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2009.11.09

オーストラリアへのタミル人難民の問題

 スリランカからオーストラリアへの難民が先月下旬からオーストラリアで話題になっていたが、日本国内での報道はあまり見かけなかったように思えた。難民は日本でも課題だが、あまりネットなどでも話題にならないようにも思える。今回の事例はある意味で興味深い問題でもあるので、簡単にメモ書きしておきたい。
 背景にはスリランカ内戦終結(参照)がある。しかし、大量のスリランカのタミル人難民がオーストラリアに漂着したということではない。難民の規模としては、78人(内女性5人、子ども5人)と見られ、それほど大きいわけではない。問題化してしまったのは、公海上での難民の扱いと、オーストラリア国内での難民への世論動向の変化がある。
 今回のタミル人難民は、破損しかけた船で漂う公海上のボートピープルとしてオーストラリア政府の船に救済された。その海域がインドネシア管轄であることと、正式なビザもない違法難民だからということで、オーストラリアに連れて行くのではなく、こうした場合の国際法慣例から現地の近隣の港のあるインドネシアのリアウ州ビンタン島に連れて行かれた。しかしインドネシアの同州知事が、難民を同地に降ろすことを拒否し、また難民も下船を拒否したため、航海上の船の乗せられたままになった(参照参照)。
 難民はオーストラリアに行くことを求めているが、オーストラリア政府による難民審査は拒否している。こうした難民をどう扱うべきか。人道上の対処が優先されなくてはならないが、オーストラリアが率先して保護すべきなのか、オーストラリアでは国民的な政治話題となった。
 オーストラリアでの話題化の背景には、イラク戦争を支持した親米のハワード前政権を批判することで政権交代を実現したラッド政権の政策がある。ハワード前政権は、オーストラリア領域に漂着した難民をナウルなど太平洋諸島国に送出し、そこから多くを強制送還させていた。この難民政策を野党時代、ラッド氏の労働党は非人道的として非難していた。
 当然、現ラッド政権としては、今回の難民を保護するべき道理となるのだが、そうもいかなくなった。オーストラリアでは増え続ける難民に対してきびしい世論が起こり、ラッド政権としても迫る選挙対策上も、世論に配慮せざるを得なくなった(参照)。
 日本国内の大手紙では産経新聞が、ラッド政権の変節としてこの問題を取り上げていた。7日付け「豪の難民対策、亡命希望者殺到で破綻 前政権の政策に逆戻り?」(参照)より。


オーストラリアのラッド首相が政権奪取後、ハワード前政権の難民政策を非人道的と非難し、高らかに廃止を宣言したものの、抜本的な解決策を作れず、前政権と同じ政策に戻る可能性が高まっている。亡命希望者の急増を招いたからで、スリランカ難民80人近くが今もインドネシア領海で上陸を待つ。インドネシアは、強制的に領海外に出すとしており、難民問題は、両国関係にも影を落とし始めている。

 野党時代に与党に対して人道的な批判をしても、政権交代後には期待された活動ができないという点では、米国オバマ大統領のグアンタナモ収容所問題(参照)にも似ている。その点では、ありがちなパターンでもあるのだろう。

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コメント

難民の方々には気の毒だけれど、中国人とインド人の流入だけは、どの国も気をつけて扱ったほうがよいと思います。

甘い話していると、国中、特に都市部は、中国人とインド人だらけになります。

普通の国の国民は、中国人とインド人の生活力にはたいていかないません。彼らは、地縁血縁をすごく大切にもするし。

以前、渡部昇一先生が、中国と対抗するためにインドと仲良くするとよい、とのたまわっていらっしゃいましたが、たぶん、ナンセンス。インド人をあまり甘く見ないほうがよいと思います。なにせ、菩提達磨と鳩摩羅什と真諦と不空と善無畏を生み出して、中国に送り込んで、中国人を洗脳、インド化する民族ですから、変なところは中国人よりよっぽど危険かもしれません。

投稿: enneagram | 2009.11.10 08:39

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