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2009.08.12

戦後の「傷痕」

 雑談。9日、長崎市で催された長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典で麻生首相は用意した挨拶の文章を読み上げたのだが、そのくだりに「一命をとりとめた方も、癒やすことのできないショウセキを残すこととなられました」があった。え? ショウセキ? 夏目ショウセキ、ふとダジャレが浮かんでしまうのは不謹慎なことだが、ショウセキと聞いて、「ああ、それって傷跡(きずあと)じゃね」「また麻生さん読み間違えたんじゃないの」と話題になり、昭和30年生まれの、社民党の福島党首は同日の長崎市での記者会見で「追悼式は格別な場所。特に長崎は『祈りの平和祈念式典』と言われている。『傷跡』を『しょうせき』と言われ、意味が分からない」と批判したとのことだ(参照)。祈りの場で意味のわからないことを言ってはいけないそうだ。というわけで、坊さんは意味のわからないお経を唱えると、瑞穂丹に怒こられちゃうぞ、とかいうと怒られそうだ。時事によると「1年に1回の祈りの場で、平和式典という重要な場所で、言い間違えるのはやめてほしい」(参照)らしい。そう言われると緊張しちゃうね。
 ようするに、またまた麻生総理の無教養かということで、またまたこのネタかよということでそれほど話題にならなかったように思えたがどうだろう。話題になりましたかね。以前の類似ネタのように、いや昔の広辞苑によると「傷跡」は「ショウセキ」と読んでよいのだ、みたいな面白い話でも出てくるかとも思ったが、それもなさそうだった。今回ばかりは、やっぱあれだよね、麻生総理、国語力ないよね、庇いきれん、ということかな。
 ほいじゃ、私が庇おうかな。
 いちばんいい弁護は、「傷跡」は「ショウセキ」と読んで正しいという辞書とか事例とか、法則とかをバシっと提示できればよいのだ。できるかな。
 「足跡」なら、「あしあと」でも「ソクセキ」でもよい。「筆跡」は「ヒッセキ」だが「ふであと」という読みもある。「旧跡」は「キュウセキ」だが「ふるあと」という読みもある。
だったら、「傷跡」は「きずあと」でも「ショウセキ」でもいいんじゃないか論はどうよ。
 答え、ダメ。
 逆になぜ「傷跡」は「ショウセキ」と読んではいけないのだろうか。
 実は簡単。そういう読みが辞書に載ってないから。じゃあ、みんなで使って辞書に載せようというならそうなるかというと、そうなる。言葉というのはそういうもの。
 というところで、では、これまでの日本語の歴史で、なぜそうならなかったのだろうか、「傷跡」を「ショウセキ」と読まなかったのだろうか、と考えてみると、いや、マジでこの問題の面白さが見えてくる。
 類例を見ていくと、遺跡・奇跡・軌跡・旧跡・行跡・形跡・口跡・航跡・古跡・罪跡・史跡・事跡・失跡・手跡・証跡・蹤跡・定跡・真跡・人跡・聖跡・戦跡・踪跡・足跡・追跡・犯跡・秘跡・飛跡・筆跡・墨跡・名跡・門跡……とあるが、「痕跡」のように、訓読みのみで音読みはねーよという例はなく、こいつだけイレギュラー感がある。違うかな。
 違う。「あと」の側から追ってみると、「麦跡(むぎあと)」「雨跡(あめあと)」「刈跡(かりあと)」というのがある。他に「跡」を「あと」と和語で読ませるのは、「剃り跡」「焼け跡」「往に跡」のように動詞の送りのあるケースが法則的に見える。が、「傷跡」は「傷ず跡」ではないので、この系列ではないだろう。とすると、「傷跡(きずあと)」は「麦跡(むぎあと)」「雨跡(あめあと)」「刈跡(かりあと)」の系列なのだろう。
 とすると、「麦跡」「雨跡」「刈跡」などの「跡(あと)」のように、以前はそれがあったが今はその残存で示されるもの、みたいなものだろうか。確かに、「傷跡」は、傷があってかさぶたができて、今はかさぶたがとれたけど、跡が残りましたという感じはしないでもない。
 でも逆に、「遺跡」「奇跡」というのは、そういう「跡」なのかというと、実は「遺蹟」「奇蹟」だった。戦後GHQが日本人は難しい漢字使うんじゃねーよと諭してできた漢字制限で、しかたねーとして使ったものだった。これが現在の常用漢字にまで影響している。ほかに割食ったのに、旧蹟・古蹟・史蹟・事蹟・手蹟・真蹟・聖蹟・秘蹟・筆蹟・墨蹟などがある。でも「聖蹟桜ヶ丘」は固有名詞なので「聖蹟」のまま。ちなみになぜ「聖蹟桜ヶ丘」なのかというと、まあ気になる人はぐぐれ、よ(知っておいたほうがよいよ)。
 「蹟」がすべて「跡」になったかというと、なったようだ。昭和31年7月の国語審議会資料だと「蹟」は「跡」とせよ、としている。が、これ、「セキ」の読みの「蹟」であって、「あと」の読みの「跡」にまで対応しているとまで適用するのは、逸脱っぽいぞ。ふむふむ。
 それと、現在の「跡」の成語は元はすべて「蹟」かというと「定蹟」なんていう言葉ない……あった。異体字だな、ようするに。
 さてと。
 では、「傷跡」は、最初から「傷跡」なのか、「傷蹟」だったのかというと、どっちもない。だから、「ショウセキ」がないということにもなるのだが。
 ではどっから「傷跡」が出てきたかというと、「疵痕(きずあと)」から。
 「疵」も「痕」も、戦後は使えねー、ということで、両方宛て字にして「傷跡」ができた。これ、戦後の言葉だったようだ。昭和15年生まれ、麻生塾小学校で小学校3年まで学んだ麻生太郎くんは、正しい日本語の「疵痕」を学んで、インチキ日本語の「傷跡」は学んでないのかも。
 「痕」だが、他に、血痕・残痕・傷痕・条痕・爪痕・瘡痕・弾痕・刀痕・痘痕・瘢痕・墨痕・涙痕があり、この中に「傷痕」がある。「傷痕」は「疵痕」の宛て字なのか、別の系列なのか、ちとわからない。
 「傷痕」は、「きずあと」とも読めるが、「ショウコン」と読んでもよい。というか、戦前はこういう熟語はどっちで読んでもよかったのではないか。おそらく、「傷痕」という言葉があれば、それに対応する和語の「きずあと」を充ててもよく、逆もけっこうあったのではないかルール。というか、麻生さんの脳内もこれなんじゃね。
 と、字引を見ていくと、広辞苑の「傷痕」の用例に「戦争の傷痕(きずあと)」が掲載されいるのを発見。どうも、あれだ、ある時期までは、「戦争の傷痕」というのが通例だったのではないか。

cover
NHK 新用字用語辞典
 というわけで、ここまでをまとめると、ある時代までは「戦争の傷痕」という「傷痕」が通例だったけど、当用漢字・常用漢字の規制で政府公文書は「傷跡」になったのだろうか。やっぱ戦後も勉強したほうがよかったね麻生総理、なのか。
 NHKの新用字用語辞典(参照)を見たらこうあった。

きずあと 傷あと〔跡・▲痕〕

 NHKは「傷跡」は認めたくないようだ。理由も調べたがよくわからない。おそらく、(1)そんなの日本語の破壊だろやめろとけ、(2)読み間違いが出るだろ、のどちらかだろう。たぶん、両方あるんじゃないか。
 だとすると、麻生さんは、挨拶文を官僚に書かせるんじゃなくて、NHKのニュース原稿の人に書いてもらうと、「傷あと」と書いてくれるので、読み間違って瑞穂丹怒っちゃうに遭遇することがなかったのではないかな。
 で、終わりかなと、政府系の文章を見ていくと、「税制調査会第5回金融小委員会議事録」(参照)に。

 では、事務局、よろしくお願いいたします。
(中略)
 ただ一つ残念ながら、日本につきましては、そこにございますように、バブル崩壊後の傷痕が癒えぬままに不調が続いているということでございます。

 あれ、「傷痕」あるんじゃん。
 あるじゃんどころじゃねーな。これも。「小泉内閣総理大臣の談話 平成十三年八月十三日」(参照)に。

とりわけ、アジア近隣諸国に対しては、過去の一時期、誤った国策にもとづく植民地支配と侵略を行い、計り知れぬ惨害と苦痛を強いたのです。それはいまだに、この地の多くの人々の間に、癒しがたい傷痕となって残っています。

 ありゃりゃ。「傷痕」、小泉元総理の挨拶でも使っているじゃん。
 これはあれかな、麻生さんの挨拶文に「傷跡」なんて書いた人の教養が足りなかったというのが妥当な結論になりそうだ。

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コメント

読めないのではなく、読んでいるんですよ。
しかも、系統的に間違っているんです。
問題は、教養ではなくて、そこなんです。

投稿: nanashi | 2009.08.12 22:13

もおォ。漢字の読み方なんかどーでもイイじゃん、ぷっ。てなとこじゃないのかな?特に名前なんか出鱈目ぢゃん。「太郎くーん、たろうくーん。」、「ちげーよ、俺はふとおだい。」なんてね。流石に悪魔ちゃんは市役所で受け付けなかったようですが、名前の読みなんて、届出次第のような気もします。麻生(あほう)太郎(だろう)、なんて届けたら受け付けてくれるのでしょうか。英語さえ喋れれば日本語なんて、ぺっぺってなところもあるのかも。こういうことを言ってても死地に送られないだけ日本はイイ国になったのかもね。では。

投稿: 玉虫 | 2009.08.12 22:55

教養というのは

人をおちょくったり
優越感でニヤニヤしたりする

こと以外に

使い道がありますか?

少なくとも教養と品性は別ですよね

投稿: コメント | 2009.08.12 23:20

 麻生さんの間違い歴も随分長いんだから、間違う可能性の有りそうな単語にはルビ振っておけばいいじゃん。それと、素読して間違うか間違いそうだと思った漢字は平易な言葉遣いに改めればいいでしょ。

 難しい?単語使って言い間違うから馬鹿にされるんで、平易な言葉遣いで「言い回しが俗である」ってツッコミは入らんでしょ。突っ込んだ方が、何を偉そうに言っとるんだ、で捻じ返されるだけなんだし。

 そういうのは官僚か誰か知らんけど作文屋さんのやることでしょ。やってなくて麻生さん恥掻いたなら、そりゃ麻生さんもアホだけど作文屋が職務怠慢だよ。
 職務怠慢で何遍も上司に恥掻かせるのは民間企業の感覚ならクビか左遷の対象でしょうに、それもなく毎度毎度のお間違いが出来るんだから、まぁ日本は平和な国ですよ。

 そういう性根の卑しい真似をしてるから、官僚国家は遺憾よねって言われるんだよ。今たまたま政治方面にクソが集結してるからそっちに目が向きやすいだけで、基本的に「官僚やるようなヤツは性根の卑しい大バカタレ」ってのは、昔から言われてることでしょに。

 自分らが誠心誠意真面目に仕事やってて政治がブチ壊すから政治がダメって言うなら兎も角、間違うように仕向けたり間違っても知らん顔してニヤニヤするとか、それじゃあ話にならんですよ。

 やることが姑息過ぎますな。それが日本の知性じゃあ、日本が駄目になるのも仕方ないでしょ。そんなもん洟で哂われるだけですわってのが、分かんないかなぁ?

投稿: 野ぐそ | 2009.08.13 00:05

党首討論で見ることが出来る麻生氏の説明力の高さについては、どうでしょう?

投稿: てんてけ | 2009.08.13 00:25

> 日本人は難しい感じ使うんじゃねーよ

「漢字」の間違いでしょーか?

政府系の文章ってまわりくどいっすね。

投稿: @ | 2009.08.13 06:56

今、萩野貞樹先生の「旧かなづかひで書く日本語」(幻冬舎新書)を感心しながら読んでいるのですが、戦後の日本の国語破壊はとんでもないもののようだった様です。

共産中国の漢字簡略化と用字制限もすさまじいものですが、日本の国語でも、漢字簡略化と字数制限と現代仮名遣いは、正確なコミュニケーションにえらい不便をもたらす文化破壊だったようです。

歴史的仮名遣いを整理したのは江戸時代の契沖だそうで、歴史的仮名遣いもそんなに歴史は古くはないようですが、旧漢字の楷書体と歴史的仮名遣いにはなじんでおいたほうが、真正の日本語とはどういうものか、いちおうのバックボーンは用意できるみたいです。

でも、歴史的仮名遣いを使ってらしても、埼玉大学の長谷川三千子教授の知識は抜け目だらけのことが頻繁ですので、物事は、何かいおうとするときは裏を取る、というのは大切です。論語にもそういう話が載っているはずです。

投稿: enneagram | 2009.08.13 08:17

 いつも楽しく拝見させて頂いております。曽根清治と申します。

>戦後GHQが日本人は難しい感じ使うんじゃねーよと諭してできた漢字制限で

「難しい感じ」ではなく、「難しい漢字」の変換ミスではないでしょうか? コレはマイクロソフトのIMEのショウセキですね。

 

投稿: sonesayaharu | 2009.08.13 10:10

「戦後GHQが日本人は難しい感じ使うんじゃねーよ」
→「戦後GHQが日本人は難しい漢字使うんじゃねーよ」じゃね?

てか、麻生氏の読み間違いもこの程度のことでしょ。

投稿: nanasin | 2009.08.13 11:41

「難しい感じ」→「難しい漢字」修正しました。ご指摘ありがとうございました。

投稿: finalvent | 2009.08.13 12:18

もう皆あえて言わないんだろうけど、こんなアホが首相なんてあり得ない。大卒無業者の国語の家庭教師を1000人くらい雇えばいいのに。よほど社会のためになるよ。

投稿: まぐっぺ | 2009.08.14 04:12

人の言い間違いを指摘する内容の記事を書いて、自分の書き間違いを後から修正するのはちょっとフェアじゃない気がするな~

投稿: | 2009.08.14 07:44

>>旧漢字の楷書体と歴史的仮名遣いにはなじんでおいたほうが、真正の日本語とはどういうものか、いちおうのバックボーンは用意できるみたいです。

戦前の文庫本を読めば歴史的仮名遣など、なじむのはいとも容易い。書けと言われれば躊躇するが読むのはある程度の読書量があればわけはない。

しかし、旧漢字の楷書体と歴史的仮名遣が一般に読まれるようになったのは維新後に新聞が普及してから。江戸期の日本語表記は御家流の連綿体。寺子屋では楷書など教えないし、瓦版すらだ。
おまけに書くが、「真正の日本語」という定義が気になるんだが、戦前と戦後で「真正の日本語」というのは消滅したのか。今、ここに書かれている文書っていうのは「真正の日本語」ではない、ただのまがいものなのか。

投稿: F.Nakajima | 2009.08.14 11:00

ほんと、真正の日本語なんて定義がまずナンセンスだし(万葉仮名でも使います?)許よりそこまで大げさな話でもないですよね。ただの読み間違い。知性の問題でさえない。

投稿: カラ | 2009.08.15 09:48

萩野貞樹先生の「旧かなづかひで書く日本語」に続いて「▲旧▼漢字」(「きゅう」を旧漢字で書けない:文春新書)を読み、今、福田恒存氏の「私の国語教室」(文春文庫)を読んでいます。いずれ、時枝誠記先生の国語学の書物も読みたいと思っています。文春新書の「旧漢字」は、西尾幹二先生が執筆を支援されたそうです。萩野先生のような英傑を広く世の中に紹介してくださったことを西尾先生に感謝します。

契沖が整理してくれた歴史的仮名遣いを知ると、日本語の表記の合理性、論理性がよくわかるし、日本語の言霊のなんたるかも少しが触れられるような気がします。楷書体の旧漢字を用いた熟語を知ると、旧漢字を用いると語彙や論理を精密に組み立てることが出来ることがわかります。

このエントリーは、漢字について、日本語の「あと(跡、痕、蹟など)」を題材にして精密な用語法をいろいろ紹介してくださっていますが、国語表記の問題を考えると、ほんとうに日本語の意味構造というのは奥が深い。

F.Nakajimaさまにも、萩野先生の「旧かなづかひで書く日本語」と「旧漢字」をぜひ読んでいただきたい。そうすれば、私たちが普段読み書きしている日本語が、見るもあわれな「まがいもの」にすぎないことにはっきり同意されると思います。

投稿: enneagram | 2009.08.17 11:18

amazonのレビューだけ読んだ。今の私にはそれだけ読めば充分だ。世間というのは狭いものだね。ねえ、デューク。

「日本語の言霊」とか「旧漢字だと語彙や論理を精密に組み立てられる」と言い出す時点でもうだめ。さらに「意味構造」って一体何?
大体、言霊を「想像の産物」じゃなくて「実在物」と認識してはもう始末に終えぬ。

即刻そのような下らぬ本は放り出してまず、野矢秀樹の「論理学」を読むことをお勧めする。特に構文論と意味論のところはよく読んでほしい。その上で、S.I.ハヤカワの「思考と行動における言語」を読むことを「強く」薦める。これを読めば西尾氏や荻野氏の背中に憑り付いた「言霊」の正体がよく見えることだろう。その上で意味論についてまだ疑問があるならライカンの「言語哲学―入門から中級まで」を読んでほしい。

それだけ読めば除霊は終了。まあ言霊に憑り殺されることはあるまい。じゃなければ、豆腐の角に頭をぶつけて死ぬことになっても知らないよ。

投稿: F.Nakajima | 2009.08.17 23:46

>投稿: F.Nakajima | 2009.08.17 23:46さん

 enneagram←コレは駄目ですよ。ネット界でご高名な切込隊長とやらが、しょうもない口喧嘩をわざわざ法廷に持ち込んだ挙げ句、たかが10万円の罰金で信用を地に堕としたのと同じ程度の阿呆ですから。相手するだけ時間の無駄ですわ。阿呆が相手でも下手に信用したり騙されたりする程度にレベルの低い人や欲まみれな人は(何だかんだで)多数存在しますから、そういう連中相手にマルチ紛いの妄言を繰り返すだけですよ。それしか出来んのでしょ。

 あんだけみっともなくてものさばれるんだから、憎まれっ子世に憚るとは古人も上手いこと言ったもんです。

 まぁ、それで生きていけるならその程度に世の中平和ですねってだけだから、それでいいんじゃないですかね?

投稿: 野ぐそ | 2009.08.19 10:09

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