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2009.06.06

[書評]1Q84 book1, book2 (村上春樹)

 文学は社会が隠蔽すべき猥雑で危険な思想をあたかもそうではないかのように見せかけつつ、公然に晒す営みである。日本の、物語の出で来初めの祖なる「竹取物語」は天皇とその体制を愚弄する笑話であった。日本の歴史を俯瞰して最高の文学であるとされる「源氏物語」は天皇の愛人を近親相姦で孕ませ、それで足りず少女を和姦に見立てて姦通する物語である。

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1Q84 BOOK 1
 同様に村上春樹の「1Q84」(book1参照book2参照)の2巻までは、17歳の少女を29歳の男が和姦に見立たて姦通する、「犯罪」の物語である。また国家に収納されない暴力によって人々が強い絆で結ばれていく、極めて反社会的な物語でもある。それが、そう読めないなら、文学は成功している。あたかも、カルトの信者がその教義のなかに居て世界の真実と善に疑念を持たないように。いや、私は間違っている。「1Q84」は、私たちの社会がその真実と善に疑念を持ち得ないような閉塞なカルトに近く変性したことに疑義を植えつつある。
 物語は、「青豆」という変わった名字のスポーツ・インストラクター兼ロルフィングのようなマッサージ師兼、殺し屋の29歳の女性と、代々木の予備校で数学教師をしながら文学賞を狙うべく小説を書き続ける同年生まれの男性、川奈天吾の二人を主人公とし、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(参照)のように、青豆の物語と天吾の物語が一章ずつ交互に書かれている。一方がリアルワールドで他方がファンタジーという構成は表向き取っていないかに見えるが、読み進むにつれわかるのだが、青豆の物語が天吾の物語が生み出したフィクションであることが明かされ、さらにフィクションが相互の物語を浸蝕していく。メタフィクションが小説論と作者村上春樹の執筆心情を巻き込み、独特のハイパーリアルな世界を形成していく。春樹らしい趣向である。
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1Q84 BOOK 2
 Book1、Book2ともに全章はきちんと24章で構成され、1巻ごとに4月から1984年の四季の時間を追っている。正確には1984年という実際の歴史時間ではなく、タクシーに乗りヤナーチェクを聞きながら青豆が殺人に急ぎ、渋滞する高速道路を降りた時点から宇宙は異質な時間に流れ込み、天界に月は2つ浮かぶ。青豆はその世界を1984年と区別し1Q84という年代で呼ぶ。1Q84の年はパラレルワールドではない。スイッチが切り替わるように世界の進行が切り替わったことを意味する。三菱パジェロは描かれても不思議ではないが、実際の1984年の日本で人々が生活経験に刻印した些細な馬鹿騒ぎ、エリマキトカゲ・ブームのような日本的な風景は、翻訳の邪魔であるかのように払拭されている。浅間山荘事件、ヤマギシ会騒動、オウム真理教事件などを連想させつつも、具体的に戦後日本史に潜む、ある一貫した暗部が描かれようしてるわけではない。日本の1984年という時代を実際に生きた経験を持つ人には違和感があっても、その時代を知らない人には受け入れやすく、外国人がデータベースを駆使して描いた異国の物語のようなテイストがある。
 主人公の一人、青豆は「エホバの証人」を連想させる「証人会」の家庭の娘として生まれ、テレビなど娯楽情報も与えられず衣服も質素極まる生活を送り、子供ながらに日曜日には訪問宣教に駆り出され街中を引き回されていた。学校でも学友から排除され、透明人間のように過ごした。青豆と同級生の天吾は、満州引き揚げでNHKの集金人をする父の男手一人で育てられ、青豆のように日曜日も集金に街中を引き回された。天吾は子供ながらに自分の境遇を苦痛に思いながらも、学業においても体力においても学友に優越すべく努力し、一度だが理科の授業で青豆を庇うような行為をした。その後、青豆からじっと見つめられ手を握られるという経験をする。そのたった一つの経験がその後、それぞれその人生の核になるが、その思いを掛け替えのない愛として秘めていることを互いに深く知らずにいた。物語はその二つの引き合う魂の力がもたらしていくとも言える。一人っ子的な心情の展開は、「国境の南、太陽の西」(参照)を連想させる。
 物語の性質としては、村上春樹の作品系列では「羊をめぐる冒険」(参照)で残した問題の解決編になる。17歳の神秘的な美少女、深田絵里子は、特殊な耳をもったガールフレンドと羊男の融合である。1Q84では、少女の耳は少女の生殖器の暗喩であることを顕し、ヤブユム(Yab-yum)を形成する。「羊をめぐる冒険」で先生の脳にそして鼠の脳に住み着いた羊のほうは、山羊の口から出てきた、TVピープル(参照)のようなリトル・ピープルとして現れる。世界の背後にあって人間社会を支配し揺るがしうる闇の存在は、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」のやみくろや、短編集「神の子どもたちはみな踊る」(参照)の「かえるくん、東京を救う」のみみずくんなど春樹ワールドのお馴染み存在ともいえるが、1Q84ではそれが王国の王権との関係に置かれ、世界の危機をもたらす影の存在というだけではない点がユニークであり、モーツアルトの魔笛のような善悪の世界のコペルニクス的転回ではないが、善悪を超えた特殊な世界の動因として描かれている。終結はBook2では見えない。
 転回の象徴は、青豆の物語に現れる。自身の倫理観から女性を虐待する男たちを、この世にもはや生存しないほうがよいとして死を言い渡す老婦人に青豆は仕え、暗殺者となる。物語では、青豆は命を賭けた最後の仕事として、つばさと呼ばれる10歳の少女の子宮を破壊するまで強姦したカルト「さきがけ」の教祖の暗殺を請け負う。しかし実際に向き合うことになる教祖は老婦人や青豆が想定したような悪の存在ではなく、ただリトル・ピープルのメディアに過ぎなかった。そのことで物語は老婦人や青豆が希求する、市民社会が超えがたい正義と悪の限界を暗示している。青豆は教祖の予言を確信し、天吾の命と引き換えに自分が死ぬことを決意し、その運命のなかで彼女は愛に生きることを知る。Book2では青豆がその死に直面したところで終わる。
 天吾はカルト教祖の娘でもあり、リトル・ピープルのこの世界への顕現が生み出した反動としての神女ふかえりこと深田絵里子が描き出した小説「空気さなぎ」のリライト仕事から、彼女と深く関わるようになる。ふかえりの父である教祖が、リトル・ピープルのこの世への通路を塞ぐこととして青豆によって断命される豪雨のなか、彼女は天吾にその通路を与える。その通路に顕現するだろう何かはリトル・ピープルとは対立するものとして想定されているようでありながら、これもBook2では見えない。
 Book3では、リトル・ピープルやカルト教団「さきがけ」による青豆の殺害、天吾とふかえりのコンビへの対決が始まると想定されるが、そこでもまた大きな倫理の転回があるのかもしれない。世界がなぜ青豆と天吾を選んだのかもまだ十分に開示されていないし、新しい王国と王権は出現していない。「天吾」は明らかに「天は吾」を意味していることがわかるが「青豆」の暗喩はまだ封じられている。1Q84は完結していない。その最後の像を評価することもできない。「ねじまき鳥クロニクル」(参照)のように咨嘆に終わらないとも言い切れないが、おそらくそれはないだろう。
 一つの長編作として1Q84を見れば、登場人物は春樹ワールドに典型的な少数の一座の使い回しとも言えるが、それぞれが引きずる掌編的なエピソードは小説を豊かにしている。「海辺のカフカ」(参照)以降の村上春樹の生活のエピソードとしてのランニングの話「走ることについて語るときに僕の語ること」(参照)は青豆の生活描写に、エルサレム賞受賞(参照)で示した彼の父の死は天吾の父の臨終描写に、それぞれ反映していることだろう。余談だが、「空気さなぎ」と高円寺の設定には、農林省蚕糸試験場跡の蚕糸の森公園が関係しているだろう。

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コメント

book1&2、もう読んじゃったんだね、弁ちゃん。私も予約注文していて届いたのが、一昨日です。

春樹さんの小説は、懐かしい匂いがすると思ったら、私がジョギングを始めるその経緯にもまだならなかった、「走ることについて語るときに僕の語ること」で、彼にとっては無理をした生き方ではないその生に触れ、「エルサレム賞受」の訳文に触れた時、父親の死に向き合った生の彼の言葉には心を揺さぶられ、何故か涙が零れた。

男の感性というか男の真実とは、まるで子どものような純なものなのか。

私はゆっくり続きを読むとして

投稿: godmother | 2009.06.06 20:04

 6点。いっそのこと、

>文学は社会が隠蔽すべき猥雑で危険な思想をあたかもそうではないかのように見せかけつつ、公然に晒す営みである。日本の、物語の出で来初めの祖なる「竹取物語」は天皇とその体制を愚弄する笑話であった。日本の歴史を俯瞰して最高の文学であるとされる「源氏物語」は天皇の愛人を近親相姦で孕ませ、それで足りず少女を和姦に見立てて姦通する物語である。

 これだけパッと書いて「1Q84」のアフィリエイトを貼って、以後黙ってる方が面白いのかもしれませんね。前段は達意の良文なのに以後の補足文が凄い細かい中学生の読書感想文ですよ。如何にも「カネのためにやってますけど文句あっか?」みたいな投げやりさで素敵です。

>物語の出で来初めの祖

 意味が分かりません。投げやりなのは、分かります。

>天皇の愛人を近親相姦で孕ませ

「本妻を」じゃないところが日本的ですね。本格的に乗っ取ろうとかそこまで考えるんじゃなくて、精神的ダメージだけ与えて勝手に病んで自滅してくれないかな?と。女性的でもありますね。それって行く末徳川家ですかね? そして仕事の現場は日本全国津々浦々徒弟制度が大健在ですかね? 馴染めなければカネ貰えないんですかね? 若いのが馴染めなくて病んだらそれこそ「思うツボ」ですかね? 世間で自殺者3万人? ハァ? うつ病や精神疾患の増加? ハァ? 甘ったれんなよ? ですかね? そして病んでるちゃんとグレてるさんがタッグを結成して電脳の森を彷徨った挙句に眠りの精にポアされて永遠の幸せ(という名の永遠の眠り)をその手に掴むんですかね?

 なぜに止まらぬ暴走列車。それもまた人生ですな、と思いました。

 学校で「世の中は民主主義」と教えておいて現場踏んだら悉く(外勤内勤関係無い)徒弟制度がまかり通ってるのが現実じゃあ、そりゃ若い子も病みますよ。世間知らずと言ってしまえば、それまでですけどね。んで、日本の野球でそういう現実知って嫌だ嫌だとアメリカ逃げたら、アメリカの方が「より巨大で強烈な徒弟王国」だったっていう。今年は(イチロー以外)現役メジャーリーガー絶滅ですから。思い知ったかジャパニーズ、って感じなんですかね? どうなんですかね? 温室育ちは直ぐ死ぬんだよなー、と。温室育ちの野ぐそは思いましたとさ。

投稿: 野ぐそ | 2009.06.06 21:28

「紅楼夢」も、雍正帝の政治に対する政治批判の書なんだそうです。本当は。

「霊界物語」は、神道を強引に世界宗教にしようとする努力の成果なんだろうし、未来の神権宗教政治のためのマニフェストなんでしょう。

どんなに村上春樹先生が深刻な課題に挑んでも、たぶん、世界中で「おしん」や「ドラえもん」に敗北してしまうの。

たぶん、村上春樹先生より、橋田先生や藤本先生や我孫子先生のほうが間違いなく同時代の大文豪。

投稿: enneagram | 2009.06.07 07:56

書評面白かったです。
アオマメさんは彼の王国を欲し、それがとても限定された中どうころぶのでしょうね?
集団の和を成す力が集団の不善を引き出すのであれば孤立するしかなく孤立しつつ幸福に善であるには人は堪えられず。
そのあたりの道筋を今回はどう見せてくれるかとても楽しみです。
深い個の繋がりが有れば先に進めるよ的な方向は出せなくなってますから。
master&slaveな色合いが濃いのが特徴ですよね。

投稿: たt | 2009.06.07 10:39


> 「青豆」の暗喩はまだ封じられている。


いーやぁ。露骨にグリーンピースを指していると解し
て、既にBook1-2の時点で通読できましたが素
直にそうは読み通せないなにか差し障りでもありまし
たでしょうか?


> 「羊をめぐる冒険」(参照)で残した問題の解決編になる。

村上氏自身が『~カフカ』刊行後の反省点として
登場人物中、大島さんについてはもっと掘り下げて描くこ
とが出来たはずだった旨の発言を残していますよ。

Book1-2の時点だけであるとはいえ、この
『~カフカ』に盛り込むには大き過ぎ(て端折らざるをえ
なかった)主題と本作では対峙している、という位置付けの方
が、『羊~』を恣意的に引き合いに出すよりも
はるかに素直であると思えませんか?

投稿: 千林豆ゴハン。 | 2009.06.07 11:07

0コメント救済委員会
よくわからなかったので本から読んでみます

投稿: rabi | 2009.06.07 11:28

 極東ブログのバックナンバーを表題だけでも読み直して、昔に還った方が良いと思いますよ。それと、最近言わないけど「野ぐそが嫌ならさっさと排除しろ」です。

 良いとも嫌とも言わず、嫌み述べつつどっか繋がってるっぽい? みたいなエントリーをちょこちょこ上げてるみたいですけど。それやったら弁当翁さんの良さや持ち味が消えますよ。

 下請け根性じゃあ駄目ですよ。どんなに小さくとも鶏口じゃないと駄目ですよ。牛後の蠅には価値は無いけど、鶏口が煩いのは朝の時報くらいには役立つでしょ。今日も一日来ましたよ? くらいの意味合いにはなるでしょ。煩いから死ね、で殺しても、犬猫の餌かチキンナゲットくらいには、なるでしょ。蠅を殺しても食われへん。それじゃあ人生勿体無い。

 プロは人に食われるのも仕事ですよ。褒められたり讃えられたり好かれるのも仕事ですし、それはそれで重要ですけど、嫌われたり蹴られたりハブられたりネグられるのも、重要な責務ですよ。ネタにされて食い潰されるのも仕事ですよ。生きてる間は全部仕事、くらいに徹しきらないと駄目ですよ。

 下手に生きたがって俺を食うなって言っちゃったら、その時点で駄目なんですよ。そこは今食うな、くらいなら言ってもいいけど、それですら人によっては嫌ったりするんだから。人間なんてどんなに上っ面を良くしても、いざ餓えたら人くらい直ぐ食うんだから。闇夜で餓狼の群れに飛び込む羊か妖蛾の群れを照らして焼き尽くす街灯くらいに徹してないと、不景気なご時世は生き残れませんよ。

 食われるのを恐れて妖蛾になったら焼かれるし、餓狼になったら撃ち殺されるんですわ。どうせ死ぬならそうじゃない意味で死なないと、折角の大才が夜鳴きしますぞ。

 景気のいい時勢なら下が死ぬからお前が太れ、も通用しますけど、景気悪くなったら俺が死ぬからお前ら生きろ、じゃないと駄目です。そうじゃないと武士道精神とは到底言えない。いつでもどこでも俺太る、では貴族主義ですわ。それが遺憾?から民主党に肩入れしてたんじゃないんですか? 違うんですか?

 弁当翁さんの人生は貴族のお漫才ですか? 違うやない、かーい? ですか? 事情が変わったんですか?

投稿: 野ぐそ | 2009.06.07 12:33

小飼さんのところで少し遊ばせてもらったけれど、先生のほうがずっと水準が上のような気がします。まあ、小飼さんは若いし、理工系なんで、着眼点も仕掛けも異質なんで、小飼さんなりの持ち味もあって、決して彼を見くびってはいないんだけれど。

まあ、あっちのブログに難癖つけてくるやつには、「野ぐそ」さんみたいに「愛情」というか「情念」に満ちたやつは見当たらないですね。

基本は、宗教の有無が原因なのかなあ。

投稿: enneagram | 2009.06.07 15:24

「野ぐそ」さん、徒弟制度は悪いことばかりではありませんよ。仕事に必要な技能をある程度仕込むには仕方ない側面はあります。

ただ、今の徒弟制度のよくないところは、お師匠さんたちが、体系的知識を軽んじていて、反復作業による習熟ばかりを大切にすることです。そして、すぐれた成果を出すことよりも、過酷な長時間労働に忍耐することばかりを大切にすることです。

この点については、私は、最初の勤務先である繊維会社でも、次の就職先である特許事務所でも思い知って知っているつもりです。

そして、勤務先のお師匠さんたちがみんな、ほとんどそろいもそろって近視眼的で視野狭窄症だったのはなぜなのかも、通っていた六年間一貫教育の私立受験校の進学指導の数学の教諭のものの考え方を思い出せば、無理もないことだと納得できます。

問題は、徒弟制度そのものではなく、戦前の陸軍の教練みたいなものの考え方がいまだに改まっていないことだと思われます。

投稿: enneagram | 2009.06.07 15:38

大好きなアニメの『灰羽連盟』が、村上春樹の小説をモチーフにしていると知り、全く興味の無かった村上の『海辺のカフカ』を読んでみた。 三島、カフカ好きの私にとっては、このタイトル自体許容しがたかったのだが。
一気に読んでしまう吸引力は有った。
が、so what? の読後感だった。
『百年の孤独』とか、『豊饒の海とか』の、最後の一章、一文を読んだ後の、深い感慨は全く得られなかった。

この新作はどうなのだろうか。
finalvent氏を始め、信頼する人々が高く評価するので、読んでみようかとも思うが、灰羽の方がはるかに文学的だと思う私は、たぶんso whatなのだろうな、とも思う。

投稿: rice_shower | 2009.06.13 01:05

「青豆」の暗喩とは「メンデルの法則」であり、つまり「遺伝」ではないかという説を某掲示板で読みましたが、なるほど!と思い、鳥肌が立ちました。

(メンデルは、豆類の研究によって遺伝子の存在を示唆)

とすると、青豆さんがbook3以降、遺伝にどう抗うかが注目ですね。

投稿: | 2009.06.14 20:44

ねじ巻きクロニクルから何年経ったのだろう?久しぶりに村上春樹の本をネットで買い、すぐに読みました。読み始めると、すぐ村上ワールドに入り、寝るのも惜しみ、物語の中に吸い込まれました。高校の頃も、赤川次郎に魅せられ、図書館にかよい詰めでした。
 物語から消えた人は、どこに行ったのでしょう?
人生を再びやり直せるものなのでしょうか?誰も知らないところで、、、

投稿: 流星群 | 2009.07.12 11:35

青豆は何故死んだか?そして彼女は現実的にもあらゆる意味においても何故死んでいないか。これが物語の大枠です。難しい言葉は時に真実を隠します。本能で詩人の直感で感じとって下さい。天吾の話は今回基本始まってません。

投稿: 難しく考え過ぎ | 2009.09.25 01:10

とにかく、これは素晴らしいと思いました。そこらへんの反体制ブロガーが、言いたくても言えないこと、あるいは思いつかない事まで言語化してあると。・・・それだけに、所謂書評が、盛り上がらないのは当然でしょう。

青豆の職業は、「くの一」と言う、日本の伝統をきちんと踏まえています。天吾の幼女との和姦が 、finalventさんが述べておられる「源氏物語」から連なるものであるように。・・・それを、現代と言うファッション、いわばキャンディの包み紙でくるんであるから、一部の評者に「ポップ文学」などと、評されるのでしょうが、とんでもない間違いです。

・・・それでいて。相手がDV加害者である、という辺りは、決して「現代の問題」を外していない。・・・今、DV被害者と言うのは、「逃げる&被害者自身が悔い改める(!)」という解決法しかないところに追い込まれているんですが。そこに男性が着眼したというのが、信じられない思いです。

ちょっと、個人的感慨になったので、話を戻すと、「宗教とはすなわち脳味噌の纏足である」これ、日本人の最も原始的な、根本的な感覚ですね。・・・にも、関わらず、青豆をカルト出身者にしているところが極めて面白いです。・・・つまり、「祈りとは特殊な職業に必要不可欠なもの」なのかな。

ああ、まだまだ書き足りない・・・。繰り返すようですが、この本を、まともに評せる人が、今いないということが、村上の凄みを際立たせていると思います。

投稿: ジュリア | 2009.12.15 21:16

わたしは、BOOK3があるなしにかかわらず、BOOK2の最終章は作品を駄目にしたと感じました。不要だったのでは?

投稿: val | 2009.12.27 21:26

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