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2009.06.09

日本の牛海綿状脳症(BSE)リスク管理が国際的に評価された

 少し旧聞になるが、先月26日、パリで開催された国際獣疫事務局(OIE)総会にて、OIE加盟国としての日本が、牛海綿状脳症(BSE)発生リスクについて、ようやく米国と同水準の「管理されたリスク」の国へ格上げの決定がなされ、総会最終日に正式に採択された(参照)。
 OIEのBSEリスク管理については3段階があり、オーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチンなどが最上位の「無視できるリスク」の国で、今回の総会でチリもそれに加わった。今回日本が格上げ評価されることになった「管理されたリスク」の国は、その下位に位置し、すでにこの位置にある米国同様、牛の年齢に関係なく牛肉を輸出できるようになる。最下位は従来日本が所属していた「不明のリスク国」であり、リスク不明ということは、リスクがあると見なされることを含意している。日本は、つまり、2009年5月まで、米国に比べBSEリスクの高い国であるというのが、国際的な評価であった。
 科学的に考えるなら、狂牛病から人間への病原体感染を恐れるのであれば、国産牛よりも米国牛を食べたほうがよいという状態であったが、日本では逆の印象を持つ人が多かったようだ。今後は、今回のOIE総会決議をお墨付きとして、日本国内の牛肉もより安心して食べられるようにもなり、他国にも和牛の肉を自信をもって輸出できるようになる。
 牛肉の輸出入の規定についても今回のOIE総会で変更があった。従来輸出入できる牛肉の条件として、「30カ未満の骨なし牛肉」という月齢条件があったが、今総会で撤廃された。今後は「全月齢の骨なし牛肉」が条件となる。規定は双務的であり、同ランクの日米では、当然ながら今後、同等の態度が求められるようになる。リスク管理最低国の日本が対米国に独自に設けていた「月齢20カ月以下の牛肉」という規制も、国際ルール上の根拠を失い、米国から強い是正を求められる可能性が高い。
 それにしてもなぜ日本はBSEについて、食の安全が国内的に話題となっていたにもかかわらず結果的に長期にわたり「不明のリスク国」に甘んじていたのか。一般的な印象としては、「安全対策として他国には見られない全頭検査も行っていたのに疑問だ」という思いもあるかもしれない。だが、全頭検査は科学的にはナンセンスとういうのが国際的な常識でもあり、OIEが求めるリスク管理の方向性とは異なっていた。簡単に言えば、全頭検査はリスク管理には役立たず、もっと重要なリスク管理が、あたかも情報操作があったかのような意図的に見えるほどに、日本では看過されていた。ピッシングである。
 ピッシングは、牛の前頭骨に開けた穴にピッシングロッドを挿入し、脳・脊髄を破壊する屠殺工程である。作業員の労働安全を図るために、牛が痙攣で跳ね上がることを防止する手法だが、同時に、BSE特定危険部位である脳・脊髄が破壊されることで、血液などを介して他の部位を汚染する可能性がある。
 BSE先進国という汚名を負った欧米諸国では、BSEのリスク管理としてピッシング廃止に注力し、日本でも2005年、食品安全委員会による「我が国における牛海綿状脳症(BSE)対策に係る食品健康影響評価」で指摘されていたが(参照)、日本ではピッシングなしで作業員の安全を確保するのは難しいとする業界を配慮してこの間、実現できずにいた。ようやく4年を経て廃止に及び、これを契機にOIE総会へのリスクのランク変更が可能になった。
 4年間を長いと見るべきか短いと見るべきかには、評価があってしかるべきようにも思われる。また、BSEのリスク管理として日本国内で実施された全頭検査は2001年からであり、その間として見るなら、8年を経たことになる。
 BSE対策における、実質的な食の安全性への遅滞は、あたかも国民の健康よりも、食肉業界を考慮したかのように見えないこともないが、あるいはこれには別の視点も成り立つかもしれない。手短に言えば、BSEのリスクは、適切な対応採るなら、そもそも高くはないという視点である。
 イギリスを除いたBSE発生の統計として、"OIE - World animal health situation - No. of reported cases of BSE worldwide"(参照)があるが、これを見ても明らかなように、BSEの発生件数は近年激減しており、その理由はOIEのリスク管理指針の正しさを結果的に示している。一部では、天然痘を人類が制圧したように、BSEも正しい科学的なリスク管理によって制圧されたと見る向きもあるが、実際の統計からは理解できる。

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コメント

ピッシングが屠殺の常識と思っていたので、世界がピッシング廃止に動いていたのを教えていただいて、自分の勉強不足をまた思い知りました。

食料自給率が低い、という算出がなされている日本が、今後、農産物輸出国化していくのは、なにか、不思議な気もしますが、日本の農産物や食品は、世界で圧倒的な支持を得るような気がします。

牛肉は、精肉そのものの味ばかり問題にされていて、調理法の工夫がまだまだ貧弱なように思われます。まあ、あと何年かすると、牛肉も、よほど希少なものでないと、高付加価値商品ではなくなりそうな気がします。

投稿: enneagram | 2009.06.10 09:42

この件、最終的には「ナンセンスな全頭検査を厚労省はなぜ行っていたのだ。世界基準を無視した、非科学的な検査を行っていたとはどういう事だ」と役所が批判されるのでしょうね。厚労省の方々も大変ですね。

"10月5日に開催された政府主催の第1回BSE対策検討会では,消費者団体代表から「潜伏期間中はBSE病原体を検出できるのか」という質問があった[19].
 これに対して,厚生労働省は次のように答えている.「BSEには潜伏期があり,発病するのは約3歳(著者注:約5歳の誤り)である.そして,発病の6カ月前から病原体が検出できることがEUと英国で確認されている.検査をしても,30カ月以下の感染牛を発見することはできない.そういう理由で,30カ月以上の検査を行うことを決定した.」
 ところが,この答えは聞き流され,参加者からは全頭検査実施の要求が続いた.会合のまとめとして,厚生労働副大臣は以下のように述べている.「科学的に考えれば,牛肉の安全を守るためには30カ月以上の検査でいい.しかし,皆さんの不安を解消しないと風評被害も起こりかねないので,皆さんの強い声を大臣に伝えたい.」"
http://nichiju.lin.go.jp/mag/06006/06_1c.htm

投稿: bn2islander | 2009.06.10 11:42

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