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2009.03.06

ダルフール紛争が日本にも問われている理由

 昨日のエントリ「極東ブログ: ニコラス・クリストフ記者によるダルフール問題 Q&A 要約」(参照)で、ダルフール危機と国際刑事裁判所(ICC)から出されたスーダンのバシル大統領への逮捕状についてのメモ書きをした。これは基本的に米国向けの含みが強く、日本がこの問題にどのように問われているかはわかりづらい。
 これまで日本のマスメディアおよびジャーナリズムではそれほどこの問題について報道しないか、あるいは報道しても微妙な含みがあるように思えたものだが、さすがにバシル大統領への逮捕状の報道は日本でも広く知られた。せめて大手紙も明日あたりに取り上げてくれるとよいと思うのだが、こうした期待が皮肉に誤解されてしまうような印象もある。
 関連のフィナンシャルタイムズ社説”Prosecuting war crimes in Sudan”(参照)は4日にすでに上がっているものの、その紹介の前にニューヨークタイムズのニコラス・クリストフ記者の記事の紹介が先だったほうがよいのではないかと慌てて昨晩メモ書きを作った。フィナンシャルタイムズ社説のほうは、より概括的に、結果として日本も視野に含めた形になるので、もう少し丁寧に見ていきたい。
 状況の概要と逮捕状に至るまでの簡素な説明に続いて、展望は次のように語られている。


What happens next, however, is less clear cut. In the most optimistic scenario, Mr Bashir’s indictment will act as a catalyst for change. A more pragmatic group of leaders will emerge from within the fractious Khartoum regime. They could hand Mr Bashir over to face trial, and then pursue a negotiated solution to Sudan’s conflicts in the interests of peace as well as their own political survival. Yet it would be a miracle if the political outcome of the ICC’s legal decision were to prove so smooth. For one, Mr Bashir’s arrest in the near term is unlikely.
(何が次に起きるかは明確にはならない。楽観的なシナリオとしては、バシル大統領告訴が変化を促進し、政争の多いスーダン政府から現実的な指導者が立ち上がり、その指導者のもとでバシル大統領を裁判にかけることだ。そうなれば、平和を求める観点からスーダンの抱える紛争解決の交渉となり、さらに政府の存続にもなる。しかし、国際刑事裁判所(ICC)の決定がすんなりいくとすればそれは奇跡というものだろう。今日明日にバシル大統領が逮捕されることはない。)

Second, while as head of state he certainly has a case to answer, he is not the all-controlling dictator that the ICC prosecutor has portrayed. Experts believe others in the regime have played a more direct and powerful role in orchestrating war crimes. If the interests of justice are to be served, they must be indicted too, although the temptation will be to let them off in exchange for surrendering Mr Bashir.
(論点はもう一つある。バシル大統領が国家元首として対象となる裁判ではあるものの、彼はICCが描いているような独裁者ではない。この問題の専門家は、政府内の別グループが組織的な戦争犯罪を直接推進していると見ている。正義が希求されるのであれば、彼らも告訴されなければならないが、バシル大統領を身代わりにして彼らを不問にして済まそうとする誘惑はあるだろう。)


 クリストフ記者の考えとは微妙に異なっている部分が重要になる。まず、今回の逮捕はダルフールのジェノサイドを問うものではなく、人道上の罪を問うものであるが、バシル大統領にすべて責任を帰せるほどの独裁者ではないだろうということだ。これは同時に、本来の罪責が問われるべきグループをどうするのかということでもある。ある意味では、戦争犯罪の裁判につきまとうありがちな問題ともいえるし、日本の歴史にも苦い連想が及ぶ人もいるだろう。
 フィナンシャルタイムズ社説では、続いて今回逮捕状が出たことで南北問題がよりこじれる可能性を指摘しているが、この点については、クリストフ記者の洞察が重要ではないかと私は見ている。南北問題は再燃する可能性があり、近い将来に直接的に日本が問われることになるだろう。
 クリストフ記者が触れていないフィナンシャルタイムズの論点で重要なのは、ICCとそれを支える諸国の問題である。

The stakes could not be higher. The Sudan case provides a fundamental test of the rigour as well as the legitimacy of the ICC. The onus is now on all those countries that supported the court’s creation to redouble efforts to end Sudan’s agonies and to ensure that the interests of peace as well as justice are served.
(賭け金は増やせない。今回のスーダンの事例は、ICCの厳正性と正当性について、その根本を問うテストケースになる。ICC創設を支持した諸国はスーダンの惨苦を終結させる努力を強化し、正義のみならず平和を享受できるようにする責務を負っている。)

For if the ICC bungles this case, and the world stands by as Sudan crumbles, there is a risk that Wednesday’s decision will prove no triumph for human rights.
(もしICCがこの問題をしくじるなら、スーダンの崩壊に世界は直面し、ICCの決定は、人権の勝利など存在しないことの証明になってしまうだろう。)


 ICCを支える諸国がこの問題を解決できないなら、人権そのものが空文に帰してしまいかねない。では人権というものを支える、その諸国はどこにあるのか。ここだ(濃緑の部分)。

map

 米国は含まれていない。中国は含まれていない。ロシアは含まれていない。中東とアジアも少ない。日本はというと韓国と共に含まれている。日本が加盟したのは、2007年10月1日である。105カ国目の締約国だが、斎賀富美子(参照)が18人の裁判の1人となっている。
 今回のスーダン、バシル大統領逮捕は日本に問われている部分も大きいはずだ。

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2009.03.05

ニコラス・クリストフ記者によるダルフール問題 Q&A 要約

 30万人が殺害されたとされるスーダン西部ダルフール紛争をめぐって、戦争犯罪を裁くためのオランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)は、昨日付で、スーダンのバシル大統領に人道に対する罪と戦争犯罪の容疑で逮捕状を出した。
 これに合わせて、ニューヨークタイムズのニコラス・クリストフ記者(参照)がニューヨークタイムズ内のブログに、ダルフール問題Q&Aとして”Answering Your Darfur Questions”(参照)を掲載した。
 戦争犯罪に関心のあるかたはリンク先の原文を読まれるとよいと思う。
 以下は、メモ程度にまとめたもの。比較的長文で内容も背景を知らないと難しい部分があり、訳文を意図したものではない。参考なれば程度のものである。

 手短にダルフール紛争の背景を説明してもらえませんか。
 スーダン西部の、フランス国土ほどの広さのあるダルフール地域は、スーダン政府から長いこと見放され、資源を否定された状態でした。この地のアラブ系遊牧民と農耕を営むアフリカ系部族との間には緊張もありました。1990年代には政府がアラブ系遊牧民の一部を武装させ、アフリカ系部族は警戒しました。
 2003年に同地のアフリカ系の3部族は政府に自治と資源を求めてスーダン政府に反抗闘争を開始しました。が、スーダン政府は対抗し、ダルフール地域からアフリカ系部族の根絶をもくろむようになりました。ダルフール紛争が起きたのはそこからです。
 都市部に住むアフリカ系部族には迫害はそれほど及ばなかったものの、郊外では男性は殺害され、成人女性と少女たちはレイプされました。幼い子どもと老人も殺害対象でしたが見逃されることもありました。被害者数は確定していませんが、数十万に及ぶでしょう。
 すでにダルフール地域には居住可能な村もないほど破壊され略奪されたので、最悪の殺害時期は過ぎ去っています。しかし、逃れた人々は難民キャンプで苦難の日々を送っています。
 支援者が今この地を離れることになれば、犠牲者は膨れあがります。

 国際刑事裁判所(ICC)へのアラブ諸国やアフリカ諸国から反発をどう考えますか。
 これらの地域の国はスーダン政府側に付いています。理由はいくつかあるでしょうが、まずこれらの国も自国に人権問題を抱えていて同様に非難されたくないということや、欧米諸国から植民地支配を受けることへの懸念もあるでしょう。
 ジンバブエでムガベ大統領の非道をアフリカ諸国が見て見ぬふりをしているのも同様です。アラブ諸国は西サハラ地域を直視していません。

 ノーベル平和賞を受賞したツツ司教と、ビリー・グラハムの息子でもあり自身も著名な伝道師であるフランクリン・グラハムの討論についてどう思われますか。
 まず両者ともスーダンを懸念する善人だと述べておきます。問題を平和か正義かの二者択一に捉えるなら、私はグラハム氏に与します。グラハム氏の言うように、国際刑事裁判所から逮捕状が出されたスーダンのバシル大統領とその一派に500万ドルほど払ってリビアに亡命させることで、平和が実現するなら、それを望みます。しかし、グラハム氏の提案は間違いです。私は、正義がなされるまで平和は実現できないというツツ司教に同意します。グラハム氏はスーダンの南北平和協定についてバシル大統領を欠かせないと考えているようですが、私はそうは思いません。バシル大統領にはかつて副大統領の時代ほどの重要性はもうありません。
 アリ・オスマン・タハ副大統領を含め南北平和協定の枠組みはすでに壊れています。最善の方法はバシル大統領を亡命させることですし、今回のICCの判断はその第一歩となるでしょう。
 とはいえ、正直にいえば次の事態を想定できる人はだれもいないでしょう。

 米国が拒絶する国際法廷による逮捕という点で米国は偽善的だと思いませんか。バシル大統領への逮捕状は、潜在的に非難が向けられているキッシンジャー氏にどんな影響がありますか。
 偽善はあります。米国がICCに加わるなら、私たちは道義的にもスーダンに対してバシル大統領を引き渡すよう要求すべきだったでしょう。クリントン大統領は任期末に承認したものの、ブッシュ大統領は認めませんでした。オバマ大統領もあきらめるでしょう。
 ICCですべてが解決するわけではありませんが、虐殺に立ち向かうための道具にはなります。そしてそれを手放すわけにはいきません。加えて、私はキッシンジャーやラムズフェルドなどの米国人がICCに引き出されるとは思いません。

 ダルフール難民を米国に呼ぶ支援団体はありますか。
 ありません。ダルフール難民は米国にはほとんどいません。ブッシュ大統領はしぶしぶ理解したようなふりをしましたが、もう関心はないでしょう。こういうポーズは虐殺を止める手立てにはなりません。虐殺を止めるには、バシル大統領に向き合う必要があります。

 ダルフール紛争は水争いなど農業が原因なのではないですか。遊牧民と農民は対立するものではないでしょうか。
 そういう面もありますが、そう考えることで間違うこともあります。考えてもみてください。チャド、マリ、ブルキナファソ、ニジェールにも紛争はありましたが、ジェノサイド(民族抹殺)には至りませんでした。南北問題を含めて、問題の根幹にあるのは、スーダン政府なのです。

 バシル大統領が追放されるとは想定しづらいなか、実際には何が起きるのでしょうか。バシル大統領がこの問題をもたらしたのでしょうか。虐殺の証拠を言い立てるなら、バシル大統領は無罪になりかねませんか。そうなればスーダン側のプロパガンダの勝利にもなりかねませんよ。
 難しい質問ですね。バシル大統領の取り巻きは凶悪であり、ダルフールでの虐殺を立案していました。とはいえ、私はこうも思うのです、他の国にも独裁者はいても、バシル大統領のように民衆殺害や隣国侵害まではしないものです。そう考えるなら結論は明白とはいえ、政権内部の別の有力者がジェノサイドを推進していたのかもしれません。

 中国がこの暴虐を止めようとしないのは、スーダンから利益を得ているからですか。米国が冷戦時代にやったようなものですが。
 そうでしょうね。私は中国をねたむわけではありませんが、石油利権が原因ではないでしょう。中国がスーダンを庇うのは武器を販売しているという外交上の手前でしょう。スーダン政府の配下にあると見られる民兵(ジャンジャウィード)は、中国製かあるいは中国がスーダンに建設した軍事工場制のカラシニコフやロケット弾発射器を使っていました。

 ダルフール紛争で正義が問われるのは心情的にはわかるとしても、この問題に関わった経験からすると、南北問題までこじらせたくない。ICCの動向は南北包括和平合意(CPA)を不安定にさせます。南北内戦が再開されかねないのに、ダルフールの正義が求められるものでしょうか。内戦が起こしうる殺害と現在の正義をどうバランスをとりますか。
 CPAは不安定ですが、それをもってバシル大統領逮捕を避ける理由にはならないでしょう。南部は2011年の独立に向かっていますが、北部はその石油資源を狙って戦闘をしかけるでしょう。率直なところ、この逮捕状は南北間の戦闘阻止にも役立つと思います。

 スーダン政府はICCに関わらないとしながらも、ダルフールの反抗勢力と対話しようとしています。重要な反対勢力の一つ、JEMをその対話の席に座らせることはできますか。
 私はスーダン政府とJEMの間の合意はわずかだろうと思います。アフリカ系部族はJEMではなく、SLA/Aのリーダーであるアブドルワヒドを指導者として望んでいます。和平推進にはアブドルワヒドは欠かせませんが、彼は亡命のパリで安住しすぎです。私は、彼がダルフールの反対勢力をまとめるべきだと思います。あと言うまでもないですが、誰もバシル大統領を信じていません。

 アメリカとイスラエルが支持している反抗勢力であるJEMとSLMは、スーダン政府勢力に対抗するという建前で、民間人虐殺をしています。どうお考えですか。
 あなたの言うとおりです。反抗勢力にも問題があります。だから彼らも呼ぶ必要があります。しかし、民衆はジャンジャウィードや政府軍ほどには彼らを恐れません。反乱勢力もレイプを行っていますが、スーダン政府のような計画性はありません。反乱勢力も悪いのですが、政府軍とは比較になりません。

 米国メディアは事態を単純に見過ぎです。バシル大統領が悪であり、民衆が虐殺されていると考えたいものです。しかし考慮の余地はあります、スーダン政府にすれば防衛でしているのかもしれません。どんなに彼らを責めても彼らは自分を守ろうと正当化するでしょう。国際社会に問題解決能力があるのでしょうか。
 私もスーダン側から批判されたものです。ダルフールに紛争はあるが政府は関わっていないし、規模も小さいといった類です。政府とジャンジャウィードは違うとか、反抗勢力も悪いことをしているとか。アブドルワヒドが和平を願っていないという点でに正しい面もあるでしょう。ジャンジャウィードですら、自分たちは防衛でやっているのだと言います。また、話を故意に難しくしたり人種問題を誇張しているとも言います。「ジェノサイド(民族抹殺)」という言葉は忌避されます。
 しかし、政府軍と反抗勢力では規模が違います。種族の争いだというのも違います。ジャンジャウィードの戦闘には政府軍の空爆が伴います。米国人はダルフールの種族を見分けることは難しくても、彼らの感性は違って見分けているようです。それは殺害はレイプの場の表現でもわかります。
 もちろん事態は複雑です。アパルトヘイトも複雑でしたし、ホロコーストも複雑でした。アルメニアのそれも、カンボジアのそれも。しかし、ホロコーストについて言えば、その本質は、政府が特定の民族を選択して虐殺したことです。そしてそれはダルフール紛争の複雑さのなかでも同様に際立った本質をなしています。(But at the end of the day, the central reality of the Holocaust was that a government chose a particular people and slaughtered them. And that is likewise the central reality that shines through all the complexities of Darfur.)

 スーダン人の多くは大統領への脅迫に怒っていますし、ICCの令状も西側諸国のたくらみだと感じる人もいるでしょう。大統領への反対派ですら大統領を不屈の精神と称えています。同時に難民側としてはICCの関与なしにダルフールに平和は来ないと思っています。スーダン人の間ですら割れている問題をどうやって部外者が調停しますか。
 似たことはセルビアやリベリアにもありました。これらの国がナショナリズムの感覚を持つがゆえに西側は部隊を送ることができません。イスラム圏には西側の示威とみられないように協調しなければなりません。しかし、スーダンの国民もバシル大統領の凶悪さと不正を知っています。こうした国民間の分裂は南北にありまた東西にもあります。スーダンの人も最後は首都しか残らない状態を案じています。

 スーダンで対立する諸外国の利権はなんですか。石油ですか軍事ですか。米国、欧州、中国、サウジアラビアの利害はなんですか。
 私は関係国が紛争を積極的に悪化させているとは思いませんが結果的にはそうなっていると見ています。米国は南北紛争に関わるほどには期待を持たせながらもダルフールの虐殺に関わりませんでした。ブッシュ政権のためらいもあって欧州も関心を払いませんでした。スカンジナビアの後押しでフランスはチャド関連の安定には関与しましたが、ブレアは口先だけでした。アラブ諸国はパレスチナ関連から米国に疑念を持ち、現スーダンのアラブ体制側に立ちました。中国はバシル大統領におもねって石油を買い、小型武器を供与しましたが、紛争に無関心だからできたことでした。

 バシル大統領を逮捕はするがジェノサイド(民族抹殺)の罪を問わないという決定の理由はなんですか。ハードルが高すぎるとも言われているのですがどうなのですか。
 殺人の罪を問うより、特定の人種を殺害するジェノサイドの罪を問うのは難しいものです。バシル大統領の思惑を問うよりも、見える破壊のほうが問いやすいのです。しかし、法廷に引き出せば問いかけることができますし、告発も可能です。バシル大統領としては、ジェノサイドで告発されたわけではないと抗弁するでしょう。いずれにせよきちんと逮捕状を出せば、これ以上の民間人殺害を抑制する効果は期待できます。

 バシル大統領への逮捕状は進展とはいえ実際的ではありません。ICCにはそんな力はありません。理論的に可能なものでしょうか。逮捕状は象徴的だとして実際にダルフールの人々の救いになるでしょうか。
 現状では逮捕状はただの紙切れです。しかし、バシル大統領やスーダン国家のエリートたち、ジャンジャウィードは懸念し始めてしますし、それはよい兆候です。バシル大統領はICCを愚弄するでしょうが、他国に出るときには逮捕の可能性があります。彼は警戒を高めるでしょう。あるいは別の指導者が彼を葬り去るかもしれません。その噂はあるのです。スーダンのエリート層は自国へのイメージを気にしています。彼らはICCを非難しますが、バシル大統領も非難しています。これだけの効果を持つなら対価があったと言えるでしょう。私たちは指導者が虐殺に手を染めるのは狂気ゆえとは思いません。彼らには彼らなりの損得計算があるのです。彼らは虐殺も効果があると思っているのでしょう。バシル大統領は南スーダンを焦土にして成功しました。同じことをダルフールでもできると踏んだのでしょう。ところがこれは高く付きました。事後に外交にあたふたしたことでもわかります。他の指導者も彼を見ています。あのあり方がまずいとわかれば他の指導者の踏襲は減るでしょう。

 アフリカの残虐な大統領には逮捕状が出たわけですが、イラン、シリア、北朝鮮の指導者にはでません。どうしたわけですか。
 ダルフールの人々が黒人であるかは問題ではありません。人種差別はありません。ボスニア・コソボ問題では彼らが白人だということで同情を買ったこともありました。イラン、シリアと北朝鮮の体制が問題だとはいえ、スーダンの比ではありません。北朝鮮はスーダンより全体主義の点ではひどいものですし、飢餓で多数の死者がでましたが、政府の失敗と国民への無関心によるもので、特定人種を殺害に選んではいません。世界には多くの人種問題がありますが、スーダンが抱える問題とは異質です。スーダンでは内戦を含め200万人が殺害されました。バシル大統領は常習犯なのです。

 米国人がスーダンに貢献できる場所はどこですか。
 以前ならダルフールやチャドを勧めました。一部で子どもをさらう問題もありましたが、医療グループは貢献してきました。しかし、現在必要なのは医療援助ではなく、暴力を止めさせることです。そのために、ダルフール救済同盟、ヒューマンライツワッチ、ヒューマンライツファースト、ジェノサイド調査ネットワーク、イナフプロジェクトのみなさんは、どうしたらよい考えてほしいのです。

 米国オバマ大統領はこの件で発言するとすれば何でしょうか。また彼ができることは何ですか。
 米国民主党政権はこの問題に関心を持っていますし、ブッシュ政権よりはましでしょう。ブッシュ大統領個人はこの問題に心を砕き、派兵も考慮していたのですが、ライス長官を含め国益を重視した人たちは行動を起こそうとしませんでしたし、ブッシュ大統領を制止しました。オバマ政権なら関連国を動かすことができるはずです。カタールはこの問題に関心を持っていますし、アラブ諸国に伝えることができます。トルコやマレーシアも関心を持つようになるでしょう。
 国連はスーダン政府による空爆については実力阻止によって警告できたはずでしたし、通信妨害でスーダン政府の軍事行動を攪乱させることもできたはずでした。しかし、多少の圧力にはなっても、これらの手段は失敗しました。

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2009.03.04

小沢一郎公設秘書逮捕に昭和の香り

 私はずっと小沢一郎を支持してきたので今回の秘書逮捕の件に驚いたかといえば、驚きはしたが裏切られたという類のものではなかった。私は政治家に清廉を期待しない。政治家がカネにまみれるというのは民主主義のコストだと割り切っている。米国民もそう割り切っているのではないかなと、潤沢な政治資金で生まれたオバマ大統領を見ていた。
 もちろん賄賂など不正なカネが政治家に渡ることを是とするものではないが、今回の小沢一郎の秘書が不正を行っていたかというと、私がざっとニュースで見たスキームからは、これは特段騒ぐほどのことではないように思えた。
 で、私の理解。
 まずルールだが、個人や政治団体が政治家に寄付をしてもいいけど、企業は政治家個人の団体に献金をしてはいけない、ということ。
 西松建設という企業が小沢一郎に企業献金をしたというのなら、明白にアウト。しかし、そうではない。
 ではどうかというと、企業が隠れ蓑のダミーの団体を使って政治家に献金したのもダメだよということ。トンネル通しても、企業献金には変わりないでしょ、と。
 まあ、そう言われればそうかなというのと、そのダミー団体とかトンネルとかの、判定はどうやるとできるのか? そこんところのサブルールはどうなってんの?
 今回の事態で分かったのは、そのサブルールだ。
 つまり、サブルールは東京地検特捜部様が勝手に決める。
 しかし、それじゃ正義の守護神としてもご勝手過ぎないか? 多少なりとも証拠は? 
 というと、カネを受け取った政治家秘書が、「お代官様、そのとおりでございます、ダミー団体と認識しておりました。トンネルでございました。なので、献金を寄付と書いてしまい、悪うございました」と自白させれば、すべてオッケー。
 自白しなければ、グレーのまま。
 グレーのままだったら、そこはもう、世論とか新聞とか空気で政治家を事実上抹殺すればいいわけですよ。
 つまり、昭和の世界を見てきた私にしてみると、ああ、またこれかですよ。
 別の言い方をすれば15年近くよく小沢一郎は屠られずにしかも、総理に手が届くところまで再起したものだなと、呆れて私は見てきたけど、いや期待してもいたけど、こうなる末路は15年くらい前からわかっていた。「民は愚かに保て」(参照)でカレル・ヴァン・ウォルフレンで、小沢に期待した彼は「小沢一郎を醜聞で火だるまにしてはいけない」というコラムを書いていた。


 私が一番気がかりなのは、舞台裏の調整役としてキープレーヤーである小沢が、この重要な役割を演じ続けられるどうかである。その理由は、彼は責任ある政治家として重要な政治的決定を下さなければならない立場にあることを隠そうとしないために、多くの強力なグループの怒りを買うことになるだろうからである。小沢は政治家として並々ならぬ器量才覚を有している。そのゆえに反対しそうな者に対して強い姿勢で臨むため、日本の政治風土のなかでは傷つきやすい。

 ウォルフレンは彼に期待したし、「日本 権力構造の謎」(参照参照)で彼がいうところのシステムの暴いて、いつの日か小沢がカネのスキャンダルで屠られるの懸念した。

 たとえばスキャンダルを用いて彼を貶めることだってできる。このような攻撃を仕掛けることは、そう困難ではない。読者も覚えているだろうが、私は、日本の新聞と検察がこの武器を用いて特定の政治家を選び出して、政治生命を絶ったり傷つけたりしていることを批判したことがある。なぜかといえばこのやり方は恣意的であり、誠実さに欠けるからだ。政治家ならほとんど誰でも、いつなりとスキャンダルに連座させることが可能なのである。

 戦後、いや戦前も含めて日本近代の政治を眺めてきたら、いつなりと政治家をスキャンダルに連座させることが可能だというのがわかって、それこそが日本権力でありシステムではないかと暗澹たる気持ちになる。ついでにいうなら、清廉・清貧の政治家や革命家を是とする日本人の政治倫理にも鬱になってくる。五・一五事件では、卑劣な暗殺者でしかないのに清廉・清貧だということで刑の嘆願が集まったものだった。日本を戦争に導いていったのはこの清廉・清貧の正義を自認した者ならなんでもできるという狂気だったと私は思う。政治に救いなんかない。国政がやるべきことは夜警とゴミ処理くらいなものだし、政治家はカネにまみれるというコストがかかるのはしかたのないことだ。そう考えていかなければ、日本はまたいつか来た道を辿るのではないか。私はそう思った。
 ウォルフレンも日本の政治家がカネにまみれることを見抜いていた。

 日本では多額の政治資金を集めなければ、政治家として大を成すことは不可能だった。資金の主要源は企業であり、企業は官僚の独断による許認可権に怯えるがゆえに、政治家を頼んでとりなし保護を求めることになる。

 企業はだから政治家にカネを送らなければならないシステムがあるし、そしてその企業とはつまり企業を支えている管理職の従業員でもある。
 今回の事件で、なぜダミー団体でありトンネルだったと言われるのか。今朝の毎日新聞社説「公設秘書逮捕 小沢氏は責任を明確にせよ」(参照)はこういう理屈で明白だという。

 西松建設のOBが設立した二つの政治団体には同社の課長クラス以上の幹部が会費を支払い、後で会社が賞与に上乗せする形で補てんしていたという。西松建設の前社長も同時に逮捕されており、企業ぐるみの違法献金だったことは明らかで極めて悪質だ。

 誰にとって明らかなのか。
 小沢一郎の秘書にとって明らかだったというのだろうか。つまり、「はぁ、このカネはOB会のトンネルですからいただけませんな」って言えはよしといことか。そんなことどうやって可能だというのだろうか。
 そして、個人の献金分は企業から補填されていたとしても、それでも一度は社員の所得に、つまり、所有になっているのではないか。時間の前後というのはあり補填性が高いにせよ、実際には所得税としてその個人の税の域に入っているもではないか。というか、もしかして清廉なる正義の執行者は国民の所有の概念を認めないのかもなのだが。
 私は父親が電電マンだったから知っているが、組合費は有無も言わせずけっこうたーんと天引きされていたし、それが総評に回っていた。昔と今では違うかもしれないし、これは電電公社の意向ではないというのかもしれないけど、父が総評を強く支持していたわけでなかった(と回想するに支持していた面もあったか)。政治献金なんて所詮そんなものであり、そこは今も昔も変わりはしないだろうと思う。
 今回の小沢一郎秘書逮捕だが、西松建設問題が起きる途中経過では、小沢もだが自民党に目が向いていたようにも見えた。「西松建設裏金:自民「国政協」、西松本社住所を収支書に OB団体、献金隠れみの」(参照)より。

 準大手ゼネコン「西松建設」(東京都港区)がOBの政治団体「新政治問題研究会」(新政研、解散)を隠れみのに違法な企業献金をしたとされる疑惑で、自民党の政治資金団体・国民政治協会が新政研から献金を受けた際、政治資金収支報告書に新政研の住所として西松建設の住所を記していたことが分かった。また、宮下創平元厚相の政治団体は同様に記した上、新政研の代表者欄に西松の現職役員名を記入。献金を受け取った側も新政研が西松建設のダミーと認識していた可能性が浮上した。


 新政研と「未来産業研究会」の二つの政治団体は、西松前社長の国沢幹雄被告(70)=外為法違反で起訴=の指示で95年と98年に同社OBが設立。06年の解散までに、小沢一郎民主党代表や森喜朗元首相らの政治団体に計約4億7800万円を献金していた。

 それが重要な流れというよりはいろいろと観測気球とかとかいろいろあっただろう。日刊サイゾー「西松建設&キヤノン事件で狙われた大物政治家とは?」(参照)では司法記者としてこう伝えていたし、私もそんなものかと思っていた。

 政治資金規正法違反は、ワイロをもらう収賄よりも微罪だが、それでも当局による家宅捜索を受ける容疑になり得るという。「いつ解散総選挙があってもおかしくないタイミングだけに、自民・民主のどちらの議員に踏み込むか。やられたほうは計り知れないダメージを受けかねない」(政治部記者)というから、西松建設事件が与野党をいかにヒヤヒヤさせているか想像がつくだろう。しかしその分、司法記者は「政局に影響を与えるなんて、特捜部長が政府寄りの今の特捜部は考えもしないだろう。中央政界への捜査は見送られる見込みだが、しかし、思わぬ展開を見せる可能性はある」という。

 今回の事件は収賄ですらない。というか普通に考えれば微罪だろうと、昭和な頭は思う。
 というか、最初に小沢からしかもこのタイミングでは、宇宙人脳では「陰謀」とかつい思うだろうし、その疑いを晴らすべく、朱舜水に師事した水戸黄門様的な権力は、正義の公平性でもって、自民党側にもお灸くらいを据えるのではないか。リストはあらかたできているだろうし。

 これらの政治団体は国会議事堂そばに事務所を構え、政界とのパイプを誇示していた。実際、その献金先を見ると、自民党の二階俊博氏率いる「二階グループ」を筆頭に、高村正彦元外相、そして森喜朗元首相といった派閥の領袖クラスが並んでいた。さらには、民主党の小沢一郎代表やその側近である山岡賢次国対委員長にも多額の献金が渡っている。「もらった政治資金が裏金から捻出されていたことを議員側が認識していれば、少なくとも政治資金規正法違反に問われる可能性がある」という法律の専門家の指摘もある。

 今朝の日経新聞社説「違法献金の疑いに小沢代表は説明を」(参照)でもそういう示唆は感じられた。

 東京地検には、捜査権力を公平に行使する観点からも、厳正な姿勢でそれぞれの献金先を調べることが求められる。

 お祭りはまだ続くのだろう。
 政治にはコストがかかる。コストがかからない政治を求めれば、コストは別の形で返ってくる。もうこんな日本歴史は終わりにしてくれと私などは思うが、まだまだ続く水戸黄門。
 ちなみに、私は今の小沢一郎を支持しているかというと、国民新党と社民党と連携という政治理念にまったく賛同できない。また、民主党の経済政策はまったく理解できない。さらに、受け皿のない現在麻生政権を解散する必要性はまったく感じない。今回のバカ騒ぎを抜きにして総選挙があっても、小沢一郎を支持しているかどうかは心定まらぬというところ。

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2009.03.02

走りだせ、中央線♪

 どうも政治のことも経済のこともあまり関心が持てない。このまま無関心になっていくのかもしれない。何も関心がないというほどのことはない。どちらかというと小食ではあるが食い物には依然関心はあるかな。他にはといえば、「ちっちゃいもの大好きクラブ」の会員としてはQトレインに関心があった。

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Qトレイン QT02
485系L特急 (雷鳥)
 デザイン的には国鉄485系電車がよいかなと思ったが、「雷鳥」かあ。私は関西の人ではないからなあ。私にとっての「こだま」である国鉄181系電車(参照)だったら、もう狂喜乱舞といったところなんだけどな。それってどんだけ鉄、という感じもしないではないし、本人談としてはまったく鉄じゃあないんですけどね。あと、好きな電車っていったら、0系ひかりと、ロマンスカーくらいなものかな。名前はよく知らないけど、子どものころ信越本線とか八高線とかもよく乗ったのであの電車も好きだな。立川とか行くとチョコレート色の車体で床が板の電車があったがあれはなんていうのだろう……くらい電車のことは知らないよ。
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Qトレイン QT04
E233系 (中央線)
 他には、中央線は好きだな。青春の思い出もあるし、先輩は挽かれちゃったし。もちろん昔のやつがいいのだけど、でもそれは無理ってものかということで、最近のデザインの、中央線Qトレインを結局買うことにした。しっかし、こんなの買っていいんだろうか。メーカーによる推奨年齢を見ると、8歳以上とあるので、50歳は十分オッケーじゃあないか。ぽちっと。

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 それにしてもこれは小さい。というか、自分が巨大化したような感じだ……なわけはないか。

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 どういう動力でどのように動くのだろうか。調べてみるとLR44のボタン電池3個と単四が2個のようだ。というわけで電池を買って届くのを待っていたのだけど、ボタン電池のほうは内蔵されていました。
 どのように動くかというと赤外線コントロールらしい。ということはテレビのリモコンくらいな距離のコントロールだろうか。アマゾンの読者評を見ていると、Qトレインの速度が速すぎてコントロール域から出てしまうとのことだが、実際に動かしてみると、それほどってことはないです。でも、けっこう速いのでテーブルからは出てしまい、乗客の安否が問われます。
 いや意外と速度が出る。おおっ、こんなちっちゃいのがよく動くなとというくらい。なので、コントロールはちと難しい。慣れるけど。なので、普通のジオラマをするには、別途ゲージを用意しないとだめなのでしょう。そこまでやるかぁな。お、オレは鉄じゃないんだし。絶対に鉄じゃないんだし、って、とてもこれは楽しい。
 デフォではトレインというわりには3両しかなく、最後の1両はすぐに外れてしまう。6両編成くらいは欲しいところだ。までも、コンセプトはちっちゃいものクラブ的にはこれでよいか。
 ああ、中央線。
 走りだせ、中央線♪

 君の家のほうに 流れ星が落ちた
 僕はハミガキやめて 電車に飛び乗る

 でも、家で湯船に待っている彼女はいなかったな、青春の中央線。

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SUPER FOLK SONG
矢野顕子

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