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2009.09.18

[書評]データで斬る世界不況 エコノミストが挑む30問(小峰隆夫, 岡田恵子, 桑原進, 澤井景子, 鈴木晋, 村田啓子)

 米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻が日本に伝えられたのが昨年の9月16日。世界金融危機が本格化した契機として、リーマンショックと呼ばれることもある。あれから1年が経ち、振り返る。なぜあの金融危機が起きたのか、今後は防ぐことができるのか、今後の世界経済、また日本経済はどうなるのか。日本では政治経済の話題は新政権の発足に押されていたが、このブログも6年も書いてきたことあり、私なりの総括も考えていた。その際、書籍として一番拠り所となったのが、本書「データで斬る世界不況 エコノミストが挑む30問(小峰隆夫, 岡田恵子, 桑原進, 澤井景子, 鈴木晋, 村田啓子)」(参照)であった。

cover
データで斬る
世界不況
小峰隆夫他
 本書が出版されたのは4月下旬。しかも内容の原型はオンラインで刻々と公開されたものをその時点でまとめたものだった。私もその時点で読んでいたのだが、むしろ今の時点で書籍として見直すほうがいろいろと得心することが多い。この一年を歴史として振り返るなら、本書は歴史書としても十分な価値があるだろう。むしろ今こそ読み直されてもよい。本書の4月時点での予測は、失業率の予想も含めて、その後も多く的中している。
 内容は標題どおり、経済統計データから今に続く現下の世界不況を考察したもので、議論は事実に依拠している分だけ強固になっている。反面、いわゆる一般者向けの解説書ほど簡単には書かれていない。ある程度の経済知識を持つ人を前提にしている。むしろそれゆえにこそ、浅薄な常識を越えた、意外なほどスリリングな論考が随所に見られる。執筆者を代表した小峰隆夫氏も前書きでそれを本書の特徴として述べている。

 データに基づいて考えると、通常何気なく言われていることとは違った側面が現れてくることがあります。私は、こうして世間に流布している常識を覆すことが、データに基づく経済論議の醍醐味だと思っています。本書でも「ヨーロッパではアメリカに上回る住宅バブルが生じていた」、「金融危機の経済的影響はこれからも持続する」、「日本は必ずしも貿易立国だとは言えない」などの常識破壊型の議論が登場しますので、ぜひ堪能していただきたいと思います。

 実際にデータで裏付けられた現下の不況を見ていくと、浅薄な政治的議論の問題点も同時に明瞭に見えてくる。同じく小峰氏によって書かれた、ある意味での総括は、現下の日本の政治・経済が直面する問題の大枠の歪みを適切に指摘している。

 別の例を挙げましょう。ある論者は「働く人の暮らしよりも、お金を生み出す効率を優先するという新自由主義の考え方が行き着くところまで行っての大破局だ」と指摘しています。しかし筆者は、「働く人の暮らしよりも効率が優先だ」という議論を聞いたことがありませんし、そのように主張する人に会ったこともありません。
 そもそも、働く人の暮らしを豊かにするためには、働く人1人当たりの平均付加価値生産性を高めなければなりません。そのためには効率化が必要で、最も有効な効率化の手段は、市場原理に基づくインセンティブを働かせることです。つまり市場原理をできるだけ生かすことによって経済活動を効率的にしようとするのは、人々の暮らしを豊かにするためなのです。どちらがどちらかに優先するという話ではありません。
 要するに、今回の危機を契機として市場原理的な考え方を批判する人たちは、もともと存在しなかった主張を対象に批判を展開しているように思われます。こうした批判が行き過ぎて、市場原理が本来持っている利点を発揮できないような社会になっていくと、それによって国民の福祉水準は低下してしまうだろうと思います。

 世界金融危機の課題は、「新自由主義」というようななんでも放り込めるごみ箱概念で安易に処分することではなく、世界と各国がさらなる生産性の向上に向けて、より危機を発生しづらい制度設計を論じることだ。この問いかけは世界第二の経済を抱えた日本にとって重要な課題である、あるいは、あったはずだ。
 本書が歴史的な意味を持つのは、危機が深刻さを増した渦中の2月での小峰氏の指摘の的確さもある。経済のL字型の回復が避けられないとしてこう述べていた。

 では、こうした事態に経済政策はどのように対応すべきでしょうか。この点については、筆者は2009年2月に、2つの「モラトリアム(機能停止)」を提案したことがあります。
 1つは、政治抗争のモラトリアムです。危機的な経済状況の中で、与野党が手柄競争や足の引っ張り合いをしていたのでは、結局国民全体が大きな被害を受けることになります。経済危機を乗り切るためには、超党派での経済対策の立案と実施が必要です。

 具体的に2月の日本の政治状況において、経済的には政争のモラトリアムがもっとも求められていたとして、実際にはどうであったか。逆ではなかっただろうか。マスメディアは、私の印象ではヒステリックなほどに「ねじれ解消」と称して内閣の解散と衆院選挙を求めていた。特に2月17日の中川昭一財務・金融相の辞任には解散の声が高まっていた。民主党管代表(当時)は2月19日の衆院予算委員会で「国民の信頼を得られていると思うなら衆院解散すればいいし、そうでないなら即座に辞めてください」と麻生首相(当時)にきびしく迫った。
 しかし、あの時点で選挙を実施すれば自民党はその時点で崩壊し、危機の対応は確実に遅れた。実際、ぎりぎりになった衆院選挙後の政権交代で予想通り出現した民主党新政権は、二兆円規模の予算について今年度中の執行を停止しており、次年度の実施にはかなりの財政ラグが発生する。それだけでもすでに失政といえる。実質的な政治的なモラトリアムを担った麻生前総理の決断は正しかったと私は思う。
 もう1つの指摘も痛烈だ。

 もう1つは、長期プランのモラトリアムです。短期的な危機と同時に、日本経済が長期的な課題を抱えていることは事実です。財政の健全化、年金の立て直しなどがそれです。しかし長期的課題に取り組むには、ある程度の確からしさを持った経済展望が必要です。財政の健全化目標を設定するためには税収の見通しが不可欠ですし、そのためには成長率の想定が必要です。

 2月の提言とはいえ、そして現在世界不況はどん底からは立ち直ってきたとはいえ、本質的にはまだ小峰氏が主張する長期プランのモラトリアムであるべき時期だろう。よって、現在も長期プランのモラトリアムを取るべきだろう。しかし、国民の選択はその全くの逆であった。鳩山総理が麻生元総理に「首相経験者として指導、助言を賜りたい」と要請したとき、「ぜひ頑張ってほしい。日本の針路を間違わないようにしてほしい」と応じたのは、その懸念を覚えたからだろうと察する。
 本書の構成だが、副題に「エコノミストが挑む30問」とあるように、問題を立ててそれに答えるという形式になっている。

Q1 住宅バブルはなぜ起きたか?
Q2 経済理論はサブプライム問題をどう説明するか?
Q3 証券化が急激に進んだのはなぜか?
Q4 住宅バブルはどのように崩壊したか?
Q5 日本のバブルと比較すると何がわかるか?
Q6 世界経済が急降下したのはなぜか?
Q7 アメリカよりヨーロッパのほうが深刻か?
Q8 金融危機のインパクトはどれほど大きいか?
Q9 住宅バブルがどのように消費を刺激したか?
Q10 アメリカの金融対策は効果があるか?
Q11 大恐慌と何が同じで何が違うか?
Q12 ケインズ主義が復活したのか?
Q13 国際協調はうまくいったか?
Q14 ビッグスリー救済の問題は何か?
Q15 日本の政策の方向感覚はおかしいか?
Q16 日本の景気はどこまで悪化するか?
Q17 日本の金融機関への影響は本当に軽いか?
Q18 雇用削減はどこまで進むか?
Q19 産業界への影響はどれほど深刻か?
Q20 家計はどれくらい打撃を受けたか?
Q21 日本でデフレは進行するか?
Q22 アメリカ経済はいつ反転するか?
Q23 デカップリング論は幻だったのか?
Q24 ドルは基軸通貨でなくなるか?
Q25 金融監督は厳しくすべきか?
Q26 グローバル化は反転するか?
Q27 金融立国論は幻だったのか?
Q28 アメリカの過剰消費体質は改善されるか?
Q29 パラダイム転換は起きるか?
Q30 日本経済はどこへいくのか?

 考察はどれもデータに裏付けられており、議論はデータと照合しやすい。もっとも、どのデータを選び、どのように切り出し、どこに重点をおいてどのよう議論するかについては異論もあるだろう。だが、データを抜きにした「新自由主義」批判といった幻想は避けられる。
 コラムの他に以下のような付録的なまとめもあり、これらも今という時代が歴史に変わっていくなかで歴史書的な価値を高めている。

補論1 IS-LMモデルによる危機の拡大の説明
補論2 テイラー・ルールによる“FRB犯人説”の検証
付表1 各国の金融対策一覧
付表2 年表

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コメント

finalventさん
変な書き込みをお許しください。
初めまして、私はLEAFという日中韓の学生団体をやっているものです。
http://leaf-japan.net/leaf/
こちらのブログを拝見致しまして、大変素晴らしいと思いました。
つきましては本ブログで我々団体の宣伝をして頂きたいと思い、書き込んだ次第です。
このたび私たち団体では11月1日~5日に日中韓の学生を集めた議論フォーラムを開催する予定です。

もし宣伝をお願いできるようであれば、記載致しましたアドレスにご連絡を頂ければと思います。
よろしくお願いします。

投稿: LEAF | 2009.09.19 03:34

>具体的に2月の日本の政治状況において、経済的には政争のモラトリアムがもっとも求められていたとして、実際にはどうであったか。逆ではなかっただろうか。マスメディアは、私の印象ではヒステリックなほどに「ねじれ解消」と称して内閣の解散と衆院選挙を求めていた。

記憶違いがあるように見受けられますが。
検索をかけてみましたが、今年二月の時点で当時の小沢党首は解散は本予算成立後だと明言していました。世論調査でも解散は予算成立後に行うという意見が一番多かったですし、報道各社の姿勢も予算成立後の解散を想定した票読に報道は転じていました。
大体、二月、三月に解散はしないという「常識」をfinalventさんはご存知でないと思います。予算審議は通年の国会審議の中で国民生活に直轄しているため最重要であり、与野党、報道各社を含めて解散はないというのが常識です。そのために二月三月の間に解散をした事例はバカヤロー解散しかありません。

>しかし筆者は、「働く人の暮らしよりも効率が優先だ」という議論を聞いたことがありませんし、そのように主張する人に会ったこともありません

いやはや、公共機関にお勤めだと、斬った張ったの修羅場をご存知ないんでしょうね。そういう事は部外者に言わないんです。当事者間では日常茶飯事ですし、個々人や事業法人にもう少しモラルがあるなら、経済的なトラブルは相当減るでしょうね。

後言うなら、21年度の補正予算は解散延期を狙ったものであって、見たところ本当に景気に寄与しているのか、現場で見る限り全く案件が流れてこないのが非常に奇妙に見えるんですがね。

投稿: F.Nakajima | 2009.09.19 19:05

>特に2月17日の中川昭一財務・金融相の辞任には解散の声が高まっていた。民主党管代表(当時)は2月19日の衆院予算委員会で「国民の信頼を得られていると思うなら衆院解散すればいいし、そうでないなら即座に辞めてください」と麻生首相(当時)にきびしく迫った。

過去の事例において、閣僚の不祥事によって、首相が任命責任で辞任した前例はございません。もちろん野党はこのような状況では辞任をせまるのは常識。同時に、野党側には首相を辞めさせる手段がないのは百も承知(不信任案は通りませんから)。
もし、ここであの時点で首相が解散した場合の経過を考えて見ましょう。まず、衆議院解散によって予算案は廃案です。この場合、新年度以降ある程度の時期までの暫定予算を編成せねばなりませんが、あくまで暫定ですから、必要最小限の予算執行だけで、本予算はあくまで新政権が再編成するまで持ち越しということになります。

大体、ここで最大の景気対策というのは一刻も早い予算案の通過です。同時に予算案が通過するというのは麻生政権が時期をうかがう総選挙の延期の言い訳が消滅することを意味します。

投稿: F.Nakajima | 2009.09.20 01:22

>Q3 証券化が急激に進んだのはなぜか?

江戸時代に、都市経済が発展したら、経済の貨幣化が、日本全土で急速に進行したんです。世界的に都市化、経済の貨幣化が進行すると、さらに、経済の証券化が急速に進行するものなのかなあと思いました。経済のあり方が、どんどんバーチャルになっていくのだろうと思います。

正直、現代経済において、生産者にこれ以上コストダウンを迫って値引き要求をして、運送業者を過酷に働かせて、店舗や倉庫で働いている人たちの手間賃を切り下げても、経済の効率化や経済的に有意義な価格低下は進まないだろうと思います。流通業者、特に、小売段階で流通業者が流通のしくみやコンセプトを刷新して流通業の生産性を劇的に向上させない限り、消費者の消費行動をさらに合理的なものにする、そしてそれをきっかけに新たな経済発展をもたらすことは難しかろうと思います。

近日、私の自宅の近所で、優れた流通業者が非常に勇気あるビジネスモデルの実験をしてくれているので、地域の人たちに温かく見守ってほしいものだと思っています。いまのところ、そのお店は大盛況です。

投稿: enneagram | 2009.09.20 07:40

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