イラン大統領選後混乱、雑感
12日実施されたイラン大統領選挙だが、当初から西側の予想(参照)としては大差で現職アフマディネジャド大統領(52)の再選と見られていたので、私には選挙の不正を巡る現下進行中の騒動のほうが予想外であった。選挙の不正については、おそらく前回の選挙のほうが問題が多かっただろうが、あの時にはその後に大きな騒動はなかった。なぜ今回は騒動になったのか。
アフマディネジャドに対立する、改革派と言われるムサビ元首相(67)が実際には優勢であったのだろうか。選挙前の報道に戻って調べ直すと、米国流のテレビ討論などの影響もあり、選挙が近くなるにつれムサビ支持が増えていったという経緯はありそうだ。その慣性的な力は今回の騒動の背景になってはいるのだろう。また、今回は前回の投票率62.8%を大きく上回る84.7%であったことからもわかるように熱い選挙でもあった。
12日の投票は即日開票となり、翌朝開票率約90%の段階で、アフマディネジャドが66%、ムサビが33%の得票率と内務省が発表した。当選に必要な過半数の票を獲得したため、決選投票は否定された。印象としてだが、ムサビ支持が多いと予想された都市部でも不自然にアフマディネジャドの得票が多いといったことから不正はあったのではないかと思われるが、不正があったとしても、イラン国家全体として見れば、選挙の構図にはそれほど大きな変化はないのではないか。ムサビ側の反論も、開票の不正というより選挙そのものの仕切り直しを求めているようなので、今回の選挙の枠組みとしては敗北は織り込まれているように見える。
騒動の原因は何なのだろうか。多くは失敗に終わった旧ソ連内国家での選挙を巡る騒乱のように西側諸国と関連する構図があるのだろうか。つまり、反米のアフマディネジャドに対して、親米的なムサビといった構図である。自由・開放政策を求めてのムサビ支持といったものはありそうだが、ホメイニ革命後、ホメイニ師の元で首相でもあったムサビということから考えても、ムサビ側に米国あるいは西側の影響といった構図はないだろう。西側からのムサビ支援も否定的に見られている(参照・参照)。
タイの選挙を巡る騒動に近いだろうか。自由経済化による新興勢力の台頭と旧支配階層の対立といったものである。イランの場合、よほど雑駁に見ればそうした構図がないわけでもないだろうが、その構図を採るならどちらが旧支配階層に近いのかと問うてみると明確ではないことがわかる。ムサビ側が改革派と言われるが、自身が富有階層の出身ではないアフマディネジャドのほうが、旧支配階層への対立・改革派に近いようにも見える。
米国の選挙が中絶・銃規制・税制・同性愛といったお定まりの項目を持つ文化戦争であるように、項目のセットは異なるがイランにおいても単なる文化戦争なのだろうか。たしかに、テレビ討論では大きな対立があったかのようだが、文化戦争的な固定した価値観の対立ではなかった。対外的には、特に米国を中心に西側が関心を持つ核開発の可否についてなど、大きな争点になりえなかった。
だとすれば、なにが対立なのだろうか。私は二点しか思いつかない。一点は、その国独自の歴史に根ざす対立する権力構造である。日本では自民党内ですら対立し、民主党内は野合化している。日本人ならそうしたお国のご事情といったものは察するに余りあるが、イランも日本同様に錯綜しているのではないか。また日本が米国の傀儡国家のような存在で、隣国韓国くらいしか類似国がない極東にあって孤立しているように、イランもスンニ派が多数占めるをアラブ世界にあっては孤立しているといった歴史・対外的な事情が独自の国内権力構造を色づけてている面もあるだろう。実際、本音のところでアラブ諸国は今回のイランの国内騒動で対外的な活動が沈静化されてよかったと安堵している(参照)。いずれにせよ、このお国のご事情といった局面は簡単には理解できない。
そもそも、なぜ今回ムサビが出てきたのかというあたりで、対外的には予想されていなかった。予想という点ではハタミと見られていたはずだ。ではなぜハタミは出なかったのか。推測でしかないが、最高指導者ハメネイ師が出馬断念を迫ったという話がある。では、ハメネイとムサビの関係はどうかというと、対立しているという見方が多いだろうし、ハメネイはアフマディネジャドを支持している見方も多いだろう。しかし、そのあたりからはよくわからなくなる。ハメネイはアフマディネジャドが失脚した場合の保険をかけてムサビを容認しているとも考えられる。
もう一点は、今回の騒動の支持者に目立つ若者は、ホメイニ革命後の世界に育った世代だということがある。イランは国民の四分の三が三十歳以下という若い人々の国である。アフマディネジャドと同じ年の私などからすればそう昔のことでもなく思い出すホメイニ革命は1979年の出来事だった。あの光景を見たこともない世代がイランには多いということが、実感としてこの国がどうなっているのかわからなくさせている。
騒動の行方だが、ハメネイ師の存在が問題化されるとも思えないことと、適度な不安定要素が多方面で利点がある以上、しばらくイラン内政不安定な状態が安定的に続くのではないかと思う。騒動からムサビ政権といったものが実現したら驚きはするが、それでも対外的な変化というものはないだろう。
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コメント
>イランは国民の三分の四が三十歳以下という若い人々の国である。
四分の三、の誤植でしょうか?
投稿: | 2009.06.19 16:15
ブッシュとゴアの2000年のアメリカ大統領選みたいに、事前に、選挙妨害、投票妨害ともみなされうる選挙の不正みたいなものはなかったのかしら。なにか、あのときのアメリカの騒ぎに似たようなことがイランで起きているような気がしないでもないです。
たぶん、アメリカに対する態度を考えたら、日本は、韓国とは類似国ではないと思います。アメリカの対日関係と対韓関係はとても異質なはずです。
ついでに、日本は、極東で孤立しているのではありません。諸外国が日本を理解しようと努力していないのと、日本も諸外国に日本を理解させようと努力していないのと、そういうことだと思います。
たぶん、アメリカは、極東については、日本と韓国と台湾とフィリピンはセットにして考えていると思います。本当は、インドネシアもセットにしたいのだけれど、あそこはイスラムだから、親米には出来ないと、アメリカはあきらめていると思います。そのせいで、アメリカは、地政学的に、インド洋では完全なスーパーパワーにはなりえません。
投稿: enneagram | 2009.06.19 16:43
「イランは国民の三分の四が三十歳以下という若い人々の国である。」
3/4、漢数字を用いて表記するなら四分の三では?
テヘランの中でどっち?と訊けば、ムサビとなるでしょうね。都市部でアハマディネジャドは嫌われてましたし。特派員の周囲だけで採取したサンプルなら圧倒的にムサビ支持になると。そこでしょうね。とはいえ、全国調査なんかやれるわけもなく(笑)。
投稿: 時々弁当支持派 | 2009.06.19 17:16
「四分の三」の誤植です。訂正しました。ご指摘ありがとうございます。
投稿: finalvent | 2009.06.19 19:00
イランの事情をよく知らないので弁当翁さんの言を元に考えると、
>騒動の行方だが、ハメネイ師の存在が問題化されるとも思えないことと、適度な不安定要素が多方面で利点がある以上、しばらくイラン内政不安定な状態が安定的に続くのではないかと思う。
ここが基本線かと思いますが、
>騒動からムサビ政権といったものが実現したら驚きはするが、それでも対外的な変化というものはないだろう。
ここは、どうかと思いますよ。政権樹立後1,2年内に変化が目に見えるとは思えませんけど、3~5年単位で安定するようなら、対外的な変化は起きますよ。それが内的要因によるか外的要因によるかは分かりませんけど。
(ムサビ政権樹立なら)戦前の日本が若手将校の暴走に引き摺られたのと同じような状況に見えますから、その意味で「変化あり」と周囲(特に欧米)が見做すなら、イラン自らに変化の意思が有る無しに及ばず、強い「揺さ振り」が起きるものと思います。
宗教心信仰心に支えられる若い国家は、往々に「揺さ振り」に弱いもの。日本と世界の不幸な歴史を他山の石として、イランには健全な発展繁栄を望みたいものです。
で。話は変わりますけど、今回の弁当翁さんの文章は9点だと思います。達意であり発展性があり、読後考えさせられます。今日の大才に夜鳴き無し、ですね。
良かったねってねこさん雌3歳元脱腸現居候に言うたら、にゃーと鳴いておりました。ねこ絶賛。
投稿: 野ぐそ | 2009.06.19 22:28
最近、外出すると、インド人をよく見かけるんです。
以前から、ファーストフードショップに入ると、中国人がたくさん働いています。
日本だけでなく、先進国全体で、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの体のいい若い衆の流入がすごい勢いで起きているんだろうと思います。日本なんかは、まだ、それほど流入が激しくないほうなんだろうと思います。
1970年代、1980年代に発展途上国で世界的な人口爆発が起こって、そのころ生まれた人たちが今、若年労働人口(20歳~40歳)に達していて、中国やインドがどんなに経済発展しても、農村部の生産性の低い若年労働人口にたいして、その国の都市が職をあてがい切れないのだろうと思うんです。それで、それらの国の職にあぶれた若い人たちが先進国に流入しているのだと思います。
今回のイランの大統領選も、そういう文脈でも捉えられるような気もします。すなわち、イランの若年労働人口の社会的不満です。
正直なところ、既存の産業の生産性をどんなに高めても、発展途上国の若年労働人口をすべてまともな経済生活を送れるようにさせることはおそらくできません。既存の農業、製造業、流通業、金融業、外食サービス産業、物流産業、情報産業の生産性をどれほど向上させても、それにより可能な経済成長は、いわば「たかがしれて」います。既存の産業とは比べ物にならないほど生産性の高い新産業がいくつも生まれる必要に迫られているのだと思います。
そんなわけで、ブロガーの得意とするところではなくとも、社会科学的側面のエントリーに偏らないで、未来志向の技術紹介のエントリーや、産業上のイノベーションの取り組みなどを紹介するエントリーも積極的に記事にしていただきたいと思います。
投稿: enneagram | 2009.06.21 09:14