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2009.12.21

本当は怖い「コペンハーゲン協定」の留意

 デンマークのコペンハーゲンで開かれた「国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議」通称、COP15は失敗に終わった。いや何をもって成功とし、何をもって失敗とするかが明確でなければ、およそ失敗も成功もないが、さて、何が成功と想定されていたか。
 それは、2012年で期限が切れることになっていた京都議定書以降の新議定書の合意だったはずだ。その点から見れば、明白な失敗だった。今回の結果は、"The conference decides to take note of the Copenhagen Accord of December 18, 2009(本会議は、2009年12月18日のコペンハーゲン協定に留意すると決定した)"(参照)というものだった。留意とは「コペンハーゲン協定というのがあったよね」ということ。それだけの結果だったかに見える。何の合意も決定されなかったし、なにも合意は承認されなかった。承認されたのは、「留意(take note)」ということだった。しかし…。
 「留意(take note)」とは何か? 国連が出している会議のガイドライン「Intergovernmental Negotiations and Decision Making at the United Nations:A Guide(国連における国際間交渉と意志決定:ガイド」(参照)が参考になる。


Verbs determine different levels of commitment to an issue or action, and when delegates disagree with a proposal but sense they won’t be able to eliminate it, they often counter by watering down the verbs. Such verbs include: endorse, decide, welcome, call upon, invite, encourage, recognize, acknowledge, reaffirm, express concern, take note with appreciation, and take note.

議題や活動への関与レベルの差異は動詞表現で決まる。代表者たちが提案に反対してもそれを排除できないと判断するときには、しばしば動詞表現で緩和する。このような用途の動詞表現には次のものがある。endorse, decide, welcome, call upon, invite, encourage, recognize, acknowledge, reaffirm, express concern, take note with appreciation, and take note.


 国連の議論で合意が形成できないものの、なんとか決裂を避けるために、妥協的な表現が階梯的に模索されるのだが、その段階の最低が、"take note(留意する)"である。「もうダメダメな話だけでそこは提案者の面子もあるかもしれないな、しゃーないつぶせない」という最低線が"take note(留意する)"であり、それがCOP15の結果だった。
 「ダメすぎだろ、普通に考えて」なので、ニューヨークタイムズ(NYT)もワシントン・ポスト(WP)もそこに着目して報道していた。

NYT: U.N. Climate Talks ‘Take Note’ of Accord Backed by U.S.参照
The chairman of the climate treaty talks declared that the parties would “take note” of the document, named the Copenhagen Accord, leaving open the question of whether this effort to curb greenhouse gases from the world’s major emitters would gain the full support of the 193 countries bound by the original, and largely failed, 1992 Framework Convention on Climate Change.

気候条約会議議長は、部会としてコペンハーゲン協定と呼ばれる文書に留意しうると宣言したものの、世界の主要国による温室効果ガス削減努力が、193か国の十分な支援が得られるか疑問を残した。この193か国は大半は失敗に帰したが原案の1992年気候変動会議の枠組にある。



WP: Delegates 'take note' of brokered agreement参照
Negotiators here chose to "take note" of a U.S.-brokered agreement on climate change Saturday morning, after being unable to get a consensus on formally adopting the accord as an official decision of the U.N. Framework Convention on Climate Change.

土曜日の朝になって、現地交渉は、米国調停による気候変動協定に留意する選択をした。この選択は、国連の気候変動会議の枠組みによる公式決定としては正式に本協定の採択が合意できないという状況後のことだった。


 ぐだぐだの妥協の産物をなんとか米国の面子で会議をしたという形だけに留めたにすぎなかった。
 ところで、やや余談めくが、この決定に対する日本の大手紙の反応が興味深かった。私が観測した範囲にすぎないが、その状況をジャーナリズム観測の意味からも記しておこう。
 朝日新聞は当初次の報道を流し、後修正したが、「コペンハーゲン協定」ではなく「コペンハーゲン合意」は訂正しなかった。

当初:COP15 政治合意文書を承認、削減義務づけ求めず
国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)は19日午前(日本時間19日午後)、主要国を中心にまとめた政治合意文書「コペンハーゲン合意」を承認した。これにより、地球温暖化被害を受ける途上国の支援策が動き出すことになる。


変更:COP15 合意文書を承認、採択見送り決裂回避
国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)は19日、2013年以降の地球温暖化対策の国際枠組みの骨格を示した政治合意文書「コペンハーゲン合意」を採択できず、承認にとどめて閉幕した。焦点だった各国の温室効果ガス排出の削減義務づけは、来年末に向けて改めて合意をめざすことになった。

 読売新聞は三転した。また朝日新聞と同じく「コペンハーゲン合意」とした。

1稿:COP15、「コペンハーゲン合意」を承認
国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は、「コペンハーゲン合意」を承認した。


2稿:COP15、「コペンハーゲン合意」を承認
国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は19日午前、全体会合を開き、主要二十数か国の非公式首脳会合で決めた「コペンハーゲン合意」について、議長が「合意に留意する」と宣言、拍手で承認した。


3稿:COP15、「コペンハーゲン合意」を承認
国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は19日午前、全体会合を開き、主要二十数か国の非公式首脳会合で決めた「コペンハーゲン合意」について、議長が「合意に留意する」と提案し、承認された。

 毎日新聞も変更があった。

当初:COP15:政治合意を承認…途上国に自主目標
国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は19日、政治合意「コペンハーゲン協定」を承認した。協定は18日に日米中インド、欧州諸国、ブラジルなどが提案、全体会合にはかられた。しかし、協議に参加できなかった途上国から「手続きが民主的でない」「温室効果ガス削減策が不十分」との不満が噴出し会議が紛糾。断続的な協議の末に、採択より拘束力の弱い承認の形をとった。


変更:COP15:政治合意は「留意する」として承認…閉幕
コペンハーゲンで開かれた国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は19日、京都議定書に定めのない13年以降の温暖化対策の国際的枠組みの構築を目指す政治合意「コペンハーゲン協定」に「留意する」との決定を下し承認、閉幕した。先進国の温室効果ガス削減目標や議事手続きに一部途上国が反発し、正式採択は見送られた。

 産経、日経、NHKは概ね初報から正確だったようだ。

産経:コペンハーゲン協定「留意」の決議を採択
2013年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組み(ポスト京都議定書)を話し合う国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は19日、日米や中国、インドなど主要26カ国がまとめた「コペンハーゲン協定」について「留意する」との決議を採択した。世界の長期的な温室効果ガスの削減数値目標を見送るなど拘束力の薄い内容にとどまったものの、途上国の反発は強く、全体会合での採択を断念した。


日経:政治合意に「留意」 COP15全体会合、正式採択は見送り
第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)は19日、2013年以降の国際的な地球温暖化対策(ポスト京都議定書)の方向性を示す「コペンハーゲン合意」をまとめた。先進国は20年までの温暖化ガス排出削減の中期目標を来年1月末までに約束し、新興・途上国も経済発展の段階に応じて削減計画を作成する。ただ一部の途上国の反対で正式採択を見送り、「合意に留意する」との文書を採択するにとどめた。


NHK:COP15 合意案留意を決定
温暖化対策の新たな枠組みを話し合う国連の会議、COP15は、およそ190の国と地域のすべてが参加する全体会合で、「コペンハーゲン合意」と題する合意案について「留意すること」を決定しました。これについて、日本政府筋は政治合意がなされたとしています。

 報道の質としては、合意ではない「コペンハーゲン合意」の訳語が気になるものの、日本政府の立場としてのみ「政治合意がなされた」を特記したNHKが優れているだろう。朝日および読売については、日本政府筋の評価と事実の報道の混乱の余波が続いた。翌日19日は大手紙社説はすべてこの問題を扱ったが、報道視点は混乱したままになっていたものが目立った。

朝日新聞社説:「COP15閉幕―来年決着へ再起動急げ」参照
 コペンハーゲンで開かれた国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)は、決裂寸前の土壇場で主要国が何とか政治合意をまとめた。全締約国がこれに「留意」することで一致したが、温室効果ガスの排出削減をはじめ重大な懸案を来年に持ち越した。

 朝日新聞社説の「政治合意をまとめた」は認識が間違っていると言ってよいだろう。

読売新聞社説:COP15 懸案先送りで決裂を回避した参照
 決裂を回避できたことが、国連気候変動枠組み条約の第15回締約国会議(COP15)が残した唯一の成果といえよう。
 COP15は主要国がまとめた政治合意文書である「コペンハーゲン合意」を承認した。

 読売新聞社説は朝日新聞社説よりも誤認の度合いが深い。次の部分も同様である。

 合意には、「先進国は20年の削減目標を来年1月31日までに合意の別表に記載する」という内容が盛り込まれた。この数値が次期枠組みで各国が負う削減義務となる可能性が高い。
 日本が不利な削減義務を負った京都議定書を教訓に、次期枠組みは、公平なものにしなくてはならない。米国などより大幅に厳しい「90年比25%減」を記載するのか。日本政府が難しい判断を迫られるのは、これからである。

 読売新聞社説執筆者は、もしかすると京都議定書以降の次期枠組みまでの不在が何を意味するのか認識がないのかもしれない。後で触れるが、どうやら今回のCOP15の失敗で、京都議定書はそのまま生き残った可能性がある。
 毎日新聞社説は、朝日・読売よりもきちんと今回の失敗を明確に打ち出している。

毎日新聞社説:国連気候変動会議 危うい「義務なき協定」参照
地球の気候を安定化させ、悪影響を防ぐために、世界がどこまで歩み寄れるか。100カ国を超える各国首脳が集い温暖化防止に向け合意を探った会議は、「コペンハーゲン協定」を採択できずに終わった。

 産経新聞社説は奇妙なことに自社報道とずれた内容になっていた。新聞社としての内部連携がうまくいっていないのだろうか。

産経新聞:COP政治合意 温暖化の放置は不可解だ参照
 世界の閣僚と約100カ国の首脳がコペンハーゲンに集まった国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は、迷走の末に全体会合で「コペンハーゲン合意」をまとめた。

 日経新聞社説は、他大手紙と事なり京都議定書の問題を明確に描いていて秀逸だった。

日経新聞社説:弱い約束を確かな排出削減合意に育てよ参照
京都議定書の枠組みも残る。京都議定書とその後の新議定書を融合させるのか、2本立てになるのか、決着は来年の会議に持ち越された。新議定書の採択を目指して日米欧にさらに粘り強い交渉を求めたい。

 今回のCOP15で日本にとって重要なことは、鳩山政権が主張する「政治合意がなされた」ではなく、新議定書が採択されなかったことで、京都議定書はどういう扱いになるかということだ。日経新聞社説では、(1)京都議定書がそのまま残る、(2)京都議定書とその後の新議定書を融合させる、の関係を問うているが、いずれにせよ、京都議定書の基本的な枠組みが残ってしまったと見てよい。
 この問題を整理するために、鳩山政権が主張する「政治合意がなされた」という「コペンハーゲン協定」の意味を京都議定書との関係でまとめておくほうがよいだろ。ロイター「FACTBOX - What was agreed and left unfinished in U.N. climate deal」(参照)がわかりやすい。翻訳された報道(参照)もあるが試訳を添えておく。

COPENHAGEN ACCORD
(コペンハーゲン協定)

1. A NEW TREATY?
(新規条約なのか?)

* No decision on whether to agree a legally binding successor to the Kyoto Protocol.
(京都議定書を継承する、法的に拘束力のある合意についてはなんら決定事項は存在していない。)

* No agreement on whether to sign one new treaty replacing Kyoto, or two treaties.
(京都議定書に代わる新規協定を締結するか、京都議定書に加えて新たな協定を結ぶかについては、なんら合意事項は存在していない。)

* Kyoto limits the emissions of nearly 40 richer countries from 2008-2012, but the United States never ratified the Protocol and it does not bind the emissions of developing nations.
(京都議定書は先進約40か国について2008年から2012年の排出上限が規定されているが、米国の批准は存在しない上、発展途上国の排出量についての拘束力はない。)

* Rich nations prefer one new treaty including all countries; developing countries want to extend and sharpen rich nation commitments under Kyoto, and add a separate deal binding the United States and supporting action by poorer countries.
(先進諸国はすべての国を含む新規協定を支持するが、発展途上国は京都議定書に従った先進国の活動目標の延長と強化を求めることに加え、米国の拘束と、貧困国支援活動についての特別規定を求めている。)

* No agreement on whether a new pact would run from 2013-2017 or 2013-2020, or any another time frame.
(新規協定の期間を2013年から2017年、または2013年から2020年、あるいはそれ以外の期間とするかについてもなんら合意は存在しない。


 意欲的な「鳩山イニシアティブ」はCOP15では、潘基文議長から日本単独でやってみてはどうかという推奨があったものの、全体としてはほぼ無視された状態だったと言ってよいだろう。日本にとっての問題は京都議定書の扱いに絞られる。
 京都議定書では、温室効果ガスの削減は日本とEUにのみ課せられ、日本は2008年から2012年の間で、8パーセント削減が義務づけられている。実は、日本とEUだけという限定条件を覆すブラフとして「鳩山イニシアティブ」がEUからも評価されてきたし、それなりにブラフでなかったわけでもなかった。が、ここに至り、はったりは終わり、日本だけ屋根に登ったものの梯子は消えた状態になった(EUの削減は日本ほど困難ではなさそう)。
 日本の京都議定書の進捗だが、2007年時点で9パーセント増加している。この時点で現状から15パーセント削減の必要性が生じた。来年から2年間という短期間で鳩山政権はいよいよ本気で温室効果ガス削減に取り組まないとさらなる罰則が科せられることにる。幸い、2008年度は1990年度比で1.9%増と微増に抑えられ、加えて、森林吸収分と政府が海外の排出枠を購入が進み、初年度の目標達成に近づいた。ただし、昨年度は国際金融ショックによる産業低迷の影響にもよる産業部門の10.4%減の影響も大かった(参照)。

追記
 コメント欄で昨年度の進捗のご指摘いただいた。この部分は確かに反映させておくべき事項なので、エントリにその情報を加え、否定的な見通しを改めた。

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コメント

2008年度は前年度から温室効果ガス排出量が大幅に減って、1990年度比で1.9%増まで縮小しています。不況の影響ですけど。
http://www.asahi.com/national/update/1112/TKY200911120002.html

このまま経済が立ち直らなければ、達成も可能かと思われます。

投稿: nminoru | 2009.12.21 23:09

nminoruさん、ご指摘ありがとうございます。昨年度は特例とも思っていましたが、達成の可能性としてはやはり重要な情報なのでご指摘を受けて加筆しました。

投稿: finalvent | 2009.12.22 06:47

日本がいくら削減に努力しても、これまでのように中国が野放図に排出量を増やしていけば、排出量は地球全体では減るどころか増えるばかりである。
京都議定書によって、日本から巨額の富が中国に流れている現状を鳩山首相はまったく認識していないようだ。
日本は中国の不参加、非協力を理由に京都議定書からの離脱を早急に宣言すべきである。

投稿: 野分権六 | 2009.12.24 09:14

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