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2009.03.20

ガダルカナル島からの退却、かな

 一夜明けて驚いた。ガダルカナル島からの退却のようなリークが飛び交っている。逆になんだよそれ、とも思うが、とりあえずログって、そして思うところもあるので書いておこう。
 昨晩、さらりとエントリを書いたあと、読売新聞記事「小沢氏「検察と徹底的に戦う」…秘書起訴でも代表継続か」(参照)を見て、率直なところ、嫌な予感がした。


 民主党の小沢代表は19日夜、東京・銀座の日本料理店で鳩山幹事長と会い、自らの資金管理団体を巡る政治資金規正法違反事件への対応を協議した。
 鳩山氏によると、小沢氏は「検察がどういう判断をしようと徹底して戦う。自分の身分に関して未練があるとか、そういう話ではない。検察の大変ひどいやり方に国会議員が屈したら、政権を取ったとしても同じようなことが続く」と述べ、東京地検特捜部の捜査を強く批判した。「一番大事なのは、政権交代を実現させなければならないということだ」とも語った。
 党内では、逮捕された小沢氏の公設第1秘書が起訴されても代表を続ける意向を示唆した発言だという受け止め方が出ている。

 時事の報道「検察との闘争宣言=「屈すれば同じこと続く」-民主・小沢氏」(参照)はもっとひどかった。

 民主党の小沢一郎代表は19日夜、都内の日本料理屋で鳩山由紀夫幹事長と会談した。西松建設の違法献金事件で自身の公設秘書が逮捕されたことについて、小沢氏は「検察がどういう判断をしようと、これからも徹底して戦う。もし国会議員が屈したとなれば、政権を取ったとしても同じようなことが続くだけだ」と述べ、秘書と自らの「潔白」を改めて主張した。
 鳩山氏によると、小沢氏は「この身はどうなっても構わない。自分の身分に未練があるとか、そういう話ではない」と強調。その上で「ここで戦わなければ、国民のためにならない。政権交代を阻止したいというさまざまな力に対しては、徹底的に戦う」と語った。 

 もちろん見方によっては以前も同等のことを言っているし、今回のこの発言には別の文脈もあるのだろうが、この発言だけ見れば、この決死の覚悟というか、昭和な人間には三島事件の檄を連想させるような、同じく元田中奉行の一人渡部恒三も、直接の言葉ではないけど、乱世の小沢はこれで憤死するはずだから死なせてやれみたいな思いを伝えていて、ああ、嫌な感じだなと思った。まあ、死ぬ気なら、手向けの心っていうのもあるよとも思っていたが、こんなのはもうやめたほうがいい。
 人にとって大切なことは個人がその人ならではの人生を生きることであって大義とか公に生きることではないと私は思う。政治なんてくだらないものだ。余程の馬鹿が悪魔に魅入られてやる奇特なドブ浚いだとくらいしか私は思わない。が、やる人がいるなら、その糞掃衣の一部を自分が被るくらいの共感と支持をしなくてはならないとも思う。まあ、率直に言うと、小沢さん、残念でしたね、あなたの天運はここまですよ、大連立の失敗でもそう思っていたじゃないですか、いくら南洲に憧れても田原坂で若者を骸の山に巻き込むことはやめくださいよと。そう思っていた。
 だが、日経の報道「小沢氏「徹底して闘う」 検察との対決姿勢鮮明」(参照)では、胸が熱くなったし、泣けた。

 小沢氏は秘書の拘置期限が切れる24日にも進退を判断する意向。「自分の身分に未練があるとかそういう話ではない」としたうえで「ここで闘わなければ国民のためにならない。一番大事なのは政権交代の実現だ」と強調。鳩山氏は「党としても団結して代表の思いを理解して闘っていきたい」と応じた。
 小沢氏は「麻生太郎首相も気づいていないだろうが、検察のひどいやり方に国会議員が屈したとすれば、次は政権与党側に来る。政権を取っても同じようなことが続くだけだ」とも語った。

 私は小沢さんが、国民新党や社民党まで連帯していくと言ったとき、それは支持できないと思った。ひどいと思った。いくら政権交代が生涯の夢であったとしても、そして政治家なら何がなんでも形振り構わずそれをやるというというのも理解でないことはではないが、私はそんなことをしても国民を混乱させるだけの迂回になるだけだし、迂回路なら静かに死後の思いを託すように迂回したらどうかと思った。引退してくださいよと思った。そのあと民主党がきちんとマニフェストを掲げるなら読むけど、目下の日本の経済状況をまるで理解していないような同党には関心は薄れていた。
 が、「麻生太郎首相も気づいていないだろうが」というところで、小沢さん、ちゃんとわかっていたのだなと思って泣けた。問題は検察の暴走を今止めることだ。それに向かって憤死するというなら、それだけの価値はあるだろう。親父さんの供養にもなるだろう。政治に命を賭けるなど愚かしいとは思うが、誰かがこの検察の暴走を止めなくてはならないし、元首を屠った呪いを誰かが解かなくてはならない。
 「麻生太郎首相も気づいていないだろうが」という思いには、麻生さんとも連立しうるという高い志はあるだろうし、しかしその志ゆえに、前回は大失態した。そこまでが小沢の天命でしょう。そのあと、南洲のように担がれても……まあ、私の知ったことかとは思ったが、もう少し見ていようとも思った。これが昭和の最後の歴史なのだろうし。
 という報道に続いて、変なリークを見た。ほんとか? 20日付け日経新聞記事「小沢氏聴取見送り 西松事件で地検、関与確認されず」(参照)より。

 西松建設が民主党の小沢一郎代表の資金管理団体に違法献金したとされる事件で、東京地検特捜部が小沢氏の参考人聴取を見送る方向であることが19日、捜査関係者の話で分かった。小沢氏の公設第一秘書、大久保隆規容疑者の捜査の過程で、小沢氏の関与を示す証拠は確認されなかったという。
 特捜部は捜査の進展状況を見ながら、小沢氏の聴取時期などを慎重に検討してきた。大久保秘書が逮捕容疑を否認していることなどから、検察当局は「小沢氏聴取の必要性は見当たらない」との判断に傾いたとみられる。

 また孤立した変な記事なのだろうか。と、他も見る。毎日新聞記事「西松建設献金事件:小沢氏聴取、見送り 監督責任立証難しく--東京地検、24日まで」(参照)より。

 小沢一郎民主党代表の資金管理団体「陸山会」を巡る政治資金規正法違反事件で、東京地検特捜部は、陸山会の代表を務める小沢氏からの事情聴取を当面見送る方向で検討を始めた模様だ。
 特捜部は、準大手ゼネコン「西松建設」側からの献金を認識していたかどうかを確認するため、小沢氏から任意で聴取する方針だった。しかし陸山会会計責任者の大久保隆規容疑者(47)が容疑を否認し、小沢氏が政治資金収支報告書の虚偽記載にかかわった具体的な証拠もないため、大久保容疑者の拘置期限の24日までの聴取は見送る方向で検討しているとみられる。
 政治資金規正法には会計責任者選任と監督について相当の注意を怠った代表者に50万円以下の罰金を科す規定もあるが、選任で過失を立証するのは難しいことから、立件困難と判断している模様だ。

 ガダルカナル島からの退却なのか。そこまで検察がきちんと思考することができたのか。逆にちょっと信じられない気もするし、あまり推察するのも下品だが、検察内部でも今回のガダルカナル戦には異論もあったのではないか(なのでアレもその線のリークだったのではないか)。さらに下品スジでいうと、自民党が直接関与しているとは考えがたいが、政府内部ではガ島戦を好ましく見ていた愚か者もいたのではないか。
 率直にいえば、検察のためにもガダルカナル島から退却すべきだろう。小沢など、田中系の談合金権政治家であるのは誰もが知っている。が、その捌きは国民に任せるべきだ。というか、検察が悪と見る談合の仕組みは、たしかに悪であるが、国民もまたその悪にまみれてなんとか荒廃した国土にカネを回していたのだった。団塊世代のようにGHQに吹き込まれたまま、父の世代に戦争責任を問うような愚は、もう脱するくらいに、戦後の時間で賢くなるべきだ。
 こう書くとフライングかつポジションだろお前とか非難されそうだが、これで小沢をターゲットとした談合罪と斡旋利得罪は小休止となるだろう。スキームを立て直して検察の再挑戦というのはあってもよいとは思うが、あまりの無理スジは止めるべきだろう。
 ただ、大久保秘書の起訴は避けがたいともいえるだろう。ガ島撤退で空気が晴れれば問題がきちんと局所化されるからだ。20日付け読売新聞記事「献金先「陸山会」へ切り替え、大久保容疑者が西松に指示」(参照)ではそのあたりが読み取れる。

今回の事件は、陸山会が03~06年に、ダミー団体名義で西松建設から計2100万円の献金を受領し、収支報告書に虚偽の記載をしたというもので、大久保容疑者による献金窓口の切り替えが、違法献金に直結したことになる。

 そう、今回の事件は、それだけだったのだ。3年かけて2100万円ぽっちの、そして、収支報告書を誤記したという程度のことだ。大風呂敷を広げて二階産業相に広げ、そして政界の焼畑農業をするような問題ではない。
 民主党には民主党のお家の事情というものがあるだろうし、小沢も小沢で次の総選挙に最後の戦いを賭ける気でもあるだろうが、検察が矛を収めるなら、小沢大魔神もまた石像に戻る時期ではあろう。どのタイミングかは難しいだろうけど。
 そして、今回の一連の騒ぎを、昭和の残照として苦笑できる日が来るなら、日本は本当に民主主義国に一歩近づけたことになると思う。

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2009.03.19

視聴者が結末を選ぶRPG式かも

 何を書いても揶揄しか飛んで来ないよなって感じでうんざりするし、私は日本経済の立て直しに関係ない現下の政局なんかにそれほど関心はないのだけど、まあそれなりに気になることは書いておこうかな、と言いつつ特に論点もないのだけど、一番気になることといえば、現下の状況は、空気対空気の大合戦、空気大戦、ということなんだろう。というわけで、このブログもどっちの空気なんじゃと詰問されているのだろうけど、どっちでもいいよ。空気は止めたい。
 最初に指摘というほどでもないけど、ざっと見まわした感じ、言及しているのを知らないのだが、れいのTIMEのインタビューだけど、「小沢は総理になります」宣言はしてないのだよね。昨年夏の「小沢一郎総理(仮)への50の質問(おちまさと)」(参照)だと、やりますよといった感じだったけど、それでも毎度ながらぐだっとした理屈というか重たい部分はあった。今回のTIMEインタビューだとそれがさらに重たい。TIMEの記事のほうは民主党のサイトとかに翻訳はあるけど、インタビューの翻訳はないみたいだが、これね、”A Conversation with Ichiro Ozawa”(参照)。別段面白い話はなんにもないし、前回読んだときにはそれほどには引っかからなかったのだけど……。


TIME: President Ozawa, you've always had a reputation for 25 years as being a man behind the scenes in Japanese politics. Do you want to be Prime Minister?
(タイム:小沢党首さん、あなたは25年もの間、政界の黒幕として名声を維持し続けましたよね。総理になる気はあるんですか?)

OZAWA: I don't say that I really like doing jobs behind the scenes. Rather I'm very much good at, fond of, working at practical things and therefore I don't like to be showy on the stage.
(小沢:私は黒幕の仕事が好きだと言ったことはないですよ。というか、私は実務のほうが得意だし、好きでなんですよ。なので、劇場型でスポットが当てられるのはいやです。)

In responding to your question, if I was able to win the general election as the President of the Democratic Party of Japan (DPJ), and I am supported by the majority of the voters, then I am ready to deliver my responsibility.
(ご質問に答えるとすれば、仮に民主党が総選挙に勝利でき、かつ、私を投票者の大半がご支援してくださるというなら、それだったら、私は自分の責務を果たすつもりです。)

TIME: I think that's a yes.
(タイム:[総理になる気があるかという質問には]イエスだと理解しておくことにしましょう。)


 読みようにもよるし、毎度毎度の小沢節でしかないし、このインタビューの他所を読むに、国際的に読まれるの考慮してないでしょといった感じでもあるのだが、この部分を読み直すと、いや、意外とこれって対外的には正直に言っているのではないか。つまり、小沢自身は総理になれるとは思っていないのではないか。
 好意的に言えば、総選挙で勝って、かつ大衆の支持を受ければということで、後者については、ようするに、小沢さん、空気に賭けているのでしょう。まあ、これも物理学を勉強したかったな的な心情を普通に時系列で見たら大連立のときの失態で、民主党で総選挙勝てるわけねーじゃんと自認していたわけで、でも、そこはもうトロッコは止まらない、と。
 っていうか、目下の検察との突っ張りも、空気でやれるところまでやったるか、天運、くらいなものだろうし、なんかで見たけど、今回は意外と世論調査では、小沢の失墜に目も当てられないというほどでもない。連合が付いているからなのか、他の理由があるのか、よくわからんが。
 と同時に、検察も、なんで俺らの正義に愚民は靡かんと思っているのではないか。リークの出し方や止め方がブレまくっているかのようなのも、検察側の空気の読み具合ではないか。
 というか、これって検察としても、空気のご支援がないと、ゴリっとは押せないのかも。
 それとも、ウラでは検察裏金事件対小沢の陰のシンジケートみたいなwktkの展開……あるわけねーよな。
 空気大戦のほうがまだよろし。じゃ、そっちで考えるとして。
 検察側としては、清廉潔白毎日履き替える水戸黄門印の五・一五ふんどしで押し、というところが、小沢のほいじゃあ企業献金全面的に止めたらぁのうっちゃり、で、連合みたいに連絡の届いていない自民党で小発火。なんだんよこのコミカルな展開はというか。まあ、すこし冷静になりましょうや。
 愚考するに、まず、検察不敗によって、24日の大久保秘書の起訴はガチ。
 ガチとなると、現行のスジでは、違法献金という無理スジで押すのだけど、二階三階への防火壁はテクニカルな立証性の困難ということだけど、玄人スジはそれでいいけど、空気の愚民がそんなの理解するわけないし、ぶっちゃけ、リークの山で見えてきたのはもともと別件タイーホなわけだから、本丸の小沢をどう仕留めるかの仕事に掛かっている、というか、そこにしくじると乾燥空気で上階に火が及びかねない。いっそ及んで政界再編成みたいな愉快な展開ならそれもいいけど、ないでしょ。
 というわけで、大久保秘書起訴時点で、空気を変えるくらいのスキームを出さないと検察もなあ、裏金疑惑どうしたぁみたいな愚民の罵声が出るかもしれん、ということで、さて何が出るのか。
 検察には隠し球があるという説もあるみたいだけど、頼みの綱の愚民の空気を困惑させるほどの隠しメリットがあるのか。どうなんでしょ。わからん。
 リークの山をさっくり掻き分けると、事例としては、岩手県と秋田県の2ルートの談合。ということで、それをどう検察はさすがなお仕事に仕上げるか?
 お縄という点では、(1)談合罪(競売等妨害罪)、(2)斡旋利得罪。その他があると、さすが検察様な展開でwktkというか、日本の左翼史は本当にオワタなのだけど、そこに賭けるのはちょっと理性が飛びそうか……いや、石原都知事がぶったまげた金丸の金塊みたいのが出てくるとか……ホントに出てきたからなあんときはの経験を思うと、世の中わからんことはある。
 とはいえ、普通の頭で考えると、談合か、斡旋かの、2方向。だとすると、イケメン元ケン郷原先生のご指摘どおり、どっちも時効臭い。だが、検察様の絶対正義から演繹すると、この時効はなんかの技術で突破されるのだろう。そのくらいの仕事は玄人スジにはできるんじゃないの。まあ、そう考えたほうが、検察正義からすると合理的(愚民には不合理かも)。
 まず、談合罪のスジのほうだが、16日日経記事「小沢氏側への西松献金 工事への影響力を集中捜査」(参照)がちょっと不思議。

 ゼネコン関係者が「談合があった」と供述している工事は、2005年末にゼネコン業界が談合決別を宣言する以前に受注したものが多い。刑法の談合罪の公訴時効(3年)は成立しているため、特捜部は談合事件としては立件しない方針とみられる。

 私もそれほど熱心にニュースを追っているわけじゃないから知らないけど、このニュースこれだけ孤立しているんだよな。そのあたりが不思議なんだが。
 これだけをソースにするわけではないが、談合事件のべたな立件は難しいのではないかと、仮にそう考えるとすると、やはり、斡旋利得罪か、だし、おそらく検察は陸山会の不動産などを小沢の私腹蓄財と見ていたから、そのあたりをパイプでつなげて、全体の絵を描こうとしているんじゃあるまいか、と。
 つまり、ディテールに見るといろいろテクニカルなうるさいツッコミがあっても、全体図としてはこりゃ、斡旋利得でしょ、というふうに持ち込み、世の中の空気もそうだそうだそうだと拍手喝采雨霰と、したいのではないかな。
 そんなところかな。
 であれば、検察側の空気をもうちと濃くしないとなかなかその絵は見えづらいか。
 ところが。
 先の日経記事の不思議感ではないけど、昨日あたりから祝日もあってなのか突然細くなりだしたリークなんだが、談合線復活の臭いも濃くなっているようだ。
 小沢を抜いても、談合の認定ならガチだから、このスキームに小沢をうまく嵌め込むという線になるのか。
 空気合戦という以外は、もう、なんかめちゃくちゃな展開になっている。
 というわけで、まとめると、愚かな頭でひねる予想は5点。

  • 小沢は私腹したよという斡旋利得罪の絵を描き、端っこに当初の違法献金の秘書の起訴を嵌め込む
  • 談合罪で固まったスキームを少しほぐして小沢をぐっと嵌め込み、この別件を巨悪とする(証拠の合法性なんかどうでもいいじゃんの毎度のお手並み)
  • 金丸金塊系のあっと驚く為五郎が出てくる(だったらびっくり)
  • 大久保秘書の起訴の旗を立ててからgdgdに持ち込んでガダルカナル撤退する
  • なぜか大魔神が不敗の検察に早々に勝ってしまったりする(だったらびっくり)

 まあ、そんなところかな、このパズル。
 空気大戦の動向によって、結末は視聴者が結末を選ぶRPG式になる可能性はありなので、一部では燃えるかもしれないし、ざっくり24日の起訴の空気が空気大戦の初戦かな。

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2009.03.18

「国策捜査」とか言われるが権力中枢のないシステムである日本に国策なんてないと思う

 小沢疑惑関連の素朴な感想。どうも私もよくわからないばっちりを受けるのだけど、私は「国策捜査」なんてものはないと思っている。理由は簡単で、国策なんてものが日本に存在しないと考えるからだ。
 もし日本に国策なんてものがあるなら、まず国防の要である日米同盟をどうあるべきかきちんと論じて、国家間の契約でもある普天間飛行場の返還を進めるだろう。もともと沖縄の米軍基地は、本土だけ占領下から抜け駆け的に「独立」したツケを沖縄に回したものだから、ここまで沖縄県民に負担を強いたツケを終え、本筋に戻って、米海兵隊駐留なんてものが必要だというなら本土に持ってくるものがスジでしょ。でも、国はそう考えてなくてなんとなくなんとか沖縄に押しつけたいと思っているし、左派もきちんと本土に戻して下さいとはいえずに薔薇色な平和に酔っているのが現状で、そのうち国難が起きた時点でどうにかするくらいでしょ。国家の意志なんてこの国にはなくて、むしろそれが国際政治のなかで利益をもたらした過去の惰性にいるだけでしょ。私が、この国を見ていて、もしこの国に国策っていうのがあるとすればすれば、原子力くらいしか感受できない。

cover
日本 権力構造の謎〈上〉
 小沢疑惑で起きているのは、だから、国策ではなく、ただの検察の暴走だし、この暴走は今に始まったことではない。ああ、またやってらくらいなものだし、率直にいえば、またやってらを止めたほうがいいと思う。なんとかこの暴走を止めさせる仕組みというのを考えたほうがよい時期にあると思う。しかし、それができないだろう理由はあとで触れる。
 逆にいうと、国策がないから検察が勝手に暴走できるのだろうし、この暴走の仕組みは別段検察に限らない。日銀とかも暴走しているし、厚労省もそう見える。まあ、仔細に見ればいろいろ違うとか利権のスジとかからのご意見もあるだろうけど、いずれにせよ、民意みたいなものとは独立して、これらのシステムがご勝手に動く。というか、これこそまさに日本がシステムだということにすぎない。
cover
アジア三国志
 私は自身を反省して、いやもうオレも相当に焼きが回っているなとも思わないではないけど、昨今の日本を見ていても、ビル・エモットが「アジア三国志」(参照)で評価しているような静かな革命が日本で進行しているのも理解はするけど、大筋では、1989年にカレル・ヴァン ウォルフレンが「日本 権力構造の謎」(参照上巻参照下巻)で指摘した状況と変わっているふうには見えない。基本は、ようするに、日本にはシステムだけがあって、権力の中枢がない。というか、意志としての国家が存在しているようにはまったく思えない。というときの、国家(ステート)というのをどう考えるか。ウォルフレンの同書の示唆は原理的だ。

 みんながみんな、なんらかの形で権力行使過程(パワープロセス)に参加しているという政治体(ボディー・ポリティックス)(=統治体、つまり政治的に組織された国民の総体)を一応”国家(ステート)”と呼ぶことはできる。

 ”国家(ステート)”とはそういうものだという、ごく普通の解釈でもあるとは思う。が、それでは、日本を含めて現存の国家を捉えづらい。そこでこう続く。

しかし、まぎらわしいこの定義では、国家の概念があまりにも漠然としたものになってしまう。しかもこの場合でもなお、そこには政治中心の存在を前提とする、責任の所在がなければならない。

 ウォルフレンは日本を論じる難しさの前提に、対象としてのモデルとしての”国家(ステート)”に、政治中心と、またその同義である責任の所在をまず明確にする。
 しかし、日本にはそれがない。じゃあ、これはいったいなんなのかということで、彼は”システム”と呼ぶ。

では、国家の定義を適用できないが、しかし一国の政治的営みをすべて包括するものを、何と呼べばよいのであろう。筆者は”システム”ということばを当てれば混乱がいちばん少なくて済むと思う。

 ウォルフレンは”システム”という言葉の曖昧さを、それなりに踏まえたうえで日本の文脈でこう捉える。

さらに、それは民主的な政治の調整力の範囲を超える権力をほのめかすものである。これはたまたまそうなっているということなのだが、日本人は、個々人のいかなる力よりはるかに強い力をもつ社会・政治的な仕組みの存在をいつも念頭におかなければならない状況下に置かれている。したがって、その仕組みを変えるには、民主主義的な過程に訴えるのが理想的なのだということについては、はっきりと認識していないのである。

 私の敷衍になるが、だから、システムに正義を期待して、その権力をその前提に是認してしまう。
 このシステムが作為の産物で、市民の正当な権力プロセスによって解体・再構成できるとは考えない、というか、だから、システムがそれを自認して暴走してしまう。
 あまり蛇足的な解説はすべきではないと思っていたが、ここで村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ(参照)をリマインドすべきだろう。

The wall has a name: It is The System. The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others - coldly, efficiently, systematically.

壁には「大いなる制度(ザ・システム)」という名前がついています。「ザ・システム」は私たちを守ろうと期待されている反面、時に独走して、私たちを殺害しはじめ、他国民を殺害するように仕向けます。それは冷血に、効率よく、制度的に進行するものです。



Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow The System to exploit us. We must not allow The System to take on a life of its own. The System did not make us: We made The System.

もう少し考えてみてください。誰だって自分の存在は疑えませんし、生きていると確信しています。「ザ・システム」はそれとはまったく違う存在です。私たちは「ザ・システム」とやらに搾取されてはなりませんし、独走させるわけにはいきません。「ザ・システム」が私たちを作ったのではなく、私たちが「ザ・システム」を作為したのです。


 もちろん、村上春樹のスピーチではシステムを日本に見た立てものではなく、より普遍的な事例としてイスラエルの状況下で問うたものだが、なぜそうした仮託された権力の機構がシステムと呼ばれるかという点では、ウォルフレンの認識とまったく変わらない。
 村上春樹は文学者なので、このシステムを国家(ステート)と対比して論じはしないし、ステートがこの問題にどのような光を当てるかという問題は提起しない。彼は、生きている個々の人間を見るとしている。
cover
日本 権力構造の謎〈下〉
 しかし、日本が国家(ステート)であれば、「なんらかの形で権力行使過程(パワープロセス)に参加しているという政治体(ボディー・ポリティックス)(=統治体、つまり政治的に組織された国民の総体)」が存在しなければならないし、あえていえば、そのように正当な国家の権力ができ、国策ができれば、システムの暴走を抑えることができる。あえていえば、正当な権力こそが必要であり、本当の国策が必要であり、国家が必要なのだ。
 では、なぜ日本に、国家(ステート)がないのだろうか。
 理由は簡単で、この国家の骨組み=憲法が、その国家の権力中枢をきちんと、あえて規定してないからだ。そうなっている理由は、ざっくばらんに言えば、日本など敗戦後には二度と国際政治に顔を向けることができない三流国になると想定されていたからだ。が、歴史はそうは動かなかったし、日本国憲法の根幹にはそれなりに、国家を規定する原則も矛盾するが埋め込まれていた。ある意味、ミッシングピースだったのだろうが、まったく存在しなかったわけでもないと思う。別段憲法が欠陥品だということではない。むしろ、問題は、その解釈や事件などその後の歴史の累積にある。
 それはどういうことなのか?
 ステートであれば、その意志があり、その意志を受肉(インカーネート)した政府があり、その政府の首(ヘッド)が存在するはずである。元首だ。
 では、日本の元首とは誰か。答えは簡単で、天皇である。が、そこには政治的な権限がない。政治的な権限のない元首というのは、実体的なステートの議論には向かない。
 ウィキペディアの解説が正しいというわけではないが、”Head of state”(参照)では日本について、こう普通に書かれている。

The Emperor of Japan is defined as a symbol, not head, of state by the post-war constitution (contrasting with the former divine status) but is treated as an imperial head of state under diplomatic protocol (even ranking above kings) and retains Shinto mystique.

 つまり、天皇が国家元首であるのはシンボルであって、" not head"、つまり元首ではないのだ。ごくあたりまえなことだ。
 しかし、日本には元首はいないのかという修辞的な疑問もある。日本語版ウィキペディアの元首の項目の混乱が暗示するように、概ね、いないということになっている。
 まさか。日本が国家(ステート)なら元首がいないわけはない、あるいはいないというなら、ステートではない。だから、日本国の元首は誰かが疑問にならなくてはならない。
 普通に考えれば、日本国の実際上の元首は総理大臣であろう。そして総理大臣を元首と考えるなら三権分立の一角として、司法の影響は受けるがその下には置かれるはずもなく、司法に超越していなければならない。
 が、戦後史は、この実質の元首を検察暴走によって屠ることに成功した。しかも、大衆の正義の賛辞の声の中で屠ってしまった。そうすることで、国民もまたこの首のない鵺のシステムのなかに埋没してしまった。

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2009.03.17

検察のリークはどこまで行ったやら

 検察無闇に頑張りますなというリークの連発の度が過ぎて、いったいなんの事件なのかよくわからなくなってきた。どうも西松建設献金事件とは言い難いようだ。この数日の最新トレンドだと西松抜きで鹿島経由の東北談合事件となりそうだ。さてこの先、どんな展開になるのか。薄目で見ると、要するに小沢疑惑事件としたいのだろうな。確かに、なんか小沢ってそんな感じじゃーん、という大衆のご支援を受けてみたいな。
 この先この鵺のような事件がどういう展開になるのかだが、いずれにせよ来週24日に大久保隆規容疑者の拘置期限になるわけで、さてこれって起訴するのかいな、できるんかいなと疑問に思っていたが、いかんな、昭和の時代を生きてきた私でも日本検察の公理のスコープを失念していた。大域に掛かるのであった。見通しがなくても実質の国家元首を逮捕しちゃった検察様は、いかなることがあっても正しいのだった。なーんだ簡単じゃん。というわけで、大久保隆規容疑者は起訴されるでしょう。
 ところでなんの罪で? ええと、政治資金規正法違反? それをすると普通に考えると二階経産相まで放火するでしょう。ええっ、マジで焼畑農業やるわけ? 「FNNニュース: 西松建設違法献金事件」(参照)より。


西松建設側からの違法献金事件で、東京地検特捜部は、ほかの地検から応援検事10人前後を投入して、西松建設側によるパーティー券の購入額が突出していた二階俊博経済産業相側の政治団体関係者から、週明けにも任意で事情を聴く方針。

 やっぱ焼畑農業でしょう。春だし。
 ところが、この数日のトレンドを見ていると漆間さんのご説明どおり自民党には及ばなさそうだ。検察リークもその方向はすっかり鎮火。政治資金規正法違反の話は、まあ、もうなしってことでということでしょう。昨晩のことはもう忘れたわ的なセクシーな検察様ということで、ええと、じゃあ、どうやって大久保隆規容疑者を起訴するんだよ、なんの容疑? ええいうるさい。うるさいぞ、愚民、と。
 というわけで、西松建設献金事件の話はとりあえず、大久保容疑者起訴ということで踏ん切りつけて、それでもって、民主党のほうも体制を変えましょうかとなるかなのだが、こちらは検察様みたいにわかりやすい公理はないので、紛糾するのでしょう。毎度毎度、もう慣れているでしょうけど。結局は、まあ、そこは世間様の顔色というか、その時になれば聖なる霊がプネウマがつまり空気が決めてくださる。空気に勝てる日本人はいないって。
 で? ザルな政治資金規正法はどうなるかって、いいんじゃないのこのまま。民主主義にはコストはかかるんだし、ザルにしておけば検察様のご意向がいつでも反映できるし。
 それで、事件の枠組みは、西松建設を参考程度にして、鹿島経由の東北談合事件ということになるのだが、さて、このスジどこまでもつのだろうか。ああ、つまり、このスジで、ボスキャラ小沢一郎をお縄にできるかなのだが。
 昭和な人間にしてみると、これって収賄でもないし、まして収賄であってもお縄なんて難しいのに、談合の線でできるわけないじゃん、とかつい思うのだが、ポカっ、いけねえまた忘れた。いかなるときでも検察様が正しいの公理から考えよう。
 愚かな頭をひねってみる。と、その前に、焼畑用に召喚した応援検事10人前後はどうしているのだろうか。税金の無駄もできないし、正義完遂のためにお仕事されていると推察するけど、はてはて、何の仕事……新装開店談合事件のほうかな。
 新装開店のチラシみたいに愉快な産経新聞「【疑惑の濁流】献金はみかじめ料? 西松事件で浮かぶ「政・業」の危うい“パワー・バランス”」(参照)を読んでみる。笑いのツボがキュート。

 建設業界に君臨した故田中角栄元首相の秘蔵っ子とも呼ばれた小沢氏は、自民党を出た後も、東北地方の建設業界に影響力を持ち続けてきたとされる。
 西松はこのころ、ダミーの政治団体を使った小沢氏側への迂回献金を始めた。 「○○(大手ゼネコン)さんからは、これくらいの献金を受けている。西松さんも、もっと増やすことはできないのか」
 小沢氏側の窓口は、小沢氏の「側近中の側近」といわれた元秘書だったとされる。
 西松は元秘書と、年間2500万円程度を献金する約束を取り交わした。献金先を指示されるなど、元秘書の“言いなり”だった。
 「元秘書は東北の公共工事に強い影響力があった」
 西松元幹部はそう話すが、小沢氏の“虎の威”を借りた結果であるのは想像に難くない。

 想像に難くない……って豊かな想像力ってやつですね。
 イメジャリな話はさておき、問題は、四つの力の内の重力じゃなくて「強い影響力」ですよ。なんだそれ。

 ゼネコン汚職後、業界の“手法”はどのように変化したのだろうか。
 東北の建設業界に詳しい国会議員秘書は「ゼネコン汚職後に水面下で談合は復活したが、業界では教訓として、わいろによる受注工作は行わなくなった」と前置きし、こう話す。
 「代わりに頼ったのが小沢氏の影響力だ。依然として大手ゼネコン支店幹部が談合を仕切るが、その後に小沢氏の元秘書の了承を得て、受注額に応じて小沢氏側への献金額が決まる。つまり、裏のわいろが表の献金に変わったわけだ」

 そ、それか、つまり、ウラの賄賂がオモテの献金に変わった。つまり、献金の本質は賄賂ではないか。
 あー、でも、それって献金ってことでもいいんじゃないんすかね、賄賂だといけないわけですよね、つまり、収賄ってやつはダメ、と。で、収賄っていうのは、公務員の職務権限……まあ、いいやチラシの先を読むべ。

 ただ、献金が特定の工事受注のためかというと、必ずしもそうではないという。
 ゼネコン関係者はこう打ち明ける。
 「業界では、小沢事務所に受注の邪魔をされたくないから競って献金するし、選挙の応援もする。献金は保険みたいなもの。一種のみかじめ料といってもいいかもしれない」
 みかじめ料とは、“暴力装置”が飲食店などから徴収する用心棒代のことだ。

 な、なぬ? 特定の工事受注のためじゃないって。なんだよそれ、あー、みかじめ料。小沢大魔神へのお賽銭なみたいなもの。祟るなよ、とか。
 で? それって違法?

 捜査関係者は「ゼネコンと政界の癒着構造は今も昔も変わっていない」とした上で、こう指摘した。
 「政治家は基本的に何もしないことが多い。隠然たる影響力をちらつかせて業界から献金を集める。それが法に触れず、有効にカネを集める手口だ」

 ここ、よくわかんないんだけど、つまり、法に触れないってことなんじゃないの。

 「東北での影響力を期待した西松から、違法な献金を受け続けた構図は収賄とよく似ている」(検察関係者)。特捜部は、ゼネコン側などから一斉に参考人聴取して実態解明を進める。

 「よく似ている」っていうことで、それはよく似ているけど違うものなのか、いや同じものなのか。検察関係者様歓迎光臨的には、実態が解明されると同じってことになるのでしょう。そうではないとさすがに話の辻褄が合わなすぎ。
 でもま、ということで、問題はゼネコン問題だよ、と。はーと。
 ところで、それっていつの時代のお話か。
 話題のイケメン郷原信郎先生のご指摘「「ガダルカナル」化する特捜捜査「大本営発表」に惑わされてはならない」(参照・要登録)だと。

また、2005年の年末、大手ゼネコンの間で「談合訣別宣言」が行われ、2006年以降は、公共工事を巡る談合構造は一気に解消されていった。現時点では2006年3月以前の談合の事実はすべて時効が完成しているので、談合罪など談合の事実自体の立件は考えにくい。また、談合構造を前提にした「口利き」などでのあっせん利得罪の時効期間も同じであり、立件は考えられない。

 談合事件なら、2006年3月以前は時効が成立している。
 斡旋利得罪でも、2006年3月以前は時効が成立している。
 もしかすると、そこでもっと面倒臭い法理論があるのかもしれないけど、これは絡めてから見ても、つまり、(1)二階経産相を含め自民党への放火はなしよ、プラス、(2)次期総選挙で岩手4区から自民党公認で立候補を予定している高橋嘉信元衆院議員にはいろいろ何かとわけあって手を出すなよという、以上2点の確固たる前提から見ても、そりゃそうでしょ。
 すると、2006年3月以降の大型土建工事の談合で、小沢ないし、大久保容疑者を絡めれば、Q.E.D.証明終了です、可奈さん。
 なのだけど、朝日新聞記事「鹿島元幹部が受注調整 小沢氏側から「天の声」か」(参照)を見るに。

 談合組織では、受注する業者を決定する際には、発注者側の意向を意味する「天の声」が重視されるため、ゼネコン各社は発注者側が絡んだ天の声を得られるよう働きかけるなどするという。
 関係者の話では、こうした仕組みを岩手県などの公共工事にあてはめると、ゼネコン各社が、天の声を出す立場だとみなしていたのが小沢事務所側だった。実際、鹿島の支店元幹部から、受注業者をめぐる小沢事務所の意向が示され、それに沿って調整が行われたことがあったという。

 へむへむといったお話なんだけど。時期的にはこう。

 ゼネコン関係者らによると、東北6県の大型公共工事の入札前に受注調整していたゼネコンの談合組織の活動は、93年に、当時の仙台市長らが逮捕されたゼネコン汚職事件を機にいったん下火になった。合わせて、仕切り役だった鹿島東北支店もその座を降りたが、その数年後、同支店の元幹部が仕切り役に就き、06年ごろまで続けたという。

 2006年ごろ、なわけね。
 読売新聞記事「胆沢ダム工事で談合、仕切役ゼネコンが小沢氏側の意向確認」(参照)では胆沢ダム工事のほうに焦点を当てているのだけど。

 胆沢ダムは、盛り土の上に岩石を積み上げるロックフィルダム。国内最大級で総事業費は約2440億円にのぼる。
 工事は五つに分割され、2003年1月に、奥村組が「原石山準備工事」、前田建設工業が「基礎掘削工事」をそれぞれ落札。04年10月には鹿島などのJVが「堤体盛立工事」を約193億円で、05年3月には大成建設などのJVが「原石山材料採取工事」を約151億円で、06年3月には西松建設などのJVが「洪水吐き打設工事」を約95億円で落札した。

 というわけで、こちらも2006年3月、その時歴史が動いた、みたいな話なのか。つまり、今、小沢を屠らないと屠るチャンスはもうない的な。
 あるいは、時効じゃないスキームがありまっせなのか。
 いずれにせよ、談合はいかん、とかマスコミは騒いでいるけど、基本的に、これは古い話なわけね。
 実質の国家元首だって逮捕しちゃう検察様にとっては小沢の逮捕なんて簡単なんだけど、そこまでもっていくかな。いや、これって政界の焼畑農業じゃなくて、日本本土焦土化作戦みたいにも見えるのだが。
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 というか、単純にいえば、大久保隆規容疑者起訴の時点の空気で、小沢さん、もう引退しようかとなれば、それなりの矛の納め所もあるのだろうけど、そうじゃなくて……いや……なんとなくだけどね……小沢大魔神化したら、それはそれで、すげーことになるんジャマイカ。

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2009.03.16

TIME誌の小沢記事を読んでみたけど

 この時期にTIME誌が小沢に焦点を当てて記事を書いているというので、ネットから読めるものを読んでみた。最初に結論を言うと、たいしたことは書いてなかった。追記: 民主党のサイトに全訳「米「タイム」誌に掲載された小沢一郎代表の特集記事の全訳」(参照)が出た。
 読売新聞記事「献金で秘書逮捕「大変驚いた」小沢氏、タイム表紙に登場」(参照)でも取り上げていたが、こんな感じ。


 民主党の小沢代表が米誌「タイム」アジア版(3月23日号)の表紙に登場した。
 公設秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕されて4日後の今月7日に同誌の取材に応じたもので、事件について「大変驚いた」と語り「政治資金収支報告書の処理上のミスのたぐい」と強調した。
 海外メディアの取材に応じることで国内だけでなく海外に向けても自らの正当性をアピールしようという狙いがあるようだ。

 正当性をアピールしようと狙っているとのことだが、そりゃこの時期だったら当然でしょくらいなものだし、おそらくTIME側は前もってスケジュールしていたらこいう時期になったくらいのものではないかなという印象をもった。というのは、識者の指摘が現下の問題におざなりにくらいしか触れていないようだったからだ。

 表紙の小沢氏の写真に重なる見出しは「The Maverick」。異端者、一匹オオカミといった意味で、記事本文は4ページにわたり小沢氏の主張や現在の日本の政治状況の分析を報告している。

 私はネットで読んだので、The Marverickの見出しは見なかったが、本文中ではたしかにそれがキーワードになっていた。が、これも結論からいうと、Marverickには小泉元総理も関連づけられているので、小沢をそのキーワードでうまく描いたということではない。
 読売記事によるとTIME掲載の記事は4ページのみらしいので、ネットの記事と同じものではないかと思う。2本あった。一つはいわゆる記事で「Ozawa: The Man Who Wants to Save Japan」(参照)、標題を直訳すると「日本を救おうとする男、小沢」ということになる。なんだよその標題と普通の日本人なら思うが、本文はブログにありがちな釣りっぽい感じより、もうだめだめぴょーんの日本をどうするんだろう日本人は的なまたーり感はあったので、そういう視点をもっての記事とは言えるだろう。
 もう一つは読売記事にもあるように小沢へのインタビュー「A Conversation with Ichiro Ozawa」(参照)で、べたに「小沢一郎との会話」ということ。
 どうだったか。まずインタビューのほうだが、これがつまらない。もともと小沢という人はどういう境遇になっても同じことしか言わない人なんで、相手が外人だからってどう変わるということはまるでない。むしろ、小沢は相手が外人というあたりをわかってないんじゃないかなという印象をもった。小泉改革で格差が広がってしまっていけないみたいなことをすらっと対外的に言うあたり、ナイーブというかほかに秘書がいなかったのか、国際的な反応のわかるブレーンがいなかったのか、お粗末感があった。
 小沢の応答はどうということはないので、インタビューのポイントは外人が何を彼にききたがっているかというほうにある。開口一番は、首相になる気あんの?だが、これに小沢はいつもどおり曖昧に答えている。インタビュアーの"I think that's a yes. "というのが笑いのツボを抑えてしまっている。
 次なる外人の関心はというと、どういう日本のヴィジョンをもっているかということで、そこは普通きくだろうというくらいなもの。しかたないがつまらん。インタビュアーもわかっているというか苛立ち感が多少あるようで、次に、昔の主張である「普通の国」論は今の日本にも当てはまるかときいている。小沢の答えは当然といったもので、このあたりのやりとりは微妙に幻滅感をあえて滲ませているようだ。
 たたみかけるように内需喚起はどうかときくのだが、小沢の答えはあまりの正論で面白みもない。内需というけど日本ではすでにGDP60%なのだから、社会の安心感があればよいといったものだ。対外的には、コイツ、ダメじゃんとしか響かないだろう。
 米国、アフガニスタン、中国といった国際問題も同様に退屈な応答に終始している。もうちょっと意外な本音みたいのを出してもよさそうなものだが。
 今回の秘書逮捕関連はインタビューの終盤で、これも特にどうという話はない。が、英語で読むと、小沢って潔白なんじゃないの的な雰囲気は滲む。"To my knowledge I am the only Diet member who disclosed all the information relating to political donations to that extent. " つまり、献金の会計を公開しているのは国会議員でオレだけじゃね、というのだ。すでに何度も聞かされた話、というかお話だが、英語の語感やや強い印象はある。というか、日本の他の代議士はそうもいかんのだろうという無意識的な伝達性はあるだろう。
 インタビュアーの最後の決めの質問は、明治維新のように日本の改革期なのかというのだが、あほかいな、インタビュアーの力量なさすぎ。というか、記事に本腰が入ってない。
 もう一本の「Ozawa: The Man Who Wants to Save Japan」だが、読者が、小沢って誰? 日本はどうなるの? といったゲロ基本的な説明の必要性があるせいか、背景や歴史の説明にかなり本文が割かれている。ので、つまらないのだが、が、と今思ったのだが、昨今のネットの様子をみていると、小沢がどういう来歴の人か分からず民主党だから批判している人とか、半可通今北産業的に角栄の息子みたいな人だから金権政治だろうで批判している人を見かけるので、意外と小沢という人の基礎知識は日本人でもなくなっているのかもしれない。ふとウィキペディアを覗くと(参照)、うわこれはないわというほどひどくはないけど雑多なメモみたいな印象はある。
cover
平成デフレの終焉
沸騰する日本株
イェスパー・コール
2003年刊
 TIME記事も記者もいろいろ調べてさらっとまとめ、では人物評価となると識者を出すわけだが、ウォルフレンでも出せば面白いのに、出てきたのはTantallon Research JapanのCEO、Jesper Koll、あー、イェスパー・コールだね(参照)。

1986年の来日後、京都大学経済研究所研究員、東京大学教養学部社会科学研究室研究員を経て、1989年S.G.ウォーバーグ証券会社日本経済担当チーフ・エコノミストに就任。1994年J.P.モルガン(東京)調査部長、1998年タイガー・マネージメントL.L.C.日本駐在事務所マネージングディレクターを歴任し、1999年8月にメリルリンチ入社。
 一貫して日本経済の調査に携わり、日本版ビッグバンに向けた様々な問題を審議する通産省の産業金融小委員会をはじめ、各種政府諮問委員会のメンバー、財務省の「関税・外国為替等審議会 外国為替等分科会」の専門委員等を歴任。1980年、レスター・B・ピアソン・カレッジ・オブ・ザ・パシフィック卒業。1986年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)にて国際経済学修士(M.A.)を取得。

 わかるようなわからんようなだけど、メリルリンチを辞めたときの”Merrill Lynch Japan economist Jesper Koll resigns”(参照)のほうが英語だけどわかりやすい。

A resident of Japan since 1986, Koll has worked as a member of a private sector analysis team under former Prime Minister Junichiro Koizumi and often appeared on local news programmes as a commentator on the world's second-biggest economy.

Prior to joining Merrill in August 1999, where he also served as managing director, Koll worked for hedge fund Tiger Management LLC. Before that, he was chief economist at JPMorgan in Tokyo.


 ヘッジファンド上がりで小泉のブレーンだった、と。まあ、そういうわけです。

Koll, a German national who speaks fluent Japanese, wrote of his resignation in a brief automated e-mail response, but he did not elaborate on his reasons for quitting.

 メリルリンチを辞めた理由はなんだというのが2007年のニュースだけど、理由は……いやまあ……で、 fluent Japaneseのほうはこんな感じ(参照)。
 というわけで、イェスパー・コールに小沢を評させてなんなんでしょ的なのだけど、その一言がこう。

"Typically recessions were good for the LDP," says Jesper Koll, president and CEO of Tantallon Research Japan, "but this time around it is sort of pathetic. The government has no credibility. Any policy that comes out now gets greeted not with just a yawn but with utter indifference."

 過去の景気後退は自民党を利するものだったが、現下の日本の状況は痛ましく、政府は見放されているし、政策はまったく無視されているというのだが、それはそうか。
 記事は後半でようやく小沢の現状況における政策評価となるのだが、明瞭なのはセイフティネット論くらいなもので他はよくわからん。いや言葉の上では明確なんだが、れいの第七艦隊だけでいいよんみたいな話は、英語にするとほとんどナンセンスに聞こえるものだ。Michael Greenにこう語らせている。

Green of the Center for Strategic and International Studies says Ozawa's "Captain Ahab – like quest" to destroy the LDP has at times led him to adopt an anti-U.S. tone, causing some collateral damage to the U.S.-Japan alliance. But every Japanese leader understands the reality of life. Should he become Prime Minister, Ozawa's determination to hold on to power, says Green, "will lead him to pursue a strong alliance with Washington."

 いや、このあれですね、"But every Japanese leader understands the reality of life."という一言は、痛いところ突くじゃない、ナルトのカンチョーはやめとき、といったところでしょうね。しかし、しいていえば、小沢への恐れも若干はあるからの釘を刺す、と。
 かくしてTIME記事もつまらんなと思っていたが、最後のほうで、おお、そう来たかカンチョーみたいなツッコミがコールから来る。

Koll says that "the real question is whether politics can be sexy again for the younger generation — something that you actually want to be involved with, not only because it affects your life but affects your future."

 ああ、そうだなと思う。だからぁ、政治がセクシーじゃねーのよ、ってこと。若い人がそそられないようじゃ未来なんかねーの、ということ。
 この先の記者の指摘が微妙と言えば微妙。

And that gets to the heart of it. The question is not simply whether someone who is as deeply steeped in Japanese political culture as Ozawa — who at times seems as motivated by replacing the LDP as he is by a clear analysis of where Japan should be headed — can be a sexy agent of change. It is whether Japan really wants to go through the wrenching transformation of its economy and society that the new century seems to demand.

cover
日本経済これから黄金期へ
イェスパー・コール
2001年刊
 セクシーさだけじゃなくて、日本は本当に経済と社会を変える気があるの?ということ。記事の、おそらく解答は、そうではないでしょ、日本人はノスタルジーに浸っていたいだけでしょということ。"But there is in Japan always a nostalgia for a supposedly simpler past rather than an unpredictable future. "
 まあ、異境の国、日本を小馬鹿にして終わるというありがちなオチではあるけど、実際、日本人は変わろうとは思っていないでしょう。まして、小沢という選択は変化ではないのは、そりゃそうだ

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