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2009.07.04

「グリーンダム」搭載義務延期を巡って

 中国では今月から実施される予定だった、新規発売のパソコンにインターネット検閲ソフト「绿坝·花季护航(Green Dam Youth Escort)」、通称「グリーンダム」搭載を義務付ける措置を無期限延期した。中国および欧米ではけっこうな話題になっていたが、日本ではまったく無視というほどでもないが、日本風な萌え絵キャラクターと各種改変が注目されたくらいで、それほどの話題にはなっていなかったようだ。私としても、この検閲ソフト自体の性能はそれほど高度なものではなく、一時的な解除・回避もそれほど困難ではないだろうと高を括っていたが、問題は技術側面より、中国政府の情報検閲の政治的な動向にあり、この機に中国とインターネット情報を取り巻く困難な状況について少しまとめておきたい。


BBC報道では萌え絵が掲載された。

 グリーンダムはその名称に"Youth Escort"(若者の護衛)とあるように、表向きは先日米国で成立したタバコ管理法「家族喫煙予防およびたばこ管理法(Family Smoking Prevention and Tobacco Control Act)」に似て、家族や若者といった看板を掲げて道義的な指導を権力の正当化としている。グリーンダムは、わいせつ情報など有害サイトへのアクセスを遮断するのが名目だが、論点は「有害サイト」が何を意味するかということであり、結論から言えば、現中国の政治体制に問題となる情報の遮断である。
 具体的には、「法輪功」(Falun Gong)や「天安門事件」(六四事件)を検索しようとすると、有害情報扱いとなるようだ。大した技術ではないとは言いながら私も驚いたのだが、ユーチューブに掲載された実演「YouTube - 綠壩 - 花季護航 Green Dam」(参照)を見ると、香港サイトの検閲などの実例の後、最後のほうで、テキストエディターでも検閲機能が働いているようにも見える。ブラウザーからコピーバッファの検閲なのかもしれないが、もしかするとキーロガーというタイプの一種のスパイウェアのような機能を持っているのかもしれない。
 規制延期が決定されたのは施行予定前日であったことから、先日の日本の薬事法省令の例外のように直前まで政府内でもたついたとも言える。だが、そもそもの規制の発表自体が5月の工業和信息化部によるもので、夜襲的な規制を狙ったのかもしれないが、おそらくは単に拙速な話でもあったのだろう。
 というのも、工業和信息化部は3月の「全国人民代表大会」(全人代)を機に、従来の情報通信分野の主管庁信息産業部を、国防科学技術工業委員会、国務院情報化工作弁公室、国家煙草専売局、国家発展改革委員会を統合して設立されたものだが(参照)、経緯からみても軍関与が強まるとは予想されたものの、組織成立には中国でありがちな内部の権力闘争があったような印象を受ける。今回のどたばたもそうした、組織のご事情を反映したものではないだろうか。
 グリーンダム導入については、中国内の世論としてはそう否定的なものでもなかったようだが、パソコンを扱う業界からはコストや販売面でも否定的な声があがっていた。また、中国のネットユーザーの反発と実動の影響も相当にあったようだ。フィナンシャルタイムズ社説「Chinese bloggers hail Green Dam ‘victory’」(参照)はこうした声を好意的に伝えている。
 中国民主化には関心の薄い日本は例外として、米国や欧州連合(EU)では反対の声は強かった。ニューヨークタイムズ社説「China’s Computer Folly」(参照)では、中国政府への圧力を呼びかけていた。


International manufacturers probably could force the government to reverse the new rules by threatening not to sell their products. But they have no history of standing up to Beijing. We hope they are making a stronger case in private for a rollback than was apparent in the anemic public statement issued by a coalition of American trade associations.

国際展開の製造業者なら、製品販売停止で中国を脅すことで、中国政府の今回の規制を回避させることができるだろう。しかし、彼らは中国政府に歯向かう経験を持っていない。米国貿易協会による気弱な声明より、非公式であれ強い提訴に持ち込むことをニューヨークタイムズは望みたい。


 さらにワシントンポストは中国の検閲阻止にヤフーやグーグルも参戦しなければならないと、中国政府による撤回の前日の社説「China's Information Dam」(参照)で主張していた。

This time, the State Department and industry groups are pushing back against China's Green Dam censorship software. They must stand firm, and search engines should join them.

今回は国務省と産業グループは、中国のグリーンダム検閲ソフトに抵抗している。かれらは堅固に主張ししなければならないし、検索サービス会社もこの抵抗に加わるべきだ。


 意地の悪い見方をすれば、グリーンダムの問題は元来、工業和信息化部を超えた中国内部の権力闘争に関係していたのではないだろうか。北京側にひいき目な私としては、欧米を騒がせることで、中国内部の問題を国際常識の範囲に収束させたようにも見える。
 今回の問題の核心だが、欧米側から事あるごとに話題とされる法輪講や天安門事件より、インターネットによって中国内部に撒かれ、大きな賛同を得るに至った「零八憲章」(参照)のほうがより深刻だろう。
 零八憲章は、昨年12月10日付けで公開された、中国共産党独裁の終結、三権分立、民主化推進、人権状況改善などを求めた宣言文であり、中国知識人の多くが実名で賛同を示した歴史的な文書だ。ワシントンポスト社説「Virtual Groundswell」(参照)は「零八憲章」の広がりの基盤をインターネットに見ている。

CHINA'S CHARTER 08 models itself on the Charter 77 group in the former Czechoslovakia, an alliance of dissidents whose powerful advocacy for human rights triumphed in the former Soviet bloc. But China's Charter 08 has a tool that Vaclav Havel and his colleagues never imagined: the Internet. While Soviet-era dissidents had to depend on smudgy mimeographs and Western radio stations to get their message out, Charter 08 has been able to use Web sites, e-mails and text messages -- despite the massive firewall operation of Chinese authorities.

中国の「零八憲章」は旧チェコスロバキアの「77憲章」グループの宣言を手本にしている。チェコスロバキアの当時のグループは、人権提唱に力を持ち旧ソビエトブロックで勝利を得た反体制派の同盟であった。中国の「零八憲章」には、バツラフ・ハベル氏とその同僚が想像だにもできなかった道具がある。インターネットだ。ソビエト時代は、反対派はかすれたガリ版と西側ラジオ曲でメッセージ発したものだが、「零八憲章」はウェブや電子メール、メッセンジャーツールを使うことができる。中国当局による巨大なファイアウオールがあるにも関わらず、それは届くのだ。

Thanks to that technology, the new democracy movement has been able to amass a virtual crowd of supporters.

技術のおかげで、民主主義の新しい運動は仮想の支持群衆を集めることができる。



What that history shows is that the best response to a peaceful movement such as Charter 08 is dialogue. Rather than prosecuting Mr. Liu, the regime should free him and invite him to a discussion about the charter's 19 proposed steps for reform. A commitment to gradually implement political liberalization in partnership with a free citizens movement would make it far easier for the Chinese leadership to manage what is likely to be a year of crisis. Step One is easy: Stop trying to block Charter 08's dissemination on the Internet.

歴史は、「零八憲章」のような平和な運動への応答は、対話であることを教えている。劉暁波を起訴するよりも、体制は彼を自由にし、「零八憲章」が提唱する19段階の改革への議論に彼を招くことだ。自由な市民運動と協調し、政治的自由を段階的に実施するという関与は、この危機の一年に起こりそうな事態を管理するための中国政府のリーダーシップをより緩和なものにするだろう。最初の一歩は簡単なのだ。インターネットによる「零八憲章」の普及をブロックするのを止めることだ。


 グリーンダムの背景にある動きは、ワシントンポストが示すように、対外有害情報の遮断というより、中国内部で沸き起こる市民による「零八憲章」の普及に対する妨げだろう。その試みの達成は今回の事例から見ても、そうたやすいことではないようだ。
 なお、読売新聞記事「民主化求める08憲章の起草者逮捕…北京市公安局」(参照)などで報道されているが、劉暁波氏は6月23日国家政権転覆扇動容疑で逮捕された。

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2009.07.03

オバマの戦争

 疑問符は付くものの「オバマの戦争」(参照)とワシントンポストが呼ぶ戦争が始まった。

 米国オバマ大統領は、アフガニスタン南部ヘルマンド州に現地時間で2日、海兵隊4千人を投入し、アフガン治安部隊と数百人の英国軍とともに、旧支配勢力タリバン大規模掃討作戦「剣の一撃(Strike Of The Sword)」の火蓋を切った。米軍増派規模は2万1000人。米国海兵隊投入の作戦としては、日本人にも記憶に残る2004年のイラク、ファルージャ掃討作戦以来の戦闘規模となる。
 今回のオバマの戦争がブッシュの戦争に似ているのは、経緯から見るとわかりやすい。ブッシュ政権下ではアフガン投入米軍を9万人から13万人余に増派する計画があったが、オバマ政権は増派の点でブッシュの戦争をオバマの戦争として引き継いだ。拡大規模としてオバマ政権は今後、ブッシュの戦争におけるイラク投入軍と同規模の26万にまで増派したい意向だ。ただし、米国防総省はアフガン統治軍の創設に十分な期間と予算を求めているため、具体的な計画見通しは立っていない(参照)。戦費については「ブッシュの戦争」(参照)を著したボブ・ウッドワードも懸念を表明している(参照)。
 先行きの見通しなく戦争に突入したと言えるなら、この点でもオバマの戦争はブッシュの戦争によく似ていることになる。特に懸念されるのは、ブッシュの戦争と同様、撤退戦が考慮されていないことだ。ドナ・F・エドワーズ下院議員がオバマ大統領と同じく民主党に所属しながらも、戦費予算案に反対票を投じたのは象徴的だった(参照)。
 しかし反面、先の「オバマの戦争」と疑問符をつけたワシントンポストの論調は現実を踏まえてのものだろう。

President Obama's clashes with the liberal base of his party are the kind of sporting event that Washington loves. But what Mr. Obama is confronting is less his party and more a stubborn reality that many in his party are unwilling to accept: There are forces in the world that continue to wage war against the United States and its allies, whether or not the United States wants to acknowledge that war.

オバマ米国大統領が彼の政党である民主党のリベラルな基調とぶつかり会うことは、政府が好むスポーツ大会のようなものだ。しかし、オバマ氏は民主党と対立しているというより、より強固な現実と対立しているのであり、その現実は民主党が受け入れたいものではないかもしれない。つまり、世界には米国とその同盟国に戦争をけしかける続ける勢力があり、それは米国が戦争と認めるか認めないかということには関わりない。


 作戦開始がこの時期が選ばれたのは、8月に想定される大統領選を前にタリバン攻勢を弱体化したいこともあるが、今朝の朝日新聞社説「イラク米軍撤退―独り立ちへの試金石だ」(参照)がアフガニスタン戦を避けて言及したように、イラク都市部の駐留米軍が全面撤退に向けて郊外に移動し、イラク戦への米兵負担の軽減が予想されたからだ。
 「剣の一撃」作戦がヘルマンド州に狙いを定めたのは、同地がタリバン支配下のケシ栽培地でもあることもだが、膠着状態にあった英国軍の支援もある。作戦開始から間もないが、すでにヘルマンド川下流地域はほぼ制圧されたらしい(参照)。
 空爆や砲弾など間接攻撃でないにもかかわらず、タリバン側の攻撃が小規模であるせいか、米海兵隊員の戦死者1名、負傷者数名というニュースがある(参照)。また、すでに米兵が1名だがタリバン側に拘束されたというニュースもある(参照)。
 イラク戦争のように順調に開始された戦闘ともいえるが、タリバンはいったん後退した後、ゲリラ戦に出てくるだろう。しかし、ワシントンポスト社説「On the Offensive」(参照)のように、現状では対ゲリラ戦には米軍戦力が不足しているのではないとの指摘もすでに出ている。
 さらにフィナンシャルタイムズ社説「The fightback in Afghanistan begins」(参照)が懸念するように、掃討戦が進めば米軍の死者は急増するだろうし、その時点でオバマの戦争の意味が再び欧米メディアで問われるようになるだろう。
 タリバンを同地から掃討しても、路肩爆弾や自爆テロから地域社会を保護することは困難が予想される。同紙はオバマが今回の掃討戦を1年と見ていることの甘さに憂慮も表明している。

Mr Obama says he wants to see visible progress in Afghanistan one year from now. But in all truth, it will take more than a year to turn Afghanistan round.

オバマ氏は、現時点から一年以内にアフガニスタンで目に見える成果を上げたいと述べた。しかし嘘偽りなく、アフガニスタンの状況が好転するには一年以上かかるだろう。


 アフガニスタンの治安回復には、従来はNATO(北大西洋条約機構)の負担が大きく、NATOをどのように今後維持するかという欧州諸国の問題もあり、西側諸国の一員としての日本の関与も問われていた。こうした問題の見通しなく、同盟国を巻き込む形で戦闘が進行し、さらに懸念される事態になればブッシュの戦争とは多少異なる帰結になるかもしれない。そうならないことを祈りたい。

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2009.07.02

与謝野・鳩山資金源問題、雑感

 衆院選挙時期の問題が誤差の範囲に収束し、いずれ選挙が差し迫る状況になった。世論調査を見る限りぎりぎりで政権交代も予想されることから、その賛否を巡って前哨戦のように政局や政治報道が混迷している。各所に様々な利権が絡み合って、どう乱戦しているのかわかりづらい。一番大きな対立は民主党政権成立でメリットを得る派と損になる派だろう。
 民主党とその尻に鼻突っ込んだ社民党・国民新党が一方にあり、他方に自民党・公明党の腐れ縁がある。民主党側の実態はといえば、昭和時代の自民党一派と社会党残党の野合が核になっており、実動としては加藤紘一が喝破したように「民主党というのは、新しい候補者とか、若い力とか、強い倫理観とか、正義感というものを中心にすえてますが、現実にビラをはったりする集まりは自治労なんですよ」(参照)ということだ。
 さらに続けて加藤は「ガバメントオフィシャル(政府職員)的な政治になる」とも言っているが、そのあたり実際には、高橋洋一が言うところの、現在の官僚内閣制と親和的に接合していくだろう。ということで、官僚側としても労組的民主党政権成立へのリスクヘッジが必要になっている。もっとも民主党には反面、民主党内から嫌われて撃たれた小沢のように官僚内閣制打倒の有志もいるにはいる。もともと現民主党は小選挙区制で生き残りを賭けた野合なのでしかたがないとも言えるが、民主党主導型政権ができ、官僚内閣制打倒的な機運が十分に強ければ、自身から瓦解せざるを得なくなるだろうし、そうなれば、そして対外的な安全保障の余裕があれば、少しは日本の未来も見えてくるかもしれない。
 野合という点では自公政権も似たようなもので、内部でどんぱちと政争が行われている。どういう配置で乱闘しているのか私のように政治に疎いものにはわからないが、これも基本は官僚内閣制にあり、それを「ぶっ壊そう」とする勢力の対立だろう。象徴として小泉元総理やそのチルドレンが挙げられるが、実際にはその勢力だけではなく安倍元政権を辛うじて支えた有志も含まれており、その部分は今でも一部では麻生政権を支えているようだ。
 しかし麻生政権自体は特定派の権力基盤に載っているのではなく、その力の均衡を見ながら、多少は打たれつつ巧妙に存続しているのが現状だろう。そのなかで、官僚内閣制的な最大の力は、与謝野財務金融経済財政経済産業大臣兼総理大臣予定が担っていたかに見えたものだったが、その辺りにも奇妙な着弾があった。昨日の閣僚人事の事実上の失敗は、着弾の効果か、あるいはやむを得ぬ防戦だったのか、いずれにせよ事実上の内閣変化はなかった。
 端的に考えれば、与謝野降ろしの勢力があるのだろう。あるいは単純に麻生政権への打撃を狙っての与謝野攻撃なのかよくわからない。この話が奇っ怪なのは、弾の出所が、財務省御用達的に見える毎日新聞から出てきたこともある。初発は先月24日の「迂回献金:先物会社が与謝野氏、渡辺喜氏に ダミー通じ」(参照)のようだ。


 与謝野馨財務・金融・経済財政担当相と渡辺喜美元行政改革担当相が総務省に後援団体として届け出ていた政治団体が、商品先物取引会社「オリエント貿易」(東京都新宿区)などグループ5社が企業献金をするためのダミー団体だったことが分かった。5社は団体を通じ92~05年、与謝野氏側に計5530万円、95~05年、渡辺氏側に計3540万円を迂回(うかい)献金していた。後援団体への寄付者には所得税の一部が控除される優遇制度があり、5社は毎年幹部社員ら約250人の給与から計約4000万円を天引きして団体に寄付させ、控除を受けさせていた。

 当初は与謝野と渡辺喜美がセットになっており、後者に視点を置けば、「バカヤロー経済学」(参照)の先生の予言のようにも見えるが、この話、その後与謝野に焦点が当てられていく。
 単純に事件の型だけ見れば小沢スローター・メソッドが適用できそうなものだが、二階炎上もなく春も終わって野焼きの季節とも思えず、なんでこんな話が今頃出てくるのか、いや繰り出してくるのか奇怪至極だ。さらに同日毎日新聞記事「迂回献金:与謝野氏、社史に祝辞 オリエント貿易が要請」(参照)ではその裏の歴史を物語るかに見えるのだが、うそ寒い。

 「貴社は業界におけるリーディングカンパニーの一つとして業界の結束の要」。与謝野馨財務・金融・経済財政担当相は多額献金の中心となった商品先物取引会社「オリエント貿易」(東京都新宿区)が00年に発刊した40年史に祝辞を寄せていた。与謝野氏は商品先物業界を指導・監督する旧通産相を務め、後に金融担当相として金融商品取引法案の国会審議でも答弁した。与謝野氏の秘書は毎日新聞の取材に応じ、オ社社主は若いころから応援してくれる「あしながおじさんだった」と述べ、答弁などと献金との関係を否定した。

 そんな経緯があったのかと興味深い話のようにも見えるが、政界筋では特段新味のある話ではなかった(参照)。毎日新聞の報道のあと、世間の受けがよいので、産経新聞がそれじゃということでパク付いて見せ、日経新聞もべた記事的に報道したようだが、朝日新聞と読売新聞の食いつきが悪い。ネタはおそらく業界衆知であり、朝日・読売から漂う雰囲気としては「そのネタは出すんじゃなねーよKY」だったのではないか。
 読売新聞の思惑はわからないではない。すでに鳩山前総務相更迭(参照)の背後で燃料投下をしており、その背後には鳩山兄弟を糊代に、自民福田・民主小沢大連立構想(参照)の二幕目を狙っており、そこに与謝野ピースを嵌める場所も想定されているだろう。朝日新聞のだんまりはというと、よくわからない。単に日和っているだけなのか、何かと与謝野支持があるのだろうか。
 与謝野降ろし、といっても、ネタの鮮度の悪さからして本気で降ろすのではなくただの腐しでしかないだろうが、この着弾の相方に鳩山民主党代表の故人資金問題がある。初発は先月16日の朝日新聞記事「鳩山代表に「故人」献金? 少なくとも5人、120万円」(参照)のようだ。

 民主党の鳩山由紀夫代表の政治資金管理団体「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書に、すでに亡くなった人が個人献金者として記載されていることが分かった。朝日新聞が03~07年分の報告書を調べたところ、少なくとも5人の故人が延べ10回、120万円分を献金したことになっていた。遺族のうち、1人は「よく分からない」と答えたが、4人は「死亡後に献金した事実はない」としている。

 暢気に記事だけ読むと、6月ごろに朝日新聞がなんとなく、民主党の頭が小沢から据え替えわったからこの機に鳩山代表の政治資金収支報告書を調べていたら、おやまあ5人もお化けがいましたよ、夏は近いなといった怪談に見える。この時点では、宇宙人と幽霊はジャンル的にも近いかぐらいのネタだったが、読売新聞が先月末に深掘りをかけた。6月30日読売新聞記事「鳩山代表の団体へ「寄付否定」新たに13人」(参照)では朝日の初掘りを受けて問題を騒動化した。

 民主党の鳩山由紀夫代表の資金管理団体「友愛政経懇話会」が故人5人から寄付を受けたことが明らかになった問題で、実際に寄付をしていないのに「寄付者」として政治資金収支報告書に記載された疑いがあるケースが、新たに13人いることが読売新聞の調査でわかった。
 2003~07年分の収支報告書の記載内容を検証したもので、問題ある寄付の総額はすでに判明した分も含め、18人で計659万円に上った。

 その後、今朝の読売新聞記事「鳩山代表の収支報告書訂正、寄付者の8割・70人分削除」(参照)のように話は広がり愉快な展開になり、他紙もフォローせざるを得ないが、初掘りの朝日を含めてそれほどの熱の入れようはない。
 問題が深刻化して鳩山も応答に出たが、対応は後手に回っているとはいえ、小沢騒ぎほどの大騒ぎには発展しないし、経緯からは鳩山民主党代表側も自身が言うほどにはそれほど未知かつ暗部といった問題ではなかったのではないか。もともと民主党自体鳩山のポケットマネー的な成立であったはずだ。
 朝日の初掘りがまったく暢気な発見だとは思えないにせよ、その時点で読売の深掘りが想定されていた印象はない。逆に読売が狙っていたなら初掘りを朝日に譲っただろうか。朝日の初掘りから読売の深掘りへは連係プレーというか、新聞淘汰時代に仲良く「あにさきす」の雰囲気があるが、読売の深掘りの背景がよくわからない。
 陰謀論にしたいわけではないが、どうもどっかからいいお話が振ってきた印象があるのは、今朝の読売新聞社説「鳩山氏架空献金 調査も説明も極めて不十分だ」(参照)のノリのよさだ。

 資金管理団体には最近3年間だけで、小口の匿名の個人献金が総額1億円以上ある。この中にも架空献金が含まれているのではないか。04年以前はどうなのか。
 鳩山代表は、西松建設の違法献金事件で小沢前代表に説明責任を果たすよう促していた。自らの問題に関する一連の疑問について明確に答えねばなるまい。

 小沢騒ぎが実際には04年以前の古い話ばかりだったのに呼応させてみると、鳩山幽霊騒ぎも、その時代の資金管理を調べていたスジからちょろちょろと出てきた話のような印象がある。
 いずれにしても、与謝野がこれで打撃を受けるわけでもなく、鳩山が打撃を受けるわけもない。渡辺喜美も大した話にもならない。気にくわない相手に泥を投げつけてみて、その日その日のネタにするという因果な商売がジャーナリズムといったところだ。が、考えてみれば、泥の投げ合いくらいの話で大したことはないなという安定した状況を作ってくれたのは、すべての泥を背負って磔刑となった小沢大明神の功績と言えるかもしれない。

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2009.06.30

[書評]「明日また電話するよ」、「夕方のおともだち」(山本直樹)

 昨年と今年に出版された二冊とも漫画家、山本直樹作品の短編選集。「明日また電話するよ」(参照)が2008年7月に出版され、好評だったのか続編として「夕方のおともだち」が2009年5月に出版された。レイティングはされていないようだが、漫画表現による性や暴力の描写も多い。帯に作家西加奈子の「何度も読みました。私の中の女が、犯されたような気持ち。ズルい」とあるが、そうしたエロス性を求める読者もあるだろうし、男女の差や個人的な資質の差でいろいろな受け止め方があるだろう。私にはどちらかと言えば短編らしい叙情的な作品が多いように思えた。

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明日また電話するよ
 選集「明日また電話するよ」収録の作品のいくつかは、十年ほど前に雑誌で既読であったことを思い出し、そのまま過ぎていった自分の十年余の歳月を思った。一読後は、懐かしいとしても、自分の青春の残滓を含め、すでに過ぎ去った叙情としてそれほどの印象は残らなかった。だが、その後何度も読み返しながら、作品の印象は変わった。自分の若い日の、性欲の狂態を鏡のように見るような気恥ずかしい気持ちの陰には別のものがあったことに気がつく。若い日に「すでに自分の人生はあらかじめ失われているのだ」と思いつつ追われるように性に追い立てられ、そして実際に時が過ぎ、本当に最初からすべて失われていたのだという饐えた幻滅感を確認する老いの入り口に自身を残された今なのに、それでもあの狂おしい日々への肯定的な愛着が残ることに気がつく。
 恥ずかしげもなくいえば、その愛着は今の若い人々の嬌態の肯定でもあるし、若さというものへの、ようやくの肯定だ。伝道の書は言う、「あたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」とは一般に解されているように、若い日から神に敬虔であれということではない。「日の下で神から賜ったあなたの空なる命の日の間、あなたはその愛する妻と楽しく暮らすがよい」という命令は、若い時に恋人とセックスの快楽に励めよということだ。ソロモンに擬された賢者が「あめんどうは花咲き、いなごはその身をひきずり歩き、その欲望は衰え」というのは、今の言葉でいえば、女のまんこはびろびろ、男のちんこはしょぼーん、ということだ。そうなる前に、やっとけ。おおっ、ではあるが、その渦中から「あなたの空なる命の日」は神のごとく存在する。いやそのむなしさという確実性の背後に神の存在の確実性があるのかもしれない。個別の作品から見ていこう。
 親戚の年上の女が離婚し帰省した夏になんとなく一度だけの性関係を持つ「みはり塔」や、一年前までは同じバイトをしていたのに今は人妻となった女との一度だけの性関係を描く「渚にて」では、一度だけしか許されず、あらかじめ失われたものとして、そして過ぎていく時間の象徴として性の行為と快楽が描かれる。だらだらとふしだらに続く他の作品の性関係の物語のなかにも、その一回性の切ない叙情は主要テーマのように響いている。人生なんてそんなものだというのではない。現実の人生には、そのような一回性に射止められることはあまりないものだ。大半の人の人生の実態は、凡庸に、本質を覆い隠しながら、愛情のような憎しみのようなどうしようもない関係性の連続のなかで、だらだらと終わりなく見えて擦り切れていく。
 短編集「明日また電話するよ」での傑作は、その両義性(一回性と凡庸性)をあえて薄く描いた表題作「明日また電話するよ」ではないか。なんどか読み返してそう思った。地方出身の高校の同級生の男が都会の大学に進学し、その間たまに会うとはいえ、女は4年ほど離れて暮らしていた。作品の時間では、彼女も就職準備に上京し、翌年就職の男の下宿で2日間やりまくる。それから二人で住む家を探そうかとして、それでも女は別の住処を見つけ、近隣であれ別れて暮らす新しい関係になれていこうとする。まさに、その瞬間を作品は捉えている。二人は互いを愛していると思ってるが、女は自分たちの結婚に至る関係もまたいつか倦怠期を迎えてしまうのではないかと少し怯える。男は、もちろん、そんなことはないと言いつつ、近隣の別居を「正しい」となんとなく思っている。
 男女には個性は付与されていない。むしろ作者はバカップルを描きたいとまで言っている作品だが、そういう形でしか「恋愛」が描けないのではないかという作意もあったようだ。そしてこの作品には作者山本直樹のリアル人生の何かも反映しているのだろう。
 二人はその後どうなったのだろうか? 作品からは読み取れない。あるいはどうとでも読み取れる。後日譚はあえて描かれないだろうが、実人生なら、生きているなら後日は付きまとう。個性なく描かれた男女はそれゆえに読み手としての男女の人生経験に重なってくるだろう。別れてしまうことになる男女も、続いた男女も、倦怠期に到達した男女もあるだろう。それらは性と恋愛の到達の結果といえばそうだが、その渦中では、到達の結果ではないある生きた瞬間の限りない切なさがあり、それは作品の受容を契機の一つして、後悔とは違った、時を経た愛着に変わる。
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夕方のおともだち
 「明日また電話するよ」がベスト短編集だというなら、続編の「夕方のおともだち(山本直樹)」は第一選集の残りということになる。それだけ作品の質は落ちるかと思っていたが、ふとそうではないのではないか。作品「明日また電話するよ」のような、ある叙情的なまとまりから抜け出た、堕落した教師を描いたもう一つの傑作「Cl2」のように、もう少しアクの強い作品群ではないか。そう思ってこちらも読んでみた。予想は当たった。
 性にまみれた青春の、お定まりに想定された喪失感覚よりも、さらに強烈に、生そのものに最初から喪失されたものが、この作品群では性をむしろ道具として出現し始める。最初からなかったはずの真実が喪失されたままで性の形を通して人生を痛切によぎる。作品「便利なドライブ」では、ある性の妄想が、最初から何もない風景に融合され、「これは本当になかったお話」となり、「だってここには本当になんにもないんだから」となる。「ない」ということが性の妄想を介在して「本当」に関わるなかで、妄想の喪失を超えた痛みが人の生を捉える。標題作「夕方のおともだち」ではそのままハード・マゾ男の痛みから、存在するかぎりの絶対的な喪失が、死のこちら側の空しい生として描かれる。「生き延びたければ生き延びるがいい」「生き延びてこのくだらない町に永遠に放置されるがいいさ」。そのように「宙ぶらりん」に私たちは存在しつつ、「本当」というものを垣間見せる性の狂乱をそれでも空しく渇望する。
 出口はないし、80年代に暢気に説かれたような永遠の逃避が可能になるわけでもない。そうした定めに解答などないのだから、出色の帯の文言、「少しだけ泣いてもいいですか?」と出合う人に肌を擦り寄せいくしかない。そうしたところに、個性を復権された人としての女や男が現れ始める。
 偽悪的に言おう、私は山本直樹が描く女はどれもワンパターンで、その性の肢体はどれも変わらない偽物に見える。女性器と肛門の差はつまらぬ演出というか投げやりな差異にしか見えない。だが、それはこのあらかじめ失われた性の、幻想的な具現が個性を持ち得ない仕組みそのものだったからではないか。性の幻想は人の個性を消失される装置でもあった。
 標題作「夕方のお友だち」で泣くことが許せる関係の女に、作者は奇妙な厚い生活感を持たせている。その分だけ、この女の性の肢体と相貌は歪むが、例えば、気合いをもってひっくり返すスペインオムレツのシーンはいきいきと美しい。あとがきで、この作品発表時の編集者がこのシーンが必要なのかと疑問をもったと書かれている。なんとも感性のない編集者だというのはたやすい。しかし、私が編集者でもその時代なら、そう言ったかもしれない。今なら、そういう時代の違いが作品を通して意識できる。だから、この作品集は、今もう一度読まれるべきだった。

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2009.06.29

[書評]「無駄な抵抗はよせ」はよせ(日垣隆)

 書名は少し挑戦的だ。「「無駄な抵抗はよせ」はよせ(日垣隆)」(参照)というのだから、「無駄とわかっていても抵抗はしてみよう」ということになる。抵抗する対象は何か? 帯に「体と心のピンチに! やっぱり痩せたい、老いたくない、安らかでいたい、ボケたくない」と続くから、老化や精神的につらい状況が対象だとわかる。では本書に抵抗できるだけのツールがあるか。帯はこう続く。「著者が自身のために集めた科学と智恵の簡単極意をお裾分け」。そうだなと読んでみて思った。率直なところ無駄な抵抗もしてみるものだとまでは思えなかったが、きちんとお裾分けはあった。

cover
「無駄な抵抗はよせ」はよせ
日垣隆
 内容は、第一線で活躍されている科学者を中心にジャーナリスト日垣隆によるインタビューを今回のコンセプトで8点まとめたものだ。
 私が一番面白かったのは、1946年生まれ、というから今年63歳になる日本航空の現役パイロット小林宏之氏の話だった。1968年にパイロット訓練生として入社。2006年に退職はしているがその後も嘱託として勤務され、パイロットとしては最高齢になるという。インタビューのポイントはパイロットという厳しい仕事を40年以上も一線で行っている秘訣になるが、他に首相特別便の経験など飛行機から見る戦後史といった趣向の話も興味深い。インタビュアーはそのあたりもうまく引き出している。書籍の構成上、一人分の話量といったバランスもあるだろうが、もう少し話を聞きたいと思った。回想録などあれば是非読みたいものだ。
 電車のホームからの転落事故がきかっけで、35歳で高次機能障害となった若狭毅氏の話は、自分にも起こるのではないかと身につまされるものがあった。事故後、彼は 1+1 もわからなくなり、娘さんが誰かすら認識できなかったという。毎日新聞社会部記者という頭脳を酷使する仕事に就きながら、以前に自分が書いた記事も理解できなくなった。リハビリの過程はその後編集に携わる「サンデー毎日」に連載されたらしいが、私は該当連載を読んだことはない。本書の話では、家族が支えになったそうだ。幼い娘さんとトランプの「神経衰弱」をすることもリハビリの一環にしたというのは、しみじみとするエピソードだ。
 このブログでも以前扱った、レコーディング・ダイエット法「いつまでもデブと思うなよ」(参照)の著者岡田斗司夫氏の話も、同書とは違った切り口で興味深かった。知らなかったのだが、私より一歳年下で、日垣氏と同年の岡田氏には高校三年生の娘さんがいて、彼が太っていたころは挨拶の愛想もなかったそうだ。ところが、痩せたら「お父さん、一緒に歩こうよ」と氏になつくようになったという。なんかうらやましいような怖いような話だ。そういえば日垣氏も20歳を超えた娘さんとデートをする話をどこかで読んだことがある。メルマガであっただろうか。
 本書のインタビューはどれもTBSラジオ日曜日夜9時放送の科学トーク番組「サイエンス・サイトーク」(参照)を元にしている。同番組はもう10年以上も継続し、著者日垣氏も「あとがき」で企画当初は30代でしたと懐かしく思っているようだ。また「あとがき」では結果ライフワークになったとも述懐している。彼のインタビューは、事前に徹底的に対象者の資料やその分野基礎知識を読み込むところに特徴がある。それだけの知的訓練を10年以上継続したというのも、すごいものだなと思う。
 「サイエンス・サイトーク」を元にした書籍は本書で九冊目になるという。年一冊のペースになるかなと、自分の備忘のためにもリストにしてみた。初期は新潮OH!文庫から、その後はWAC BUNKOの「知の旅」シリーズになり、書籍としての企画性は強くなる。個人的には、「愛は科学で解けるのか」が初回ということもあり印象深く記憶に残っている。

  1. 「サイエンス・サイトーク 愛は科学で解けるのか (新潮OH!文庫)」
  2. 「サイエンス・サイトーク ウソの科学騙しの技術(新潮OH!文庫)」
  3. 「サイエンス・サイトーク いのちを守る安全学 (新潮OH!文庫)」
  4. 「天才のヒラメキを見つけた! (WAC BUNKO)」
  5. 「頭は必ず良くなる (WAC BUNKO)」
  6. 「方向音痴の研究 (WAC BUNKO)」
  7. 「常識はウソだらけ (WAC BUNKO)」
  8. 「定説だってウソだらけ (WAC BUNKO)」
  9. 「「無駄な抵抗はよせ」はよせ (WAC BUNKO)」

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