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2009.09.24

八ッ場ダム問題、雑感

 八ッ場ダムは必要か。都民としてそう問われるなら、私は不要だと思う。そう思う理由は、小河内ダム(参照)がほぼ不要になっていると言ってもよい現状を知っているからだ。
 もちろん水源の問題は都民に限定されない。とりあえず都民ということで言うにすぎないが、都民の水の八割以上は利根川水系に拠っている。ここに至るまで「東京サバク」時代などを挟みいろいろ難しい経緯があったが、現在はよい解決を得ている。
 小河内ダムは、水道専用として竣工時世界最大規模の貯水池をなす、東京市から東京都へ戦争を挟んで推進された国家プロジェクトだった。だが、よって、比較的に短期間に重要性を失った。さらに経済成長の低迷と少子化、農業の衰退が水需要の低下に追い打ちをかけた。
 小河内ダムの意味がそれでまったくなくなったわけではない。東京渇水時の水瓶としての意味はある。ただ、そうしたバックアップ体勢を更に必要とするかといえば、現状を見て、そうだとは言い難い。
 同水系の水需要の想定が低いことは、小泉政権下の国土交通省が2015年度までの長期的な水需給計画の見直し試算で明らかにし、2003年には戸倉ダムが中止された。ただし、この決定は、それに一か月先だつ、八ッ場ダムと湯西川ダムの総事業費見通し倍増とバーターになっていた。むしろ、八ッ場ダムのために戸倉ダムが中止されたと見ることもできる。が、その必要性はこの経緯から見ても水需要とは言い難い。
 治水としてはどうか。八ッ場ダムはもともと1947年キャサリン(カスリーン)台風による利根川決壊で多くの水害者を出したことに端を発している。しかし、2007年の台風9号は利根川治水計画が想定する100年に1度の雨量だったが、現体制で問題がなかった。おそらく利根川水系の治水面でも問題はないだろうし、それを越える想定が八ッ場ダムに含まれているというものでもないだろう。あるいはそうではないのなら、その想定がアピールされてもよいだろう。ブラックスワンこそ歴史を変えるものだ。
 八ッ場ダムはやはり不要なのだろうし、現在ならそうした策定をしても意味はないだろう。八ッ場ダムの問題は、それが必要か不要かという問題ではない。現状まで進んできた八ッ場ダム建設をどう扱うのかということだ。単純に考えれば、不要なものは無くせということになるだろう。そして不要なものに費やす税金は無駄だということになる。
 しかし、中止のために必要となるコストも発生する。コスト面でいうなら、「出社が楽しい経済学(吉本佳生, NHK「出社が楽しい経済学」制作班)」(参照)でも解説していたが、サンクコスト(参照)は無視して、今後のコストが問題になる。昨日の毎日新聞社説「鳩山政権の課題 八ッ場ダム中止 時代錯誤正す「象徴」に」(参照)では、関連コストについてこう述べていた。


すでに約3200億円を投じており、計画通りならあと約1400億円で完成する。中止の場合は、自治体の負担金約2000億円の返還を迫られ、770億円の生活再建関連事業も必要になるだろう。ダム完成後の維持費(年間10億円弱)を差し引いても数百億円高くつく。単純に考えれば、このまま工事を進めた方が得である。

 読み方は二通りある。一つは単純にコスト面で考えるなら中止しないという決断が経済的に合理的だということ。それでも中止するなら、経済面を越えた合理性を政府は提示する必要があるだろう。
 二つ目は、1400億円で完成という計画が疑わしく、経済面でも中止のほうが安上がりになるという主張だ。ネットなのでそうした主張も散見しないわけでもないのだが、その理由は過去の予算のでたらめを述べるだけのものが多く、サンクコストと同じく未来に向けての合理な説明にはなっていない。つまり、シーリングを設定しても1400億円では完成しないというなら、その合理的な試算をやはり明示する必要があるだろう。
 まとめると、経済面を越えた合理性も、またコスト面で妥当な再試算もない現状、コスト面のみから判断からすれば、八ッ場ダム中止の経済合理的な説明はないといえる。
 また実際の地域住民側からもまとまった中止の要望は現時点では出ていない。経済的にも得だし、関連地域住民の合意の歴史があるのに、ここであえて八ッ場ダム建設を覆す合理性は見いだしがたい。
 該当毎日新聞社説はしかし、この先にこういう反論を加えていた。

 だが、八ッ場だけの損得を論じても意味はない。全国で計画・建設中の約140のダムをはじめ、多くの公共事業を洗い直し、そこに組み込まれた利権構造の解体に不可欠な社会的コストと考えるべきなのだ。「ダム完成を前提にしてきた生活を脅かす」という住民の不安に最大限応えるべく多額の補償も必要になるが、それも時代錯誤のツケと言える。高くつけばつくほど、二度と過ちは犯さないものである。

 「八ッ場だけの損得を論じても意味はない」というなら、損得が明瞭な無駄なダムの中止から着手すべきだろう。また、「そこに組み込まれた利権構造の解体に不可欠な社会的コスト」が問題だというなら、利権構造を巧妙に迂回して献金を得ていた民主党代議士のお膝元から、身を切るかたちでダムを停止するほうがより、国民が納得しやすい象徴としての意味合いが強まるだろう。
 八ッ場ダムの問題が混迷しているかに見えるのは、その賛成・反対を、単純に、右派左派のイデオロギーに還元する短絡した枠組みもあるからだ。しかし、もともと八ッ場ダム闘争は成田闘争など安保反対闘争という懐かしの昭和時代の歴史の文脈にあったもので、イデオロギー的な枠組みこそ最古の枠組みかもしれない。とはいえ、その成田闘争では熱田派には柔軟な視点もあった。「「成田の将来」模索の動き 熱田派が地域振興にも視点」(読売新聞1992.9.27)より。

 激しい対立を繰り返してきた空港反対派農民と国との公開討論で生まれた話し合いの機運は「成田」を取り巻く状況を大きく変えた。特に、ここにきて、熱田派を含めた地域住民らに、「成田」の将来について主体的に考える動きが出始めたことが注目される。
 この夏、熱田派の主要メンバー十数人は群馬県長野原町の八ッ場ダムの建設予定地を訪ねた。予定地にある川原湯温泉はダム完成時に湖底に沈む運命で、住民による約四十年にわたる反対運動を乗り越え、今年ようやく用地補償調査協定にたどり着いた歴史を持つ。現在、地域の人たちが温泉街の移転再建計画作りに取り組んでいる。同メンバーらの訪問は、川原湯温泉の人たちの活動を学び、熱田派が練る地域再建構想に役立たせることができないものかと、行われた。
 メンバーたちは、リゾートタウンとして温泉街を再生させることを夢見る旅館経営者の話に熱心に聞き入り、現地を視察した。あるメンバーは、「空港とダムという違いはあるが、長期にわたる地域再建事業に取り組む点では共通している」と共感を示した。

 17年前のことである。現在ではその前提が変わっている。問題は、イデオロギー対立よりも、ダム建設の賛否の行方よりも、この間の歴史に犠牲された住民の視点が根幹に置くかだ。
 八ッ場ダムの問題が、経済合理性を越えての政治判断であるなら、住民視点が最初に考慮されるべきであり、住民側を敵視したり、中止反対派を揶揄・罵倒していく「闘争」はなんらよい解決を産まないだろう。幸い、前原誠司国交相は「地元住民や関係都県、利水者などの理解を得るまでは特定多目的ダム法の基本計画の廃止に関する法律上の手続きを始めることはしない」(参照)と強行姿勢回避を明示しており、慌てず住民との対話を深めていく過程を見守りたい。

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「時事」カテゴリの記事

コメント

「政権が変わると前のお約束も変わっては困る。」という問題は沢山出てきていますね。そのような時に、仰るように、当事者(外野も含めて)はさまざまな観点を以って賛否しますので、何を視点にしたらよいのか分からなくなり、関心は大いにあるのに問題解決の糸口を失い、結局、他人事のようになってしまうのかと、私はそんな風に捉えていました。
 
そして、この八ッ場ダム問題と同じように下諏訪町のダム問題を思い出していました。今は落ち着いたかに思いますが、田中康夫ちゃんが[斬りーッ!」てな感じにどたどた土足で入ったというのか、あの時はかなり荒れていましたが、結局よい方法で解決したのかどうなのか。問題が解決したわけではないと、このエントリーで再び考えさせられます。

いずれにせよ、このような問題を解決するには、考え方としての視点の提示や、その共通理解が大前提なのだとうことがよくわかりました。対話ですね。

このような考え方は、他の問題を解決する時にも役立つと思います。

投稿: godmother | 2009.09.24 16:16

自分たちさえ良ければ良い、という姿勢そのものが、ここまでこの国の民主主義を根絶やしにし、腐敗の蔓延を許してきたという事実がこのダム問題で繰り返されているだけだ。真の民主主義をこの国に発展せしめるために、egoを捨て微力を尽くす用意があるかが、住民側に試されている。そして、民主主義に尽くすことになるであろう住民にその勇気にふさわしい対応を国がとることができるよう我々他の国民にも寛容さが求められている。経済云々を越えた問題であることは明らかである。

投稿: ぷるきんえ | 2009.09.24 16:21

 ダムや原子力発電所の建設のリードタイムは順調に行っても、10年~20年でしょう。大規模であれば、八ッ場ダムのような例は、普通にごろごろしていて、しかも、事業目的はたいてい時間の経過とともに書き換えられる。この書き換えが上手くいかない場合、確かに無駄と切って捨てざるを得ないでしょうが、人間が神でない以上、3年先ですら予測できないのですから、ここでの教訓は、利権構造云々ではなく、長期プロジェクトは無駄になりうるという国民のコンセンサスをどのようにつくるか、この無駄のリスクを誰が負担するかを議論することではないでしょうか。

>全国で計画・建設中の約140のダムをはじめ、多くの公共事業を洗い直し、そこに組み込まれた利権構造の解体に不可欠な社会的コストと考えるべきなのだ。

 こういう毎日の視点はまちがいではないでしょうが、少し公的援助、たとえば、医療、介護、教育にかかわって生活してみれば、利権構造が建設に限ったことではないことはすく分かるはずで、そういう意味で、マニフェストに八ッ場ダムの固有名を入れて中止をうたった民主党は、あまりに下品で未熟な政治家集団だと思う。

投稿: | 2009.09.24 17:03

私が国と何らかの約束・契約をしていたとして、事前の相談すらなしに、それ他の大勢の方と中止する約束をしましたから中止にしますね、なんて言われたら普通にブチ切れるでしょうね。
そんなこと民間でも有り得ないのに、国だったら有り得るのか。
もしもそれの為にずっと準備や計画に取り組んでいたり何らかの犠牲を払っていたら尚更。
住民の心情を思えば痛みすら感じます。

その約束が既にあることを知りながら、且つ政権交代の可能性があることを予想していながら、先の約束先である住民に何の了解も得ずにマニフェストに書いてしまった民主党の責任は重大であることは多分間違いないんだろう、と思うけど。
(そもそもそんな無駄な工事をやっていた前政権が悪い、というのはアリだけど、でも少なくともその状況を知りながらまたは知り得る立場にいながらそういうことをしているのでタチが悪いとも言える訳で)
前原国交相が最初に謝罪したのは、そういった点を踏まえた上でのことだったんだろうなとも思うので、私も冷静に過程を見守ろう。

投稿: ふじ元 | 2009.09.24 19:18

迷ったときは、マスコミの逆の方が良いんじゃない?

投稿: PK | 2009.09.24 22:52

しかし、この問題を利権団体という少数派から、国民という多数派に政策決定権を握らせる過程と見ている人も少なからずいる事は事実ですからね。そういう少なからぬ人々に政権交代の果実を味合わせる方に優先順位を置く事も必要では。

その象徴的な対象に八ッ場ダムを選んだのは民主党のポピュリズム的な失敗だと思います。ですが、前原国交相の姿勢は今のところ評価できますし、この問題の判断はもうちょっと様子見が必要だと思いますよ。

投稿: コーン | 2009.09.24 22:57

なるほど。
利水・治水ともメリットなし、と。

中西女史の補足をされている訳ですね。

投稿: たく | 2009.09.25 00:12

自分がまるっきり知りもしない問題にいろいろ口を出すのは本当は控えるべきなのだろうけれど。

まあ、でも、気になることといえば、ダムを作ってしまったら、水源涵養林の保全をしなくてはならないはずで、それがすごく大きなコストになるだろうとは思います。

それから、今の時代、水力発電は、クリーンではあっても(本当?)、おそらくペイしないと思います。多目的ダムならなおさらそうなると思います。

貯水池用のダムは、極力瀬戸内地域に造成するように力の配分を変え、関東や関西なんかは、都市部のインフラに力を注ぐべきではないでしょうか。首都高も、国道4号線も、国道6号線も、いつもひどい渋滞です。前原大臣にも、一度、金町駅と浅草寿町をつなぐ都営バス路線に試乗していただきたいと思います。国土交通省予算の重み付けについての認識が改まると思います。

投稿: enneagram | 2009.09.25 09:01

>首都高も、国道4号線も、国道6号線も、いつもひどい渋滞です。


最近の首都高はガラガラですよー。事故さえなければ。

金町から浅草へはバスより電車じゃないですかね。常磐線からでも京成線からでも。


渋滞する時間に渋滞するのはしかたないですよ。


外環道路はまだまだ時間かかるかな。

投稿: 葛飾太郎 | 2009.09.25 10:41

>enneagramさま

>水力発電は、クリーンではあっても(本当?)、おそらくペイしないと思います。

 ベストミックスという考えが、反原子力発電という世論のなかから、原発を推進する理屈として生まれてきたと思います。エネルギー安保の上からは正しい考え方で、すべてがコストだけを基準にして政策を選んでよいわけではないことの査証のような気がします。
 (たいていの人は、電力は空気や水と同じようなものと考えていますが)

 さらに、地球温暖化対策として、エネ庁と電力会社は原発の新規目標基数をあげていたように思います。反原発運動が、反環境運動になるとは誰が想像したでしょうか。(当時の推進側は、環境にやさしいことを理由の一にしていましたが、冷笑の対象でしたね)

確かに、予算配分に実際の需要優先度を考慮してほしてと私も思います。

投稿: | 2009.09.25 10:59

お金の問題なのか,もう関東には治水は不要なのかも知らない者です.すいません.
たとえば,
http://www.mypress.jp/v2_writers/beep/story/?story_id=1861914#hide
のような考え方はどうおもわれますか?

投稿: | 2009.09.25 14:08

>>投稿: 葛飾太郎 | 2009.09.25 10:41さま

>金町から浅草へはバスより電車じゃないですかね。常磐線からでも京成線からでも。

この都営バス路線は、年金暮らしのお年寄りたちにとっては大切な足です。鉄道で浅草に行くのと、この路線を使うのとでは料金が違う。シルバーパスを持っていて、バスが無料の人たちにとっては、ある意味でこの路線が生活そのものであるような人たちも多いと思います。このバス路線に依存しているお年寄りたちはたくさんいます。

投稿: enneagram | 2009.09.27 10:26

>、2007年の台風9号は利根川治水計画が想定する100年に1度の雨量だったが、現体制で問題がなかった。

うーん…2007年の台風9号は、かなり際どい状況だったと思うんですけど。避難判断水位ギリギリです。これで良しとするなら良いのでしょうけど…

http://www.ktr.mlit.go.jp/tonejo/bousai/kako/2007/070905index.htm

台風9号は比較的分散した降り方だったのに比べ、カスリーンは時間的に集中していたようです。
http://www.ktr.mlit.go.jp/watarase/event/archive/kikakuten/29/panel.pdf

台風9号の進路そのままで、カスリーン級の台風が来たら確実に氾濫するでしょうね。

投稿: うーん | 2009.09.28 19:50

前原大臣は日本中のダムを見直すといったんさいね。そしてダム中止か継続かの判断はダム堤体が発注されているかどうかだとも言ったんだいね。(9月23日長野原町における記者会見にて)
ということは小沢さんのお膝元にある胆沢ダムは堤体に着手しているからセーフってことで工事を止めないってことなんかねえ。
だけんども、今や造った後の維持管理コストのことが議論になっておりますで、たとえ来年完成するダムであろうと維持管理費がかかるのでありますから胆沢ダムも完成させずにやめっちまえばいいんでねえかいねぇ。
そうすりゃあ、八ッ場ダムも右ならえするだんべよ。
鳩山さんは自民党の福田さんが総理をやっていた時にそのお膝元でやってる無駄な公共事業が看過できねぇって言いましたんさねぇ。それも石関議員がいいつけたんだってねぇ。(9月23日長野原町にて発言)

前原大臣は八ッ場をやめるのと同時に小沢一郎のお膝元でやっている胆沢ダムをやめますと言うてみぃ。そしたら前原大臣の男が上がるぜぃ。

そうじゃなけりゃ胆沢ダムが大規模な堪水すべりをおこして使えませんようにって呪いをかけるぜぃってなもんだぁ。ずうっと何十年も地すべりの工事をやってろってんだ。

投稿: 両成敗 | 2009.09.30 00:21

環境問題を抜きにして、発生するお金の問題に矮小化したとしても、不要。ダムとして有効活用される価値がないのだから、目先5年10年の発生費用だけでなく、50年100年先までみたときに不要なダムを維持管理(場合によっては解体)する費用まで考えるべき。
だいたいダムを作る費用が予算通りにできたためしがないのだから、残予算1400億円を関連自治体に支払って国の事業ではなくすと言えば、追加費用負担したくない建設賛成の自治体もすぐに逃げ出すでしょう。

投稿: だむ | 2009.09.30 01:17

今回の地震を受けて水と電気がいかに大切であるか、よくわかったと思います。ダムは必要です。万が一に備えることが無駄遣いという主張は人命を損ないます。

投稿: たろう | 2011.03.14 08:37

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