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2009.04.20

[書評]対論・異色昭和史(鶴見俊輔・上坂冬子)、その2

 昨日のエントリ「極東ブログ: [書評]対論・異色昭和史(鶴見俊輔・上坂冬子)」(参照)であまり触れるのもなんだなと思ってお茶を濁した話題があるが、それとちょっと関連のあることで、もしかしたら、若い世代から誰かいつかこの問題を考える人が現れてぐぐることを僅かに期待して……というほどでもないが、ちょっと補足しておきたいことがある。ハーバート・ノーマンと都留重人のことだ。二人に深い親交があったことはよく知られているのだが、そこを少し超える話になる、が秘史の部類ではない。上坂もそこが気になっていたようだ。

cover
対論・異色昭和史
鶴見俊輔・上坂冬子
 鶴見が言うように都留が終戦工作に関わっているとすると、ちょっとこの意味合いが変わってくる史実があるかもしれないというあたりだ。結果からいうと上坂はあまり突っ込んでいない。
 事件として見れば工藤美代子の「スパイと言われた外交官―ハーバート・ノーマンの生涯」(参照)が詳しいといえば詳しいのだが。と、この読者評にもある。

昔の事を知るために, 2007/3/26
By 蛇骨婆 (東京都水天宮) - レビューをすべて見る
 アメリカの「赤狩り」を描いた映画がいろいろあるから、それを見た方は言論にもその嵐が吹きまくった事を知っているだろう。その悲劇的な事例が「H・ノーマン事件」である。六〇代以上の人々はアメリカでの「赤狩り」で都留重人が喚問され、その証言がノーマンを追い詰めたため死んだ、とか言う新聞記事を読んだことがあるだろう。その報道に対して鶴見俊輔が真っ向から反論する論文を書いたことも。今ではノーマンの論文の所説に触れるものが少ないから、まさに「埋もれた歴史家」になってしまった感がある。

 この問題の先のものを工藤美代子に期待できるかというと、最近の彼女の傾向からできそうにないのではないか。話を「対論・異色昭和史」に戻す。

上坂 話が後戻りしてすみませんが、アメリカのマッカーシー旋風に始まる日本の赤刈りムードの中で駐エジプト・カナダ大使のハーバード(ママ)・ノーマンさんが自殺されたのは昭和三十二(一九五七)年春(四月四日)のことです。カイロでのことで、都留重人さんがこの件に絡んでFBIの取り調べを受けたと新聞に報じられました。私は都留さんを尊敬していたので、とても気にかかる事件でした。あれは結局どういうことだったんですか。
鶴見 ノーマンと都留さんは非常に親しいんです。ノーマンには、ケンブリッジにいた時に共産党員だった過去があるんですが、その後は思想の幅が広くなって、カナダの外務省へ入る時にはもう離脱しているんです。でもその過去に絡めて、アメリカがスキャンダルを作ったわけですね。
 都留さんはマルクス主義者としてアメリカに行き、交換船で日本に戻る時いろいんな手紙をノーマンに託しました。それを押さえられて上院に喚問され、この手紙はあなたが書いたものかと尋問されてジレンマに陥ったわけです。否定すれば偽証罪になるし、そうだと認めればその中には現共産党員の名前が入っていますから。

 それほど秘話ということもないし、このあとの鶴見の説明もあまり要領を得ない。鶴見自身があまり事態を知らない可能性はあるし、都留も同じかもしれない。が、雑談はこう流れる。

上坂 死ななくてもいいと思うんですけどね。
鶴見 ノーマンの兄貴は、西宮にある関西学院の院長でした。クリスチャンなんですよ。ノーマンはその兄貴に遺書を残している。自分はキリスト教の信仰から離れているが、キリスト教に対する敬意を失ったことはない。つまり、スターリン主義者ではないということです。

 これもよく知られたことだし、遺書も公開されているらしい。秘話ではない。が、言われてみれば、ノーマンは、日本にクリスチャンのネットワークを持っていると言ってもいい。さらに、もし日本が生地主義なら日本人でもある。日本の軽井沢で生まれ15歳まで日本で育った。だからこそ安藤昌益研究などもできたわけだ。
 話を戻して都留が終戦工作に関連していたこと、後にノーマンがGHQで対敵諜報部要人となることには、なにかつながりはないのだろうか。
 ここで話が横に逸れるが、というか、このエントリの後半とも少し関係するので触れるのだが、ノーマンは府中刑務所に収監されていた徳田球一と志賀義雄をGHQ本部に呼んで尋問していた。このとき、志賀からノーマンは児玉誉士夫の自伝と東久迩稔彦の軍歴調査を得ている。志賀もまたソ連との関係の深い人であった。
 ここで話題を分ける。
 再び「対論・異色昭和史」に戻すと、同書で鶴見は徳田球一のことを、上坂から戦後60年について問われて語り出す。

鶴見 戦後六十年なんていっても、立派なものではないですよ。だんだん衰えているんじゃないですか。いまは国会も衰えたけど。
上坂 ひどいものですね。
鶴見 何も気がついてないんだ。終戦の時のニュース映画で国会を見てあっと思ったことがあるんだけど、徳田球一が壇上で熱弁を振るっているんです。何に驚いたかと言うと、首相の吉田茂が徳田球一にニヤッと笑っているんだよ。それがとてもいいんだ。ここにいる国会議員は、時代に寄り添って反戦平和を裏切ってきた人ばかりだ。でも壇上にはそうではなかった奴が一人いる。ひな壇にもそうでなかった奴がいる。そういう互いの感情の交流が、ニュース映画の画面から伝わってくるんだよ。あれが戦前と連続した、本当の意味の戦後なんだ。吉田茂も自分の自伝にちゃんとその瞬間を書いている。

 言うまでもないが麻生総理のこの祖父は憲兵に捉えられ40日間拘束された経験を持つ。また徳田球一は名前が琉球一番を意味するように沖縄の人でもあった。日本共産党は沖縄から創始していた。
 鶴見は、この吉田と德田の心情に「戦前と連続した、本当の意味の戦後」を見る。鶴見が優れているのは、戦後というものを、そうした歴史の連続のなかに見る点だ。鶴見は若槻禮次郎をこう語る。

鶴見 (前略)私は敗戦の時に、伊東にいた若槻禮次郎に手紙を出して会いに行ったことがある。手紙を出しておいかたら「ごめんください」と言うと、若槻禮次郎が自分で出てきた。それが裸なんだよ。褌はしていたけど(笑)広い日本間に上げてくれて「実は私一人しかおりません。家内は夕食の準備に街のほうに行っております」と言う。老妻と彼と、二人だけで住んでいるんだよ。それが何十年か前の日本の総理大臣だったわけだよ。
 それで私が質問して彼が答えるでしょう。当時はテープレコーダーがないから、筆記です。そのはじまりが「私は捨て子です。父の名も母の名も知りません」だったの。どっかで拾われて、それから学校へやられているんだよ。そういう総理大臣がいたんだ。やっぱり感銘を受けたね。
上坂 受けますね。
鶴見 本当に驚いた。だからあの頃の総理大臣を見ると、若槻禮次郎や浜口雄幸、このへんはそういうふうにして上がってきた人たちなんだ。ものすごくできて、知恵もある。それが日本の総理大臣というものだった。伊藤博文だってできたでしょう。桂太郎ぐらいまではそうだろうね。だから若槻あたりは敗戦の時まで生きて、最後は天皇のそばにいて敗戦の結果を一緒に受け止めたわけだ。それはもう大変なことですよ。そういう老人の知恵が日本を救ったんです。トルーマンのあの間違った判断があったにもかかわらず。
 だからそういう日本の歴史を、まず百五十年前まで遡って考える。(後略)

 ここで、鶴見は日本という国家の命運左右するものとして「老人の知恵」を上げる。そして、それを「百五十年前まで遡って考える」としている。
 鶴見と上坂の対談は昭和の懐古のように見えながら、実は、「老人の知恵」と「百五十年前まで遡って考える」ということの実践にもなっている。特に、鶴見の言葉を読み直してみると、「百五十年」が一つのキーワードになっていることがわかる。

上坂 いずれにせよ、アメリカには最初から勝つ自信が揺るぎなくあったわけですね。
鶴見 アメリカにはありますよ。どうして日本は負けると決まっている戦争をやろうとするのか。それはバーバード時代にシュレジンガーと私と都留さんとの三者会談で出した疑問なんだ。日本の支配層はそれほど愚かではないはずだ。ペリーが浦賀にきた一八五三年からたった十年の間にあれだけの改革をやったんだから、そしてそれが続いているんだから、バカな戦争をするはずがないとシュレジンガーは言った。でも、それは歴史家の認識なんだよ。百五十年のスパンで見てしまうのは。

 鶴見はここでシュレジンガーに反論するが、それは彼の思想の根幹を否定するのではなく、日本国が百五十年のスパンで自己を認識できたら戦争はしないという意味だ。
 もちろん、百五十年のスパンでの国家の自己認識は常に肯定的な意味はない。上坂がなぜ鶴見に憲法九条を死守しようとするかと問われてこう答える。

鶴見 しかし、兵器を作ると戦前の日本のように必ず使ってみたくなる。ブレーキがかからないんだ。それが明治以来百五十年の日本のやり方で、そこに懸念があるんです。いろんな手を打つことには賛成です。

 冷静な議論をするなら、改憲し九条を廃するという認識のほうが正しいかもしれないが、鶴見は老人の知恵として百五十年というスパンで日本を見て、この国にその前提となるブレーキはまだないだろうと言うのだ。逆に言えば、百五十年の歴史という自己認識がそのブレーキになるのだろうが、そうした生きた日本人の歴史が現在生きている日本人の感覚のなかで再生しているだろうか。

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コメント

 現状、見えないながらも知恵の類は発揮されてて、頭抑えられた輩がそのことに気付いていないか認めたがらないだけなんじゃないですかね? 「個々の事案を見ると法的な不備は無い」なんて言ってる馬鹿が居ますけどね。どこにでも。

 総体的に見て法に背く行為であるなら、個々の事案が合法でも「それでも違法」ってのは、法の精神の基本でしょ。そこから無視して技術論や利益の話にすり替えたがる都合のいい輩はいつの世にも居ますし、ここのブログでもenneagram名義でしつこく布教活動やってる人が居るみたいですから、そういう輩が定期的に没落して初めて「ほらな?」で「その前提となるブレーキ」が再確立される…のが、現代日本のある姿でしょ。

 かつてのホリエモンや村上世彰の没落に「知恵の香り」を感じることはありますから、知恵が無い訳でもないと観じますけど、そういった知恵は個々人の信念や専門機関の専売特許的なものに落ち着いてしまって、それゆえ?国家全体を統御するのに必要な国民の意思や社会的なシステムとしては発揮されないようにも見えます。

 基本的人権の尊重とか、信仰の自由とか、そういうのを盾にされたらそれ以上は手の打ちようが無いから、コイツ駄目だと見切ったら極限まで無視放置して自然死を待つくらいしか、やりようが無いんですよね。
 で。突っ走るだけ・弾けるだけが根本の輩には死ぬまで待つことで対処する…と徹したら。それが「1980年以降2009年現在までの日本」の精神的凋落?を生んでるだけなんじゃないかっていう。

 ブレーキが無い?んじゃなくて、あってもどうせ骨抜きにされるだけで、面倒くさくて相手のしようが無いから「だったらエンジン止めればブレーキの効きなんか関係無い」って開き直っちゃって、それが結果的に「何もしないならトコトンやらず」「やるとなったら死ぬまで辞めない」現実に繋がる…という感じ。
 そういう意味でのブレーキなら、現代では十分すぎるほど効いているような気もします。

 そうじゃないブレーキなら、本文仰せのように、効いてないかもしれません。「ブレーキ」が、どっちのどういう意味かは存じません。そこの定義が人それぞれであるなら、ブレーキなんてもんはこの世に存在しないか、しても即骨抜きの対象でしかないと思います。

投稿: 野ぐそ | 2009.04.20 20:17

拝啓 管理人さん
別スレッドご容赦下さい
明日21日に批准されてしまいそうな 女性差別撤廃条約 は天下の悪法であります詳細はトノゴジラさんのサイトとフランスからのラブレターさんのブログにあります!

人権擁護法案の再来です 反対メールをファックスを電話を首相官邸 自民党民主党本部に 電子政府の総合窓口に

平沼たけ夫 戸井田とおる 赤池 早川 馬渡代議士諸氏に地方議員諸氏に送りました!
さりながら時間が力が足りません、何とぞ日本人と日本の未来の為に一臂の力をお貸し下さい!

宜しくお願い申し上げます。m(__)m
乱文にて 敬具

投稿: (^O^)風顛老人爺 | 2009.04.21 00:28

「百五十年のスパン」とおっしゃいますが、百五十年前に明治維新を成功させることができたのは、もう、徳川吉宗公の時代には東照大権現の時代の幕府の統治方針の社会基盤が崩れていて、その後の大塩平八郎の乱のあとに、天保の改革の失敗があって、幕府がずいぶん自殺点を積み重ねてきたからで、ペリーが浦賀にやってきたのは、明治維新のきっかけを与えた、ということで、幕府の統治体制はそのずいぶん前に無力化していたのだと考えるほうが妥当かと思います。

明治でなにもかもが新しくなったというものでもなく、江戸時代から相続したものが多いはず(たとえば、蘭学の伝統)だから、「百五十年のスパン」にこだわるのはどうかな?と思います。

明治以降だって、江戸時代に確立していたものが、西洋風に装いを変えて持続しているようなものかもしれません。たとえば、明治以降の日本の西洋化というのは、ある意味で漢文の訓読みたいなもので、自分では外国語を学んでいるつもりで、実は日本語として読んでいて、それで外国文化を身につけるのに成功していると勘違いしているようなものかもしれません。

近現代の思想家たちの情けないところは、レッテルが変わると中身まで全部変わるように勘違いしてしまうことです。コップに入れた水に、「ありがとう」と書いた紙を貼り付けるか、「ばかやろう」と書いた紙を貼り付けるかで、水の性質が変わってしまうと思い込んでしまう、疑似科学「信仰」に近いところがあるのでは?と思ってしまいます。

まあ、このブログの読者は、儒教は道教の上澄みであり、仏教とジャイナ教はヒンドゥー教の上澄みであり、ギリシャ哲学もギリシャの自然信仰の上澄みであり、カトリックやプロテスタントもイスラエルの預言者の宗教よりもギリシャの神秘主義やケルトの呪術からの借用がずいぶん幅を利かせている、ということを、頭では納得して読者をやっている人が多いと思うので、緑茶のペットボトルにウーロン茶のレッテルをつけたらウーロン茶のペットボトルだとだまされるような人は少ないとは思っています。

マルクス主義者もスミス・リカード流の経済学だけでなく、ケインズが「リカードに対立したマルサスの経済学ももっとしっかり学ぶべきだ」といってくれているのだから、マルサスの経済学もバジョットの経済思想も学んでみるべきです。自分に対立する側の意見も傾聴すべきです。

わたしも、「野ぐそ」さんのコメントはちゃんと読んでいます。愉快ではないけれど、自分に対立する意見は、個性があって、その人なりに一貫性があって、筋が通っていれば、それは傾聴すべき意見です。

投稿: enneagram | 2009.04.21 09:38

戦争を知らない戦後生まれが今や75%。もちろんそのすべてではないが、この世代の政治家や学者などが「150年の歴史」を知らずにただ勇ましいことを言って世論を煽る。“戦争”を知っているはずの上坂冬子氏がそれに大いに「貢献した」したのは「150年の歴史」を知らなかったからなのであろうか。
鶴見俊輔とかっての弟子、上坂氏との「思想の乖離」は明らかであるのに、上坂氏を“高く評価していた”のは那辺にあるのか、知りたいところでもあります。

投稿: いひもくりん | 2009.04.21 10:29

実はまた「野ぐそ」さんのコメントが入っているのを期待してもいます。

「野ぐそ」さんから「布教活動」といわれてしまったのだけれど、自分の知識の文脈は、中華思想とか中国仏教とその日本での変質とか、グルジェフやシュタイナーみたいな近代西洋の神秘思想とか、まあ大学で学んだ化学や生物学の知識とか、知的財産権の仕事をしているときに習得できた書誌的事項の分析方法とかで、日本文学や日本史の正統な学習経験は皆無なのだけれど、もしかしたら、先祖の働きかけがあって、知らないうちに、「審神者(さにわ)」の役割を演じたいという欲求があるのかもしれません。

宮城県の北部の海岸部や岩手県の海岸部に今も残っている「オガミン」や「オカミサン」といわれる地元で信仰を集めている女性シャーマンの夫がたいてい徒食者に近い天台系修験者なそうである、という話を別のエントリーでコメントに入れさせて貰ったことがあるけれど、きっと、「オガミン」たちの夫というのは、かつては審神者(さにわ)で、「オガミン」の取り次いだことばの絵解きをすれば世間からすごく尊敬を集めることができたのだと思うけれど、中国から易や暦法や地理風水などが入ってきたら、権力者たちはみんながそっちのほうを信頼してしまって、シャーマンや審神者のほうには見向きもしなくなったのだろうと思います。さらに、「オガミン」の唱える呪文より、仏教僧の唱える真言陀羅尼のほうがありがたいと思われて、祈祷の仕事の多くも失われただろうと思います。こういうことが、ある時期以降、全国規模で起きていただろうと推測しています。それで、「オガミン」や「オカミサン」があまり力を失わずに残存することができたのが東北地方の一部で、それでも、あてがわれる仕事も役目もひどく限定されてしまったのだろうと思っています。

もし「布教活動」をしているとしたら、ウラル・アルタイ系の原住民(もしかしたらそれが国津神?)のシャーマニズムみたいなものが突き上げているのかもしれません。ただ、材料は中国製や西洋製となって。

自分が審神者(さにわ)の端くれだとしたら、柳美里さんや中島みゆきさんは女性巫祝(シャーマン)かあ。たしかにこの人たちはすごくシャーマニックだなあ。ただ、私の審神者の流儀は、たとえていえば、清原家の訓点や朱子の集注の祖述ではなくて、伊藤仁斎の我流のまねびだけれど。でも、自分の中島みゆき研究の水準は、契沖どころか、契沖の先駆者の下河部長流にもはるかに及ばないなあ。

とにかく、意図して「布教活動」しているのではないです。自分の先祖の中にもしかしたらいい身分の審神者をやれていた人がいて、そのご先祖さんが突き上げているのではないのか。そう思うだけです。それに、日本神道がもっと活力をもっていたら、私は今みたいなことにこんなに関心を持つこともなかったように思います。こういう時代に、神道が国民に安心と連帯感を付与するのに成功していれば、宗教家でもない自分がこんなことをしていませんよ。

つまらんコメント入れてすいませんでした。

投稿: enneagram | 2009.04.21 12:03

前のコメントの誤記訂正します。

×「下河部長流」→○「下河辺長流(「しもかわべながる」と読んでよいようです)」

まあ、「布教活動」といっても、江戸時代の歌人の戸田茂睡の歌学革新運動ほどの影響力もないのではないでしょうか。だいたい、私は、詩人でも音楽家でもない門外漢だし。もちろん、宗教も門外漢だし。

「没落」とおっしゃられても、はなっから「勃興」してませんよ。

そう遠くない先には、自分もブロガーになって、自分の責任で言説を出すつもりでいます。ただ、どうも今のところは、極東ブログにお世話になっているほうがよいらしいのでそうさせていただいてます。自分でブログを立ち上げても、きっとそんなに反響はないと思いますよ。あのスポンタ中村さんでさえアルファブロガーになれないほど厳しい業界なんだから、ここは。

投稿: enneagram | 2009.04.21 13:23

「勃興するから没落する」じゃなくて、今あるとこから更に下がるでも「没落」ですよ。そこんところから見解に相違があるようなので、以後の言はどうでもいいです。

 全体的に、発想が安定→成長型じゃない。成長前提→逝くとこまで逝ったら安定志向じゃないとやってられんような加減が見え隠れするんですな。言ではそう仰る訳ではないんですが、性格って言外の言ですよ。
 逝くとこまで逝って安全圏を確保して、そこから見下ろす式じゃないと不安のような精神構造が見えて、そこが図々しいとも狡猾とも泥棒志向とも思えるんですよ。

 そういう発想って、切込隊長ブログで散々見てます。2004~2005年あたりで店主が散々やくざもんに苛められて、それじゃあアカンよ? って言い続けて以後3年ほど様子見してたけど、結局(性格的な要因からくるもんだろうから問題起きるのはしょうがないんだろうと諦めて)私的に改善されたと判断できなかったんで今年から無視放置なんですが。残念ながら、enneagramさんは、それと同じ質の発想をしてるようにしか見えないんです。ですから、以前に「切込隊長=enneagram?」という妄言を吐いて「裁判かけるぞ?」って脅されましたわ。

 同類項に見えるから、そういう類は個人的に忌避なんですね。enneagramさんは「参考になる」とか何とか言ってくっつきたがってる(か、そういう形での嫌がらせをしている)みたいなんで好きにすればと思いますけど、まぁ、無理です。

 自分が今までやってきたことは、何なんだと。そこから考えれば、今ある式の言動に至るのも、まぁ止むを得んのかな? って感じで見てます。桃栗三年柿八年ってことで、あと5年。8年目には何か状況が変わっているかもしれませんから、そのへん期待で、私は無視前提の対応に終始させていただきます。そちらの言動がどうだか、知ったことじゃ御座いません。

 地元の友人にも若い頃犯罪の香りのしていたヤツが居ましたけど、散々苦言を呈して5年くらい無視放置して、10年越しくらいで向こうが相当改心したので交友復活になった経験もありますんで、それに即して処すつもりです。
 友人相手と友人でも何でもない赤の他人相手でどこまで処置の差が出るのか存じませんけど、やるだけやって結果出してみるのも面白いので、それでよし、です。

投稿: 野ぐそ | 2009.04.23 11:56

山本一郎さんの優れた知性や見識と、楽しく文章を読み通させる優れた文章術、中国問題でのひどく卓越した分析力などをよく見ないで、彼の人間性だけ、「狡猾」とか「泥棒志向」とか中傷するのはなんとも。

天漢日乗も多いときには1つのエントリーに数万アクセスがあるブログだそうですから、「野ぐそ」さんのコメントだって、このブログにコメントが入るたびに、おそらく、どう考えても最低数千人の読者が獲得できているはずだと思うんです。それで、このブログをメディアにして山本さんの中傷を重ねるのは、「野ぐそ」さんが「卑劣」なのではないですか?「野ぐそ」さん自身がサイトを立ち上げて山本さんを繰り返し非難したら、どれだけのリピーター読者を獲得できるものかを考えたら、「野ぐそ」さんの行為は、極東ブログの悪質な「誤用」なのではないですか?

わたしも、自分の力では、大出版社と書店流通網をかかえた阿含宗の桐山管長や銀座まるかんの斉藤一人社長の言説の欠陥を突く力を持っていません。こちらも対等な力のあるメディアを持つことができないんです。それで、インターネットを使って強力な有力メデイアを構築されたfinalvent先生のお力にいまのところすがっています。そして、私が自分でサイトを立ち上げたら、自分のサイトでは極東ブログほどの閲覧者をとても獲得できないことも知っています。

山本一郎さんの基本思想には触れず、おそらく、理解する気もほとんどなく、拮抗する力を持つ山本さんと基本思想の違いが鮮明ではない他人が立ち上げたメディアを、ただ、深い考えもなく借用して山本さんの人格攻撃の情宣に使うのは、感心できないと考えるのは私だけではないと思います。

ただ、あなたの名義が「野ぐそ」になっているのは、読者を安心させてくれていると思います。この点ではあなたは良心的です。

むしろ、G.I.グルジェフの直接の門人にワークを学んだこともない私が"enneagram"という名義を使うほうが、詐欺的で悪質であろうとは思います。

投稿: enneagram | 2009.04.25 07:59

一応、十善業あるいは十善戒とはなにかも書いておきます。

1.殺生しない
2.盗まない
3.みだらな行為をしない
4.嘘をつかない
5.大げさな話をしない
6.悪口を言わない
7.ある人と別の人に別々な理由あるいは結論の話をしない(二枚舌を使わない)
8.怠けない
9.怒らない
10.不必要に悪く思わない

こういうことです。こういうことができるようになれば、当人も周囲の人たちも幸福が増大増幅していくということです。何も間違った話はしてないはずです。

釈尊が偉いわけではない、というのも、常識的に考えれば、納得する話のはずです。歴史上の仏陀は、住所不定で、頭を丸めたいつもぼろをまとった物乞いだったのです。そして、自分は内的自由の確立と自己実現に成功した、と宣言して歩いて回って、自身の精神的成功に続きたい、習いたいと思うむさくるしい男たちを誰でも弟子にして、片っ端から、住所不定の頭を丸めたぼろをまとった、これで洗濯好きで掃除好きな集団でなかったら、ただむさくるしいだけの痩せこけた物乞いの修行者の集団を率いていた、当時のインドでさえ異様な人物だったのです。

この人物のえらいところとは、どんな人でも、困った人や苦しんでいる人には、相談されれば、その人が昨日よりは少しはましな明日を迎えられるように、できる限り親身に親切に誠実に、いつも相手の立場に立って回答した、ということだけだったといってもよいほどです。

現代の基準から言ったら、ほとんどの人にとって、とてつもなくえらいのは、嫁さんと子供と王位を捨てて無一物の物乞いになった釈尊ではなく、ウォーレン・バフェットやビル・ゲイツのはずでしょう。

だから、釈尊がとてつもなくえらいから釈尊の教えに従うのではなく、釈尊がその教えに従う人が幸福を増大増幅できる教えを説かれたから、釈尊の教えに従うのが仏教徒の自覚を持つ者である、と、こういう話が出来上がるわけです。

投稿: 洛書 | 2009.05.30 15:06

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