« 2009年7月12日 - 2009年7月18日 | トップページ | 2009年7月26日 - 2009年8月1日 »

2009.07.25

民主党は給油活動についてマニフェストに明記していただきたい

 民主党がめちゃくちゃなことになってきた。そう民主党。自民党ではない。自民党については、小泉元首相が暗に言ってたように、ひとまず下野して立て直すしかないだろう。が、その前に民主党のほうが予想外の速さで壊れてきた。もちろん、「そうじゃないんだ、より現実的になってきたのだ、民主党鳩山代表の祖父鳩山一郎が自民党の初代総裁であったように、看板入れ替えて、新自民党になるのだ」という歴史を踏まえた意見もあるだろう。
 どんな話か。難しい話ではない。日本の政局に疎い外国からでもはっきり見えることだ。英国フィナンシャルタイムズ記事「Prospect of power softens DPJ’s US stance」(参照)が明確に指摘していた。なお、同記事は邦訳「民主党、対米姿勢を軟化 政権獲得の可能性を前に」(参照)もあるのでそちらを参照されてもいい。私は私で試訳を添えておく。


In recent years, one of the few points of clarity in the foreign policy platform of Japan’s Democratic party has been opposition to Tokyo’s “unconstitutional” dispatch of naval fuel tankers in support of US warships operating in the Indian Ocean.
近年において、日本民主党の外交政策の枠組みで明瞭だと言えるのはわずかしかないが、その一つが、インド洋上米国軍行動船団支援に海上自衛隊の補給船を派遣するのは「憲法違反」だ、とすることだった。

But just weeks before a general election that polls say should see the DPJ win a historic victory over Japan’s long-ruling Liberal Democrats, even this small chink of certainty in the DPJ’s famously vague party platform seems to be fading.
しかし、世論調査によると、民主党が長期政権の自民党に対して歴史的な勝利を収める数週間前になって、曖昧ということで世評の定まる民主党政策のなかで、このごく僅かしかない明瞭な主張が消えてきたようだ。

“Continuity is required in diplomacy,” said Yukio Hatoyama, DPJ president, last month when asked about long-promised plans to scrap the eight-year-old refuelling mission by officially pacifist Japan’s Maritime Self-Defence Force. “Suddenly halting it would be a very reckless idea.”
「外交には継続性が求められる。給油活動を突然停止するというのはあまりに無茶な考えかただろう」と民主党代表鳩山由紀夫が言ってのけたのは、8年に渡り公式に海上自衛隊によってなされた給油活動を廃止にするのかと、長年の公約について問われた時だった。


 フィナンシャルタイムズの記事はこのあと、民主党も権力が目の前にぶら下がってくれば、安定した追米路線になって米国も多少安心するだろとしてるものの、民主党内にくすぶる異論に危機感を匂わせた話を展開している。
 私としては、由起夫坊ちゃんは初代自民党総裁のお孫さんだし、先日の、核持ち込みに日米密約を前提にした上で非核三原則の扱いを日米で再協議すると表明したのと同じように、オフレコ的に党首による地均しくらいはするだろうし、民主党内や協調するはずの社民党などとの摺り合わせの端緒になるだろう、きちんとやってくれよと思っていた。つまり、まだ民主党のオフィシャルな見解ではないだろうと思っていた。
 違った。民主党の2009年版政策集から給油法関連はごっそり削られていた。6月までは存在した「補給支援特措法を延長せず、インド洋の海上自衛隊の給油活動は終了」「アフガニスタン国内の和解と抗争停止合意形成を促し、抗争停止後、自衛隊を含む人道復興支援の実施を検討」という文言が、消えた。驚いた。そんな方針転換がいつ民主党内で進んでいたのかまったく知らないでいた。
 驚いたことはさらに続く。民主党岡田克也幹事長の発言にはたまげた。ぶったまげたというのがより正確な表現だろう。「岡田氏「何が何でも反対」でない インド洋給油で」(参照)の報道が間違っているのかもしれないのだが。

 民主党の岡田克也幹事長は24日の記者会見で、海上自衛隊のインド洋での給油活動に関し「『何が何でも反対』ではない。そもそも民主党は国会承認さえ入れば賛成するという考え方だった」と述べ、衆院選で政権を獲得した場合、活動の根拠の新テロ対策特別措置法延長に含みを残した。同法の期限切れは来年1月。
 小沢一郎代表代行が代表当時に給油活動を「憲法違反」と断じたことについては「党としての正式な議論ではない」と述べた。

 「国会承認さえ入れば賛成するという考え方」というのは、前回についてはそうかもしれないなと留保してもよいが、フィナンシャルタイムズ記事が指摘したように、わずかに明瞭な外交政策であった、給油活動を憲法違反とする、というのは、小沢一郎代表代行が代表当時に述べた私見に過ぎないと強弁するのは呆れた。
 そんな話がありますか。2007年のいわゆる「ねじれ国会」で、一時的ではあったが給油動中断にまで追い込んだ民主党は野党だったからなのか。政局のためならなんでもするというだけのことだったのか。給油法の問題で、衆院の三分の二という強権を使うことを恐れた安倍元首相と福田元首相を追い詰めて消したのは民主党のこの「給油法は違憲である」政策ではなかったか。あるいは、今度はその主張を堅持した小沢元代表を追い詰めて消すということなんだろうか。
 小沢元代表がまさに代表であったときの「今こそ国際安全保障の原則確立を」(参照)を顧みてみよう。彼は給油活動つまり後方支援を兵站線と見ている。

 言うまでもなく、日本国憲法第9条は国権の発動たる武力の行使を禁じています。国際紛争を解決する手段として、自衛権の発動、つまり武力の行使は許されないということです。したがって我々は、自衛権の行使(武力の行使)は我が国が直接攻撃を受けた場合、あるいは我が国周辺の事態で放置すれば日本が攻撃を受ける恐れがあるという場合に限定される、と解釈しています。
 しかし、一方において日本国憲法は、世界の平和を希求し、国際社会で名誉ある地位を占めたいと、平和原則を高らかに謳っています。そのためには、国連を中心とした平和活動に積極的に参加しなければなりません。それが憲法の理念に適うものだ、と私は考えています。
 ところが、自民党政府(内閣法制局)は今も、国連の活動も日本の集団的自衛権の行使に当たると解釈し、したがって国連憲章第7章第42条に基づく武力の行使(PKO、国連の認める多国籍軍等を含む)に参加することは憲法第9条に違反する、という解釈を続けています。では、それならなぜ、アフガンで「不朽の自由作戦」を主導する米軍を自衛隊が支援できるのでしょうか?集団的自衛権の行使を、ほぼ無制限に認めない限り、日本が支援できるはずがないのです。
 湾岸戦争時の内閣法制局の憲法解釈は、国連活動の後方支援であっても、武力の行使と一体のものだ、だから、それに参加することは憲法第9条に抵触する、という論理でした。
 後方支援すなわち兵站線こそ、戦争の行方を決する最大の要素であり、その意味で後方支援は武力の行使と一体だというのは、正しい認識です。しかしそれなら、いま、国連活動でもない米軍等の活動に対して補給すなわち後方支援をやっていることについて、内閣法制局はどんな詭弁を弄しているのか。アフガンについても、イラクについても同様です。後方支援は武力の行使ではない、戦争するわけではないから問題はない、と自民党政府は言う。正に、子どもにも通用しない詭弁を弄して、現実に海外派兵を行っているのです。こんないい加減な国が他にあるでしょうか。

 小沢を代表から引きずり下ろして、「こんないい加減な」民主党に成り下がったということなのだろう。
 私は民主党が変わっていってもよいと思う。小沢が長年保持してきた憲法理念を放り出して、自民党のような政党のようになってもかまわないと思う。そういうものなら、そういうものだと判断できるからよい。子供だましのような変節だけはやめて、この問題について、どのような見解でもいいから、きちんとマニフェストに記載していただきたい。

| | コメント (8) | トラックバック (2)

2009.07.22

[書評]真説 アダム・スミス その生涯と思想をたどる(ジェイムズ・バカン)

 結局、「真説 アダム・スミス その生涯と思想をたどる(ジェイムズ・バカン)」(参照)を三回読んだ。読みづらい本ではけしてない。量も厚めの新書くらいだろうか。しかし、何度も読まざるを得ないような、久しぶりに出合った怖い本だった。

cover
真説 アダム・スミス
その生涯と思想をたどる
ジェイムズ・バカン
山岡洋一
 繰り返し読むことでじわじわと筆者の知の力量が伝わってくる。この筆者なら、このネタでこの五倍の分量は書けるだろうと、実際にその五倍の量の「アダム・スミス伝(イアン・シンプソン・ロス)」(参照)と比較したい気持ちがしたが、幸いにして同書邦訳書は絶版のようだ。近年の評伝としてはロス氏のほうが定番なのか、気になって米国アマゾンの読者評を見るとぱっとしないが、反してバカンの原書「The Authentic Adam Smith: His Life and Ideas」(参照)はより多くの好評で迎えられている。ああ、そうなのだろうと思う。
 邦訳書「真説 アダム・スミス」では、日本の現下の読書界を反映してか、堂目卓生氏の詳しそうな解説が付されている、と、妙な言い回しになるのは、堂目氏の解説は、「[書評]アダム・スミス 『道徳感情論』と『国富論』の世界(堂目卓生)」(参照)で触れた該当書の要約が実際上大半を占め、バカン氏の書籍の解説にはなっていない。代わりに曰く「本書は、評伝という性質上、スミスが構想したと思われる人間学と経済学の論理関係を詳細に検討しているわけではない」としているのだが、もちろん、そう評して誤りというものではないが、バカン氏の書籍が副題を「His Life and Ideas(その生涯と思想をたどる)」とあるように、同書ではアダム・スミスの思想はコンサイスにまとめられている。
 一回目の読後、やや皮肉な印象だが、堂目氏はバカンの書籍を実際には読んでいないか、理解していないか、あえてオミットしているのかと疑問に思えた。一回目の読後の印象でも、堂目氏のアダム・スミス理解はバカン氏のそれと違うようにも思えた。しかし、明確な差異が見えたわけでもなく、堂目氏の「アダム・スミス 『道徳感情論』と『国富論』の世界」を再読し、さらにバカン氏の著作を再読、さらに再々読することになった。
 個別の論点、例えば、「見えざる手」についての理解、あるいはアダム・スミス思想の総体理解についてと論点を絞れば、両者のスミス理解の比較は可能だが、堂目氏の著作がそれによって損じるというものでもない。それでも堂目氏の理解のように、「道徳感情論」の人間学によって「国富論」の経済学が基礎付けられるといった解釈は、違うのではないかと思うようにはなった。
 バカン氏が明瞭に意識していることだが、アダム・スミスは、「道徳感情論」を基礎に、社会を包括する法学的な著作と、さらに心理学的なフレームを持つ人文学の二著の構想を持っており、国富論はどちらかというと、書かれるはずだった法学的な書籍の一部をなすもののようだ。そうした意識もあって、「道徳感情論」と「国富論」も、スミスは生涯をかけて改訂を繰り返しており、しかも生涯の最後に彼ができる次善の仕事として「道徳感情論」に注力している。
 本書が小編でありながら、背筋がぞっとしてくるのは、この二著の改訂作業を事細かに読み取りつつ、スミスの思想の変遷を明らかにしていることだ。恐ろしいほどの手間をかけてこの小編を執筆したことがわかる。
 普通、アダム・スミスの生涯と思想というとき、いわゆる評伝的な外的なエピソード(それがどのように内的な思想形成に影響したか)が注目されるものだが、バカン氏は、改訂のプロセスの背景を丹念に探ることで、スミスの思想が生涯とどう関わり形成されていたを示している。別の言い方をすれば、「道徳感情論」と「国富論」も、スミスの生涯のなかで常に生成のプロセスにあり、しかもそれは書かれざる大著の基礎をなすものだった。勇み足で言うなら、アーレントの、これも結局は書かれざる思想もその延長を引き継いだものだったかもしれない。
 バカン氏の文献の読み込みの徹底性は、その注を見てもわかるが、ただごとではない。マックス・ヴェーバーのように、こいつはもしかして衒学趣味かと思われるような神経症的な注釈のような印象もあるし、普通論文はこのくらい注釈を付けるでしょというのもあるかもしれないが、どうもバカン氏のそれは、単に本書がそうであるべき必然性を吟味して付されているようだ。三回目の読書では、単にスミスの著作ページを指すだけであっても、小まめに毎回参照してみて思ったのだが、オリジナルに大仰とも思える"Authentic"が付されているのは、後の研究者にこの参照を引かせる思いがあるからなのだろう。
 バカン氏がどれだけスミスや同時代文献を読み込んでいるのかについて、コテンパンに打ちのめされる思いがするのは「見えざる手」という有名な言葉の解釈だ。既存のスミス学の研究成果を踏襲しているのだろうと思われるが、それでも「見えざる手」が何を意味しているかについて、本書は決定的に暴露していく。結論から言えば、この用語にスミスの強い思い入れがあったわけでもないことがわかる。
 本書の構成は一見するとその生涯を年代風に描いたように見える。ブログなどによく見られる手抜き書評風に目次を紹介するとこのようになっている。

第一章 父なき世界(一七二三~一七四六年)
第二章 洞窟、樹木、泉(一七四六~一七五九年)
第三章 ペン・ナイフと嗅ぎタバコ入れ(一七五九年)
第四章 袋かつらの不信心者(一七五九~一七七六年)
第五章 果樹園の手長猿(一七七六年)
第六章 決死の任務(一七七六~一七九〇年)

 章題が村上春樹の小説のように奇妙なものになっていることに気づかれるだろう。これは率直にいえばバカン氏の文学的な趣味が露出しているとも言えるが、再読してみるとこの章題の効果に気がつくだろう。詩的なイメージから章の要点が想起されやすい。
 もう一点、年代風に並んでいるように見えるのだが、三章と五章が単独年になっていることに気がつくはずだ。簡単に言えば、三章が「道徳感情論」、五章が「国富論」をそれぞれ解説しているためでもある。で、あるならなぜそうわかりやすく標題にしないのかだが、この二著については他の章でも改訂史とともに語られているという理由もあるだろう。これらの章だけで二著の解説として取り出すことはできない。
 評伝として見れば、時代背景の描写もだが、デーヴィッド・ヒュームとの交流なども絶妙な機微で描かれている。同様にスミスとケネーの関係、さらにスミスのパトロンなどの関係の解説も興味深い。こうした記述にはバカン氏の圧倒的な教養がにじみ出ていて、そこもぞっとする怖さがある。
 反面、ありがちな評伝記者が対象に過剰な思い入れをするような傾向は極力抑制され、アダム・スミス自身の描写としては、一見つまらないようにも見える。だが、再読していくと、じんわりと、ああ、スミスというのは、現代でいう理系オタ的な性質にラテン語学者を乗せたような人であったから、こうなったのではないかという確信的な印象と、同時代からは放心した出っ歯で議論はKYという人物に見られたが内面からの世界や人々への視線は、手の込んだオタアニメのような分析力を持っていたことが、これも得心できる。本書は、その抑制の解除の手前の、バカン氏の詩情的な思いで終わる。
 堂目氏の著作がスミス思想をスキーマティックに整理したのとは対比的に、バカン氏の著作は一見理性を精巧に駆使したようでいながら、詩情的な直感を駆使していく箇所が多い。次のような説明は、さらっと読むとごく普通のスミス思想理解のように見えるかもしれない。

 スミスは心理という観点から道徳に関する判断の原理を示した後、この原理がどのように機能しているかを示していく。どの場合にも、人は行動の結果よりも動機を重視し、行動の利点よりも適切さに関心をもつとスミスは語る。感情の適切さや行動の利点に関しては、良心がどのように判断するかを考えるのではなく(日曜学校ではそう教えられるだろうが)、社会がどう判断するかを考える。社会の見方に鋭敏になることで、人は自分自身の外見や行動を観察し、判断を下すようになる。

 私の関心が過剰な思いを招いているのかもしれないが、この段落のなかにカントやヘーゲル、アーレントいった思想家の思想の類似性を見るし、なにより行動経済学の前提のような視点を読む。おそらくバカン氏にもその企図があり、「感情の適切さや行動の利点に関しては、良心がどのように判断するかを考えるのではなく、社会がどう判断するか」という点に、「道徳感情論」の経済学的な卓見をスミスに見ている。くどいが、「道徳感情論」がスミスの人間観を構成し、その上に経済学が成立しているという視点ではない。そうではなく、人の感情に起因する行動それ自体に、経済学として捨象できる原理性が潜んでいることをスミスは直感している。

ヒュームは、二枚の鏡を向かい合わせたように、同感が人と人の間で反射すると書いている。スミスによれば、社会とは「鏡であり、これがあるからこそ、人はある程度まで、他人の目を通して、人間の行動の適切さを吟味できるのである」。

 衒って言うのではないが、行動経済学が神経系経済学に進展していく基礎的なミラーの概念はスミスの思想のなかにすでに直感的に摂取されていることがわかる。
 バカン氏は本書が適切に読まれるかについて、多少の懸念もあったのだろう。本書の意図を明瞭にListicle的にまとめている部分があり、邦訳出版側でもこれを帯の裏に採用している。

本書の強調点は三つ。一、『道徳感情論』は現代経済学の観点からも優れた著作である。二、スミスの探求において、「感情」が「理性」よりも重要な意味をもっていた。三、彼を我々の安易な思想の始祖だと主張してはならない。

 本書を一読すれば、三の意味は徹底的にわかるだろう。私は再読して、二の意味がわかり、再々読して、一の意味がおぼろげながらに理解できた。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2009年7月12日 - 2009年7月18日 | トップページ | 2009年7月26日 - 2009年8月1日 »