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2009.04.14

「ゆとり世代」という考え方がわからんな

 「ゆとり世代」についてというか、「ゆとり世代について書かれたもの」についてちょっと心が引っかかっているのだが、どうもうまくまとまらない。気にはなっているので、少し書いてみようかと思う。
 気になったきっかけは先月の月刊文藝春秋「「ゆとり世代」社員はやはり非常識」(ジャーナリスト山内宏泰)という記事だ。ところで、この山内さんって誰?というか、私は知らない。文春に書いているのだから、なにか単著でもあるのかなと見ると、「彼女たち―Female Photographers Now」(参照)というのがある。ほぉとおもって、著者略歴を見るとこう。


著者について
1972年愛知県生。フリーランスライター。写真をはじめとする美術、都市論、教育問題、人物ルポなど幅広い分野で執筆活動を行う。
主著:『フォトグラファーになるには』(共著・ぺりかん社)

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
山内 宏泰
1972年愛知県生まれ。フリーランスライター。写真をはじめとする美術、都市論、教育問題、人物ルポなどの分野にて執筆(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


 ということで、写真関係のライターさんのようだ。というか、1972年生まれなのかと、ちょっと驚いた。私くらいの年代のかたかなと思っていたからだ。そうではなかった。今年37歳かあ。うーむ、いや、標題に「非常識」とあり、さすれば「常識」にスタンスを置くわけだが、30代で常識を論じるものかな、とちょっと思った。いや、別に批判というわけではないが。
 こうして著者さんの履歴を見ると、同エッセイが沢尻エリカのエピソードで始まるのもなんとなくわかる面はあるな。

 映画公開時の舞台挨拶といえば、主演女優にとっては晴れの場だ。最高の笑顔を振りまくべきところのはずだが、そんな常識など通用しなかった女優が一人。何を質問されても仏頂面で「別に……」と繰り返す。その不遜な態度から若者たちの間で「エリカ様」と呼ばれる女優、沢尻エリカである。
 彼女は一九八六年生まれの二十二歳。今年卒業して企業にやって来る新入社員と同じ年代だ。一九九〇年代から二〇〇〇年代にかけて学校教育の現場で「ゆとり教育」を受けた。いわゆる「ゆとり世代」でもある。

 私はこの沢尻エリカという女優さんをほとんど知らない。ハーフかクオーターだったかなと思ったが、別のAV女優と勘違いしているかもしれないというか、いやそれはないか。
 ところで話は少し飛ぶのだが、先日、10歳ほど年下の人と話していて、私は「あー、今年の新入社員って、あれですね、私の子どもの世代なんですよね。団塊チルドレンからコマが進んだ感じですね」と。で、答えはなかった。返答しようもないよね。
 私の青春時代っていうか、男でも26歳くらいで結婚していたというか、実際仲の良い友だちがそうだったが、それが1983年か。28歳で結婚しても1985年。翌年子どもが生まれると、エリカ様の年代になるわけか。ガーン!とか言わない。いや、全然実感ないので、困っている。ただ、「ゆとり世代」って私の子どもの世代なんだなとは思った。
 つまり、私の世代が子育てしてできたのが「ゆとり世代」なのだろう、ということだが、うーむ、まるで実感がない。話がねじれてきたが、ようするに「ゆとり世代」というのは、山内宏泰が言うように、90年代から2000年に学校教育の現場で「ゆとり教育」を受けたから、そう呼ばれるのだが、では、親の世代である私たちは、どうなんだろ? ちょっと補助線的にいうなら、親としての自分たちの世代はこの「ゆとり世代」にどう関わってきたのか。あるいは、子どもたちの学校教育とやらにどう思っていたのか?
 どうもそのあたりが、親の世代としての私に問われてもよさそうなのだが、つまりだな、学校教育が「ゆとり」でだから非常識っていう話ではなく、ようするに親が非常識だから子どもが非常識というだけなのではないか。そして、自分を省みると、たしかにオレは非常識だよなとは思う。ただ、なんか違うというか、よくわからない。
 実際のところ、たとえば、はてなダイアリーとかはてなブックマークとかのコメントとか見ていると、これが「ゆとり世代」かと思うことはある。いや、実際は、ネットでぶいぶいしている世代は、それより10年上だったり、先日驚いたのだが、朝日新聞のけっこうなお年の社員が2ちゃんねるで匿名罵倒とかやっていたりして、どうも年代とは関係ないようにも思う。まことによくわからない。
 が、山内のエッセイで気になったのは、そうは言っても、たしかに、当たっているところもありそうな感じ、というあたりだ。

 では、「ゆとり世代」の若者はどのような特徴を持っているのだろうか。「ひと言でいうと、教養と気概を教育されなかった子供たちなのです」
 そう語るのは、安倍内閣時の「教育再生会議」の元委員長であり、「百ます計算」で知られる立命館小学校副校長の陰山英男氏だ。

 はあ。

「彼らは個性尊重の名の下で『やりたいことをやりなさい』と育てられてきました。人は苦境や困難を乗り越えることで成長し、自信を得ますが、ゆとり教育というのは彼らが越すべきハードルを取り除いてしまおうという発想でした。ですから、彼らは何かを克服しようという気概がなく、成長の機会も逃してきた。

 そうかなあ。違うようには思うが。やりたいことがやれないという挫折が放置されてきたということではないかと思うが、まあ、いいや。気になったのはこの先だ。

 陰山氏は「ゆとり教育」を受けた世代の全体的な特徴として、次の三つの傾向が見られるという。
①問題を社会のせいにしがちなこと。周囲の人間や社会に対する不平不満、批判が多い。
②「物事はうまくいって当たり前」と考えていること。少しでもうまくいかないとマイナスだと捉え、自信を失ってしまう。
③このダメダメな状況を一気に解決する夢のような方法がある、と信じていること。

 先にはてなダイアリーとかはてなブックマークとかのコメントに言及したが、あれ見ていると、ゆとり世代に限定されないけど、①と③は強くその傾向があるような気がする。つまり、問題は社会にある、そして、それを一気に解決する方法がある、というあたりだ。
 これが「正義」に集約されるか、技術に集約されるか、あるいは学歴などに集約されるか、いずれにせよ、自分が依拠する集約点を持つような気がする。つまり、まるでストリートビューに人間のアイコンを置くように、あるポジションに自分を置くことで社会が批判でき、解決が主張できるというふうな類型がありそうに思える。あるいは、ウィキペディア的な知識に正解があって、それ以外は間違いといった。
 で、これは「ゆとり教育」とは何か違うと思うのだが、よくわからない。
 もう一つ気になるのは、②で、これはそうなんだろうか。違うようにも思うのだが、が、というのは、事態をプラスかマイナスかのどっちかに分けるというのはありそうだ。
 これはなんなのだろう? 
 こうした世代の世界観にはヒールの魅力みたいなものはなさそうだし、語感という感じはないんじゃないかな。自分が語っている言葉には歴史が背負わせた語感というのがある、とは思ってなくて、言語とはコードくらいにしか思っていないのではないか。あるいは、言葉がその表出と意味の二面だけであって、言葉が担わされた歴史の姿みたいのはなさそうに思える。
 なにかがよくわからない。
 別段私は「ゆとり世代」批判をしたいわけでもないし、そもそも「ゆとり世代」という規定は違うように思う。
 なんなんだろとは思うが、いずれにせよ、現実世界には、ダメダメな状況を一気に解決する夢のような方法は存在しない。なので、社会不満は膨らみ続けるだろうし、自身をそうした不合理な社会の構成要因としては見ないではないかなとは思う。

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コメント

>江尻エリカ
>檜山英男

 その心は?

投稿: 野ぐそ | 2009.04.14 19:07

通りすがりの者ですが補足というかコメントしますと。

私はゆとり教育世代になります。しかし詰め込み教育世代と比較して「何が変わったか」よくわからないんです。

世間的には文字通り「ゆとり」が増えたという認識のようですが、よく言われる円周率が「3」になったというエピソードは実在したかも疑わしい上にあったとされる時期もゆとり教育の後期の後期に限定されます。

土曜日が休みになった件についてもよく批判対象になりますが、実際には「土曜日にあった授業が他の曜日に引っ越しただけ」です。総授業時間は変わってない。事実、平日の6時間授業が増えてます。むしろ土曜日に塾やら何やらが「追加」されているので、それを含めた総授業時間はおそらく増えている可能性があるでしょう。

そうした目立つもの以外はほとんど詰め込み教育と同じなのではないかと。そもそも教員も教材にしても具体的に何が変わったのか。同じではないかと。

ですから、ゆとり教育の是非以前に「ゆとりは実在したのか」という観点が必要だと思います。

ただし、ご承知の通り、ネットで言う「ゆとり世代」と「ゆとり教育が実地された世代」は年代を調べればわかる通りズレてます。

そんなところです。それでわ。

投稿: こまきのこゆか | 2009.04.14 19:14

「沢尻」エリカですよね?

投稿: fly-higher | 2009.04.14 19:14

江尻エリカ ⇒ 沢尻エリカ

です。

投稿: k | 2009.04.14 19:22

誤字、ご指摘ありがとうございます。訂正しました。

投稿: finalvent | 2009.04.14 20:14

僕の時代なんかは「切れる若者」とか「酒鬼薔薇世代」とか言われてました。
「ゆとり」まで流行りませんでしたが。
その上の世代もなんだかんだで団塊やらJrやら名前を着けられ一括りに分析されてきましたよね。
またこれからの世代も同様だと。まぁ好きなんですよみんなそういうのが。
逸れますが、陰山氏の分析は今のマスメディア報道の論調そのものですね。
じゃあ制作陣がゆとりかと言うと年代的に違うし
じゃあ受信側の大衆の多数がゆとりかと言うと違う。
結局そんな枠組みは無いんですよ。
バーナム効果に日本人は特にやられやすいですから。
血液型診断とか好きでしょみんな。
お偉い先生が分析的に格好つけてなんとなく当てはまる事を言ってみんななんとなく納得して。
それこそ彼らの言う「ゆとり脳」だと思いますけどね。

投稿: | 2009.04.14 21:13

過保護と過干渉、以上

投稿: | 2009.04.14 22:41

自分は昭和39年生まれですが、ついこないだまで専門学校で講師をしてたので「ゆとり世代」と言われる世代とそれ以前との断絶を経験しました。自分が知る限りでは批判かどうかはともかく、ここ数十年ない形での価値観の転換が起きたことは確かです。少なくともコミュニケーションについて言えば従来の常識は通じないと考えた方がいいでしょう。「突っ張る」にしろ「切れる」にしろ、そこにはなにがしかの規範が暗黙の前提として働いていますが、いまそうした拠り所を失った世代が現れたのだと考えます。だから世代で切って責任論で語るのは難しく、むしろいわゆる近代の終焉と結びつけて論ずべき問題ではないでしょうか。75年あたりで近代の価値観が失われたと考えるなら世代的にははまります。
いずれにしろ大学全入時代となり、新人教育においてかつてなかったルールが施行されている以上、気のせいではないでしょう。

投稿: Tattaka | 2009.04.14 23:23

自分の経験とfinalvent氏のエントリを照らし合わせてみますと、なるほど、この世代はまるで頭の中が機械だなーという印象を持ちました。

何か入力すれば結果がでてくる、一方で入力が難しい事は最初から排除してしまう、といったような感じで。

まあゆとり教育とは関係ないでしょ。

投稿: コーン | 2009.04.15 01:38

傾向①なんて(他の国は知らないけど)世代問わずこの国の人間の多くが持ち合わせているスキルな気がしますけれどもねえ。

社会に出ていない多くの若者は傾向③みたいな気はあるんじゃないでしょうか。社会に出て現実と付き合いながらそんな妄想が砕かれていくだけで。
そこで頑張り続けられるか絶望的になるかはまた別だと思いますが


そんな私はギリギリゆとり回避世代(チョイ上)

投稿: t | 2009.04.15 02:16

黒船に押し付けられた自我を何か別のものと勘違いしてる、思いたいから教育ができないのでは。
問題を社会のせいにしがちなのは、実際には自分を社会のせいにすることが許されていないからではないのかな。
平和で豊かで確信を持つことが難しい。
戦争でもすればいいんじゃないですか。
だからあなたがたは優秀な日本人なのでしょう。

投稿: | 2009.04.15 09:23

若いうちに勉強しておかなかったら、年取ってからなんて勉強できません。そんな習慣つけてないんだから。

百ます計算より、消災呪と大悲呪と仏頂呪を毎日繰り返し唱えるほうが脳を活性化させられることを証明できたらいいな。それができたら私塾を開こう。

私なんかは、ゆとりか詰め込みかではなく、美意識を向上させる教育が大切ではないかと思っています。

投稿: enneagram | 2009.04.16 09:51

あれえ?これいつも仰ってる勧善懲悪の延長ですよね。であれば世代関係なく思われますが。単なる疎外かと。

投稿: UG35 | 2009.04.17 12:00

沢尻エリカは同い年ですけど、そもそもいわゆる「ゆとり教育」世代ではないです。話題になった
教育内容の変更は僕の一つ下の世代からです。
山内氏はその時点で完全な調査不足ですね。沢尻一人あげつらってゆとりレッテルを張る結果ありきの文章だとしかいいようないです。

「ゆとり」世代は酷いという言い方はどうしても解せないですね。

投稿: さんせっと | 2009.04.20 01:51

共働き社会で母親が家に不在がち、そして少子化で兄弟がいない。そうした孤独な家庭がデフォな世代かなと思います。結果として干渉を嫌い、雑談の中から年長の社会を知ることもない。理不尽な扱いにも耐性が無いでしょうね。反面、案外と依存心が少なかったりするかもですよ。

投稿: flc | 2009.04.21 06:52

1990年生まれですが一人っ子なんてクラスに数人しかいませんでしたけど。

投稿: ゴミクズ | 2009.05.12 09:45

1964年生まれですが、「ゆとり教育」の最初の世代にギリ入ります。と、言うのも、中学が所謂昔の師範学校で、確か、中1の時試験的に「ゆとりの時間」つのが確かにありました!で、何してたかというと、先生がものが分かってて、缶けりとか草むしりとかさせてたんですけど・・・。(@_@。

何かアレですね、「絶対評価」と言うのは、私は反対だったなその頃。それって、担任の個人評価だし実は。かえって、学校を徒弟化させるだけなんじゃないかと。

それは、ともかく。「ゆとり教育」の功罪かどうかは全く分からないけれど、「批判してれば、社会は変わる!」って言う、勝手な信念、と言うご指摘にはなんか胸を打たれました。これ、実社会に出てみると、ありえないことなんだけど絶対に。自分ってほんと微々たる存在なんだよね。それを、「自我万能」って、思ってしまう若者(自分含む)って、いつ頃から出現したのかよく分からないです。何故、何が原因で。

投稿: ジュリア | 2009.12.07 14:47

山内 宏泰 彼は、アサヒカメラの捏造記事を書いた方ですね。
いわゆるパクリ問題になっていた写真の検証について書かれていました。
問題となった類似した写真を載せ比較するのでなく、問題になっていない写真を載せ、問題提起され提供された写真は自宅に隠していたと、社内調査で述べられた方ですね。

謝罪はないそうですが、そんな方が常識とかか語るとか。

投稿: | 2010.12.23 15:08

俺は30代だけど

そういう教育を意図して施しながら
失敗だった、お前は出来損ないだと

言われた子供は間違いなく
社会への不信感を募らせて
帰属意識との板挟みになる
だろうな?

それは両親が子供にする
虐待と変わらないんだよ

投稿: ヒロシ | 2011.01.10 04:38

ゆとり世代の人を責めるのは可哀想だ
ゆとり教育を施した国が批判されるべきだ

投稿: kkk | 2011.02.04 11:10

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そういう奴ってロスジェネやその上にも結構いるから別にゆとり世代の問題じゃないよね。昔はまともだった先輩が挫折の末に気付くとそういうノッペリした世界感を育むようになったのをみるにつけ、ああこれは心性の初期値か自尊心を守るために必要な退行なのかという気もする... [続きを読む]

受信: 2009.04.14 23:03

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