オバマ米大統領東京演説、雑感
今日午前10時を少し過ぎて、東京・赤坂のサントリーホールで米国オバマ大統領の演説があった。私は直に聞いていたわけではないが気になってはいた。訪日全体のテーマからすれば、本来なら首脳会談が重要であるべきだが、今回は最初からスカと決まっていた。もっとも主要な話題であるべき、普天間飛行場移設を伴う日米同盟の展望が見送られたため、今朝の日経新聞社説「首脳会談が覆い隠した日米同盟の現実」(参照)が評したように「外交」ではなく「社交」になってしまったからだ。社交であれば天皇家で神戸牛と鮪を堪能していただくほうがより充実している。訪日の重要性は、だからこの演説のほうに絞られていた。
オバマ東京演説の課題は明確だ。日本人大衆に向けて、日米同盟の意義を確信させ、大衆の空気からブレまくる民主党政権の腹を括らせることである、多分。しかしそんな芸当がいくらオバマ大統領のお得意芸とはいえ口八丁(参照・参照)だけでなんとかなるものだろうか。"You think it’s that serious. Sounds like I need to make a speech.(君は深刻な問題だというのだな。まるで私が演説でもせんとあかんと。)"である。それとも、"I really nailed that sucker."か。
オバマ米大統領訪日演説の重要性は、英国時間11日付けフィナンシャル・タイムズ社説「Okinawa outcry(沖縄の怒号)」(参照)が事前に明確に説明していた。この社説には長めの前振りがある。ごく簡単にいうと、米国紙ウォールストリート・ジャーナルからワシントン・ポスト、さらにニューヨーク・タイムズまで使って日本政府に脅しをかけていた状況("A senior state department figure apparently went one stage further, telling the Washington Post that Japan, not China, was now the US’s most problematic relationship in Asia. ")をフィナンシャル・タイムズは、バーカ("That is nonsense.")と言ってのけたことだ。加えて、日本人大衆に民主党政権にギャンブルしたらと言った手前かもしれないが、公平も期すらしい。
To be fair, Jeff Bader, the senior director for East Asian affairs at the National Security Council, called the anonymous comments asinine.公平を期して言えば、ジェフ・ベイダー、アジア米国家安全保障会議(NSC)上級部長は、この匿名国務省高官発言を、おバカと呼んだ。
いやいやそれは違うな。公平を期して言えば、ジェフ・ベイダー氏は、日本パッシング時代のクリントン政権でNSCのアジア部長であり、台湾への三不政策(独立、承認、国連加盟を否定)を中国に確約したご当人。この文脈でベイダー氏を出されて、どこが公平なのかよくわからんが、実は、オバマ米大統領訪日演説をよく読むと、この東京演説ってベイダー・ドクトリンなのかもしれない。結論を急ぎすぎたが。
いずれにせよフィナンシャル・タイムズは、現下の日米摩擦状態を騒ぐのは、おバカ(ludicrous)とも強調した。
Certainly, the DPJ’s determination to look again at the Futenma base move is annoying for military strategists who spent years hammering out the previous deal. But talk that this somehow rattles the foundations of the US-Japan alliance, which has been crucial to postwar stability in the Pacific, is ludicrous.確かに、日本民主党が普天間飛行場移設を再検討するという決定は、何年も掛けて事前協定を練り上げてきた軍事戦略担当官には困惑をもたらすものだ。しかし、戦後の太平洋地域の安定に重要な日米同盟の基礎で騒ぎ出すのは、おバカな話だ。
民主党ががたがたブレまくっても、それでがたがた騒ぐ米国国防省筋は、バーカと言ってのけるあたりフィナンシャル・タイムズの胆力という言うべきだが、この先の論調は、マジでタフだ。がたがたするのは仕方ないとしても、しっかり日本を日米同盟のカタに嵌めろというのだ。
By being so impatient and pushing the new government into a corner, Washington is in danger of producing precisely the result it is trying to avoid. Given some time, the DPJ will reach a workable compromise. Mr Obama should use his rhetorical skills to give Japan’s government the space to do just that.米国政府が堪え性なく日本民主党政権を追い詰めれば、日本の新政権を回避すべき結果に追い込む危険をもたらすことになる。猶予を与えれば、日本民主党だって実効ある妥協をするだろう。オバマ氏は、彼の口八丁の才能を生かして、日本政府が上手に妥協できるような猶予を与えるべきだ。
かくして、オバマ大統領が今日の演説に求められていたのは、民主党が日米同盟にまともな妥協点を見いだすように、背中をどんと押すことだった。歩け、この先は、妥協。
で、オバマ大統領は押したのか?
私の印象では、微妙な口八丁だった。というか、うぁあ、これは、さすがだわ、深いぜと思った(参照)。
ケネディ演説が上杉鷹山を引いたように、今年の大河ドラマは天地人だから鷹山でも出てくるかとも私はちょっと予想していた、が、その手のイカサマ知的虚飾はなく、素直に鎌倉抹茶アイスクリーム小僧が出てくるあたりもさすがなものだった("I was more focused on the matcha ice cream.")。鎌倉大仏を、"the great bronze Amida Buddha"と阿弥陀仏であることもきちんと押さえているあたり、演説執筆スタッフも仕事している。「鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな」とか日本人でもあれが阿弥陀仏であること知らんもんがおるというのに。
前口上が終われば、当然、日米同盟どーん背中押しとなるシナリオ通りの展開だった。そりゃね。
In two months, our alliance will mark its 50th anniversary -- a day when President Dwight Eisenhower stood next to Japan's Prime Minister and said that our two nations were creating "an indestructible partnership" based on "equality and mutual understanding."あと2か月すると、日米同盟50周年記念日となる。ドワイト・アイゼンハワー大統領が日本の首相と並び立ち、両国は「対等で相互の理解」に基づく「強固な協調関係」を作ると発言した日だ。
そして、というか、それでもでも、というか、口八丁とは思えないたるいお説教となってしまった。
That is why, at this critical moment in history, the two of us have not only reaffirmed our alliance -- we've agreed to deepen it. We've agreed to move expeditiously through a joint working group to implement the agreement that our two governments reached on restructuring U.S. forces in Okinawa. And as our alliance evolves and adapts for the future, we will always strive to uphold the spirit that President Eisenhower described long ago -- a partnership of equality and mutual respect. (Applause.)この歴史的な時期に、両国が同盟を堅固なものと再確認するに留まらず、双方が同盟の深化で合意したのはこのためだ。両政府が達した在沖米軍再編成合意実現のために、私たちは、合同作業部会を通じて迅速に活動すると合意した。日米同盟が未来に向けて進歩し協調することは、アイゼンハワー大統領がかつて「対等で相互の敬意」と呼んだ協力関係の意志を、絶え間なく展開する努力となるだろう。
芸がないなというたるい話に落とし込んで、どうするんだろと思っていると、話は太平洋地域の話にするすると移っていく。ハワイが植民地でなきゃ太平洋なんて米国と関係ないんじゃないのという疑問が沸く前に、オバマ大統領はこの地域の個人的なゆるーい話を演説に仕込んでいく。さすがだ、ああ、来るなこりゃというところだ。言うまでもなく、裏にあるのは中国による太平洋分割管理構想(参照)である。つまり、話は太平洋から中国に移るわけである。当たり。
We look to rising powers with the view that in the 21st century, the national security and economic growth of one country need not come at the expense of another. I know there are many who question how the United States perceives China's emergence. But as I have said, in an interconnected world, power does not need to be a zero-sum game, and nations need not fear the success of another. Cultivating spheres of cooperation -- not competing spheres of influence -- will lead to progress in the Asia Pacific.21世紀にあっては、一国の国家安全保障と経済成長は他国の負担をもたらすわけではないという観点から台頭する強国に私たちは注目している。私としても、米国が中国の台頭をどう考えるべきという問いを多くの人が投げかけているのを知っている。しかし私の持論だが、相互につながり合う世界にあって、国家権力の衝突は、どちらか一方が勝って終わるものではない。国は他国の成功を恐れる必要はない。他国への影響力を競うのではなく、協調関係を模索することが、アジア太平洋地域の進展となるだろう。
英語自体がそれほど難しいわけでもないけど、毎度ながらオバマさんの英語は何言っているのか難しいところだ。ぶっちゃけていえば、今回、普天間飛行場移設を端緒に日米同盟維持で日本に米国を圧力をかけた勢力と、それに協調してがたがたしていた日本国内の勢力に対して、「中国を敵視しなくてもいいじゃないか」ということだ。ベイダー・ドクトリンだ。あと曖昧な部分には、中国がこの地域に影響圏を拡大することへの揶揄も含まれているだろう。
そして今回の演説の最大の山場となる。ここだ。
So the United States does not seek to contain China, nor does a deeper relationship with China mean a weakening of our bilateral alliances. On the contrary, the rise of a strong, prosperous China can be a source of strength for the community of nations.だから米国は中国封じ込め戦略を求めないし、米中関係の親密化は、日米同盟の弱体化を意味するものでもない。そうではないのだ。繁栄する中国の強い台頭は、諸国の共同体にとって力の源泉となりうるものだ。
"the United States does not seek to contain China"がこの演説の最大の目的となるのは、おちゃらけを除いた部分のマジな文脈からして明確だし、話はこのすぐ先に、"That is the work that I will begin on this trip.(今回の訪問で開始する仕事がこれなのだ)"と来る。
一見すると、東京で、日本人向けに日米同盟さっさと進めろという話より、ちょっときれい包みした日本パッシングで、米国国内向け、対中国向けの世界戦略を語るといういうふうにも見える。実際、そういう側面あることは、ロサンゼルス・タイムズ記事「Obama says U.S. does not wish to 'contain' China(米国は中国封じ込め戦略をとらないとオバマは語った)」(参照)からもわかる。演説のキモはここにある。
ここで、もう一度、フィナンシャル・タイムズが指摘した背景からつなげてみる。すると、中国非封じ込め戦略が、民主党による日米同盟の維持につながっていると読める。「米国は中国封じ込め戦略を求めないし、米中関係の親密化は、日米同盟の弱体化を意味するものでもない(the United States does not seek to contain China, nor does a deeper relationship with China mean a weakening of our bilateral alliances.)」というのはまさにその意味だ。
ぶっちゃけで言うなら、親中国派の民主党、及び日米同盟の強化が中国封じ込め策であると懸念してがんばりまくっている日本国内の勢力に安心感を与えることがこの演説の目的だ。もっと言うなら、普天間飛行場を移設し新しい軍事基地を日本に設置しても、中国を軍事的に狙ったものではないから、そう反対するなよというメッセージだ。
実際にそうであるかといえば、そうだろう。
ただ、その対中オバマ構想がその政権の生命より長いとは限らない。
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コメント
FT同様、英エコノミスト紙の前編集長ビル・エモットもほぼ同じような感じですね。
ビル・エモット 特別インタビュー
「オバマ政権の日本軽視は誤報!
アジア重視の鳩山外交は米国の願い」
http://diamond.jp/series/analysis/10123/
米紙とのスタンスの違いは味わい深いし、英国のマスコミはまだそこまでヒートアップしてないとするenneagram氏はなかなか卓見だなと思いますが、反面、英国が本音では今の日米同盟をかなりやきもきしながら見てることの裏返しの(英国人らしい)論調のような気もしますがね。
投稿: | 2009.11.15 00:51
■米、アジアに積極関与 オバマ大統領都内で演説―隠れた意図を読み取ろう!!
yutakarlson
yamada.yutaka@gmail.com
http://yutakarlson.blogspot.com/2009/11/blog-post_14.html
こんにちは。私のブログでもオバマの演説をとりあげました。こういう演説を聴いて、そのまますべて額面どおり受け取る人は、余程人が良い人か、それともコミュニケーション能力がない人だと思います。このような演説は、どうしても、あたりさわりのないものになってしまいますが、その中でも、現在のタイミングとか、オバマ大統領の考え、現在の世界状況や、アメリカ国内、日本国内など勘案して何を意図しているのか探るべきです。ただし、私は国際政治に関しては、門外漢であり、私の稚拙な分析を披瀝するために掲載したわけではありません。私は、このようなことをすることにより、よりコミュニケーション能力が磨かれ、普段の仕事にも役に立つと思います。詳細は、是非私のブログをご覧になってください。
投稿: yutakarlson | 2009.11.15 11:50
finalventさん、こんにちは、
戦後、日米中の三角形は、どれかひとつの辺がかならず他の二辺の和より長いという幾何学で動いてきたように思います。ここにきて日米中で思想的に通底する政権が同時に樹立され、あたかも正三角形の頂点で太平洋を分割するみたいな恐ろしいことになるのだなと想いました。
民社党の方の話しを聞けば、「経済成長も中国を見習え」とおっしゃるし、リベラルな官僚の方々は「日本は中国の一省でいい」とおっしゃっていますし、オバマ大統領まで容認を政策とするなら、日本併合の日がそう遠い将来でない気がしてきました。
投稿: ひでき | 2009.11.15 13:07
現時点で中国を封じ込めしないという方針というのは最近までの経緯で分かっていた事ですから、在日米軍基地の役割は将来の「対中国策の変心」と現在の「日本の半占領」を続け「それ以外の周辺事態、具体的には北朝鮮の変」に備え「諜報」を続ける事が、米国の国益なんでしょう。
問題は米国の対中方針がこれまでの体験から日本を素通りして決められてる様に思われ、日本はその意思決定に参加できないまま巻き込まれるという事では無いでしょうか。
米国が将来何があっても中国と直接軍事的な敵対をしない封じ込めをしないという、ある意味緩やかな敗北宣言をするなら、それに沿った日本の在り様をデザインする事は日本の官僚には簡単でしょう。米国には徐々に日本から後退して頂くだけです。
しかし米国は国力が保てる限り、何時でも中ロ間或いは中印・日中・中台間の紛争や中国国内の混乱のし様によっては限定的かある程度規模の大きな「介入の可能性」は十分に残して置く事でしょう。
中国自らが何かに躓くか、退潮気味の米国がこのまま中国の台頭を眺めるのか、それらの見方によって日本の両国間の対応や世界観はブレ捲かざる得ないのではないでしょうか?
投稿: ト | 2009.11.15 14:30
米民主党でいまでもジェフ・ベイダー氏みたいな人が強い力を持っているというのは、米民主党内に中国に買収されている人が多いということ?
ところで、親中国って、厳密な意味で本当に可能なんですか?中国の党や軍の上層部なんて、たぶん、いつも何人かが合従連衡しながら権力闘争をしていて、その中の誰か(の党派)に与しているということはあっても、中国と強い信頼関係を持つなんてことが可能なのか?
中国にあまり近づきすぎると、中国の権力闘争がそのまま自分の国に持ち込まれて、自分の国がいくつかの党派に割れるようになってしまうのではないか?なんか、そう考えてしまいますが、米民主党は、漫然と、中国と仲良くしたいと思っているそうで。
ナチスは敵、ソ連は敵、という明確な態度をとったアメリカ合衆国が、非議会制民主主義国と連帯を模索できるようになったというのは、すこしは大人になったということなのかもしれません。それなら、イスラム諸国とももっとうまく妥協しあえるように、もっといろいろ譲歩すべきなのではないか、と思うのは、私だけではないと思います。
投稿: enneagram | 2009.11.15 15:23
台湾は、どう聞いたでしょう。
台湾には、どのような影響があるでしょう。
投稿: MUTI | 2009.11.17 05:58