過ぎ去った後期高齢者医療制度についての麻生失言を振り返る
ちょっと気が重いが後出しじゃんけんみたいな話をしてみたい。気が重たいのは、麻生首相の失言弁護がしたいわけではないし、原理的にそうなる話でも全然ないのだが、背景が複雑なので、渦中取り上げていたら、政局の枠組みで「おまえは麻生支持だからだ」という毎度の的外れな罵倒を受けるくらいだろうとげんなりしていた。しかしもう選挙も終わり、国民は選択してしまったのだから、その意味を考えるうえで少し言及しておいてもいいだろう。
話は昨年11月20日のこと。その日の経済財政諮問会議の麻生首相発言が26日に議事録として公開され、失言として話題になった。読売新聞27日記事「「何もしない人の医療費、なぜ払う」 麻生首相、諮問会議で発言」では、波紋を呼ぶだろうという読みで伝えていた。
麻生首相が20日に開かれた政府の経済財政諮問会議で、社会保障費の抑制を巡って「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言していたことが、26日に公開された議事要旨で分かった。
与謝野経済財政相が社会保障費の抑制や効率化の重要性を指摘したのを受けて、首相は出席した同窓会の話を紹介しながら「67歳、68歳で同窓会にゆくとよぼよぼしている。医者にやたらかかっている者がいる」、「彼らは学生時代はとても元気だったが、今になるとこちら(首相)の方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているから」と発言した。
病気を予防することが社会保障費抑制につながることを強調する物言いとみられるが、病気になり医療サービスを受ける人が悪いとも受け取れる発言で波紋を呼びそうだ。
首相は19日に行われた全国知事会議で「医師には社会的な常識がかなり欠落している人が多い」と発言し、謝罪に追い込まれたばかり。
「波紋を呼びそうだ」の思惑どおり、即座に波紋が呼ばれた。読売新聞は同日夕刊記事「医療費不適切発言 麻生首相「おわびする」」は麻生首相の陳謝を伝えた。
麻生首相は27日昼、社会保障費抑制に関し、20日の経済財政諮問会議で、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言したことについて、「病にある人の気分を害したなら、その点はおわびする」と陳謝した。首相官邸で記者団の質問に答えた。
首相は「ふしだらな生活をしないで、(病気の)予防をきちんとすべきだというのが趣旨だ。予防に力を入れることで、医療費全体を抑制できる」と釈明した。
首相発言に対しては、公明党の太田代表が27日昼、「言われている通りなら不適切だ」と批判。河村官房長官も同日午前の記者会見で、「(病気の人が)心を傷つけられたとしたら、表現が不十分だったと思う」と語った。民主党の鳩山幹事長は同日午前、「このような方が首相にふさわしいのか、首をかしげる。本質的な考え方が我々と違う」と、首相を批判した。
翌日の読売新聞記事「麻生首相また陳謝 医療費発言に批判の嵐 与党が自重求め、野党は非難」ではさらにその広がりを伝えていた。
与党「細心の注意を」/野党「保険制度の否定」
麻生首相は27日、社会保障費抑制に関し、20日の経済財政諮問会議で「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言したことについて、記者団に対し、「病にある人の気分を害したなら、その点はおわびする」と謝罪した。27日の自民党臨時役員会でも、首相は「色々とご迷惑をおかけした」と重ねて陳謝。同日夜は記者団に、「全然健康管理をしない人と、した人の差は年を取れば取るほど付いてくる。結果的に医療費の増額を抑制することになるので、予防医学をもっときちんとしないと駄目なのではないかという話をした」と真意を説明した。
これに対し、民主党の鳩山幹事長は同日、記者団に、「病気になりたくてなっている人はいない。恵まれた人が社会的に恵まれていない人を支え合う(保険の)仕組み、理念をまるで分かっていない」と非難した。
共産党の志位委員長も記者会見で「公的医療保険制度の否定で、一国の首相がこういう発言をすることが恐ろしい。根本的な資質にかかわる問題だ」と語った。
一方、与党でも「言われている通りなら不適切だ」(公明党の太田代表)などと問題視する声が上がった。自民党の津島雄二税制調査会長は記者団に、「表現に十分な配慮がないと誤解を招く恐れがある。特に指導的な立場にある方は細心の注意を払ってもらいたい」と自重を求めた。
首相の相次ぐ問題発言の釈明に追われる河村官房長官は27日の記者会見で、「できるだけ釈明しなくて済むに越したことはないが、私はその本意を理解していただく努力をしなければならない立場だと思う」と語った。
他の報道も拾っておこう。共同は27日付けで「首相、何もしない人の分なぜ払う 医療費で発言」(参照)で報道した。
麻生太郎首相が20日の経済財政諮問会議で、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(患者)の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言していたことが26日に公開された議事要旨で分かった。
首相は19日の全国知事会議で「医師は社会的常識がかなり欠落している人が多い」と発言し、陳謝したばかり。病気になるのは本人の不摂生のためとも受け止められる発言で、波紋が広がりそうだ。
20日の諮問会議では、社会保障制度と税財政の抜本改革などを議論した。首相は同窓会に出席した経験を引き合いに出し「(学生時代は元気だったが)よぼよぼしている、医者にやたらにかかっている者がいる」と指摘した。
その上で「今になるとこちら(麻生首相)の方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているからだ。私の方が税金は払っている」と述べ、努力して健康を維持している人が払っている税金が、努力しないで病気になった人の医療費に回っているとの見方を示した。
さらに「努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティブ(動機づけ)がないといけない」と話した。
朝日新聞も27日に似たような記事「「何もしない人の分を何で私が払う」医療費巡り麻生首相」を出した。懇切に失言の意味を「保険料で支え合う医療制度の理念を軽視していると受け取られかねない発言」と解釈まで加えていたので、怒りのポイントがわかりやすかった。
「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」。麻生首相が20日の経済財政諮問会議で、こんな発言をしていたことが、26日に公開された議事要旨で明らかになった。自らの健康管理を誇ったうえで、病気予防の重要性を訴えたものだが、保険料で支え合う医療制度の理念を軽視していると受け取られかねない発言だ。
首相は社会保障費の効率化の議論の中で「67、68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている、医者にやたらかかっている者がいる。学生時代はとても元気だったが、今になるとこちら(首相)の方がはるかに医療費がかかってない」と指摘。自ら日課にしている朝の散歩が役立っているとしたうえで、「私の方が税金は払っている。努力して健康を保った人には、何かしてくれるというインセンティブがないといけない」と強調した。
国民がどう受け止めたかという一端を伺う点で、同記事に寄せられたはてなブックマークのコメント(参照)を振り返って読むと興味深い。麻生失言を責めるコメントから少し拾ってみよう。
floi 政治, medical 「この人の精神の一端がわかる名言ですね。全く為政者にふさわしくない。」 2008/11/27
kyo_ju これはひどい, 政治, 民度 「居酒屋でクダまいてるおっさんじゃないんだからさぁ。あ、ホテルのバーだっけ。」 2008/11/27
lakehill 医療, health, それはひどい 「お前は何言っているんだ!努力しただけで健康が保たれるのなら、誰も苦労しないよ。だいたい、みんなでお金を出し合って支えあう国民皆保険の理念を否定してどうする。/ ブログに書いた」 2008/11/27
ichikojin2001 news, 失言ドミノ 「太郎を語るには、漫画と失言だけで十分だな(笑)」 2008/11/27
kowyoshi 麻生太郎 「太郎をブコメで擁護している人たちが「たらたら飲んで、食べて、何もしない人」だったら笑ってやる」 2008/11/27
実は、はてなブックマークのコメントでは麻生失言批判はそれほどは多くはない。
ここで少し背景を説明すると、麻生失言は問題があるが、全体の話の流れのなかでは、この話の主導は麻生首相が担っているものではなかった。後で触れたいが、実際には麻生首相はむしろ逆の懸念を持っていた。
そこで話の流れだが、「極東ブログ:[書評]命の値段が高すぎる! - 医療の貧困(永田宏)」(参照)で触れた同書の説明がわかりやすい。話の発端は、小泉医療改革にあった。
残りの政策はすべて次代の内閣に引き継がれることになった。(中略)
それらは本来、小泉内閣の正当な後継者と目されていた安倍内閣において、実施に移されるはずだった。ところが就任わずか一年にして、何の前触れもなく首相自ら政権を放り出すという前代未聞の珍事が生じたため、後を継いだ福田内閣によって実施に移されることになった。
後期高齢者医療制度、メタボ対策、レセプト並み領収書などである。
しかし二〇〇八年九月になると、今度は福田首相が突然「辞める」と言い出した。ねじれ国会の運営の行き詰まりが理由だが、後期医療制度にもかなり足を引っ張られた観がある。
かくしてこれらの三つの政策は麻生内閣に受け継がれることになったのである。ところが、当の麻生首相は、最前述べたように心が大きく揺れている。
本来なら小泉医療改革として安倍内閣で進むはずの話だった。他でもそうだが麻生首相は前二首相の尻ぬぐいでしかなかった。しかも後期高齢者医療制度はころころ首相が変わるのととは別に、経済財政諮問会議では、なんとか方向性を持って継続していた。麻生首相としてもその方向にお墨付きを与えるように一言、失言した、ということであって、麻生首相が主導した話ではなかった。なお、民主党政権では経済財政諮問会議は解体されるし、後期高齢者医療制度自体が廃止される。
はてなブックマークのコメントから今度は、朝日新聞記事に警戒的なコメントも眺めてみよう。
wizyuyu 政治 「メディアは、何を考えてこのような主張をするのだろうか。今週のエコノミスト誌に『森元首相以来、首相の失言を追いかけることがメーン』とあって、日本人として恥ずかしくなったのを思い出した」 2008/11/27
roadman2005 media 「言葉尻をとらえて焚き付けているのはメディア.原文では、「それほど深刻でない健康状態の人が受診することで医療費が圧迫されている」との意.http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/1120/shimon-s.pdfの11ページ目」 2008/11/27
ringtaro 「記事の内容を鵜呑みにしている人が多くて絶望した。id:roadman2005 さんのコメントを見て発言の全文を読んでほしい。」 2008/11/27
Lunaetlinetito 朝日新聞, これはひどい 「ひどく偏った記事です。議論の中の言葉だけ抜き出し強調している。社会保障と財政の会議でまともに給料から引かれる話です。その概要すらろくな説明がない記事。麻生で釣ってる場合じゃない思う。」 2008/11/27
rajendra 医療, 政治 「予防医療に傾注すれば医療専門職の負担を今より減らすことが出来るし、見えにくくなっている健康へのインセンティブを意識させたいというのなら間違っちゃおらんな。http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/1120/shimon-s.pdf」 2008/11/27
y-kawaz これはひどい, 医療, マスゴミ 「確かに失言ではあるが、原文では「それほど深刻でない健康状態の人が受診することで医療費が圧迫されている」との意。文脈無視した悪意ある切り貼りはどうかと思う。せめて前後の文脈くらい合わせて紹介しようよ。」 2008/11/27
p_wiz 麻生太郎, 医療, 政治, 印象操作 「麻生太郎首相が一番まともな事を言っている件について ⇒ http://d.hatena.ne.jp/p_wiz/20081127/p3」 2008/11/27
rose 受験に朝日新聞 「これ、予備校で原文を読ませて 【問】傍線『何』の例を本文から探し、簡潔にまとめよ(40字以内) とかやってみ? 大抵「近所の病院に通うのに、二週間続けて、タクシーを使わず徒歩にする事」みたいな答えになるよ。」 2008/11/28
マスコミ報道に警戒的なコメントは、大別して、(1)この報道は公正か、(2)麻生首相の趣旨を失言としてのみ葬ってよいのか、という点にある。
元になった失言を見てみよう(参照PDF)。
(麻生議長) 67歳、68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている、医者にやたらにかかっている者がいる。彼らは、学生時代はとても元気だったが、今になるとこちらの方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているからである。私の方が税金は払っている。たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金を何で私が払うんだ。だから、努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティブがないといけない。予防するとごそっと減る。 病院をやっているから言うわけではないが、よく院長が言うのは、「今日ここに来ている患者は 600人ぐらい座っていると思うが、この人たちはここに来るのにタクシーで来ている。あの人はどこどこに住んでいる」と。みんな知っているわけである。あの人は、ここまで歩いて来られるはずである。歩いてくれたら、2週間したら病院に来る必要はないというわけである。その話は、最初に医療に関して不思議に思ったことであった。 それからかれこれ 30年ぐらい経つが、同じ疑問が残ったままなので、何かまじめにやっている者は、その分だけ医療費が少なくて済んでいることは確かだが、何かやる気にさせる方法がないだろうかと思う。
これが失言のオリジナルだ。この発言は単独ではなく、与謝野議員の話に挟まれている。
(三村議員)それは、効率化案の示し方ということもあるのではないか。具体的には、イセンシティブな内容まで立ち入るかどうか、この辺については、どういう示し方をしたら良いのか議論の余地がまだあるのではないか。
(舛添臨時議員) そうである。
(与謝野議員)ただ、社会保障は放っていたら幾らでもお金が出ていってしまう。これは相当注意深く物事をやっていかなければいけないし、効率化というのは大事な目標である。 (中略)
(麻生議長) (前略)だから、努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティブがないといけない。予防するとごそっと減る。(中略)何かまじめにやっている者は、その分だけ医療費が少なくて済んでいることは確かだが、何かやる気にさせる方法がないだろうかと思う。
(与謝野議員) 今日の議論を次のようにとりまとめたい。(中略)
三村議員から当面のテーマとして後期医療制度の支出削減のイセンシティブが提起され、舛添臨時議員も同意し、与謝野議員も支出を抑えるための効率化を述べるという流れで、麻生失言になるが、話の流れ上は失言ではない部分が議論の文脈につながっている。
さて原文を読んで、報道との差を感じるだろうか。
率直に言うと微妙なところだろう。
「たらたら飲んで、食べて、何もしない」という品のない表現も失言のうちだが、自分の税金を不摂生な人に取られるのはいやだということは明瞭に述べており、首相の言としては好ましいものではない。
だが、要点は、「何かまじめにやっている者は、その分だけ医療費が少なくて済んでいることは確かだが、何かやる気にさせる方法がないだろうか」にあり、国民の税金を低減させる方策はないかということにある。それが諮問会議の方針でもあり、この時点の話の流れにあった。
しかも麻生首相はさらっと「税金」と述べているが、ここは彼なりに本質を喝破していたところで、後期高齢者医療制度が保険ではない含みがあった。ここが非常に難しいところだ。
朝日新聞記事に「保険料で支え合う医療制度の理念を軽視していると受け取られかねない発言だ」とある記者の理解をそのまま受け取ってしまったのかもしれないが、はてなブックマークのコメントでは、麻生首相の失言を皆保険の否定として捉えているものもあった。
lakehill 医療, health, それはひどい 「お前は何言っているんだ!努力しただけで健康が保たれるのなら、誰も苦労しないよ。だいたい、みんなでお金を出し合って支えあう国民皆保険の理念を否定してどうする。/ ブログに書いた」 2008/11/27
ko_chan *政治 たらたら飲んで、食べて、「何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払う>保険の概念をわかってない。努力して健康を保った人には、何かしてくれるというインセンティブがないと>民間保険じゃあるまいし」 2008/11/27
biconcave 麻生, 社会保障, 医療・介護 「正論だと思うなら堂々と国会で皆保険制度の廃止を訴えればいいと思います!」 2008/11/27
ssuguru memo 「保険料に差をつけるとかいう話だと思ってたけど(国民皆保険で可能?)、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の 分の金を何で私が払うんだ。」の一文がそれを突き抜けてる。まさに失言。」 2008/11/27
annoncita 麻生太郎 「全部読んでも失言です。相互扶助の健康保険制度っていうものを根本から解ってません。」 2008/11/27
kogarasumaru 政治 「これは経済財政諮問会議の議論の流れと合わせて考えると非常に怖いのだが/元を読んでも皆保険制度否定でしょう」 2008/11/27
ここも非常に難しい。朝日新聞記者も含めて麻生失言を皆保険の否定だと理解するのは、後期高齢者医療制度が国民皆保険だという、厚労省の建前を前提にしている。ところがここに問題の難所がある。次のコメントが問題の行方を示唆していた。
zu2 「健康な人の医療費なんてたかが知れてると思うなあ。統計ないかしら?」 2008/11/27
もちろん「健康な人の医療費」は健康だからたかが知れているというのはあまりに言葉尻を受けた話でどうでもよい。「健康な人の医療費」とは、ようするに健康な人でも病気にかかることがあり、その医療費をどうするかということだ。それは、まさに国民皆保険の原型に合致する。疾病によっては数カ月の入院ということもあるが、慢性疾患で終身発生する費用ではない。
別の言い方をすると、国民皆保険は長期に継続する失費を想定して作られた制度ではない。しかし、この制度に長期に継続する失費が含まれてきたことで、制度自体に財政的に破綻が見えてきていた。
経済財政諮問会議の流れをやや誇張していうなら、麻生首相が構造的な費用削減を想定したように、現時点ですら遅すぎるが、それでなんらかの手を打たなければ、問題は皆保険全体に及び、むしろ皆保険が否定される事態になることだった。
先の「命の値段が高すぎる!」は背景の歴史をこう説明している。
もちろん医療制度に対する国民感情の自己矛盾は、昨日今日に始まったことではない。すでに一九八〇年代初頭から専門家の間で取り上げられてきた。当時すでに少子高齢化の到来が予想されていたため、医療制度を根本から見直す必要性に迫られつつあった。
ところが不幸なことに、当時の人口予想はかなり楽観的であった。そのため、少子高齢化の進展速度を見誤ってしまった。
(中略)
そしてバブル崩壊と、その後の「失われた一〇年」である。
日本の経済も社会も完全に沈滞し、もはや医療制度の未来を論じる気力も体力も残されていなかった。医療保険財政は悪化の一途をたどったが、保険料と患者自己負担率の引き上げを繰り返すことによって、何とか辻褄を合わせるより他なかった。本格的な改革にまったく手を付けられないまま、空しく時間だけが経過していったのである。
小泉政権に国民の支持が高く長期に続いたこと、さらに政府主導が可能であったことから、ようやくこの問題に着手できるようになった矢先というのが、麻生失言の背景だった。
後期高齢者医療制度はこうした流れで、現役世代の負担と皆保険を維持するために、慢性疾患に継続的に支出を必要とする部分を切り離す形で形成された。
現状でも支出の45%は公費が担っていて、麻生首相が「税金」と喝破したのとおりである。国が30%、都道府県が7.5%、市町村が7.5%になる。さらに健保・国保から支援金が36%となっている。
これらが今後の高齢化でさらに膨れあがることにはなるが、それでも本人負担が10%、またこの制度による高齢者間の保険が9%を占める。総額で約20%を高齢者世代が負担してもらうようにして、他世代が利用する皆保険への影響を極力少なくしたいということだった。
とはいえ高齢者に負担を分担して増やすだけではなく、できるだけ高齢者同士の保険の制度にすることで自覚を促し、健康を維持することで全体の医療負担を軽減したいというのが麻生首相の趣旨だった。
75歳という線引きは統計的に慢性疾患となり医療の質が変わる年代として採択されたが、財政面的には、扶養率(何人で保険を支えるか)が、65歳の人口から75歳を切り離すことでかなりの軽減ができる。別の言い方をすれば、65歳から75歳までできるだけ医療負担を減らすような制度を求めなければならないということだった。
しかし、すべて終わった。
後期高齢者医療制度は民主党政権で廃止される。それが現役世代を含め国民が望んだ未来であった。
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コメント
うちの父ちゃん(享年75)は、訳の分からん長生きをするくらいならさっさと死んだ方がナンボかマシだと言ってましたな。姉弟が先に亡くなって、祖父母の享年(72)を越えたから、もう思い残すことは何も無いと。むしろ、生きていると色々思い出すことが多くて辛いから、早く死にたいと。そんな感じでしたよ。
72の夏に脳梗塞で倒れて以後3年リハビリ生活だったけど、最後の半年は、もういいよで寝たきりでしたわ。しきりに死にたがっている風情でもあったから、それが本人の生き様ってことで別にいいんですけど、内孫の顔を見せることが出来なかったのが、返す返すも心残りですな。
そんな父ちゃん。「真面目にキチンとやってれば、人並みのことは人並みに出来る。それ以上は欲のやること。欲を張り過ぎて人の金まで回して貰うようじゃあ、長生きしても長生きしたうちに入らん。それで皆が困るようなら、殺し合いと変わらん。死ねるうちにさっさと死ぬ方がよっぽど皆のためで、しょうもないことで医者通いなんかしたくないし、管を差してまで生きるもんじゃない」が、口癖でしたね。
それは…、皆が望んで無いってことでしょ。医療制度の現状維持(回帰?)ってのは。何だかどうでもいいですよ。もう、世間のやることなんぞ知らんですわ。勝手にやって勝手に破綻なさったら宜しい。
「ねこ福祉」じゃないと、どーにもならんのだぜ? って未来が、なんで読めんかな? アホだからかな?
投稿: 野ぐそ | 2009.09.06 16:09
「とはいえ高齢者に負担を分担して増やすだけではなく、できるだけ高齢者同士の保険の制度にすることで自覚を促し、健康を維持することで全体の医療負担を軽減したいというのが麻生首相の趣旨だった」とは!麻生さんの発言のキーワードとなった「税金」は、多くのおっちょこちょいによって「保険」と勘違いされ、揶揄罵倒の的になって結局、麻生叩きとして烏合の衆の餌になり、注視されるべき事柄から的外れになっただけのような経緯ですね。それも、政権交代を期待しての解散総選挙を早急にやるべきだと多くの国民が声を大にして望んでいた頃です。
このような事を今書くだけでも、ここやブコメで何と罵倒されるのだろうかと想像はできます。問題の本質とは、誰が国のことを良くしようと考えているか、それを見抜く知性を自分が備えることですか。選んでしまった後に考える意味とは、そういうことくらいしか思い浮かびません。因みに私のは死票でしたが。
書いてもらってすっきりしました。無理をお願いしたみたいですが、せめて書いてよかったと思ってもらいたいです。実は、昨年麻生発言を叩いたような社説ばかりの時に、弁ちゃんコメントでは問題の捉えどころを指摘されていたのを覚えています。それは、このように核心に触れていたわけではなかったので(いつもの如く)、もっとすっきりと言論の自由が弁ちゃんにもあったらよいのに、と、そう思います。このような見解を埋もれさせる責任の一端が私にあるとしたらそれは何か、今後の課題でもあります。
投稿: godmother | 2009.09.06 16:25
健康に留意して、今日の朝ごはんは、おかずは納豆と岩下の新生姜だけ。
麻生前首相にほめてもらえるかな?
いや、今は資源化されていない物事も、いずれは資源化される時代が来ますよ。寝たきりのお年よりも、生きているだけで社会に貢献できる時代がいつかはやってくるように思います。
投稿: enneagram | 2009.09.07 07:49
一日10分の足こぎ発電で
予防医療と家計とエコの一石三鳥ですたとえば
こういうのを奨励するとか
その発電機材を助成するとか
投稿: goh | 2009.09.07 10:20
日本のマスコミは年金や健康保険制度で恩恵を受けて感謝しているお年寄りの所には取材しないんですよねー。
不平不満をいい、後ろ向きな考えの人ばかりとりあげる。
恩恵を受けて感謝してる人と病気にならないように努力してる人も取材しないとバランスが悪すぎます。
投稿: 両津亀吉 | 2009.09.07 13:02
・・・・・・・・・。
何と言ってよいのか・・・途方に呉れます。「元気にしようと思えば出来る筈」この、発想が一番困った「自立支援法」の、核になってるんですが・・・。例えばですね、障がい者の一人が「自立」出来た場合、その報奨金(?)の、1割は、残された怠け者(!)の、障がい者の仲間が、負担することになっている。当然、自立出来た人は豊かになり、作業所に残された落ちこぼれ(!)の、障がい者は、バスに乗って作業所に来る余裕もなくなって家に篭もるか、生涯病院行き、という構図です。かくして、格差はますます広がると・・・。
なんつんですか、「障がい者」の回復って、本当に時間と手間がかかるもんなんです。赤ん坊が、「何もせず、たらたらと家で寝ていて」も、何も批判されませんが、「もう大人なんだから、気合いで回復しろ、働け」と・・・それ、大きな間違い、いや勘違いなんですけどね。ふぅ。
投稿: ジュリア | 2009.12.06 17:38