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2009.01.22

[書評]出社が楽しい経済学(吉本佳生, NHK「出社が楽しい経済学」制作班)

 この本、「出社が楽しい経済学(吉本佳生, NHK「出社が楽しい経済学」制作班)」(参照)なんだけど、この手の経済学をわかりやすく説明しますよ本の類型としても、よく出来ているんじゃないかと思う。

cover
出社が楽しい経済学
吉本佳生,NHK制作班
 ただ印象だけど、たぶん執筆者や編集側が想定しているよりこの本の内容はレベルが高いので、昨今の乱造的なビジネス向けの新書より読みづらいかもしれないなという感じもする。もう一ついうと、コンセプトの「出社が楽しい」を意識して、現実に応用できそうなノウハウにフォーカスしているので、経済学的な思考の応用にはなるのだけど、発想のコアの部分は逆に理解しづらいかもしれない。このあたりは微妙。
 で、エントリ起こしたのは書評的な話というよりも、この本、現在放送中の同番組のテキスト的な意味合いがあり、その番組はどうよ、なのだが、これが、よいです。ワタシ的にはかなりグーな番組。そして、いよいよ次回、1月24日(土曜日)23:00-23:29には「比較優位」がテーマになる。これ、高校生以上は知っておくべき常識だと思うし、そんなの当たり前じゃんという人も多いと思うが、感覚として身についていないで変なこと言っている人も多いのも事実だろうと思う。
 「比較優位」の重要性については同書でも。

 大学の教員として、学生さんたちに経済学を教えてきた吉本さん。ミクロ経済学、マクロ経済学、国債金融論……経済学も結構難しいことばかり。正直なところ、卒業していく学生たちがどこまで身につけているのか怪しい(はず)
 そんな中、吉本さんが学生たちに言うのがつぎの言葉。「社会に出てからも覚えておくきっと役に立つことが2つある。『実質金利』と『比較優位』だ。

 ということで、「比較優位」がテーマのこの番組だけでも見ておくとよいのでは。幸い、番組は一回ごとにテーマが終わるのでこの回だけ見ていても大丈夫だと思う。厳密にいうと、比較優位の理解には前回の機会費用の理解があるとよいのだけど、番組の作りとしては配慮しているはず。余談だけど、先日のカンゴロンゴに突然「取引コスト」が出てきたけど、あれで理解できた人いるんだろうか。
 まとめると、今週の土曜日のそれは、みとけ、しっとけ、なっとけ、みないもの。
 番組全体の情報は、「出社が楽しい経済学」(参照)にあり、次回「比較優位」については。

前編「ボクの生きる道」
 オフィスで落ち込む新人社員・小山内。
同じ新人でありながら、社長賞をとった優秀な同期と比べてのこと。全ての能力で同期にかなわない小山内、彼の生きる道はあるのか?

後編「万物は流転する」
 ライバル社がレストラン事業から撤退したとの知らせ。ライバル社の状態が悪いのかと思いきや、必ずしもそうではないという。さらに、不思議なことに、ずっと小さな弁当事業は継続。ライバル社の真意はどこに?


 これがわかると世の中の見方が確かに変わると思いますよ。
 番組で演じているのは、スーパーエキセントリックシアター(参照)で、野添義弘(参照)が好演、というか、彼、私より一歳年下か。なんか乾いた笑いが出そう。

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2009.01.21

オバマ大統領の就任演説を聞いて

 オバマ大統領の演説が日本でブームらしい。声はセクシーだし……ということではないらしい。希望がわいてくるといった類のようだ。よいことなんじゃないか。ということで、就任演説(参照)も人気がありそうだ。
 なんとなく、ふーんと聞き過ごすような英語だったけど、気になる部分をいざ試訳してみたら、意外にむずかしいので、つい他の人はどんな訳を充てているのか、ちょっと並べてみた。


What the cynics fail to understand is that the ground has shifted beneath them - that the stale political arguments that have consumed us for so long no longer apply. The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether it works - whether it helps families find jobs at a decent wage, care they can afford, a retirement that is dignified. Where the answer is yes, we intend to move forward. Where the answer is no, programs will end. And those of us who manage the public's dollars will be held to account - to spend wisely, reform bad habits, and do our business in the light of day - because only then can we restore the vital trust between a people and their government.

《finalvent訳》
冷笑家は、その寄り立つ地平が変化してきたことを理解できないでいる。過去費やしてきた不毛な政治談義はもう通用しない。我々が今日問うのは、我々の政府が強大か弱小かということではなく、それが機能しているかということだ。つまり、家族が適切な賃金を得る職業を見つけ、家計内で医療や介護が得られ、貶められることなく引退できるように支援することだ。可能なら我々は前進しようとするし、否定なら政策は行き詰まる。そして、公金を預かる者は、賢明に支出し、悪弊を正し、陽の差すところでその職務を遂行するよう、釈明義務を負い続ける。なぜなら、その時に限って、我々は、国民とその政府の間に不可欠な信託を復旧させることができるからだ。

《毎日新聞訳(参照)》
皮肉屋が理解できないのは、彼らの下で大地が動いたということだ。我々を余りに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されない。今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、威厳をもって引退できるよう助けているかどうかだ。
 答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。

《ダンコーガイ訳(参照)》
皮肉屋に理解出来ないのは、状況が根底から覆ったということです。我々にあまりに長い時間を無駄にすることを強いてきた、不毛な政治談義はもうないのだということを。政府が大き過ぎるか小さ過ぎるかはどうでもいいのです。重要なのは、それがうまくいくかどうかなのです。十分な仕事があるか。十分な給与が得られるか。十分な保証が手に入るか。それらを手助けしているか。答えがイエスなら、我々はさらに手を入れます。ノーならそこでおしまいです。そして我々のうち公金を預かる者たちは、賢くそれを使い、悪癖を改め、やるべきことをやる責任があります。我々だけが、国家と国民の間の信頼を取り戻すことが出来るのですから。

《朝日新聞訳(参照)》
 皮肉屋たちは、彼らの足元の地面が動いていることを知らない。つまり、これまで私たちを消耗させてきた陳腐な政争はもはや当てはまらない。私たちが今日問わなくてはならないことは、政府が大きすぎるか小さすぎるか、ではなく、それが機能するかどうかだ。まっとうな賃金の仕事や、支払い可能な医療・福祉、尊厳をもった隠退生活を各家庭が見つけられるよう政府が支援するのかどうかだ。答えがイエスならば、私たちは前に進もう。答えがノーならば、政策はそこで終わりだ。私たち公金を扱う者は、賢明に支出し、悪弊を改め、外から見える形で仕事をするという、説明責任を求められる。それによってようやく、政府と国民との不可欠な信頼関係を再建することができる。


 さらっと聴くとすらっとわかるようだけど、"care they can afford"とか訳すには微妙なところ。
 それにしても、いやはや、"because only then can we restore the vital trust between a people and their government. "の箇所は、こりゃ日本国憲法と照応しているわな、さすが日本国憲法は米国産だわなと思った(参照)。

Government is a sacred trust of the people,
 政府は国民による神聖な委託物(信用貸し付け)である。

the authority for which is derived from the people,
 その(政府の)権威は国民に由来する。

the powers of which are exercised by the representatives of the people,
 その権力は国民の代表によって行使される、

and the benefits of which are enjoyed by the people.
 だから、それで得られた利益は国民が喜んで受け取るものなのだ。


 国民と政府の関係というのは、trust、つまり信託ということ。
 で、と。
 なぜ就任演説のここに関心を持ったかというと、いやそこは、無理じゃね、と冷笑家の私などは思っているからだ。いや私だけでもない。ロバート・サミュエルソンも今週のニューズウィークのコラム”ベイビーブーマーという重荷”で触れていた。オリジナルの”Boomers Versus the Rest”(参照)は無料で読むことができる。

「子供たちのために○○しよう」……政治家が使う決まり文句のなかでも、これほど人々の心を動かす言葉はないだろう。子どもたちの将来の幸せのためにいま私たちが犠牲を払うべきだという言葉は道徳心に強く訴えかける。
 だからこそ多くの政治家がこの手の公約を掲げる。バラク・オバマも同じだ。「子供たちの未来を抵当に入れないために歳出を抑制すべきだ」と大統領選挙中、彼は繰り返し訴えた。1月15日のワシントン・ポストとのインタビューでも、彼は社会保障や医療保険の制度改革をあらためて公約した。
 だが悲しいかな、政治家が常に有言実行だとはかぎらない。
 オバマ政権下で、世代間の緊張や対立が起こるのは避けられない。

 Probably no political platitude is more invoked or more ignored than this: let's do it for the kids. Everyone recognizes the moral power of making sacrifices today for our children's well-being tomorrow. That's why most politicians embrace this promise, as Barack Obama has. "We know we have to get spending under control in Washington so that we're not mortgaging our children's future" was a favorite campaign line. Just last week, in an interview with The Washington Post, Obama again promised to overhaul "entitlements." But alas, politicians don't always practice what they preach.
 Generational tension, and maybe generational war, is an inevitable part of the Age of Obama.


 なぜ世代間対立が起こるかという理由は簡単で、高齢者が増えて若者が減るからだ、あー、もちろん米国の話だけどね。
 そして政治というは一般的に高齢者に有利になるものだ。

 だが高齢化社会では、若者より高齢者が政治的に優遇されるということは意外と認識されていない。アメリカ社会は今、未来ではなく過去に投資するというリスクを冒そうとしている。

What's less understood is that the political system favors the old over the young in this fateful transformation. We risk becoming a society that invests in its past.


 投資にはリスクはつきものだし、人はつい過去に投資するものだし。

 今後、若者達の稼ぎは高齢者に吸い取られることになる。

 What looms is a huge transfer of income from younger workers to older retirees.


 これも、もちろんアメリカ社会の近未来の予測ということに過ぎないが。
 そしてこの問題はどうなるのか、サミュエルソンに言わせると、オバマは矛盾するだろう、と。

 これまで子供にも高齢者にもいい顔をしてきたオバマは今、ジレンマに陥っている。選挙運動中、オバマは「子供たちの将来の未来のために……」と説く一方で、受給開始年齢の引き上げによって社会保障やメディケアにかかるコストを減らすという提案に反対した。つまり高齢者への公約の一部をほごにしないかぎり、子供たちへの公約を守ることはできないのだ。

Beyond reassuring speeches, Obama hasn't confronted the conflicts. He's been all things to all people. Rhetorically, he's for the children. But he's also for the elderly. In the campaign, he opposed proposals for reducing the future costs of Social Security and Medicare through higher eligibility ages and lower benefits. Obama is in a box of his own making; he cannot fulfill his promises to children without repudiating some promises to the elderly.


 とはいえ、それは高齢化するアメリカ社会のことだ。
 それに、希望の星、オバマ大統領なら、なんとかするのでしょう。
 冷笑家は歴史は繰り返すというし、二度目は喜劇だともいう。だが、私はちょっと冷笑家をやめて、歴史は繰り返さないかもしれない、という可能性も考えてみたい。

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2009.01.18

ポークビーンズ

 久しぶりにレシピというか。
 ポークビーンズは、英語だとPork and beans。キャンベル缶にもそう書いてあるし、英語のウィキペディア(参照)にもそうある。
 どのような食べ物かというと、ポークは豚肉、ビーンズは豆、なので、豚と豆を煮たもの、なのだが、実際にはトマトソースの豆煮込みみたいに見える。缶詰のなかのどこに肉があるんじゃ、とつい探したくなる。ヴァン・キャンプの缶でもそう。アオハタの缶のもある。というか、ポークビーンズというと缶詰のイメージが強い。
 似たものにチリビーンズというのがある。チリ、つまり唐辛子で辛くしてあるのだが、私がこれを知ったのは刑事コロンボの番組なのだが、どうもあのときコロンボが食べていたのは、チリコンカン。日本語のウィキペディア(参照)だと。


チリコンカーン(chili con carne、チリコンカン、チリコンカルネとも言う。通称"チリ"とも。)は、代表的なテクス・メクス料理のひとつ。メキシコに近いアメリカテキサス州が発祥とされる。

水に戻した豆(金時豆やエンドウマメなどを用いることが多い)を柔らかくなるまで煮て、そこに牛や豚の挽肉、タマネギ、トマト、チリパウダーなどを加えて煮込んだ煮込み料理。シチューの一種とされることもある。

豆ありをチリビーンズ、豆なしを単にチリと呼ぶ場合もあるが、厳密に定義されているわけではない。豆なしのものはホットドッグにかけてチリ・ドッグとしたり、トルティーヤで挟んでタコスとして食べることがある。


 ということで、豆なしもあって、それを「チリ」と呼ぶらしい。とすると、コロンボが豆なしでもいいよみたいなことを言っていたのと辻褄が合う。
 英語のほうではこう(参照)。

Chili con carne (often known simply as chili) is a spicy stew made from chili peppers, meat, garlic, onions, and cumin. Traditional chili is made with chopped or ground beef.

 ということで豆は強調されていない。チリだけだと、豆は重要ではない。そして、とすると、チリビーンとポークビーンの一番の違いは辛みだろうか。
 ところで、チリビーンズを私が初めて食べたのは、ウエンディーズだった。今サイトを見ると「チリ」と書いてある。最初に食べたのは大学生のときだと記憶しているのでそのあたりも調べてみると、ウェンディーズの日本創業は1980年の銀座ということなので、記憶違いでもなさそうだ。最近はウェンディーズに行ってないのでわからないがあのころは、ハンバーグもそうだたけど注文がめんどくさくて、チリビーンでもオニオンやチーズがチョイスできた。で、それがけっこう私の好物になっていた。
 さらに沖縄暮らしではよく缶入りのポークビーンズやチリビーンズを食べた。米人のBBQでチリビーンズをステーキソースにしていて、あれはうまかったなぁという記憶もある。ベイクトビーンズ(参照)の発想なのだろう。
 さて、ポークビーンズの作り方なのだが、よくわからない。もちろん、ネットにはいろいろレシピがある。英語でもあるのだけど、よくわからない。どうも御馳走にしたり、缶から作ったりとかで、どうもシンプルではない。
 さきのチリコンカンの日本版ウィキペディアでは「金時豆やエンドウマメなどを用いることが多い」とある。そうか? 英語ウィキペディアのポークビーンズの説明ではレシピ関連で豆についてこうある。

The recipe for typical American canned pork and beans varies considerably, but generally consists of navy beans stewed with pork or rendered pork fat.

 navy beansですか、それってとリンクがあって見ると、Common bean(参照)に飛び、ようするにインゲン豆だ。まあ、スペイン料理とか考えるとそれもわからないではないのだけど、大豆でいいんじゃないのかな。
 作り方のほうはトマトソースなのだけど。

At present, pork and beans is usually also stewed with tomatoes, but this is a 19th century development.

 原形はかならずしもトマト煮ではなかったようだ。その他、いろいろ調べてみてもよくわからない。なんか歴史に関係しているので専門書がありそうだが。
cover
スロークッカー
 というわけで、ほいじゃ、私が推測して作ってみよう。当然ながら、当ブログでのレシピにありがちで、野蛮で原形的で簡単で、そしてまじうまいやつということで。
 必要な調理機材はスロークッカー(1万円はしないです)。二人前か三人前というか、二食分というか。

材料


  • 大豆(乾燥したもの) 150g (300g単位でよく売っているやつ)
  • 豚肉 100g~200g (部位はなんでもいい。脂肪が多いほうがよさげ)
  • ケチャップ 200g~250g (500gのがあればその半分くらい)
  • コンソメ 適量 (マギーだと1キューブくらい)
  • 水  3カップ
  • あく取り紙 (100円ショップとかに売ってる)

作り方

  1. 大豆をさっと水で洗って水を切る
  2. スロークッカーに材料を全部入れかきまぜる
  3. あく取り紙を乗せる
  4. LOWにして8時間煮る

cover
スロークッカーでつくる
はじめてレシピ
材料を入れたら鍋におまかせ!
 そんだけです。豆も肉も軟らかく煮えて、ワタシ的にはかなりうまいです。
 しいていうと、煮た後、一旦切って冷まして煮直すと味がしみてもっとうまい。
 8時間煮るってどんだけと思う人がいるかもしれないけど、これ、寝る前にがしょっとやっておけば、朝に出来ているということ。

Q & A
 乾燥した大豆を戻しておく必要がないのか? それが、ないですね。
 味付けはそれだけでいいのか? いやこれで十分。
 豚肉は炒めておくとかしないの? ご自由に。

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追記
 インゲン豆の系統はスロークッカーの弱が80℃だと毒性が残る可能性があり、100℃の10分の継続過熱が必要になります。
 ⇒厚生労働省:白インゲン豆の摂取による健康被害事例について(参照
 ⇒Disadvantages : Slow cooker - Wikipedia, the free encyclopedia(参照
 ⇒Slow cooking red kidney beans : Cooking safely with slow cookers and crock pots(参照

追記
 レシピを改良しました。

材料


  • 大豆(乾燥したもの) 150g (300g単位でよく売っているやつ)
  • 豚肉 100g~200g (部位はなんでもいい。脂肪が多いほうがよさげ)
  • 砂糖 大さじ2
  • 水  3カップ
  • あく取り紙 (100円ショップとかに売ってる)
  • ケチャップ 100g~220g (適量で)
  • コンソメ 適量 (マギーだと1キューブくらい)

作り方

  1. 豚肉を軽く焦げ目がつく程度に炒める。
  2. 大豆をさっと水で洗って水を切る
  3. 水3カップに砂糖大さじ2と大豆150gをスロークッカーに入れかきまぜる
  4. あく取り紙を乗せる
  5. LOWにして6時間煮る
  6. 水気を調節し(多すぎたら少し減らす)、ケチャップとコンソメを入れて別鍋で3分くらい煮る

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