し、外務省内で“閲覧”させるだけだった。会計検査院の、無念の思いがにじんでいるような表現だ。
 そうした外務省の感覚では、外交活動に対する国民の信頼度を、不必要に低下させることにしかなるまい。

 この報告書だが、自民党政権下では実質封印されていただろうから、政権交代後の民主党がディスクローズしてもよいのではないかと思われるが、もしかするとしないかもしれない。基金設立の経緯でもわかるように、実際には基金をバイパスして米国にカネが流れていたのは間違いない。ではその米国から先のカネ、およそ一兆円ははどう流れていったのだろうか。
 石原都知事は「そういうことをやっぱり今の民主党って覚えてないでしょうね」と嘆いたが、52歳の私でも覚えているのだから、現民主党の高齢者内閣が覚えてないわけでもないだろう。このネタは、2年前までは与太話だが、週刊現代の2007年11月24日号の記事「小沢一郎と消えた湾岸戦費1兆円」というふうに流布もされていた。がその後は消えてしまった。カネの行方に小沢一郎氏が関わっているなら、それは氏の政治生命につながるだろうが、その後、そうした問題に火がついたことはいまだない。第二のコーチャン証言で世間があっと驚くこともなく、消えていく与太話なのだろう。
 話を湾岸戦争時の反対に運動に戻すと、当時の文化人・知識人のぬるさに対して、民主党大石正光参議院議員の父大石武一実質初代環境庁長官の看板で「ペルシャ湾の命を守る地球市民行動ネットワーク(PAN)」という市民団体が結成され、若者が「民間救済派遣団」としてイラクに入り、ミルクや医薬品などの救援物資を届ける活動を行った。これに参加した当時の21歳の若者の声が読売新聞の「気流」欄に「イラクの救済 真剣に考えて 学生・湯浅誠21=東京都杉並区」(1991.04.18)として掲載されている。

 私たちの中には「フセイン=イラク=悪玉」という図式ができあがっています。たしかにイラクはクウェートに侵攻したし、その事実は決して正当化できないことだと思います。しかし、だからといって現在及び今後のイラクの窮状が「フセインを懲らしめる必要があるから」といった言葉で簡単に肯定されていいのでしょうか。
 イラクでもヨルダンでも、人々は「日本の政府と日本の市民は違う」と言って、非常に温かく私たちを迎えてくれました。私たちもフセイン一人のイメージですべてを割り切ることをやめ、そこに住む人々の生活にも目を向けるべきだと思います。

 この当時の若者が言うように、国家をその独裁者に代表させて断罪することは正しくない。だが、その後もこの青年がイラクに住む人々の生活にも目を向けけてきたのかというと、これもまた、本質は変わらないとも言えるが、変わるものはあっただろう。月日は流れた。若者もまた、私が初めてテレビで見たころの江畑謙介氏の年代に近くなっている。

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2009.10.16

ベルリンの壁崩壊の陰の三人から日本人が学ぶべきこと

 先月のニュースだが、英国外務省(FCO:the Foreign and Commonwealth Office)がベルリンの壁崩壊に関係する機密文書を公開した。当時の英国サッチャー首相とフランスのミッテラン大統領の対談を記したものだ。読みようによっては相当に物騒な内容である。この文書で明らかになったのだが、二人とも、結果的にベルリンの壁崩壊がもたらしたドイツ再統一を欧州の安全保障上の脅威と見なしていた。9月13日付け日経新聞記事「再統一ドイツはナチス以上 90年当時、英仏首脳が危機感」(参照)はこう伝えていた。


 ミッテラン大統領は90年1月のパリでの首脳会談でサッチャー首相に対し「ドイツが再統一されればヒトラー以上の勢力を手にする」と発言。さらに再統一観測でドイツ人が「悪い人々」になりつつあり、欧州は第1次世界大戦前夜の状況に戻る恐れがあると指摘した。サッチャー首相も当時、再統一に強く反対し、英外務省とも対立していた。

 日経新聞記事では情報の出所を明示していないが、同様の内容の、2日前の9月11日読売新聞記事「「統一ドイツ、ヒトラーより強力」 1990年、仏英首脳が懸念」と比較すると、英紙報道の孫引きではなかったかと思われる。

 フィナンシャル・タイムズ紙などが10日、報じた。会談はパリのエリゼ宮で昼食を共にしながら行われ、ミッテラン氏は、統一が視野に入ったドイツがかつての「悪者」に逆戻りしつつあるとも警告したという。
 同紙によると、両首脳が89年12月に仏ストラスブールで会談した際にも、ミッテラン氏は「コール(当時の西ドイツ首相)はドイツ人の愛国心を悪用するばかりで、近隣諸国の懸念をまるで理解していない」と、統一に突き進んだコール氏個人を批判していた。

 読売記事は「フィナンシャル・タイムズ紙など」としながら「同紙によると」と受けているので複数形と単数形の照合に違和感があるが、おそらく読売記事もフィナンシャル・タイムズ記事の孫引きだったのだろう。同日の共同記事「独統一はヒトラーより危険 壁崩壊後、仏大統領が危機感」(参照)はフィナンシャル・タイムズ一紙だけを挙げている。

【ロンドン共同】1989年11月の「ベルリンの壁」崩壊後、ミッテラン・フランス大統領(当時)がサッチャー英首相(同)に対し、東西ドイツが統一したら「ヒトラーよりも多くの土地を得る」かもしれないと述べ、強い危機感を示していたことが公開予定の英外務省機密文書で明らかになった。10日付フィナンシャル・タイムズ紙が伝えた。
 文書は90年1月20日、パリで行われた英仏首脳会談の発言をサッチャー氏の外交顧問が記録したメモ。両首脳が当初、ドイツ統一に反対していたことは知られているが、生々しい発言が文書で確認されるのは異例。

 外信の常として孫引き元のオリジナルソースが提示されない点、日本のジャーナリズムはブログより劣るかもしれない。
 当のフィナンシャル・タイムズ紙ではJames Blitz氏記名の記事「Paris feared new Germany after reunification」(参照)が、英国時間の9月10日に掲載されていた。読むとわかるが、上記の日本の3つの孫引きは同記事に由来すると見てよさそうだ。
 日本に伝えられていない興味深い話もあった。

The FCO’s decision to publish the papers, after a year of deliberation by Whitehall officials, is being seen as an attempt by Britain to set the record straight and show that its diplomats were positive about reunification early on --- in spite of Mrs Thatcher’s personal misgivings. Germany is preparing to celebrate the 20th anniversary of the wall’s fall, which many Europeans view as a historic moment of liberation ending the postwar division of the continent and decades of Soviet occupation.

英国政府による1年に渡る熟慮の後、英国外務省が同文書出版を決断したことは、英国としては、マーガレット・サッチャー首相の失点にもかかわらず、記録についての疑念を晴らす試みであると見られる。また、外交的にはドイツ再統一に初期の時点で好感をもっていたことも示している。ベルリンの壁崩壊は、第二次世界大戦後の欧州分割とソ連下の年月が終了した際の、歴史的な解放の記念と見られるが、ドイツはその20年記念の準備中である。


 ベルリンの壁崩壊20周年記念に合わせて、英国がドイツに対して友好を明かすものとしてあえて、自国の恥となる文書を公開したということのようだ。

The papers’ publication is controversial. Britain normally publishes secret official documents only after 30 years. The publication of such sensitive papers after 20 years may cause friction with France.

文書出版は論議を興した。英国は通常機密文書を30年後に公開するものだ。このような微妙な内容の文書を20年後に公開することは、フランスとの間に問題を起こしかねない。


 英国は自国の恥でよいとしても、フランスも巻き込むことなるので、そこはどうよということでもあるようだ。
 いずれにせよベルリンの壁崩壊は、従来、米国レーガン政権や西側諸国による、対ソ連攻略の成果と見なされていた。しかし、すでにサッチャー元首相が統一ドイツを嫌悪していたことはその自伝からも明らかになってはいるが、英仏ともに、その当時の代表者の意見に過ぎないのではあるが、本音ではドイツの統一に脅威を覚え、かつ蔑視していた。
 この歴史の秘話には、欧州における外交というものの大人らしい味わいがあり、「友愛」といった美辞麗句の背後にある、なかなか日本人には理解しがたい知恵がある。日本人が理想から曲解しやすい性質を持つ好例は、民主党の横路孝弘衆議院議長のブログにも見られる。「胡錦濤・中国国家主席の来日」(参照)より。

 日本と中国、日本と韓国、そしてアジア諸国とは、何といっても、相互信頼が必要です。
 私はドイツの首相だったシュミットさんから直接こんな話を聞いたことがあります。
 「ドイツにとって欧州で一番相互信頼関係を作らなければならないのはフランスです。第一次世界大戦、第二次世界大戦を考えればわかるでしょう。そこで私は、当時のフランスのジスカールディスタン大統領と月に一度は電話をかけるか、会談を行うかコミュニケーションを計ってきたのです。大事な政策については、ドイツ国内で発表する前にフランス大統領に知らせてきました。こういう関係は、私の後のコール首相とフランスのミッテラン大統領にも引き継がれ、互いの信頼関係を深めていったのです。だから東ドイツとのドイツ統一が問題になったとき、イギリスのサッチャー首相は、フランスのミッテラン大統領に一緒にドイツ統一に反対しょうと働きかけたのですが、そのときフランスは断ったのです。そこでドイツ統一が実現したのですよ。日本は私の見たところ。アジアで孤独ですね、中国や韓国をはじめ、アジア諸国と本当の信頼関係を築くことが大切ですよ」
 私はいま欧州がEUという形で発展している、そのベースにはこうした政治家の努力、対話の積み重ねがあることを知り感銘しました。

 残念でした、横路議長。ハズレです。
 「中国や韓国をはじめ、アジア諸国と本当の信頼関係を築く」うえで欧州の大政治家から学ぶべき感銘のポイントは、おっとっと、そこではない。この関連は後でも触れことにしよう。
 今回の公開文書関連の話だが、フィナンシャル・タイムズのネタだけ見ていると、サッチャーとミッテランの腹黒さで終わり、孫引きの日本報道にも見えないのだが、もう一人、大役者がいる。ゴルバチョフ元ソ連書記長だ。
 同じく英国の高級紙タイムズ紙に9月11日付けでMichael Binyon氏による記事「Thatcher told Gorbachev Britain did not want German reunification」(参照)が興味深い裏話を取り上げていた。標題からもわかるように、当初ドイツの統一を望んでいなかった点で、ゴルバチョフも同じではあった。
 記事を書いたタイムズ紙のMichael Binyon氏は、同種の話をフォーサイト11月号(参照)の「旧ソ連文書が明かす「ドイツ統一を恐れた英仏」」にも寄稿している。機密文書の出所が興味深い。

 旧ソ連文書には、ゴルバチョフが外国の指導者と交わした議論や文書に加え、ソビエト指導部内部での議論がすべて含まれており、ゴルバチョフは政権を去ると同時に、この文書を携えて、新たに設立したゴルバチョフ財団へと移った。その内容については、これまでも緻密な検閲を経た一部は公開されていたが、その全体象は知らされていなかった。
 ところが最近、ゴルバチョフ財団で研究していた若いロシア人学生パベル・ストロイロフが膨大な記録をコピーし、これを密かにロンドンに持ち出したために、すべてが明かされたのだ。ストロイロフはロンドンに移住し、一方、ロシア政府はその後、外国要人との会議記録をすべて非公開とした。

 この文書のなかに、横路議長が心に留めておくとよい話がある。文中のアタリ氏はミッテラン氏の特別補佐官である。

 旧ソ連文書によれば、ミッテランはドイツ再統一を阻むために、ソ連との軍事同盟さえ考えていた。「アタリは軍事統合を含めた本格的な露仏同盟復活の可能性さえ持ちだしたが、表向きは自然災害に対処するための陸軍共同使用としていた」。

 結局、ドイツ再統一に尽力したのは、その後改心したゴルバチョフ氏だった。彼に与えられたノーベル平和賞にはきちんと意味があった。

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2009.10.15

女性の気持ちが理解できない的な話

 2ちゃんねるを多少ブログっぽくしたような、読売新聞の小町板のような、はてなの匿名ブログに「妻の気持ちが理解できない」という話題が最近あった。妻の気持ちが理解できない夫の事例である。話者の夫はコミュニケーション上の解決策を求めたものだ。ざっと読んでみたが、こういう種類の問題は存外に難しいだろうと思った。難しさは、そもそも男性というのは女性の気持ちが理解できないからではないか。と考えてみて、さてそれもわからない。男性と女性で気持ちというのはそれほど違ったものでもないんじゃないか。ジェンダーとセックスの違いみたいなものではないかもしれない。と曖昧な枕を置いてみたものの、ブログのネタとしては女性の気持ちが理解できない的な話である。
 先日ニューズウィークで「The Pursuit of Sexual Happiness. Why Women Have Sex: New Research(性的幸福の追求。最新研究:なぜ女性はセックスするの?)」(参照)を読み、あれこれ考えていたことがあった。この手の話ってブログのネタ向きじゃね、とも思ったが、その後失念していた。日本版ニューズウィークの今週号を見ると「女がその気になるとき」という邦題で訳出されていた。読んでみてなんか、これ違う。なんだこれ。と結局、英文と付き合わせて読み直すことになった。日本版の冒頭から。


 ある25歳の女性に、童貞の男友達がいた。異性としての魅力は感じない相手だが、未経験であることには同情していた。だから彼女は彼の求めに応じ、セックスの手ほどきをしてやった。おかげで自信が付いて、「私って案外もてるんだって気がした」とか。

 ああ。25歳女子が同年くらいの童貞男子に同情したわけだ。で、やりましたと。結果はというと、そのおかげで自信がついた。となるのだから、文脈上からすると自信を得たのは男じゃね? そうではない。というあたりで、原文はそんな話だったか。

A 25-year-old woman has a friend who is a virgin. She's not physically attracted to him, nor does she want to be romantically involved. But she feels sorry for him, pities his inexperience. So she decides she will go home with her friend --- to show him how it's done. As she undresses, she feels powerful and sexy --- and that feeling (not the presence of her soon-to-be deflowered friend) turns her on. "It boosted my confidence to be the teacher in the situation and made me feel more desirable," the woman says.

童貞男子を友だちにもつ25歳女子の話。彼女は彼のボディに惹かれるわけではない。恋愛感情を持ちたいわけでもない。でも彼は気の毒だし、未経験というのもかわいそうだ。そこで彼を自宅に引き込み、つまり、ヤリ方を教えることにした。彼女から脱ぐと、自分が元気でセクシーになった気がした。その気分でけっこう燃えた(筆降ろしする男子に燃えたたわけじゃないけど)。彼女曰く、「こうした状況で男子に教える立場になることで自分に自信がついたし、自分ももっといい感じになれた。」


 それほど抄訳が違うわけでもないか。そういえば、defloweredなんて単語はこういう文脈で使うのか。
cover
Why Women Have Sex:
Understanding Sexual Motivations
from Adventure to Revenge
(And Everything in Between)
 話の枕でわかるように、女性はそれほど性的に好きでもない男性と性交することがある。まあ、あるんじゃないか。私も長年世間を観察しきて、さても面妖なとも思わない。では、女性にとって性交とは何よ? というのがテーマ。
 いや。テーマはけっこうどうでもいい。これがいったい何の範疇の話題なのかのほうが重要だ。簡単に言えば、ニューズウィークではこの話は、科学のお話なのだ。え? じゃないよ。
 社会学的な枠組みではない。一応心理学の枠組みになっている。ネタ元が心理学研究による新刊書「Why Women Have Sex: Understanding Sexual Motivations --- from Adventure to Revenge (And Everything in Between)(Cindy M. Meston, David M. Buss)」(参照)だからだ。だが、この問題に対する心理学的な説明というのは、どうすればそもそも科学的だと言えるのだろうか。そこがこのコラムの微妙な面白さになっている。ところが。
 日本版ニューズウィークの抄訳では、その肝心要の段落がずっこんと削除されていた。ここだ。女性の性行動の理由の多様性の例に触れた後。

Many of those complexities, say the authors, can be explained by human evolution: stealing a friend's lover (something 53 percent have done) can be viewed as an effort to win a partner with the most desirable genes; jealousy functions to alert a person to a threat; women who have sex out of a duty to please are "mate-guarding." And while the notion that sexual decisions are tethered to our caveman (or cavewoman) past has come under recent criticism, it seems just as reasonable that the myriad of female motivations could come from the flood of mixed messages we hear about how women are supposed to behave: enjoy sex but don't enjoy it too much, withhold it but don't be a prude, save it, flaunt it, be sexy but not a slut. No wonder things get complicated.

これらの複雑性の多くは、著者たちに言わせれば、人間進化から説明できる。つまり、こうだ。友だちの恋人を盗ること(やったことありは53%)は、最適な遺伝子を持ったパートナー獲得の努力と見られる。嫉妬というのは他者への脅しだ。男を喜ばせる義務感でない女性のセックスは男が盗られないようにするためである。性的決定を石器時代人類につなげる考え方は昨今批判にさらされているが、女性の動機の多くが、女性に求められる混乱した指令の洪水に由来するというのは、納得できないでもない。混乱というのは、耽溺せず性行動を楽しめとか、全てさらけださずに、威厳をもち、自制し、誇りを持てとか、セクシーであってもだらしないのはだめとか。まったくややこしいのも当然。


 結局、女性の性行動は進化心理学で説かれるという毎度のパターンになるし、それでしかたないんじゃないのというあたりを、ぬるくさまようことになる。
 こうした問題だが、つまり、「女がその気になるとき」とかいう問題だが、私は案外単なる差分化かつ多様化した権力のゲームにないんじゃないだろうかと疑問に思っている。それに性的な意味合いが付与され、さも生物学的な実体に帰着され、しかも進化心理学という疑わしい実体論的な思考に陥るのは、実際には、その社会が付与している性の権力的な配分が必然的にもたらす権力のゲームだからなんじゃないか。もっと言うと、その社会における財の配分に対する、十分な変動をもたらすためのゲームなのではないかなと疑っている。その意味では、財の文化制度における性の分担が、いわゆる性行動を上位において規定しているんじゃないだろうか。財のシステム差で性行動は変わるのではないか。
 ところでニューズウィークの、ネタ本解説的なコラムで、ほぉと面白いと思ったのは、進化心理学的な与太話ではなく、性的な行動における脳の役割という視点だった。もちろん、脳は、すべての行動において重要な役割をしているのは当然だが、そういう意味ではない。

 いや、男性の欲望が単純だというわけではない。07年の調査でメストンとバスは人がセックスをする理由を237項目に分類した。男性にとって1番の理由は「魅力」。「楽しい」や「好きだから」もトップ20に入った。しかし女性の場合は、興奮を駆り立てる上で主な役割を果たすのは脳だった。

 ここも重要なのに端折っているので原文だが。

But the brain is the primary driver of female arousal, which means we tend to overanalyze and dissect, to the point that our motivations, in many cases, have very little to do with simple physical desire.

しかし女性の興奮を一番駆り立てるのは脳である。つまり、女性の性行為の動機をあれこれ議論しすぎるきらいがあって、単なる身体的な欲望ではないとなりがちだ。


 つまり、あれだ。身体がはてぶのホットエントリーじゃないや、身体的に性的な欲動が起きるというのは、女性においては、そうでもないよというのだ。女性の性行動への動因は、身体的な欲動といったものではなく、脳の判断が引き起こすというのだ。
 問題はこの場合の、the brain(脳)が何を意味するかということになる。おそらく、状況の文脈判断なのだろう。おそらく、自我の下位意識において、諸価値の計算が行われていると想定してよいのだろう。というか、女性においては、性的な情動という文脈を形成する脳の働きが重要だということだろう。たぶん、これは男性における服従と非服従の瞬時の下位意識の計算と相補的な機能をなしているのではないかな。

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2009.10.12

どうやらあと20年くらい、地球温暖化は進みそうにない

 どうやらあと20年くらいは、地球温暖化は進展しなさそうだ。9日のBBC「What happened to global warming? (地球温暖化に何が起きたか?)」(参照)を読んでそう思った。率直に言うと、私としては科学的議論がどうたらということではない。そうではなく、日本で言えばNHKみたいな公共放送であるBBCが気候変動懐疑論者(Climate change sceptics)の話をそれなりに、おちょくりでもなく取り上げてきたのかと驚いたということだ。つまり、このあたりが一般向けの国際ジャーナリズム的な転機の潮時の合図なのかなと思ったのだった。


What happened to global warming?

 科学と非科学は厳密に区別ができると言う人々がいるが、私には、地球温暖化の是非について問われるとよくわからなくなる。そのあたりは以前、「極東ブログ:[書評]正しく知る地球温暖化(赤祖父俊一)」(参照)にも書いた。もっとも、これは科学対非科学というより、科学対科学の対立ということでもある。ただし、どっちにしても科学で真実が極まるというものでもなさそうだ。
 私としては、赤祖父先生の意見にけっこう説得されている面があるので、地球温暖化は科学的に見て正しいのか保留状態だが、それでも化石燃料に依存した現代文明のあり方は政治的に見て好ましいとは思えないので、まあ、地球温暖化は科学的真実というより宇宙船地球号の合意事項ということでいいんじゃないか、と納得している。日本の鳩山政権もがんばれと思っている。日本国民はみんな年間30万円以上の生活費をその阻止に当てると痛みを覚悟して鳩山さんを支持しているんだよ、と。
 BBCの報道だが、ありがちな気候変動懐疑論者のつまみ食いかなと読んでいくと、さらっと書いているわりに、おや、へぇと思うことが数点あった。ので、ちょっとブログのネタにいただこう。


This headline may come as a bit of a surprise, so too might that fact that the warmest year recorded globally was not in 2008 or 2007, but in 1998.

見出しにちょっとビックリした人もいるかもしれないが、記録が付けられてからこのかた、もっとも暑かった年はというと、2008年でも2007年でもなくて、1998年だったという事実も、ちょっとビックリ。

But it is true. For the last 11 years we have not observed any increase in global temperatures.

でも、本当なんですよ。過去11年間を振り返ると、地球の気温上昇は観察されていない。

And our climate models did not forecast it, even though man-made carbon dioxide, the gas thought to be responsible for warming our planet, has continued to rise.

しかも人類の気候モデルは予測に失敗している。地球温暖化の原因と見られる二酸化炭素を人類が排出しつづけているのに、予想できていない。

So what on Earth is going on?

地球に何が起きているんだ?

 ということで、まず、事実として、この10年間、地球の平均気温は上がっていない。気候変動懐疑論者にしてみると、温暖化の原因は太陽活動だから、それは太陽の問題でしょ、というわけだ。このあたりは、先に紹介した赤祖父先生もそうだった。
 しかし、こうした言明はミスリードとも言える。というのは、英国王立学会が二年前に行った調査では、太陽の要因は計算に含まれていて、そしてなおかつ、人類が排出する温暖化ガスによって地表気温が上昇していると結論しているからだ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)の学者さんもそのことはすでに考慮の上とのことだ。つまり、地球温暖化の問題を推進してきた学者さんたちにとって、この10年の「異状」はけして異状ではない。
 だが、現実として見ると、地球の温暖化はこの10年は進んでいないのも事実。なので、気候変動懐疑論者も徐々に勢いづいてきた。地球温暖化なんてないんじゃないの、というのが証明されれば、革命的じゃないか("If proved correct, this could revolutionise the whole subject.")。
 BBCの記事の前半はこのように太陽活動論による気候変動懐疑論者の議論の紹介だが、後半、海洋科学に移る。
 結論から言うと、どうも地球の気候変動に大きな影響を与える海の温度だが、これはそれ自体の30年ほどの周期的な特性をもっているらしい。


These cycles in the past have lasted for nearly 30 years.

過去の(海温)サイクルはだいたい30年続いた。

So could global temperatures follow? The global cooling from 1945 to 1977 coincided with one of these cold Pacific cycles.

それに地球の気温は追随するのか。1945年から1977年までの地球の寒冷化は、太平洋の寒冷サイクルの一つに一致する。

Professor Easterbrook says: "The PDO cool mode has replaced the warm mode in the Pacific Ocean, virtually assuring us of about 30 years of global cooling."

イーストブルック教授によれば、PDO(the Pacific decadal oscillation:太平洋の10年単位のサイクル変動)による寒冷化モデルは、太平洋の温暖化モデルに置き換わっている。実際、約30年では我々には確実だ、とのこと。

So what does it all mean? Climate change sceptics argue that this is evidence that they have been right all along.

何、それ? 気候変動懐疑論者の議論では、これもまた彼らが正しいことの証拠になる。


 もちろん、地球温暖化論では考慮済みの話ではあるらしい。まあ、そうこなくちゃ。とはいえ、向こう20年くらいは寒冷化が続くという予想は認めている。

To confuse the issue even further, last month Mojib Latif, a member of the IPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change) says that we may indeed be in a period of cooling worldwide temperatures that could last another 10-20 years.

話がややこしいのは、先月のことだが、IPCCのメンバーであるモジブ・レイティフ氏は、向こう10年から20年の間は、世界的に見て寒冷化の状態にあるだろうと述べた。


 温暖化論のIPCCにしてみると、この寒冷化の時代が終われば、その埋め合わせで温暖化ガスの効果が強化され、結局温暖化になるということらしい。
 それでも、ようするに、あと20年くらいは、地球は寒冷化するというのは、現状正しい認識として妥当なようだし、それは地球温暖化の議論とも、鳩山イニシアティブとも矛盾しない。
 でも、そうは言っても、ねえ。

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2009.10.11

ノーベル平和賞先輩キッシンジャーはオバマに戦争のやり方を指南した

 米国オバマ大統領が今年のノーベル平和賞を受賞した。理由はこういうことらしい。「The Nobel Peace Prize for 2009」(参照)より。


The Norwegian Nobel Committee has decided that the Nobel Peace Prize for 2009 is to be awarded to President Barack Obama for his extraordinary efforts to strengthen international diplomacy and cooperation between peoples. The Committee has attached special importance to Obama's vision of and work for a world without nuclear weapons.

 ノルウェーのノーベル賞委員会がバラク・オバマ大統領に2009年のノーベル平和賞を授与すると決めたのは、国際外交と国民間協調を強化しようとする、彼のとてつもない努力に報いるためである。ノーベル委員会は、オバマ氏の核兵器なき世界に向けた展望と作業に特段の重要性を与えたことになる。

Obama has as President created a new climate in international politics. Multilateral diplomacy has regained a central position, with emphasis on the role that the United Nations and other international institutions can play. Dialogue and negotiations are preferred as instruments for resolving even the most difficult international conflicts. The vision of a world free from nuclear arms has powerfully stimulated disarmament and arms control negotiations. Thanks to Obama's initiative, the USA is now playing a more constructive role in meeting the great climatic challenges the world is confronting. Democracy and human rights are to be strengthened.

オバマ氏は大統領として国際政治に新環境をもたらしてきた。多国間外交を中心に置き直し、国連やその他の国際機関がなしうる役割を強調してきた。最も困難な国際紛争への対応ですら、対話と交渉を使うことが優先された。核兵器なき世界という展望によって、軍縮と武器管理交渉を力強く喚起してきた。オバマ氏の指導力によって、米国は世界が直面している重大な気候変動協議においてより建設的な役割を現在果たしている。民主主義と人権は強化されることだろう。

Only very rarely has a person to the same extent as Obama captured the world's attention and given its people hope for a better future. His diplomacy is founded in the concept that those who are to lead the world must do so on the basis of values and attitudes that are shared by the majority of the world's population.

オバマ氏ほどに世界中の耳目を集め、よりよき未来へ人々の希望を与えてきた人はごくまれである。彼の外交が基づく考え方は、世界の大半の人々が同意できる価値と態度を基礎としている。

For 108 years, the Norwegian Nobel Committee has sought to stimulate precisely that international policy and those attitudes for which Obama is now the world's leading spokesman. The Committee endorses Obama's appeal that "Now is the time for all of us to take our share of responsibility for a global response to global challenges."

108年もの間、ノルウェーに在するノーベル賞委員会は、世界の先頭に立つ広報官としての国際外交と態度をきちんと励まそうと求めてきたものだったが、それが今のオバマ氏に当てはまる。「今こそ私たちみんなが世界が直面する課題に世界規模で対応する責務を分担する時代だ」という彼の主張にノーベル委員会は保証人となろう。


 ちょっと意訳したが、こんな感じ。
 私が見てきたNHKなどの報道では、オバマ大統領が核無き世界を主張したのが理由だという感じだったが、こうして正式な理由を読んでみると、どっちかというとオバマさんを出汁にして、北の国ノルウェーのノーベル賞委員会が平和を主張してみました、といった趣向であって、核兵器無きことが特段に強調されているというものでもなさそうだ。
 ということで、これはこれから、オバマの戦争(参照)ことアフガニスタン戦争に増派・注力を行う矢先のオバマ大統領にしてみると、褒められちゃって、け、け、ケツが痒いぜ、みたいな話にもなりそうだ。
 立派な理想は理想として、現実は現実。その現実のほうには、もっと現実的な示唆がオバマ大統領には必要となる。そこでノーベル平和賞者の先達でもあり、泥沼のベトナム戦争のケツ拭いた経験を持つキッシンジャー氏がケツの拭き方をニューズウィーク「Deployments and Diplomacy」(参照)でたれていた。正確にいうと、ご教訓は3日付けなのでノーベル平和賞前のことだが、日本の民主党も賛同しているアフガニスタンのISAFにも関係するのが、滋味豊か。

The request for additional forces by the U.S. commander in Afghanistan, Gen. Stanley McChrystal, poses cruel dilemmas for President Obama. If he refuses the recommendation and General McChrystal's argument that his forces are inadequate for the mission, Obama will be blamed for the dramatic consequences. If he accepts the recommendation, his opponents may come to describe it, at least in part, as Obama's war. If he compromises, he may fall between all stools --- too little to make progress, too much to still controversy. And he must make the choice on the basis of assessments he cannot prove when he makes them.

米国マクリスタル国際治安支援部隊(ISAF)司令官による増派の要請は、オバマ大統領を残酷なジレンマに陥れている。もし彼が、この要請と、任務のためには軍事力が十分ではないとするマクリスタル司令官の議論を断るなら、オバマ氏は劇的な結果(敗戦)によって責めを負うこととなろう。もし彼が要請を受け入れるなら、すでに囁かれてもいるが彼の敵対者は「オバマの戦争」と大書するかもしれない。もしどっち付かずの妥協をすれば、椅子と椅子の合間に転げ落ちるだろう。進展するには武力は足りず、議論を収めるには話題が多すぎる。つまり、オバマ大統領は証明できっこない推測で決断をしなければならないのだ。


 現実、そういう時期に来ていることは、キッシンジャー先達のお諭しがなくても、米国で議論が沸騰していることでもわかる。どうすべきなのか。

This is the inextricable anguish of the presidency, for which Obama is entitled to respect from every side of the debate. Full disclosure compels me to state at the beginning that I favor fulfilling the commander's request and a modification of the strategy. But I also hope that the debate ahead of us avoids the demoralizing trajectory that characterized the previous controversies in wars against adversaries using guerrilla tactics, especially Vietnam and Iraq.

この難問はオバマ氏が大統領として逃れることができない苦悩ではあるが、だからこそ議論の賛否の両者からの尊敬に値する。十分な情報を得た私としては、第一に、マクリスタル司令官の要請を受け入れるべきだと、またオバマ氏の従来の戦略を変更すべきだと申し上げたい。しかし、同時に、私たちの眼前の議論によって、間違った道に進むことがないようにも望みたい。間違った道とは、ベトナム戦争やイラク戦争で見られたゲリラ戦の逆境における過去の論争を特徴付けた事柄だ。


 ベトナム戦争のケツを拭いたことでノーベル平和賞を受賞した先達キッシンジャー氏としては、オバマ大統領に増派はすべきだが、オバマが大統領選時代に熱弁していた戦略に固執するのはよしたほうがよいとしている。そして米国民にも、ゲリラ戦と国民世論の問題を提起している。ベトナム戦争を思えば、オバマ大統領の敵対勢力は世論となるだろう。
 この先もいろいろとキッシンジャー氏の議論が進むのだが、私が理解したかぎりでは、現状は増派しかありえないとしても、それによってオバマ氏が望んでいた理想の状態にはならないだろうし、その間、世論で出口戦略としての撤退の議論が起きるだろうが、それもまた大きな問題を起こすだろう、としている。つまり、アフガン戦争はイラク戦争以上の長期戦になるという腰を据えるしかないだろうし、長期戦としての体制を取るしかないということだ。短期の決戦は無理だろうという意味でもある。
 それにしても、そこまで重要な戦争なのだろうか。ノーベル平和賞的な美辞麗句でさらりとオバマ流に解決できないものか。

A sudden reversal of American policy would fundamentally affect domestic stability in Pakistan by freeing the Qaeda forces along the Afghan border for even deeper incursions into Pakistan, threatening domestic chaos.

アメリカの軍事方針が突然転換するとなれば、パキスタンの安定に影響を与えることになるだろう。つまり、アフガニスタン国境に沿ってアルカイダの武力を解き放ち、パキスタン国内にさえ進行し、パキスタンを混乱に陥れるだろう。


 キッシンジャー氏は仄めかしているだけだが、ようするにパキスタンの核兵器がアルカイダに渡るという意味だ。
 当然、これはインドにも影響する。そして玉突きのように生じる可能性のある危機に対して、近隣国やヨーロッパが中立を決め込む場合は、オバマ氏は単独でも自国の安全保障問題として突破しなくてはならないだろうと示唆しているようだ。

If cooperation cannot be achieved, the United States may have no choice but to reconsider its options and to gear its role in Afghanistan to goals directly relevant to threats to American security. In that eventuality, it will do so not as an abdication but as a strategic judgment. But it is premature to reach such a conclusion on present evidence.

もし(国際)協調が達成されないなら、米国には選択の余地はない。自国ができる可能性を再考することになり、米国の安全補償への脅威に直接関連する目標に向けて、アフガニスタンでの任務遂行に政策転換することになる。そうなれば事実上、放棄としてではなく、戦略的な判断としてなされるだろう。しかし現状のところ、その結論を出すのは速すぎる。


 単独行動による勝利というより、一種の撤退と読んでもよいが、それでも単独行動を取れということではありそうだ。
 そうした文脈でもういちど、北の国ノルウェーの平和主張の裏にある欧州の本音みたいなものを想定すると、なんとも、大人のほろ苦さがある。

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