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2009.08.29

米人元民主党立法スタッフのすばらしきご助言

 明日の衆院選挙でたぶん民主党が圧勝するのだろう。自民党にはジンプーもなく怪文書の甲斐もなく命運尽きたか。あるいは単に安倍総理から続く今年の総理だとすると、11年度はあれだ、姫たちの戦国。いや新興宗教に借りを作るのはちとまずかったのではないかな。
 渦中、西欧仕込みの鳩山代表の「友愛」(参照)が西欧社会に愉快な反応(参照)を広げているようだが、その類で日本観察ブログ(Observing Japan)のトバイアス・ハリス(Tobias Harris)さんの「Hatoyama in the New York Times(ニューヨークタイムズ紙での鳩山)」(参照)の指摘も面白かった。鳩山代表が米国オバマ大領と膝詰め談判すれば普天間基地問題や核持ち込み問題もなんとかなると思っているという文脈で。


Does the DPJ not realize how much it has lucked out in the transition from the Bush administration to the Obama administration? The latter has exhibited an openness to the possibility of a DPJ government and not overreacted at, say, Ozawa Ichiro's remarks on the US military presence even as most of the Japan policy community piled on Ozawa for his alleged anti-Americanism.

日本民主党は、米国ブッシュ政権(共和党)からオバマ政権(民主党)の移行期で運がよかったことをわかってないんじゃないか。後者(オバマ政権)は民主党政権誕生の可能性に対して寛大さを示していて、在日米軍基地についての小沢一郎の発言とかいったものに、過剰反応はしてこなかった。反米主義を抱いている疑いありとして、対日政策立案者の大方の耳目が小沢に集まったにもかかわらずだ。

Does the DPJ not realize just how skeptical many Americans are of the DPJ, and that there is a difference between being Washington's lackey and showing a degree of courtesy by, say, not having the party leader's incoherent opinions about "fraternity" and US-led globalization splashed across the pages of the New York Times?

日本民主党は、多数の米国人が同党にどれほど懐疑的なのかを理解していないし、米政府におべっかを使うことと、所定の儀礼を示すことの違いもわかっていない。つまり、一党の指導者たるものは、ニューヨークタイムズ紙に支離滅裂な「友愛」だの米国主導のグローバリズムなどと書き散らすものではないのだ。


 失言レベルでいうと、どうでもいいような「金がねぇで結婚はしねぇ方がいい」騒ぎと比べものにならないところが、鳩山代表のぶっ飛び度でもあるのだろうが、幸い日本のジャーナリズムのレベルではあまりひっかからない。
 米人の本音っぽいのでもうちょっとこの先を続けると。

Earlier this week I suggested that the DPJ's leaders should not talk so much about a sensitive matter like the alliance before the party actually takes power and forms a government. This episode, I think, qualifies as talking too much.

今週の頭に、私は民主党の指導者達に、政権獲得・政府設立前なのだから、日米同盟といった微妙な話はするなと助言した。この話も、思うに、しゃべりすぎと言えるだろう。

I hope that someone senior in the DPJ will be meeting as soon as possible with newly arrived Ambassador John Roos to put Hatoyama's remarks in proper context.

鳩山の発言が適切な文脈に乗るよう、日本民主党幹部は、できるだけ早急に新任のジョン・ルース大使に面会することを望む。

Meanwhile, I am no less convinced that Hatoyama as prime minister will be the single greatest weakness of a DPJ government.

この間、私は、首相としての鳩山は民主党政権の最大の弱点なのではないかと確信を深めた。


 失念した失言多すぎ鳩山代表という以前に、本質的な失言マンなんじゃないか、やばいぞこれということだが、でも、特にビックリしないだろう、日本人なら。それでも、鳩山首相を望んでいるんだから、日本人の雅量と言うべき。
 ところで、ハリスさんの口調だが、どうも上から目線を感じる。なんでそんなに日本の民主党にでかい面、じゃないや、助言したりするのだろうか。っていうか、助言通りに、民主党幹部はあまりしゃべらなくなっているわけだが。
 その答えは、いや既知の人もいるだろうけど、彼は元民主党立法スタッフ(former DPJ legislative staffer)でもあったからだ。ブログ以外にウォールストリート・ジャーナルにも、民主党政権について寄稿している。ナオミ・フィンク(Naomi Fink)氏と共同執筆の「The DPJ's Domestic Challenge(日本民主党の内政課題)」(参照)がそれだ。
 話は、日本人はさすがに自民党政治に飽きたよね、と切り出され、さて今後の民主党政権だが、自民党への反発が過ぎれば、重要なのは経済政策だよね、と始まり、経済成長だよねと展開していく。えっ? 民主党に経済成長の政策なんてあるのか? いやそこはハリスさんたちもわかってないわけではない。

Despite its ideological commitment to reducing waste and raising the effectiveness of the cabinet, the party's greatest weakness - acknowledged by some party members - is the lack of a credible economic and fiscal-policy program that marries short-term stimulus programs with a medium-term vision for Japanese capitalism. At times it seems that party leaders treat "growth" as a dirty word.

民主党がそのイデオロギーの手前、無駄を減らし、行政の効率を上げると言うにもかかわらず、その最大の弱点は、民主党員も理解している人はいるのだが、信頼できる経済・財政政策の不在だ。短期的な経済刺激策も中期的な日本資本主義の展望もない。折りに触れて、民主党の指導者達は、「成長」を禁止用語にしている。


 他にも無駄な公共事業を止める("So far, the only concrete cut the DPJ has specified has been the cancellation of some public works projects.")というくらいなものだ。
 そこで、日本民主党の法律立案助言者として、繰り出す政策が面白い。最初が、企業課税。

Instead of a consumption tax, the DPJ could offer a plan to broaden the corporate tax base. According to the OECD, only half of large Japanese corporations pay taxes, and only one-third of Japanese firms overall. Widening the tax base while at the same time lowering the tax rate would leave the government less exposed to the business cycles of large companies.

消費税の代わりに、民主党が立案できるのは、企業課税の拡張である。OECDによると、日本の大企業の半数は税金を払っていない。払っているのは、全体の三分の一に留まる。企業課税範囲を広め同時に課税標準を下げるなら、政府は大企業の景気循環に晒されないですむ。


 昨日の「極東ブログ:「日本よ、キリギリスになれ」の前提がわからない」(参照)のタスカ氏と似たような発想なわけだ。とはいえ、日本企業の現状を知る日本人としてはちょっと、言葉に詰まるものがあるが、入れ知恵された民主党はどう出てくるだろう。
 この先が傑作。

Perhaps most importantly, the DPJ should continue with broader-based reforms. One specific way would be to reverse plans to delay the privatization of Japan Post, currently set for an initial public offering in 2010.

たぶん一番重要なのは、広範囲な改革を継続することだ。特定事例では、2010年に初回の新規株式公開が行われる予定の日本郵政の民営化だが、その遅滞案を変更することだ。

The benefits of privatization would run far beyond the initial influx of cash to the government's balance sheet provided by the public offering.

民営化の利益は、政府のバランスシートに入る公募の初期流入金を越えるだろう。

These include greater tax revenues from a profitable private entity, anti-deflationary support for asset markets (as happened with the NTT and Japan Rail privatizations in the 1980s), and the ensuing boost to household investment income.

これには、利益の上がる民間企業からの税収の増加や、1980年代の電電公社や国鉄売却と同様の資産市場へのデフレ阻止支援、さらには、家計部門の投資収入の増加が含まれる。

Moreover, more competitive postal savings and insurance companies could spur greater competition in the wider financial sector, creating opportunities for private-sector asset managers.

さらに、広範な経済分野で、郵貯や簡保に競合する企業が競争し、民間部門の資産管理者の機会を創出するだろう。


 面白い。民主党政権で、いけいけ、小泉改革! ってか。

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2009.08.27

「日本よ、キリギリスになれ」の前提がわからない

 ピーター・タスカさんの時事コラムは共感して読むことが多いのだが、日本版ニューズウィーク9・2に掲載された「日本よ、キリギリスになれ」は、奇妙な違和感が残った。タスカさんってこういう考えの人だったっけ。
 標題の「日本よ、キリギリスになれ」は、イソップ寓話の「アリとキリギリス」の連想から、アリ型貯蓄志向の日本とドイツに、キリギリス型消費志向のアメリカやイギリスを対比させ、現下の世界的景気後退では、キリギリス型の消費志向が望ましく、アリ型貯蓄志向の日本とドイツは経済的なダメージを受けるという話だ。リードも「いま必要なのは『アリ型』を捨てる新たな国家戦略だ」となっている。英語の標題は「The Penalty for Saving (貯蓄の罰)」とより直裁だ。
 日本経済の活性に必要なのは、内需だ、というよくある話なのだが、これが民主党政権への期待に結びつけられている展開になって、え?と驚いた。タスカさん、民主党に経済発展の期待をしていたの?、まさか、いつもの悪いジョークでしょ? と思ったが、そうでもない。けっこうマジっぽい。
 そんなことあるんだろうか。民主党政権だよ。現状公開されている公約を見ても、重税で日本経済ボロボロにするとしか想定できないのだが……いやいや、そういうときこそ、多様な意見を聞くべきだな。
 とはいえ、民主党政権のバラマキによって内需が喚起させられるというベタな展開はないよね、と思って読み進めると、ベタ。


 民主党は出生率を上げるために子供1人当たり月額2万6000円の手当を支給する公約を発表した(フランスではこうした政策が功を奏し出生率の高さはヨーロッパで1位になった)。これは良案だ。長期的には高齢化が住宅価格と一般的な経済的信頼感の行方に悪影響を及ぼしているからだ。

 私もこの民主党のバラマキ案には賛成だが、それほどには出生率の向上にはつながらないだろうと思う。平均的な収入の若者夫婦を想定し、30万円づつ年収で区切って見て、その区切りに子供の数が対応する、とまでシンプルな話ではないにせよ、30万円ほど収入アップしても子供の数には大した影響はないだろう。
 それに、「金がねぇで結婚はしねぇ方がいい」を一生懸命批判する人たちだったとて、バイト同士で結婚して子供ができて夫婦合わせて年収400万円なんとかという場合、民主党政権下では国民年金だけで年間60万円しょっぴかれるんだよ。収入アップじゃなくて、逆になるとしか思えないのだが。
 という以前に、少子化のネックはカネの問題というよりも、ネックになっているのは、育児補助全体の体制の不備だろうと思うが。あと、「高齢化が住宅価格と一般的な経済的信頼感の行方に悪影響」というのと、子供手当の関係はよくわからない。
 どうしちゃったんだろ、タスカさん、というのが率直な気持ちなのだが、民主党への期待を述べたところで唸ってしまった。結論からいうと、正しい期待だと思うのだけど。

 次期政権の課題は多い。まず日本銀行を味方に付けてインフレ目標を設定し、金融緩和を行わなければならない。

 いやまったくそう思う。そう目立ったインタゲなくてもいい、2%でいいんじゃないかとリフレ派でもない私は控え目に思うのだが、その政策を掲げる政党が皆無。ラーメン食いたいのにイタリアンレストランのテーブルに座らされている感じだ。どうでもいいよ、この衆院選挙という感じをぐっと抑えるのだけど、タスカさん、それが可能だと思っているのだろうか。
 あるいは、マイルドインタゲの意識を持つ市民が根気よく民主党に問い掛けるべきだろうか。それは、もう、あれ、日銀総裁選びの民主党の振る舞いといった過去の話はすっかり水に流して……。
 もう一点も賛成なのだが。

また2%未満の国債利回りが長年示してきた事実、つまり財政赤字は民間貯蓄で相殺されるから問題にはならないという点を国民に訴えるべきだ。

 そう思う。ただ、ちょっと懸念もあるにはある。でも、大筋でそう思う。ところが、この話、民主党鳩山代表はまるでわかってないようなのだ。日経新聞「民主・鳩山氏、新規国債「増やさない」」(参照)で、民主党政権では、補正予算を含めて44兆円超に膨らんだ新規国債発行額を、今年度より削減するらしい。ダメだよ、全然、お話にならない。せめてリーマンショック以降、麻生総理が持ちこたえて財政政策して、政権交代ギャンブルもいいかな、なんてようやく暢気なことが言えるご時世になったというのに。
 なんくせ付けているみたいだが、一番考えこんだのは、でもそんな話ではなかった。こんな話だ。民主党政権に対して。

 税負担の比重を不況の一番の犠牲者である一般家庭から企業に移し、信頼性の高いセーフティーネットを用意して国民の生活不安に対応する仕事も待っている。

 セーフティーネットはそうだと思うが、企業にもっと課税しろという主張はどうなんだろ。いや欧州と比較するとそうかもしれないとわからないでもないし、どっかの本物の野党も永遠に主張しそうなことなんだが、これは現下の日本で正論なんだろうか。もちろん、中小企業ではないだろう。日本の大企業について、もっと課税すべきということなんだろうか。
 と、エントリ書いてみると当初の思惑とは違い、タスカさんのこの意見でもよいのかも知れないなという気になってきたので、おしまい。

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2009.08.26

民主党政権で国民年金の支払いは月額5万円か

 今日になって気がついたのだが、2ちゃんねるのスレッドをコピペした「民主党の財源がわかったよー\(^o^)/」(参照)が話題になっていた。話の切り出しは「民主党、マニフェストの「年金改革」は政権取った4年後に…職業に関係なく、全ての人が収入の15%を納付する形」ということで、典型的な反応としてはこんなのがある。


31 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/08/25(火) 12:20:07 ID:q5sl53LR0
年収400万の人だと、年60万
ボーナス無しで月5万円の負担

現行だと、月に5万も払う人は最高等級の620とかだよな
日本終わったwww


 そう言われるときついなという感覚はある。私も迂闊にも、あれ?と思ったことがあった。「極東ブログ:フィナンシャルタイムズ紙の民主党政権観」(参照)で「バカヤロー経済学」(参照)に言及し、「イメージとしては現状の社会保険料が二倍弱くらいになるということかと思う。払わない人が多いと言われている国民年金だと月額3万円くらいになるのではないか」と書いたが、二倍じゃなくて三倍の月額5万円のようだ。
 もっとも民主党案では年収比によるので、年収400万円だと月額5万円ということで、年収600万円だと月額7万5000円にアップする。年収300万円や200万円だとどうだろうか、という以前にそのラインになるとけっこう貧困層に近くなり、そのあたりでようやく現状の倍くらいか。重税感というより現状の国民年金の納付にすら問題があるのに可能なんだろうか、現実離れしているような感じが改めてした。
 2ちゃんねるの話題の元は共同「民主、13年通常国会で年金改革 政権獲得後へ方針」(参照)らしい。

 民主党は現行制度を抜本的に改め、職業に関係なくすべての人が同じ制度に加入する「一元化」を目指す。収入の15%の保険料を納付し、将来はそれに見合った額を受給する「所得比例年金」に「最低保障年金」を組み合わせる構想だ。

 この話は今になって出てきたものではない。が、マニフェストに明記されていたわけでもなかった。

 民主党は20日、衆院選で政権獲得した場合にはマニフェスト(政権公約)で掲げた公的年金制度改革を実行するため、2013年の通常国会に関連法案を提出し、成立を図る方向で調整に入った。改革に先立ち11年度までは年金記録問題の解決へ向けた対応を優先。新制度への移行は14年度以降となる。改革案の柱は消費税を財源とする月7万円の「最低保障年金」創設で、法案提出までに消費税率引き上げの論議が起こることは必至だ。

 実際のところこの新制度が始まるのは14年以降ということなので、そのころまで民主党政権が続くのか、率直にいうと疑問でもあるが、逆にいえばうまく国民を説得するための期間ということでもあるのだろう。また制度としての移行には40年くらいかかるから、少子化で日本の人口や国力が現在の半分くらいに縮退してのことでもあるだろう。
 話を話題のスレッドに戻すと、こんな疑問があった。

270 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2009/08/25(火) 12:37:38 ID:XkupdSTwO
恥ずかしい話だが、現在基本給16万。
今は厚生年金等を払って手取り14万だが、この話が通るといくらになるんだ?
教えてエロい人。

 実際にどうなるのかわからないが、民主党案で「一元化」するといっても、企業労働者の場合は労使折半があり、半分は企業が負担する。そのポジションからすると、民主党案の15%はむしろ緩和になる。つまり15%は現行の厚生年金とほぼ同で、むしろ現行ママだと厚生年金の保険料は将来的に18%にまで上がる予定なので、企業労働者というかサラリーマンにとっては民主党案のほうが負担が少ない。
 問題は、一応前提にされている「労使折半」なのだが、疑問がないわけでもない。先サイトのコメントより、ちと長いが。

 現行でも厚生年金の保険料率は実質14%弱、最終的には18%程度まで引き上げられるが労使折半により労働者の負担はこの半分である。
 民主のまにへすとには同一収入同一負担とあるから現在約1万5000円一律負担の国民年金が跳ね上がるのは間違いないなく自営業者にとってはかなりの負担になるだろう、それに前述の厚生年金の労使折半部分が不明のまなである。
 ともすれば企業側の支持を得るため事業主側の保険負担を解消し労働者の源泉より回収することもありえる話だ。
 社保庁と国税庁の統合でコストダウンと従来の税金と保険料の一律徴収により納付率100%を目指すそうだが、日本年金機構への移管が進められている最中の制度変更による無駄な出費と自治労のいいなりである民主にコストカットを期待する方が無理というもの。
 それに加え一円も税金を納めてないホームレスや年金支払いを拒否している在日も65歳になった途端に7~8万+αの現金が貰えるようにになるのも不公平感は拭えない。
 民主の候補者を見かけたら年金保険料の負担増の可能性について質問するのもいいかも、多分答えられないから。
        No.70936 | 2009-08-25 19:49

 労使折半自体はあるだろうから、サラリーマンにはさして関係ない話と言えるかなのだが、この先、私がよくわかってないのだが、民主党の「一元化」は、現行の世帯ベースではなく、個人ベースになるはずというのが気になる。つまり、専業主婦の場合、原理的には旦那の収入は夫婦で稼いだことになるので、夫婦二人分を支払うことになるのだが、そうなると企業としては専業主婦分の労使折半もするのだろうか。
 なんだかとてつもなく基本的なところで私は民主党案を理解していないようにも思うが、夫婦を別々の個人として扱う民主党案の基本からすれば、いずれにせよ専業主婦分の支払いが可視化されるはずだが、どうなのだろう。企業にそれだけ家庭を保護するほどのインセンティブが与えられるのだろうか。
 ついでにいうと、専業主婦分も労使折半の対象になると、失職して国民年金に移った場合の納付額の変化はかなりきついのはずだ。というかこのあたり、労使折半をやめてその分、賃金を上げてということはないのだろうか。まあ、わからんな。
 関連して民主党案の他面である最低保障年金だが、2007年の参院選では所得が1200万円を上限として600万円から減額するとのことだったが、現状の民主党案では不明になってきた。よくわからないのだが、消費税を年金に充てるというとき、その徴収の再配分の対象になる人々はかなり低所得者になるのだろう。年金の名を借りた、再配分制度だろう。
 リバタリアン的に考えると、年金はすべて任意で民営化し、国は生活保障を厚くすればよい。民主党案の最低保障年金はその保障に近いように見える、というか、これって年金の問題というより、実質は税の問題なんだろう……が、ふと思い出したが、最低保障年金は、所得比例年金の保険料未納者には支給しない方針らしいので、やはり税とは違うのだろう。

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2009.08.24

フィナンシャルタイムズ曰く、こりゃギャンブル

 海外紙だからだろうか、フィナンシャルタイムズはけっこう辛辣に日本の政党の評価をすることがある。的が外れていることもあるが、外れていても、はっきり言ってくれるほうがわかりやすいものだ。日本の新聞はというと、それはちょっとどうかなという世論調査とか、それって煽ってないかなみたいな記事を掲載するわりには、中立が建前なのか、選挙に際しては政党の評価はついどっちもどっちみたいなオチになりがち。たぶん、本当のオチについては空気を読めということなんだろう。
 23日付けフィナンシャルタイムズ社説「Japan’s voters should take a risk」(参照)は、今回の政権交代選挙に至る日本の戦後政治史をごく簡素にまとめ、では今後の民主党政権はどうかと問うていくのだが、前提は、日本は少し変化というものがあっていいだろうというものだ。外から見ているとそんな印象を持つのだろう。


Japan needs a shake up. It has become too risk averse. Its politicians lack fresh ideas about how to re-energise the economy, deal with an ageing society, better tap the talent of women, and how to navigate a world in which China is rising but Japan’s debts and passive constitution limit its diplomatic options.

日本は旋風が必要だ。リスク回避の姿勢でいすぎた。日本の政治家は、経済の再活性、高齢化社会の対応、女性職能の活用について斬新な発想が欠落している。借金と他人任せの憲法で外交選択が限定されるなか、中国が台頭する世界と交渉する斬新な発想も欠落している。


 はいはい、ご説ごもっともであります、サー。
 では、鳩山民主党政権はどうかというと、ずばり、ダメ。

Does Yukio Hatoyama’s DPJ have all the answers? In truth, no.

鳩山由紀夫の民主党は日本の問題に解答を持ち合わせているか。正解は、ねーよ。


 なぜ民主党がダメなのか。

The opposition party, a mishmash of LDP defectors, socialists and technocrats, has been pretty woolly.

この野党はというと、自民党脱党者と社会主義者と実務官僚上がりの寄せ集めで、とても雑然としている。

On foreign policy, it has vacillated badly, unnerving Washington.

外交政策について言えば、手ひどく動揺してきたので、米国政府が狼狽している。

On the economy, it is promising lots of spending (not too long ago it was the party of fiscal rectitude) without demonstrating convincingly where the cash will come from.

経済政策について言えば、少し前までは清貧な政党であったのに、過大な支出を公約している。一体全体そのカネはどこから出てくるのかきちんと説明もしていない。

It has good instincts on making the bureaucracy more accountable, releasing pent-up consumer spending and addressing problems in the labour market. But some of its proposals smack of old-style LDP intervention and subsidies, aimed more at securing voter loyalty than economic efficiency.

民主党は官僚に責任を持たせるセンスはあり、鬱屈した消費者の支出を促し、労働問題にも取り組んでいる。とはいえその提案は多分に、昔ながらの自民党風の政策や補助であり、経済の活性化というより、得票を狙ったものだ。


 じゃあ、どうしろと。
 そこで、英国風に教えてくださるのが、ギャンブル。

Some vagueness and empty promises are inevitable in an opposition whose first priority is to get elected. Power could yet distil its thinking.

政権を奪取を最優先する野党なら、公約が曖昧だったり空疎であってもしかたがない。権力さえ獲得すれば思いもまとまるだろう。

Japan’s risk-averse voters, who have closed their eyes and returned the venerable LDP to office time and again, should for once kick their conservative habits.

日本の危機回避を願う投票者は、これまで多少のことには目をつぶり何度も自民党に政権を任せてきたが、ここは一発、因襲を蹴っ飛ばしてはどうかな。

This time, they should take a gamble.

今回ばかりは、ギャンブル、やってみ。


 で、いいのか?
 と思うが、今となってはそれ以外に何か?
 昨日のニュースだったか、鳩山民主党代表はこのギャンブルを楽しめるようにアナウンスしていた。日経新聞「民主・鳩山氏、新規国債「増やさない」」(参照)より。

 民主党の鳩山由紀夫代表は23日のテレビ朝日番組で、2010年度の国債発行額に関し「増やさない。増やしたら国家が持たない」と述べた。衆院選後に政権を獲得した場合、補正予算を含めて44兆円超に膨らんだ新規国債発行額を、今年度より削減する考えを示した発言だ。

 各国が財政政策を活かすよう協調しているさなか、さすがな政策というか。これを聞いて、麻生政権成立時に麻生さんが政権投げ出さないでよかったと思った。いや、もう、そういう心配しなくても、いいんだ。ギャンブル!

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2009.08.23

[書評]Shall we ダンス?(周防正行)

 先日NHK「ワンダー×ワンダー」という枠だったと思うが、「シャル・ウィ・“ラスト” ダンス?」という番組を見た。バレリーナの草刈民代さんの最終引退公演「エスプリ~ローラン・プティの世界~」までのドキュメンタリーという仕立てで、それを見守る夫の周防正行さんもよく描かれていた。そういえば、二人の馴れ初めともなった1996年(平成8年)の映画「Shall We ダンス?」(参照)を見過ごしていたと思い出し、この機に見ることにした。私が沖縄に出奔した翌々年のことだ。その前には私は池袋駅の圏内に住んでいたこともあり、映画に出てくる江古田あたりのあの時代の風景が妙に懐かしかった。

cover
Shall We ダンス?
 話は、さえない会社の経理畑の42歳サラリーマン杉山正平が、通勤電車の窓からたまたま見かけた、ダンス教室の窓に佇む美女岸川舞に、心を奪われ、彼女に接近するためにダンス教室通いとなり、次第に社交ダンスにのめりこんでいく物語である。杉山は、ローンで郊外にマイホームを購入したばかり。家庭的な妻と中学生になった娘が一人。幸せで凡庸な中年サラリーマンなのに、非日常的ともいえるダンスと若い女性への思いに巻き込まれていく。そこで知り合う人々や妻の疑念などもコミカルに描かれている。
 中年男の内面の危機の物語と見ることもできるし、中年女性からも同様に思える部分があるだろう。普通の中年夫婦の愛情の危機とも取れないことはない。別段難しい映画ではないが、娑婆でまじめに中年を迎えた人ではないとわかりづらい含蓄がある。
 映像的には「ワン・フロム・ザ・ハート」(参照)を連想させるような燦めきがあり、ラストシーンの草刈さんはこの世の人とは思えぬ美しさを湛えている。やはり見ておくべき映画だったなというのと、若い人なら40歳過ぎてもう一度見るとよいかもしれないよと言いたくなるような映画だった。
 この映画に不思議なほどの愛着がわいたのは、ちょうど私の世代に焦点が当てられていることもあるだろう。迂闊にも周防監督は私より随分年上だと思っていたが、1956年生まれで一つ年上だった。ほぼ同年代だ。杉山を演じた役所広司さんも同年生まれ。映画のコメディ要素を引き立てていた竹中直人さんもそうだ。同じポジションの渡辺えり子さんは55年生まれだが、ほぼ同年代と言っていい。杉山の妻役の原日出子さんは59年生まれだが、レンジ内だろう。うぁっ俺の世代の映画だ、と思った。ポスト団塊世代が40歳を迎えるころの心情が滲むのは当然だ。ただし、草刈さんは1965年生まれと世代がずれる。
cover
Shall We Dance ?
 日本映画「Shall we ダンス?」を元に、2004年にハリウッド版「Shall We Dance ?」(参照)が作成され、興行的にも成功したことは知ってはいた。これも見た。日米の生活文化の差は大きく、べたなリメークは不可能だが、杉山の役どころがリチャード・ギアさんというのはあまりのはまり役だった。他のキャストも日本版とよく似た印象を与える。舞の役どころのジェニファー・ロペスさんは草刈さんとはかなり違う肉感的な存在感があるが、その差異はむしろ上手に活かされていた。妻役のスーザン・サランドンには深みがあった。
 同じ映画を忠実に日本版から英語版にしたとも言えるが、微妙な違いがあり、その微妙な違いは大きな違いだとも言える。日本版では杉山は人生のむなしさと、かつてはむなしくはなかった若い日の初恋のようなときめきに突き動かされていくが、英語版で男が抱えているのは言いしれぬ不幸と愛の不在だった。エンディングも日本版とは違い、友愛が強調されている。私は、どちらかというと英語版のほうが好きになった。
cover
小説:Shall weダンス?
 その後で小説「Shall we ダンス?(周防正行)」(参照)を読んだ。初版は1996年とのことなので日本版が出てすぐ、監督自身によるノベライズであるとも言える。映画を見てから読むと、ディテールがくっきりとビジュアルに想起され、一種不思議な体験でもあった。
 小説化にあたって終盤を除けば映画との差異はあまりない。文学としてみると、率直に言えば技巧面ではかなり拙い。だが、どうもこの作品を文学的に洗練させようと編集者は考えもしていない。ある種の稚拙さをむしろ強く押し出すことで成功しているようだ。小説のエンディングには、映画と決定的な差があるとも言える。あとがきでこう書かれている。当初、周防監督は小説化する気はなかったようだ。

 ところがである。ある一言から状況は一変してしまった。知り合いのプロデューサーのH・T氏に、試写を観みた後、「最後はパーティに行かないと思ったんだけど」と言われたのである。「行かないでどうすると思われたんですか」と聞くと、僕より少しだけ人生の先輩であるH氏は「一人で公園で踊ると思ったんだよね」と答え、少し間を空けてから「この歳になるとさ、そんな気がするんだ」と小さく寂しそうな笑みを浮かべた。

 その意味を探り当てるために小説「Shall we ダンス?(周防正行)」が書かれたようだ。おそらくこれが書かれたことは、英語版に大きな影響を与えたのではないかと思う。
 実は、私がこの小説の最終部分を読み出したのは昨晩だった。エンディングの杉山の思いに泣けた。じわっと涙が出た。映画でも感動して涙のにじむシーンはあったが、小説の感動は違うものだった。「この歳になるとさ、そんな気がするんだ」というのが胸に染みるようによくわかった。時計を見ると零時が過ぎていた。ああ、今日と言う日になったかと思った。

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