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2009.10.18

[書評]毎月新聞(佐藤雅彦)

 「だんご三兄弟」や「ピタゴラスイッチ」のプロデュースで有名な佐藤雅彦さんのコラム集「毎月新聞」(参照)が中公文庫の新刊になっているのを見て、ちょっと懐かしくなって買って読み直した。とてもよかった。美文というのではないのだが、これだけの現代的な名文コラムはないんじゃないか。しかも、名文コラムにありがちな、奇妙な力こぶも、鼻につくレトリックもない。なによりよかったのは、10年して読み直してこの文章の真価がはっきりわかることだった。

cover
毎月新聞
(中公文庫)
佐藤雅彦
 「毎月新聞」は、1998年10月21日から2002年9月18日まで、ほぼ4年に渡り、毎月、「毎日新聞」に掲載された。ミニチュア版の新聞の体裁で独自の四コマ漫画(実際には三コマが多い)と余録も掲載されている。たのしい洒落だ。そういえば、この手の趣向は山本夏彦氏の「「豆朝日新聞」始末 (文春文庫)」(参照)にもあった。
 紙面の体裁は、文庫の表紙にも生かされている。この体裁は2003年の単行本でも同じだった。単行本は、毎日新聞掲載時の誌面感覚をそのまま生かした大判のイメージだったが、今回の単行本では4ページに分けている。各コラムには表紙が1ページ付くことから、ページの都合白ページがコラムの末に入る。デザイン的な決断もあったのだろうが、この白ページがちょっといい効果を出している。本文の書体は、新聞の書体らしさを生かしている。
 コラムの特徴を一番表しているのが、表紙にもなった「じゃないですか禁止令」だ。「わたしたちって、なんとかじゃないですか」という曖昧な共感を求める言い方は止めようという、コラムにありがちなネタでもあるだが、話の展開が知的で、かつイラストの絵ともあいまって楽しい。このコラムを読んだだけで、本書を買う判断ができるだろう。
 佐藤氏が毎月新聞を書いた時期は、ちょうど「だんご三兄弟」(参照)のヒット時期でもあり、その裏話も面白い。後半には「ピタゴラスイッチ」(参照)の内幕話もある。
 コラムニストにありがちな、特定読者が好みそうな話題をねちっとつなげるというワザは少ないように思える。話題の微妙な広がりと、10年後に読んでもその視点と感性が古びないのは名文の所以だろう。それでも、静かな基調として佐藤氏の故郷、伊豆の海辺の町の話が繰り返され、それは巧まずして「真夏の葬儀」という珠玉の文章にまとまる。これだけで映画が一本できそうなくらいの含蓄がある。
 今回の文庫化にあたり、現在の視点から選んだ、当時の月ごとの出来事が手短に掲載されている。選択したのは著者佐藤氏ではないのかもしれないが、何気なく選ばれている出来事のようでいながら、コラムと相まって、この10年間の日本の歴史を深く考えさせられる。
 過ぎていくものに対する微妙な感覚は、「取り返しがつかない」というコラムに静かに深く描き出されている。高校の同級生の名簿のなかで友だちの死を発見する。

 Sの死が取り返しがつかなことは、どうしようにも逆らえないことである。しかし、僕が取り返しようがないと感じたのは、そのことではない。それは、Sが当然どこかで生きていることを前提として、僕自身が生きて来たことである。別の言い方をすれば、僕がそのSの存在があるものとした”バランス”で生きていたのだ。知らずに過ごしてきてしまった長い時間こそ、僕にとって、もうひとつの取り返しのつかないことであった。

 時の流れは不意打ちのように不在の逆襲をする。今本書を読み返すと、この十年に実は失われたある情感を、少なからぬ人が大切に生きていたことに気がつく。そして、ある種呆然とするかもしれない。

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コメント

>時の流れは不意打ちのように不在の逆襲をする。今本書を読み返すと、この十年に実は失われたある情感を、少なからぬ人が大切に生きていたことに気がつく。そして、ある種呆然とするかもしれない。

牧太郎氏の欺瞞がたびたび指摘される毎日新聞で、そんな話が存在していたんですか。メディアというのは色眼鏡で見れないものですね。

「ある情感」というのが何なのかよくわかりませんが、日本人ならみんな、よほどだらしないやつでない限り、ある種の「日本的儒教倫理観」というのは持ち備えていると思われます。

投稿: enneagram | 2009.10.19 08:15

このちょっとした抜粋だけで、もう読みたい衝動に駆られます。時間軸の取り方で、自分自身の見え方も見方も随分変わるものですから、そういう風に私自身を見てみたいです。
早速注文します。

投稿: godmother | 2009.10.19 08:21

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