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2009.01.03

[書評]水辺で起きた大進化(カール・ジンマー)

 以前ニューヨークタイムズでカール・ジンマー(Carl Zimmer・参照)による生物学のコラムを読んで、この人は面白いな、何か邦訳本でもあるかなと思って買ったのが「水辺で起きた大進化(カール・ジンマー)」(参照)だった。購入時にざっとサマリーを知るべく速読したものの、これはじっくり読むタイプの本だなと思いつつ積んでおいたのを崩して正月に読んだ。面白かった。かなり読み応えがあり、いろいろ考えさせられた。

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水辺で起きた
大進化
カール・ジンマー
 話は、邦訳題からもわかるように進化論がテーマで、このタイトルだと「水辺」が注目されているし、巻末の訳者解説もそうなっているのだが、どちらかというと「大進化」という現象をどう考えるかという基本的な進化論の難問のケーススタディーと、本書執筆時までの最新の進化論状況の話だ。当然ながら遺伝子的な見方が主流にも思える現代の進化論における、考古学や解剖学的・形態的な思考による「大進化」との関連に焦点が当てられ、総じて、この時点までの進化論のまとめというふうにも読める。高校生が読むと面白いのではないかというか、かつてローレンツに熱中した高校生であった私はそう思った。
 オリジナルタイトルは「At the Water's Edge: Fish With Fingers, Whales With Legs, and How Life Came Ashore but Then Went Back to Sea」(参照)なので、副題を訳すと「指のある魚、脚のあるクジラ、そして水辺の生命は海に戻った」と冗長になるが、実際に内容は指と脚の進化にかなりの論を割いているので正確だろう。
 訳書の出版側の説明は以下だがこれもそれなりに要領よくまとめている。

かつて水辺では、“魚が海から陸へあがる”という進化史上の一大事件が起き、さらに陸にあがった生物のなかから、クジラのように水中生活へと戻っていくものが出現している。この2つの“大進化”がなぜ、どのようにして起こったのかという謎が、進化生物学者たちを長年にわたって悩ませてきた。しかし、近年の分子生物学などにおける長足の進歩が、状況を一新した。魚のひれが指のついた手へと変わっていった経緯や、クジラが何から進化したのかという類縁関係が最先端の研究によって解明され、驚くべき真相が明かされるにいたったのだ。気鋭の科学ジャーナリストが、進化学草創期のエピソードから、今日の研究現場の臨場感あふれるレポートまで、興味のつきないトピックをまじえて綴る、水辺をめぐる変身物語。古生物の在りし日の姿を再現したイラストも多数収録。

 進化論的な議論として興味深いのは、いわゆるエルンスト・ヘッケルのテーゼの逆でもある「系統発生は個体発生を繰り返す」とも言える、ホメオシスについて一般向けの解説にもなっていることだ。大進化の説明についてはこれを大きく援用している。
 精読していて面白いなと思ったのは、そういう進化論的な議論もだが、19世紀のプレ・ダーウィンからダーウィンまでの時代を、地層学や分類学、解剖学などといったこの時代を特徴付ける知識のあり方のなかでいきいきと描き出しているところだ。ラマルクなどがかなり強い勢力をもっていたようすや、ある意味で現在のID論のネタになりそうな反ダーウィニズムの当時のエピソードなども面白く、先のヘッケルもそうしたコンテクストにあったことがよくわかる。本筋ではないのだろうが、チューリングが進化論に関心をもって論文を書いていたというエピソードも興味深かった。
 個別には、後半のテーマである、クジラ(つまりイルカを含む。余談だがクジラとイルカは呼び名の差でしかない)に至るまでの進化の途中の種についての考察が面白い。大半は考古学的・解剖学的に問われているのだが、この研究者たちの冒険心というか、パキスタンでの大活躍など現代の冒険譚とも読めるし、科学というのは取り澄まして理系な理論を扱っているんじゃなくて、まさに無謀ともいうか夢に駆られる腕力みたいなところがあるものだなとしみじみ思えた。
 本書のテーマである「大進化」については、かなり学問的に書かれているのだが、だからこそ、うまく定義できないのだろうと私は受け取った。実は本書を読もうと思ったのも、90年代の進化論について遺伝子の側だけ追っていけばよいのではないかな、となんとなく前提のように思っていたことの反省もあるのだが、それが間違いとも言えないまでも、進化論というのは実に難しいなと痛感した(いうまでもなく進化論の否定といった愉快な話ではなくね)。
 本書でも、終盤で遺伝子の近隣性からみたクジラの系統と、考古学を元にした解剖学というか形態な考察との差異が厳しく問われるのだが、明確な議論にはなっていない。著者はできるだけ議論を明解にしているが、そもそもホメオシスや、ピアジェ的な表現型を考慮すると遺伝子のそのままの情報と、それが実際にどのような生物として出現するかはそう直線的には結びつかないのだろうとは思う。が、それにしても、本書執筆時事点での乖離はなんだろうと疑問が残る。
 本書は1998年の刊行でしかも90年代の知見がかなり盛り込まれているので、その後の10年でこの問題はどうなったのか、続編が知りたいとも思うが、そのあたりの総合的な概説書みたいなものはあるのだろうか。日本だと科学分野の概説書はつい新書的なレベルでこじんまりとまとまってしまって、本書のように議論のフレームワークや歴史、そして最新の状況までが読み込める本というのはむずかしいのだろうか。
 カール・ジンマーの邦訳書はあと二点あるのだが、最新のものはない。最新の「Microcosm: E. coli and the New Science of Life」(参照)は私が特に関心を持つ分野でもあるので、読みたいと思うが英書で読むのは手間がかかって難儀だなともつい思う。そういえば、「水辺で起きた大進化」でさらっと、クジラに至る種の草食と肉食について議論されていたが、考えてみると、草食が出来るというのは腸内細菌と共生が可能になったということで、その意味はたぶん人間にとっても大きなことなんだろう。

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2009.01.01

初笑い、今年の予測

 恭賀新年。よいお年を。
 初笑いに、今年がどんな年になるのか予想してみたい。年末DVDで見た感動的な大作「カンフー・パンダ」(参照)ではないけど、予想にあたって、秘伝は、ない。なーんも、ない。お笑い程度のお話だ。では。

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カンフー・パンダ
 今年はどういう年になるのか、というとき、問われているのは、要するに景気だ。景気はどうなるか。そりゃガチでダメでしょ。そうわかっているのに、つい今年の予想とかに心惹かれてしまうのは、なんとかならないかな、なんとかなる方法はないのかな、と思ってしまうからだ。叡智があれば、この難局をアムンセンのように克服できるのではないか。暗黒卿復活でリフレのサンライズがあるのか……。あー、ないと思います。ぜんぜんだめだと思います。麻生総理のいうように全治三年というのはそれでも希望があるほうなんじゃないか。そしていつの日か日本で消費税をアップできる日が来るんだと財務省官僚ですら希望をもっているんだから、だめでしょ。全然ダメ。困ったなぁ。
 内需拡大なんてどうすかね。読売新聞の元旦のリキ入り社説「急変する世界 危機に欠かせぬ機動的対応、政治の態勢立て直しを」(参照)でも、内需拡大に知恵絞れ、って言ってる。

 日本の強みは、減少したとはいえ、まだ1467兆円もの個人金融資産があることだ。
 このうち、150兆円から170兆円が平均的な個人のライフサイクルから見て「余剰貯蓄」といえるとの、総合研究開発機構(NIRA)による試算もある。
 また日銀は、いわゆるタンス預金だけでも30兆円、投資や利殖より安全を志向する当座・普通預貯金としてほぼ眠っている資金が、120兆円あると見ている。
 こうした“眠れる資金”を掘り起こして活用することは、重要な政策課題だ。

 それにまだ埋蔵金もざくざくある。頑張れニッポン!凄いぞニッポン!頭の良い国ニッポ~ン!! だな。
 読売新聞新年社説によると、日本には個人セクターでざくざくとカネが余っている、と。使えばいいよ、と。ここ掘れワンワン、と。
 で、周りを見回す。何処にそんなカネがありや? たぶん、高齢者が持っているんじゃないかな。じゃ、そこに儲けのマーケットはあるんでしょ。なんかすごく簡単な論理的な帰結だけど、実際そうなんじゃないか。振り込め詐欺なんかも考えようによっては明日のビジネスモデルを暗示しているのかもしれない……いや冗談にもほどがある。
 マスコミでは高齢者が貧しく困っているというし、落ち葉マークなんてとんでもないという高齢者の怒りは警視庁にも届く(若者の怒りは届きません)。それは、きっと、そうなんだろう。まあ、そういう面もあるのだろう。ただ、全体のバランスからすると、それでも高齢者層がもっていそうな余剰金はビジネス的にターゲットになるだろうし、そういう幻想のビジネスにシフトしていくだろう。そういう点からすると貧乏臭いインターネットなんてまったく未来がないな。
 高齢者層に余剰金があるということは、その層のファミリーにぶらさがっている若者もグッドな状況にあるから、話を端折ると、若者間の格差というのはどんどん広がっていく。ということは格差解消って不満を政治に持ち込むとなかなかルサンチマンで通りがよい。つまり、解消はないでしょ、政府が悪いんだ、云々、と。
 こうしたなか、いよいよこの夏までに衆院選挙となる。自民党というか公明党がどう生き延びるかだけど、これだけ背景ができあがってしまうと、というか、その部分で自公の利害が強く結束できないなら、これは潰れるでしょう。じゃ、民主党が政権を取るのだろうか。私が夢に見た小沢総理が実現するのだろうか。そのあたり、どうかな? 
 率直にいうと現実感がまるでない。たぶん衆院選はグダグダな結果になって、その敗戦処理みたいな形で、やっぱ大連立でしょうという冴えないことになるのではないかと思う、というか世論調査を見てるとそうした流れが感じられる。なので、政界再編みたいな元気のいい話もないでしょと思う。
 大連立になって日本はなんとかなるかというと、たぶん、どうにもならないと思う。しいて希望があるとすれば、この大連立は、前回の小泉郵政選挙とは違って、都市民の利益を反映しないから、きちんと地方にバラマキをしたり道路を造ってくれるのではないかな。そうした昭和な香りの財政政策が案外、ぼちぼちと日本の延命に繋がるかもしれない、というか、日暮れまでもう少し的な。
 暗いなあ。もっと明るい今年の展望はないのか?
 なんとなくだけど、そうした政治の動向を実際には日本人というか若い層は嫌って、人口の都市流入が進み、よって都市の、妥当な価格帯の賃貸や不動産のニーズは高まるのではないかな。ついでになんとなく印象なのだけど、住居を失った契約社員に住居を提供という美談がこのところニュースになっているけど、これって案外、だぶついてしかもリニューもできない公共住宅の問題を上手に隠蔽しているんじゃないか。まあ、それが悪いっていうわけじゃないけど、いずれにせよ、その部分をうまく切り離すと、妥当な低価格帯の賃貸や不動産ニーズは高まるし、貧乏人の生活は都市のほうが楽なので、都市はもうちょっと貧乏でもそれなりに幸せな文化が興隆するのではないか。とすれば、そういうあたりの、貧乏臭いけど幸せに花を添える的な産業が儲かるかな。なんだろ。鯛焼き屋かな。
 世界情勢はどうなるか? 危険な部分はパキスタンや中央アジアではないかと思うけど、これに米オバマ政権がどう対応するかが実際上のキー。パキスタン問題はアフガンやイランの問題ともいえる面があるので、なんらかのちょっかいに出てくるかもしれないし、アフリカのあまりの非人道的な状況にもなにか対応があるかもしれない。目下殺害が進むガザを含めてのイスラエル状況については、もうちょっと経つと意外なものが見えるかもしれない。
 サルコジが息巻いているしソマリア沖海賊問題ではNATOが蘇ったかのような印象もあるので、そのあたりでぼちぼちでんなの、弱いかたちの有志同盟みたいなものができて、そしてそれに中国も参加し、ほいで、日本はつまはじきになるのではないかな。一国平和こそ日本の実際の国是だし。
 中国はどうなるか。すでに沈没しているのにどうなるかもないしょ論もあるかもしれないけど、結果として共産党政権を弱体させるという道はありえないのだから、その線でぼちぼちと農村籍というか農民問題に取り組むことかな(実質土地の所有権のようなものができそう)。こういうと皮肉みたいだけど、急激な発展をしたけど都市化に移行しきれなかったから、いざとなったら労働者を農村へ追い戻しということが可能だったということだろう。
 あと日本を巻き込む国政状況で、セプテンバーイレブンみたいななんか予想外の出来事があるかだけど、それは予想外なんだからわからない。北朝鮮? いや何があると予想するやら。韓国の動向と併せて考えてもいいでしょう。
 技術の世界の見通し? ああ、昨年インプレスで答えた「アルファブロガーが予想する、2008年のインターネット業界」(参照)が微妙にハズしたな。こんな感じ(なので今年は問われなかった)。

・NHKアーカイブス
 戦後史が包括的に含まれていて、人生に余裕のできた団塊世代が再考するようになるから。

・NGN
 現状のIP高速回線にはいろいろ限界がある。NGNがCATVからIPTVへの変化のインフラになる。

・動画対応iPodによるテレビ
 業界的にはiPod touchやiPhoneに関心が集まっているが、iPodとテレビの融合のほうがより身近で多くの人に魅力がある。


 今年はどうか。この延長か? なのだけど、NHKアーカイブス的な団塊世代コンテンツというのはもうしばらくありかと。テレビコンテンツは実際のところNHKの一人勝ちなんじゃないかと思うし。
 NGNの目はなさそうだと思いつつ、案外今年あたりでインターネットはゲロ低速で使えない状況になるかもしれないなと思うので、目が出てくるかも。
 iPod TVは、ワンセグに移行するかな。昨年は私はワンセグをけっこう使った。便利ですよ、こりゃ。お風呂ワンセグとかありですよ。
 他、今年は携帯業界が再編成されるだろうから、そこでは微妙な動きがあるかな。やばそうなので私なんぞは沈黙。ネットの通販とかは、より身近な部分に下りたところが勝ちになるだろうけど、現状のネット通販という方向ではなく、コンビニやスーパーを経由した形になるのではないかと思うが、そう急ぎの進展はないだろう。
 ブログは? わかんないな。ブログの世界にはあまり関心ないといえばないかなという感じ。というのも昨年実質的にSNS志向や煽りメディアとしての性格がきつくなって、ブログってアクティブなメディアとして楽しくねーよという感じが深まった。というか、ブログって原点に戻って、手作りのちっこい個人メディアでええんでないの。少なくとも、自分はというか、このブログは。

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2008.12.30

今年の金融危機についてごく些細な印象

 今年一年を振り返ってというほど話でもないが、今年はどんな年だったかといえば、グリンスパン元FRB議長が言うように百年に一度の金融危機というあたりかもしれない。まあ、二年くらいして振り返って見ると全然違って、普通に不況でしたとか、またまた日本失われた二十年だなこりゃ、とかかもしれない。とはいえ現時点で自分が思う些細な印象でも書いておこうかなと。前もってお断りしておくと、経済音痴の私がちょっと気楽に書きたいので陰謀論臭い話になる。なので、そのあたりは陰謀論だろみたいな無粋なツッコミはなしってことで、じゃ。
 最初に結論から言えば、この金融危機は中国の崩壊を米国から率先して泥を被って痛み分けにしたものかなと思っている。当然、米国の属国である日本は痛み分けを預からないわけにはいかない。
 もうちょっと大きい歴史的な枠で見れば、渦中で書いた「極東ブログ: つまり、第二のプラザ合意みたいなものかな」(参照)でしょろっと触れたが、プラザ合意のときは日本が貯めたドルによる不均衡を一気に解消ということだったが、今回は中国が貯めたドルだった、と。なので大筋のドル安ということにはなるしつられるように日本も円高にもなった。が、今回の金融危機が中国版プラザ合意なら元が円のようになるかというと、必ずしもそうではなかった。なぜかということだが、ここでちょっと陰謀論臭い話になるが、その前に少し振り返る。
 2004年「極東ブログ: またまた米国債買いのお話」(参照)、同年「極東ブログ: 米国ドル安をもってEUと中国を撃沈」(参照)。
 2005年「極東ブログ: すごいぞ、中国国際ビジネス」(参照)、同年「極東ブログ: ヒューストン、何かおかしい(Houston, We have a problem)」(参照)。
 2006年「極東ブログ: [書評]もう一つの鎖国―日本は世界で孤立する (カレル・ヴァン ウォルフレン)」(参照)、同年「極東ブログ: 中国の外貨準備高が日本を抜いたことへのやや妄想っぽい話」(参照)。
 2007年「極東ブログ: 米国がなぜか今時分ヘッジファンド規制に頑張っているのに」(参照)、そして「極東ブログ: また失われる10年かな」(参照
 とざっとそんな流れを振り返る。
 この流れなのだが、ざっくり言うと、中国経済がバブル崩壊の要因をしこたま抱えつつ、他方中国はドルを買いまくって米国投資をやっていた。これが米国のバブルを支えていたのだが、そして、ここからがちょっと陰謀論っぽいのだが、中国は世紀のちゃぶ台返しのように米国債の売払いをやりかねなかったのではないか。そんなことをすれば、金融不安どころか、世界の終わりになっていたのではないか。そこにたぶん、ポールソンは気が付いていた、というか……。
 私はといえば、この間、中国経済が潰れたら世界の経済もひどいことになるが、そこはそれ共産党の「大躍進」でなんとか大きな余波は中国国内で防いで、米国から世界の経済を巻き込む崩壊まではないんじゃないかな、とある程度甘く見ていた。まあ、ポールソンはそうじゃないよと見ていたわけだ、というかあれ、金人袋は、というべきか。
 そして今思うと、「極東ブログ: ポールソン&ウー、国際熟年男女デュエット、熱唱して引退」(参照)は、ポールソンさよならじゃなくて、元アメフトの体力と後光の禿頭でものすごいお仕事をしていたのだろう。つまりだジョー、肉を切らせて骨を断つ、じゃないや、米国も痛みを受けるから中国もそうしてくれよ、老師も言っていたはずだが、これは世界を維持できるストーリーなんだ、じゃ、詳しい説明はバーナンキさんということで……とま、バーナンキもこのストーリーを理解していただろうし、だいたいこの時期に世界恐慌の世界的研究者がFRB議長っていうのもな、せんだみつおのなはなはなはみたいな印象もある。ところで老師って誰?
 具体的にこの話が深刻になったのは、リーマン崩壊より、FF兄妹の救済だろう。たぶん、このあたりは実際には投資元の中国の救済でもあったのではないか。
 以上は、与太話。
 でも、26日付けニューヨークタイムズ「Chinese Savings Helped Inflate American Bubble」(参照)を読むとあながち与太話でもなかったかなとは思った。この記事だが国内では時事「金融規制、不十分だった=FRB議長が後悔の念」(参照)が軽く触れていた。


バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、26日付の米紙ニューヨーク・タイムズに掲載された記事で、深刻な金融危機とリセッション(景気後退)を招いた住宅・信用バブルとその崩壊に関連し、金融機関や住宅金融業者の規制が不十分だったと後悔の念を示した。
 同記事は、中国が対米貿易黒字でためたドル資金を米国債投資などの形で還流させた結果生じた「世界的な貯蓄過剰」とその影響について解説したもので、同議長は「国際資本の流れについて早期により良い均衡を達成していれば、金融システムへのリスクを大幅に減らすことが可能だったろう」と認めた。

 朝鮮日報「米紙、「中国が米住宅バブル呼んだ」と批判」(参照)はもう少し踏み込んで紹介していた。

 過去10年間、中国は巨額の対米貿易赤字を米国の安全資産に投資した。約1兆ドル(約91兆円)を米国債と米政府が保証する住宅担保ローン証券につぎ込んだ。それにより、米国では金利低下、消費拡大、住宅市場のバブルが引き起こされた。


 米国にとってはまるで麻薬中毒だった。共和党のリンゼー・グラハム上院議員(サウスカロライナ州選出)は「誰もその薬を断とうとは思わなかった」と振り返った。
 ブッシュ政権の自由放任的、市場主義的理念も問題解決の妨げとなった。米政府は低利で借り入れた巨額な資金をイラク戦争に費やした。

 該当オリジナル記事ではこんな感じ。若干含みは違う。

But Americans did not use the lower-cost money afforded by Chinese investment to build a 21st-century equivalent of the railroads. Instead, the government engaged in a costly war in Iraq, and consumers used loose credit to buy sport utility vehicles and larger homes. Banks and investors, eagerly seeking higher interest rates in this easy-money environment, created risky new securities like collateralized debt obligations.

“Nobody wanted to get off this drug,” said Senator Lindsey Graham, the South Carolina Republican who pushed legislation to punish China by imposing stiff tariffs. “Their drug was an endless line of customers for made-in-China products. Our drug was the Chinese products and cash.”


 朝鮮日報記事ではさらに。

米政府はまた、中国の人民元切り上げを通じた貿易不均衡の緩和にも失敗した。同紙によると、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は「もう少し早く(人民元切り上げで)国際的な資金の流れの不均衡を改善できていれば、金融システムへのリスクを大きく軽減できた。しかし、それには国際的な協力が必要だった」と述べた。

 ここでバーナンキFRB議場が登場するのだが、今回のニューヨークタイムズ記事で一番重要なのは、バーナンキの告解でもあった。

Today, with the wreckage around him, Mr. Bernanke said he regretted that more was not done to regulate financial institutions and mortgage providers, which might have prevented the flood of investment, including that from China, from being so badly used. But the Fed’s role in regulation is limited to banks. And stricter regulation by itself would not have been enough, he insisted.

“Achieving a better balance of international capital flows early on could have significantly reduced the risks to the financial system,” Mr. Bernanke said in an interview in his office overlooking the Washington Mall.


 バーナンキがFRB議長についたときはすでに遅かった。

Mr. Bernanke, after he took charge of the Fed, warned that the imbalances between the countries were growing more serious. By then, however, it was too late to do much about them. And the White House still regarded imbalances as an arcane subject best left to economists.

 このあたりの悔恨については以前のニューズウィークの記事にもあったが、彼はFRBが米国を越えた責務を担うとまで想定していなかったようだ。
 その認識を変えさせたのはポールソンだったようだ。

In late 2006, Mr. Paulson invited Mr. Bernanke to accompany him to Beijing. Mr. Bernanke used the occasion to deliver a blunt speech to the Chinese Academy of Social Sciences, in which he advised the Chinese to reorient their economy and revalue their currency.

At the last minute, however, Mr. Bernanke deleted a reference to the exchange rate being an “effective subsidy” for Chinese exports, out of fear that it could be used as a pretext for a trade lawsuit against China.


 先の私の稚拙なお話に戻ると、2006年時点でポールソンには危機の認識があったのだろう。悪口のようにいえば金人袋の存亡の危機の分岐点でもあったのだろう。陰謀論めいた話は私だけでもないようだ。

Others argued that China’s heavy lending to this country was risky because Chinese leaders could decide to withdraw money at a moment’s notice, creating a panicky run on the dollar.

 ちゃぶ台返しの危険はあった。

Chinese leaders chose to park the bulk of that in safe securities backed by the American government, including Treasury bonds and the debt of Fannie Mae and Freddie Mac, which had implicit government backing.

 FF兄妹は中国にとって重要だった。
 話をポールソンもバーナンキによる中国対話に戻すと、それはそれなりの成功というか事実上の密約はできたのだろうが、バーナンキにはびびりもあったというか、危機感は弱かったのかもしれない。
 ところで。
 このニューヨークタイムズ記事だが、バーナンキとポールソンについて多少奇妙な陰影がある。このあたりだ、老師。

In March 2005, a low-key Princeton economist who had become a Federal Reserve governor coined a novel theory to explain the growing tendency of Americans to borrow from foreigners, particularly the Chinese, to finance their heavy spending.

 "coined a novel theory"というのは、珍奇な経済学理論をこさえたということで、バーナンキを揶揄している含みはあるだろう。
 そして記事の締めでは。

“One lesson that I have clearly learned,” said Mr. Paulson, sitting beneath his Chinese watercolor. “You don’t get dramatic change, or reform, or action unless there is a crisis.”

 水彩画の下に座ってポールソン師匠はかく語りき、ということだが、この水彩画には暗喩がある。

He was not shy about his credentials. As an investment banker with Goldman Sachs, Mr. Paulson made 70 trips to China. In his office hangs a watercolor depicting the hometown of Zhu Rongji, a forceful former prime minister.

 水彩画の意味は、Zhu Rongji、つまり、朱鎔基だ。つまり、この米中痛み分けの大きな絵を描いたというかポールソンの背後で尽力したのは、朱鎔基なのではないだろうか。
 2008年3月の中国の全国人民代表大会で、通商担当では予定通りウーさんこと呉儀が引退し張徳江が着いたが、他方マクロ経済を担当する曽培炎の後任には王岐山(前北京市長)が付いた。彼は朱鎔基の人脈である。彼はそして今後設置される金融対策委員会のトップになる。

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