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2009.05.28

[書評]バチカン - ミステリアスな「神に仕える国」(秦野るり子)

 ひとつクイズ。先日亡くなった盧武鉉元韓国大統領と麻生太郎現日本国総理の共通点はなにか? いろいろある。どちらも優れた政治家であるという点は批判の多さから理解できる。どちらも男性であるというのも共通点だ。クイズの答えとしては、カトリック教徒だとしたい。少し意外性があるのではないかと思うからだ。

cover
バチカン
ミステリアスな
「神に仕える国」
 「バチカン - ミステリアスな「神に仕える国」(秦野るり子)」(参照)はカトリックの総本山、バチカンの歴史を概説した書籍だ。研究書ではない。著者はジャーナリストでもあり、エクソシストへのインタビューなどにそうした視点が感じられるが、総じてジャーナリズム的な書籍でもない。聖人名などにラテン語とイタリア語の混乱も見られるが、読書レベルとしても高校生が世界史の補助読本として読むのに概ね適当と言えるし、お勧めしたい。私がこの本を読んだのも、バチカンやカトリックについての自分の知識を確認しておくためのものだった。
 特に「第1章 ローマ教皇の成立(イエス・キリスト、殉教と発展の地、ローマ)」「第2章 「神の代理人」へ(中世から近代へ、変化しながら現代へ)」は世界史的な知識のおさらいになっている。日本人も名称だけは知っている、コンクラーベ、カノッサの屈辱、十字軍、テンプル騎士団、マルタ騎士団などのエピソードも読みやすい。女性教皇といったエピソードも西洋文化理解の一端として知っておくべき部類だろう。
 日本では上智大学に関連するイエズス会だが、西欧の文脈で、「今でもイタリア語や英語などで「イエズス会修道士」という言葉に「二枚舌、詭弁家」との意味を持たせるのは、その名残であろう」としているのも、ごく常識の部類だ。つまり、"Jesuit(ジェスイット)"のことだが、この用語自体は本書には出て来ない。
 著者はキリスト教的な生活環境にあった人ではないので、ごく基本的なミスがあるかとも懸念したが、概ねこれでよいだろう。しいて言えば東西分裂の教義的な側面についても触れてもよかったかもしれない。
 個人的には、世界史のおさらいを終えるころの、近代とバチカンの歴史が興味深かった。特に、本書標題にあるバチカン市国成立に関わるラテラノ条約の話なども読みやすかった。
 もう一点個人的には、第5章でも触れられているが、戦後のエキュメニズム(教会一致促進運動)の経緯が興味深かった。私の世代までは、キリスト教の現代史的な課題といえばこれだったものなので、懐かしい思いもあった。
 「第3章 バチカンのしくみ(バチカンの機構、現代教皇列伝、コンクラーベ、ローマ教皇庁)」は国際ニュースを読むうえで必要になる、現代カトリック機構や仕事を理解するためのリファレンスとして利用できる。国家でもあるバチカンはどのような仕組みになっているのかがわかりやすい。私としては読みながら知識の整理を兼ねていたのだが、国務省における「東方教会省」の存在とその変則的な許容性に考えさせられるものがあった。近未来とはいえないだろうが、いずれ大陸中国でカトリックが十分に解禁され、壮大な人口がバチカンに組織されるだろうとき、類似の扱いになるのではないかと夢想した。
 「第4章 バチカン市国の特権と闇(小さい国土をささえるもの、バチカンと外交、バチカンと日本、現代の諸問題)」は、現代のバチカンとカトリックを扱い、現代カトリックが抱える諸問題を簡素にまとめている。こうした問題は、日本ではあまり取り上げられることはないが、国際ニュースなどを追っていくときにいろいろとひっかかることがある。エマニュエル・ミリンゴ元大司教の問題にも率直に言及されていた。
 本書を読みながら、プロテスタントや諸派についても、歴史的な解説を含めた入門書があってもよいのではないかと思えた。入門的書籍と見なされることは少ないが、マックス・ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(参照)はある程度、プロテスタントの分類解説になっている。しかし、諸派(denominations)についてはクエーカーが扱われている程度で、それらの延長が重要になる現代アメリカの宗教事情を歴史的に読み解くのには利用できない。

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コメント

ちょっと古いですが、リチャード・ニーバーの『アメリカ型キリスト教の社会的起源』はどうでしょうか。
ウェーバーとトレルチの類型論をふまえつつdenominationの歴史を述べていて、素人の私にも分かりやすくためになりました。
『バチカン』、読んでみようと思います。

投稿: やじゅん | 2009.05.28 20:17

「バカチン」かと思いましたよ。

>先日亡くなった盧武鉉元韓国大統領と麻生太郎現日本国総理の共通点はなにか? いろいろある。

「碌な死に方しない」が共通するのは宜しくないので、共通点は3つくらいまでで後は違うのがベストですね。ご両人の今後のためにも。


 一神教的な世界観を持つ人って他者を無闇に神格化して全乗っかりしたり弱い子擁護を旗印に何でもゴリ押しするヤクザみたいな傾向があるようですけど、だから(多神教的な世界観の人から)嫌われるんだ、ってのを理解しておいた方が良いと思いますよ。多神教的な世界観の人は、「あっ、そういう人も居るんだ。ふーん」くらいで止まるものですから。

 ふーん、のひと言で頭ハネされちゃう(都合のいいように切り取られちゃう)んだってことを弁えずに主義主張や見識を述べたところで通らないものは通らないし、口先だけで言い包めようと粘ったら、「じゃあ、もういい」でバシッと切られて終了ですわ。

 そんなんなってから後でゴネてもホリエモンの判決は覆らんし(推定)、(地元の新聞で読んだだけだから詳しく知らんけど)ひろゆきと切込隊長が裁判やらかしても「結局お互い罰金払ってんじゃねーか。どっちも悪さしてるんだったら自業自得だバカタレ。前科もんの相手なんぞ誰がするかボケ!!」って言われて終了ですよ。そんなもん。あー、でも芸能界とヤクザワールドは相手してくれるかもしんないなぁ。じゃあ、そっち逝けと。

 で。どうでもいいけど週刊モーニング買って読んでたら読者コーナー風に2ちゃんねる記事が出てたんで、週刊モーニングは金輪際買わないってことで確定しましたんで、講談社様よろしくね? って感じです。
 私が勝手にやるだけなんで、世間様にはどうでも宜しいことで。世間は世間で勝手にしろとしか、言いようがござんせん。ほなさいなら。

投稿: 野ぐそ | 2009.05.29 01:09

この本の出版の背景は大体想像できますね。
中央公論新社企画会議。
「何かいい企画ない?」
「今年5月にヴァチカンを舞台にした『天使と悪魔』という映画が公開されます。『ダヴィンチコード』の続編なので話題になります。ヴァチカンの簡単な解説書を書いてもらっては」
「それはいい。じゃあ親会社の読売新聞ローマ特派員経験者から適当な人に頼んでみよう」
かくしてアルバイト原稿にありつけた秦野るり子氏であった。

投稿: 佐藤秀 | 2009.05.29 09:53

カトリックの内部で、図らずも、近代市民社会を用意してしまったのがドミニコ会とフランシスコ会なのだろうと思っています。

そして、イエズス会が立ち上がったから、カトリックは、なんであれ、近代市民社会に適応できたのではないか?と考えます。その"Jesuit"が、「二枚舌、詭弁家」と揶揄されるということは、ローマカトリックは、基本的には、中世の封建社会向けに適応していた政治構造と教義体系を持っていたということなのでしょうか?

帝政ロシアは、基本的に、北方の東ローマ帝国みたいなものだから、ロシア正教を根絶やしにしないと、古代のローマ帝国の持続存在みたいな社会であるロシアを近代市民社会に変えられない、と思ったのがレーニンだったのかな?と思います。

ルター派(たぶんカルバン派も)のプロテスタントというのは、きっと近代市民社会向けのキリスト教なのだろうと思われます。

近々、近代市民社会とはずいぶん異質な知識社会が間違いなく何らかの形態で到来するみたいですけれど、案外、極東ブログでfinalvent先生は、知識社会向けの、少なくとも知識社会に適応しやすい宗教創出の準備作業をしているのかもしれません。また、こういう作業は、新しい宗教を一から創出するより、既存の宗教の装いを改める試みのほうが成功しやすいだろうと思われます。

投稿: enneagram | 2009.05.29 10:02

カトリックは、これからの時代に飛躍的に再生したいと思うなら、神話は神話、科学は科学という割り切った態度をとるように態度を改めることを迫られると思います。そうでなければ、カトリックの主要な聖職者は、イエス・キリストが行ったように、パンや干物の魚をちぎればちぎるほどたくさん、パンや魚の量が増えていくという種類の奇跡をいつでも実演できるようになるほかはありません。

日本の仏教界も、いやでも、大乗仏典は釈尊の直説の教えではないことは承認しなければいけません。別に、初期大乗の法師たちが、自動書記でトランス状態で書きためた経典を、後の優れた人たちが編集したものと推測する、という態度を取ってもよいと思われます。いわゆる「おふでさき」を用いて布教している神道の教団はいくつもあります。

そして、日本神道も、「神道は日本固有の宗教である」といった言い方は控えて、朱子学の影響を強く受けて、古事記日本書紀とともに万葉集や古今集や源氏物語などの高度な研究がなされたことによって現状のように成立することができた日本特有の高等宗教という立場をとるほうが賢明であろうと思われます。

知的に明晰で、知的に批判的な態度に対して、信仰の維持が耐えられないような宗教には、この世から消えていったもらったほうがよいと思います。ベネディクト会もドミニコ会も、かつての時代にそういう態度に立派に回答できたから、ローマカトリックを発展させることができたのだと思います。

アメリカのプロテスタントにも、キリスト教とその信仰のあり方の刷新者が現れてほしいと思っています。アメリカに、新しい時代のニーチェが出現するより、新しい時代のトルストイが出現してくれるほうが、アメリカの人々にとっても幸運なことであろうと思います。

投稿: enneagram | 2009.05.29 14:00

 佐藤秀さんの見解で概ね合っているような気がします。人生。

投稿: 野ぐそ | 2009.05.30 01:27

ローマ教皇の生前退位で顕在化した、本当の「バチカンの嵐」は、もっと恐ろしい事になるかもしれない。
600年の時を越えて、シスマを上回る「大乱」の予兆あり。聖霊の働きに突き動かされて新たな使徒の殉教の動きあり。聖霊刷新の叫びが其処此処に聞こえる。

投稿: 聖霊刷新 | 2013.03.05 14:01

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