[書評]離婚(色川武大)
「離婚」(参照)は、「麻雀放浪記」(参照)などで有名だった麻雀小説作家、阿佐田哲也(あさだてつや)が、文学者、色川武大(いろかわたけひろ)として1978年(昭和53年)に著した短編で、同年に第79回直木賞を受賞した。単行本は同年に書かれた他の関連三作を併せている。私としては、直木賞受賞作より続編的な性質の「四人」、また前段の作品ともいえる「少女たち」のほうが優れていると思う。
![]() 離婚 色川武大 |
二人には15年近い年差もあり、世間並みの結婚をするつもりもなく、また両人、世間並みの夫婦を演じる気質も常識もない。性交と堕胎は繰り返したようだが、世間体のよい夫婦の情愛を深化させることはなく、それでいて両人、他に浮気をするわけでも憎しみ合うという関係でもない。女は夜遊びや短期な出奔を繰り返すが、男もそこに愛情の欠落を見るわけでもない。自堕落だが別れきれない関係が描かれている。
男女の仲とはそういうものなのだという逆説的な説教といった味わいはなく、どこかしら色川の索漠とした内面を反映した作品という印象も強いが、それでも男女の仲によってはそういうこともあるだろうという共感は、普通に夫婦を演じている多数の人にもあるだろう。そこが文学らしくもあるが、この男女の関係に生じるドタバタは、それ自体がコメディとしても面白く、痴情的な笑話といった趣が強い。読者へのサービス精神豊かな色川としては、そのあたり狙って筆を起こしたのかもしれない。
「離婚」は、すでに40年近くも昔の作品だし、昭和のフリーライターという堅気ではない男の生活を描いているとも言えるが、仔細にこの同棲を見ていくと、現代のインターネットで匿名で洩らされる男女の狂態にも近い。男女とも、20代で結婚し家庭をなすのが普通に思われていた古い規範のタガが緩めば、色川が「離婚」で描いた関係になる。その意味では、「離婚」は時代を先駆していたと読むこともできる。
「離婚」は色川の私小説だとも見られている。外側から見える部分だけを照合しても色川の人生に重なる点は多い。だが昭和の私小説的な文学を色川がどの程度意識していたかはわからないし、私小説のように見えるのは単に結果論であったかもしれない。色川なりの、妻への愛情のメッセージであったと読めないこともない。私としては、色川が自身の狂態をスクリーン的な映像のように描いてみたいという願望があったのではないと思う。
色川の実人生では、1969年(昭和44年)に、色川の従妹(母の弟夫婦の娘)、黒須孝子と同棲を始めた。それまでも色川の親と孝子の親の家の交流は普通にあり、孝子は青年期の精悍な色川青年を知っていたし、色川は少女の孝子を知ってはいた。だが孝子が大人になってからの再開は、1968年の、色川の弟の結婚式のことであり、孝子は24歳になっていた。孝子は、その時点で婚約者もいたが、彼女の目からは死にそうな病者に見えた色川への憐憫から翌年同棲を始めた。
黒須孝子の生年は1943年(昭和18年)、色川の生年は1929年(昭和4年)である。年差は14歳。二人が同棲を始めたころ、色川はちょうど40歳を迎えるころだった。孝子の目からは、当時の色川は60歳くらいの老人に見えたというから、すでに晩年の相貌に近かっただろう。
色川の相貌を変えたのは彼の宿痾、ナルコレプシーによるものだった。20代後半からその兆候はあったらしい。昼夜も場所も問わず突然の強い眠気の発作が起こる神経疾患であり、そこから食欲も変調を来し、過食になり、肥満になった。
文学者としてのデビューは、実父との関係を描いた1961年(昭和36年)の「黒い布」による第6回中央公論新人賞である。33歳のことで、前途が嘱望された若き文学者でもあったが、ナルコレプシーもありスランプに陥る。当初は糊口を凌ぐためとも見られたマージャン物だが、これが当たり、さらに1969年(昭和44年)から、阿佐田哲也名で「週刊大衆」に連載された「麻雀放浪記」で人気作家となる。孝子との同棲が始まったのが年でもあった。
色川名の文学作品となる「怪しい来客簿」(参照)の連載が、1974年(昭和49年)「話の特集」で始まり、1977年(昭和52年)に泉鏡花賞を受賞した。「離婚」で直木賞を得たのはその翌年であった。色川文学の再起は「怪しい来客簿」でもあると言えるが、その名声の上に文学者としての志向を明確にしたのは「離婚」であった。色川は50歳手前になっていた。「離婚」は、40歳の男を描きながら、微妙に50歳の男でないと理解しづらい人間への視線が含まれている。
1978年(昭和53年)11月、文藝春秋から刊行された単行本「離婚」には、同年に発表された4つの作品が収録されている。「離婚」は別冊文藝春秋143号(3月)、「四人」は別冊文藝春秋145号(9月)、「妻の嫁入り」は文藝春秋オール讀物11月号、「少女たち」は、オール讀物9月号である。4編を一連の物語としてみると、「四人」と「妻の嫁入り」が「離婚」の後日譚だが、「少女たち」は「離婚」の前段に当たる。
「離婚」の滑稽味を継いだのが「妻の嫁入り」で、羽鳥誠一から離れたすみ子に若い恋人ができ、その男と結婚し暮らす算段までついたのに、また羽鳥の元に戻るというドタバタを描いている。私はこの物語を、面白いとは思わないし、文学的な価値にも乏しいように思うが、当時はこの路線がそれなりに受けが良かったのか、「麻雀放浪記」のようなシリーズが期待されたのか、さらに「恐婚」(参照)という続編がある。
「離婚」の前段となる「少女たち」は、通念的な意味で4作品のなかでもっとも文学的だと言えるだろう。文体も、ごく表面的にも、他3作が、悪漢の偽善的な告白を連想させる「です・ます体」であるのに対して、この作品では通常の「だ・である体」という違いがある。文体論として見ても、平明な地の描写に間接的に会話的な内容を忍ばせたり、会話を直接的に引き出されたりと奇妙なリズムがある。他者の言葉と、他者の言葉として自分に了解された像が綾をなしているのだが、この交錯は、色川に模されている40歳近い男の内面に映る、少女たちと呼ばれる20代の軽薄な女たちの像と、その向こうに生身の身体をもって現存する女の像に対応している。
話は、独身の中年男が少女を飼う奇妙な日常だ。直接的に性的な対象としては描かれていない。いわば家出娘を自由に自宅に住まわせているだけだ。その状態を男は遊園地として見ている。男は遊園地を欲しているのだが、その理由はある種の孤独として意識されているが、明瞭ではない。この作品の文学性は、読者が読み進むうちにその孤独と共犯的な関係に置かれていくことにあるだろう。
少女たちとして男の目に映る女たちは、すでに20歳を超えた成熟した肉体を持て余しているが、彼女たちも社会が彼女たちに強いる性的な関係へのモラトリアムとして遊園地を活用している。
最初の少女、佐久間瑞子は短大卒の22歳である。男の友人の事務所の娘を家政婦代わりに引き取った。家出同然に世間に放り出すわけにもいかないという配慮はあった。次に、同じ事務所の伊原洋子が出入りするようになった。彼女は瑞子より5つ年上ということなので27歳くらい。自身を「オールドミス」「処女」と言う。母は一度彼女と父を捨てて若い男と駆け落ちし、失敗し精神的に問題を起こしている。著名人のモデルがありそうだが私にはわからない。田宮初美は18歳だが、恋人の男を追って行こうかと悩み、あまり遊園地には関わらない。初美のつてで土屋由美子が来る。年は初美と同じくらいだろう。信州に親がいる。私は「土屋」が信州に多い名字であることを知っているので、この設定に少し驚く。
話はある意味予期されたように遊園地の崩壊に至る。由美子は男ができて遊園地を去る。洋子は色川に模された男を愛していると、瑞子からの伝言として告げるが、男は返答に窮する。そこにもう一人、親戚の24歳ほどの少女が加わり、男は彼女と関係を持つようになる。名前は出されていないが、それが「離婚」のすみ子である。洋子は消える。瑞子も去るがその後の噂では不倫の末、行方不明となる。由美子は恋人の男と別れ、その後サラリーマンの妻となるらしいが、十年後酔いにまかせて男と再会する。男はそれを押し返して物語は終わる。
話はそれだけなのだが、少女たちの生態には独特の匂うような存在感があり、その中で男の、女を選択しえない困惑が鈍い光沢をなしている。由美子との再開は十年後とされているが、その年代は「離婚」の連作の時期と重なっており、団塊世代より少し年上の世代の少女たちの終わりも意味している。
単行本「離婚」に収録されたもう一作、「四人」も「離婚」の後日譚だ。羽鳥誠一とすみ子に、もう一組の夫婦の関わりを交錯させて「四人」としている。羽鳥は、写真家として知り合った植木敏春(サム・ハスキンスの弟子とされている)の妻、植木純子こと、ベティ・ジェーン・植木と知り合いになり、仕事を共にするようになる。ベティの父は日本人、母がユダヤ系アメリカ人である。つまり、ユダヤ人だ。英語の能力を生かし、コピーライターの仕事をしている。
ベティは「離婚」では、一緒に事務所を借りて仕事をする、写真家の妻として書かれ、すみ子の嫉妬の対象にはなるものの、ユダヤ人女性としては描かれていない。「四人」でも、おそらく執筆契機としては、「離婚」の珍妙なる夫婦関係の延長として、他人の妻との関係を面白おかしく描こうとしていたのかもしれない。だが、ベティはこの物語で決定的ともいえる存在感を持ち、さらに作者色川という文学者の本質をえぐり出すための、神の采配ともいえるような友情を描き出すことになる。
羽鳥とベティは、同室で仕事をし、さらに海外取材では同室に寝泊まりするまでの関係になるが、性的な関係には至らない。それは恋情でなく、さらに深い友情というものを暗示させる。ベティもまた、羽鳥を性的な対象として愛しているわけではない。ただ、羽鳥の存在に引きつけられて離れることができないでいる。なぜのか。ベティは自身に、才能はないが眼力だけはあるという。羽鳥という人間のなかに、なにかの存在を見据えている。いや、もうここは小説を超えるところだろう。ベティに模されているユダヤ人女性は、色川武大のなかに、なにかを見たのだ。
ベティは羽鳥に潜む色川と対話する。
「あたしはね、両親ともに早く死に別れたわ。一人娘だから兄弟も居ない。ユダヤ人と日本人の血は流れているけど、故国もない。国籍なんか誰にしろどうせ仮りのものだと思っているけど、一生涯居られると保証されたところはどこにもないし、死ぬところはあそこだという場所もない。だから、残るのは個人的な規範だけ。自分流の居ずまいをただしていないと、どこまでも流れていきそうでね」
「ぼくも、そういう世界浪人の臭いがするってわけか」
「ええ---」ベティは強い視線をぼくに当てながらいいました。「本質的には、そうじゃないかしら---」
色川も、このユダヤ人女性も、「世界浪人」としてしかこの世の存在を許されなかった。そのように運命を定めたものが、彼らの友情のなかに顕現しようとしていた。色川は、その存在をおそらく人生の基点から予感していただろう。
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