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2009.10.15

女性の気持ちが理解できない的な話

 2ちゃんねるを多少ブログっぽくしたような、読売新聞の小町板のような、はてなの匿名ブログに「妻の気持ちが理解できない」という話題が最近あった。妻の気持ちが理解できない夫の事例である。話者の夫はコミュニケーション上の解決策を求めたものだ。ざっと読んでみたが、こういう種類の問題は存外に難しいだろうと思った。難しさは、そもそも男性というのは女性の気持ちが理解できないからではないか。と考えてみて、さてそれもわからない。男性と女性で気持ちというのはそれほど違ったものでもないんじゃないか。ジェンダーとセックスの違いみたいなものではないかもしれない。と曖昧な枕を置いてみたものの、ブログのネタとしては女性の気持ちが理解できない的な話である。
 先日ニューズウィークで「The Pursuit of Sexual Happiness. Why Women Have Sex: New Research(性的幸福の追求。最新研究:なぜ女性はセックスするの?)」(参照)を読み、あれこれ考えていたことがあった。この手の話ってブログのネタ向きじゃね、とも思ったが、その後失念していた。日本版ニューズウィークの今週号を見ると「女がその気になるとき」という邦題で訳出されていた。読んでみてなんか、これ違う。なんだこれ。と結局、英文と付き合わせて読み直すことになった。日本版の冒頭から。


 ある25歳の女性に、童貞の男友達がいた。異性としての魅力は感じない相手だが、未経験であることには同情していた。だから彼女は彼の求めに応じ、セックスの手ほどきをしてやった。おかげで自信が付いて、「私って案外もてるんだって気がした」とか。

 ああ。25歳女子が同年くらいの童貞男子に同情したわけだ。で、やりましたと。結果はというと、そのおかげで自信がついた。となるのだから、文脈上からすると自信を得たのは男じゃね? そうではない。というあたりで、原文はそんな話だったか。

A 25-year-old woman has a friend who is a virgin. She's not physically attracted to him, nor does she want to be romantically involved. But she feels sorry for him, pities his inexperience. So she decides she will go home with her friend --- to show him how it's done. As she undresses, she feels powerful and sexy --- and that feeling (not the presence of her soon-to-be deflowered friend) turns her on. "It boosted my confidence to be the teacher in the situation and made me feel more desirable," the woman says.

童貞男子を友だちにもつ25歳女子の話。彼女は彼のボディに惹かれるわけではない。恋愛感情を持ちたいわけでもない。でも彼は気の毒だし、未経験というのもかわいそうだ。そこで彼を自宅に引き込み、つまり、ヤリ方を教えることにした。彼女から脱ぐと、自分が元気でセクシーになった気がした。その気分でけっこう燃えた(筆降ろしする男子に燃えたたわけじゃないけど)。彼女曰く、「こうした状況で男子に教える立場になることで自分に自信がついたし、自分ももっといい感じになれた。」


 それほど抄訳が違うわけでもないか。そういえば、defloweredなんて単語はこういう文脈で使うのか。
cover
Why Women Have Sex:
Understanding Sexual Motivations
from Adventure to Revenge
(And Everything in Between)
 話の枕でわかるように、女性はそれほど性的に好きでもない男性と性交することがある。まあ、あるんじゃないか。私も長年世間を観察しきて、さても面妖なとも思わない。では、女性にとって性交とは何よ? というのがテーマ。
 いや。テーマはけっこうどうでもいい。これがいったい何の範疇の話題なのかのほうが重要だ。簡単に言えば、ニューズウィークではこの話は、科学のお話なのだ。え? じゃないよ。
 社会学的な枠組みではない。一応心理学の枠組みになっている。ネタ元が心理学研究による新刊書「Why Women Have Sex: Understanding Sexual Motivations --- from Adventure to Revenge (And Everything in Between)(Cindy M. Meston, David M. Buss)」(参照)だからだ。だが、この問題に対する心理学的な説明というのは、どうすればそもそも科学的だと言えるのだろうか。そこがこのコラムの微妙な面白さになっている。ところが。
 日本版ニューズウィークの抄訳では、その肝心要の段落がずっこんと削除されていた。ここだ。女性の性行動の理由の多様性の例に触れた後。

Many of those complexities, say the authors, can be explained by human evolution: stealing a friend's lover (something 53 percent have done) can be viewed as an effort to win a partner with the most desirable genes; jealousy functions to alert a person to a threat; women who have sex out of a duty to please are "mate-guarding." And while the notion that sexual decisions are tethered to our caveman (or cavewoman) past has come under recent criticism, it seems just as reasonable that the myriad of female motivations could come from the flood of mixed messages we hear about how women are supposed to behave: enjoy sex but don't enjoy it too much, withhold it but don't be a prude, save it, flaunt it, be sexy but not a slut. No wonder things get complicated.

これらの複雑性の多くは、著者たちに言わせれば、人間進化から説明できる。つまり、こうだ。友だちの恋人を盗ること(やったことありは53%)は、最適な遺伝子を持ったパートナー獲得の努力と見られる。嫉妬というのは他者への脅しだ。男を喜ばせる義務感でない女性のセックスは男が盗られないようにするためである。性的決定を石器時代人類につなげる考え方は昨今批判にさらされているが、女性の動機の多くが、女性に求められる混乱した指令の洪水に由来するというのは、納得できないでもない。混乱というのは、耽溺せず性行動を楽しめとか、全てさらけださずに、威厳をもち、自制し、誇りを持てとか、セクシーであってもだらしないのはだめとか。まったくややこしいのも当然。


 結局、女性の性行動は進化心理学で説かれるという毎度のパターンになるし、それでしかたないんじゃないのというあたりを、ぬるくさまようことになる。
 こうした問題だが、つまり、「女がその気になるとき」とかいう問題だが、私は案外単なる差分化かつ多様化した権力のゲームにないんじゃないだろうかと疑問に思っている。それに性的な意味合いが付与され、さも生物学的な実体に帰着され、しかも進化心理学という疑わしい実体論的な思考に陥るのは、実際には、その社会が付与している性の権力的な配分が必然的にもたらす権力のゲームだからなんじゃないか。もっと言うと、その社会における財の配分に対する、十分な変動をもたらすためのゲームなのではないかなと疑っている。その意味では、財の文化制度における性の分担が、いわゆる性行動を上位において規定しているんじゃないだろうか。財のシステム差で性行動は変わるのではないか。
 ところでニューズウィークの、ネタ本解説的なコラムで、ほぉと面白いと思ったのは、進化心理学的な与太話ではなく、性的な行動における脳の役割という視点だった。もちろん、脳は、すべての行動において重要な役割をしているのは当然だが、そういう意味ではない。

 いや、男性の欲望が単純だというわけではない。07年の調査でメストンとバスは人がセックスをする理由を237項目に分類した。男性にとって1番の理由は「魅力」。「楽しい」や「好きだから」もトップ20に入った。しかし女性の場合は、興奮を駆り立てる上で主な役割を果たすのは脳だった。

 ここも重要なのに端折っているので原文だが。

But the brain is the primary driver of female arousal, which means we tend to overanalyze and dissect, to the point that our motivations, in many cases, have very little to do with simple physical desire.

しかし女性の興奮を一番駆り立てるのは脳である。つまり、女性の性行為の動機をあれこれ議論しすぎるきらいがあって、単なる身体的な欲望ではないとなりがちだ。


 つまり、あれだ。身体がはてぶのホットエントリーじゃないや、身体的に性的な欲動が起きるというのは、女性においては、そうでもないよというのだ。女性の性行動への動因は、身体的な欲動といったものではなく、脳の判断が引き起こすというのだ。
 問題はこの場合の、the brain(脳)が何を意味するかということになる。おそらく、状況の文脈判断なのだろう。おそらく、自我の下位意識において、諸価値の計算が行われていると想定してよいのだろう。というか、女性においては、性的な情動という文脈を形成する脳の働きが重要だということだろう。たぶん、これは男性における服従と非服従の瞬時の下位意識の計算と相補的な機能をなしているのではないかな。

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「科学」カテゴリの記事

コメント

男性より、一般的に、女性のほうが、近視眼的にものを考える傾向はあるような気がします。

長い新石器時代に、男性は狩猟活動をしていたのに対し、女性は、採集と育児に従事していたためではないでしょうか。まだ、社会の中にそういう役割の性差が残存しているような気がします。

女性の多くが外国旅行をし、男性も育児休暇をとるのが当たり前になれば、男性より女性のほうが近視眼的にものを見る傾向は少なくなるのではないでしょうか。

さらに、社会が生産主導から、流通主導になれば、女性優位の母権社会が世界のいろいろなところで回復されるような気もします。

投稿: enneagram | 2009.10.17 09:20

ひさしぶりにちゃんと全部読みました。

>男性における服従と非服従の瞬時の下位意識の計算

男ってやっぱり服従したくない動物なんですか?

投稿: うらたん | 2009.10.17 09:38

最後の引用のことろの訳文を変更しました。hΛlさんのご指摘(http://mephistowaltzer.co.cc/t/20091103.html#p14)を参考にしました。ありがとう。

投稿: finalvent | 2009.11.04 09:08

あまり、経験ないのでよく分かりませんが・・・。「1Q84」で、青豆さんが、ストイックな生活をしてると、時々周期的に男性の肉体を欲求すると。あれ、(春樹氏の奥さんの言葉じゃないかと思うけど)何となく分かります。時々、自分を裏返されたくなりたくて堪らなくなると言うか。

あと、名言だと思ったのは、横山理香さんの、「女は求められる事に発情する」って一言ですね。つまり、男性に本当に求められると、SEXしたくなるんです。(これ多分、事実。)・・・女の性欲って、どこまでも受動的だと思います。

投稿: ジュリア | 2009.12.06 13:51

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