フィナンシャルタイムズが政権ギャンブルの後で語ったこと
日本に一か八かのギャンブルを勧めた英国高級紙フィナンシャルタイムズは予想通りの結果が出てどんな感想を洩らすか。民主党政権が成立しての同紙17日付け社説「A steady start for Tokyo’s new rulers(日本新政権の着実なスタート)」(参照)は、ねじくれて曖昧ながらも、考えさせられる意見を述べていた。
冒頭、いわゆる米国的な鳩山政権イメージを覆し、米国要人を沸騰させた鳩山NYT論文も軽くいなした。
Yukio Hatoyama’s Democrats have barely been in office 24 hours. Yet already they have been painted by some as madcap socialists and by others as merely more of the same. Neither is true.鳩山由紀夫の民主党は政権を掌握してまだ一日。政権は無鉄砲な社会主義者と見られたり、以前の自民党と変わらぬ勢力とによる見られている。どちらも、間違いだ。
Mr Hatoyama’s essay on “market fundamentalism” has caused consternation in some Washington circles, where it has been received as evidence of Japan’s sharp turn to the left. But that essay was primarily for a domestic audience. It articulated many of the concerns about globalisation’s side effects that helped sweep the DPJ into power. José Manuel Barroso, European Commission president, found nothing in it that did not tally with European views on properly regulated markets.
鳩山氏による市場原理主義とやらの論文は、米国政府要人を恐怖に陥れた。日本が左翼政権に急激に転換した証拠と受け止められたからだ。しかし、あれは国内ポーズにすぎない。グローバリズムの問題点に関心を向けさせ、民主党を政権に就けさせるためのものだ。ジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ欧州委員会委員長ですら鳩山氏の見解から、適切な市場規制のEU見解に反するものを見いだすことはできなかった。
懸案の沖縄問題もだが、そんなの日米間でなんとかしろよと突き放す。
Mr Hatoyama’s remarks on US-Japan ties have more potential to cause tension. His new foreign minister has declared that revising plans for relocating a US base in Okinawa is a high priority. Still, this is an issue that the two countries should be able to manage.鳩山発言は日米関係により潜在的な緊張をもたらす。この内閣の外務大臣は普天間基地移設見直しを優先課題にうたいあげている。とはいえ、こうした問題は二国間で対処可能である。
かくしてフィナンシャルタイムズは民主党政権成立を冷ややかに擁護していくのだが、ここは間違いだろう。
Nor is the DPJ merely the Liberal Democratic party in disguise. Many of the party’s heavyweights are LDP defectors, but behind them at least two-thirds of MPs are fresh-faced, some elected for the first time, with a more modern social agenda. True, the DPJ has not coalesced around a coherent ideology. Yet, as Mr Hatoyama says, taking over after half a century of one-party rule is bound to involve trial and error.民主党は偽装された自民党ではない。たしかに同党の重鎮は自民党出身者だが、新顔は少なくとも党の三分の二はいるし、新人もいる。彼らは時代に適した社会政策を持っている。民主党に一貫したイデオロギーなど存在していない。鳩山氏が言うように、半世紀も自民党という一党支配が続いてきたのだから、なにかと試行錯誤はあるものだ。
自民党出の重鎮たちには新顔の試行錯誤は困りものだ。この時点でフィナンシャルタイムズは予想できなかっただろうが、民主党新顔たちが勝手に国会議員活動をしないように、すでに小沢大明神名義の通達で、党内規制としてだが、議員立法すら原則禁止にしている。これ、当初、偽文書かと思ったがそうでもなさそうだ。
2009年9月18日
民主党・会派所属国会議員各位 関係 各位
政府・与党一元化における政策の決定について
幹事長 小沢一郎日々の党務ご精励に敬意を表し、感謝申し上げます。
鳩山政権発足にあたり、政府・与党一元化における政策の決定について、別紙の通りとすることといたしましたのでご報告申し上げます。
議員各位におかれましては、必ずお目通しをいただきますようお願いいたします。
(別紙)
1.民主党「次の内閣」を中心とする政策調査会の機能は、全て政府(=内閣)に移行する。
①一般行政に関する議論と決定は、政府で行う。従って、それに係る法律案の提出は内閣の責任で政府提案として行う。
(後略)
民主党議員は「たまに立ったり座ったりする簡単なお仕事です」。
しかも内閣というか首相がさらなるヘマをしないように、民主党的には内閣より上位に「党首脳会議」(仮称)を設置する。9日付け読売新聞「民主「党首脳会議」新設へ、課題を一元判断」(参照)より。
民主党は8日、新政権発足後の党の最高意思決定機関として、鳩山代表や小沢幹事長ら主要幹部で構成する「党首脳会議」(仮称)を設ける方針を固めた。
党首脳会議では、国会対策や選挙対策など党運営に関するあらゆる課題について一元化して判断する。
民主党では現在、鳩山代表、岡田幹事長、小沢、菅両代表代行、輿石東参院議員会長の5人による「三役懇談会」が事実上の最高意思決定機関となっている。これに対し、党首脳会議は代表、幹事長、政調会長(副総理兼国家戦略相)、参院議員会長、国会対策委員長の5人で発足する予定だ。鳩山代表が内定した人事に当てはめると、鳩山、小沢、菅、輿石の4氏に新たな国対委員長が加わる形となる。
これで岡田グループを外して新人を一元化し、多数の支持を得た前衛党が国家を運営するという、東アジアに即した政治体制ができあがる。正式設置後の名称はこの分野の先進国にちなんで「常務委員会」だろう。
フィナンシャルタイムズ社説は冒頭、民主党はベタな社会主義者でも自民党もどきでもないとした。では何だったか。ここが非常に示唆深い。
There is a third hypothesis about the new government: that it will sweep away the postwar consensus and unleash faster growth. That is probably the most deluded of all given Japan’s structural problems.新政権についての第三の仮説:同政権は戦後合意(the postwar consensus)をぬぐい去り、迅速な経済成長(faster growth)を促進させること。
それは、現存の日本の社会問題全般からすると、ついそう思いたくなることの筆頭だ。If the DPJ has a coherent philosophy it is to better reconcile market forces with social cohesiveness in the context of China’s rise and Japan’s gradual decline. If it pursues that agenda, many foreign commentators will consider it a failure. But many Japanese would count it a success.
もし民主党が一貫した政治哲学を持っているなら、成長する中国と徐々に衰退していく日本という国際環境を背景に、市場圧力(market forces)と社会的結束(social cohesiveness)を調停しようとするのが賢明だ。その政策を追求するなら、海外の評価としては失敗と見なすだろうが、日本人の多くはそれを成功と見なすだろう。
単純な英語の読み違えもあるかもしれないが、原文そのもののロジックがわかりづらい。私が大きく読み外しているかもしれないが、自分なりに受け止めたところを書いておこう。
フィナンシャルタイムズは、民主党について、「戦後合意(the postwar consensus)をぬぐい去り、迅速な経済成長(faster growth)を促進させる」べきだと見なしている。しかし、そうならないだろうという含みもある。
「迅速な経済成長(faster growth)」はわかりやすいが、「戦後合意(the postwar consensus)」はわかりづらい。冷戦構造における日本の役割を指しているのだろう。第二次世界大戦後、共産主義国化を食い止める橋頭堡にして世界の工場であった日本に、もうその役割を終えたらどうかねと。自民党はもともとは冷戦構造で米国が作り上げた政党でもあった。
民主党に一貫した政治思想があれば、とフィナンシャルタイムズはいうのだが、実際のところ民主党にはそれは存在していない。しかし、あるとするなら、「市場圧力(market forces)」と「社会的結束(social cohesiveness)」を調停しようとするだろうというのだが、これらは何か。
前者はグローバル経済を志向した規制緩和だろうし、後者は、いわゆる日本らしさということだろう。日本らしさには、国旗だの国歌などで萌える右派バージョンと、友愛だの格差解消などで萌える左派バージョンがある。どちらも同じ復古的なナショナリズムにすぎない。少子化解消も国家を盛り立てる国家主義だが右派左派も諸手で賛同している。
グローバリズムに対する右派左派のナショナリズムと成長路線という対立二項を、対中国という文脈でどう調停するのか。中国に日本の政治・経済を開きつつ、かつどうやって日本らしさを失わないようにするか。
それがうまく行けばそれを日本人は成功と見なすだろうとフィナンシャルタイムズは指摘しているようだが、その時、対外的には批判を浴びるだろうとも予言している。
対外的に非難を浴びても、日本が親中国政策を取ることが賢明だろうとフィナンシャルタイムズはいいたいのだろうか。それを本当に日本社会が成功とみなすかと問われるなら、ご冗談でしょという気もするのだが。
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コメント
1パラ目
Yukio Hatoyama’s Democrats have barely been in office 24 hours. Yet already they have been painted by some as madcap socialists and by others as merely more of the same. Neither is true
ですが、素直に読めば、
「鳩山由紀夫の民主党は政権に就いて24時間しか経たない。にもかかわらず、すでに、無鉄砲な社会主義者たちと見られたり、自民党と大してかわらないと見られたりしている。どちらも、正しくない」
という感じではないでしょうか?
投稿: 利穴 | 2009.09.22 19:28
利穴さん、誤訳のご指摘ありがとうございます。参考にして修正しました。
投稿: finalvent | 2009.09.22 20:01
流石に洋風ティッシュはケツの拭き心地が違いますか? どっちもクソ紙には違わんと思うんですが。
日本もある程度博打打ち社会に移行すべきだよね?って思うも言うも簡単ですけど、下手こいたら野ぐそに集るクソ蠅風情に成り下がりますから。それだけは、流石にやっちゃ遺憾のじゃないですかね? って感じ。
限度知らずの低空飛行に堕してしまったら、それこそ嘗てのエコノミックアニマルがテクニカルアニマル・エコアニマルになるだけ。たかだか道端の野ぐそ風情にねこさんと比較されるような痛い人生は、送っていただきたく無いものですね。欧米人の、日本人に対する、見かた。なんつて。
…とか打ち込んでると、日中どこに行ってるんだかサッパリ分からなかったねこさん(雌3歳・ミス脱腸)が、ずぶ濡れになって私の傍に走り寄って来ましたよ。
はいはい、抱っこ抱っこ。餌食ったか? 怪我無いか? 今日も元気か? ん? ん? んんん~?
投稿: 野ぐそ | 2009.09.22 20:56
国内では成功とみなすに一票。
日本は中長期的に見たら凄く柔軟な国ですよ。
長い間、日本海を挟んで中国とのらりくらりやってた訳ですから
それを阿片戦争の結果を見るや、すぐに方向転換。和魂洋才だの一夫一婦やら
はたまた脱亜入欧
でスローガン、沢山掲げて「アジアの一等国(笑)」になれましたし
太平洋戦
投稿: T_URON | 2009.09.23 00:32
>民主党議員は「たまに立ったり座ったりする簡単なお仕事です」。
あんまり個人的な会話をインターネットでぶちまけるとまずいんだろうけれど、東京選出の早川久美子さん、選挙に当選する前から、議員になったら常任委員会は厚生労働委員会を希望しているといってましたよ。結局、彼女は、経済産業委員会に回されたけれど。
民主党の若い人たちたぶんすごく意欲的ですよ。
>党内規制としてだが、議員立法すら原則禁止にしている。
これだって、いまの40代、30代の議員が言うこと聞くかしら。自分の選挙区の地方議員からの働きかけがあれば、議員立法をいろいろ研究するために勉強会を開く新人は多いと思いますよ。もちろん、政権交代した民主党政権がどの程度うまく機能するのはわからないけれど。
>対外的に非難を浴びても、日本が親中国政策を取ることが賢明だろうとフィナンシャルタイムズはいいたいのだろうか。それを本当に日本社会が成功とみなすかと問われるなら、ご冗談でしょという気もするのだが。
日中国交回復した1972年の生まれは、いま37歳だけれど、この辺の年齢より若い人たちは、よほど人権問題や少数民族問題に詳しくない限り、日中友好は無条件にいいことだと思っているはずです。民主党は、日中友好はいいことだと思っている人多いんじゃないですか。自民党だって、福田康夫元首相は、日中日韓友好は日本外交の最重要項目と思っていたような気がするし。
投稿: enneagram | 2009.09.23 09:31
昨日からこのファイナンシャルタイムズのコメントを何度も読み返しています。
「 If it pursues that agenda, many foreign commentators will consider it a failure. But many Japanese would count it a success.」の文脈が私なんぞに分かるわけもないのですが、ただ見る角度として、海外の中国を見る観方と、海外が見る日本の中国に対する観方が違うことによってズレが生じたため、この文章が「怪文書」のようになってしまうのかな?と思ったので、その観方のズレが何か?というのを探しているんですけどね。
この文脈が分かったところで私には関係ないのかもしれませんけど、まるっきりそうとも思わないのでしつこく読んでみていますが、悲しいかな分かりません。
投稿: godmother | 2009.09.23 11:34
it is better to reconcile A with B ではなく,it(= a coherent philosophy,民主党の一貫した政治哲学がもしあるとしたらそれ) is to better reconcile A with Bなのでbetterはreconcileのほうにかかるでしょう.それをふまえて試しに訳すと,
「民主党が一貫した理念を持っているとすれば,それは中国は勃興し日本は徐々に衰退するという状況の中で,国内の社会的結束を保つことに市場の力を割くように上手な折り合いをつけることだ.民主党がこの方策の実現を目指していくとすれば,国外の批評家は失政とみなすだろう.しかし多くの日本人は(市場経済からの税を社会福祉の実現に向ける方策を)政権の成果だとするだろう.」
ということで「third hypothesis」の経済が高成長するように高福祉を廃し低福祉社会(小さな政府)にするという小泉改革の方針に則った国外の批評家が是とする方策は,民主党持っているかもしれない唯一の一貫した方策と対立するよ,日本人の多くはそれに喜ぶよ,ということでしょう.
投稿: U-tan | 2009.09.23 16:23