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2009.06.20

中国に否定された朝日新聞の北朝鮮報道から見えてくること

 最初にお断りしたいのだが、このエントリは朝日新聞の批判を意図したものではけしてない。重要な問題が隠されているのではないかと思うので書いておきたい。

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 朝日新聞の北朝鮮報道に何か異常なことが起きているようだ。16日の朝日新聞だが1面トップで、金正日総書記の三男正雲氏が訪中し中国胡錦濤主席と隠密で会談したと報じた(参照)。しかし中国外務省の秦剛報道局副局長は同日の会見で「そのような状況は承知していない」と婉曲に朝日新聞の報道を否定した。
 ここまでなら、誤報なのか、中国政府側での事態の政治的な扱いについての表明であったのか、簡単には判断がつかない。ところがさらに朝日新聞は18日1面で、秦副局長の発言を踏まえたうえで、訪中詳細と金総書記の長男正男氏も同会談に同席していたと続報した(参照参照)。朝日新聞は中国の公式見解を否定して自社報道を真実だと強く訴えた。中国側が沈黙すれば、朝日新聞の報道を事実上中国が肯定することになる。
 ところが中国側は同日に素早く、さらに強く朝日新聞の報道を否定した。秦副局長は「日本の方々は東洋の含みのある言い方が理解できるに違いないと思っていた。まだ理解できないようなら今日はもう一歩進めて事をはっきりさせる」「私も関係メディアの報道を読んでみたが、まるで『007』の小説のようだと思った。彼らが次のシリーズで何を書くのか、私には知る由もない」と述べた(参照)。「朝日新聞」という固有名を出してはいないものの、該当報道は朝日新聞からしか出されていないので、これはかなり強烈な朝日新聞への否定であり、痛罵と言ってもよい。
 朝日新聞の報道に疑念を持った毎日新聞は朝日新聞の広報部に問いただしているが、「ご指摘いただいた北朝鮮についての一連の報道は、確かな取材に基づき記事にしたものです」とのコメント受けた。朝日新聞は今回の報道に確信的であり、その後の動きはない。
 ここまでで明確なことがある。中国の公式発表が正しければ、朝日新聞の報道はガセである。あるいは、朝日新聞の報道が正しければ、中国は公式に嘘をついている。どちらであろうか? 二律背反であって、一方が真で、他方が偽である。この状態が続けば、朝日新聞は中国の公式見解を否定しつづけることになる。
 朝日新聞の報道が正しいとしても、そのことは中国にとっては公式には不利益であることは確かだ。いったい背後で何が起きているのだろうか。
 報道の構図からすると、朝日新聞側が仕掛けていることは明らかであり、暗黙にこの報道による利益を得ている側になる。また朝日新聞は独自の情報源からこの情報を得ている。
 誰がこの情報を朝日新聞に流したのだろうか。記者の所在地は北京と明記されており、北京で得た情報であると見てよい。素直に考えれば、中国側に情報源があるが、その後の経緯からその情報源は公式見解と対立しているので、中国内での権力対立を反映した情報源だろう。なお、推論としては中国が最初から朝日新聞に泥を被せる手はずですべて仕組んだという可能性もゼロではないが、おそらくないだろう。
 情報の出所が北京という場所であり、また中国側の筋であったとしても、さらにその根に北朝鮮がいると仮定して、それほど陰謀論的な推測ではないだろう。というのも、今回の朝日新聞の報道以前から正雲氏を巡る怪情報は連発されており、それが北朝鮮に端を発していると見られるからだ。この読みは有力ではないだろうか。中国が公式に否定したのも対北朝鮮の関係から考えると妥当に思える。
 今回の朝日新聞の報道の根が北朝鮮発であるとすると、それはどのような意味を持つのだろうか。報道のメッセージの含みは「金正日総書記の三男正雲氏が正統後継者であることを中国が認可した」であると言ってよく、報道から結果的に明らかになったことは、中国は正雲氏を認可していないということだ。
 この構図からすると、北朝鮮の正雲氏支持勢力が事実無根でありながら、朝日新聞を使って中国側に打診してみたという筋が成り立つ。さらにこの報道が二段構えで中国側に太いチャネルを持つと見られる正男氏も是認したということも、北朝鮮の正雲氏勢力が背景にあるとの推測を支援するだろう。
 朝日新聞もなんらかのメリットでその側にいるとも見られるが、私の率直な印象に過ぎないが、朝日新聞は中国政府側から敵視されるほどの立場に立つとは思えないので、朝日新聞内部でも今回の報道には賛否があったのではないか。
 もう一つの読み筋として当然加えておかなければならないのは、朝日新聞が正しく、中国側が嘘をついている場合だ。この場合、「金正日総書記の三男正雲氏が正統後継者であることを中国が認可した」ということになんらかの真実が含まれるが、外交上公式にはされないということになる。この読みの妥当性はどのくらいだろうか。
 中国的な外交のあり方からすれば、他国の政治権力への加担は常にバランスを取る。例を日本に取るなら、中国政府は小沢一郎がどのようなポジションにあってもチャネルは維持しつづけたようなものだ。同様に考えるなら、中国は、正雲氏が北朝鮮王朝の正統後継者であるという線も、正男氏がそうであるという線もただバランスを取っているだけであり、むしろだからこそそこを北朝鮮の正雲氏支持勢力が焦って読み違えたか、読みを朝日新聞を使って押したのではないだろうか。私は今回の事態の背景はこれなのではないかという印象を持っている。
 今回の怪奇な報道の根には、当然ながら北朝鮮王朝の正統後継者問題がある。これには二面がある。正統後継者は誰かということと、正統後継者と目される人物が北朝鮮の権力を掌握しているかということだ。
 マスメディアからは前者の側面が話題になるが、より重要なのは後者であろう。金正日総書記の三男正雲氏が北朝鮮の権力を掌握しているのか、ということであり、それがそもそも問題だというのが北朝鮮の現状なのだろう。
 世襲制度に慣れきった日本人からすると、最高権力者である金正日総書記が独断で正統後継者を選定すれば問題はすべて解決するかのようなイメージを持つかもしれない。だが、現権力者の金正日総書記自身が王朝創立の金日成氏の正統後継者となる経緯もすでに明らかになっているように、その権力掌握の階梯は複雑であった。北朝鮮も国家であり、その国家幻想と機構に由来した独自の権力の力学があり、独裁者といえどもそこに調停的な機能と十分な権威の獲得が必要になる。金正日総書記もその階梯を慎重に辿ったことを考慮すると、階梯にも昇らないと見られる長男正男氏はプロセス上論外といってよく、次男正哲氏(27)と三男正雲氏(26)が残るが、両者ともに若過ぎて、その点では論外に近い。
 つまり、現状の北朝鮮の権力構造がすでに集団体制であり、集団間の権力は割れていて、正雲氏の支持者とそれ以外が存在するのだろう。
 この問題を北朝鮮の権力機構に即して考察するには、国防委員会と朝鮮労働党組織指導部の二つの機構が重要になる。両者は現実的には対立に近い位置にあるとしか見えない。北朝鮮の憲法規定からすれば、国防委員会が関わるべき軍は朝鮮労働党統制下に置かれるが、金正日総書記が先導した「先軍政治」への転換によって、国防委員会が北朝鮮の国家主権の最高軍事指導機関となっている。
 不確かな情報ではあるが、三男正雲氏は国防委員会の行政局に所属し、二男正哲氏は朝鮮労働党組織指導部の第一副部長に就任したとみられる(参照)。この情報が正しいとすれば、三男正雲氏が後継者として話題になるのは、国防委員会の権力の立ち位置に付随した事象にすぎない。
 推論に推論を重ねるようだが、金正日総書記の正統後継者が実際には不在であることが、国防委員会の突出を招き、朝鮮労働党などの他の権力機関を従属させなくてはならない事情を生んでいるのではないだろうか。
 今回の異常とも見える朝日新聞の報道は、結果的にその事情を日本人に知らせてくれているのではないか。

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コメント

 報道後の読み筋に関しては弁当翁さんの記事にて唸ること然りですね。

 朝日さんの考えることはよく分りませんけど、個人ベースで(社内の噂話や社員同士の与太話など)上役にバレないようにやるならまだしも、下請け全社一丸となって元締めに文句垂れて、それで契約切られたらどうするんだろ? とは思いますね。

 取引先の社員さん相手にヘコヘコしていて「格好悪いね」って社員に言われて軽くキレた社長さんが、次の日相手社員さんに強気に出たら社員さんが早速ホウレンソウして部長さんが出てきて「何か文句あるの?」って言われて社長真っ青。自分ところの社員にも冷めた目で見られて立つ瀬無し、みたいなもんでしょう。

 フジは安泰、日テレ・朝日は危険水域、TBSだけはガチって、どこかのブログにコメントしましたけど、今この流れだと日テレのお尻も危ないことになっちゃうんじゃないですかね? 私感覚だと朝日までは損切りで日テレは安全圏と思いたいんですけどね。

 駄目かもしれませんね。

投稿: 野ぐそ | 2009.06.20 21:54

朝日新聞は、電人ザボーガーか「サインはV」の立木大和みたいなものなんでしょう、きっと。

悪之宮博士がいなければ、ザボーガーの存在理由もないし、野心がなければ、変化球サーブの「稲妻落し」を開発しなければならない必要もない。

朝日新聞の北朝鮮報道なんていうのは、そんな程度の水準だと思っておいたほうが無難なんじゃないかと思っています。

投稿: enneagram | 2009.06.21 08:51

 朝日新聞が頑張ってるみたいです。今晩の報道ステーションを観ていたら、早速?コンビニの値引き問題について熱弁奮ってましたよ。馬鹿ですか?

 廃棄品の安売り問題。それはそれで何らか改善の方向で処置すべきなのは時代の流れでしょうけど、処置しすぎは逆に問題なんですよね。ゲーム業界のようになってしまう。初版1週間勝負で2週目以降は中古の山。そのうち「ベスト版」と称して廉価品が出るようになって、実勢値としては80~100万人くらいが遊んでるかもしれないゲームでも、新作で売れるのは50万本くらい。残りは還流品で済まされてしまって会社も現場も大変なことになっちゃう…かな? そうでもないのかな?

 そんで、技術革新の波に乗り遅れた人たちは、(それなりに)高度な技術を持ってるのに使い出が無くなって会社をお払い箱になって、パチンコ業界に逝っちゃう。
 パチンコ業界さんが人材を吸収してくださるんですから雇用確保の面では大貢献なんだけど、その代わり今日びのパチスロは30分で3万吸われるでしょ。20年くらい前で30分5000円、10年くらい前で30分1万円くらいが相場だったのが、どんだけ吸血鬼ですかと言わんばかりに生き血を啜っておる訳ですが。吸いたくて吸ってる輩ばかりじゃ無いでしょ。商売が成り立てばそれでいいから、過剰に儲け過ぎたくないって思ってる経営者さんも居るでしょ。でも商売だから一生懸命やらんとならんし、やりゃあやったで周囲からヤクザだ何だと言われていいこと無い。儲け過ぎは嬉しくないって言ってる人も居ますよ。中には。

 安易な値下げ路線の行き着く先は、そんなもんだと思いますよ。値ごろ感を守るのも、重要なんですけどね。

 廃棄品問題(というより、本質的には過剰仕入れ問題)はかなり真剣に考えないと拙いと思いますけど、値下げでいいじゃん的に安易な結論出したら、後で困るのは結局日本じゃないの? と思いますね。朝日さん的には「日本が駄目になっても朝鮮が儲かるんだからいいじゃん」って結論もあるのかもしれませんけど、それはどーなんでしょうね?

 20年前の水準や位置関係の方が却って楽だったって、元パチンコ屋の釘師のお兄さん(40くらい。同和の人)に聞きましたけど。

 朝日さんは何を狙って、何を言いたいんでしょうか。私には、さっぱり分かりません。

投稿: 野ぐそ | 2009.06.22 22:33

中国のポジションもおのずと見えてきますねぇ。
北朝鮮の内部で、権力基盤が確立されるかどうかがあの国の一番の関心(核問題ではない)となるのは目に見えているのであって、そりゃ海上検査やらで刺激したくないと思いますよ。

日本の報道は北朝鮮問題になると少しおかしいですね。
もう少し、冷静になって解説記事書いてくれてもいいのですが、もうそんな雰囲気ではないようで。

投稿: コーン | 2009.06.23 12:57

 (失礼ながら)昨晩弁当翁さんの日記を拝見して、今朝の新聞を読んで、朝の各種ニュースをチェックして、何となく、で考えまとめるんですけど。

 大量仕入れ大量販売大量廃棄路線をまだやってて、「大量仕入れ大量販売」までなら物販業界は大概それで、以後の安易な値引き合戦で体力消耗しまくって青色吐息なのも大概そうなんだけど。

 機械等無機物系物販業界には「大量廃棄」って逃げ道が無い(か少ない)から在庫抱えたら赤字も値ごろ感の喪失も覚悟の上で値引き合戦に堕さなきゃならん(ので、その点に関して経営責任が凄い問われる)のだけど、コンビニ大手と新聞屋は「いいよ別に」でガンガン捨てて何それ的損切りやりまくりで、損切った分は全部下請け孫請けにおっかぶせた挙句に「捨てた分のロイヤリティもガッチリ頂きまっせ」言うてるからクソなんでしょ? って感じなんですが。

 それなぁ…。ファミコン全盛期の任天堂さんが同じような事やって心あるファンから滅茶苦茶嫌われて、挙句に一時期低迷して人生終了すか?とまで言われてその後頑張って経営立て直して携帯機やWiiで復活?して良かったね?って流れの「最初の頃と今さら同じ」って感じですね。

 アホかと思いました。今はそういう時代じゃなくね? とも言いますけど。どうなんでしょうか。

 元々徒弟制度型で頑張ってた企業さんが時代の波を捉えて事業規模が大きくなると、大体こういう流れに堕しますな。最近で言うなら2ちゃんねるもそうだし、没落気味でお可哀相なホリエモンも、そう。it企業やベンチャー企業や(逆に)創業ウン百年系の古参企業って内実徒弟制度なところがいっぱいあるけど、それ、言っちゃ悪いが民主主義の敵だよな、とも言いますね。

 大量生産大量販売(駄目になったら)安易な値引き合戦をやるような界隈は結局悪しき意味での徒弟制度に堕すのは、なんでなんですかね? そういう意味では、個人も、企業も、官僚も、皆一緒だと思いましたよ。傍目には同じようにしか見えませんから。残念すぎます。

投稿: 野ぐそ | 2009.06.24 06:43

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