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2009.10.27

ウォールストリート・ジャーナル紙社説は鳩山政権に怒りを表しているようだ

 ゲーツ米国防長官は23日に日韓の訪問を終えたが、この期間中、また直後、日米間の安全保障問題について米国メディアを通して鳩山政権に圧力を加える論調が見られた。とはいえ、怒りを表すといったほどには強い論調でもなかった。米国政府としてはその後は日本を過度に刺激せず、とりあえず沈静化し、ある程度腰を据え、韓国の盧武鉉政権のような末路を忍耐強く待つのではないかとも思われた。だが、26日付けウォールストリート・ジャーナル紙(電子版)に掲載された社説「Tokyo Defense Kabuki(鳩山政権の形ばかりのお芝居)」(参照)にはかなり明白な怒りが感じられた。この社説が、ここまでのメディアを介した怒りの頂点となるのか、これにいよいよ米国政府が実質的なフォローする転換点となるのか。気になることでもあるので言及しておこう。
 気になるというのは、タイミング的にも、このウォールストリート・ジャーナル紙社説掲載を直接反映したように、北沢俊美防衛相が泡を吹き出したからだ。今日の話題だが、毎日新聞「在日米軍再編:普天間移設 北沢防衛相、「辺野古」容認を示唆 「公約違反にあらず」」(参照)で、北沢防衛相は子供じみた詭弁を吐き出した。


 北沢俊美防衛相は27日午前の記者会見で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)をキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市辺野古)へ移設する現計画について「国外移設や県外移設という我々(民主党)の選挙公約をまったく満たしていないと認識するのは間違いだ」と述べ、容認する姿勢を改めて示唆した。

 「選挙公約をまったく満たしていないと認識するのは間違い」という表現はなんかの冗談だろうか。普天間移設見直しについて鳩山首相が述べた「時間というファクターによって変化する可能性は否定しない」という冗談に呼応したのだろうか。いずれもわけのわからない言明である。マニフェストの詳細に当たる「民主党沖縄ビジョン」(参照)には次のように明記されているからだ。

民主党は、日米安保条約を日本の安全保障政策の基軸としつつ、日米の役割分担の見地から米軍の変革・再編(トランスフォーメーション)の中で在沖海兵隊基地の県外への機能分散をまず模索し、戦略環境の変化を踏まえて、国外への移転を目指す。

 毎日新聞記事に戻る。北沢防衛相は矛盾した弁明をしている。

日米政府が合意した在日米軍再編計画には沖縄の米海兵隊の一部をグアムへ移すほか、普天間飛行場のKC130空中給油機を岩国基地(山口県)に移転することが盛り込まれており、北沢防衛相は鳩山由紀夫首相が衆院選で公約した「国外・県外移設」に当たるとの見方を示した。しかし、同党は衆院選マニフェスト(政権公約)で米軍再編計画について「見直しの方向で臨む」としており、現行の再編計画をそのまま認めることはこれと矛盾する。

 その日米合意部分は自民党下の政策そのものであり、民主党が自民党政権から変えるとした選挙公約ではまったくない。仲井真沖縄県知事も「基地問題をレトリック・ことばの言いかえで処理しようというのは、やはり軽い。内容的にポイントを押さえるべきところは押さえて、関係者とよく相談して決めてほしい」(NHKニュース・参照)と北沢防衛相に応答していたが、詭弁を弄してその場を取り繕うのではなく、公約を破ることになるなら公約を破るとして、それはそれで国民に新しく問い直していくほうがよいのではないか。
 ウォールストリート・ジャーナル社説では、北沢防衛相の動揺を予告するように、彼が問題を理解してないわけはないだろうとも見ていた。普天間飛行場移転関連する諸問題について。

Military leaders seem to understand how these pieces fit together. Japanese Defense Minister Toshimi Kitazawa said Wednesday that the Futenma move is "extremely important."

防衛省の指導者はこれらの諸問題をどうまとめるか理解はしているだろう。北沢俊美防衛相は水曜日に普天間飛行場の移転は「極めて重要である」と述べていた。


 ウォールストリート・ジャーナル社説の冒頭に戻ろう。今回の論点では、昨日の鳩山氏の所信表明演説を踏まえている。

When the U.S. and Japan announced a sweeping military alliance realignment plan in 2006, both governments characterized their relationship as "the indispensable foundation of Japan's security and of peace and stability in the Asia-Pacific region."

2006年日米間で包括的な軍事同盟再編成案が発表された際、両政府は二国間の関係を「日本の安全保障とアジア太平洋地域の平和安定にとって不可欠な礎石」と表現した。

Yesterday, Prime Minister Yukio Hatoyama paid lip service to the alliance and then told parliament he wants to "frankly discuss" the implementation of a crucial part of that pact, the relocation of a U.S. air base on Okinawa.

昨日、鳩山由紀夫首相は、口先では同盟に触れ、協定の重要部分、すなわち在沖空軍再編成の実現について「率直に話し合ってまいります」と国会で述べた。

This isn't a minor tiff. Mr. Hatoyama's grandstanding endangers the entire 2006 agreement, a complex document that took more than a decade to hash out.

これはそんな些細なもめ事ではないだ。鳩山氏のスタンドプレーは、10年以上にわたり議論し尽くしてきた複雑な文書からなる2006年の協定を危うくしている。


 「率直に話し合ってまいります」と"frankly discuss"では、多少語感が異なるが、ウォールストリート・ジャーナル社説がここを強調したのは、英語的な語感を強調したのだろう。「やあ、バラク、あれはなかったことにしてくれ、友愛だよ友愛♥」ということじゃない。
 社説の締めはきびしい問い掛けが列挙されている。

Mr. Hatoyama may feel that he's simply sticking to a campaign pledge to put more distance between Japan and the U.S.

鳩山氏は日米間に距離を置こうとする選挙公約にこだわりすぎているようだ。

But it doesn't sound like he's thought much about the alternatives.

しかし、選挙公約にこだわるだけでは、代案について考えていないかのように見える。

Will Japan spend more on its own defense?

日本は自国防衛に支出する気がないのか。

Does Mr. Hatoyama think the North Korean nuclear program and growing Chinese military force aren't serious enough to warrant a closer U.S.-Japan relationship?

北朝鮮の核開発計画や中国の軍拡は、緊密な日米関係の維持を要するほどには重大な問題ではないと鳩山氏は考えているのだろうか。

Does he think diplomacy alone can keep Japan safe?

鳩山氏は、外交だけで日本の安全保障が維持できると思っているのだろうか。

These are the questions Japan's new prime minister needs to be asking, rather than putting on a kabuki show on defense.

これらが日本の新首相に問われている問題である。歌舞伎のように形ばかりのお芝居を演じてもらうことが求められているわけではない。


 エントリに書き写しながら再読すると、怒りというよりは、何考えているんだ日本人という、違和感のほうが強いのかもしれないと思った。しかし、この違和感は、すでに韓国盧武鉉政権時代に米国は慣れてもいる。ブッシュ政権からオバマ政権へと米国の政権は大きく「取っ替えっこ(change)」したと言われるが、ロバート・マイケル・ゲイツ国防長官はブッシュ政権から留任している。そこには「取っ替えっこ(change)」はなかった。

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2009.10.26

フォーリン・ポリシー誌掲載マイケル・グリーン氏寄稿をめぐって

 フォーリン・ポリシー誌(電子版)に米戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問・日本部長のマイケル・グリーン氏が23日寄稿した「Tokyo smackdown(民主党政権にお灸を据える)」(参照)が現下の日米関係の状態を考える上で示唆に富んだものだった。同氏はこの寄稿の前に、今月(11月号)のフォーサイト誌に「米国はいつまでも鳩山政権にやさしくはない」を寄稿していて、その論調からすると、現下の民主党政権の状況に対して氏は相当に困惑か悲嘆を感じているのではないかと思って私は読み出した。中盤までそういう悲憤のトーンも感じられたが、最終段では楽観的な展望を述べていた。
 話の流れとしては最初にフォーサイト誌の寄稿から見たほうがわかりやすいかもしれない。


 発足から一か月を経た鳩山政権は、世論調査で高い支持率を維持している。米国のオバマ政権も敬意と寛容をもって支持する姿勢を示し、あからさまな衝突は避けるように努めつつ、日本の民主党政権がより現実的な方向へと着実に舵を切っていくことを期待してきた。

 期待は裏切られていく。民主党政権内の閣僚たちの混乱した発言に米政府は当惑しているようだ。

新閣僚に「発言統制」が必要なのは珍しいことではないが、オバマ政権や韓国の李明博政権、オーストラリアのラッド政権などの立ち上がり時期と比較すると、日本の連立政権から飛び出す発言の雑多さは群を抜いている。

 雑多な発言のなかで、米国政権の関心を持つ点としてグリーン氏は普天間飛行場移設問題に関連する在日米軍のフォーメーションと、インド洋給油問題の二点に注視していた。

 沖縄では来年、参議院選挙とともに県知事選、名護・沖縄市長選が行われ、米軍基地反対派が勢力を強めると見られている。そうなる前に決断を下さないかぎり、鳩山由紀夫首相は普天間問題での掌握力を失い、これまでの合意が無に帰す恐れもある。そして、十三年前に米日が普天間基地の閉鎖と沖縄の基地再編で合意して以来続いてきた出口のない状況がさらに続くことになる。

 市街地のど真ん中に存在する普天間飛行場は2004年の沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事故でも明らかなように、沖縄県民の生活に今なお危険をもたらしており、早急の撤退が望まれているが、これに対してすでに社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相は「少し時間がかかっても、きちんと態勢を整えて交渉すればいい」(参照)と述べることで、結果的に、この危険な状態を存続させる意思を表明した。福島氏としては、理想的には、住民の危険とトレードオフしても普天間飛行場を近未来に撤去させたほうがよいという判断があるのだろう。
 グリーン氏の指摘からはむしろその反対の結論が予想させるし、実際のところ、グリーン氏のフォーサイト誌寄稿後にゲイツ米国防長官の訪日があったが、その内容はグリーン氏の見通しを裏付けていた。なお、鳩山首相は、普天間移設見直しについて「時間というファクターによって変化する可能性は否定しない」と述べ、判断をやはり遅延させている。
 インド洋給油問題では、対案への期待が高まっている。

 オバマ政権は、インド洋派遣という単一の問題が米日の同盟関係全体を揺るがす事態は望んでおらず、日本の民主党が海自に対して、たとえ現在とは別の任務になるとしても、意義ある役割を割り当てることを期待している。そのため、今は”ガイアツ”の行使を避けているものの、社会民主党の唱える「平和主義」に民主党が屈するといった、易きに流れる展開は求めていない。


新政権が対テロ戦争から撤退するということになれば、日本の国際的な名声にも傷がつく。

 この点については、民主党からは代替案として民生支援が出ているものの、北澤防衛大臣は、「ヨーロッパを含めた国際世論を探ってみると、民生支援だけで代替案になるのかという懸念は少し持っている」(20日NHKニュース「自衛隊参加支援策 あるか検討」より)と述べている。かねてから小沢一郎氏が述べているアフガニスタンのISAFが民主党内では検討されているはずだ(参照)。
 この二点の問題をグリーン氏は重視している。

鳩山首相とオバマ大統領の協調が全般的にどれほどうまく運んだとしても、両国間の関係の全体的な基調を決めるのは、この二つの問題に他なるまい。

 このことから、ゲーツ国防長官訪日についてもこう想定していた。

 こうした課題について米国は十月二十日からゲーツ国防長官が訪日する機会に日本から何らかの前向きな回答を得なくてはならないだろう。解決のメドが立たないまま十一月のオバマ大統領訪日の日を迎えれば、ホワイトハウスは米国のマスメディアに叩かれることになる。

 ここが非常に微妙な問題だ。すでにゲーツ国防長官訪日は無回答で帰国することになった。おそらく現民主党政権は裏で確約するといった自民党のような芸当ができるわけもないから、グリーン氏が危惧する展開となっている。
 グリーン氏の予想は当たるだろうか? ポイントはホワイトハウスが対日世論をどれだけ恐れているかにかかっている。そして、この問題はオバマ大統領が医療保険改革などその他の問題で、どれだけ世論に劣勢に立たされているかにもかかっている。
 米国の対日世論動向だが、現状は、「極東ブログ:ウォールストリート・ジャーナル掲載「広がる日米安保の亀裂」について」(参照)や「極東ブログ:ワシントン・ポスト紙掲載「米軍一括案の米側圧力」を巡って」(参照)で見たように懸念は表明されているが、全体としてオバマ政権にとって脅威となるほどの世論にはなっていない。
 このまま安閑と推移していくだろうか。というところで、ゲーツ国防長官訪日後の、冒頭触れたフォーリン・ポリシー誌「Tokyo smackdown(民主党政権にお灸を据える)」(参照)の話になる。寄稿全体のトーンはフォーサイト誌寄稿と同じだが、グリーン氏は民主党の変化を楽観視している。

On the whole, this could be a rough year for managers of the alliance with Japan. But the future looks brighter. The Upper House election next year will probably flush the Socialists out of the coalition and allow the DPJ to move to the center.

全体として見れば、日本との同盟担当者にとってきびしい一年になりうる。しかし、展望は明るい。来年の参議院選挙でおそらく、連立政権から社会主義者を閉め出し、民主党は中道に舵を切ることができるだろう。

The next generation of leaders in the DPJ is made up of realists who want a more effective Japanese role in the world and are not afraid to use the Self Defense Forces or to stand up to China or North Korea on human rights.

民主党の若手は現実主義者からなり、国際問題における日本の役割を遂行し、自衛隊の活用や、人権問題で中国や北朝鮮に向き合うことを恐れない。

Gates did the DPJ a favor by forcing the debate on national strategy that the party was never willing to have while in opposition, and that Hatoyama was eager to avoid for his first year in power.

ゲーツ氏が訪日でしたことは、民主党が野党時代には好まず、鳩山氏も初年度の政権では避けたいとした国家戦略の議論を促したことだ。


 フォーサイト誌寄稿に見られた強い危惧のトーンは落ちて、米政権はしばらく静観するだろういうことになっている。ただしその前提には、来年の参院選を契機に現在の連合政権が破綻することがある。
 国内問題に視点を戻せば、はたしてそうなるだろうかという問題になる。ごく単純に言えば、社民党が連立を離脱するだろうか。グリーン氏は明瞭には触れていないが、このストーリーの背景には普天間飛行場移転問題で社民党と民主党が割れる可能性がある。
 私の現状での予想だが、社民党はすでに党存続の命運がかかっている現下の連立政権から離脱することはないだろう。そのためにこそ、普天間飛行場移設問題は、遅延策が続くのではないか。ただ、いつまでも遅延策が続くかはわからない。また、暗にすでに参院選での自民党の復権といった可能性は事実上排除されている。

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2009.10.24

ワシントン・ポスト紙掲載「米軍一括案の米側圧力」を巡って

 普天間飛行場移設に伴う日米安全保障体制を政権交代後も維持するよう、米側から日本への圧力が高まっている。この件についてワシントン・ポスト紙にも興味深い記事が掲載され、日本でも報道された。昨日のエントリ「ウォールストリート・ジャーナル掲載「広がる日米安保の亀裂」について: 極東ブログ」(参照)に続き、こちらも触れておきたい。まず日本での報道の状況、つまり、日本のマスメディアは該当のワシントン・ポスト紙記事をどう受け止めたのか。受け側の状態から確認しておきたい。
 ワシントン・ポスト紙の対日安全保障確認圧力の記事は、22日付けの第一面に掲載された。第一面は当然ながら主要な話題であることの指標でもあるので、日本の大手各紙はウォールストリート・ジャーナル紙の寄稿よりも取り上げていた。
 朝日新聞による「米高官「最も厄介なのは中国ではなく日本」 米紙報道」(参照)では、前半でワシントン・ポスト紙の意見、後半でウォールストリート・ジャーナルの寄稿を扱い、両者を一括したものとしてまとめていた。ここではワシントン・ポスト紙対応の部分を見てみよう。


 【ワシントン=伊藤宏】米紙ワシントン・ポストは22日付の1面で、米軍普天間飛行場の移設問題をはじめとする鳩山政権の日米同盟への対応について、米国務省高官が「いま最も厄介なのは中国ではなく日本」と述べたと伝えた。日米関係について米主要紙が1面で報じること自体が少ないだけに、米の懸念の強さが浮き彫りになった。
 ポスト紙は、訪日したゲーツ国防長官が日本側に強い警告を発したのは、日本が米国との同盟を見直し、アジアに軸足を置こうとしていることへの米政府内の懸念のあらわれと指摘。米政権がパキスタンやアフガニスタン、イラン、北朝鮮などへの対処に苦しんでいる時、普天間飛行場移設問題などで「アジアで最も親密な同盟国との間に、新たに厄介な問題を抱え込んだ」とした。国務省高官は、鳩山政権や民主党が政権運営の経験に乏しいうえ、官僚組織への依存から脱却しようとしていることが背景にあると語ったという。

 第一面掲載の意義に加え、鳩山民主党政権が米国政府から厄介者扱いになっているとの話が主軸になっている。報道ソースとして米国務省高官が伝えた点も重視している。
 オリジナル記事との比較は他紙を見てからにするとして、基本事項で留意しておきたいのは、ワシントン・ポスト紙の第一面記事は社説ではないということだ。ではどういう立ち位置の記事だったのか。朝日新聞の報道からはわからない。ざっと読むと、一般ニュースのように匿名記者のニュースのような印象を与える。朝日新聞記者は失念していたのかもしれないが、以下に見るようにこの点の留意のなさは他紙も同様である。
 読売新聞「「最もやっかいな国は日本」鳩山政権に米懸念」(参照)では、ワシントン・ポスト紙の記事に絞り、前半は朝日新聞記事と類似内容だが、後半に日本人なら関心を持つだろう論点を取り上げている。

鳩山政権については、「新しい与党(民主党)は経験不足なのに、これまで舞台裏で国を運営してきた官僚でなく政治家主導でやろうとしている」とする同高官の分析を示した。さらに、民主党の政治家たちが「米国は、今や我々が与党であることを認識すべきだ」(犬塚直史参院議員)などと、米国に公然と反論するようになった風潮も伝えた。

 具体的に民主党議員の名指しを読売新聞では伝えている。
 毎日新聞では目立った報道を見かけなかったが、「クローズアップ2009:米国防長官、東アジア歴訪 温度差、顕著に」(参照)でごく簡単に次のように言及していたのを見た。

 22日の米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、国務省高官の話として、安定し不変の関係だった日本が「今や、中国より厄介な存在になっている」と報じた。

 産経新聞「米国務省高官「中国より日本が困難」 Wポスト紙」(参照)は短い記事ながらも、朝日新聞や読売新聞の記事より、オリジナルの内容に踏み込んでいるのであえて長めに引用したい。

 【ワシントン=有元隆志】米紙ワシントン・ポストは22日付の1面で、オバマ政権のアジア政策について、「現時点で(米国にとって)最も困難なのは中国ではなくて日本だ」との国務省高官の発言を紹介、日米関係を見直し、アジアにおける日本の立場を変えようとしている鳩山政権に対する懸念が米政府内で強まっていると報じた。
 同紙は、良好だった日米関係の雰囲気が変わった象徴的な例として、20日に訪日したゲーツ国防長官が防衛省での栄誉礼や歓迎食事会を断ったことを挙げた。
 長官と北沢俊美防衛相との食事はいったん日米間で合意したものの、会談に多く時間を割きたいとの長官の意向を受けて、米側が断ってきたという。鳩山政権が普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県内移設の見直しや、インド洋での自衛隊の給油活動を撤収させる方針を決めたことへの強い不快感の表れといえる。
 長官は鳩山由紀夫首相らとの会談で、11月のオバマ大統領の訪日までに普天間飛行場移設の結論を出すよう求めた。しかし、日本側は困難との考えを示した。
 同紙は「米側の圧力に対して日本側は平然としているようだ」と日米の距離感の広がりを指摘した。

 産経新聞記事とオリジナルの対応は後で確認したい。
 日経新聞は、朝日新聞と同様ウォールストリート・ジャーナルの寄稿と合わせ「米、鳩山外交に厳しい論調 主要紙が掲載、米軍再編など巡り」(参照)で報道していた。ベタ記事に近いので引用は省略する。
 報道社系では共同も時事も手短に扱っていたようだ。共同は「「鳩山外交に米が懸念」 米紙」(参照)、また時事は「鳩山政権への懸念強まる=同盟再定義や脱官僚で-米紙」(参照)である。内容は、朝日新聞・読売新聞と特に変わった点はない。
 これらの国内報道が日本人にどう読まれたかはわからない。だがネットでは、はてなブックマークからうかがえる部分がある。特に読売新聞の記事にはコメントが比較的多く寄せられていた(参照)。時系列では下からの順になる。ざっと眺めてみよう。


asrite 政治, 読売, 鳩山政権, アメリカ, 民主党, theme_民主始まったな, 外交 毅然と対応することと、けんかを売ることは別物。 2009/10/24
toaruR 敵として対する厄介さじゃなくて、子供の厄介さなんだろうなぁ('A`) 2009/10/24
georgew 多少厄介に思われるくらいが色んな交渉上有利。単なる腰巾着としてなめられるよりまし。 2009/10/24
kadotanimitsuru アメリカ にとって日本はペリー提督以来「下僕でなければ敵」だからなぁ。中国と日本を天秤にかける時は常に中国を取るし。 2009/10/24
tykk1978 アメリカ, 日本, 外交 最も厄介な国はお前だろう、アメリカ。そんなことでおどおどするな、読売。 2009/10/24
ken409 アメリカ, 日米関係 存在を無視されるよりは、やっかいな国だと思われた方がいい。 2009/10/24
nofrills WaPoはたぶんこの記事→ http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/22/AR2009102201312.html 2009/10/24
hiragumo 民主党, 日本, 米国 日本国憲法と安保はセット。吉田茂はそれで日本を独立させた。「戦争を放棄するから、あんたなんとかしてよ」と。その結果、何が産まれたかと言えば… 2009/10/24
hatkyma35 補正予算修正の勢いで思いやり予算削減したら認めるけど・・・ 2009/10/24
powerhouse63w news "U.S. pressures Japan on military package"http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/21/AR2009102100746.html (facebookのアカウント等でログインが必要)元記事を探すのがめんどくさい書き方はやめてほしい 2009/10/24
ones-inch 政治 米国が「のび太のクセに生意気だぞ!」って言うジャイアンにかぶって見える。 2009/10/24
y_arim news, diplomacy, usa, japan, politics, government, 民主党 公然と反論して何が悪い 2009/10/24
tombox おいおいアメリカを敵に回すなよと思ってしまうが、ふと考えなしてみると、やっと日本もアメリカのいいなりじゃなく、自分の意見をいえるようになってきたのかと清清しい気持ちにもなってくる。 2009/10/24
cinnamon77 外交 本当に”やっかい”だったらそんな事言わないという罠。 2009/10/24
octavarium 日本, アメリカ, 政治 国務省高官の「今や、最もやっかいな国は中国でなく日本だ」という発言を伝えた。 2009/10/23
crow2008 "新しい与党(民主党)は経験不足"どんくらい経験不足なんだろ?半世紀分くらい? 2009/10/23
buckeye ニュース, 日本, 民主党, アメリカ, 外交 Noと言えるお子様、日本。/ 「世界の嫌われ者」ブッシュ政権ではなく同じ中道左派で本来は仲間であるオバマ政権を困らすことの意味を鳩山政権はもう少し考えるべき。/ b:id:entry:16892562 2009/10/23
hati50 日本, アメリカ, 外交, 政治, 社会 アメリカが「今や、最もやっかいな国は中国でなく日本だ」と言ってきましたが、単に従順な犬が反抗的にありつつあるので起こっているだけでしょう。どう考えても最近の欧米の態度は中国>>日本です。 2009/10/23
xevra 世界一厄介な国に言われたくないよな。 2009/10/23
luliazur 揺さぶりではありますが、米政府、Washington Post、読売新聞のどれが揺さぶっているのでしょうね 2009/10/23
rakusupu 「ふはははははは!みろ!これが空気読まないパワーだ!」/良くも悪くも青い政権。熟成まではちょっと渋い。 2009/10/23
yoshikogahaku かわいいからわがままでもいいの! 2009/10/23
tsugo-tsugo 連中はすぐmostとかbestとか言うから気にしなくていんじゃね。アメリカにとってやっかいな相手って自国以外全てかと思ってた。/従順で主体性は無いが協調はする相手と、一貫性が無い人間、マシなのはどっちって話かと 2009/10/23
nminoru Politics これは細川内閣のデジャビューなのか。クリントン大統領の首脳会談との決裂がしたのはもう15年前。今も小沢だけは生き残っている… 2009/10/23
toycan2004 民主党, 日本, 国際, 外交, アメリカ 本当に米に対抗しえるようになったのかはオバマさんが来たときにわかるだろう/普天間の一連の流れを見ているとあまり期待はできそうにないのだが 2009/10/23
bn2islander 政治, 国際 アメリカとタフな交渉しているのなら、厄介者扱いされて喜ぶ所なんだけどね/中国は明確な外交方針がある。だから、交渉可能。日本は外交方針そのものがないから、交渉できない。確かに、日本の方がやっかいだよね 2009/10/23
binwa 民主党, アメリカ, 政治 最も操りやすい国でなければ、やっかいな国って。どんだけわがままなんだ 2009/10/23
gyogyo6 やっと一人前扱いしてもらえましたっ! 2009/10/23
gruxxx 政治 「今まで居心地の良い相手だった」(この句の前にある言葉。因みにFNNニュースより)そうだから、まあそうだろう。民主主義でさえ民意を全部反映できるわけではない。米国の名物なのにね 2009/10/23
hyoro 民主党, 国際 アメリカが「世界の父親」ごっこをしていられる時代は終ったんじゃないかな。 2009/10/23
mahal 外交 いやこれ、「噛みつくなら、せめて地政学考えて噛みつけ」ってお話じゃないの? 2009/10/2315
akizuki_b ニュース まぁ、簡単にあしらえる国だと思われるよりはましだよね、きっと。 2009/10/23
Tamansky 政治・経済, 国際問題 いやあ、今までが従順すぎたってだけでしょう。 2009/10/23
rz1h931f4c 政治, 民主党, 米国 自分たちに非はないと思ってるんだから救いようが無いな 2009/10/23
tow-mas 米国, 民主党, 政治, みんす 日替わりで言ってることが変わってたら、そりゃやっかいに見えるわ(w ただでさえオバマ政権の尻に火が付いている状態だというのに。 2009/10/23
BUNTEN 国際, 政治 議論はすべきだし米要求を丸呑みする必要もないと思うけど、わが民主党は思いつきでもの言う印象があるのが頭痛いところだ。orz 2009/10/2322
metabodepon 米国に反発する態度は勇ましいのだけど、もう少し外交的な含みを持たせて発言してほしいなと思う。経験不足からくる悪影響も国内だけならまだ民意なのだからと我慢できるが、外交はそうもいかない。 2009/10/23
oukayuka まあジャパン・パッシングと称されてシカトされるよりかはマシなんじゃないの? 2009/10/23
kamikawa2007 aho, USA つい最近まで「世界一やっかいな大統領」が君臨してた国にそんなこと言われると照れちゃうぜw 2009/10/2316
shukaido170 民主党, 米国 ようやく植民地から解放された気分だ 2009/10/23
tanacc 日本, 民主党, アメリカ, 政治, 防衛, 国防 ワシントンに盾突いて田中角栄みたくつぶされなければいいけど・・・。 2009/10/23
filinion 国際, 政治 外交とは相手国にとって厄介な存在になることだ、とは思う。しかし「経験不足なのに、官僚でなく政治家主導でやろうとしている」というのは妥当な心配ではある。経験を積むまでは国民も苦労するだろうな…。 2009/10/23
Ar234B2N 今までがいい子ちゃん過ぎたような。 2009/10/23
hokuto-hei この日本語の記事からは、怒りよりは狼狽が伝わってくるけどソースではどうなんだろう?と英語嫌いの私は思うのだった 2009/10/23
guldeen usa, society, international, politics 米国の唯々諾々にならない、って姿勢を見せただけで、ここまで大騒ぎになる米政権内部の阿呆っぷり。下請けから値段要求を突っぱねられて、狼狽する大企業の姿にダブって見える滑稽さ。 2009/10/2325
biconcave それはよかったねw 2009/10/23
Francamente_Pinocchio もうすぐこの国は滅ぶ 外圧に期待するしかないてことか。 2009/10/23
rajendra 外交 (ノ∀`) アチャー 2009/10/23
yukitanuki アメリカ様がお怒りじゃあ 2009/10/23
fireflysquid 社会, 米軍, 国際 「米国に公然と反論するようになった風潮」飼い犬が「お手」を素直にしなくなって大騒ぎ、の図。属国としてではなく対等の友好国にならないと。 2009/10/23


 ざっと見てもわかるが、ワシントン・ポスト紙の記事の背景、あるいは論点とされる日本とアジアの安全保障問題についてのコメントは、ほとんど見当たらない。アメリカが上から目線で日本に物を申してきたので、「世界一厄介な国に言われたくないよな」というように、日本人は反感を持って言い返したという印象が強い。
 この傾向は、おそらく読売新聞記事が「さらに、民主党の政治家たちが「米国は、今や我々が与党であることを認識すべきだ」(犬塚直史参院議員)などと、米国に公然と反論するようになった風潮も伝えた」と結んだことや、最初のコメントの反感が否定的であったことにひっぱられたのかもしれない。はてなブックマークは最初のコメントの論調が否定的だと同様の否定的なコメントが炎上のようにつづく傾向がある。
 朝日新聞記事へのはてなブックマークのコメントでは、脊髄反射的な言い返しもそれほどには顕著ではないが、やはりワシントン・ポスト紙の論点はあまり読み取られていない(参照)。


deep_one 東アジアの安全保障はすでにアメリカなしで行く路線と聞くが?…ああ、それが東アジア共同体構想だったか。アメリカの代わりに中国の軍事力を使うだけなんですけどね。 2009/10/24
buckeye ニュース, アメリカ, 日本, 民主党, 外交, 安全保障 「米民主党は反日」との誤解を解くためにオバマ政権は言葉だけでなく政権人事という行動で対日重視を示した。対する鳩山政権は口先だけ同盟重視で実際の行動は逆。そりゃ米側の堪忍袋の緒が切れて当然だろう。 2009/10/24
quatroshe 「国務省高官」だの「国防省高官」だの言ってないで具体名出せよ。特派員なら見当ついてるんだろ。日本の米国ケツ嘗め忠犬派どもとつるんだ3~4人程度が騒いでるだけなら大笑いだぜ/http://bit.ly/395oCg (2005年の記事) 2009/10/23
Talkiyan_Honin_Jai 日米関係, 民主党, 鳩山内閣 この60年間アメリカ様に尽くしてきたのに、ちょっと不満を言っただけでこれですか?日本人はアメリカという国について考え直すべき時が来ていると思う。今回はマジで腹が立った。 2009/10/23
jt_noSke ダジャレ 好感の持てない発言である 2009/10/23
suyntory_junnama bouei p 米 日 米高官「最も厄介なのは中国ではなく日本」 米紙報道 2009/10/23
nofrills Japan WaPoはこの記事→ http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/22/AR2009102201312.html ... あれ、この記事昨日読んだか。WSJは登録してないから探さない。 2009/10/23
kunitaka 民主党, 政治, 日本, 米国 今までが舐めてただけだろ! 2009/10/23
suzu_hiro_8823 asahi.com, 米国, 政治, ただしソースは○○ 但しソースはWP、で、WSJも同じようなネタが出たと。WPは知らんけどWSJって右だからそう言いたくなるよね。 2009/10/23
wartanenemon 新聞 朝日新聞 まぁ良いんじゃない、これでどんどん対等に話出来る様になるだろうから 2009/10/23
depthwinter 東南・東アジアがアメリカ抜きの秩序・経済圏を作るのはアメリカにとっての悪夢だろうしね。 2009/10/23
u-chan us, japan 51番目の州が敗戦後初めて(ホントは2度目)造反してるから、キレてるだけでしょ。 2009/10/23
mustelidae 中国の軍事力の増大が脅威だと言いながらその中国より厄介なんですか 2009/10/23


 オリジナル記事の情報を比較的多めに伝える産経新聞記事へのはてなブックマークコメントはどうか。やや以外なのだが、朝日新聞や読売新聞の記事よりも少ないというか、ほぼコメントがない(参照)。さらに、ワシントン・ポスト紙のオリジナル記事は「U.S. pressures Japan on military package」(参照)に寄せられたコメントは、現状3点のみに限られている。が、国内報道の記事へのコメントのように感情的に言い返すといった短絡なものはない(参照)。
 はてなブックマークのコメントを読む限り、この問題について伝聞報道には反応はあるものの、オリジナル記事への関心は薄く。また国内報道の表現に感情的に反応しているように見える事例が多い。
 オリジナルのワシントン・ポスト紙の記事「U.S. pressures Japan on military package」(参照)と国内報道の対応を見ていこう。
 オリジナルの記事が書かれたポジションだが、次のように記者名が明記され、ワシントン・ポスト紙の社内の人間であることがわかる。日本の大手紙記事のように「ワシントン・ポスト紙が伝えた」というものではない。社説には近いが、社として述べるよりは記者の個性で書かれている記事だ。

U.S. pressures Japan on military package
Washington concerned as new leaders in Tokyo look to redefine alliance

By John Pomfret and Blaine Harden
Washington Post Staff Writer
Thursday, October 22, 2009


 記者のJohn PomfretとBlaine Hardenの両氏については、過去の記名記事が参照できる(参照)。John Pomfret氏が米国内政、Blaine Harden氏が外交を扱っており、どれもアジア全体の安全保障問題に深い見識を持っていることが伺われる。もちろん、だからこそワシントン・ポスト紙の第一面を飾ったのだが、半面、社説として書かれていないこともこの記事の重要性でもある。つまり、個人的な見解の範囲に留まっているとも言える。
 朝日新聞と読売新聞の記事で、報道のポイントにおかれていた「最もやっかいな国は日本」という論点をまずオリジナルとの対比で見てみよう。

【朝日新聞】
米政権がパキスタンやアフガニスタン、イラン、北朝鮮などへの対処に苦しんでいる時、普天間飛行場移設問題などで「アジアで最も親密な同盟国との間に、新たに厄介な問題を抱え込んだ」とした。


【読売新聞】
 記事は、オバマ政権がパキスタンやアフガニスタン、イラクなど多くの課題をかかえており、「アジアの最も緊密な同盟国とのトラブルは、事態をさらに複雑にする」という米側の事情を紹介した。

 オリジナルの対応は次のとおり。

For a U.S. administration burdened with challenges in Pakistan, Afghanistan, Iraq, Iran, North Korea and China, troubles with its closest ally in Asia constitute a new complication.

パキスタン、アフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮、中国との関連で問題に直面するという重荷を負った米国政権としては、アジアにおける緊密な同盟国(日本)との間い起きたトラブルは、新たな厄介な問題となっている。


 朝日・読売の報道に間違いはないが、朝日新聞がイラクと中国を隠し、読売新聞がイラン、北朝鮮、中国を隠したのは、それぞれの社風が感じられて興味深い。些細なことのようだが、オバマ政権が直面しているこれらの国の難題はそれぞれに微妙な色合いがあり、ただ反米的な国家を列挙したわけではなく、それらの微妙な色合いのなかで日本が起こした新しい問題の位置がある。
 「高官」も日本での報道のポイントだったが、どのように対応しているだろうか。

【朝日新聞】
国務省高官は、鳩山政権や民主党が政権運営の経験に乏しいうえ、官僚組織への依存から脱却しようとしていることが背景にあると語ったという。


【読売新聞】
鳩山政権については、「新しい与党(民主党)は経験不足なのに、これまで舞台裏で国を運営してきた官僚でなく政治家主導でやろうとしている」とする同高官の分析を示した。

 はてなブックマークのコメントに「高官名を出せ」というコメントがあったが、そこはどうだろうか。日本の報道でも国務省高官とのみしているのは気になるところだ。

quatroshe 「国務省高官」だの「国防省高官」だの言ってないで具体名出せよ。特派員なら見当ついてるんだろ。日本の米国ケツ嘗め忠犬派どもとつるんだ3~4人程度が騒いでるだけなら大笑いだぜ

 この点については、「特派員なら見当ついてる」のかもしれないが、オリジナルには次のような配慮があった。

The official, who spoke on the condition of anonymity because of the sensitivity of the issue, said the new ruling party lacks experience in government and came to power wanting politicians to be in charge, not the bureaucrats who traditionally ran the country from behind the scenes. Added to that is a deep malaise in a society that has been politically and economically adrift for two decades.

日本との軋轢という微妙な問題から匿名条件で語った政府高官ではあるが、彼は、新政権は行政の経験不足であり、政権交代の機に、伝統的に裏方取り仕切る官僚によるのではなく、政治家によって権力を集中したいと望んでいると、述べた。また、現況は、二十年にわたり漂流しつづけた政治と経済をもつ日本社会の根深い問題であると加えた。


 重要なことは、高官名の匿名性ではなく、米国の認識として、日本が民主党政権になって米国の厄介者となったというより、つまり民主党が主体というより、日本社会の長期混迷の必然的な結果だと米国務長高官が認識しているという点である。「高官」が匿名なのは、むしろ日本への配慮であると見てもよい。いずれにせよ、この高官による論点には多くの日本人が是認せざるを得ないのではないだろうか。その点で、日本での新聞報道はややミスリードだったように思える。
 日本側で報道された他の点についても簡単に眺めてから、オリジナルの自体の問題に戻りたい。

【読売新聞】
さらに、民主党の政治家たちが「米国は、今や我々が与党であることを認識すべきだ」(犬塚直史参院議員)などと、米国に公然と反論するようになった風潮も伝えた。


【対応オリジナル】
DPJ politicians have accused U.S. officials of not taking them seriously. Said Tadashi Inuzuka, a DPJ member of the upper house of Japan's parliament, the Diet: "They should realize that we are the governing party now."

民主党の政治家たちは、米国高官が真剣に対応しないと責めてきた。民主党の犬塚直史参院議員にいたっては、「米政府高官は、我々が支配政党であることを理解すべきだ」と述べた。



【産経新聞】
 同紙は、良好だった日米関係の雰囲気が変わった象徴的な例として、20日に訪日したゲーツ国防長官が防衛省での栄誉礼や歓迎食事会を断ったことを挙げた。
 長官と北沢俊美防衛相との食事はいったん日米間で合意したものの、会談に多く時間を割きたいとの長官の意向を受けて、米側が断ってきたという。鳩山政権が普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県内移設の見直しや、インド洋での自衛隊の給油活動を撤収させる方針を決めたことへの強い不快感の表れといえる。


【対応オリジナル】
U.S. discomfort was on display Wednesday in Tokyo as Gates pressured the government, after meetings with Prime Minister Yukio Hatoyama, to keep its commitment to the military agreement.

米国側の不快感は水曜日の東京でも示されたが、それはゲーツ国防長官が日本政府に圧力をかけるためで、軍事同盟を遵守するよう鳩山首相と会合後のことだ。

"It is time to move on," Gates said, warning that if Japan pulls apart the troop "realignment road map," it would be "immensely complicated and counterproductive."

「進展すべき時期だ」とゲーツ氏は述べ、日本が「在日米軍再編成ロードマップ」を引き裂くようなことになれば、「とてつもなく厄介で逆境ととなる事態」になるだろう」と述べた。

In a relationship in which protocol can be imbued with significance, Gates let his schedule do the talking, declining invitations to dine with Defense Ministry officials and to attend a welcome ceremony at the ministry.

重要性をもって外交手順を踏むという関係から、ゲーツ氏は伝達の予定をこなしたものの、自衛隊高官と夕食会と政府歓迎式典参加を断った。


 産経新聞は「日米関係の雰囲気が変わった象徴的な例」としているが、これは単純に外交上のメッセージであったので、ややミスリードのきらいはあるが、「強い不快感の表れ」についてはオリジナルを正確に反映している。

【産経新聞】
 長官は鳩山由紀夫首相らとの会談で、11月のオバマ大統領の訪日までに普天間飛行場移設の結論を出すよう求めた。しかし、日本側は困難との考えを示した。


【対応オリジナル】
Hatoyama said Gates's presence in Japan "doesn't mean we have to decide everything."

鳩山は、ゲーツ訪日は、米側要求をすべて決定しろという意味ではないと言ってのけた。


 一応対応を挙げたが、この点については対応はちょっと無理で、産経側の独自の書き込みだろう。

【産経新聞】
 同紙は「米側の圧力に対して日本側は平然としているようだ」と日米の距離感の広がりを指摘した。

 ここは引用符でくくってあるわりに、オリジナルの対応箇所は私にはわからなかった。だが、オリジナルの記事の最終部では、この点を強く、かつ皮肉に暗示してはいる。

"I have never seen this in 30 years," Calder said. "I haven't heard Japanese talking back to American diplomats that often, especially not publicly. The Americans usually say, 'We have a deal,' and the Japanese respond, 'Ah soo desu ka,' -- we have a deal -- and it's over. This is new."

コールダーが語こう語った。「30年も間、米国外交官への口答えを、公式ではないにせよ、これほどまで聞いたことはなかった。米国人から「協定があります」と言えば、日本人は「ああ、そうですか」と答えたものだった。しかし、その時代は終わった。新しい時代となった。


 口答えする日本人というのを強調してオリジナル記事は終わる。
 当然ながら、これは日本人に不快感を残す。読売新聞が「米国に公然と反論するようになった風潮も伝えた」と記事を締めるのもわからないではないし、はてなブックマークに、同種の口答えが多く見られたのも、共感しやすいだろう。ただし、それがこの問題の本質ではなく、むしろ、東アジアの安全保障の同盟の困難な条件を示すだけのはずであった。
 さて、国内報道から抜け落ちたオリジナル報道を見ていこう。
 一番重要なことは、ワシントン・ポスト紙のこの記事がどのような意図をもって書かれたかという点だ。これは冒頭に明記されている。国内報道でも概括的には言及されてはいたが、原文で確認しておこう。

Worried about a new direction in Japan's foreign policy, the Obama administration warned the Tokyo government Wednesday of serious consequences if it reneges on a military realignment plan formulated to deal with a rising China.

日本外交の新進路への懸念から、オバマ政権は水曜日東京の民主党政府対して、もし日本政府が、台頭する中国対処のための軍事再編成を破棄するのなら、深刻な結果をもたらすだろうと警告した。


 ある意味露骨に書かれているのだが、今回の普天間飛行場移設見直しに関する米側の要求は、単に同飛行場の移転問題ではなく、アジア全域に関わる軍のフォーメーションに関連しており、それは、先日の中国建国60周年で世界が見ることにもなった兵器に暗示される、中国の目覚ましい軍拡への対応である。また、この件について日本が対応しないなら、深刻な結果(serious consequences)になるという。
 問題は、その深刻な結果とは何を指すのかだが、私が読んだ限りでは、同記事には書かれていない。現状、他報道から推察されることは、在日米軍のグアム移転が頓挫することであり、沖縄市街に危険な軍事基地と多数の海兵隊駐留が残ることになる。おそらく、それを民主党政府が認めないとしても、軍事力をもって鎮座している米軍を撤去することはできないのではないか。
 また、中国の軍拡への対応が論点の中核にあるということが、この記事の後半で扱われる、鳩山氏による「東アジア共同体構想」との関連がある。米側ではこの構想を滑稽なものと見ているものの、日本が米国同盟から親中国外交に切り替わり、そのことから日本が中国側の軍拡の影響下に組み入れれるべく変貌することの懸念が感じられる。

Other Asian nations have privately reacted with alarm to Hatoyama's call for the creation of the East Asian Community because they worry that the United States would be shut out.

その他のアジア諸国も非公式な対応ではあるものの、鳩山氏による「東アジア共同体構想」へ警告を発している。理由は、アジア諸国は米国が排除されることに懸念を覚えているからだ。

"I think the U.S. has to be part of the Asia-Pacific and the overall architecture of cooperation within the Asia-Pacific," Singapore's prime minister, Lee Hsien Loong, said on a trip to Japan this month.

リー・シェンロン・シンガポール首相は、「米国はアジア太平洋地域の一部であり、かつこの地域の協調機構の一部でもある」と、今月の日本訪問で言及していた。


 アジア諸国から、鳩山氏による「東アジア共同体構想」へ懸念の声があるとワシントン・ポスト紙記事は述べているが、事例としてはリー・シェンロン・シンガポール首相の言及に留まっていて説得力には乏しい。だが、この問題こそ、台頭する中国を前に非公式(privately)にしか言及できない性質の問題であるからかもしれない。
 もう一点だけ述べてこのエントリを終えよう。

The DPJ rode to power pledging to be more assertive in its relations with the United States and has seemed less committed to a robust military response to China's rise. On the campaign trail, Hatoyama vowed to reexamine what he called "secret" agreements between the LDP and the United States over the storage or transshipment of nuclear weapons in Japan -- a sensitive topic in the only country that has endured nuclear attacks.

政権を得た日本民主党が米国との関係により強行な態度になっていくことに対して、中国の軍事的台頭への対応により尻込みしつつある。選挙遊説中のことだが、鳩山氏は、自民党と米国間で交わされた、いわゆる核疑惑(核保有と核持ち込み)について再検討すると公約した。これらは、唯一の被爆国である日本にとって微妙な話題である。


 この段落だけでは理解しづらいし、またオリジナル記事では、鳩山政権の反米的な傾向を示す文脈にあるのだが、米国側の不快感を暗示させているように読める。
 少し踏み込んでいうことになるが、米国としては日本が自国防衛を放棄して核の傘を出るなら、太平洋地域における中国の軍事的台頭を許すことになり、ひいては、不安定な弧、つまり、太平洋からインド洋、中近東に至る地域の自由貿易の地歩を放棄することになるだろう。日本が中国の一部となっても、それが主権国家の選択であるなら、米側としては日本を同盟から仮想敵国に移し換えるだけのことだが、不安定な弧全体への軍事的な支配を放棄することはないだろう。その点から考えれば、米国が日本での軍事プレザンスを放棄することはおそらくないだろう。

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2009.10.23

ウォールストリート・ジャーナル掲載「広がる日米安保の亀裂」について

 ウォールストリート・ジャーナル(電子版)に掲載された、元国家安全保障会議(NSC:U.S. National Security Council)不拡散戦略部長(director for counterproliferation strategy )のキャロリン・レディ氏(Ms Carolyn Leddy)による寄稿「広がる日米安保の亀裂(The Widening U.S.-Japan Security Divide)」が、普天間飛行場移設問題に関連した米国側の苛立ちを日本に伝える国内ニュースの一つとして、時事通信と産経新聞で報道されていた。国内報道からは見えてこない部分があるようにも思えるので、国内報道のされ方とオリジナルについて少し考察しておきたい。
 時事では23日付け「鳩山外交「同盟むしばむ」=普天間見直し、東アジア共同体批判-元米高官」(参照)で、「同氏は、普天間飛行場移設問題などを挙げ、鳩山政権の外交・安保政策は「東アジアの安全保障の礎石である日米同盟をむしばむ恐れがある」と警告した」としてこう続けている。


 同氏は、米軍の抑止力低下につながる同飛行場の国外移設を鳩山由紀夫首相はあきらめていないと指摘。首相が東アジア共同体構想と「戯れている」ことや、岡田克也外相が核先制不使用に関する対米協議に言及したことにも触れ、こうした姿勢では中国の軍拡や北朝鮮の核問題には対応できないなどと批判した。
 さらに、オバマ大統領と鳩山首相はそれぞれ国民の安全を守る責任を負っていると強調。そのため「アジアで最も重要な同盟に広がる分裂を食い止める」ことが必要だと訴えている。

 べた記事に近いのはやむを得ないのだが、前段では「こうした姿勢」がわかりづらい。後段は「それぞれ国民」が文脈上、米国民と日本国民に受け取れる。間違いではないのだが、オリジナルにはもう少し微妙な含みがある。
 今朝の産経新聞に掲載された古森義久氏の記事「「鳩山政権は東アジアの安保を浸食」米元高官」(参照)はもう少し詳しい。そこでオリジナル「The Widening U.S.-Japan Security Divide」(参照)と対比して見ていこう。産経記事から。

まず「ゲーツ長官は日本の新政権に『日米同盟を再交渉する意図はない』という強固なメッセージを伝えた」と述べ、「長官は普天間基地の滑走路の一部修正には応じるが、移転の基本は15年前の両国政府の合意であり、再交渉する意思はないと日本側に告げた」と強調した。

 オリジナルの対応は二箇所に分かれる。対応箇所だけ見ると、正確に伝えていることがわかる。

Secretary of Defense Robert Gates delivered a tough message to the new government in Tokyo this week: The U.S.-Japan security alliance is not up for renegotiation.


Mr. Gates said Tuesday that he's willing to modify Futenma's landing strip, but not renegotiate a deal that was 15 years in the making.

 次に。

 同論文はさらに鳩山新政権がインド洋からの自衛隊撤退、米国への核先制不使用宣言の押し付け、東アジア共同体の創設を進めているとして、このような姿勢は「東アジアの安全保障の基盤である日米同盟を侵食しようとする脅しになる」と批判した。

 この部分の対応も二つに分かれ、前半は次の部分になる。

There's more: The Democratic Party of Japan-led government has already stated that it will not renew the Indian Ocean refueling mission that supports U.S.-led operations in Afghanistan. Foreign Minister Katsuya Okada said Sunday he wants to discuss a nuclear no-first-use policy. And Mr. Hatoyama continues to toy with the idea of establishing an East Asian community as a rival to Western economic and security institutions.

 岡田外務大臣による核の核先制不使用の話が産経記事では抜けている。が、これは後に言及するためであろう。
 時事の記事には「戯れている」とあったが"to toy with"(弄ぶ)の部分は産経記事では強調されていない。原文ではご覧の通り、鳩山氏が西側諸国の経済と安全に対立する組織に危険な遊びを行っているとの含みがある。
 後半は、きちんと対応している。

Tokyo's position threatens to undermine the cornerstone of East Asian security: the U.S.-Japan alliance.

 三点目に移る。

 沖縄駐留米軍が東アジアにおける唯一の常駐海兵隊として、日本だけでなく韓国や台湾を守る機能や、人道作戦を実施する能力を保つことも指摘した。

 対応はほぼ正しいのだが、沖縄駐留米軍というより、米国海兵隊という存在の特徴が重視されていることが産経記事からはわかりづらい。

They protect both Japan and neighboring U.S. allies such as South Korea and Taiwan and provide the only permanently forward-deployed, brigade-sized Marine Corps unit that can conduct humanitarian assistance and combat operations.

 四点目に移る。

 日本の民主党の主張を非論理的だとする同論文は、核先制不使用について「東アジア・太平洋での抑止力の柔軟性と信頼性を保つには『核の傘』のあいまいさこそ効果があり、日本の安全もその傘に保障されてきた。だから日本の歴代政権も米国の核先制不使用に反対してきたのだ」と主張。東アジア共同体については「この構想で中国の軍拡や北朝鮮の核兵器と弾道ミサイルの脅威にどう対応するのか」と疑問を提起した。

 対応は次の部分だ。

The DPJ's ideas just don't make sense. Previous Japanese governments consistently opposed a no-first-use nuclear policy to preserve the deterrent value of the U.S. nuclear umbrella, under which Japan's security is guaranteed. Maintaining ambiguity is essential to preserving the credibility and flexibility of this deterrent in Asia-Pacific. As for the East Asian community idea, how will that counter China's growing military or the North Korean nuclear and ballistic-missile threat?

 ここは原文でもわかりづらいところだ。
 ようするに自民党も核先制不使用に反対してきたものの、民主党政権の岡田外相のように、これをオモテに出して議論するのは、イミフ("just don't make sense")ということだ。つまり、核による安全保障というものを民主党政権はまったく理解してないだろという示唆がある。
 五点目で産経記事は終わる。

 同論文はさらに、日本の民主党が「東アジアの安保構造全体を改変しようとするのか」と問い、鳩山政権の安保政策を「分裂症的」と形容。日米安保関係では過去50年ほど、米国が財政的にも作戦的にもずっと多くの負担を引き受けてきたとも述べ、「オバマ、鳩山両氏は拡散防止や軍縮目標を共有しているが、自国民を守る責任も有している」として、「アジアで最重要な同盟関係に広がりつつある分裂を縮めること」こそ重要だと警告した。

 対応だが、前半は正確には対応していない。

At worst, the DPJ could be trying to recast the entire East Asian security architecture. Undoubtedly Seoul, Beijing and Pyongyang have taken note of Tokyo's increasing security-policy schizophrenia.

 この文脈の前に"At best"があり、それに続いて、悪いシナリオ("At worst")だと、「東アジアの安保構造全体を改変しようとするのか」ということであり、現下のこうした鳩山政権の対応は、韓国、中国、北朝鮮から、統合失調症患者のような国家戦略ではないかと注視されてきた、ということだ。
 「統合失調症患者のような国家戦略」は、米国から日本への非難というより、日本を取り巻く諸国が日本の動向に猜疑心を抱いているということだ。軍事的な意味合いでいうなら、本当に米国の同盟が切れたのなら日本を侵略してもOKなんだろうかというメッセージが十分に受け取れないという状況を示している、ということだ。
 後段も間違ってはいないが、オリジナルには微妙な含みがある。

Both President Obama and Prime Minister Hatoyama share aspirational nonproliferation and disarmament goals. But they also have the responsibility to protect their citizens from harm today. And that means bridging the widening divides in Asia's most important security alliance.

 簡単に言えば、日本対米国というスキームよりも、日本の「統合失調症患者のような国家戦略」がアジア諸国の安全保障上最も重要な構造を壊す懸念が憂慮されている。
 もちろん、そんなものは米国の勝手なご都合主義だとも言えないでもないが、全体のトーンとしては、米国と日本でアジア諸国の安全保障上の構造を守らなくてならないという含みは強い。
 以上が、産経記事からのオリジナルへの対応だが、抜け落ちている部分は当然ある。
 まず、普天間飛行場移設問題は、国内報道で言われるような沖縄問題ではなく、ゲーツ国務長官も強調していたが、在日米軍のあり方の全体象のなかで捉えられているということだ。

The most pressing issue is the 2006 agreement to close the U.S. Marine Corps Futenma Air Base in downtown Okinawa and relocate it to a nearby coastal area. The base has been a source of local tension for many years. In addition, approximately 8,000 troops are scheduled to be transferred to Guam, lowering the overall U.S. military presence in Japan to around 40,000 troops.

最も緊急の課題は、沖縄市街地にある海兵隊沖縄飛行場を閉鎖と近隣の沿岸地域への移設を行う2006年合意である。普天間飛行場は長年にわたり沖縄の問題となっている。加えて、8千人の軍人はグアムに移転する予定であり、これによって在日米軍規模は約4万人に縮小される。


 普天間飛行場の移設が問題なのではなく、在日米軍のあり方が問われている点が重要だ。
 先ほどの"At best"シナリオだが、次のように鳩山政権が国内世論の空気に迎合しているだけではないかとの米国側の楽観論でもある。

At best, Mr. Hatoyama may be playing to a domestic audience. Nearly 61% of the DPJ's Lower House members favor removing Japan from under the U.S. nuclear umbrella, according to a recent local newspaper poll.

ひいき目で見るなら、鳩山氏は国内の空気に迎合しているだけだろう。日本での最近の新聞調査によれば、衆院の民主党議員の61%もが、米国の核の傘から出ることを支持している。


 実際のところ、鳩山政権は国家安全保障ですら、メディアを通した日本国民の空気に右往左往しているので、米国としては、この日本社会の空気の側にもう少しリアリズムの情報を流すということはありうるかもしれない。
 産経記事が決定的に抜け落ちたのは次の部分だ。ここはそのリアリズムを示唆しているだろう。

Rather than trying to undermine Tokyo's best ally, Mr. Hatoyama might start by re-examining Japan's own contribution to the alliance. For 50 years, the U.S. has borne a disproportionate share of the burden of the security relationship, both financially and operationally. If Mr. Hatoyama wants to correct this disparity, he could start by prioritizing defense spending over other populist initiatives.

日本の最善の同盟を棄損するより、鳩山氏は、日本がどれほど同盟に貢献してきたか反省すべきかもしれない。50年にもわたり、米国は日米安全保障条約という重荷を、経済面でも戦略面でも不釣り合いなほどに負ってきた。もし鳩山氏が不均衡を正したいというなら、民主党が行っている大衆ご機嫌取りの政策よりも上位に、防衛のための軍事支出を置くことから着手すべきだろう。


 現在の日本人の一般的なイメージとしては、在日米軍は、日本人が頼みもしないのに軍を引き連れてきたやっかいものであり、それでも敗戦国として思いやりを持つべく思いやり予算を割いているのだくらいの対象として認識されているのではないだろうか。
 しかし米国としては、対等な国家の関係(同盟)というなら、防衛面だけでも、きちんとした戦略・組織をもち、そのための国家予算を優先課題にしなければならないと見ている。もっと露骨にいうなら、米政府の本音としては、対等ではない日本のために、米国の若者の血を流すわけにはいかないということだ。
 日本の現状としては、米軍がなくても東アジアは安定すると考える人もいるだろう。むしろ、そのほうが平和で安定すると考える人もいるに違いない。それはそうかもしれない。過去の歴史を学んでもなお、米軍こそ日本とアジアの平和の棄損原因だと主張する人が少なくないのが、現在の日本であるのかもしれない。

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2009.10.21

元大蔵事務次官斎藤次郎・日本郵政社長

 世の中の悪が悪人の意図から起こっているなら話はそう難しくない。難しいのは二つの異なる善が結果的に世の中の悪を引き越してしまうときだ。いや、そうなるときはもう善悪というのは結果論というか、物の見方に過ぎない。何が善で何が悪なのか。それが難しい局面においては一時的に善悪の視点を保留したほうがよいのだろう。
 辞任する日本郵政西川善文社長の後任として、亀井静香郵政改革担当相が、元大蔵事務次官・現東京金融取引所社長の斎藤次郎氏を起用すると発表したとき、私の脳裏にはぐぉーんとにぶい嫌な音がしたように思えた。いったいどういうことなんだという警戒と、ああそういうことだったのかという新局面のビジョン。二つの思いが交錯した。
 脳裏の鐘音とともに起きた胸中の「うちあたい」から語りたい。「うちあたい」は沖縄の言葉である。「うち」は内心、「あたい」は当たるということだ。心の思いに当たるこということで「内心反省すると自分に当てはまる」いうこともでもあるが、もう少し微妙な含みもある。うちあたいは先日の選挙速報の夜のことだった。
 あの夜、インターネットではアルファブロガーの池田信夫氏と、同じくアルファブロガーの小飼弾氏が実況対談をしていた。私はリアルタイムには聞かなかったが、翌日その内容をMP3ファイルでダウンロードしiPodに入れて聞いた。リアルタイムの実況解説番組だろうと思っていたが、内容はどちらかという散漫な政治放談の類で、ブログでは過激にも見える池田氏が対話の要所要所で政治の背景知識の乏しい、若い世代の小飼氏にそれとなく諭しているのが興味深かった。なかでもふと吸い込まれるような話題だったのが、池田氏による斎藤次郎氏への言及だった。
 政治家を官僚がフォローすると政局に巻き込まれて冷や飯を食うことになるといった文脈だったと記憶している。それ以上の展開はなかった。池田氏はおそらく小飼氏の顔を見てこの話題は深掘りするまでもないと思ったのだろう。私はといえば、ああ斎藤次郎氏か、と妙に心にひかかり、少し呆然としていた。斎藤氏はすでに過去の人ではないのかという思いと、一昨年の自民・民主大連立の裏話に後に斎藤氏が絡んでいたことを知ってのいやな感じが混じり合った。
 あの大連立話は、当時は渡辺読売会長と自民党森元首相が裏で主体的に動き、小沢氏はどちらかというと彼らへの義理立てとして受け身で動いたのだろうと私は読んでいた。ただしその場合、森元首相の広い人脈はあるとして、渡辺読売会長と小沢氏との間に義理や借りといった強い恩義の関係がなければならないのだが、その後の渡辺氏のバックレかたは子供じみていて、疑念が残っていた。何かミッシングピースがあるだろうと心に引っかかっていたが、それが斎藤氏なのだろうか? 斎藤氏が小沢氏に声を掛けたのなら、裏話は自然な流れになる。小沢氏には斎藤氏に借りがある。大蔵省十年に一度の救国の逸材を葬り去ったのは、小沢氏でもある。
 今回の日本郵政社長の斎藤氏起用は、亀井氏は氏個人の発案であると言っているが、小沢氏の裏を取っているのか、あるいは斎藤氏自身による意思なのか、はっきりとはわからない。今後も表立ってはわからないだろう。だが斎藤氏に白羽の矢が立った理由に小沢氏の思惑があることは間違いない。
 小沢氏は世間では剛腕・独断と言われているから、一般的には今回のサプライズも小沢主導の人事と見る人も多いだろう。私は小沢シンパでもあったから思うのだが、経済のわからない小沢氏のことだから、斎藤氏への義理・借りというくらいの意味だろう。しいて言えば、財務省のネオ大蔵省化へのプロセスを是認するという以上の意味はないように思う。その点から言えば、むしろこの人事は斎藤氏自身の復権の意思の発現に近いだろう。だが、ではその意思とは何か?
 陰謀論のように聞こえるかもしれないが、ごく簡単に思いつくのは、郵政の資金でファイナンスする巨額なカネを財務省ことネオ大蔵省で扱うことではないだろうか。もっとも、郵貯から財投へというような姑息な仕組みが再現できるわけもなく、また斎藤氏も郵政のカネだけが目当てというものではないだろう。では、彼にはどのような思惑があるのだろうか。それは、15年前の軌跡を辿って推測するしかない。
 1994年2月3日午前1時のことだった。前年に成立した非自民・非共産連立政権(実質小沢氏が実権を握っていた政権)の細川内閣の時代。細川首相がその深夜唐突に記者会見を開き、3%の消費税を廃止し、代わりに7%の消費税に相当する福祉目的税「国民福祉税」を創設すると発表した。寝耳に水とはこのことで翌朝からの猛反対が起こり、実際のところこの深夜の珍事で第一次小沢政権は潰れた。この珍事のコンテを描いたのが元大蔵事務次官斎藤次郎氏だった。
 当時の政府税制調査会加藤寛会長の回想が興味深い。読売新聞「[時代の証言者]経済政策・加藤寛(15)「福祉税」わずか1日で撤回」(2007.2.26)より。


 細川護煕(もりひろ)首相の時だ。大蔵省の斎藤次郎事務次官、通商産業省の熊野英昭事務次官の2人から料亭に呼び出された。
 政府税制調査会の会長が次官に呼び出されるのも変な話だ。「誰にも言わないで1人で来て下さい。主税局にも秘密にして」と、どこか芝居じみている。
 2人は「消費税率を7%に引き上げたい」と切り出した。私は「これは簡単に返事ができる話ではない。検討します」と言って、帰ってきた。

 この奇っ怪な話が、あの深夜の珍事に結びついた。

 2週間ほどしたら、細川首相からも電話がかかってきた。
 「ほかの人には絶対に言ってはいけない。黙って夜に官邸に来てくれ」
 キャピトル東急ホテルに車を待たせておくから、乗り換えて来いという。政府税調の石弘光委員と2人でタクシーに乗って行った。
 ホテルを出た車は、目と鼻の先の官邸の裏門前に止まった。正門から入ると新聞記者にばれるからだろう。
 裏木戸をくぐると、坂道があって、石だらけだった。石さんが「石ばっかりだな」と言ったのを覚えている。石さんは登山が趣味だから平気だったが、歩きにくかった。真っ暗闇の中、芝生の庭を横切って細川首相の部屋にたどり着いた。
 細川首相は「自分はこれから消費税率を7%にすると発表するが、どうだ」と言って、税率引き上げ案を見せる。首相はかなり興奮していた。大変な決意だった。
 案文を見て、石さんが「ここは、こうした方がいい」と一部を手直しした。すると、細川首相は案文を別室に持って行く。おそらく別室には斎藤次官らが控えていたのだろう。

 加藤氏の回想記事は、「細川首相と組んで改革を実行しようとした2人の事務次官の革命も終わった」として終わる。修辞であるともいえるが、当時の斎藤次郎事務次官らの革命とも言ってもよいだろう。革命は失敗し、この騒動を火種に4月28日、政権は消滅した。続く羽田内閣も二か月で潰えた。小沢氏の政権権力も消滅した。短命の二つの内閣の大蔵大臣は藤井裕久氏現財務大臣でもあった。
 それにしてもなぜ、当時の細川首相は斎藤次郎事務次官らの絵コンテをそのままなぞることになったのか。二つ、裏がある。一つは簡単だ。御輿は軽くて馬鹿がよい。担ぎ手の是認である。もう一つは「主税局にも秘密にして」という部分だ。ここの読みは難しいが、その後の大蔵省内の権力の流れから薄っすらと見えてくる。
 「国民福祉税構想」という唐突な消費税大幅引き揚げ策だが、担ぎ手の側の裏話も込み入っていた。当時の読売新聞記事(1994.02.04)「なぜ? 唐突の「国民福祉税」構想 選挙影響最小限に 社党への踏み絵説」が生々しい。

 今回の構想が政府・連立与党内で本格的に検討され始めたのは、臨時国会閉幕日の先月二十九日に政治改革関連法が成立した直後だとみられている。
 というのも、二十六日夜、都内のホテルで小沢一郎新生党代表幹事、市川雄一公明党書記長、米沢隆民社党書記長の三人が会談、その席に藤井裕久蔵相が呼ばれた際、衆院本会議での再議決が否決になれば、衆院解散も想定され、その場合は所得税減税と消費税率引き上げの切り離しはやむを得ないとの判断を確認していたくらいだ。
 それが一転、小沢氏らが消費税の税率引き上げに向けて走り出したのは、先月三十日、武村正義官房長官が高松市内での記者会見で、所得税減税と消費税率アップの切り離し論を打ち上げたのがきっかけだ。発言の内容自体は、連立与党内の空気を反映したものだったが、武村氏主導の決着が意に沿わない小沢、市川、米沢の三氏が大蔵省の斎藤次郎事務次官ら幹部を巻き込んで、「一体処理」に向けて動き始めた。
 今ここで消費税率アップを決断すれば、来年の統一地方選、参院選、その後の衆院選などへの影響が少ないと判断したようだ。
 政府・連立与党内で何も議論されないのにもかかわらず、「国民福祉税」構想の原案が突然、大蔵省案として浮上するのは、二日午後三時からの与党代表者会議の席上だ。小沢、市川、米沢の三氏の思惑は、各党内でもほとんどの幹部が知らされていなかった。
 それだけに、同日夜、この「国民福祉税」構想が一気に政府案にまで駆け上ったことに驚き、小沢氏側近を自認する若手議員でさえ、「だましうちだ。国民は納得しない。小沢さんはどこかで国民のことを信用していないんだ」と反発したほどだ。

 翌年の選挙のための政局を小沢氏が読み違えたということのようだ。さらに小沢氏と斎藤氏の関わりの背景には、「極東ブログ:江畑謙介さんの死に湾岸戦争を思い出す」(参照)で触れた、小沢氏主導の湾岸戦争拠出金があった。そしてそれが恐らく、斎藤氏に対する小沢氏の借りの基点でもあっただろう。
 斎藤氏側の背景の動きはどうだったか。

 とは言え、「小沢シナリオ」ですべてを理解するのは、無理があるようだ。
 確かに、九一年暮れの予算編成の際も、当時、自民党竹下派会長代行だった小沢氏が、大蔵省と二人三脚で、事実上の消費税率アップである「国際貢献税」構想を自民党税制調査会の頭越しに、唐突に提案。「民主的な手続きを取らなかった」と糾弾され、日の目を見なかったいきさつがある。
 しかし、今回は、その時以上に、「健全財政のために垂れ流しの赤字国債の発行は絶対に許さない」、「減税をするなら、財源の確保は当然だ」とする、大蔵省の執念があった。
 同省の斎藤事務次官は一日深夜、首相公邸で首相に対し、来年度予算に関する財政状況を説明した。
 「国債発行残高から判断して、来年度、赤字国債を発行することは不可能です」
 斎藤氏の行動は、三十日に武村官房長官が「財源として短期国債発行はやむを得ない」と発言したことへの財政当局の反撃だった。

 赤字国債に突き進む政府に対して、大蔵省としてはなんとしても財源の確保をしておきたかった。斎藤氏の正義でもあっただろう。
 当時のこの状況は、現下の状況に重なるものがあり、斎藤氏の心中を察する材料にもなる。高齢化に向かう日本の末路は15年前にもはっきり見えていた。未来の日本を支える確実な税収が必要になる。直接税の比率が高ければ安定した税収は見込めない。大蔵省の人員で対応すらできないのだ。欧州並みの間接税の仕組みを日本になんとしても構築しなければならない。それはそれなりの正義でもあるだろう。
 失敗した革命には粛正が伴う。6月30日に成立した自社さ連立政権で、先鋒を当時の野中広務自治相が担った。野中氏にはお調子者の援軍もいた。それが誰であったか覚えている人はいるだろうか。読売新聞「大蔵処分巡り閣僚懇で批判 当時の藤井蔵相処分を 斎藤次官も責任を取れ」(1995.3.14)より。

 東京協和信用組合の高橋治則・前理事長との親密な交際問題で、大蔵省が関係幹部の処分を決めたことに関連して、十四日の閣議後の閣僚懇談会で、処分対象の接待が行われた当時の蔵相ら幹部や、斎藤次郎事務次官を処分すべきだとの声が相次いだ。
 野中広務自治相は「五年前に中西啓介大蔵委員長(当時)の勉強会を機に始まったことだ。五年前のことで処分するなら、当時の藤井裕久蔵相らも処分すべきだ」「一昨年九月に大蔵省が検査に入って乱脈ぶりを認識していたのに、適切な処置をしなかった当時の幹部の処分をしないのはおかしい」などと主張。さらに、「事務方のトップが責任を取って事態を収拾すべきだ」と斎藤事務次官が引責辞任すべきだとの考えを強調した。
 さらに野中氏は、斎藤氏について、細川政権時代の国民福祉税構想に関し、「大蔵省が政治に手を出し、役所のトップが首相にこれを発表させたのに責任を取らなかったことが現在の状況につながっている」と厳しく批判した。
 亀井静香運輸相、山口鶴男総務庁長官も同様の見解を示し、野中氏に同調した。

 斎藤氏は5月27日幹部異動で交代することになった。記者会見では「官僚は表面に出ることなく、黒子として政権を支えるものであり、表に出たのはやや不本意だった」と述べていた。
 野中氏はその後も斎藤氏の復権には目を光らせて続け、1999年でも「自自連立で大蔵省の斎藤次郎元事務次官が復活して大蔵省支配になるとか書いているが、日本の大きなかじ取りを間違った役人を再び許すことはない」と威嚇を続けた。
 その野中氏も政治を去り、彼の心配も消えたかに見えた日々が2000年以降続いていた、と私も思っていた。そうではなかった。タイムマシンはSFの世界にしかないと言われる。しかし、日本政治の世界にも、あった。今、歴史が巻き戻される。

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2009.10.18

[書評]毎月新聞(佐藤雅彦)

 「だんご三兄弟」や「ピタゴラスイッチ」のプロデュースで有名な佐藤雅彦さんのコラム集「毎月新聞」(参照)が中公文庫の新刊になっているのを見て、ちょっと懐かしくなって買って読み直した。とてもよかった。美文というのではないのだが、これだけの現代的な名文コラムはないんじゃないか。しかも、名文コラムにありがちな、奇妙な力こぶも、鼻につくレトリックもない。なによりよかったのは、10年して読み直してこの文章の真価がはっきりわかることだった。

cover
毎月新聞
(中公文庫)
佐藤雅彦
 「毎月新聞」は、1998年10月21日から2002年9月18日まで、ほぼ4年に渡り、毎月、「毎日新聞」に掲載された。ミニチュア版の新聞の体裁で独自の四コマ漫画(実際には三コマが多い)と余録も掲載されている。たのしい洒落だ。そういえば、この手の趣向は山本夏彦氏の「「豆朝日新聞」始末 (文春文庫)」(参照)にもあった。
 紙面の体裁は、文庫の表紙にも生かされている。この体裁は2003年の単行本でも同じだった。単行本は、毎日新聞掲載時の誌面感覚をそのまま生かした大判のイメージだったが、今回の単行本では4ページに分けている。各コラムには表紙が1ページ付くことから、ページの都合白ページがコラムの末に入る。デザイン的な決断もあったのだろうが、この白ページがちょっといい効果を出している。本文の書体は、新聞の書体らしさを生かしている。
 コラムの特徴を一番表しているのが、表紙にもなった「じゃないですか禁止令」だ。「わたしたちって、なんとかじゃないですか」という曖昧な共感を求める言い方は止めようという、コラムにありがちなネタでもあるだが、話の展開が知的で、かつイラストの絵ともあいまって楽しい。このコラムを読んだだけで、本書を買う判断ができるだろう。
 佐藤氏が毎月新聞を書いた時期は、ちょうど「だんご三兄弟」(参照)のヒット時期でもあり、その裏話も面白い。後半には「ピタゴラスイッチ」(参照)の内幕話もある。
 コラムニストにありがちな、特定読者が好みそうな話題をねちっとつなげるというワザは少ないように思える。話題の微妙な広がりと、10年後に読んでもその視点と感性が古びないのは名文の所以だろう。それでも、静かな基調として佐藤氏の故郷、伊豆の海辺の町の話が繰り返され、それは巧まずして「真夏の葬儀」という珠玉の文章にまとまる。これだけで映画が一本できそうなくらいの含蓄がある。
 今回の文庫化にあたり、現在の視点から選んだ、当時の月ごとの出来事が手短に掲載されている。選択したのは著者佐藤氏ではないのかもしれないが、何気なく選ばれている出来事のようでいながら、コラムと相まって、この10年間の日本の歴史を深く考えさせられる。
 過ぎていくものに対する微妙な感覚は、「取り返しがつかない」というコラムに静かに深く描き出されている。高校の同級生の名簿のなかで友だちの死を発見する。

 Sの死が取り返しがつかなことは、どうしようにも逆らえないことである。しかし、僕が取り返しようがないと感じたのは、そのことではない。それは、Sが当然どこかで生きていることを前提として、僕自身が生きて来たことである。別の言い方をすれば、僕がそのSの存在があるものとした”バランス”で生きていたのだ。知らずに過ごしてきてしまった長い時間こそ、僕にとって、もうひとつの取り返しのつかないことであった。

 時の流れは不意打ちのように不在の逆襲をする。今本書を読み返すと、この十年に実は失われたある情感を、少なからぬ人が大切に生きていたことに気がつく。そして、ある種呆然とするかもしれない。

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2009.10.17

江畑謙介さんの死に湾岸戦争を思い出す

 先日10日、軍事評論家の江畑謙介さんが亡くなった。60歳だった。彼が有名になったのは湾岸戦争におけるシャープな解説がテレビで印象的だったことだった(髪型も)。あのころ彼は40歳を越えたばかりの年代だったのだなと思う。そんなことなどを含め、昨日はぼんやり湾岸戦争時代のことを思い出していた。
 故フセイン大統領がクウェートに侵攻したのは1990年、平成2年。夏だった。私は30代に入り、仕事や私事が混乱していた時期だった。翌年に入ると多国籍軍はイラク空爆を開始した。パパ・ブッシュの戦争である。江畑さんのテレビでの解説が際立ったように、いかにもテレビ的な戦争でもあった。私は後になってその映像をまとめたマッキントッシュ用のCD-ROM"Desert Storm"というのを購入した。
 なぜあの戦争を行ったのか。微妙な問題がある。ウィキペディアに記載されているかなと覗くと、あるにはある。誤解されやすい筆致で「7月25日にフセインと会談を行ったアメリカのエイプリル・グラスピー駐イラク特命全権大使が、この問題に対しての不介入を表明したこともあり、ついにイラク軍が動いた」と書いてある。私は現在、ディヴィッド・ハルバースタム氏の最後の著作の邦訳「ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争」(参照上参照下)をぼそぼそと読んでいるのだが、大国の不介入メッセージは局所的には戦闘開始の認可となる。
 世界には「戦後」などというものはないが、日本人は「戦後」という言葉をさらりと使う。そのまま半世紀が過ぎていくのかという矢先に、戦争という現実に直面したきっかけが湾岸戦争だった。知識人・文化人が泡を吹て形ばかりの反戦の声を上げて見せた。いとうせいこう氏がさも市民的な口ぶりでテレビでごたくをならべていたのが印象的だった。声明に高橋源一郎氏が名前を連ねるのは予想が付いた。田中康夫氏も島田雅彦氏も当然くっついた。彼らは一種のタレントなのだし。柄谷行人氏の連名には苦笑したが、中上健次氏や川村湊氏も友愛で寄り添った。彼らはその10年前の、吉本隆明氏の「『反核』異論」(参照)を読んでいないのか、あるいは読んだからぬるくなってしまったのか。柄谷、高橋、田中の三氏起草による声明は「私は、日本国家が戦争に加担することに反対します」で始まり、暗に米国主導の戦争に反対したものの、フセインの戦争には反対できなかった。およそ戦争というもの自体を根底から否定する吉本隆明氏の思想の射程からは苦笑以外はない、欺瞞な平和幻想がそれでも続いた。
 日本知識人たちの欺瞞は、スーザン・ソンタグがコソボ空爆の支持したときにまた少し泡を吹いた。それでも侵略を正当化する人道的介入は許せないというあたりで落ち着き、ルワンダ・ジェノサイドを二度と起こしてはならないと言いつつ、ダルフール虐殺には沈黙するに至った。もし日本に思想というものがあったなら、湾岸戦争のときの、日本の知識人と大衆の欺瞞をえぐり出すほかはなかったはずが、ただ吉本隆明氏を残して20年は空しく過ぎていった。
 日本大衆も欺瞞だった。それを結果的に掬い上げ、礫を受けたのは小沢一郎氏だった。石原都知事は今も空しく礫を投げることがある。平成18(2006)年11月10日「石原知事定例記者会見録」(参照)より。


 僕は本当に前原君(前原誠司 前民主党代表)なんか非常に期待したけどね。あんなつまらんことでこけてしまったけども。小沢一郎党首は私を大嫌いだそうだけど、私も好きじゃないんですがね。あの人を私、嫌うゆえんはね、あの人が日米関係でやったことで覚えている政治家って、今いないんだ。みんなやめちゃって。
 例えば湾岸戦争の時ね、ブレディ(ニコラス・ブレディ 米国財務長官(当時))の一喝でね、幾ら金払った。130億ドルだよ。2回に分けて。それからその後ね、やっちゃいけない構造協議をバイラテラルに(2国間で)やったのは小沢じゃないか、金丸(金丸信 元衆議院議員、元自由民主党副総裁)の下で。それでその後、さらにだね、8年間で400兆、実は430兆無駄遣い約束してやったじゃないですか。訳の分からない公共事業で、国力、使い果たしたんだ(※)。


 私はやっぱり許せないね、日米関係の中であの人のとったスタンスというのは。そういうことをやっぱり今の民主党って覚えてないでしょうね。しっかりした人が出てきたなと思ったら、まあ、議会の中の変なタクティクス(戦術)でつぶされる。僕はやっぱり民主党の、本当に民主党プロパーで出てきた若手の政治家って気の毒だと思うね、やっぱり。今やっぱり政党としての過渡期でしょう。
 いいですか、はい。

 130億ドルの前に90億ドルがあった。1兆1900億円。小沢氏が背負った自民党は本気になった。「海部首相、湾岸90億ドル使途は国会に報告 社公、浜田発言で硬化/衆院予算委」(読売新聞1991.2.05)より。

 衆院予算委員会は総括質疑初日の四日午後、社会党の武藤山治・両院議員総会長が午前に引き続き質問したほか、自民党の増岡博之・元厚相と浜田幸一・党広報委員長が湾岸戦争を中心に質問した。首相は、多国籍軍への追加財政支援九十億ドル(一兆一千九百億円)が実現しなかった場合の政治責任について「一内閣、一党の幹事長の辞職という次元で話ができるものではない」との認識を示したうえで「(関連法案は)ぜひ通していただきたい。その時まで全力を挙げて努力し、その段階で方策を決断する」と述べ、最終段階では何らかの政治決断も必要、との考えを明らかにした。
 一方、浜田氏が社会党の国会対策委員長が自民党から多額のカネをもらっているなどと発言したため、社会党が態度を硬化。審議拒否の構えを見せ、公明党も同調しているため、五日の同委を予定通り開会するのは難しい情勢になった。
 質疑で、中山太郎外相は「日米間に信頼関係がなくなれば、米軍が血を流して(日本を)守ってくれるか、と絶えず考えている」と述べ、貢献策が国会で否決された場合、日本の安全保障も含め日米関係に重大な悪影響を及ぼしかねないとの強い懸念を表明した。

 浜田靖一氏とそっくりな相貌の浜田幸一氏ことハマコーが元気に暴れていた時代でもあった。お茶の水博士、もとい、中山太郎氏は、「日米間に信頼関係がなくなれば、米軍が血を流して日本を守ってくれるか」と苦悶した。日本を守るということは、つい20年前までそういうことでもあった。
 最終的に1兆4928億円に膨れた使途はなんのためだったのか?

 また、首相は、追加財政支援の使途について「湾岸協力会議(GCC)に拠出する際、輸送、食料などに使われるよう伝える。GCCとはその都度、交換公文を交わしており、その内容については国会などに示し明らかにする」と述べるにとどまり、戦費に使われるかどうかは明言を避けた。

 実際にはどうなったか。「湾岸平和基金使途は輸送に9割/外務省報告書」(読売新聞1993.12.15)によればこうだった。

 外務省は十四日、先の湾岸危機・戦争に伴い、日本が拠出した「湾岸平和基金」への資金一兆四千九百二十八億円の使途報告書を衆参両院の決算委員会などに提出した。使途の分野別では、航空などを含めた輸送関係が一兆三千三百五十七億円と八九%を占めた。このほかは食糧・生活関連、医療などに使われ、外務省では、「武器・弾薬の購入には充てられていない」と説明している。

 この報告の信憑性は薄い。当時の読売新聞社説「会計検査が問う行政のあり方」(1993.12.19)もそこを指摘していた。

 湾岸戦争への支援拠出金一兆五千億円に関する検査結果については、湾岸平和基金運営委員会から提出された財務報告の「資料及び外務省からの説明により確認した限りにおいては」問題はなかったと、微妙な表現で記されている。
 財務報告の内容を検査したいという申し入れに対し、外務省は当初、「見せる必要はない」との態度だったという。さらに、見せることに応じてからも、コピーを取ることを拒否し、外務省内で“閲覧”させるだけだった。会計検査院の、無念の思いがにじんでいるような表現だ。
 そうした外務省の感覚では、外交活動に対する国民の信頼度を、不必要に低下させることにしかなるまい。

 この報告書だが、自民党政権下では実質封印されていただろうから、政権交代後の民主党がディスクローズしてもよいのではないかと思われるが、もしかするとしないかもしれない。基金設立の経緯でもわかるように、実際には基金をバイパスして米国にカネが流れていたのは間違いない。ではその米国から先のカネ、およそ一兆円ははどう流れていったのだろうか。
 石原都知事は「そういうことをやっぱり今の民主党って覚えてないでしょうね」と嘆いたが、52歳の私でも覚えているのだから、現民主党の高齢者内閣が覚えてないわけでもないだろう。このネタは、2年前までは与太話だが、週刊現代の2007年11月24日号の記事「小沢一郎と消えた湾岸戦費1兆円」というふうに流布もされていた。がその後は消えてしまった。カネの行方に小沢一郎氏が関わっているなら、それは氏の政治生命につながるだろうが、その後、そうした問題に火がついたことはいまだない。第二のコーチャン証言で世間があっと驚くこともなく、消えていく与太話なのだろう。
 話を湾岸戦争時の反対に運動に戻すと、当時の文化人・知識人のぬるさに対して、民主党大石正光参議院議員の父大石武一実質初代環境庁長官の看板で「ペルシャ湾の命を守る地球市民行動ネットワーク(PAN)」という市民団体が結成され、若者が「民間救済派遣団」としてイラクに入り、ミルクや医薬品などの救援物資を届ける活動を行った。これに参加した当時の21歳の若者の声が読売新聞の「気流」欄に「イラクの救済 真剣に考えて 学生・湯浅誠21=東京都杉並区」(1991.04.18)として掲載されている。

 私たちの中には「フセイン=イラク=悪玉」という図式ができあがっています。たしかにイラクはクウェートに侵攻したし、その事実は決して正当化できないことだと思います。しかし、だからといって現在及び今後のイラクの窮状が「フセインを懲らしめる必要があるから」といった言葉で簡単に肯定されていいのでしょうか。
 イラクでもヨルダンでも、人々は「日本の政府と日本の市民は違う」と言って、非常に温かく私たちを迎えてくれました。私たちもフセイン一人のイメージですべてを割り切ることをやめ、そこに住む人々の生活にも目を向けるべきだと思います。

 この当時の若者が言うように、国家をその独裁者に代表させて断罪することは正しくない。だが、その後もこの青年がイラクに住む人々の生活にも目を向けけてきたのかというと、これもまた、本質は変わらないとも言えるが、変わるものはあっただろう。月日は流れた。若者もまた、私が初めてテレビで見たころの江畑謙介氏の年代に近くなっている。

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2009.10.16

ベルリンの壁崩壊の陰の三人から日本人が学ぶべきこと

 先月のニュースだが、英国外務省(FCO:the Foreign and Commonwealth Office)がベルリンの壁崩壊に関係する機密文書を公開した。当時の英国サッチャー首相とフランスのミッテラン大統領の対談を記したものだ。読みようによっては相当に物騒な内容である。この文書で明らかになったのだが、二人とも、結果的にベルリンの壁崩壊がもたらしたドイツ再統一を欧州の安全保障上の脅威と見なしていた。9月13日付け日経新聞記事「再統一ドイツはナチス以上 90年当時、英仏首脳が危機感」(参照)はこう伝えていた。


 ミッテラン大統領は90年1月のパリでの首脳会談でサッチャー首相に対し「ドイツが再統一されればヒトラー以上の勢力を手にする」と発言。さらに再統一観測でドイツ人が「悪い人々」になりつつあり、欧州は第1次世界大戦前夜の状況に戻る恐れがあると指摘した。サッチャー首相も当時、再統一に強く反対し、英外務省とも対立していた。

 日経新聞記事では情報の出所を明示していないが、同様の内容の、2日前の9月11日読売新聞記事「「統一ドイツ、ヒトラーより強力」 1990年、仏英首脳が懸念」と比較すると、英紙報道の孫引きではなかったかと思われる。

 フィナンシャル・タイムズ紙などが10日、報じた。会談はパリのエリゼ宮で昼食を共にしながら行われ、ミッテラン氏は、統一が視野に入ったドイツがかつての「悪者」に逆戻りしつつあるとも警告したという。
 同紙によると、両首脳が89年12月に仏ストラスブールで会談した際にも、ミッテラン氏は「コール(当時の西ドイツ首相)はドイツ人の愛国心を悪用するばかりで、近隣諸国の懸念をまるで理解していない」と、統一に突き進んだコール氏個人を批判していた。

 読売記事は「フィナンシャル・タイムズ紙など」としながら「同紙によると」と受けているので複数形と単数形の照合に違和感があるが、おそらく読売記事もフィナンシャル・タイムズ記事の孫引きだったのだろう。同日の共同記事「独統一はヒトラーより危険 壁崩壊後、仏大統領が危機感」(参照)はフィナンシャル・タイムズ一紙だけを挙げている。

【ロンドン共同】1989年11月の「ベルリンの壁」崩壊後、ミッテラン・フランス大統領(当時)がサッチャー英首相(同)に対し、東西ドイツが統一したら「ヒトラーよりも多くの土地を得る」かもしれないと述べ、強い危機感を示していたことが公開予定の英外務省機密文書で明らかになった。10日付フィナンシャル・タイムズ紙が伝えた。
 文書は90年1月20日、パリで行われた英仏首脳会談の発言をサッチャー氏の外交顧問が記録したメモ。両首脳が当初、ドイツ統一に反対していたことは知られているが、生々しい発言が文書で確認されるのは異例。

 外信の常として孫引き元のオリジナルソースが提示されない点、日本のジャーナリズムはブログより劣るかもしれない。
 当のフィナンシャル・タイムズ紙ではJames Blitz氏記名の記事「Paris feared new Germany after reunification」(参照)が、英国時間の9月10日に掲載されていた。読むとわかるが、上記の日本の3つの孫引きは同記事に由来すると見てよさそうだ。
 日本に伝えられていない興味深い話もあった。

The FCO’s decision to publish the papers, after a year of deliberation by Whitehall officials, is being seen as an attempt by Britain to set the record straight and show that its diplomats were positive about reunification early on --- in spite of Mrs Thatcher’s personal misgivings. Germany is preparing to celebrate the 20th anniversary of the wall’s fall, which many Europeans view as a historic moment of liberation ending the postwar division of the continent and decades of Soviet occupation.

英国政府による1年に渡る熟慮の後、英国外務省が同文書出版を決断したことは、英国としては、マーガレット・サッチャー首相の失点にもかかわらず、記録についての疑念を晴らす試みであると見られる。また、外交的にはドイツ再統一に初期の時点で好感をもっていたことも示している。ベルリンの壁崩壊は、第二次世界大戦後の欧州分割とソ連下の年月が終了した際の、歴史的な解放の記念と見られるが、ドイツはその20年記念の準備中である。


 ベルリンの壁崩壊20周年記念に合わせて、英国がドイツに対して友好を明かすものとしてあえて、自国の恥となる文書を公開したということのようだ。

The papers’ publication is controversial. Britain normally publishes secret official documents only after 30 years. The publication of such sensitive papers after 20 years may cause friction with France.

文書出版は論議を興した。英国は通常機密文書を30年後に公開するものだ。このような微妙な内容の文書を20年後に公開することは、フランスとの間に問題を起こしかねない。


 英国は自国の恥でよいとしても、フランスも巻き込むことなるので、そこはどうよということでもあるようだ。
 いずれにせよベルリンの壁崩壊は、従来、米国レーガン政権や西側諸国による、対ソ連攻略の成果と見なされていた。しかし、すでにサッチャー元首相が統一ドイツを嫌悪していたことはその自伝からも明らかになってはいるが、英仏ともに、その当時の代表者の意見に過ぎないのではあるが、本音ではドイツの統一に脅威を覚え、かつ蔑視していた。
 この歴史の秘話には、欧州における外交というものの大人らしい味わいがあり、「友愛」といった美辞麗句の背後にある、なかなか日本人には理解しがたい知恵がある。日本人が理想から曲解しやすい性質を持つ好例は、民主党の横路孝弘衆議院議長のブログにも見られる。「胡錦濤・中国国家主席の来日」(参照)より。

 日本と中国、日本と韓国、そしてアジア諸国とは、何といっても、相互信頼が必要です。
 私はドイツの首相だったシュミットさんから直接こんな話を聞いたことがあります。
 「ドイツにとって欧州で一番相互信頼関係を作らなければならないのはフランスです。第一次世界大戦、第二次世界大戦を考えればわかるでしょう。そこで私は、当時のフランスのジスカールディスタン大統領と月に一度は電話をかけるか、会談を行うかコミュニケーションを計ってきたのです。大事な政策については、ドイツ国内で発表する前にフランス大統領に知らせてきました。こういう関係は、私の後のコール首相とフランスのミッテラン大統領にも引き継がれ、互いの信頼関係を深めていったのです。だから東ドイツとのドイツ統一が問題になったとき、イギリスのサッチャー首相は、フランスのミッテラン大統領に一緒にドイツ統一に反対しょうと働きかけたのですが、そのときフランスは断ったのです。そこでドイツ統一が実現したのですよ。日本は私の見たところ。アジアで孤独ですね、中国や韓国をはじめ、アジア諸国と本当の信頼関係を築くことが大切ですよ」
 私はいま欧州がEUという形で発展している、そのベースにはこうした政治家の努力、対話の積み重ねがあることを知り感銘しました。

 残念でした、横路議長。ハズレです。
 「中国や韓国をはじめ、アジア諸国と本当の信頼関係を築く」うえで欧州の大政治家から学ぶべき感銘のポイントは、おっとっと、そこではない。この関連は後でも触れことにしよう。
 今回の公開文書関連の話だが、フィナンシャル・タイムズのネタだけ見ていると、サッチャーとミッテランの腹黒さで終わり、孫引きの日本報道にも見えないのだが、もう一人、大役者がいる。ゴルバチョフ元ソ連書記長だ。
 同じく英国の高級紙タイムズ紙に9月11日付けでMichael Binyon氏による記事「Thatcher told Gorbachev Britain did not want German reunification」(参照)が興味深い裏話を取り上げていた。標題からもわかるように、当初ドイツの統一を望んでいなかった点で、ゴルバチョフも同じではあった。
 記事を書いたタイムズ紙のMichael Binyon氏は、同種の話をフォーサイト11月号(参照)の「旧ソ連文書が明かす「ドイツ統一を恐れた英仏」」にも寄稿している。機密文書の出所が興味深い。

 旧ソ連文書には、ゴルバチョフが外国の指導者と交わした議論や文書に加え、ソビエト指導部内部での議論がすべて含まれており、ゴルバチョフは政権を去ると同時に、この文書を携えて、新たに設立したゴルバチョフ財団へと移った。その内容については、これまでも緻密な検閲を経た一部は公開されていたが、その全体象は知らされていなかった。
 ところが最近、ゴルバチョフ財団で研究していた若いロシア人学生パベル・ストロイロフが膨大な記録をコピーし、これを密かにロンドンに持ち出したために、すべてが明かされたのだ。ストロイロフはロンドンに移住し、一方、ロシア政府はその後、外国要人との会議記録をすべて非公開とした。

 この文書のなかに、横路議長が心に留めておくとよい話がある。文中のアタリ氏はミッテラン氏の特別補佐官である。

 旧ソ連文書によれば、ミッテランはドイツ再統一を阻むために、ソ連との軍事同盟さえ考えていた。「アタリは軍事統合を含めた本格的な露仏同盟復活の可能性さえ持ちだしたが、表向きは自然災害に対処するための陸軍共同使用としていた」。

 結局、ドイツ再統一に尽力したのは、その後改心したゴルバチョフ氏だった。彼に与えられたノーベル平和賞にはきちんと意味があった。

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2009.10.15

女性の気持ちが理解できない的な話

 2ちゃんねるを多少ブログっぽくしたような、読売新聞の小町板のような、はてなの匿名ブログに「妻の気持ちが理解できない」という話題が最近あった。妻の気持ちが理解できない夫の事例である。話者の夫はコミュニケーション上の解決策を求めたものだ。ざっと読んでみたが、こういう種類の問題は存外に難しいだろうと思った。難しさは、そもそも男性というのは女性の気持ちが理解できないからではないか。と考えてみて、さてそれもわからない。男性と女性で気持ちというのはそれほど違ったものでもないんじゃないか。ジェンダーとセックスの違いみたいなものではないかもしれない。と曖昧な枕を置いてみたものの、ブログのネタとしては女性の気持ちが理解できない的な話である。
 先日ニューズウィークで「The Pursuit of Sexual Happiness. Why Women Have Sex: New Research(性的幸福の追求。最新研究:なぜ女性はセックスするの?)」(参照)を読み、あれこれ考えていたことがあった。この手の話ってブログのネタ向きじゃね、とも思ったが、その後失念していた。日本版ニューズウィークの今週号を見ると「女がその気になるとき」という邦題で訳出されていた。読んでみてなんか、これ違う。なんだこれ。と結局、英文と付き合わせて読み直すことになった。日本版の冒頭から。


 ある25歳の女性に、童貞の男友達がいた。異性としての魅力は感じない相手だが、未経験であることには同情していた。だから彼女は彼の求めに応じ、セックスの手ほどきをしてやった。おかげで自信が付いて、「私って案外もてるんだって気がした」とか。

 ああ。25歳女子が同年くらいの童貞男子に同情したわけだ。で、やりましたと。結果はというと、そのおかげで自信がついた。となるのだから、文脈上からすると自信を得たのは男じゃね? そうではない。というあたりで、原文はそんな話だったか。

A 25-year-old woman has a friend who is a virgin. She's not physically attracted to him, nor does she want to be romantically involved. But she feels sorry for him, pities his inexperience. So she decides she will go home with her friend --- to show him how it's done. As she undresses, she feels powerful and sexy --- and that feeling (not the presence of her soon-to-be deflowered friend) turns her on. "It boosted my confidence to be the teacher in the situation and made me feel more desirable," the woman says.

童貞男子を友だちにもつ25歳女子の話。彼女は彼のボディに惹かれるわけではない。恋愛感情を持ちたいわけでもない。でも彼は気の毒だし、未経験というのもかわいそうだ。そこで彼を自宅に引き込み、つまり、ヤリ方を教えることにした。彼女から脱ぐと、自分が元気でセクシーになった気がした。その気分でけっこう燃えた(筆降ろしする男子に燃えたたわけじゃないけど)。彼女曰く、「こうした状況で男子に教える立場になることで自分に自信がついたし、自分ももっといい感じになれた。」


 それほど抄訳が違うわけでもないか。そういえば、defloweredなんて単語はこういう文脈で使うのか。
cover
Why Women Have Sex:
Understanding Sexual Motivations
from Adventure to Revenge
(And Everything in Between)
 話の枕でわかるように、女性はそれほど性的に好きでもない男性と性交することがある。まあ、あるんじゃないか。私も長年世間を観察しきて、さても面妖なとも思わない。では、女性にとって性交とは何よ? というのがテーマ。
 いや。テーマはけっこうどうでもいい。これがいったい何の範疇の話題なのかのほうが重要だ。簡単に言えば、ニューズウィークではこの話は、科学のお話なのだ。え? じゃないよ。
 社会学的な枠組みではない。一応心理学の枠組みになっている。ネタ元が心理学研究による新刊書「Why Women Have Sex: Understanding Sexual Motivations --- from Adventure to Revenge (And Everything in Between)(Cindy M. Meston, David M. Buss)」(参照)だからだ。だが、この問題に対する心理学的な説明というのは、どうすればそもそも科学的だと言えるのだろうか。そこがこのコラムの微妙な面白さになっている。ところが。
 日本版ニューズウィークの抄訳では、その肝心要の段落がずっこんと削除されていた。ここだ。女性の性行動の理由の多様性の例に触れた後。

Many of those complexities, say the authors, can be explained by human evolution: stealing a friend's lover (something 53 percent have done) can be viewed as an effort to win a partner with the most desirable genes; jealousy functions to alert a person to a threat; women who have sex out of a duty to please are "mate-guarding." And while the notion that sexual decisions are tethered to our caveman (or cavewoman) past has come under recent criticism, it seems just as reasonable that the myriad of female motivations could come from the flood of mixed messages we hear about how women are supposed to behave: enjoy sex but don't enjoy it too much, withhold it but don't be a prude, save it, flaunt it, be sexy but not a slut. No wonder things get complicated.

これらの複雑性の多くは、著者たちに言わせれば、人間進化から説明できる。つまり、こうだ。友だちの恋人を盗ること(やったことありは53%)は、最適な遺伝子を持ったパートナー獲得の努力と見られる。嫉妬というのは他者への脅しだ。男を喜ばせる義務感でない女性のセックスは男が盗られないようにするためである。性的決定を石器時代人類につなげる考え方は昨今批判にさらされているが、女性の動機の多くが、女性に求められる混乱した指令の洪水に由来するというのは、納得できないでもない。混乱というのは、耽溺せず性行動を楽しめとか、全てさらけださずに、威厳をもち、自制し、誇りを持てとか、セクシーであってもだらしないのはだめとか。まったくややこしいのも当然。


 結局、女性の性行動は進化心理学で説かれるという毎度のパターンになるし、それでしかたないんじゃないのというあたりを、ぬるくさまようことになる。
 こうした問題だが、つまり、「女がその気になるとき」とかいう問題だが、私は案外単なる差分化かつ多様化した権力のゲームにないんじゃないだろうかと疑問に思っている。それに性的な意味合いが付与され、さも生物学的な実体に帰着され、しかも進化心理学という疑わしい実体論的な思考に陥るのは、実際には、その社会が付与している性の権力的な配分が必然的にもたらす権力のゲームだからなんじゃないか。もっと言うと、その社会における財の配分に対する、十分な変動をもたらすためのゲームなのではないかなと疑っている。その意味では、財の文化制度における性の分担が、いわゆる性行動を上位において規定しているんじゃないだろうか。財のシステム差で性行動は変わるのではないか。
 ところでニューズウィークの、ネタ本解説的なコラムで、ほぉと面白いと思ったのは、進化心理学的な与太話ではなく、性的な行動における脳の役割という視点だった。もちろん、脳は、すべての行動において重要な役割をしているのは当然だが、そういう意味ではない。

 いや、男性の欲望が単純だというわけではない。07年の調査でメストンとバスは人がセックスをする理由を237項目に分類した。男性にとって1番の理由は「魅力」。「楽しい」や「好きだから」もトップ20に入った。しかし女性の場合は、興奮を駆り立てる上で主な役割を果たすのは脳だった。

 ここも重要なのに端折っているので原文だが。

But the brain is the primary driver of female arousal, which means we tend to overanalyze and dissect, to the point that our motivations, in many cases, have very little to do with simple physical desire.

しかし女性の興奮を一番駆り立てるのは脳である。つまり、女性の性行為の動機をあれこれ議論しすぎるきらいがあって、単なる身体的な欲望ではないとなりがちだ。


 つまり、あれだ。身体がはてぶのホットエントリーじゃないや、身体的に性的な欲動が起きるというのは、女性においては、そうでもないよというのだ。女性の性行動への動因は、身体的な欲動といったものではなく、脳の判断が引き起こすというのだ。
 問題はこの場合の、the brain(脳)が何を意味するかということになる。おそらく、状況の文脈判断なのだろう。おそらく、自我の下位意識において、諸価値の計算が行われていると想定してよいのだろう。というか、女性においては、性的な情動という文脈を形成する脳の働きが重要だということだろう。たぶん、これは男性における服従と非服従の瞬時の下位意識の計算と相補的な機能をなしているのではないかな。

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2009.10.12

どうやらあと20年くらい、地球温暖化は進みそうにない

 どうやらあと20年くらいは、地球温暖化は進展しなさそうだ。9日のBBC「What happened to global warming? (地球温暖化に何が起きたか?)」(参照)を読んでそう思った。率直に言うと、私としては科学的議論がどうたらということではない。そうではなく、日本で言えばNHKみたいな公共放送であるBBCが気候変動懐疑論者(Climate change sceptics)の話をそれなりに、おちょくりでもなく取り上げてきたのかと驚いたということだ。つまり、このあたりが一般向けの国際ジャーナリズム的な転機の潮時の合図なのかなと思ったのだった。


What happened to global warming?

 科学と非科学は厳密に区別ができると言う人々がいるが、私には、地球温暖化の是非について問われるとよくわからなくなる。そのあたりは以前、「極東ブログ:[書評]正しく知る地球温暖化(赤祖父俊一)」(参照)にも書いた。もっとも、これは科学対非科学というより、科学対科学の対立ということでもある。ただし、どっちにしても科学で真実が極まるというものでもなさそうだ。
 私としては、赤祖父先生の意見にけっこう説得されている面があるので、地球温暖化は科学的に見て正しいのか保留状態だが、それでも化石燃料に依存した現代文明のあり方は政治的に見て好ましいとは思えないので、まあ、地球温暖化は科学的真実というより宇宙船地球号の合意事項ということでいいんじゃないか、と納得している。日本の鳩山政権もがんばれと思っている。日本国民はみんな年間30万円以上の生活費をその阻止に当てると痛みを覚悟して鳩山さんを支持しているんだよ、と。
 BBCの報道だが、ありがちな気候変動懐疑論者のつまみ食いかなと読んでいくと、さらっと書いているわりに、おや、へぇと思うことが数点あった。ので、ちょっとブログのネタにいただこう。


This headline may come as a bit of a surprise, so too might that fact that the warmest year recorded globally was not in 2008 or 2007, but in 1998.

見出しにちょっとビックリした人もいるかもしれないが、記録が付けられてからこのかた、もっとも暑かった年はというと、2008年でも2007年でもなくて、1998年だったという事実も、ちょっとビックリ。

But it is true. For the last 11 years we have not observed any increase in global temperatures.

でも、本当なんですよ。過去11年間を振り返ると、地球の気温上昇は観察されていない。

And our climate models did not forecast it, even though man-made carbon dioxide, the gas thought to be responsible for warming our planet, has continued to rise.

しかも人類の気候モデルは予測に失敗している。地球温暖化の原因と見られる二酸化炭素を人類が排出しつづけているのに、予想できていない。

So what on Earth is going on?

地球に何が起きているんだ?

 ということで、まず、事実として、この10年間、地球の平均気温は上がっていない。気候変動懐疑論者にしてみると、温暖化の原因は太陽活動だから、それは太陽の問題でしょ、というわけだ。このあたりは、先に紹介した赤祖父先生もそうだった。
 しかし、こうした言明はミスリードとも言える。というのは、英国王立学会が二年前に行った調査では、太陽の要因は計算に含まれていて、そしてなおかつ、人類が排出する温暖化ガスによって地表気温が上昇していると結論しているからだ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)の学者さんもそのことはすでに考慮の上とのことだ。つまり、地球温暖化の問題を推進してきた学者さんたちにとって、この10年の「異状」はけして異状ではない。
 だが、現実として見ると、地球の温暖化はこの10年は進んでいないのも事実。なので、気候変動懐疑論者も徐々に勢いづいてきた。地球温暖化なんてないんじゃないの、というのが証明されれば、革命的じゃないか("If proved correct, this could revolutionise the whole subject.")。
 BBCの記事の前半はこのように太陽活動論による気候変動懐疑論者の議論の紹介だが、後半、海洋科学に移る。
 結論から言うと、どうも地球の気候変動に大きな影響を与える海の温度だが、これはそれ自体の30年ほどの周期的な特性をもっているらしい。


These cycles in the past have lasted for nearly 30 years.

過去の(海温)サイクルはだいたい30年続いた。

So could global temperatures follow? The global cooling from 1945 to 1977 coincided with one of these cold Pacific cycles.

それに地球の気温は追随するのか。1945年から1977年までの地球の寒冷化は、太平洋の寒冷サイクルの一つに一致する。

Professor Easterbrook says: "The PDO cool mode has replaced the warm mode in the Pacific Ocean, virtually assuring us of about 30 years of global cooling."

イーストブルック教授によれば、PDO(the Pacific decadal oscillation:太平洋の10年単位のサイクル変動)による寒冷化モデルは、太平洋の温暖化モデルに置き換わっている。実際、約30年では我々には確実だ、とのこと。

So what does it all mean? Climate change sceptics argue that this is evidence that they have been right all along.

何、それ? 気候変動懐疑論者の議論では、これもまた彼らが正しいことの証拠になる。


 もちろん、地球温暖化論では考慮済みの話ではあるらしい。まあ、そうこなくちゃ。とはいえ、向こう20年くらいは寒冷化が続くという予想は認めている。

To confuse the issue even further, last month Mojib Latif, a member of the IPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change) says that we may indeed be in a period of cooling worldwide temperatures that could last another 10-20 years.

話がややこしいのは、先月のことだが、IPCCのメンバーであるモジブ・レイティフ氏は、向こう10年から20年の間は、世界的に見て寒冷化の状態にあるだろうと述べた。


 温暖化論のIPCCにしてみると、この寒冷化の時代が終われば、その埋め合わせで温暖化ガスの効果が強化され、結局温暖化になるということらしい。
 それでも、ようするに、あと20年くらいは、地球は寒冷化するというのは、現状正しい認識として妥当なようだし、それは地球温暖化の議論とも、鳩山イニシアティブとも矛盾しない。
 でも、そうは言っても、ねえ。

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2009.10.11

ノーベル平和賞先輩キッシンジャーはオバマに戦争のやり方を指南した

 米国オバマ大統領が今年のノーベル平和賞を受賞した。理由はこういうことらしい。「The Nobel Peace Prize for 2009」(参照)より。


The Norwegian Nobel Committee has decided that the Nobel Peace Prize for 2009 is to be awarded to President Barack Obama for his extraordinary efforts to strengthen international diplomacy and cooperation between peoples. The Committee has attached special importance to Obama's vision of and work for a world without nuclear weapons.

 ノルウェーのノーベル賞委員会がバラク・オバマ大統領に2009年のノーベル平和賞を授与すると決めたのは、国際外交と国民間協調を強化しようとする、彼のとてつもない努力に報いるためである。ノーベル委員会は、オバマ氏の核兵器なき世界に向けた展望と作業に特段の重要性を与えたことになる。

Obama has as President created a new climate in international politics. Multilateral diplomacy has regained a central position, with emphasis on the role that the United Nations and other international institutions can play. Dialogue and negotiations are preferred as instruments for resolving even the most difficult international conflicts. The vision of a world free from nuclear arms has powerfully stimulated disarmament and arms control negotiations. Thanks to Obama's initiative, the USA is now playing a more constructive role in meeting the great climatic challenges the world is confronting. Democracy and human rights are to be strengthened.

オバマ氏は大統領として国際政治に新環境をもたらしてきた。多国間外交を中心に置き直し、国連やその他の国際機関がなしうる役割を強調してきた。最も困難な国際紛争への対応ですら、対話と交渉を使うことが優先された。核兵器なき世界という展望によって、軍縮と武器管理交渉を力強く喚起してきた。オバマ氏の指導力によって、米国は世界が直面している重大な気候変動協議においてより建設的な役割を現在果たしている。民主主義と人権は強化されることだろう。

Only very rarely has a person to the same extent as Obama captured the world's attention and given its people hope for a better future. His diplomacy is founded in the concept that those who are to lead the world must do so on the basis of values and attitudes that are shared by the majority of the world's population.

オバマ氏ほどに世界中の耳目を集め、よりよき未来へ人々の希望を与えてきた人はごくまれである。彼の外交が基づく考え方は、世界の大半の人々が同意できる価値と態度を基礎としている。

For 108 years, the Norwegian Nobel Committee has sought to stimulate precisely that international policy and those attitudes for which Obama is now the world's leading spokesman. The Committee endorses Obama's appeal that "Now is the time for all of us to take our share of responsibility for a global response to global challenges."

108年もの間、ノルウェーに在するノーベル賞委員会は、世界の先頭に立つ広報官としての国際外交と態度をきちんと励まそうと求めてきたものだったが、それが今のオバマ氏に当てはまる。「今こそ私たちみんなが世界が直面する課題に世界規模で対応する責務を分担する時代だ」という彼の主張にノーベル委員会は保証人となろう。


 ちょっと意訳したが、こんな感じ。
 私が見てきたNHKなどの報道では、オバマ大統領が核無き世界を主張したのが理由だという感じだったが、こうして正式な理由を読んでみると、どっちかというとオバマさんを出汁にして、北の国ノルウェーのノーベル賞委員会が平和を主張してみました、といった趣向であって、核兵器無きことが特段に強調されているというものでもなさそうだ。
 ということで、これはこれから、オバマの戦争(参照)ことアフガニスタン戦争に増派・注力を行う矢先のオバマ大統領にしてみると、褒められちゃって、け、け、ケツが痒いぜ、みたいな話にもなりそうだ。
 立派な理想は理想として、現実は現実。その現実のほうには、もっと現実的な示唆がオバマ大統領には必要となる。そこでノーベル平和賞者の先達でもあり、泥沼のベトナム戦争のケツ拭いた経験を持つキッシンジャー氏がケツの拭き方をニューズウィーク「Deployments and Diplomacy」(参照)でたれていた。正確にいうと、ご教訓は3日付けなのでノーベル平和賞前のことだが、日本の民主党も賛同しているアフガニスタンのISAFにも関係するのが、滋味豊か。

The request for additional forces by the U.S. commander in Afghanistan, Gen. Stanley McChrystal, poses cruel dilemmas for President Obama. If he refuses the recommendation and General McChrystal's argument that his forces are inadequate for the mission, Obama will be blamed for the dramatic consequences. If he accepts the recommendation, his opponents may come to describe it, at least in part, as Obama's war. If he compromises, he may fall between all stools --- too little to make progress, too much to still controversy. And he must make the choice on the basis of assessments he cannot prove when he makes them.

米国マクリスタル国際治安支援部隊(ISAF)司令官による増派の要請は、オバマ大統領を残酷なジレンマに陥れている。もし彼が、この要請と、任務のためには軍事力が十分ではないとするマクリスタル司令官の議論を断るなら、オバマ氏は劇的な結果(敗戦)によって責めを負うこととなろう。もし彼が要請を受け入れるなら、すでに囁かれてもいるが彼の敵対者は「オバマの戦争」と大書するかもしれない。もしどっち付かずの妥協をすれば、椅子と椅子の合間に転げ落ちるだろう。進展するには武力は足りず、議論を収めるには話題が多すぎる。つまり、オバマ大統領は証明できっこない推測で決断をしなければならないのだ。


 現実、そういう時期に来ていることは、キッシンジャー先達のお諭しがなくても、米国で議論が沸騰していることでもわかる。どうすべきなのか。

This is the inextricable anguish of the presidency, for which Obama is entitled to respect from every side of the debate. Full disclosure compels me to state at the beginning that I favor fulfilling the commander's request and a modification of the strategy. But I also hope that the debate ahead of us avoids the demoralizing trajectory that characterized the previous controversies in wars against adversaries using guerrilla tactics, especially Vietnam and Iraq.

この難問はオバマ氏が大統領として逃れることができない苦悩ではあるが、だからこそ議論の賛否の両者からの尊敬に値する。十分な情報を得た私としては、第一に、マクリスタル司令官の要請を受け入れるべきだと、またオバマ氏の従来の戦略を変更すべきだと申し上げたい。しかし、同時に、私たちの眼前の議論によって、間違った道に進むことがないようにも望みたい。間違った道とは、ベトナム戦争やイラク戦争で見られたゲリラ戦の逆境における過去の論争を特徴付けた事柄だ。


 ベトナム戦争のケツを拭いたことでノーベル平和賞を受賞した先達キッシンジャー氏としては、オバマ大統領に増派はすべきだが、オバマが大統領選時代に熱弁していた戦略に固執するのはよしたほうがよいとしている。そして米国民にも、ゲリラ戦と国民世論の問題を提起している。ベトナム戦争を思えば、オバマ大統領の敵対勢力は世論となるだろう。
 この先もいろいろとキッシンジャー氏の議論が進むのだが、私が理解したかぎりでは、現状は増派しかありえないとしても、それによってオバマ氏が望んでいた理想の状態にはならないだろうし、その間、世論で出口戦略としての撤退の議論が起きるだろうが、それもまた大きな問題を起こすだろう、としている。つまり、アフガン戦争はイラク戦争以上の長期戦になるという腰を据えるしかないだろうし、長期戦としての体制を取るしかないということだ。短期の決戦は無理だろうという意味でもある。
 それにしても、そこまで重要な戦争なのだろうか。ノーベル平和賞的な美辞麗句でさらりとオバマ流に解決できないものか。

A sudden reversal of American policy would fundamentally affect domestic stability in Pakistan by freeing the Qaeda forces along the Afghan border for even deeper incursions into Pakistan, threatening domestic chaos.

アメリカの軍事方針が突然転換するとなれば、パキスタンの安定に影響を与えることになるだろう。つまり、アフガニスタン国境に沿ってアルカイダの武力を解き放ち、パキスタン国内にさえ進行し、パキスタンを混乱に陥れるだろう。


 キッシンジャー氏は仄めかしているだけだが、ようするにパキスタンの核兵器がアルカイダに渡るという意味だ。
 当然、これはインドにも影響する。そして玉突きのように生じる可能性のある危機に対して、近隣国やヨーロッパが中立を決め込む場合は、オバマ氏は単独でも自国の安全保障問題として突破しなくてはならないだろうと示唆しているようだ。

If cooperation cannot be achieved, the United States may have no choice but to reconsider its options and to gear its role in Afghanistan to goals directly relevant to threats to American security. In that eventuality, it will do so not as an abdication but as a strategic judgment. But it is premature to reach such a conclusion on present evidence.

もし(国際)協調が達成されないなら、米国には選択の余地はない。自国ができる可能性を再考することになり、米国の安全補償への脅威に直接関連する目標に向けて、アフガニスタンでの任務遂行に政策転換することになる。そうなれば事実上、放棄としてではなく、戦略的な判断としてなされるだろう。しかし現状のところ、その結論を出すのは速すぎる。


 単独行動による勝利というより、一種の撤退と読んでもよいが、それでも単独行動を取れということではありそうだ。
 そうした文脈でもういちど、北の国ノルウェーの平和主張の裏にある欧州の本音みたいなものを想定すると、なんとも、大人のほろ苦さがある。

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2009.10.08

福田元首相辞任の真相がいまさら語られる理由

 思いがまとまらない話題でもあり、なんとなく書くのを避け、ネットに費やす時間はツイッターにかまけていたが、これがもし本当なら平成秘史というのを越えて、後にこの時代の政治史を振り返るときに重要なことになるかもしれない。福田元首相辞任の真相といった話だ。けっこう流布されているので知っている人は多いだろうが、真偽不明でもあり陰謀論的な陰影もあるので、私としては避けていた話題だった。でも、なんか奇妙な空気になってきたので少し触れておきたい。
 話を少しばかり寄り道する。中川昭一元財務・金融相が、3日11時頃、世田谷の自宅で亡くなった。報道は翌日だった。彼の父の経緯もあり、私は、すわ、自殺か、という思いがよぎった。続報で自殺でも他殺でもないことがわかった。死因は未だわからない。そんなことがあるのかというのも疑問に思わないでもないが、それでも、死に至った背景には過度のアルコール摂取と心労があったことは確かだろう。心労は、自身の失態とそれが招いた落選、そして自民党の行方にあっただろう。男の末路として哀れと思う。いやそういう表現は現代では別の含みに読まれるかもしれない。志ある者ほどそれがかなわず倒れていくものなのだ。哀悼したい。
 彼は今年2月14日、ローマ開催のG7財務大臣・中央銀行総裁会議終了後の記者会見で全世界に醜態を晒し、辞任となった。あの映像を見れば、このような人物に大国の財務を任せるわけにはいかないのは明白。辞任はしかたがないが、私はあの時、なぜ同席した人が機転を利かせなかったのかというのは多少疑問に思っていた。同席した日本銀行白川方明総裁や篠原尚之財務官にそれを求めるというものではないが、他にも中川氏の異常な事態を知っていた人はいただろうに。
 この話には陰謀論的なうわさ話があった。佯狂だというのである。リーマンショック以降の世界金融危機に際して日本に求められる無理難題(日本が巨額資金を提供する基金設立)をはねのける大芝居だというのだ。甲斐は死んでも、樅は残った。これでお家はご安泰。懐かしい昭和のテレビドラマを思い出した。が、与太話であろう。
 話を福田元総理辞任の噂に戻すと、関連の与太話はあった。リーマンショックの前、まさにリーマンが倒れないように、米国から日本に1兆ドルの資金援助をしてくれという話があり、それをあえてブチ壊すために突然辞任したというのだ(参照)。資金援助していたら今頃それが焦げ付いて大変なことになっていた、福田さんは偉かったと続く。真偽はわからない。たぶん、これも与太話だろうと思う。
 まったく根も葉もない話ではなかった。昨年7月7日産経新聞、田村秀男署名記事「米住宅公社救済協力へ外貨準備活用案浮上」 (参照)あたりが関連する。


 「米住宅抵当金融公社の経営不安を憂慮しています。まず、日本は政府の保有分はもとより、民間に対しても住宅公社関連の債券を売らないように言います」
 うなずく米要人に対し、渡辺氏は続けた。「米政府が必要とすれば日本の外貨準備の一部を公社救済のために米国に提供するべきだと考えている」
 昨年8月の低所得者向け高金利型住宅ローン(サブプライム・ローン)危機勃発(ぼっぱつ)後の金融不安は、最近表面化した連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)、連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の2公社の経営危機でさらに深刻化している。米政府や連邦準備制度理事会(FRB)は公的資金注入など公社救済策を検討中だ。しかし、公的資金必要額は住宅価格下落に比例して膨張する。両公社の住宅ローン関連債権は米住宅ローン総額の半分近い5兆2000億ドル(約550兆円)で、日本の国内総生産(GDP)に相当する。
 両公社が発行している住宅関連証券が投げ売りされるようだと、米国のみならず欧州、日本、中国など国際的な信用不安になる。そればかりではない。米国債への信用は損なわれ、ドルは暴落しかねない。


 渡辺金融担当相は「まだ私案の段階だが、中国にも協力を呼びかけるつもり」と言う。米金融危機が今後さらに悪化すれば、有力案として浮上しよう。

 新聞掲載記事ではあるが、事実については曖昧だ。FF兄妹が倒れる懸念は議論を待たない大問題であったが、これも与太話の一つと言えないわけでもない、と思っていた。ついでに、渡辺喜美元金融担当相の立ち回りとその後の転身も、気になってはいた。
 福田元総理辞任まわりの与太話の文脈でいえば、しいて問題を問うなら、リーマン・ブラザーズのために米国が日本に資金援助を求めたのかということだ。当然わからないとしか言えない。韓国がリーマン買収提案をしていたのは事実だろうが、その破綻後に米政府の日本への要請があったのだろうか。この話は、憶測以上のことはなく、そして国際金融危機がとりあえず一過した後、その色合いも変わってくるものだ。
 というところで、6日毎日新聞のスクープなのか、突然奇妙な記事が出てきた。奇妙というのは、他紙のフォローがない点でもある。斉藤望署名記事「外貨準備:政府が米金融2社救済案 08年8月に支援検討」(参照)がそれだ。

 米政府系住宅金融機関2社が経営危機を迎えていた08年8月下旬、日本政府が外貨準備を使って両社の支援を検討していたことが5日、関係者への取材で分かった。入札不調に終わる懸念があった2社の社債数兆円を、日本政府が買い支える計画だった。世界的な金融危機に陥る瀬戸際とはいえ、公的資金で外国の金融機関を救おうとしたことは極めて異例で、経済的に密接不可分な日米関係の特殊性を明らかにする事実といえる。
 金融機関2社は、社債で調達した資金で金融機関から住宅ローンを買い取り、証券化商品に組み替えて投資家に販売しているフレディマックとファニーメイ。両社が発行した住宅ローン担保証券の残高は約6兆ドル(約540兆円)と米国の住宅ローン残高の半分を占め、世界の金融機関も広く保有していた。両社が経営破綻(はたん)すれば、日本を含めた世界の金融システムに深刻な影響を与えることは確実だった。

 毎日新聞は「関係者への取材で分かった」としているが、昨年時点の産経田村記者の話とさして違いはない。なんで今頃出てくるのかが考えさせられる。もう少し先もある。

日本政府では、限られた財務省幹部が米財務省と緊密な連携をとりながら、外貨準備から数兆円を拠出して両社の社債を購入する救済策「レスキュー・オペレーション(救済作戦)」という名の計画を立案。通常は非公表の外貨準備の運用内容をあえて公表し、日本の支援姿勢を打ち出して両社の経営に対する不安をぬぐい去ることも検討した。
 しかし当時の伊吹文明財務相が慎重論を主張し、9月1日の福田康夫内閣の退陣表明で政府が機能不全に陥ったため、実現しなかったという。米政府は9月7日、公的資金を投入して両社を国有化し救済したが、同月15日には米リーマン・ブラザーズが破綻し、結局、金融危機の深刻化は防げなかった。


 伊吹元財務相は毎日新聞の取材に「大臣決裁の段階にはなかった。しかし、米国の経済危機が目前に迫る中、日本の外貨準備で損失が出かねない資産を購入すべきでないという当たり前の判断だ」と述べた。

 伊吹元財務相の言質を取っている点で、どうやらFF兄妹救済の資金援助を米国側が求めていたのは確かだと言ってよいようだ。そしてこれが頓挫したのは、福田元総理のスラップスティックであったことも確かだ。
 与太話として流布されている話との正誤でいえば、福田元総理の大芝居なのか、また、リーマン・ブラザーズ救済も類似のスキームがあったのか、という2点が問われる。依然わからないものの、時系列的には、与太話に信憑性を感じさせるものはある。
 ところでなぜこの話を毎日新聞が、今更蒸し返したのだろうか。もう一つ類似の記事がある。「外貨準備:政府が米金融機関救済検討 究極の貿易黒字還元/「危機回避」見据え」(参照)だ。

 「米国債の入札前には、どの種類の米国債をいくら購入するか、米財務省と綿密に打ち合わせてきた」。1兆ドル(90兆円)の外貨準備の運用を取り仕切る財務省の関係者はこう証言する。外貨準備の運用内容は非公表だが、大半が米国債に投資され、米国の貿易赤字の穴埋めに使われてきたのは、周知の事実だ。今回の米金融機関の救済計画は、いわばその究極の姿と言える。これまで外貨準備で米国の赤字を穴埋めするのは、日本の国益にもなってきた。米国の消費者が借金を気にせずに日本製の自動車や電気製品を買い、日本経済は輸出主導の経済成長を遂げた。近年は中国が日本を上回る規模で米国債を購入しつつ、対米輸出を増やし、日本と同じ成長モデルで高度成長を続けている。

 その「成長モデル」がもはや通じないということで、財務省さんたちはそう主張したいということのようだ。民主党の天下ではね、と。
 ははん、円高GOGOGOといった趣向かな。

 このまま対米中心の経済を続けるか、輸出先の多様化や内需の拡大などで経済構造を変えていくか。日本はどのような成長モデルを採るのか、長期的戦略の議論と選択が突きつけられる。

 背景は財務省の思惑だろう。
 政治家主導とうたってきた民主党の政権だが、予想通り財務省べったりになってきた。読売新聞記事「「脱・官僚依存」内閣中枢、進む財務省頼み」(参照)より。

 首相官邸ではこれまでも首相、官房長官、3人いる官房副長官のうち、衆院議員の事務担当秘書官には財務官僚が名を連ねるのが通例で、鳩山内閣も踏襲した。
 加えて、菅国家戦略相、菅氏と仙谷行政刷新相を補佐する古川元久内閣府副大臣、参院議員の松井官房副長官がそれぞれ独自に財務省職員を事務秘書官にした。いずれも財務省主流と言われる主計局経験者だ。
 また、菅氏と仙谷氏は秘書官と別に財務省の若手・中堅を1人ずつスタッフに起用。行政刷新会議は事務局次長も財務省の宮内豊氏が就き、事務局長で旧大蔵省OBの加藤秀樹氏、旧大蔵省出身の古川副大臣と合わせ、「石を投げれば財務省に当たる」と揶揄(やゆ)する声もある。

 政権は交代した。しかし、日本のヘッドクォーターに異状なし。親米政権であった自民党勢力を排して、天気晴朗なれど、波も高し。税収は減るだろうから、その分、重税がんばらないと。

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2009.10.05

科学と信仰は脳のなかでは同じ、あるいは極めて同じ

 科学と信仰は脳のなかでは同じらしいという研究の話が一日のニューズウィークに載っていた。「Fact Impact」(参照)である。リードは「New study of the brain shows that facts and beliefs are processed in exactly the same way(最新研究によれば、脳は事実と信仰をまったく同様に処理している)」というものだ。トマス・クーンの科学論以降の知識人にしてみれば、科学と非科学の差というものはなく、どちらも信仰の差であり、ようするにその知識集団の政治的差異に過ぎないというのはごく当たり前ことのようだが、かといって、現実社会にあって非科学と科学を一緒にするわけにもいかないので、社会的な便宜で線引きはしている。それでも、「極東ブログ:[書評]正しく知る地球温暖化(赤祖父俊一)」(参照)で扱った、微妙だけど決定的な問題というのは発生する。
 ニューズウィークのコラムのネタ元は、Plos Oneに掲載された脳機能研究「The Neural Correlates of Religious and Nonreligious Belief」(参照)である。全文が読めるので関心がある人は詳しく追ってみてもよいだろう。要は、カチコチの米国キリスト教徒に宗教的信念の命題を与えて判断させたときの脳の状況をfMRI(functional magnetic resonance imaging)を使って観察したものだ。この手の研究は盛んで、近年五万と出てくる印象がある。ああ、またかよという感じもある。
 該当研究の結論はシンプルといえばシンプルだが、口はばったいものがある。


Conclusions/Significance
While religious and nonreligious thinking differentially engage broad regions of the frontal, parietal, and medial temporal lobes, the difference between belief and disbelief appears to be content-independent. Our study compares religious thinking with ordinary cognition and, as such, constitutes a step toward developing a neuropsychology of religion. However, these findings may also further our understanding of how the brain accepts statements of all kinds to be valid descriptions of the world.

結論/重要性
信仰的思考と非信仰的思考は、前頭葉・頭頂葉・側頭葉中部の広域に異なる仕方で関連づけられているものの、信仰命題と非信仰命題は命題内容に依存していない。私たちは、宗教の神経心理学を形成すべく、信仰的思考と通常認識を比較している。しかしながら、世界についての各種確実記述を脳がどのように受容するかについてさらなる研究を要しているようだ。


 つまり、脳を見ても、「あー、こいついかれた宗教信者だろ」みたいなことはわからないというわけだ。
 ニューズウィークのコラムだとこう表現していた。

Our believing brains make no qualitative distinctions between the kinds of things you learn in a math textbook and the kinds of things you learn in Sunday school.

何かを信じ込む私たちの脳には、数学の教科書で学ぶことと、教会の日曜学校で学ぶ信仰との間に質的な違いはない。


 もっとも今回の研究も仔細に見ていくと、想起に関する部分が違っているともいえるが、これもまた解釈によるのではないか。いずれにせよ、現段階では、人間の脳の機能は、宗教と数学において、差はないだろうとはいえそうだし、科学哲学的にも似たような結論になっている。ある命題が非科学であるか科学であるかは、脳の機能として違いがあるかもしれないという研究は、たいした結論にはなりそうにもない。
 まあ、この話はその程度で、考えようによっては、くだらねー研究しているよな、で終わりでもよいのだが、ちょっと変なヒネリがある。ニューズウィークのコラムのほうで強調されているのだが、この研究の筆頭がサム・ハリス(Sam Harris)というところだ。
cover
The End of Faith:
Religion, Terror,
and the Future
of Reason
Sam Harris
 サム・ハリスは米国では話題になった「The End of Faith: Religion, Terror, and the Future of Reason」(参照)の著者で、攻撃的な無神論者としても知られている。同書の内容については、アマゾンの読者評が微妙に参考になるかもしれない。

宗教紛争の先にあるもの, 2006/8/13
By risei "Risei Goto" - レビューをすべて見る
このレビューの引用元: End of Faith: Religion, Terror, And the Future of Reason (ペーパーバック)

おもにキリスト教、イスラム教、ユダヤ教について、信仰(宗教的信念)と紛争等の社会問題との関わりを斬新な切り口で分析。多くの宗教(特にイスラム教)が排他的で本質的に危険であり、妄信的信仰が人々を残虐な行為に導く力と大量殺人兵器の存在により文明は存亡の危機に瀕している、と指摘。信仰について非合理性が黙認され、宗教について合理的な批判、議論を行うことさえタブーとされる現状打破の必要性を訴える。更に既存の宗教を超えた、理性、精神、倫理の探求による世界観確立の可能性を仮説として提示、その必要性を主張する。具体策はないものの、自由な議論を基礎とした全世界規模での文明社会構築の理想を提示、脳や精神に関する科学の進歩がそれを後押しすることを示唆し、人の幸せ、苦悩を基点とした普遍的倫理観の確立、東洋の無我の概念の普及による排他的価値観からの独立の可能性を議論。著者が様々な領域の考え方をうまく纏めた枠組みは斬新で明快。各論(捕虜にたいする拷問の正当化、Gandhiら平和主義者への倫理批判など)については賛否両論あるかと思われる。また残念なのは文章は難解で構成も纏まりがなく完成度が低いこと。ベストセラーになったので結果オーライなのであろうが編集者は何をしていたのか。。。中東での宗教紛争の理解の足しになればと思い読んだ本だが、米国人の28%しか進化論を信じておらず、72%もが天使の存在を信じている現状、宗教による社会断絶の深刻さに危機感を抱かずにはいられない。米国の一部知識人の先進的視点として参考になった一冊である。2004年初版のベストセラーであるが、まだ(2006年8月)日本語に翻訳されていないのは内容の過激さゆえか。。。


 その後も同書が翻訳されたかどうか私も知らないが、サム・ハリスについては、日本では、リチャード・ドーキンスの「神は妄想である―宗教との決別」(参照)に称賛の言及があり、その文脈で若干知られてる。
 ただこのヒネリが微妙でもあるは、サム・ハリスは無神論者というよりは、仏教徒に近いからだ。ウィキペディアを鵜呑みにするのは危険だが、同項目(参照)は概ね端的に参考になるだろう。

Spirituality
Harris wishes to recapture spirituality for the domain of human reason. He draws inspiration from the practices of Eastern religion, in particular that of meditation, as described principally by Hindu and Buddhist practitioners. By paying close attention to moment-to-moment conscious experience, Harris suggests, it is possible to make our sense of "self" vanish and thereby uncover a new state of personal well-being. Moreover, Harris argues that such states of mind should be subjected to formal scientific investigation, without incorporating the myth and superstition that often accompanies meditation in the religious context. "There is clearly no greater obstacle to a truly empirical approach to spiritual experience than our current beliefs about God," he writes.[7]p. 214

霊性
ハリスは、霊性を人間理性の領域に回復したいと願っている。彼は東洋宗教の実践、特に瞑想の修行から啓発され、ヒンズー教・仏教の実践者と自認している。刻々たる意識経験への注視により、ハリスは、無我の境地に至り、新たに健全な個我が現れると言う。さらに、ハリスは、意識状態は厳格な科学調査の対象となるものであり、しばしば特定宗教の瞑想に付きまとう神話や迷信なしで達成できると主張している。彼によれば「現在の人類の神への信仰が、霊性研究を真に科学的なものする最大の障害になっている」とのこと。


 仏教は科学だ、幸福は科学になるといった香ばしい香りが、サム・ハリスから漂っているようでもあるが、どうだろうか。そういえば先のアマゾン評も、この文脈に接近しているようにも読める。
 どうやら、今回のハリスの研究もこの確信の一端のようだ。ニューズウィークのコラムのほうが理性的にヒネリすぎた。科学から非科学をバッシングする人の霊性っていうのは、なんだか普通に常識を逸脱しているようにも思える。そもそも非科学への過激な非寛容さ自体、あまり常識的ではないのかもしれない。

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