« [書評]コークの味は国ごとに違うべきか(パンカジ・ゲマワット) | トップページ | 弱毒性かも »

2009.04.29

1976年のギラン・バレー症候群

 2月のことだが、女優の釈由美子が難病の「ギラン・バレー症候群」にかかったという話をネットで見かけた。本人がブログに書いたものらしい。私は見ていない。ファンは心配したようだが、その後医師から1週間ほどで完治すると言われたとの話もあったらしく、軽症だったらしい。
 ギラン・バレー症候群の患者数は人口十万人に一人程度であり、難病に認定されている。が、難病の多い神経疾患の範疇で見ると発生頻度が高く、また予後は悪くないことが多い。原因は、ウイルスや細菌の感染に引き続いて発症することから、感染源に対する抗体が誤認して末梢神経も攻撃する、自己免疫であると見られている。
 インフルエンザ・ワクチンによる副作用としてごくまれに発生することがあり、2006年の厚生労働省調査では、ワクチンの接種との因果関係を否定できない4ケースの1つに相当した。通常のインフルエンザ・ワクチンではほとんど発生しないと見てよいのだが、1976年に米国陸軍で発生した豚インフルエンザの際のワクチンではやや異例ともいえる事態となり、この事件はある年代以上の米国人の記憶に豚インフルエンザとともに記憶されている。
 日本ではあまり知られていないのではないかとウィキペディアを見ると、日本版にも掲載されていた(参照)。


豚インフルエンザが人へ感染した最初の発見例は、1976年2月にアメリカ合衆国ニュージャージー州の陸軍基地フォート・ディクス(en:Fort Dix)で死亡した19歳の二等兵の検死によるものである。同基地内で発病が疑われたのは数名だったが、500人以上が感染していることが分かった。事態を重く見た保健衛生当局の勧告に従い、フォード大統領は同年10月に全国的な予防接種プログラムを開始した。予防接種の副作用で500人以上がギラン・バレー症候群を発症し30人以上が死亡したため、12月16日にプログラムは中止されたが、それまでに約4000万人が予防接種を受けた。結局、この時の感染は基地内にとどまって外部での流行は無く、死者は兵士一人だった。

 この1976年の事例が、「豚インフルエンザが人へ感染した最初の発見例」でもあったが、「この時の感染は基地内にとどまって外部での流行は無」かった。結局のところ、豚インフルエンザによる死者よりも、ワクチンの副作用によるギラン・バレー症候群による死者のほうが上回ることになり、米国に苦い経験をもたらした。
 なぜこのようなことが起きたのか。なぜこのワクチンとギラン・バレー症候群がこれほど密接であったかについては、その後もわかっていないようだ。別の言い方をすれば、ここに多少不思議な危険性が潜んでいるともいえる。
 英語版のウィキペディアの項目はもう少し詳しいので追ってみたい(参照)。

On February 5, 1976, an army recruit at Fort Dix said he felt tired and weak. He died the next day and four of his fellow soldiers were later hospitalized. Two weeks after his death, health officials announced that swine flu was the cause of death and that this strain of flu appeared to be closely related to the strain involved in the 1918 flu pandemic. Alarmed public-health officials decided that action must be taken to head off another major pandemic, and they urged President Gerald Ford that every person in the U.S. be vaccinated for the disease.

 当初豚インフルエンザによる死者は1名で、感染者は4名だった。死者が出てから二週間後に致死のインフルエンザが"1918 flu pandemic"、つまり、スペイン風邪に近いことがわかり、その発見が事態を重大な問題にした。当時のフォード大統領も早急にワクチンによる対応に迫られた、と、されている。

However, the vaccination program was plagued by delays and public relations problems. But on Oct. 1, 1976, the immunization program began and by Oct. 11, approximately 40 million people, or about 24% of the population, had received swine flu immunizations. That same day, three senior citizens died soon after receiving their swine flu shots and there was a media outcry linking the deaths to the immunizations, despite not having any positive proof. According to science writer Patrick Di Justo, however, by the time the truth was known - that the deaths were not proven to be related to the vaccine - it was too late. "The government had long feared mass panic about swine flu - now they feared mass panic about the swine flu vaccinations." This became a strong setback to the program.

 このあたりの事実は私の記憶と多少違うようにも思うが、4千万人が豚インフルエンザ・ワクチンを受けたらしい。そして老人の死者が出た。この理由はわかっていない。いずれにせよ、ここで、スペイン風邪再来の恐怖もだが、ワクチンへの恐怖が発生した。ウィキペディアの記述ではこれがワクチン接種を阻んだとしている。ここもそれでいいのか少しひっかかるが。
 いずれにせよ、パンデミックが発生し、大規模のワクチン接種を行うと、一定数の副作用による患者が発生することはごく常識の範囲ではある。

There were reports of Guillain-Barre syndrome, a paralyzing neuromuscular disorder, affecting some people who had received swine flu immunizations. This syndrome is a rare side-effect of influenza vaccines, with an incidence of about one case per million vaccinations. As a result, Di Justo writes that "the public refused to trust a government-operated health program that killed old people and crippled young people." In total, less than 33 percent of the population had been immunized by the end of 1976. The National Influenza Immunization Program was effectively halted on Dec. 16.

 さらにギラン・バレー症候群の副作用が問題になり、ウィキペディアの記述ではこれがワクチン接種プログラムを頓挫させたとしている。ただ考えようによっては、33%の人口にはこの時点で抗体ができたかもしれない。そのあたりで、今回の豚インフルエンザが米国と他国との差への影響となるか、識者の密かな関心事ではあるだろう。

Overall, about 500 cases of Guillain-Barre syndrome (GBS), resulting in death from severe pulmonary complications for 25 people, which, according to Dr. P. Haber, were probably caused by an immunopathological reaction to the 1976 vaccine. Other influenza vaccines have not been linked to GBS, though caution is advised for certain individuals, particularly those with a history of GBS.

 かくして、1976年のギラン・バレー症候群は、ある意味で不要な死者を残すこととなったが、これを教訓として見てよいかはわからない。ウィキペディアでは触れていないが、ギラン・バレー症候群との関連はよくわかっていない。
 この「教訓」は日本の識者のなかで奇妙なしこりのようにもなっている。背景には、日本国が新型インフルエンザに備え、事前に医師など関係者6400人にワクチン接種をするとしているが、これには前例がなく、実行されれば世界初の試みとなる。読売新聞「新型インフルのワクチン接種 庵原俊昭氏VS菅谷憲夫氏」(2008.05.30)で、けいゆう病院小児科部長、菅谷憲夫慶応大医学部客員准教授は次のように指摘していた。

 ――日本の対策をどう思うか。
 菅谷 新型インフルエンザに備え、欧米各国は、鳥インフルエンザウイルスH5N1型をもとにした大流行前ワクチンを備蓄している。しかし、海外で発生が確認される前に接種し、それを一般国民に広げようとしているのは日本だけ。大きな問題だ。
 ――その理由は何か。
 菅谷 最大の懸念は副反応。端的な事例として1976年、米軍の訓練基地で流行し、犠牲者が出た豚インフルエンザがある。当時、世界で4000万人が死亡した新型インフルエンザ「スペイン風邪」の再来と騒がれた。米国は即座にワクチン開発に着手し、8か月後には国民4000万人以上に接種した。しかし、その結果、難病のギラン・バレー症候群が多発した。
 ――因果関係は。
 菅谷 原因は確定していないが、ワクチン接種した人で500人以上が発病した。前年までの発病率の7~8倍に上る。ワクチンが関係しているのは明らかだ。しかもウイルスは予測に反し、猛威をふるわず、残ったのは、患者と訴訟だけ。この教訓によって、欧米各国は大流行前ワクチンの備蓄は進めていても事前接種には慎重だ。日本は、世界の常識からずれている。
 ――今回の大規模接種による副反応の危険は。
 菅谷 ギラン・バレー症候群の発生率は当時でも、10万人に1人の確率。今回のわずか6400人の臨床試験では、安全性を見極めることは無理だ。問題ないとして、社会機能を維持する医師ら1000万人、さらに接種を希望する国民へと広げれば、多数の重い副反応や死亡者が出てくる可能性がある。

 ところで、先の英語版ウィキペディアの話は比較的プレーンに書かれていたが、政治の文脈から見た異論がある。必ずしも陰謀論とも言い切れないのが微妙だが、当時の根路銘国昭WHOインフルエンザ呼吸器ウイルス協力センター長による「ウイルスが嗤っている―薬より効き眠くならないカゼの話」(参照)では次の逸話を紹介している。

 しかし、このフォードの早急な対応には裏があるといわれている。一説には医療専門家たちは、フォード大統領に全国民分のワクチンが必要だと進言したわけでなく、試験管にワクチンを用意し、要所に配置、いつでも対処できるぐらいの対策をとるべきと軽い提案をしたにすぎなかったというのだ。
 では、なぜ、フォード大統領は真実を曲げたのだろうか。当時、彼が置かれた政治状況を振り返ればおぼろげながら理由が見えてくる。

 として背景にあるベトナム戦争敗戦の世相に対して、強い大統領を演出したかったのではないかと言うのだ。穿った見方のようでもあるが、翌77年フォードは大統領選挙を控えていた。
 根路銘の逸話には、ギラン・バレー症候群にという結果的な失態に加え、こうも付け足されている。

 まだこれだけならフォードにも少しは称賛が残っていたかもしれない。しかし、スペイン風邪は翌年、さらに追い打ちをかけ、彼に引導を渡す。ワクチンを投与したにもかかわらず、スペイン風邪はいっこうに流行の兆しをみせなかったのだ。ますます大統領の責任が問われ、ついに大統領選で、フォードは惨敗を喫してしまう。
 歴史に「もし」はない。が、仮にこのとき、ワクチン接種が順調に進み、スペイン風邪ウイルスが大流行していたら……。おそらく、フォード大統領は国民の命を守った英雄となり、時局は大きく好転していたのではないだろうか。

 ここの判断が難しい。1976年の豚インフルエンザがパンデミックにならなかったのは、ワクチン接種のメリットというより、実際には局所化されていたからではないだろうか。とはいえ、根路銘が暗に指摘しているように、この時の豚インフルエンザはそれほどの感染力と毒性はなかったのかもしれない。
 こうした、パンデミックを政治の背景で見るというのは、いささかどうかなと疑問に思わないでもないが、といいつつそれを日本の現下の状況のシナリオとして見るのもよくないので、これにて。

|

« [書評]コークの味は国ごとに違うべきか(パンカジ・ゲマワット) | トップページ | 弱毒性かも »

「歴史」カテゴリの記事

コメント

生菌ワクチンを使う以上、どうしても、副作用が出るのはどうにもならないことで。

生菌ワクチンほどではない、というだけで、副作用がない、とはいえないのだけれど、なんとか、人工合成核酸と人工合成たんぱく質の混合物のワクチンを大量に安全製造する技術を確立すべきだとは思います。

生物体に頼らないで薬物を生み出せるのが合成有機化学と薬学の進歩みたいなものだから、バイオ関係者も合成化学関係者も医学者も前向きな努力を重ねていただきたいと思います。

ただ、ものはできても、役所の認可をとるのが難しいのよね。

投稿: enneagram | 2009.04.29 16:45

インフルエンザと自己免疫の関係は凄く興味深いです。最初の豚インフルエンザ発症の過去と現下の政治的な背景に何かがに臭ってくるようなミステリアスな締めくくりは、日本のこれからがhorrorな感じがしてきます。

楽しむなどと言うのは不謹慎かもしれませんが、今回の豚インフルエンザについての解説では、ここに勝る情報を提供できる識者っていないですよ。歴史の中に病気を辿って、政治に展開するみたいな視点は、ブログの醍醐味です。とても、興味深いです。そして、その視点は自分の不明点を自ら展開してゆく面白さのエッセンスになります。

謎は謎として残りますけど、これがまた歴史と未来への架け橋になるのですね。(極東ブログは終わりを見ません)

投稿: godmother | 2009.04.29 17:25

なるほど、その説明を受けてやっと納得しました。
某スナイパーを主人公にしたコミックで、持病がギラン・バレー症候群という話が出てくるのですが、そんな珍しい症例をどこの資料から引っ張ってきたのかこれまで不思議に思っていたんです。これが元ネタでしたか。
では、主人公の治療法が「あれ」というもの本当のことなんでしょうかねw

投稿: F.Nakajima | 2009.04.29 21:00

メキシコとアメリカで、明らかに重症化に差があるようなので、不思議に思っていたのですが、こういう可能性もあるのですね。

投稿: ku | 2009.04.29 23:14

メキシコ発の豚インフルエンザがニューヨークでも猛威を振るっているみたいです。

ハリケーンのカトリーナのとき同様、内憂に弱いアメリカという図式がまた出てくるかもしれません。

自由がよい、のと、弱者擁護をしなくてよい、のとは話が違います。

こういうのは、西洋式、というのは、あきらかに違うと思います。

投稿: enneagram | 2009.04.30 08:14

 じゃあ『ゴルゴ13』にて弁当翁さんのネタ話を展開。

 総本山→末寺システム的に、どっかの首領が闇雲に大きなことを言う→知見ある人が整理整頓して話を作る→誰かが精査したり疑義を呈したりする→ある一定の信憑性を伴って話が広まる→末端は、ふーん、で? って言う。→興味無い人は、そもそもどうでもいい。
 …って感じで、それなりの場が出来ると思いますよ。階層的に一番下の「興味無い人」はそもそもどうでもいいから居ても居なくてもいいし、首領や黒幕に属する方は「闇雲」ですから、鎖まで気にする必要もない。

 中の上くらいが、「気にする必要がある界隈」においては最重要な感じで喜ばしいことだと思います。中産階級万歳ですな。がむばれ中産階級。

 世の中不思議なもんで、既にあるそういう体系に対しては疑念あるものですが、いざ自分が何らか事を成そうと思ったら、別の枠組みの中で「疑念あるもの」と同じことをしなければならない。矛盾ってヤツですか。

 それって幼稚園の砂遊びみたいなもの。砂山の上に旗を立て、皆で集まってひと掴みづつ砂を取っていく。砂の使いようは人それぞれで、ある者は砂団子を作ったり、ある者は投げたり花壇に撒いたり、ある者は目方を量ったり。お土産で家に持って帰る者も居る。そうこうしているうちに、ある者が「光る粒」を発見。先生に見せると「それは砂金だよ、砂の中には混ざっている場合があるんだよ」と言われる。子供には砂金の価値が分からないので、家に帰って疑問混じりに親に報告。大概の親は金の価値と労働コストが見合うかどうか(概ね)分かっているから「そうなんだ~良かったね~」とか言ってニコニコ笑ってハイ終了だけど、中には物凄いガメつい親や、スケールメリットを活かせば商売になるんじゃないか?と考える親や、どこの南米的な貧乏家庭があって、そういう連中がガンガン掘り返しちゃう。血みどろの奪い合い。

 子供の砂場は、次の日来てみたら大穴が開いて何も無い。子供は悲しいし、親は親で「あんだけ掘ったのに利益が無い、ふざけんな」で腹立てる。で。そのまま放っとかれるんだけど、そこに雨水が溜まって水場になって、子供がそれ見てまた遊ぶ。次は次で、何か別の物語?が発生する。そんな感じ? って思いました。

 一般常識的に、子供の砂場は砂場のままで取っときましょうよ? とも思いますけどね。

投稿: 野ぐそ | 2009.04.30 09:36

中国のSARSにしても、この間のベトナムの鳥インフルエンザ騒ぎにしても、今回のメキシコ発の豚インフルエンザの流行にしても、生産や消費の急拡大に公衆衛生の水準が追いついていけないところが大原因なのだろうと思います。

そういう風に考えていくと、飛躍的に経済成長著しい新興国は、全部こういう病気の大発生源となる可能性があるわけですから、経済成長の著しい新興国は全部WHOの監視下に入るべきであるということになります。

ただ、人権侵害しながら経済の急成長を実現している諸国が、そんな簡単に国連機関になんでも正直に査察に応じたり報告したりするともとても思えません。

投稿: enneagram | 2009.04.30 12:56

finalventさん、おはようございます、

メキシコ政府がH1N1型亜種のウィルスによる死亡の症例の数を引き下げました。

>ウイルスは予測に反し、猛威をふるわず、残ったのは、患者と訴訟だけ。

日本においては、今回も一歩間違えれば同様の結果を生むかもしれない危険の方が、ウィルスそのものよりも毒性が強いのかもしれません。

とりあえず必要なマスクの準備、消毒薬の準備などを完了しました。これで様子を見ようと思っています。

投稿: ひでき | 2009.05.02 08:22

 文章書き損ねたので訂正。

>ピクピク震える私の左腕をさすりつつ、今日のネタスナイプ完了。ギラン・バレー・野ぐそ

>ピクピク震える私の左腕をさすりつつ、今日のネタスナイプ完了。ギラン・バレー(なんちゃって)・野ぐそ

 こういうの言わないと信じる人が出ますから。最近は堅めのやわらか文章って決め打ちしているから、特にね。最初からきちんと書いておけばよかったのですが、書かずに後で訂正は日立の謝罪CM並みに情けないことです。

 今さら謝罪CMやったから潔いねで褒められるご時世じゃないでしょ。そもそもの性根が腐り過ぎてるから後で泡食うんじゃ馬鹿が、くらいのもん。何事にも先行者(専攻者)利益と損失、後発者(考察者)利益と損失ってもんがあるやと存じますけど、テレビ等メディアでギャーギャー騒いだら半年以内が賞味期限。その間にどうにかこうにかしとかないと、今さらやるのかよ?って思われるのは、大企業(若しくは”大”自慢)としては最悪の選択。

 嗚呼情けない虫の息、ってことで、
 小人は精進後焼尽して消尽しようと思いました。

投稿: 野ぐそ | 2009.05.02 22:02

大原麗子さんがギランバレーでなくなりましたね。
33年前に発症したらしいですが…

投稿: | 2009.08.07 11:28

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1976年のギラン・バレー症候群:

» 豚インフルエンザ 予防 対策 [豚インフルエンザ 予防 対策]
豚インフルエンザ 予防 対策 について。豚インフルエンザの症状やまとめも。 [続きを読む]

受信: 2009.04.30 22:30

» ギランバレー症候群 女優の最新情報! [地夏の日々]
2月のことだが、女優の釈由美子が難病の「ギラン・バレー症候群」にかかったという話をネットで見かけた。本人がブログに書いたものらしい。私は見ていない。ファンは心配したようだが、その後医師から1週間ほどで完治すると言われたとの話もあったらしく...[続きを読む]

受信: 2012.04.09 13:59

« [書評]コークの味は国ごとに違うべきか(パンカジ・ゲマワット) | トップページ | 弱毒性かも »