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2009.01.09

ガザのトンネル

 ガザ地域にはエジプトに通じるトンネルがある。かなりあるようだ。フランスPlaypodによる2006年作成「Rafah:One Year in the Gaza Strip」を放映したNHKの番組案内の話ではこう(参照)。


パレスチナ・ガザ地区とエジプトの国境の町ラファには、パレスチナ人が、イスラエル軍との戦闘に備え武器を密輸していた秘密トンネルがあった。そのトンネルが、2005年9月にイスラエル軍がガザ地区から撤退した後も存在し、頻繁に使われている事を、国境地帯に潜入したフランスの取材班が突きとめた。

 これは「フランスの取材班が突きとめた」というほどでもなく、他でも報道されている。1日付けBloomberg記事「ガザ住民 命の地下トンネル ガソリン・家畜・iPodも密輸」(参照)ではこう。

 140万人のパレスチナ人が暮らすガザ地区では、イスラエルによる封鎖が続いている。無数に掘られたトンネルは、ガザ地区住民の生活を支える生命線だ。トンネルを経由してガソリンや食肉、洗濯機からiPodまでさまざまな品物が密輸される。
 ◆流入物資の90%担う
 「トンネルなしでガザ地区の経済は成り立たない」とガザ市のエコノミスト、オマル・シャバン氏は話す。「経済が闇市場に完全依存していると非難されるが、国境が封鎖されればこうならざるを得ない」

 ライフラインでもある。が、先の引用にもあるように対イスラエルの武器の流入口でもある。

地下ネットワークは、同地区を実効支配下に置くイスラム原理主義組織ハマスの武器調達にとって欠かせない役割を担っている。

 武器の利用について、先のPlaypodではこうも指摘している。

ラファではイスラエル軍の撤退後、パレスチナ人住民の地縁血縁ごとの派閥間の抗争が激化。トンネルを介して運ばれる拳銃や弾丸などは、皮肉なことに、今度は身内同士の戦いに使われていた。部族間で起きた殺人の和解交渉の現場では、息子を失った父親の脇で、部族の自警団十数人がカラシニコフを手に待機。住民は「パレスチナ警察には何の力もない」と、治安が良くなる兆しのないことを嘆く。

 「パレスチナ警察」が、ファタハを指しているのかハマスを指しているのか。前者だろうとは思う。
 これがイスラエル空爆の目的にも関係しているという推測をBloomberg記事が書いている。

 「空爆の標的の一つにトンネルが入っていることは間違いない。イスラエルは、エジプトとガザ地区の行き来を遮断したいと考えているだろう」とテルアビブ大学の軍事アナリスト、イフタク・シャピール氏は指摘する。

 そうなのだろうか。というか、国際政治ではそれがどのくらい、ガザ侵攻において重要性があると見なされているのか。
 また、ガザのトンネルについてPlaypodとBloomberg記事からは、ハマスや武器そのもの提供者についてはよくわからない。が、トンネルなんだからガザ側の向こうから武器が来るわけで、その地がエジプトであることは間違いない。
 では、エジプト政府がハマスに武器を提供しているのかというと、ガザ和平の仲介を買おうとしているエジプト政府がこれに関与していると見るのは、少なくとも表面的には難しい。
 では、誰が武器を提供しているのか。
 ニューヨークタイムズ”Incursion Into Gaza”(参照)が参考になるだろう。和平条件についての文脈だが。

Israel, aided by the United States, Europe and moderate Arab states, must try to end this conflict as soon as possible and in a way that increases the chances for negotiating a broad regional peace.

That means ensuring at a minimum that Hamas — a proxy of Iran — is not seen as gaining from the war, that the rocket fire is halted permanently and that the terrorist group can no longer restock its arsenal with more deadly weapons via hundreds of tunnels dug under the Egypt-Gaza border.


 ニューヨークタイムズでは、ハマスをイランの代理と明言し、和平条件について、ハマスに利益がないこと、ハマスからのロケット弾攻撃がないこと、そして、ガザのトンネルを経由した武器の流入がないことを挙げている。
 やや曖昧だが、これはようするに、イランが供与したロケット弾などの武器がガザのトンネルを経由して持ち込まれているのをやめるのが和平条件だと、読んでもそう違和感はないだろう。
 そういうことなのだろうか。
 クリスチャン・サイエンスモニター”The long tunnel to a Gaza peace”(参照)は、ガザのトンネルをイランの文脈で重視している。

After nearly two weeks of war in Gaza, indirect talks between Israel and Hamas have begun. That should bring some hope to civilians who face needless killings on both sides. The talks, however, hinge on the future of tunnels from Egypt used to smuggle arms to Hamas – courtesy of Iran, the stealthy Middle East meddler.

 つまり、イランが供与する武器がガザのトンネルを経由して持ち込まれるなら、和平は難しいだろうというのだ。
 記事はむしろ、この問題をアラブ諸国とイランの関係において展開していくのだが、ここで当然気になることがある。武器の流入口であるエジプトはこの問題をどう考えているのか。昨年11月のAFP”ガザ地区で密輸トンネル13本摘発、高まる人道危機”(参照)が参考になる。

 エジプト治安当局はこのほど、パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)のラファ(Rafah)検問所付近で、13本の密輸用トンネルを摘発した。
 イスラム原理主義組織ハマス(Hamas)が2007年にガザ地区を制圧して以来、イスラエルはガザ地区に対し経済封鎖を実施しており、パレスチナ人らは密輸用トンネルが生命線だと話している。国連(UN)の試算によれば、ガザ地区内の住民の半数以上がすでに貧困ライン以下の生活を送っているとみられる。

 同記事では武器の密輸については触れていない。また、視点は生活物資に置かれている。ガザのトンネルがないと「高まる人道危機」というのだ。
 エジプトとしては、単に密輸として取り締まるが、人道的な配慮もあって強力な摘発は難しいということだろうか。
 いずれにせよ、エジプトの及び腰というのは受け止められるし、この記事が武器について言及していないものその関連かもしれない。
 クリスチャン・サイエンスモニター記事に戻ると、ここではエジプトが槍玉に挙がっている。エジプトはガザのトンネルについて取り締まりができていないというのだ。もちろん、その槍玉挙げはイスラエルによるものだが。

Blocking the smugglers and their tunnels appears to be Israel's main goal in this war – and it doesn't trust Egypt, whose border guards are either corrupt or incompetent, to again keep watch over the sandy, 10-mile border. "Preventing a Hamas arms buildup is the necessary foundation of any new calm arrangement," says an Israeli spokesman.

 なぜエジプトは及び腰なのだろうか。また、それはエジプトだけの問題なのか。同記事では、これをアラブ諸国全体の動向として見ている。

But Egypt, under President Hosni Mubarak, balks at allowing foreign troops from, say, Turkey or France, to infringe on its sovereignty in the Sinai. And that hesitancy reflects a wider problem: Arab states from Saudi Arabia to Morocco are reluctant to stand up to Iran, at least openly.

 エジプトしてみると、トルコやフランスがシナイ半島にしゃしゃり出てくるのは不快だし、アラブ世界としては、イランと事を荒立てたくはない。
 そうはいってもアラブ諸国は核化するイランを恐れているとも指摘している。

Yet these Arab leaders need to better confront the region's Islamic extremism that Iran represents, seen starkly in Hamas's rocket attacks; the Iranian-controlled group in Lebanon, Hezbollah; and the global standoff over Iran's race to develop a nuclear-weapons capability.

 以上、クリスチャン・サイエンスモニターの見方はやや陰謀論に近いかなという印象もある。だが、今回のガザ空爆でアラブ側での躊躇のように見えるものの背景の一つの説明になるだろう。
 そして、結局、このガザのトンネルという問題は、どういうところに落とし所があるのだろうか。

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2009.01.06

[書評]鷹は昼狩りをしない(スコット・オデール)

 なんとなく積ん読にしてあった「鷹は昼狩りをしない(スコット・オデール)」(参照)をこの正月に読んだ。もっと早く読んでもよかったのだろうが、好きな物は最後まで残すといった心理がついにここまで引っ張ったことになった。25年以上か。読んで、とても面白かった。深く感銘した。

cover
鷹は昼狩りをしない
スコット・オデール
犬飼 和雄
 話は、結果として欽定訳聖書の元になった聖書を翻訳をしたウィリアム・ティンダルのエキザイル(国外逃亡・流浪)と船乗りのトム・バートン少年がその間青年になる物語だ。ティンダルについてはウィキペディアの日本語にはごく簡素な説明しかない(参照)。

ウィリアム・ティンダル (William Tyndale, 1494年あるいは1495年 - 1536年10月6日) は、聖書をギリシャ語・ヘブライ語原典から初めて英語に翻訳した人物。宗教改革への弾圧によりヨーロッパを逃亡しながら聖書翻訳を続けるも、1536年逮捕され焚刑に処された。

 邦訳書のほうはすでに絶版だがアマゾンを見ると古書の入手は可能だし、地域の図書館には残っているところもあるかもしれない。ティンダルと聞いて、えっと身を乗り出す人には、ティンダルの人柄が彷彿とさせられるという意味で楽しい読書になると思う。
 当然ながら英語のウィキペディアの項目は詳しい(参照)。中でも、多少私には意外に思えたのは、ヘンリー・フィリップスの記載もあったことだ。が、そのあたりの史実は、本書を普通の書籍として読む人には、多少ミステリー仕立てにもなっているので、とりあえず知らないほうがいいかもしれない。
 ティンダルについては、近年田川健三先生が翻訳されたデイヴィド・ダニエルによる「ウィリアム・ティンダル―ある聖書翻訳者の生涯」(参照)があるが、その価格に恐れをなして私はまだ読んでいない。勁草書房のサイトには同書の目次が掲載されていて(参照)、内容への想像がつく。先のヘンリー・フィリップスについても詳細な話がありそうなので、聖書学や史学的な関心以外に史実的な興味も満たされるようにも思う。いずれ読むことになるだろう。
 私がティンダルについて関心を持ち、本書を知ったのはもう25年以上も前になる。NHKで放映されたアニメ「太陽の子エステバン」(参照)の原作「黄金の七つの都市」(参照)の作者ということでスコット・オデールを知り、そして彼がティンダルの物語を書いていることを知った。
 エステバンの放送は1982年から1983年の1年間で、本書「鷹は昼狩りをしない」(邦訳書)は1980年に出ている。「黄金の七つの都市」の邦訳書は1977年なので、「鷹は昼狩りをしない」の翻訳はテレビの影響ということはない。そして長い間、私はこの本をなぜか読みたいと思いつつ読まないでいた。
 版元の「ぬぷん児童図書出版」は1985年には倒産したようだが、ググってみると、「Alisato's 本買い日誌 2003年 01月 下旬」(参照)に、そうなんだろうなと思うことが書かれている。

ジリアン・クロス作/安藤 紀子訳/八木 賢治画『幽霊があらわれた』(ぬぷん児童図書出版,1995.11,, ISBN4-88975-149-1)読了。

版元が倒産したかなにかで、在庫がブックオフに流れていたのを拾った。(bk1でも取り扱い不可だから、多分倒産。)ぬぷん児童図書出版はピーター・カーター『果てしなき戦い』のような硬派の児童文学を出していた版元でしたが、硬派すぎてイマドキの子供には受けなかったんでしょうね。 これも割と硬派な作品。児童書の体裁ですが、ヤングアダルト向けプロブレム小説に近い。初期の三原順の短編のようです。


 「鷹は昼狩りをしない」と同じく「心の児童文学館シリーズ」の作品である。たしかに、「鷹は昼狩りをしない」は「イマドキの子供には受けな」いかもしれないが、けっこう絵にもなるシーンもありストーリーも面白いのでアニメにして再現されてもかなりいけるだろうが、それでもティンダルが大きく取り上げられるということは日本ではありえないかもしれない。
 金原瑞人さんのホームページにも興味深い話「金原瑞人のあとがき大全(1)」があった(参照)。

 金原瑞人という名前で出した最初の訳書が、『さよならピンコー』(じつは、それ以前に数冊、ハーレクインを訳したことがあるが、そのときはペンネーム) いやあ、なつかしい。たしか八六年の発行だったと思う。十五年前。大学院の博士課程を修了して(正確にいうと「単位取得満期退学」)、あちこちの大学で非常勤講師を務めていた頃だ。出版社は昨年倒産した「ぬぷん児童図書出版」。なぜ、ぬぷんから訳書を出版することができたかというと、当時そこの選本や翻訳を担当していた犬飼和雄先生が、「訳してみないか」といってくださったから……なのだが、そこへいくまでにはかなり長い話がある。

 この犬飼和雄が本書の翻訳者でもある。金原の話の続きも面白い。

 一九七八年、つまり大学四年生の十一月、いくつかの出版社を落ちて、卒業後どうするかという決断に迫られた。そこでカレー屋をやることにした。その頃東京にきていた妹と妹の彼氏(わが高校の同級生で、現在、わが弟になっている)を巻きこんで、屋台のカレー屋をやることにしたのだ。そして一ヶ月ほどカレーばかり作っていた……ところ、大学で卒論の指導教授だった犬飼先生とばったり会ってしまい、「やあ、金原君、就職はどうなったね」ときかれ、「全部だめだったので、カレー屋をやります」と答えたところ、「カレー屋はいつでもできるから、大学院にこないか」と誘われてしまった。恥ずかしながら、当時は大学院がなんのためのものかちっとも知らなかった。いや、そもそも法政大学に大学院があることさえ知らなかった。

 人間には未来を見る能力はないが、その時代から到達した今という未来からそのエピソードを顧みると感慨深いものがある。
 話を戻すと、たぶん、「鷹は昼狩りをしない」(スコット・オデール)を翻訳しようと選定したのも犬飼和雄であっただろう。その後、犬飼先生はどうされているのか調べてみると、昨年4月27日の読売新聞「ほのぼの@タウン」という記事にこうある。

◆甲府市 「やりたいことがあると人生は楽しい。夢はあきらめないこと」
 法政大名誉教授の犬飼和雄さん(78)(酒折)は、様々な夢を追い求めて半生を生きてきた。
 入学した東京大学では理2が希望だったが、小説を書きたかったこともあり、芥川龍之介や夏目漱石をまねて英文科に。何度も行き詰まったが選んだ道だと自分を納得させ、33歳で文学界新人賞を受賞した。
 27年前からは、2~3000年前の古代中国語を学んでいる。古代の甲斐の国を知るため、「百子全書」などの書を読み解きたいからだ。ペースはゆったりで「200単語を暗記しても300単語は忘れるため、あと30年以上はかかる」と冗談も飛ばす。
 中国文化研究所を設立したのは10年前。収集した資料の情報を共有する目的からだが、訪ねてくるのは中国人学生ばかり。レプリカだが甲骨文字が刻まれた亀の甲羅やヒスイの白菜、守墓神など珍しい物もあり、日本人も「気軽に来てほしい」と呼びかける。
 子どものころは、授業中に試験問題がひらめくことが多かった。基礎知識に乏しいのは要領よく勉強してしまったためだと思う。漢字に不必要な「、」を付けたり、46歳のときまで喉(のど)を「のぞ」と発音していたり。
 いまでも、人に言えないような失敗を犯し、落ち込むこともある。でも、「夢を持っているから」乗り越えられると思う。

 ご健在のようす。
cover
The Hawk
That Dare Not Hunt by Day
Scott O'Dell
 「鷹は昼狩りをしない」に話を戻すと、邦訳書は他社にも継がれず絶版の憂き目のままのようだが、オリジナルの「The Hawk That Dare Not Hunt by Day(Scott O'Dell)」(参照)ほうでは古典として定着しているようだ。

Tom Barton and his Uncle Jack live on the edge of danger, smuggling goods under the very nose of the king's searchers. Shrewd, brave, desperate at times, they make run after run across the Channel, braving rough seas, heavy winds, and a growing restlessness among their countrymen. All Europe is aflame with the writing and preaching of Martin Luther.
(トム・バートンと叔父のジャックは、王監視下にありがなら密輸というやばい仕事をしている。悪知恵と勇気を持ち、時にはやけっぱちでありながら、彼らは運河を渡り、荒くれた海や嵐を勇敢に越え、同国人のなかにあって不穏ながらも成長する。全欧州はマルチン・ルターの文書と説教で燃えている。)

Tom and his uncle come into contact with another man, William Tyndale, whose work and prayer is to put an English Bible into the hands of the common people. While Uncle Jack sees only the profit in a religious Reformation, it is Tom who sees in Tyndale's work the dawning of a new age and a new way of life for himself and England.
(トムと叔父は、ウィリアム・ティンダルと面識を持つ。彼の仕事と祈りは、庶民の手に英語の聖書を渡すことだ。叔父ジャックが見るものは宗教改革による利益だが、トムはティンダルの作品が新時代とをもたらし、また彼の人生と英国に新しい道をもたらすことを知っている。)

William Tyndale was the hawk that dare not hunt by day. Hunted, hated by many, a fugitive in several countries, this humble man's pen changed the course of history. For modern Christians, he is the symbol of scholarship and courage, determination and meekness. For Tom Barton, he was father and friend, teacher and comforter, and the first true testimony of Christ in a godless age.
(ウィリアム・ティンダルは、昼はあえて狩りをしない鷹であった。お尋ね者であり、多くの人に憎まれ、国々を逃亡したこの謙虚な男のペンは歴史の流れを変えた。現代のキリスト教徒にとって、彼は学問と勇気、決意と柔和の象徴でもある。トム・バートンにとって、彼は父でもあり友でもあったし、教師でもあり安らぎを与える人でもあった。そして、神無き時代のキリストの最初の真の証人でもあった。)


 ということで、The Hawk That Dare Not Hunt by Dayはティンダルを指すのだが、私にはその含みがいま一つわからない。そして率直にいって、邦訳のタイトルは誤訳とまではいえないにせよ、失敗だろうと思う。
 英語ペーパーバックの説明では叔父ジャックを利益にこだわる人間のように描いているが、実際に読んでみるとそう断定もしがたい。むしろこの時代のハンザ同盟の気風をモデルにしているふうでもある。
 本書を読みながら、グーテンベルクの貢献は聖書の印刷にこそ意味があったのだろうなという印象を深めた。また時代はヘンリー八世の時代でもあり、短い物語ながらもこの時代の空気をうまく伝えている。
 物語では主人公トムは当初文盲であり信仰もない少年だったが、ティンダルから文字を学び、そして静かに敬愛を深めていくようすが、抑えた筆致で感動的に描かれている。

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2009.01.04

[書評]吉本隆明の声と言葉。〜その講演を立ち聞きする74分〜(吉本隆明,・糸井重里)

 今日、NHKの教育で22:00~23:29に、ETV特集「吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」(参照)が放映される。いちおう録画予約を入れた。リアルで見ることはないと思うし、予約がこけることもないと思うのだけど、そうだな、ワンセグのほうでもダブルで予約入れておくかな。


戦後思想界の巨人と呼ばれ、日本の言論界を長年リードしてきた吉本隆明(よしもと・たかあき)さん。84歳になった今も、自らの「老い」と向き合いながら、思索を続けている。

吉本さんは、目が不自由になり読み書きがあまりできなくなった。足腰も弱り、糖尿病を抱えている。しかし、2008年夏、「これまでの仕事をひとつにつなぐ話をしてみたい」と親交のあるコピーライター糸井重里氏に協力を依頼し講演会を開いた。


 とういこと。
cover
吉本隆明の声と言葉。
〜その講演を立ち聞きする74分〜
吉本隆明, 糸井重里
 かなりたぶん、この講演のころ出版された「吉本隆明の声と言葉。〜その講演を立ち聞きする74分〜(吉本隆明,・糸井重里)」(参照)と関連があるのだろうと思う。で、この本は献本を頂いていた。私が吉本隆明の熱烈なファンであることと理解してもらったことでもあり、それはそれで嬉しかった。
 私は吉本隆明に会ったことがない。知り合いが彼の本の編集に関係していたことがあり、私淑とまではいかないけどそのツテがないわけではないし、また1987年のイベント「いま、吉本隆明25時―24時間連続講演と討論・全記録(吉本隆明, 中上健次, 三上治)」(参照)にも行かないかと誘われてもいた。行かなかった。行った人の話では、話の合間、舞台隅でお山座りでじっとしている吉本の姿がベトナムのボートピープルみたいでよかったよとのことだった。そうだろうなと思った。
 その後、弓立社からこの録音が販売もされ、当時は私は小林秀雄の講演録音などを好んで聞いてもいたので(で時間系列は合っているかな)、少し気になっていた。しかし、吉本の肉声は聞かなかった。どういう声質でどういう語り口の人かは予想はついていた。それは、彼の結婚の経緯を知ればわかることじゃないかとも思っていた(この本には書かれていない)。今回、糸井さん企画の「立ち聞き」で、MP3嗽エンコーディングの向こうから肉声を聞いたが、そこはあらかた予想どおりだった。初めて聞くのに懐かしいという感じでもあった。ただ、ちょっと違った印象もあった。
 このブログを始めたころ、私にとっては吉本隆明は終わりという意識があり、それと格闘していた。今の時点で言うなら、私は吉本隆明に完敗というか、まったくこの人にはかなわないと思うようになった。そういうと心酔者のようだが、自分自身の理解としては少しずれる。むしろ、自分が無名であり知識人としては公的には無だがそれでも、昔吉本さんの講演録で「おまえさんたちみたいなインテリは一生インテリなんだから、あきらめな」という話があり、自分のことを言われたように思った。また、私は20代後半の一夏、シモーヌ・ヴェイユのひそみで工場現場の仕事(といってもラインではなかったが)もして自分の知の撲滅を図っていたころ、吉本さんの宮沢賢治の評論だったか、「知識人はそうやって自滅を計るものだがやめときな」というのを読んだ。正確な言葉は忘れたが、ああ、そうだと思った。で、なんというか、それで救われた。吉本さんには恩義がある。
 自分が半可通なできそこないの知識人であることは自分の宿命みたいなものでそれは受け入れていくしかないんだろうと観念したし、「では吉本さん、その知が非・知に解体する姿をきっちり見せて下さいね」とも思った。そして吉本さんは、きちんと見せてくれたと思う。私も、80過ぎまで生きられて、ボロボロな爺さんになれたらいいなとまで思う(なれないにせよ)。なにより、この時代にあって、知が巨大な自然のなかに起立しつつ回帰しいく光景を見るというのは、思想というものが辿りうるもっとも壮絶な光景ではないかとまで思う、いや、レトリック過剰。ウソが入った。もしそうだったら、それをじっと見ていたはずだ。でも必ずしもそうではない。なぜ私は吉本の肉声を避けていたのか。
 そういえばと思い出すことがある。ビートたけしが監督として受け出し、いっぱしに知識人みたいなことを言い出して、ついでに吉本批判をしたころ、吉本はそれを聞いて、記憶なので不正確だが、けろっとビートたけしみたいなのに批判されるほど自分の思想は小さくないと思うがねというのと、むしろたけしには話芸ということで勝ちたいものだと言っていた。力点は話芸のほうにあった。吉本は、自身の話芸というものを磨こうとしていたのだろう。たぶん、80年代の初めではなかったか。今回の「立ち聞き」をこれはいつの年代かな、話芸としてはどうかなといろいろ思った。言うまでもないが、小林秀雄の話芸のほうはまさに話芸としかいえないようなものがあった。この話芸に匹敵するのは、五木寛之くらいかな。
 本の話に戻る。その前に率直に言うと、私は糸井重里という人にアンビバレンツがある。こっそりいうが私は萬流コピー塾に投稿して一点掲載されたことがある。自分にはコピーの才能はないなという確認で終わったが、逆にその過程で、糸井さんの才能というものを深く理解した。また彼の前妻はクリスチャンで当時の彼は、嫁さんがクリスチャンであることはどういうことなのか考えていたようだったのも関心を寄せていた。
 私は、他者を見るとき、その人がどのような恋愛的な情熱と罪を意識を隠蔽して生きているのかとつい考える、つまり下衆であるのだが。当時、糸井重里が村上春樹と気楽な共著を書いているとき、糸井さんは村上夫妻に、あれは夫婦っていう関係と違うなという感想をしゃらっと洩らしていた。あるいは彼の前妻がそう言ったのかもしれない。で、村上春樹のほうも似たようなことを言っていたように記憶するのだが、このあたりの本、吉本の著作を含めてぜーんぶふててしまったのでよくわからん。
 下衆の勘ぐりには延長があって、女を捨てた男を私は認めない、というのがある。小泉元首相が出て、世の中が熱狂していたときも、私は、こんな、女を捨てる男をオレは信じないねというのはあった。実は今でもそう思っているが逆に受け止められるふうはある、どうでもいいが。ほいで、糸井さんの離婚・再婚でもそう思った。下衆の勘ぐりは続くもので、その後も通販生活のエッセイでご夫妻の様子をじっと見続けていた。これについては、私も年を取ったのでいろいろ思いが変わった。率直にいうと、糸井さんは糸井さんなりに、なんつうか若い日の思いは思いとして受け止めているんだろうし、そこに自分があまり関心がもてなくなった。下衆度が少し減ったのか。
 だらだらした話になってきたが、続く。糸井さんを受け入れにくいなと思っていたのは、ニューアカ全盛のころ、浅田彰や中沢新一なんかとつるんでほいほい吉本隆明の悪口の座にしらっといるあたりだった。もちろん、同調はしてないし、そのあたりの立ちまわりがずるこいなとも思っていた。吉本隆明ってただのトンデモさんでしょと普通に思っているだろう浅田彰に媚びているふうでもなかった。蓮実重彦に罵倒されるのが嬉しくてよっていくエピゴーネンとも違っていた。
 で、吉本はどう見ていたか。これは今思うのだけど、糸井も中沢も信じていたと思う。率直にいうとこういうあたり、私が吉本隆明にアンビバレンツをいだくところだ。
 吉本は糸井がゲバ学生だったことを知っており、こっそりサポートしようとしている。これは高橋源一郎についてもそうだ。坂本龍一についてもそうだ。この二人はその後、朝日・岩波的というか、しゃらっとした昭和モダンな左翼に吸引されていくのだが、彼らは吉本は批判しないし、吉本もそこは批判しない。中沢についてもその背景を吉本は知っているのだろうと思う。つまり、なんのことはない、セクト的な感性が吉本さんにはあるなと私は思っていた。というか、それこそが吉本さんが30代だった敗北というものの意味かもしれない。吉本がそういう部分でなくて、自然に共感や好意を持っていたのは江藤淳や小林信夫などのほうだろう、年代的にも。
 本書を見るとしゃらっと糸井は「25年以上前、糸井重里は「戦後思想界の巨人」と呼ばれる吉本隆明さんにお会いしまいた。それ以来、吉本家のお花見や海水浴などに参加したり、ときどきお家におじゃましたり、というおつきあいを続けてきました」と言う。間違いでもないだろうし、そうして見える部分の、つまり、非・知として完成に向かう吉本隆明を、きちんと受け止めてもいだろうし、それの一部がばななさんに結集していくのも興味深く見ていただろう。ついでに言うけど、この親子のオカルトのトンデモ度はかなりなものですよ、私がいうと失笑する人も多いだろうけど。
 で、ようやく本書、というか、CD。聞いた。圧倒されましたよ。何にって、糸井さんが、どれほど吉本の声と言葉を聞き続けていたかということがわかった。何十時間というものじゃない、何年にもわたり、吉本隆明が語るということはどういうことかを糸井さんは聞き続けたのだなと。こりゃ奇跡的だなと思いました。まいりましたよ、糸井さん、すごいよ。
 そして今回の「立ち聞き」がこういうビジョンを描くというのにも圧倒された。これ、読売新聞記事「「ほぼ日」10周年記念に吉本隆明講演デジタル化 」(参照)より。

――50講演だけでも大変な量ですが、残りの講演はどうなりますか。
糸井 最終的には、無料にするのが目的です。CD集が売れたら、残りはタダでだれでも聞けるようにしたい。高速道路のように最初は有料でも償還後はタダにする計画で、お金を出してくれた人は「あなた方が後でお金のないひとがタダで聞けるようにしてくれた」と感謝される形になります。吉本隆明の“リナックス化”がそこから始まります。吉本さんの講演が百何十回分無料で聞けるって、実現できたらすごいことだと思います。世界中を探してもそんな人はいないでしょう。

 吉本隆明の思想が無料化されることなど、率直に言えば、大したことではないと思う。そうではなく、戦後が終わり、日本が新たな混迷を迎える時代のなかで思索を続け、もどかしく語り続けた人のなかに、大衆の原像の声が聞きうるかもしれないということだ。
 いや、思想的に大衆の原像というものはすでに解体されている。しかし、歴史というのは、知ではなく、非・知の側から揺り動く。その言葉にならないものが言葉になろうとしているあり方は、人の歴史そのものだろうし、戦争を経験して考えて、うちのめされた普通の人の肉声に近いものからその意味に至ろうする何かを日本語として聞くことが可能になることは得難い恩恵でもある。
 それに何の意味がある?
 あると思う。たぶん、それは、歴史の反面がゆさぶる時代の狂気を癒す。

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