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2009.03.31

明日のエープリルフール用エントリのボツネタ

 明日のエープリルフール用エントリを書いたのだけど、これはいまいちなのでボツとした。が、なんとなく愛着もあるので、適当に公開。以下、べたなウソです。

[書評]草食系男子の栄養学(盛岡征博)

 すでに若い世代では当たり前のキーワードともなっている「草食系男子」だが、知らない人もいるかもしれない。「草食系男子」とは、肉食獣のような野生的性質を持たない、草食動物のように優しい男性のことだ。女性をがつがつと求める肉食系ではない。女性と肩を並べて、伸びやかな放牧地で優しく草を食べることを願うようなタイプの男性だ。草食系男子は、現在30代以下の若い世代に目立つが、40代、そして50代にもいる。もともと草食系男子は集団や恋愛の場で目立つタイプではなく、男性についての規範意識もあり、従来あまり注目されてこなかった。

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草食系男子の栄養学
 草食系男子の特徴だが、基本的に心が優しく、自分の欲望をがつがつと押していくのが苦手で、相手を傷つけることも、自分が傷つくことも苦手だ。性欲や恋愛願望はあるが積極的ではない。草食ゆえに肉欲---つまり性欲---は少ないがまるでないわけではない。恋愛願望もないわけではない。一見、なよっとした感じに見えるが、同性愛者ではない。もっとも本書でも触れられているが、他者との関係では親密性が優先され、バイもヘテロも違和感がないというタイプも少なくはないようだ。
 女性からは、草食系男子にどのように対応したよいのか悩むケースが多い。同棲してみて、あるいは結婚してみて、パートナーが草食系男子であった場合はどうするか。つまり、「彼」にどのような栄養を与えたらよいのか、それが本書「草食系男子の栄養学(盛岡征博)」(参照)のテーマであり、本書の「栄養学」には精神的な意味合いと、具体的な食生活の二つの意味合いがある。
 精神的な栄養とは愛情のことであり、草食系男子に必要とされる「草」に込める愛情がどのようなものであるべきか議論されている。この側面では、社会心理学やカウンセリング手法なども本書では取り上げられていて興味深いが、個々の事例ではそれほど目新しいものはない。
 反面、具体的な食に関する栄養学の解説が非常に興味深い。当たり前といえば当たり前のことでだが、草食系男子は実際の食生活においても草食であり、肉を好まない傾向がある。50人に満たない予備的なアンケート調査なので正確なこと言えないが、草食系男子の性格は、その草食的な食生活による結果かもしれないのだ。
 草食から得られる栄養のイメージとしては、通常、デンプンや食物性繊維といったところだが、著者が注目しているのは脂肪酸である。草食的な食生活を自然に継続することで、n6系とよばれる脂肪酸の摂取が増えるらしい。n6系の脂肪酸で有名なのはリノール酸だが、これには痩身効果があることが知られており、草食系男子の一群がスレンダーな体形をしているのもそのせいだろうと推測される。
 n6系脂肪酸代謝で興味深いのは、アラキドン酸と呼ばれる炎症物質が代謝されることだ。脂肪酸はたんぱく質ではないのでそれ自体がアレルギーを起こすわけではないが、一度炎症を起こせばそれを悪化させる要因になりやすい。草食系男子に皮膚アレルギーが少なくないことや敏感な肌をしていることなどは、その関連であるらしい。
 さらにアラキドン酸の代謝が、草食系男子と、肉欲にがつがつしたタイプの肉食系男子において、特有の意味合いを持っているという考察は本書においてもっともスリリングな展開になっている。
 基本的に人類のような雑食性の動物において、効果的にアラキドン酸を摂取するのであれば、肉食のほうが効率が高い。肉食獣は草食獣の代謝の産物であるアラキドン酸を搾取するようにできているからである。しかし、草食系男子においては、草食からアラキドン酸を効率よく代謝する体質を持っているので、肉食の身体的な必要性が弱められている。このことが精神面での優しさという行動まで生み出していると見てよさそうだ。
 さらに重要なのは、アラキドン酸からは、究極の脳内快楽物質であるアナンダマイトが代謝されることだ。つまり、人間種は快楽によって行動を制御されているのだが、その制御において、草食系男子に優位性があるらしい。

 ヒトは狩猟によって肉を食べる。満腹感はアナンダマイトを多くし、ヒトに至福感をもたらす。このことはヒトをさらに危険な狩猟に駆り立てる。

 しかし、草食系男子ではその必要性が相対的に低い。

 ヒトのなかでもアラキドン酸代謝の優れた一群の遺伝子をもつ男性においては、狩猟の必要性も相対的に低くなる。彼らは狩猟活動には参加するが、肉食によってアラキドン酸を得なくても、自身の草食からそれが生み出せるからだ。

 草食系男子の栄養学でもう一点興味深いのはセロトニンの代謝だ。セロトニンは、肉や牛乳に含まれるトリプトファンから摂取しやすく、この面において当然草食系男子では欠乏しやすい。
 セロトニンはアラキドン酸代謝とは異なり、草食から補うことは不可能ではないものの効率はよくない。著者はそのことが草食系男子における独特のうつ病や肥満に関連していると見ている。草食系男子の血中セロトニンレベルを測定すると、肉食系男子より少ない傾向も見られる。
 草食系男子については、現状、その表面的な性交や社会的な意味が議論されがちだが、独自の代謝の優位性遺伝子の発現として、ヒトの進化の過程にも重要な示唆を持っているようだ。

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2009.03.30

[書評]正しく知る地球温暖化(赤祖父俊一)

 本書、「正しく知る地球温暖化(赤祖父俊一)」(参照)は非常に評価が難しい本だ。本書の主張を一言でいえば、地球は温暖化しているが人類が排出する温暖化ガスの影響はわずかだ、ということになる。当然ながら、であるなら、現在の日本を含め、各国で推進されている二酸化炭素など温暖化ガス排出を低減する試みはほぼナンセンスだということになる。実際、著者の赤祖父は「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に明確に反論している。

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正しく知る地球温暖化
誤った地球温暖化論に
惑わされないために
赤祖父俊一
 ではなぜ、温暖化が進行しているのか、という問題について、赤祖父は、人類が関与するところの少ない地球の気候変動の一環であり、現在は1400~1800年の「小氷河期」からの回復期にあるためだとしている。
 しかし、いずれにしても温暖化が避けられないなら、人類の危機は迫っているのではないかという、いわばこれまでマスメディアを通して送られてきた一種の終末的なイメージについて、赤祖父はこう述べる。

もし、現在進行している温暖化の大部分が自然変動であるならば、二一〇〇年まで気温上昇は一℃程度であろう。六℃ではない。

 もちろん、1℃でも大きな変動だとも言えるし、それがもたらす地球の変化はあるだろうが、赤祖父は、人類というのはそうした地球変動に対応してきたのだから、これからも対応していけばよいというふうに考える。
 さて、私はこれをこっそりと多くの人に問い掛けてみたいという思いを持っていた。ブログ文化的にいうなら、この主張はトンデモですか? 偽科学ですか? と。
 しかし、それを私は控えてきた。理由は簡単で、私自身が赤祖父の議論の成否を判断できないからだ。あるいは、こっそりと言うのだが、赤祖父は正しいのではないかと思っている。が、私の頭でそれをトレースして確信はできない。そして、であれば、おそらくそうした主張が遭遇するであろう非難にも十分に応えることはできないだろう。
 この件については私はしごくキンタマレスであり、こっそり言えば、真実が赤祖父の言う通りであれば、適当に議論していてもなるようになるだろうし、いずれ化石燃料に頼る文明のあり方は是正したほうがよいので、総じていえば政治的にはよい傾向なのではないか、そう、科学的真理よりも政治的な利益を得ることでよいんじゃないかと思うくらいだ。まあ、以上、といった感じだ。
 それにしても、IPCCをまがりなりにも支えているのは気候学者であり、以前「極東ブログ: [書評]すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠(ダミアン・トンプソン)」(参照)でも取り上げた話題でいうなら、つまりこちらの書籍の著者トンプソンがいう「大多数の科学者が、ある実証的な主張を認めているときには、それを信じるに足る理由がある。(中略)だから、慎重な研究者が圧倒的に認めた場合、その主張はきわめて高い確率で正しいと言える」というが、ある程度常識にかなうなら、本書の赤祖父の主張は偽科学であろう。しかも、赤祖父は気候学が専門ではない。であれば、これは常識を逸したトンデモな主張であり、やはり偽科学なのだろうか。
 しかし、寡聞にしてそういう議論は知らない。
 よく偽科学の主張はその文体を見ればわかるとも言われるが、もしそれを言うなら、本書はまさにそれが当てはまるだろう。こういう文体だ。

 現在、IPCCの結論に疑問を発する者は欧米でも「懐疑者」、「否定論者」、「人類の敵」などというレッテルが貼られているが学問である学説に反対する「反論者」であるべきである。IPCCの行動を新興宗教に例えた人が何人もあった。宗教では、疑問を持つものは異端者として取り扱われるからである。地球温暖化問題はもう学問ではなくなってしまった。残念ながら、これは踊っているのとかわらない。そして、踊っていても温暖化問題は解決されない。
 学問の神髄は論争にある。したがって、筆者はこの本の第四、五章の内容については喜んで批判を受ける。むしろ、そうすることによって筆者の自然変動の研究を発展させてほしいと思っている。

 どうだろうか。アインシュタインの相対性理論は間違っているという主張者の文体とそれほど変わっていないのではないだろうか。
 率直に言えば、私は偽科学はそうした文体からは区別できないだろうと思う。
 それにしても、およそ科学であるなら、明確に対立したIPCCの主張と赤祖父の主張と決着が付かないとすれば、それはなぜなのだろうか。私は修辞的に疑問を出しているのではなく、本当にわからないと思っている。
 また次の文体はおそらく陰謀論のそれと区別できないだろう。

 一方、実際に地球温暖化ほど世界的な大問題になっていながらほとんど何にも予防策が具体的に実行されていない問題もめずらしくないのではないか。どうして、報道はこれを批判して取り上げないのか。この種の団体で国際的に防止策について具体的な行動を起こしているという話を聞いたことがない。G8サミットを含めた各国首脳会議でも何一つ合意されたことがない。これは彼らが温暖化は重大な問題ではないことを知っているからに他ならない。

 これは陰謀論して済ます問題なのだろうか。私はそうとも思えない。そして私は、人権ですら同じ状態ではないか。人権が重大な問題でないことを各国首脳は了解しているということではないのか……そういう思いも沸く。
 本書は私には不思議な本である。そして、私には科学というものがなんであるのかを問い掛けてくる希有な本の一つとして書架に後20年は居座るだろう。私がその時まで生きていると仮定してのことだが。
 言い忘れたことがあった、日本のブログ文化では意外とIPCCへの異論は多い。だが、それは各種の形態を取っていて、赤祖父のいう小氷河期仮説とは限らない。本書については、小氷河期仮説の是非にその議論のすべてが成り立っている、反証しやすい、潔い形になっている。

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2009.03.29

[書評]「食糧危機」をあおってはいけない (川島博之)

 地球温暖化やBRICs国民の消費によって、食糧危機や水資源の危機が深刻に語られるなか、「「食糧危機」をあおってはいけない (川島博之)」(参照)は標題からもわかるように、この問題をシステム工学の視点から冷静に捉えようとした書籍だ。

cover
「食糧危機」を
あおってはいけない
川島 博之
 標題を見てすぐわかるように、同じく文藝春秋から2003年に出されたロンボルグの「環境危機をあおってはいけない」(参照)をまねている。こちらの書籍は、日本では著者のロンボルグより訳者でもあり評論家であもる山形浩生のほうが著名かもしれない。そのせいか、この「「食糧危機」をあおってはいけない」の帯もこうなっている。

山形浩生 推薦”
(『環境危機をあおってはいけない』の訳者)
「それはウソだ!」
「もうこの手の扇動にまどわされないようにしようじゃないか。」

とある。裏表紙にはこうもある。

「目からウロコの真の啓蒙書」
ぼくはすでに四〇年以上生きてきて、これが何度も繰り返されているのを見ている。そして一度たりとも、危機論者のあおるような危機が起きていないのも知っている。それは危機論者たちは根本的にまちがっているからだ。食糧を取り巻く環境についてきちんとした本を読んで、もうこの手の扇動にまどわされないようにしようじゃないか。 そのための絶好の一冊が、この本だ。 (山形浩生)

 ちなみにこの寸評は、同氏の書評は文藝春秋社サイトの「ヨタ話の扇動にのらないための絶好の書」(参照)の一部なので、このリンク先も読んでおくとよいかもしれない。
 ダンコーガイ書評風味になってきたが、だめ押し的に帯の裏のキャッチも紹介しよう。

すべて俗説です!
*BRICsの成長で穀物の需要急増?
*「買い負け」で魚が食べられなくなる?
*人口爆発で食糧が不足する?
*水も肥料も足りない?
*地球温暖化で生態悪化?
*バイオ燃料が人々のパンを奪う?

 確かに、これらの問題には答えが書かれていて、ネタ的にも面白い。
 以上のように出版社側の売り戦略としては、環境問題にも論争的な山形路線の延長としてしかけ、それゆえに、町山智浩の「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」(参照)と同じく、ややチープな欧米風ペーパーバックスの作りとしたのだろう。コンビニのワンコイン本にも見える、Bunshun Paperbacksのラインで出している。価格は2コインプラスといったところだが、内容的には見合ったものだろう。文藝春秋としても、新書とは違って、30代から40代のちょっと斜に構えた知的な層への、ややエンタイメント的な含みのあるマーケットを狙ったのだろう。ネットでいえば、はてなブックマークスとかで注目されやすいネタだ。実際、まずそうしたネタとして読まれるのではないかと思う
 山形は「ぼくはすでに四〇年以上生きてきて」と切り出していたが、私は東京オリンピック年に生まれた同氏より7年も無駄に年をとっており、「五〇年以上生きてきて」の部類になるので、その分、ローマクラブとかこの手の煽り話にはさらに慣れているし、「緑の革命」を同時代に過ごしたこともあるので、本書を読みながら、「目からウロコ」というより、「ああ、そうだろうな、よく論点がまとめられている」と思えた。
 先回りした言い方をすると、本書は、「食糧危機」を標題とはしているものの、各種の議論が福袋的にまとめられており、その個々の分野では、それぞれの専門家からは、詳細な反論もあるのだろうと予測する(例えば化学肥料問題)。
 というのは、問題のタイプが、ロンボルグなどの環境問題の視点と似ているようでいて、微妙に方法論的な違いもある。環境問題の場合、応用科学という点から各種の科学の総合なのだが、実質的にはある種の主要な科学分野が形成されつつある。主要とは言えないだろうが、例えば、赤祖父俊一(余談だが叔父の友人であった)の、例えば「正しく知る地球温暖化―誤った地球温暖化論に惑わされないために」(参照)のような、やや異なった地球物理の分野からの視点もあり、通常の温暖化問題の議論とは世間的には平和な平行線を辿る。
 また、環境問題はまがりなりにも政治プロセスへの道があるにはある。これに対して、「食糧危機」及び「水資源」の問題はそうした、状態にはまだなっていないのではないかと思う。
 問題の難しさとして見ると、本書のような「目からウロコ」の議論だけでは包括できない部分の多様性はあるだろう。福袋内の個別の専門分野に加え、農政や貿易論も関わる。同書でも農政や貿易論にはかなり目配せができているのだが、それでも本書では一般論が勝ち、個別の日本の農政や貿易の歪みの対処といった、私たちの生活に密接する部分の問題までは十分には議論できていない。
 他にも、今週の日本版ニューズウィーク(4・1)で「遺伝子組み換え作物の出番が来た 食糧問題と気候変動が深刻化するなか、GM作物がタブーから救世主に」でもGM作物の現状が触れられていたが、いわば緑の革命の第二段階の問題も重要なのだが、本書では概括的に扱われている。
 それでも本書を読むと、食糧危機を煽ることの問題性はかなりすっきりと描かれており、また方法論的にも一貫したように感じられるのは、著者のシステム工学的な意識およびその応用だからだろう。
 やや批判的な印象を書くことになったが、本書は、現在の日本人に、マストリード(必読)の一冊には違いない。私もこれは書架で一種のリファレンス本のように扱うつもりだ。この手のマストリード本としては、「世界を動かす石油戦略(石井彰・藤和彦)」(参照)に近い。読んでいないとある議論の水準が保てないタイプの本だし、卑近にいうならこれほどフールプルーフな本はないだろう。マスゴミと呼ばれるような日本のマスコミ言論の質の低下に対するプルーフにもなる。
 だからこそペーパーバックス的な作りであるより、もう少し固い新書の形態で読者の層を広める続巻も期待したい。すでに、同氏の「世界の食料生産とバイオマスエネルギー―2050年の展望」(参照)があるが、こちらはそれはそれでやや専門過ぎるだろう。

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2009.03.28

簡単ガイトナー案

 たまには経済の話でも。何かな。と、ガイトナー案を考えながら思った。あ、ガイトナー案。
 ガイトナー案のガイトナーさんは、米国財務長官。80年代後半、駐日米大使館勤務していた。「ああ、あれか」と思う人がいたら、そうあれです。いや、私はたぶん会ったことない。
 それはさておき。ガイトナー案のことを書きそびれていたので、メモ。というか、これよくわからないので、つまりなんだかわからんなという話。なので、読んでも大したことじゃないです。だからぁ、ネットの言論はなぜ質が低いかって、こういう頭の悪ぃブロガーがいっぱいいるからですよ。
 さて、ガイトナー案って何? ということだが。現下の金融危機をどうすんの、と。巨大金融機関の財務表から住宅ローン関係の不良資産をどうしようか、と。そこで、これを解決、毒物一掃というのが今回のガイトナー案なのだが、どうも質の高い日本のマスコミ言論を読んでいてよくわからない。
 というか、この話、「バッドバンク」の話とされているようだ。それで間違いではないのかもしれないし、私がどうも基本的な誤解をしているのかもしれないが、気になる。
 読売新聞社説を読むとこんな感じ。26日付け「米バッドバンク 不良資産の買い取りを急げ」(参照)より。


 米国の金融機関が巨額の不良資産を抱えたままでは、金融危機はいつまでも終息しない。「負の連鎖」を早急に断ち切ることが重要だ。
 米国政府は、官民で不良資産を買い取る「バッドバンク」構想の詳細を発表した。

 「バッドバンク」構想として論じられている。

 対策のポイントは、政府が金融安定化法の公的資金枠から、最大1000億ドル(約9・6兆円)を拠出し、民間資金も取り込んで、最大1兆ドル(約96兆円)の買い取りを目指すことだ。

 公的資金と民間資金で「買い取りを目指す」というのだが、それが「バッドバンク」ということか。こう続く。

 官民で複数のファンドを設立し、住宅ローンなどの不良債権と証券化商品を買い取る。その価格は、民間の出資者間の競争入札などで決まる。
 民間投資家の損失が膨らまないように、政府は手厚く債務保証するなど、好条件の支援策も決めた。公的資金を呼び水に、幅広い民間の参加を促し、買い取りを加速する狙いといえよう。

 「バッドバンク」というより、ファンドとオークションに見えるのだが。というか、同社の別の解説記事「米、バッドバンク設立へ」(参照)だと、基金がバッドバンクだよと書いてある。ほれ。

 米メディアによると、米政府は23日にも、銀行から不良資産を買い取る官民共同の買い取り基金、いわゆる「バッドバンク」を複数設立することを発表するという。

 そうなのか。
 毎日新聞記事「エコナビ2009:米、バッドバンク詳細 金融安定化策が始動 公的資金増、見送り」(参照)も同じ。

米財務省は23日、米金融機関から不良資産を買い取る官民合同基金(バッドバンク)の詳細を発表、包括的な金融安定化策が実現に向けて動き出した。


 民間金融機関の不良債権や不良資産を政府が関与して処理する「バッドバンク」は過去に金融危機に陥った各国で設立された。破綻(はたん)金融機関から不良債権を買い取った90年前後の米整理信託公社(RTC)や問題銀行を国有化した90年代前半のスウェーデンはバッドバンクが機能した例といえるが、今回の米国は政府の判断だけでは不良債権や不良資産を買い進めることができないだけに、機能を十分発揮できるか疑問視する声もある。

 官民合同基金をバッドバンクと呼べるのだろうか。引用しないけど、産経新聞記事「米財務長官が不良資産買い取りの「バッドバンク」構想詳細を発表」(参照)もそう。
 読売社説に戻って。
 「公的資金を呼び水」のところが、ぶっちゃけ、レバレッジなんでしょうけど、これは後で触れる。読売社説はこう続く。

 しかし、この対策にも、課題が山積している。
 まず、不良資産買い取り実施へのスピードだ。来月中にも、実施する必要がある。
 資産の売り手となる金融機関が損失を嫌い、売却に二の足を踏むことも懸念される。民間投資家から、どれだけの出資を集められるかも不明だ。
 買い取りをうまく機能させるためには、制度設計をさらに詰めなければならない。
 景気悪化で不良資産が増えている。最大1兆ドルの買い取り規模でも不十分、との見方がある。追加的な公的資金が必要となるかもしれない。
 さらに不安要因として、公的支援で救済された米保険大手AIGの巨額賞与問題が、波紋を広げていることもある。米国では、AIGだけでなく、見過ごした政府に対して批判が高まっている。

 つまり、実施を急げ、が、まずある。次に、民間出資が集まるのか疑問、というのがある。それはそうか。
 制度設計にも問題があるらしい、が、説明はない。わかれよ、ということだろう。一兆ドルじゃ足りないというのもあるけど。AIG云々の話はわかりやすすぎるのでどうでもよし。
 この社説でわかるもんなんですかね。他、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞の各紙社説ではスルーしていたけど、大した問題ではないのか。
 日経では同日の社説「米不良資産買い取りへの期待と不安」(参照)で取り上げていた。「バッドバンク」というキーワードはない。

 米政府は今週、民間投資家と共同で基金をつくり、最大1兆ドル規模の不良資産を買い取ると発表した。金融機関は住宅関連のローンや証券化商品が不良化し、資本を棄損している。貸し渋りを通じて景気の悪化を加速しているため両者を取り除く。

 日経の社説のほうは普通に読んだら、バッドバンクというより、官民共同ファンド(PPIF)に読める。こっちが質の高い日本のマスコミ言論かもしれない。
 いずれにせよ、バランスシートを棄損している不良資産を除き、貸し渋りを減らそうということ。バブル以降にしょっぱい人生を歩んだ日本人ならよくわかる話ではあるが。
 仕組みはこう説明されている。

 第1に、買い取り価格に客観性を持たせようとした点だ。価格は枠組みに参加する投資家が入札などで決める。不良資産には公の価格がない。納税者の負担を抑えるために安く買いたい政府と、高く売りたい金融機関側とが折り合わない恐れがあるため、透明性を高めて双方が納税者や株主に説明しやすくした。
 第2に、投資家の参加を促すために、当局が融資や融資保証を基金に提供する点だ。投資家は少ない資金で大規模な投資ができ、資産が高く売れたときの利益率は大きくなる。凍り付いた民間マネーが動き出すきっかけとするねらいもある。

 今一つピンとこない。第一では、価格の客観性や透明性というより、オークションを通して価格を決める、市場に任せる、という仕組みではないかと思う。第二では、レバレッジを掛けるための資金をFRBが出しますよということだと理解しているのだが、ようするに手元の持ち金のない人でも、公的機関というか日本でいったら日銀がカネ貸すから、ちょっくらヘッジファンドやってみないかね、そこのお兄さん、みたいなことでは。っていうか、国家がヘッジファンドに加わるのかよ的なことなんじゃないか。
 当のガイトナー案だが、預金保険機構のサイトにある「米国の官民共同出資によるLegacy資産の買取りについて」(参照)が米財務省公表文に拠っているので正確といえば正確のようだ。

月23日に米財務省は、官民共同出資によるLegacy資産買取りプログラムを公表した。当該プログラムは、Legacy Loans ProgramとLegacy Securities Programの二つからなる。この二つのプログラムに対して、昨年10月施行の緊急経済安定化法TARPより750億ドル~1,000億ドルの拠出が見込まれており、5,000億ドルのlegacy assets の購入が可能と見込まれている。また、Legacy Loans Programにおけるファンドの資金調達に対しては、FDIC(連邦預金保険公社)の保証が付されることになった。

 「Legacy資産」って何?とか思うけど、ようするに不良資産のことのようだ。Newsweek”Man Up, Capitalists! - Will Geithner's Bank Rescue Plan Work?”(参照)だとこんな感じ。

The Treasury acknowledges that private investors will be subsidized to take on the ownership of what it's calling "legacy loans" and "legacy securities." (If these horrific securities are legacy loans, then the funeral industry should reclassify corpses as "legacy bodies.")

財務省は、民間投資家が「レガシーローン」と「レガシー証券」を呼ばれるものの購入助成を認めている。ところでもし、この恐るべき証券がレガシーローンだというなら、葬儀業界は遺体のことをレガシーボディーと分類しなおすべきだろう。


 ガイトナー案だが、これはPublic-Private Investment Programということで、PPIPと呼ばれているもので、Legacy Loans Program(LLP)とLegacy Securities Program(LSP)に分かれる。どちらも、PPIF(Public-Private Investment Fund)が使われることになるようだ。
 仕組みとしては、先のNewsweek記事でも次の事例が引用されている。

The Treasury cites as an example a loan valued by a bank at $100 that is sold for $84. In that instance, the private investor and the government would each put in $6, and the investor would borrow the other $72 from the government. If you're keeping score at home, it means the private investor would put in 7 percent of the cash but would receive a much higher percentage of the profits.

財務省では、銀行が100ドル貸し付けたローンが84ドルで売り出されている例を挙げている。これを買う場合、民間投資家と(TARP:緊急経済安定化法によって)政府が6ドルずつ出す。(これで12ドルだから、72ドル足りない)そして民間投資家のほうは、(返済責任なしの)72ドルを政府(FDIC:連邦預金保険公社)から借りる。民間投資家がこれを帳簿に載せて保有すると、(元手6ドルだから全体の)7%の現金投資となるけど、資産としては帳簿上はそれ以上の利益になる。


 自分なりの理解を補足をしたのだけど、いま一つわかりづらい。1兆ドルがTARPを指しているなら、このプログラムではFDICからよりカネが出せるということはないのか? 
 それと、買い取った資産だけど、実際には毒物だった場合、つまり、84ドルなんて価格は全然ねーよという場合、最終的には民間投資家が売却するわけだけど、FDICのカネは踏み倒せるからリスクがねーよという話なんだろう。
 そんなうまい話はねーよな、というか、元来は本来の意味でバッドバンク的に買い取るからそれでもいいのだろうけど。ちなみに、ファンド12ドルに対してFDICの72ドルは6倍のレバレッジだが、そこが限界らしい。
 ところでなんでこんなプログラムにするかというと、日経社説にあったように、価格に市場機能を働かせるためだろう。あと折半は所有権の問題で、見かけ上、国家にしないためだろう。
 うまくいくのか? 諸議論がありそうだ。別エントリを起こして触れるかもしれない。
 ところで話が込み入るが、これって「バッドバンク」なんだろうかの蒸し返し。
 3月14日のNewsweek”A Plan that Obama Can Bank On”(参照)で気になっていたのだった。こちらは日本版ニューズウィークに邦訳があるので、それを引用する。

2月に発表された金融安定化策は漠然としすぎていた。ティモシー・ガイトナー財務長官は近く新たな案を発表するという。その前に、考えられる選択肢を検討してみよう。
 今の銀行危機に取り組むうえで選択肢は四つある。うち二つはうまくいきそうにない。

 うまくいかない二つは、「市場に任せる」と「国有化する」。残りの二つだが。

 第三の選択肢は官民共同ファンド(PPIF)。公的資金を使って不良債権を買い取る「受け皿」になるため、米連邦預金保険公社(FDIC)のシーラ・ベアー総裁は「受け皿銀行」計画と呼ぶ。ガイトナーの話によると、最大1兆ドルの不良債権を買い取る。
 第四の選択肢は「グッドバンク・バッドバンク」構想だ。政府が不良資産買い取り専門銀行を設立して、銀行の不良資産を完全に切り離す。この案はベン・バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長が大筋で支持している。
 バッドバンクという名前は縁起が悪いので、「暫定銀行」プランあるいはホームズ案と呼びたい。

 ということで、その後蓋をあけたガイトナー案だが、第三案PPIFを含むものなので、第四案のバッドバンクとは違うのではないか、と。それとも、第四案のホームズ案もPPIPに含まれているのか。
 第三案でも広義にバッドバンクと言えるのかもしれないが、フィナンシャルタイムズ”Double or quits in Washington”(参照)も、ワシントンポスト”Mr. Geithner's Plan”(参照)も、ニューヨークタイムズ”The Bank Rescue”(参照)も、「バッドバンク」はキーワードにはなってないようだが。むしろ、 エコノミスト”Second time lucky - Fixing America's banks”(参照)ではむしろこう述べている。

He rejected both the standard “bad bank” model, in which the government takes on rotten assets, and takes over the banks most riddled with them; and the asset-insurance approach favoured by Britain, in which the state takes on the risk of a credit portfolio for a fee.

 とはいえ、FOXニュース"'Bad Bank' Buying Binge: Dow Soars 497"(参照)などでは「バッドバンク」と言っているからそれはそれでいいのかもしれないが。

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2009.03.27

簡単リエット

 たまには食い物の話でも。何かな。と、リエットを食いながら思った。あ、リエット。
 リエットは、お肉のペースト。バターみたいにパンに塗って食べるハムみたいなもの。「ああ、あれか」と思う人がいたら、そうあれです。なんだろとレバーペーストを思い描く人がいたら、あんなにべとぉっとしたものではありません。いや、ものによってはべとぉっとしているか。いきなり余談だけど、デビルド・ハムっていうハムを悪魔風に潰したものがあるけど、あれとは違うというか、全然違う。
 ググってみると、日経トレンディネット「バゲットに合うリエット」(参照)という記事があり、作り方まで載っている。ほいじゃ、私がくだらんゴミ情報を書く必要はないじゃん……とも思わないのがエントリの趣旨なのはあとで説明しますね。
 先の記事を読むと。


前回から引き続き豚バラ肉のレシピ、フレンチのビストロなどではポピュラーな“リエット”をご紹介します。“プティサレ”同様、これも保存食で、500年ほど前からフランスのトゥーレーヌ地方で親しまれてきた郷土料理です。本場のものはラードなどを足して煮るため、こってりと脂を含んでいますが、僕はあまり脂が好きじゃないのでサッパリと仕上げました。なのでバターの代わりに、というカンジではありませんが、バゲットに塗って食べるととても美味しいペーストです。

 そういうものだそうです。
 作り方も丁寧に書かれていて。

豚バラ(ブロック)とタマネギを2cm角にカットします。深めの鍋にオイルをすこし入れ、タマネギ、ローリエ、タイムを炒めて香りを引き出します。つぎにバラ肉を入れ、「肉じゃが」をつくるような感じで軽く炒めます。ここはわりとテキトーでかまいません。なじんだところで水と白ワインを入れ(分量は“ひたひた”で)塩をします。

 さらに説明は続く……はあ、めんどくさ。
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フランスの常備菜
前菜、主菜、デザートの
手軽な作りおきレシピ
 いや、そうやってきちんと作るとよいと思いますよ。好きな料理本「フランスの常備菜 ― 前菜、主菜、デザートの手軽な作りおきレシピ(大森由紀子)」(参照)でも、基本はそんな感じ。
 こちらの本では、さらに書名通り常備菜的な使い方として、パスタのソースにした例を挙げているけど、あれですね、ツナ缶の要領で使える……というか、今思いついたけどツナ缶のフレークと似たようなものです、リエット。っていうか、ツナ缶でもリエットと言っていいはず。同書には、サーモンのリエットも載っているし。
 さて、私のリエットの作り方。
 とても簡単です。難しいことできないし。ちなみにさっき食ったリエットは鶏です。豚肉でも別にかまわない。英語のウィキペディア”Rillettes”(参照)より。

Rillettes are also made with other meats, goose, duck, chicken, game birds, rabbit and sometimes with fish such as anchovies, tuna or salmon.

 鶏でもよい、と。
 私の作り方だけど、ローストチキンの余りをスロークッカーの強で6時間煮込むだけ。ただの水煮。ローストチキンの余りというか、ある程度多めに作ってリエットにするというか。
 煮込むときに入れるのは、ホールクローブを2つくらい。ローリエや胡椒を入れてもいいと思う。白ワインとかタマネギとかは入れないです。入れてもいいのだろうけど。
 豚で作るときも別段作り方は変わらない。ローストポークの余りを同様に水煮するだけ。水は肉が被るくらい。6時間も煮るので鍋の蓋に穴があると水が上がるので、穴のない蓋がよいと思う。
 で、6時間後、というか、朝が来る。
 水煮の水を別の容器に取っておく(捨ててもいいけど)。柔らかく煮えた肉の塊はボールに移して、スプーンの背で、へにょっ!へにょっ!と潰す。簡単に潰せますよ。このとき、塩やスパイスで調味する。塩とスパイスが最初から入っているグラインダー付きチキンスパイスで調味するともっと簡単。
 あまりばさばさとした感じなら、水煮の水を加える。脂気が足りないなら油を足す。ラードとかオリーブオイルとか。
 これでできあがり。

Rillettes

 普通は塩味を強くして油も多めにして常備菜らしくするけど、私の簡単リエットは数日で食って終わりだから、あっさり仕立て。
 つうわけで、スロークッカーがないとできないよ、そんなもの、と言われるとそうだけど、スロークッカーがあれば、別段、料理のうちにも入らないくらい簡単にできますよ。

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2009.03.25

多分、小沢、投了

 昨日の民主党小沢代議士の、大久保公設秘書の起訴はすでに書いたとおりの想定以上はなかった。そしてそれは同時に、政治資金規正法違反以上のものではなかった。何か、今回の特徴でもある異例づくめから、またまた異例の展開でもあるかと思ったが、なかった。
 夜になって党首でもある小沢の会見があり、一世一代の言葉でも聞けるものかと期待していたが、拍子抜けするほど特にどうというものはなかった。が、小沢が涙ぐんでいたのは、え?と思った。話を聞くに、民主党や支持者の声援に寄り立つという人情話ではあるのだが、私が見てきた小沢さんは、いつでもリーダーな人なので、人の見えるところでこういう情の折れ方はしない人だった、と思う。そこだけが違和感だった。ああ、越すに越されぬ田原坂か、とは思ったが、その一点にもやっとした思いが残った。
 理由は今朝になってわかった。というか、自分なりの思い込みの早飲み込みではあるかもしれないが、NHK「小沢代表秘書 虚偽記載認める」(参照)のように、大久保公設秘書が自白していたのだろう。この事件、検察から報道へのリークのスキームでは、大久保被告の認識の有無が問われているように見えていて、元検事の郷原教授が指摘するような、献金団体の実体性は意図的なほどぼかされている。


大久保秘書は、逮捕後、東京地検特捜部の調べに対し、「西松建設からの献金とは認識していなかった」と不正を否定していましたが、関係者によりますと、最近になって「献金は、西松建設からだと認識していた」と、うその記載を認める供述をしているということです。

 ああ自白か。またこれかと嘆息してから、気がついたのだが、これはおそらく自白ではなく、大久保被告なりが事実確認の説明をしているうちに、検察のスキームに見事に嵌ったということだろう。いや、嵌められたという詐欺まがいのことではなく、こうすれば政治資金規正法違反として裁判に勝てるという検察側の穴埋めパズルみたいのがあって、そこに大久保証言を嵌めていくと一丁上がりというものだろう。それがどういうものかは、昨日読売新聞「「納得いかぬ」と小沢代表、検察は事件の悪質性を強調」(参照)で佐久間達哉・特捜部長が言うように、今は言えないということだろう。

 報道陣の質問に応じた佐久間達哉・特捜部長は、西松建設の政治団体を大久保容疑者がダミーと認識していたとする根拠などについて、「今は言えない。我々の責任は、裁判できっちり説明すること」と明言を避けた。

 つまり、これは、ライブドア・村上ファンドの時のしょっ引きと同じで、ご本人たちはナイーブにぺらぺらしていたところで、突然、カチっと穴埋めパズルに嵌ったということだろう。
 どういう穴埋めパズルになっているのかは、私にはよくわからない。だから、それがどう反証されうるのかもわからない。ただ、大筋では、多分、小沢、投了、ということだろう。
 今回のドタバタでは、当初は実際のところ、巨悪小沢を正義の検察が仕留めるという筋書きだった。政治資金規正法違反はどちらかというと最初に見せたけど、とば口であり、それは巨悪の最後のワンピースになるはずだった。今朝あたりの大手紙の社説は、政治資金規正法違反は微罪ではないと検察様の顔色をうかがって言っているが、それをやるなら焼畑農業になってしまう。一例だが、九州企業特報記事「東京地検、小沢代表の秘書を起訴 ほかの政治家はどうなった」(参照)の指摘のように見えてしまう。

 政治資金規正法のみの事件であり、小沢氏側だけが立件されるのなら、やはり今回の捜査は悪い意味での「国策」というべきだろう。

 国策などというものは日本にはないが、私を含めて検察暴走と見る人も少なくなく、先の郷原教授もまるで、古巣との掛け合い漫才のように間合いよく、昨日朝、起訴前に、検察の異例の説明会を事実上のアナウンスしていた。「小沢代表秘書刑事処分、注目すべき検察の説明(日経ビジネスオンライン)」(参照・要登録)より。

 一般的には、検察は捜査処理について説明責任を負うことはない。起訴した事件については、公判で主張立証を行い、その評価は裁判所の判決に委ねられる。また、不起訴にした事件について不服があれば検察審査会への申し立てという手段が用意されている。
 今回の事件について検察の説明責任が問題になっているのは、政治資金規正法という運用の方法いかんでは重大な政治的影響を及ぼす法令の罰則の適用に関して、不公正な捜査、偏頗な捜査が行われた疑念が生じており、同法についての検察の基本的な運用方針が、同法の基本理念に反するものではないかという疑いが生じているからだ。
 検察は、そのことの重大さ、深刻さを認識し、誠実に、真摯に説明責任を果たすべきだ。その説明が国民に納得できるだけのものでない場合には、不公正で偏頗な捜査が行われた疑いが一層顕在化することになる。検察は、その責任を正面から受け止めなければならない。

 実際、検察は異例の説明会を行った。NHKニュース「地検 秘書起訴で異例の説明」(参照)より。

 東京地方検察庁は、大久保秘書の起訴について「収支報告書に虚偽を記載して政治資金の実態を偽ることは、国民を欺き、政治的判断をゆがめるものにほかならない」と異例の説明をしました。
 この中で、東京地方検察庁の谷川恒太次席検事は「政治資金規正法は政治資金をめぐる癒着や政治的腐敗を防止するため、収支の公開を通じて政治と金の問題を国民の不断の監視と批判の下に置くことを目的にしている。議会制民主主義の根幹を成すべき法律であり、その中心である収支報告書に虚偽を記載して政治資金の実態を偽ることは、国民を欺きその政治的判断をゆがめるものにほかならない。今回の事件は、ダミー団体の名義を利用する巧妙な方法により、国会議員の政治団体が特定の建設業者から長年にわたって多額の寄付を受けてきた事実を隠したものだ。犯行の動機、犯行の経緯、被告の果たした具体的な役割については、裁判で具体的に明らかにする。今回の事件は、国会議員の政治団体が特定の建設業者から長年にわたり多額の金銭の提供を受けてきたという事実を国民の目から覆い隠したもので、政治資金規正法の趣旨に照らして看過しえない重大・悪質な事案と判断した」と異例の説明をしました。

 異例である理由を、あっさり言ってしまえば、「不公正で偏頗な捜査が行われた疑い」を検察としても妥当なものだと受けいれざるをえなかったことになる。
 そしてこの異例の説明を聞くに、これはそれほど、理の通ったことではない。なぜ、大久保秘書を狙い撃ちしたのかといえば、的は小沢議員であり、「政治資金規正法の趣旨に照らして」やったわけだ。法の趣旨の正義の御旗で、ええいやっちゃえと。実際の個々の法の規定で行ったわけではないから、当然その後の展開はガダルカナル戦になっていった。
 検察様による法の趣旨が狙ったのは、「今回の事件は、ダミー団体の名義を利用する巧妙な方法により、国会議員の政治団体が特定の建設業者から長年にわたって多額の寄付を受けてきた事実を隠したものだ。」ということで、つまり、先にふれたように、政治資金規正法違反はこの壮大な絵の最後のワンピースとなるものだった。
 が、それは失敗したと見ていいだろう。理由は、時事「「認識の違い」「確信犯」=小沢氏側と検察、法廷で全面対決へ」(参照)が暗示するように、法の観点からは無理スジだった。郷原教授も指摘していたが時効の壁は大きかった。

 その後も政権交代への意欲を強調し、「(政治資金)収支報告書の処理の認識の違いだ」と繰り返した。小沢氏の法律顧問やかつての秘書が弁護団に加わり、起訴まで一貫して否認した大久保秘書を支えており、小沢氏の意向に従って法廷闘争が展開されそうだ。
 検察側は「証拠がなければ逮捕しない。架空の政治団体を使った巧妙な手口で、時効の関係から立件した不正献金額はその一部」と強調した。大久保秘書から西松建設に送られたとされる陸山会名義の「請求書」や、同秘書と献金額などを直接交渉したとする同社関係者の証言を立証の軸に据える見通しだ。

 検察のガサ入れショーは不発におわり、当初から小沢も知っての上の、陸山会名義の「請求書」くらいしかブツはなかった。そしてあとはすべて、西松側のゲロだけで、つまりは、大久保秘書側からの認識はなかったということになる。いや、今となれば、なかったわけでもないだろうが。
 もう少し検察ドジをわかりやすく説明しているのが、毎度の産経新聞の記事「【西松献金】今後の捜査はどうなる 政界ルート追及は継続」(参照)だ。検察側の本スジだった、談合と斡旋利得のボケをきちんと挙げている。

 小沢氏側が関与したとされる公共工事での受注調整は平成17年末、ゼネコン各社が行った「談合決別宣言」の前後までだったとされ、刑法の談合罪は時効とみられるが、その後も小沢氏が代表の政党支部には建設業者からの企業献金が続いており、小沢氏側が工事受注への便宜を続けていれば談合罪に問われる可能性がある。

 冗談書いているみたいだが産経としてはそうでもないのかもしれない。が、談合時効後も「小沢氏側が工事受注への便宜を続け」という条件は普通に考えればありえないだろう。

国の出先機関や自治体への働きかけがなかったかについても慎重に捜査を進め、あっせん利得処罰法などに抵触する事実の有無も調べるとみられる。

 権限のない野党にそれができるかも普通に考えれば無理だろうし、ここにも時効はあるだろう。
 まあしかし、検察を腐して失墜させればよいというわけもなく、失態は失態としてこのあたりで引いておくのが検察のためにもよいだろうと思う。私は、このラインの撤退は良識あるじゃんか、検察……OBはと思う。
 小沢側は、終わっただろう。公判は選挙後になるだろうが、今回の大久保自白的なリークは続くだろうし、その大手紙の表明は今朝の社説でわかる。
 というか、目下の日本の状況はこんな問題が争点になるべきでもない。もう少し言えば、小沢は大連立の失敗の際に、民主党では総選挙に勝てないとはっきりと認識していた。民主党の現在の戦いこそ、大きな無理スジだろう。日本に議会制民主主義が実現するのは、まだまだ遠い日のことになる。私が死ぬまでには見たいものだとは思うけど。
 今回のドタバタで、ジャーナリズム的に面白かったのは、昨日の大久保秘書起訴までに小沢代議士への聴取がないというニュースの伝搬だった。共同、時事、日経、毎日はきちんと報道したが、朝日、読売、産経、NHKはバックれたようだった。産経のバックレは、乱発したリーク記事の整合からしかたないとはいえ、読売もだいぶ日和っていたのだろうなと思った。もともと大連立で小沢を立てようとした、ある意味で微妙な小沢シンパでもあっただろう。
 朝日は23日のどん詰まりを確認して流した。朝日内部では、小沢に聴取が及ばないということに確信が持てない、別系のリークとそれにぶら下がる一派があったのだろう。この間、朝日新聞の本体外のリソースからはいろいろ傾聴すべき意見が見られたが朝日新聞本体からはなかったように思う。朝日新聞も変わったな。NHKのバックレ方はそれなりに見事なものだった。NHKがあれば大手紙や通信社は要らないと思っていたが、やばいな。
 きれい事になるが、お上のリークの経路に依存しないジャーナリズムっていのはないものかとは思う。鳩山総務相の元秘書さん? はあ。


追記
 大久保被告が違法献金を認めたというNHKや朝日新聞等の報道について、弁護士からのコメントが出た。「小沢氏秘書の弁護人、報道機関へのコメント公表」(参照)より。


 準大手ゼネコン「西松建設」から民主党の小沢代表の資金管理団体「陸山会」への違法献金事件で、小沢代表の公設第1秘書と陸山会の会計責任者を兼ねる大久保隆規(たかのり)被告(47)=政治資金規正法違反(虚偽記載など)の罪で起訴=の弁護人が27日、報道機関に対するコメントを公表した。コメント全文は以下の通り。
 「大久保隆規氏の起訴後、新聞、テレビ等において、同氏が政治資金規正法違反に係る起訴事実について、その大筋を認めている等の報道がなされているところですが、同氏の弁護人らの認識は全く異なっております。この点について、検察庁が前記の報道内容に沿った事実を公表することなどあり得ないことから、誤解に基づく報道ではないかと考えております。公判に向けて予断を排除するためにも、今後は、十分な取材に基づき、客観的かつ公正な報道を行っていただきますよう申し入れます」

 弁護人からの認識としてはそうだろうと思う。ただ、このエントリで書いた私の認識は検察側の絵なので、この問題への考えは変わらない。ただ、NHKを含めてマスコミのこの関連の報道はフェアではないという印象はさらに深くなった。

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2009.03.23

2009年度、世界の独裁者トップ10

 パンパカパーン♪ 今週のハイライト! 米国メディアが選ぶ、2009年度世界の独裁者、トップ10。では、第10位から。

第10位 ムアマル・カダフィ大佐(66)
 何時まで経っても日本では「カダフィ大佐」と呼ばれるムアンマル・ムハンマド・アル=カッザーフィーさん。ナセル元エジプト大統領の説く「アラブ民族主義」に共鳴し、「大佐」自称もナセルの顰みに倣ってのこと。
 1969年に国王を追放し、軍事政権を樹立。米国レーガン時代は、中東の狂犬と呼ばれ、西側諸国は悪の権化のレッテルを貼りつけ攻撃に次ぐ攻撃、どっちがテロリストやねんと話題となったものだが、時代は代わり、子ブッシュ政権の成果で国交正常化。2003年には核兵器を含む大量破壊兵器開発計画も放棄し、すっかり良い人……世界の他の独裁者さんもコローネルのようになれよと模範を示すも、昨年は惜しくも10位内から脱落。今回辛うじてのランクイン。

第9位 グルバングリ・ベルドイムハメドフ大統領(51)
 誰? トルクメニスタンの大統領。トルクメニスタンってどこ? 中央アジア。で、ベルドイムハメドフ大統領ってどんな人。独裁者……ああ、話がわからん。
 トルクメニスタン、アシガバート州出身。1957年生まれ。あ、俺と同い年だ、チャオ。
 1979年にトルクメン共和国の医科大学を卒業して歯科医師となる。開業はぜず病院に勤務、旧ソ連だし。
 2006年、独裁者と言われた前大統領サパルムラト・ニヤゾフ氏急死の後、副首相から大統領代行を経て大統領兼独裁者となる。
 医者の資格はあるがドクサ医者ではない。いまだ医療には関心があるようだ。

第8位 イサヤス・アフェウェルキ大統領(63)
 誰? エリトリアの大統領。エリトリアといえばあれ、虫歯にならない甘味料……違う。アフリカの国だ。
 1946年、現エリトリア州都アスマラで、エチオピア統治下の政府職員の息子として生まれるも、20歳で独立運動に参加。急進左翼ゲリラとして、エリトリア解放戦線(ELF)に参加し、その分派エリトリア人民解放戦線創始者の一人となる。さらにこの後継となる民主正義人民戦線(PFDJ)書記長となり、1993年の独立後、初代大統領となる。
 あー、何か悪いことしているの? ジャーナリスト弾圧? まあ、それはするでしょ。

第7位 アリー・ホセイン・ハメネイ師(69)
 イランの最高指導者。イランといえばブッシュ政権下ではなにかといろいろ米国と対立していたのだから、昨年同様第7位は頷けるところ……か?
 イランの実権はハメネイ師にあると言っていい。イラン革命の時代を見てきた年代にはいろんな思いはあるけれど、地味な民主化を期待して、ま、次行ってみよう。

第6位 胡錦濤国家主席(66)
 惜しい。昨年より1ランクダウン。チベット弾圧・ウィグル弾圧でお馴染みの中国政府なので、その権力者はもっと独裁力がアップしているかと思いきや、意外にぼちぼちでんなということろ。
 胡錦濤さんの経歴に輝くチベット弾圧をもってようやくこのランク。微妙。

第5位 アブドラ・ビン・アブドル・アジズ国王(85)
 言わずと知れたサウジアラビアの国王。全世界がそのご長寿を固唾を呑んで見守もっております。そりゃ、もう。
 初アブドルアジズ代国王の第11子。ちなみに息子全員集合だと37人。異母弟でもある、ファハド国王の2005年死去に伴い第6代国王となるが、前王は1995年に脳卒中に倒れており、それ以来実質国家実権を握っていた。いろいろあったよね。
 昨年第4位からワンランク落ち。納得できる面もあるし、ちょっと厳しい評価と言えないこともない。ごちゃごちゃ。

第4位 タン・シュエ議長(76)
 ミャンマー軍事政権の最高指導者。2008年サイクロン被害で死亡・行方不明者14万人、被災者200万人を出すも国際救援を拒んで非難囂々。他、何かと独裁の名に恥じないアジアの独裁者。ちょっと最近話題に欠けるのか、昨年からワンランク落ち。

第3位 金正日総書記(67)
 お馴染み金さんは堂々の第3位、と言いたいところだけど、昨年は第1位だったので、ツーランクダウン。やっぱ、あれだ。独裁者であるには健康に問題が。というか、それ以前に生存していないとね……ああ、生存しています、いますってば、元気です。チャオ。あとで隣国にドカンと祝砲を送りますからね。
 最近のまるで本当に別人のように痩せたお姿は、アジア的独裁者ならではのワビサビを漂わせつつ、次なる王朝の行方は何処の関心をかき立ています。では、また次回。

第2位 オマル・アル・バシール大統領(65)
 国際的犯罪者にして、日本もお尋ね者にしましたよのスーダン大統領。ご本人はそれほど悪い人じゃないんですけどねの声も聞かれるせいか、いまいち日本では人気が盛り上がっていない。
 現代のホロコーストと呼ばれることもあるダルフール危機もやはり人気がありませんねえ、なぜなんでしょうか。ジンケンだかスフだかの日本国のジャーナリズムといったところでしょうか。
 いえいえ、そんなことはありません。視点・論点「国際刑事裁判所 スーダン バシル大統領に逮捕状」(参照)の国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ東京ディレクター土井香苗さんは厳しい。


国際刑事裁判所は、独自の警察組織を持ちません。よって、自らバシル大統領を逮捕することはできません。しかし、国連安全保障理事会決議1593により、スーダン政府は、国際刑事裁判所に協力することが義務付けられています。また、日本を含めた国際刑事裁判所の締約国は、国際刑事裁判所の判断に応え、バシル大統領を逮捕する義務を負っています。


日本政府は、逮捕状の発行が発表された3月4日、外務報道官 談話を発表し、国際刑事裁判所の独立性とその決定を尊重する、と明らかにしました。そして、「ダルフールにおける『和平』と『正義』を両立させる道を国際社会が一致して・・・探っていくことが必要である」と、決意を示しました。

しかし、日本は、安保理での態度を明らかにしていません。国際刑事裁判所の手続の延期が提案がされた場合、反対するか賛成するかを明らかにしないあいまいな態度に終始しているのです。とても残念です。

国際刑事裁判所を尊重するとした談話の路線をしっかりと堅持し、世界に対し、「日本政府は、国際刑事裁判所に対する政治介入には反対する。私たちは、人権を蹂躙された被害者たちとともにあり、脅迫には屈しない」と、しっかり声をあげていくべきではないでしょうか。


 だと思うのですけどね。

第1位 ロバート・ガブリエル・ムガベ大統領(85)
 ジンバブエ大統領にして、現代経済学に挑戦と爆笑を投げかける男……というだけではなくて、すでに事実上国家は崩壊に向い、国民は悲惨な状態。14日毎日新聞記事「コレラ8万人感染のジンバブエ「予防教育が必要」」(参照)より。


コレラの被害が深刻化しているアフリカ南部ジンバブエ。世界保健機関(WHO)の集計では、昨年8月の発生以来、2月27日時点で死者3933人、感染者8万4818人を数える。

 酷い事態。だけど、なかなかこれも実際にはどうにもならないに等しい状態。独裁者金メダルの輝きが眩しすぎる。

 以上、今年の世界の独裁者トップ10。元ネタは「パレード・マガジン」の「The World Worst Dictators」(参照)でした。

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2009.03.22

どうして英語では、"I like a cat."って言えないのだろうか?

 このところ鬱陶しい話ばっかだったので、ここらでボケ話。いや、まじボケなんでそこんところよろしく。で、何か? どうして英語では、"I like a cat."って言えないのだろうか? である。何故?
 いや、"I like a cat."って言えるんじゃないの? 文法的にも間違っていないはずだし……うーん、そうなのか。じゃ、意味は? 「私は猫が好き」……そうか? いや、それなら、"I like cats."だよね。なんで、"I like a cat."じゃだめなのか。不定冠詞の総称的な用法っていうのがあったんじゃなかったっけ。
 逆に、表面的には文法的に"I like a cat."は間違いじゃないというなら、それってどんな意味があるのだろうか? 「私は猫が好き」に近い意味はあるだろうけど、その不定冠詞の意味合いはなんだろか? 「私は猫ならなんでも好き」かな。語感的には、「私には猫というのものが好きで、好きな猫もいるんだけどぉ……」みたいな感じはする、というか、a catを修飾する部分がぼけている含みというか。"I like a white cat."みたいな……うーむ。"I like a cat in my arms."だと、たぶん問題ないだろう。
 ぐぐると変な話があった。「洋書と英語の日々」というサイトで「「英文法の謎を解く」副島隆彦(著)」(参照)の孫引きだが、「英文法の謎を解く (ちくま新書:副島隆彦)」の初版ではこう書いてあるらしい。


たとえば、「私は、猫が好きです」は、

I like a cat.

である。


 はぁ。
 で、「完結・英文法の謎を解く (ちくま新書:副島隆彦)」では訂正されているとのこと。

I like a cat. の誤文を訂正する
私が前書『英文法の謎を解く』の 101 ページで挙げた、例文の I like a cat. 「私は猫が好き」は間違いである。英文としては誤文であった。私は自分が書いた文をはっきりと誤文と認めなければならない。

 副島先生は潔いんですよ。だからきっと……それはまあ別の話として。

私の前作の × I like a cat. の誤りは、既に、コソコソと I like cats. に訂正させていただいているので、ご指摘いただいた3人の読者には感謝申し上げる。それにしても、この「させていただく」とか「ご指摘いただいた」という日本語は何とかならないものだろうか。言語自体が卑屈でどうしようもない。「誤りを指摘されたので、訂正した」と書いて、これが少しもおかしくないような国に日本も早くなるべきだ。

 なので、"I like a cat."は、誤りらしいのだけど、つまり、英語だと、そう言えないってことか。
 余談だけど。

「私に、ジュースを下さい」は英語でなんと言うでしょう。
(略)

自然な英語の表現として最もよいのは、
Juice, please.
である。



Juice, please. の'......, please' という一語を自然に言えるようになるのは、奇妙きわまりない日本式の英語勉強を10年やらされたのち、アメリカや英語圏の国々で1年ぐらい暮らしてからだろう。そのころにようやく、初めて、この'......, please.' 「○○○、プリーズ」という言い方をレストランや喫茶店で気軽に言えるようになるのである。私自身がそうだったから。

 そうかなぁ。違う気がするが、まあ、いいや。
 話を戻して。
 ぐぐるとYahoo!知恵袋にズバリこういうのもあった。「『私は猫が好きだ。』という文を英文にするとき『I like a cat』じゃダメですか?」(参照)。

『私は猫が好きだ。』という文を英文にするとき『I like a cat』じゃダメですか?
参考書の答えは『I like cats』になっています。
『I like cats』だと『私は猫達が好きです。』って文章になるんじゃないでしょうか?

 ベストアンサーが含蓄深い。

日本語は複数形を使わない場合が多いので、「猫が好き」といいますが、「猫が好き」の“猫”は色んな猫をひっくるめた
猫なので、catsになるんです。

「私は猫が好きです」には「私は猫達が好きです」という意味も含んでいるということです。


 さて。そうか?
 たとえば、「私は猫が好き」というとき、私の脳裏に猫たちはいるだろうか? 「私は鳥が好き」というとき、鳥が複数想起されているか。してないような気がするんだが。もうちょっというと、不定冠詞的な感覚も複数感覚もないような。
 他の回答も……興味深い……かな。

ちなみにコーヒーは複数形にsがつかないので、「I like coffee.」と言えます。
「1杯の」と言いたい場合は、「I like a coffee.」ではなく、「I like a cup of coffee.」となります。
が、「1杯のコーヒーが好き」というのは意味的におかしいので、文法的にあっていても文章問題としては間違いになります。

 いや、これだけど、"I like a coffee."はいいんじゃないかな。
 実際のコーパスはどうなんだろと、べたに、"I like a cat."をぐぐると、こんなものが出てくる。

If i like a cat i had and we put it in for adoption should i think about her or not?

 これは言えそうだ。仮定だからなのか、I hadで限定されているからなのか。
 他には、と、あ、言えてるコーパスがある(参照)。

Suddenly Flossie called to her little brother;

"Oh, look! There's a cat! It's just like our Snoop!"

Freddie looked to where Flossie pointed with her chubby finger.

"No, that isn't like our Snoop," said the little boy, shaking his head.

"Yes, 'tis too!" declared his sister. "I'm going to get down and look at it. I like a cat, and I didn't see one close by for a long time."


 どうも言えているようだ。状況がわかるようでわからないような。
 まあ、別段、猫に限らないわけで、"I like a dog."も同じことになるというか、先日、「新感覚☆わかる使える英文法」(参照)を見ていたら、"I like a dog."ってどんな感じですかと田中先生がダリオ戸田に聞くと、たしか、「食べ物って感じですね」と言っていた。あれは、"I like dog."だったか。え?とちょっと思った。
 dogがたぶん、Hot dogを略した感じになるからではないかと思うが、つまり、"I like chicken"のような感じなのだろう。"I like a chicken."として不定冠詞があっても、さっきのa coffeeみたいにいいんじゃないか。
 というか、これは定冠詞の問題というより、likeの問題か。"I held a cat."なら特に違和感はなさそうだが。
 あるいは……。たとえば、猫を抱いて「a cat」と指さすことはできそうだ。が、そのとき、"I like a cat."とは言えそうにない感じはする。会話された時点で、聴者に既知情報になるから、"I like the cat."にしかなりえないのでは。というか、仮定で"If I like the cat"が言えそうなのはそういう情報の既知・未知による限定性なのか。つまり、"I like a cat."とが変な感じがするかどうかは、その発話の状況の情報性によるのか? うーむ。
cover
文法がわかれば英語はわかる!
(NHK新感覚・わかる使える英文法)
田中 茂範
 結論は特にないのだが、これって、つまり、"I like a cat."って、英語的に正しいというより、そう言ったとき、それってどんな意味の感覚があるのか、よくわからん、ということか。

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2009.03.20

ガダルカナル島からの退却、かな

 一夜明けて驚いた。ガダルカナル島からの退却のようなリークが飛び交っている。逆になんだよそれ、とも思うが、とりあえずログって、そして思うところもあるので書いておこう。
 昨晩、さらりとエントリを書いたあと、読売新聞記事「小沢氏「検察と徹底的に戦う」…秘書起訴でも代表継続か」(参照)を見て、率直なところ、嫌な予感がした。


 民主党の小沢代表は19日夜、東京・銀座の日本料理店で鳩山幹事長と会い、自らの資金管理団体を巡る政治資金規正法違反事件への対応を協議した。
 鳩山氏によると、小沢氏は「検察がどういう判断をしようと徹底して戦う。自分の身分に関して未練があるとか、そういう話ではない。検察の大変ひどいやり方に国会議員が屈したら、政権を取ったとしても同じようなことが続く」と述べ、東京地検特捜部の捜査を強く批判した。「一番大事なのは、政権交代を実現させなければならないということだ」とも語った。
 党内では、逮捕された小沢氏の公設第1秘書が起訴されても代表を続ける意向を示唆した発言だという受け止め方が出ている。

 時事の報道「検察との闘争宣言=「屈すれば同じこと続く」-民主・小沢氏」(参照)はもっとひどかった。

 民主党の小沢一郎代表は19日夜、都内の日本料理屋で鳩山由紀夫幹事長と会談した。西松建設の違法献金事件で自身の公設秘書が逮捕されたことについて、小沢氏は「検察がどういう判断をしようと、これからも徹底して戦う。もし国会議員が屈したとなれば、政権を取ったとしても同じようなことが続くだけだ」と述べ、秘書と自らの「潔白」を改めて主張した。
 鳩山氏によると、小沢氏は「この身はどうなっても構わない。自分の身分に未練があるとか、そういう話ではない」と強調。その上で「ここで戦わなければ、国民のためにならない。政権交代を阻止したいというさまざまな力に対しては、徹底的に戦う」と語った。 

 もちろん見方によっては以前も同等のことを言っているし、今回のこの発言には別の文脈もあるのだろうが、この発言だけ見れば、この決死の覚悟というか、昭和な人間には三島事件の檄を連想させるような、同じく元田中奉行の一人渡部恒三も、直接の言葉ではないけど、乱世の小沢はこれで憤死するはずだから死なせてやれみたいな思いを伝えていて、ああ、嫌な感じだなと思った。まあ、死ぬ気なら、手向けの心っていうのもあるよとも思っていたが、こんなのはもうやめたほうがいい。
 人にとって大切なことは個人がその人ならではの人生を生きることであって大義とか公に生きることではないと私は思う。政治なんてくだらないものだ。余程の馬鹿が悪魔に魅入られてやる奇特なドブ浚いだとくらいしか私は思わない。が、やる人がいるなら、その糞掃衣の一部を自分が被るくらいの共感と支持をしなくてはならないとも思う。まあ、率直に言うと、小沢さん、残念でしたね、あなたの天運はここまですよ、大連立の失敗でもそう思っていたじゃないですか、いくら南洲に憧れても田原坂で若者を骸の山に巻き込むことはやめくださいよと。そう思っていた。
 だが、日経の報道「小沢氏「徹底して闘う」 検察との対決姿勢鮮明」(参照)では、胸が熱くなったし、泣けた。

 小沢氏は秘書の拘置期限が切れる24日にも進退を判断する意向。「自分の身分に未練があるとかそういう話ではない」としたうえで「ここで闘わなければ国民のためにならない。一番大事なのは政権交代の実現だ」と強調。鳩山氏は「党としても団結して代表の思いを理解して闘っていきたい」と応じた。
 小沢氏は「麻生太郎首相も気づいていないだろうが、検察のひどいやり方に国会議員が屈したとすれば、次は政権与党側に来る。政権を取っても同じようなことが続くだけだ」とも語った。

 私は小沢さんが、国民新党や社民党まで連帯していくと言ったとき、それは支持できないと思った。ひどいと思った。いくら政権交代が生涯の夢であったとしても、そして政治家なら何がなんでも形振り構わずそれをやるというというのも理解でないことはではないが、私はそんなことをしても国民を混乱させるだけの迂回になるだけだし、迂回路なら静かに死後の思いを託すように迂回したらどうかと思った。引退してくださいよと思った。そのあと民主党がきちんとマニフェストを掲げるなら読むけど、目下の日本の経済状況をまるで理解していないような同党には関心は薄れていた。
 が、「麻生太郎首相も気づいていないだろうが」というところで、小沢さん、ちゃんとわかっていたのだなと思って泣けた。問題は検察の暴走を今止めることだ。それに向かって憤死するというなら、それだけの価値はあるだろう。親父さんの供養にもなるだろう。政治に命を賭けるなど愚かしいとは思うが、誰かがこの検察の暴走を止めなくてはならないし、元首を屠った呪いを誰かが解かなくてはならない。
 「麻生太郎首相も気づいていないだろうが」という思いには、麻生さんとも連立しうるという高い志はあるだろうし、しかしその志ゆえに、前回は大失態した。そこまでが小沢の天命でしょう。そのあと、南洲のように担がれても……まあ、私の知ったことかとは思ったが、もう少し見ていようとも思った。これが昭和の最後の歴史なのだろうし。
 という報道に続いて、変なリークを見た。ほんとか? 20日付け日経新聞記事「小沢氏聴取見送り 西松事件で地検、関与確認されず」(参照)より。

 西松建設が民主党の小沢一郎代表の資金管理団体に違法献金したとされる事件で、東京地検特捜部が小沢氏の参考人聴取を見送る方向であることが19日、捜査関係者の話で分かった。小沢氏の公設第一秘書、大久保隆規容疑者の捜査の過程で、小沢氏の関与を示す証拠は確認されなかったという。
 特捜部は捜査の進展状況を見ながら、小沢氏の聴取時期などを慎重に検討してきた。大久保秘書が逮捕容疑を否認していることなどから、検察当局は「小沢氏聴取の必要性は見当たらない」との判断に傾いたとみられる。

 また孤立した変な記事なのだろうか。と、他も見る。毎日新聞記事「西松建設献金事件:小沢氏聴取、見送り 監督責任立証難しく--東京地検、24日まで」(参照)より。

 小沢一郎民主党代表の資金管理団体「陸山会」を巡る政治資金規正法違反事件で、東京地検特捜部は、陸山会の代表を務める小沢氏からの事情聴取を当面見送る方向で検討を始めた模様だ。
 特捜部は、準大手ゼネコン「西松建設」側からの献金を認識していたかどうかを確認するため、小沢氏から任意で聴取する方針だった。しかし陸山会会計責任者の大久保隆規容疑者(47)が容疑を否認し、小沢氏が政治資金収支報告書の虚偽記載にかかわった具体的な証拠もないため、大久保容疑者の拘置期限の24日までの聴取は見送る方向で検討しているとみられる。
 政治資金規正法には会計責任者選任と監督について相当の注意を怠った代表者に50万円以下の罰金を科す規定もあるが、選任で過失を立証するのは難しいことから、立件困難と判断している模様だ。

 ガダルカナル島からの退却なのか。そこまで検察がきちんと思考することができたのか。逆にちょっと信じられない気もするし、あまり推察するのも下品だが、検察内部でも今回のガダルカナル戦には異論もあったのではないか(なのでアレもその線のリークだったのではないか)。さらに下品スジでいうと、自民党が直接関与しているとは考えがたいが、政府内部ではガ島戦を好ましく見ていた愚か者もいたのではないか。
 率直にいえば、検察のためにもガダルカナル島から退却すべきだろう。小沢など、田中系の談合金権政治家であるのは誰もが知っている。が、その捌きは国民に任せるべきだ。というか、検察が悪と見る談合の仕組みは、たしかに悪であるが、国民もまたその悪にまみれてなんとか荒廃した国土にカネを回していたのだった。団塊世代のようにGHQに吹き込まれたまま、父の世代に戦争責任を問うような愚は、もう脱するくらいに、戦後の時間で賢くなるべきだ。
 こう書くとフライングかつポジションだろお前とか非難されそうだが、これで小沢をターゲットとした談合罪と斡旋利得罪は小休止となるだろう。スキームを立て直して検察の再挑戦というのはあってもよいとは思うが、あまりの無理スジは止めるべきだろう。
 ただ、大久保秘書の起訴は避けがたいともいえるだろう。ガ島撤退で空気が晴れれば問題がきちんと局所化されるからだ。20日付け読売新聞記事「献金先「陸山会」へ切り替え、大久保容疑者が西松に指示」(参照)ではそのあたりが読み取れる。

今回の事件は、陸山会が03~06年に、ダミー団体名義で西松建設から計2100万円の献金を受領し、収支報告書に虚偽の記載をしたというもので、大久保容疑者による献金窓口の切り替えが、違法献金に直結したことになる。

 そう、今回の事件は、それだけだったのだ。3年かけて2100万円ぽっちの、そして、収支報告書を誤記したという程度のことだ。大風呂敷を広げて二階産業相に広げ、そして政界の焼畑農業をするような問題ではない。
 民主党には民主党のお家の事情というものがあるだろうし、小沢も小沢で次の総選挙に最後の戦いを賭ける気でもあるだろうが、検察が矛を収めるなら、小沢大魔神もまた石像に戻る時期ではあろう。どのタイミングかは難しいだろうけど。
 そして、今回の一連の騒ぎを、昭和の残照として苦笑できる日が来るなら、日本は本当に民主主義国に一歩近づけたことになると思う。

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2009.03.19

視聴者が結末を選ぶRPG式かも

 何を書いても揶揄しか飛んで来ないよなって感じでうんざりするし、私は日本経済の立て直しに関係ない現下の政局なんかにそれほど関心はないのだけど、まあそれなりに気になることは書いておこうかな、と言いつつ特に論点もないのだけど、一番気になることといえば、現下の状況は、空気対空気の大合戦、空気大戦、ということなんだろう。というわけで、このブログもどっちの空気なんじゃと詰問されているのだろうけど、どっちでもいいよ。空気は止めたい。
 最初に指摘というほどでもないけど、ざっと見まわした感じ、言及しているのを知らないのだが、れいのTIMEのインタビューだけど、「小沢は総理になります」宣言はしてないのだよね。昨年夏の「小沢一郎総理(仮)への50の質問(おちまさと)」(参照)だと、やりますよといった感じだったけど、それでも毎度ながらぐだっとした理屈というか重たい部分はあった。今回のTIMEインタビューだとそれがさらに重たい。TIMEの記事のほうは民主党のサイトとかに翻訳はあるけど、インタビューの翻訳はないみたいだが、これね、”A Conversation with Ichiro Ozawa”(参照)。別段面白い話はなんにもないし、前回読んだときにはそれほどには引っかからなかったのだけど……。


TIME: President Ozawa, you've always had a reputation for 25 years as being a man behind the scenes in Japanese politics. Do you want to be Prime Minister?
(タイム:小沢党首さん、あなたは25年もの間、政界の黒幕として名声を維持し続けましたよね。総理になる気はあるんですか?)

OZAWA: I don't say that I really like doing jobs behind the scenes. Rather I'm very much good at, fond of, working at practical things and therefore I don't like to be showy on the stage.
(小沢:私は黒幕の仕事が好きだと言ったことはないですよ。というか、私は実務のほうが得意だし、好きでなんですよ。なので、劇場型でスポットが当てられるのはいやです。)

In responding to your question, if I was able to win the general election as the President of the Democratic Party of Japan (DPJ), and I am supported by the majority of the voters, then I am ready to deliver my responsibility.
(ご質問に答えるとすれば、仮に民主党が総選挙に勝利でき、かつ、私を投票者の大半がご支援してくださるというなら、それだったら、私は自分の責務を果たすつもりです。)

TIME: I think that's a yes.
(タイム:[総理になる気があるかという質問には]イエスだと理解しておくことにしましょう。)


 読みようにもよるし、毎度毎度の小沢節でしかないし、このインタビューの他所を読むに、国際的に読まれるの考慮してないでしょといった感じでもあるのだが、この部分を読み直すと、いや、意外とこれって対外的には正直に言っているのではないか。つまり、小沢自身は総理になれるとは思っていないのではないか。
 好意的に言えば、総選挙で勝って、かつ大衆の支持を受ければということで、後者については、ようするに、小沢さん、空気に賭けているのでしょう。まあ、これも物理学を勉強したかったな的な心情を普通に時系列で見たら大連立のときの失態で、民主党で総選挙勝てるわけねーじゃんと自認していたわけで、でも、そこはもうトロッコは止まらない、と。
 っていうか、目下の検察との突っ張りも、空気でやれるところまでやったるか、天運、くらいなものだろうし、なんかで見たけど、今回は意外と世論調査では、小沢の失墜に目も当てられないというほどでもない。連合が付いているからなのか、他の理由があるのか、よくわからんが。
 と同時に、検察も、なんで俺らの正義に愚民は靡かんと思っているのではないか。リークの出し方や止め方がブレまくっているかのようなのも、検察側の空気の読み具合ではないか。
 というか、これって検察としても、空気のご支援がないと、ゴリっとは押せないのかも。
 それとも、ウラでは検察裏金事件対小沢の陰のシンジケートみたいなwktkの展開……あるわけねーよな。
 空気大戦のほうがまだよろし。じゃ、そっちで考えるとして。
 検察側としては、清廉潔白毎日履き替える水戸黄門印の五・一五ふんどしで押し、というところが、小沢のほいじゃあ企業献金全面的に止めたらぁのうっちゃり、で、連合みたいに連絡の届いていない自民党で小発火。なんだんよこのコミカルな展開はというか。まあ、すこし冷静になりましょうや。
 愚考するに、まず、検察不敗によって、24日の大久保秘書の起訴はガチ。
 ガチとなると、現行のスジでは、違法献金という無理スジで押すのだけど、二階三階への防火壁はテクニカルな立証性の困難ということだけど、玄人スジはそれでいいけど、空気の愚民がそんなの理解するわけないし、ぶっちゃけ、リークの山で見えてきたのはもともと別件タイーホなわけだから、本丸の小沢をどう仕留めるかの仕事に掛かっている、というか、そこにしくじると乾燥空気で上階に火が及びかねない。いっそ及んで政界再編成みたいな愉快な展開ならそれもいいけど、ないでしょ。
 というわけで、大久保秘書起訴時点で、空気を変えるくらいのスキームを出さないと検察もなあ、裏金疑惑どうしたぁみたいな愚民の罵声が出るかもしれん、ということで、さて何が出るのか。
 検察には隠し球があるという説もあるみたいだけど、頼みの綱の愚民の空気を困惑させるほどの隠しメリットがあるのか。どうなんでしょ。わからん。
 リークの山をさっくり掻き分けると、事例としては、岩手県と秋田県の2ルートの談合。ということで、それをどう検察はさすがなお仕事に仕上げるか?
 お縄という点では、(1)談合罪(競売等妨害罪)、(2)斡旋利得罪。その他があると、さすが検察様な展開でwktkというか、日本の左翼史は本当にオワタなのだけど、そこに賭けるのはちょっと理性が飛びそうか……いや、石原都知事がぶったまげた金丸の金塊みたいのが出てくるとか……ホントに出てきたからなあんときはの経験を思うと、世の中わからんことはある。
 とはいえ、普通の頭で考えると、談合か、斡旋かの、2方向。だとすると、イケメン元ケン郷原先生のご指摘どおり、どっちも時効臭い。だが、検察様の絶対正義から演繹すると、この時効はなんかの技術で突破されるのだろう。そのくらいの仕事は玄人スジにはできるんじゃないの。まあ、そう考えたほうが、検察正義からすると合理的(愚民には不合理かも)。
 まず、談合罪のスジのほうだが、16日日経記事「小沢氏側への西松献金 工事への影響力を集中捜査」(参照)がちょっと不思議。

 ゼネコン関係者が「談合があった」と供述している工事は、2005年末にゼネコン業界が談合決別を宣言する以前に受注したものが多い。刑法の談合罪の公訴時効(3年)は成立しているため、特捜部は談合事件としては立件しない方針とみられる。

 私もそれほど熱心にニュースを追っているわけじゃないから知らないけど、このニュースこれだけ孤立しているんだよな。そのあたりが不思議なんだが。
 これだけをソースにするわけではないが、談合事件のべたな立件は難しいのではないかと、仮にそう考えるとすると、やはり、斡旋利得罪か、だし、おそらく検察は陸山会の不動産などを小沢の私腹蓄財と見ていたから、そのあたりをパイプでつなげて、全体の絵を描こうとしているんじゃあるまいか、と。
 つまり、ディテールに見るといろいろテクニカルなうるさいツッコミがあっても、全体図としてはこりゃ、斡旋利得でしょ、というふうに持ち込み、世の中の空気もそうだそうだそうだと拍手喝采雨霰と、したいのではないかな。
 そんなところかな。
 であれば、検察側の空気をもうちと濃くしないとなかなかその絵は見えづらいか。
 ところが。
 先の日経記事の不思議感ではないけど、昨日あたりから祝日もあってなのか突然細くなりだしたリークなんだが、談合線復活の臭いも濃くなっているようだ。
 小沢を抜いても、談合の認定ならガチだから、このスキームに小沢をうまく嵌め込むという線になるのか。
 空気合戦という以外は、もう、なんかめちゃくちゃな展開になっている。
 というわけで、まとめると、愚かな頭でひねる予想は5点。

  • 小沢は私腹したよという斡旋利得罪の絵を描き、端っこに当初の違法献金の秘書の起訴を嵌め込む
  • 談合罪で固まったスキームを少しほぐして小沢をぐっと嵌め込み、この別件を巨悪とする(証拠の合法性なんかどうでもいいじゃんの毎度のお手並み)
  • 金丸金塊系のあっと驚く為五郎が出てくる(だったらびっくり)
  • 大久保秘書の起訴の旗を立ててからgdgdに持ち込んでガダルカナル撤退する
  • なぜか大魔神が不敗の検察に早々に勝ってしまったりする(だったらびっくり)

 まあ、そんなところかな、このパズル。
 空気大戦の動向によって、結末は視聴者が結末を選ぶRPG式になる可能性はありなので、一部では燃えるかもしれないし、ざっくり24日の起訴の空気が空気大戦の初戦かな。

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2009.03.18

「国策捜査」とか言われるが権力中枢のないシステムである日本に国策なんてないと思う

 小沢疑惑関連の素朴な感想。どうも私もよくわからないばっちりを受けるのだけど、私は「国策捜査」なんてものはないと思っている。理由は簡単で、国策なんてものが日本に存在しないと考えるからだ。
 もし日本に国策なんてものがあるなら、まず国防の要である日米同盟をどうあるべきかきちんと論じて、国家間の契約でもある普天間飛行場の返還を進めるだろう。もともと沖縄の米軍基地は、本土だけ占領下から抜け駆け的に「独立」したツケを沖縄に回したものだから、ここまで沖縄県民に負担を強いたツケを終え、本筋に戻って、米海兵隊駐留なんてものが必要だというなら本土に持ってくるものがスジでしょ。でも、国はそう考えてなくてなんとなくなんとか沖縄に押しつけたいと思っているし、左派もきちんと本土に戻して下さいとはいえずに薔薇色な平和に酔っているのが現状で、そのうち国難が起きた時点でどうにかするくらいでしょ。国家の意志なんてこの国にはなくて、むしろそれが国際政治のなかで利益をもたらした過去の惰性にいるだけでしょ。私が、この国を見ていて、もしこの国に国策っていうのがあるとすればすれば、原子力くらいしか感受できない。

cover
日本 権力構造の謎〈上〉
 小沢疑惑で起きているのは、だから、国策ではなく、ただの検察の暴走だし、この暴走は今に始まったことではない。ああ、またやってらくらいなものだし、率直にいえば、またやってらを止めたほうがいいと思う。なんとかこの暴走を止めさせる仕組みというのを考えたほうがよい時期にあると思う。しかし、それができないだろう理由はあとで触れる。
 逆にいうと、国策がないから検察が勝手に暴走できるのだろうし、この暴走の仕組みは別段検察に限らない。日銀とかも暴走しているし、厚労省もそう見える。まあ、仔細に見ればいろいろ違うとか利権のスジとかからのご意見もあるだろうけど、いずれにせよ、民意みたいなものとは独立して、これらのシステムがご勝手に動く。というか、これこそまさに日本がシステムだということにすぎない。
cover
アジア三国志
 私は自身を反省して、いやもうオレも相当に焼きが回っているなとも思わないではないけど、昨今の日本を見ていても、ビル・エモットが「アジア三国志」(参照)で評価しているような静かな革命が日本で進行しているのも理解はするけど、大筋では、1989年にカレル・ヴァン ウォルフレンが「日本 権力構造の謎」(参照上巻参照下巻)で指摘した状況と変わっているふうには見えない。基本は、ようするに、日本にはシステムだけがあって、権力の中枢がない。というか、意志としての国家が存在しているようにはまったく思えない。というときの、国家(ステート)というのをどう考えるか。ウォルフレンの同書の示唆は原理的だ。

 みんながみんな、なんらかの形で権力行使過程(パワープロセス)に参加しているという政治体(ボディー・ポリティックス)(=統治体、つまり政治的に組織された国民の総体)を一応”国家(ステート)”と呼ぶことはできる。

 ”国家(ステート)”とはそういうものだという、ごく普通の解釈でもあるとは思う。が、それでは、日本を含めて現存の国家を捉えづらい。そこでこう続く。

しかし、まぎらわしいこの定義では、国家の概念があまりにも漠然としたものになってしまう。しかもこの場合でもなお、そこには政治中心の存在を前提とする、責任の所在がなければならない。

 ウォルフレンは日本を論じる難しさの前提に、対象としてのモデルとしての”国家(ステート)”に、政治中心と、またその同義である責任の所在をまず明確にする。
 しかし、日本にはそれがない。じゃあ、これはいったいなんなのかということで、彼は”システム”と呼ぶ。

では、国家の定義を適用できないが、しかし一国の政治的営みをすべて包括するものを、何と呼べばよいのであろう。筆者は”システム”ということばを当てれば混乱がいちばん少なくて済むと思う。

 ウォルフレンは”システム”という言葉の曖昧さを、それなりに踏まえたうえで日本の文脈でこう捉える。

さらに、それは民主的な政治の調整力の範囲を超える権力をほのめかすものである。これはたまたまそうなっているということなのだが、日本人は、個々人のいかなる力よりはるかに強い力をもつ社会・政治的な仕組みの存在をいつも念頭におかなければならない状況下に置かれている。したがって、その仕組みを変えるには、民主主義的な過程に訴えるのが理想的なのだということについては、はっきりと認識していないのである。

 私の敷衍になるが、だから、システムに正義を期待して、その権力をその前提に是認してしまう。
 このシステムが作為の産物で、市民の正当な権力プロセスによって解体・再構成できるとは考えない、というか、だから、システムがそれを自認して暴走してしまう。
 あまり蛇足的な解説はすべきではないと思っていたが、ここで村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ(参照)をリマインドすべきだろう。

The wall has a name: It is The System. The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others - coldly, efficiently, systematically.

壁には「大いなる制度(ザ・システム)」という名前がついています。「ザ・システム」は私たちを守ろうと期待されている反面、時に独走して、私たちを殺害しはじめ、他国民を殺害するように仕向けます。それは冷血に、効率よく、制度的に進行するものです。



Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow The System to exploit us. We must not allow The System to take on a life of its own. The System did not make us: We made The System.

もう少し考えてみてください。誰だって自分の存在は疑えませんし、生きていると確信しています。「ザ・システム」はそれとはまったく違う存在です。私たちは「ザ・システム」とやらに搾取されてはなりませんし、独走させるわけにはいきません。「ザ・システム」が私たちを作ったのではなく、私たちが「ザ・システム」を作為したのです。


 もちろん、村上春樹のスピーチではシステムを日本に見た立てものではなく、より普遍的な事例としてイスラエルの状況下で問うたものだが、なぜそうした仮託された権力の機構がシステムと呼ばれるかという点では、ウォルフレンの認識とまったく変わらない。
 村上春樹は文学者なので、このシステムを国家(ステート)と対比して論じはしないし、ステートがこの問題にどのような光を当てるかという問題は提起しない。彼は、生きている個々の人間を見るとしている。
cover
日本 権力構造の謎〈下〉
 しかし、日本が国家(ステート)であれば、「なんらかの形で権力行使過程(パワープロセス)に参加しているという政治体(ボディー・ポリティックス)(=統治体、つまり政治的に組織された国民の総体)」が存在しなければならないし、あえていえば、そのように正当な国家の権力ができ、国策ができれば、システムの暴走を抑えることができる。あえていえば、正当な権力こそが必要であり、本当の国策が必要であり、国家が必要なのだ。
 では、なぜ日本に、国家(ステート)がないのだろうか。
 理由は簡単で、この国家の骨組み=憲法が、その国家の権力中枢をきちんと、あえて規定してないからだ。そうなっている理由は、ざっくばらんに言えば、日本など敗戦後には二度と国際政治に顔を向けることができない三流国になると想定されていたからだ。が、歴史はそうは動かなかったし、日本国憲法の根幹にはそれなりに、国家を規定する原則も矛盾するが埋め込まれていた。ある意味、ミッシングピースだったのだろうが、まったく存在しなかったわけでもないと思う。別段憲法が欠陥品だということではない。むしろ、問題は、その解釈や事件などその後の歴史の累積にある。
 それはどういうことなのか?
 ステートであれば、その意志があり、その意志を受肉(インカーネート)した政府があり、その政府の首(ヘッド)が存在するはずである。元首だ。
 では、日本の元首とは誰か。答えは簡単で、天皇である。が、そこには政治的な権限がない。政治的な権限のない元首というのは、実体的なステートの議論には向かない。
 ウィキペディアの解説が正しいというわけではないが、”Head of state”(参照)では日本について、こう普通に書かれている。

The Emperor of Japan is defined as a symbol, not head, of state by the post-war constitution (contrasting with the former divine status) but is treated as an imperial head of state under diplomatic protocol (even ranking above kings) and retains Shinto mystique.

 つまり、天皇が国家元首であるのはシンボルであって、" not head"、つまり元首ではないのだ。ごくあたりまえなことだ。
 しかし、日本には元首はいないのかという修辞的な疑問もある。日本語版ウィキペディアの元首の項目の混乱が暗示するように、概ね、いないということになっている。
 まさか。日本が国家(ステート)なら元首がいないわけはない、あるいはいないというなら、ステートではない。だから、日本国の元首は誰かが疑問にならなくてはならない。
 普通に考えれば、日本国の実際上の元首は総理大臣であろう。そして総理大臣を元首と考えるなら三権分立の一角として、司法の影響は受けるがその下には置かれるはずもなく、司法に超越していなければならない。
 が、戦後史は、この実質の元首を検察暴走によって屠ることに成功した。しかも、大衆の正義の賛辞の声の中で屠ってしまった。そうすることで、国民もまたこの首のない鵺のシステムのなかに埋没してしまった。

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2009.03.17

検察のリークはどこまで行ったやら

 検察無闇に頑張りますなというリークの連発の度が過ぎて、いったいなんの事件なのかよくわからなくなってきた。どうも西松建設献金事件とは言い難いようだ。この数日の最新トレンドだと西松抜きで鹿島経由の東北談合事件となりそうだ。さてこの先、どんな展開になるのか。薄目で見ると、要するに小沢疑惑事件としたいのだろうな。確かに、なんか小沢ってそんな感じじゃーん、という大衆のご支援を受けてみたいな。
 この先この鵺のような事件がどういう展開になるのかだが、いずれにせよ来週24日に大久保隆規容疑者の拘置期限になるわけで、さてこれって起訴するのかいな、できるんかいなと疑問に思っていたが、いかんな、昭和の時代を生きてきた私でも日本検察の公理のスコープを失念していた。大域に掛かるのであった。見通しがなくても実質の国家元首を逮捕しちゃった検察様は、いかなることがあっても正しいのだった。なーんだ簡単じゃん。というわけで、大久保隆規容疑者は起訴されるでしょう。
 ところでなんの罪で? ええと、政治資金規正法違反? それをすると普通に考えると二階経産相まで放火するでしょう。ええっ、マジで焼畑農業やるわけ? 「FNNニュース: 西松建設違法献金事件」(参照)より。


西松建設側からの違法献金事件で、東京地検特捜部は、ほかの地検から応援検事10人前後を投入して、西松建設側によるパーティー券の購入額が突出していた二階俊博経済産業相側の政治団体関係者から、週明けにも任意で事情を聴く方針。

 やっぱ焼畑農業でしょう。春だし。
 ところが、この数日のトレンドを見ていると漆間さんのご説明どおり自民党には及ばなさそうだ。検察リークもその方向はすっかり鎮火。政治資金規正法違反の話は、まあ、もうなしってことでということでしょう。昨晩のことはもう忘れたわ的なセクシーな検察様ということで、ええと、じゃあ、どうやって大久保隆規容疑者を起訴するんだよ、なんの容疑? ええいうるさい。うるさいぞ、愚民、と。
 というわけで、西松建設献金事件の話はとりあえず、大久保容疑者起訴ということで踏ん切りつけて、それでもって、民主党のほうも体制を変えましょうかとなるかなのだが、こちらは検察様みたいにわかりやすい公理はないので、紛糾するのでしょう。毎度毎度、もう慣れているでしょうけど。結局は、まあ、そこは世間様の顔色というか、その時になれば聖なる霊がプネウマがつまり空気が決めてくださる。空気に勝てる日本人はいないって。
 で? ザルな政治資金規正法はどうなるかって、いいんじゃないのこのまま。民主主義にはコストはかかるんだし、ザルにしておけば検察様のご意向がいつでも反映できるし。
 それで、事件の枠組みは、西松建設を参考程度にして、鹿島経由の東北談合事件ということになるのだが、さて、このスジどこまでもつのだろうか。ああ、つまり、このスジで、ボスキャラ小沢一郎をお縄にできるかなのだが。
 昭和な人間にしてみると、これって収賄でもないし、まして収賄であってもお縄なんて難しいのに、談合の線でできるわけないじゃん、とかつい思うのだが、ポカっ、いけねえまた忘れた。いかなるときでも検察様が正しいの公理から考えよう。
 愚かな頭をひねってみる。と、その前に、焼畑用に召喚した応援検事10人前後はどうしているのだろうか。税金の無駄もできないし、正義完遂のためにお仕事されていると推察するけど、はてはて、何の仕事……新装開店談合事件のほうかな。
 新装開店のチラシみたいに愉快な産経新聞「【疑惑の濁流】献金はみかじめ料? 西松事件で浮かぶ「政・業」の危うい“パワー・バランス”」(参照)を読んでみる。笑いのツボがキュート。

 建設業界に君臨した故田中角栄元首相の秘蔵っ子とも呼ばれた小沢氏は、自民党を出た後も、東北地方の建設業界に影響力を持ち続けてきたとされる。
 西松はこのころ、ダミーの政治団体を使った小沢氏側への迂回献金を始めた。 「○○(大手ゼネコン)さんからは、これくらいの献金を受けている。西松さんも、もっと増やすことはできないのか」
 小沢氏側の窓口は、小沢氏の「側近中の側近」といわれた元秘書だったとされる。
 西松は元秘書と、年間2500万円程度を献金する約束を取り交わした。献金先を指示されるなど、元秘書の“言いなり”だった。
 「元秘書は東北の公共工事に強い影響力があった」
 西松元幹部はそう話すが、小沢氏の“虎の威”を借りた結果であるのは想像に難くない。

 想像に難くない……って豊かな想像力ってやつですね。
 イメジャリな話はさておき、問題は、四つの力の内の重力じゃなくて「強い影響力」ですよ。なんだそれ。

 ゼネコン汚職後、業界の“手法”はどのように変化したのだろうか。
 東北の建設業界に詳しい国会議員秘書は「ゼネコン汚職後に水面下で談合は復活したが、業界では教訓として、わいろによる受注工作は行わなくなった」と前置きし、こう話す。
 「代わりに頼ったのが小沢氏の影響力だ。依然として大手ゼネコン支店幹部が談合を仕切るが、その後に小沢氏の元秘書の了承を得て、受注額に応じて小沢氏側への献金額が決まる。つまり、裏のわいろが表の献金に変わったわけだ」

 そ、それか、つまり、ウラの賄賂がオモテの献金に変わった。つまり、献金の本質は賄賂ではないか。
 あー、でも、それって献金ってことでもいいんじゃないんすかね、賄賂だといけないわけですよね、つまり、収賄ってやつはダメ、と。で、収賄っていうのは、公務員の職務権限……まあ、いいやチラシの先を読むべ。

 ただ、献金が特定の工事受注のためかというと、必ずしもそうではないという。
 ゼネコン関係者はこう打ち明ける。
 「業界では、小沢事務所に受注の邪魔をされたくないから競って献金するし、選挙の応援もする。献金は保険みたいなもの。一種のみかじめ料といってもいいかもしれない」
 みかじめ料とは、“暴力装置”が飲食店などから徴収する用心棒代のことだ。

 な、なぬ? 特定の工事受注のためじゃないって。なんだよそれ、あー、みかじめ料。小沢大魔神へのお賽銭なみたいなもの。祟るなよ、とか。
 で? それって違法?

 捜査関係者は「ゼネコンと政界の癒着構造は今も昔も変わっていない」とした上で、こう指摘した。
 「政治家は基本的に何もしないことが多い。隠然たる影響力をちらつかせて業界から献金を集める。それが法に触れず、有効にカネを集める手口だ」

 ここ、よくわかんないんだけど、つまり、法に触れないってことなんじゃないの。

 「東北での影響力を期待した西松から、違法な献金を受け続けた構図は収賄とよく似ている」(検察関係者)。特捜部は、ゼネコン側などから一斉に参考人聴取して実態解明を進める。

 「よく似ている」っていうことで、それはよく似ているけど違うものなのか、いや同じものなのか。検察関係者様歓迎光臨的には、実態が解明されると同じってことになるのでしょう。そうではないとさすがに話の辻褄が合わなすぎ。
 でもま、ということで、問題はゼネコン問題だよ、と。はーと。
 ところで、それっていつの時代のお話か。
 話題のイケメン郷原信郎先生のご指摘「「ガダルカナル」化する特捜捜査「大本営発表」に惑わされてはならない」(参照・要登録)だと。

また、2005年の年末、大手ゼネコンの間で「談合訣別宣言」が行われ、2006年以降は、公共工事を巡る談合構造は一気に解消されていった。現時点では2006年3月以前の談合の事実はすべて時効が完成しているので、談合罪など談合の事実自体の立件は考えにくい。また、談合構造を前提にした「口利き」などでのあっせん利得罪の時効期間も同じであり、立件は考えられない。

 談合事件なら、2006年3月以前は時効が成立している。
 斡旋利得罪でも、2006年3月以前は時効が成立している。
 もしかすると、そこでもっと面倒臭い法理論があるのかもしれないけど、これは絡めてから見ても、つまり、(1)二階経産相を含め自民党への放火はなしよ、プラス、(2)次期総選挙で岩手4区から自民党公認で立候補を予定している高橋嘉信元衆院議員にはいろいろ何かとわけあって手を出すなよという、以上2点の確固たる前提から見ても、そりゃそうでしょ。
 すると、2006年3月以降の大型土建工事の談合で、小沢ないし、大久保容疑者を絡めれば、Q.E.D.証明終了です、可奈さん。
 なのだけど、朝日新聞記事「鹿島元幹部が受注調整 小沢氏側から「天の声」か」(参照)を見るに。

 談合組織では、受注する業者を決定する際には、発注者側の意向を意味する「天の声」が重視されるため、ゼネコン各社は発注者側が絡んだ天の声を得られるよう働きかけるなどするという。
 関係者の話では、こうした仕組みを岩手県などの公共工事にあてはめると、ゼネコン各社が、天の声を出す立場だとみなしていたのが小沢事務所側だった。実際、鹿島の支店元幹部から、受注業者をめぐる小沢事務所の意向が示され、それに沿って調整が行われたことがあったという。

 へむへむといったお話なんだけど。時期的にはこう。

 ゼネコン関係者らによると、東北6県の大型公共工事の入札前に受注調整していたゼネコンの談合組織の活動は、93年に、当時の仙台市長らが逮捕されたゼネコン汚職事件を機にいったん下火になった。合わせて、仕切り役だった鹿島東北支店もその座を降りたが、その数年後、同支店の元幹部が仕切り役に就き、06年ごろまで続けたという。

 2006年ごろ、なわけね。
 読売新聞記事「胆沢ダム工事で談合、仕切役ゼネコンが小沢氏側の意向確認」(参照)では胆沢ダム工事のほうに焦点を当てているのだけど。

 胆沢ダムは、盛り土の上に岩石を積み上げるロックフィルダム。国内最大級で総事業費は約2440億円にのぼる。
 工事は五つに分割され、2003年1月に、奥村組が「原石山準備工事」、前田建設工業が「基礎掘削工事」をそれぞれ落札。04年10月には鹿島などのJVが「堤体盛立工事」を約193億円で、05年3月には大成建設などのJVが「原石山材料採取工事」を約151億円で、06年3月には西松建設などのJVが「洪水吐き打設工事」を約95億円で落札した。

 というわけで、こちらも2006年3月、その時歴史が動いた、みたいな話なのか。つまり、今、小沢を屠らないと屠るチャンスはもうない的な。
 あるいは、時効じゃないスキームがありまっせなのか。
 いずれにせよ、談合はいかん、とかマスコミは騒いでいるけど、基本的に、これは古い話なわけね。
 実質の国家元首だって逮捕しちゃう検察様にとっては小沢の逮捕なんて簡単なんだけど、そこまでもっていくかな。いや、これって政界の焼畑農業じゃなくて、日本本土焦土化作戦みたいにも見えるのだが。
photo
 というか、単純にいえば、大久保隆規容疑者起訴の時点の空気で、小沢さん、もう引退しようかとなれば、それなりの矛の納め所もあるのだろうけど、そうじゃなくて……いや……なんとなくだけどね……小沢大魔神化したら、それはそれで、すげーことになるんジャマイカ。

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2009.03.16

TIME誌の小沢記事を読んでみたけど

 この時期にTIME誌が小沢に焦点を当てて記事を書いているというので、ネットから読めるものを読んでみた。最初に結論を言うと、たいしたことは書いてなかった。追記: 民主党のサイトに全訳「米「タイム」誌に掲載された小沢一郎代表の特集記事の全訳」(参照)が出た。
 読売新聞記事「献金で秘書逮捕「大変驚いた」小沢氏、タイム表紙に登場」(参照)でも取り上げていたが、こんな感じ。


 民主党の小沢代表が米誌「タイム」アジア版(3月23日号)の表紙に登場した。
 公設秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕されて4日後の今月7日に同誌の取材に応じたもので、事件について「大変驚いた」と語り「政治資金収支報告書の処理上のミスのたぐい」と強調した。
 海外メディアの取材に応じることで国内だけでなく海外に向けても自らの正当性をアピールしようという狙いがあるようだ。

 正当性をアピールしようと狙っているとのことだが、そりゃこの時期だったら当然でしょくらいなものだし、おそらくTIME側は前もってスケジュールしていたらこいう時期になったくらいのものではないかなという印象をもった。というのは、識者の指摘が現下の問題におざなりにくらいしか触れていないようだったからだ。

 表紙の小沢氏の写真に重なる見出しは「The Maverick」。異端者、一匹オオカミといった意味で、記事本文は4ページにわたり小沢氏の主張や現在の日本の政治状況の分析を報告している。

 私はネットで読んだので、The Marverickの見出しは見なかったが、本文中ではたしかにそれがキーワードになっていた。が、これも結論からいうと、Marverickには小泉元総理も関連づけられているので、小沢をそのキーワードでうまく描いたということではない。
 読売記事によるとTIME掲載の記事は4ページのみらしいので、ネットの記事と同じものではないかと思う。2本あった。一つはいわゆる記事で「Ozawa: The Man Who Wants to Save Japan」(参照)、標題を直訳すると「日本を救おうとする男、小沢」ということになる。なんだよその標題と普通の日本人なら思うが、本文はブログにありがちな釣りっぽい感じより、もうだめだめぴょーんの日本をどうするんだろう日本人は的なまたーり感はあったので、そういう視点をもっての記事とは言えるだろう。
 もう一つは読売記事にもあるように小沢へのインタビュー「A Conversation with Ichiro Ozawa」(参照)で、べたに「小沢一郎との会話」ということ。
 どうだったか。まずインタビューのほうだが、これがつまらない。もともと小沢という人はどういう境遇になっても同じことしか言わない人なんで、相手が外人だからってどう変わるということはまるでない。むしろ、小沢は相手が外人というあたりをわかってないんじゃないかなという印象をもった。小泉改革で格差が広がってしまっていけないみたいなことをすらっと対外的に言うあたり、ナイーブというかほかに秘書がいなかったのか、国際的な反応のわかるブレーンがいなかったのか、お粗末感があった。
 小沢の応答はどうということはないので、インタビューのポイントは外人が何を彼にききたがっているかというほうにある。開口一番は、首相になる気あんの?だが、これに小沢はいつもどおり曖昧に答えている。インタビュアーの"I think that's a yes. "というのが笑いのツボを抑えてしまっている。
 次なる外人の関心はというと、どういう日本のヴィジョンをもっているかということで、そこは普通きくだろうというくらいなもの。しかたないがつまらん。インタビュアーもわかっているというか苛立ち感が多少あるようで、次に、昔の主張である「普通の国」論は今の日本にも当てはまるかときいている。小沢の答えは当然といったもので、このあたりのやりとりは微妙に幻滅感をあえて滲ませているようだ。
 たたみかけるように内需喚起はどうかときくのだが、小沢の答えはあまりの正論で面白みもない。内需というけど日本ではすでにGDP60%なのだから、社会の安心感があればよいといったものだ。対外的には、コイツ、ダメじゃんとしか響かないだろう。
 米国、アフガニスタン、中国といった国際問題も同様に退屈な応答に終始している。もうちょっと意外な本音みたいのを出してもよさそうなものだが。
 今回の秘書逮捕関連はインタビューの終盤で、これも特にどうという話はない。が、英語で読むと、小沢って潔白なんじゃないの的な雰囲気は滲む。"To my knowledge I am the only Diet member who disclosed all the information relating to political donations to that extent. " つまり、献金の会計を公開しているのは国会議員でオレだけじゃね、というのだ。すでに何度も聞かされた話、というかお話だが、英語の語感やや強い印象はある。というか、日本の他の代議士はそうもいかんのだろうという無意識的な伝達性はあるだろう。
 インタビュアーの最後の決めの質問は、明治維新のように日本の改革期なのかというのだが、あほかいな、インタビュアーの力量なさすぎ。というか、記事に本腰が入ってない。
 もう一本の「Ozawa: The Man Who Wants to Save Japan」だが、読者が、小沢って誰? 日本はどうなるの? といったゲロ基本的な説明の必要性があるせいか、背景や歴史の説明にかなり本文が割かれている。ので、つまらないのだが、が、と今思ったのだが、昨今のネットの様子をみていると、小沢がどういう来歴の人か分からず民主党だから批判している人とか、半可通今北産業的に角栄の息子みたいな人だから金権政治だろうで批判している人を見かけるので、意外と小沢という人の基礎知識は日本人でもなくなっているのかもしれない。ふとウィキペディアを覗くと(参照)、うわこれはないわというほどひどくはないけど雑多なメモみたいな印象はある。
cover
平成デフレの終焉
沸騰する日本株
イェスパー・コール
2003年刊
 TIME記事も記者もいろいろ調べてさらっとまとめ、では人物評価となると識者を出すわけだが、ウォルフレンでも出せば面白いのに、出てきたのはTantallon Research JapanのCEO、Jesper Koll、あー、イェスパー・コールだね(参照)。

1986年の来日後、京都大学経済研究所研究員、東京大学教養学部社会科学研究室研究員を経て、1989年S.G.ウォーバーグ証券会社日本経済担当チーフ・エコノミストに就任。1994年J.P.モルガン(東京)調査部長、1998年タイガー・マネージメントL.L.C.日本駐在事務所マネージングディレクターを歴任し、1999年8月にメリルリンチ入社。
 一貫して日本経済の調査に携わり、日本版ビッグバンに向けた様々な問題を審議する通産省の産業金融小委員会をはじめ、各種政府諮問委員会のメンバー、財務省の「関税・外国為替等審議会 外国為替等分科会」の専門委員等を歴任。1980年、レスター・B・ピアソン・カレッジ・オブ・ザ・パシフィック卒業。1986年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)にて国際経済学修士(M.A.)を取得。

 わかるようなわからんようなだけど、メリルリンチを辞めたときの”Merrill Lynch Japan economist Jesper Koll resigns”(参照)のほうが英語だけどわかりやすい。

A resident of Japan since 1986, Koll has worked as a member of a private sector analysis team under former Prime Minister Junichiro Koizumi and often appeared on local news programmes as a commentator on the world's second-biggest economy.

Prior to joining Merrill in August 1999, where he also served as managing director, Koll worked for hedge fund Tiger Management LLC. Before that, he was chief economist at JPMorgan in Tokyo.


 ヘッジファンド上がりで小泉のブレーンだった、と。まあ、そういうわけです。

Koll, a German national who speaks fluent Japanese, wrote of his resignation in a brief automated e-mail response, but he did not elaborate on his reasons for quitting.

 メリルリンチを辞めた理由はなんだというのが2007年のニュースだけど、理由は……いやまあ……で、 fluent Japaneseのほうはこんな感じ(参照)。
 というわけで、イェスパー・コールに小沢を評させてなんなんでしょ的なのだけど、その一言がこう。

"Typically recessions were good for the LDP," says Jesper Koll, president and CEO of Tantallon Research Japan, "but this time around it is sort of pathetic. The government has no credibility. Any policy that comes out now gets greeted not with just a yawn but with utter indifference."

 過去の景気後退は自民党を利するものだったが、現下の日本の状況は痛ましく、政府は見放されているし、政策はまったく無視されているというのだが、それはそうか。
 記事は後半でようやく小沢の現状況における政策評価となるのだが、明瞭なのはセイフティネット論くらいなもので他はよくわからん。いや言葉の上では明確なんだが、れいの第七艦隊だけでいいよんみたいな話は、英語にするとほとんどナンセンスに聞こえるものだ。Michael Greenにこう語らせている。

Green of the Center for Strategic and International Studies says Ozawa's "Captain Ahab – like quest" to destroy the LDP has at times led him to adopt an anti-U.S. tone, causing some collateral damage to the U.S.-Japan alliance. But every Japanese leader understands the reality of life. Should he become Prime Minister, Ozawa's determination to hold on to power, says Green, "will lead him to pursue a strong alliance with Washington."

 いや、このあれですね、"But every Japanese leader understands the reality of life."という一言は、痛いところ突くじゃない、ナルトのカンチョーはやめとき、といったところでしょうね。しかし、しいていえば、小沢への恐れも若干はあるからの釘を刺す、と。
 かくしてTIME記事もつまらんなと思っていたが、最後のほうで、おお、そう来たかカンチョーみたいなツッコミがコールから来る。

Koll says that "the real question is whether politics can be sexy again for the younger generation — something that you actually want to be involved with, not only because it affects your life but affects your future."

 ああ、そうだなと思う。だからぁ、政治がセクシーじゃねーのよ、ってこと。若い人がそそられないようじゃ未来なんかねーの、ということ。
 この先の記者の指摘が微妙と言えば微妙。

And that gets to the heart of it. The question is not simply whether someone who is as deeply steeped in Japanese political culture as Ozawa — who at times seems as motivated by replacing the LDP as he is by a clear analysis of where Japan should be headed — can be a sexy agent of change. It is whether Japan really wants to go through the wrenching transformation of its economy and society that the new century seems to demand.

cover
日本経済これから黄金期へ
イェスパー・コール
2001年刊
 セクシーさだけじゃなくて、日本は本当に経済と社会を変える気があるの?ということ。記事の、おそらく解答は、そうではないでしょ、日本人はノスタルジーに浸っていたいだけでしょということ。"But there is in Japan always a nostalgia for a supposedly simpler past rather than an unpredictable future. "
 まあ、異境の国、日本を小馬鹿にして終わるというありがちなオチではあるけど、実際、日本人は変わろうとは思っていないでしょう。まして、小沢という選択は変化ではないのは、そりゃそうだ

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2009.03.09

米露外相会談なのだが大手紙社説のポイントはちょっと違うかなのメモ

 オバマ政権下で初の米ロ外相会談が先週末行われ、大手紙社説では朝日、産経、日経が扱っていた。社説批判ということではないが各紙の論点に疑問に思っているなか、今朝のNHKおはようコラムで、ロシア正教を信じるロシア人なら誰でも親近感を持ちそうな風貌の石川解説委員の話があり、まあ、そっちだよねと思った。それと、今後の世界情勢を見るうえで重要かなと思うことがあるので、ざっとメモ書き。
 ざっと各紙社説をなめておく。朝日新聞社説「米ロ関係―核軍縮へリセットを」(参照)では核兵器削減に視点をおいて第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継から核拡散防止条約(NPT)からみに焦点を当てていた。朝日新聞にありがち。


 いまだに両国は、合わせて9千発以上の核弾頭を保有しているという。何のためにこれほどの核兵器が必要なのか。キッシンジャー元国務長官やペリー元国防長官らも「核のない世界」は可能だと論じているのだ。
 オバマ大統領が、核廃絶を目標に掲げて、核不拡散条約(NPT)体制を強化しようとしていることは心強い。来春にはNPT再検討会議がニューヨークの国連本部で予定されている。核廃絶への決意を再確認する絶好の機会だ。米ロによる新たな核軍縮条約の締結は、大きな弾みになるだろう。

 キッシンジャーがこの文脈に出てくるあたりでちょっと含み笑いするものがあるが、いずれにせよそのあたりが論点。あとでも触れるがイランへの言及はこんな感じ。

 米ロ間には、難題も多い。ブッシュ政権がミサイル防衛(MD)システムの東欧への配備を進めようとしたのに対し、ロシアは激しく反発してきた。オバマ大統領は、イランの核問題の解決にロシアが協力すれば、東欧へのMD配備も見なおすことを示唆した、と報じられている。この案を土台に歩み寄ってほしい。

 朝日としてはイランはMDの関連というスジなのはいいが、オチは東欧のMDのほうに置いていた。
 産経新聞社説「米露外相会談 各論で問われる協力関係」(参照)は最近の傾向どおり大手紙のなかでは表層的なイデオロギー的のベクトルが逆でも同カテゴリーで同構造の朝日新聞と論調と似てきている。違いは北朝鮮に言及があるくらいか。対露問題の大筋では毎度毎度の論調で済ましている。

 新条約の協議は来月開かれる米露首脳会談に引き継がれる。アフガニスタンや北朝鮮、イラン問題で前向きな連携を進めることで一致できたことも一応の成果といってよい。国際社会の大きな公益を視野に置いて、米露の協力分野をさらに広げてもらいたい。
 しかし、両国の新たな協力関係はまだ総論にとどまっている。各論では米露の間に重要な対立が多いことも忘れてはならない。
 ロシアはグルジアやウクライナのNATO加盟を妨害し、イランのミサイル脅威に備えるポーランド、チェコへのMD配備にも強硬に反対している。キルギスなど中央アジアから駐留米軍を締め出す動きも進んでいる。こうした背景には、旧ソ連地域への「勢力圏」再興を狙うロシアの戦略的意図があるとみられている。

 日経新聞社説「米ロは大胆な核兵器削減を」(参照)は卒がない分、特に論点もないように思えた。
 で、コンスタンティン・イシカワの「オバマを見るロシアの視線」(参照)だがずばりと論点を絞っている。

・イランの核問題
・戦略核削減
・ミサイル防衛
・アフガニスタンでのテロとの戦いそして
・経済危機への対応

 筆頭にイランの核問題がくる。そして、MDのスジも名目のイラン核に置いている。

Q:アメリカはどのように米ロ関係をリセット再起動しようとしているのですか?
A:イランの核開発については、オバマ大統領は「ロシアがイランの核問題解決に協力してイランの脅威が減れば、ミサイル防衛システムのヨーロッパ配備の必要性も減る」としてロシアが反対するミサイル防衛システムと絡めてロシアにより積極的な役割を果たすよう促しています。

 そこまでは朝日新聞社説と同じだが、石川の論点はこちらだろう。

Q:ロシアはどう対応しますか?
A:ロシアは来月ロンドンでの米ロ首脳会談が、米ロ関係が本当にリセット再起動するかどうかの試金石と見ています。
 イランとの問題については、ロシアは独自のチャンネルを活かしてアメリカとイランの対話を助けて、またイランが進めるウラン濃縮についてはロシアが請け負って生産するとして断念するよう説得するでしょう。
 ただロシアの支援で完成したイランの原子力発電所などの利権は手放そうとはしないでしょうし、またミサイル防衛についてはイランの核開発とは切り離し、あくまでアメリカに配備断念を求めるでしょう。

 ざっくばらんに言って、対露交渉のポイントはロシアを協力させ、かつ西側の思いをロシアに迂回させることでイランの核を制御下に置くことにある。つまり、それがオバマの方針なのではないか。加えて、ロシアの利害についても石川の見立てであっていると思う。
 石川の話はそこまでなのだが、この背景は、話を端折ると要するにイスラエル問題だ。フィナンシャルタイムズ”Obama woos Putin”(参照)がさっくり述べている。

America’s intentions are easy to understand. Iran is pressing ahead with uranium enrichment and now has enough material to build one nuclear weapon.
(米国の意向は単純明快だ。イランはウラン濃縮を敢行中であり、すでに原子爆弾一個分は濃縮し終えている。)

If enrichment continues into 2010, Israel may attack Iran’s facility at Natanz, an event that would be a calamity for the world. The US and its European allies have urged Iran to suspend the programme without success.
(ウラン濃縮プロセスが来年である2010年まで続けば、ナタンズにあるイランの該当施設をイスラエルは空爆するだろうし、その事態に至れば世界中の災厄となる。米国と欧州は同盟して、イランがこのプロセス中断を促してきたが成功していない。)

However, if Russia can be persuaded to wield a stick – demonstrating to the Iranians that the world is united in opposing their flirtation with nuclear weapons – then a crisis may be averted.
(とはいえ、もしロシアが、その力を振るうべく説得されるなら、つまり原子爆弾を使った火遊びに世界が一致して反対しているのだということをイラン国民に示すことができるなら、危機は回避可能だ。)


 そこまでロシアに世界の命運を預けてよいか、またそれ以前にそれをロシアに頼むべきことなのかわからないが、危機の本質は、要するに、イスラエルが引き金を引くだろうということにある、来年に。

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2009.03.08

春なのでちょっとルールを変えてみたくなりました的な話なのかも

 小沢議員への献金騒ぎだが、なぜこんな大騒ぎになるのだろうか、よくわからない。自分だけが奇異に思っているのか。先日のエントリで、お前は小沢シンパだから変な擁護をしているに違いないみたいな揶揄も受けたけど、いやあ、私としてはごく普通になんだろこの馬鹿騒ぎはと思っている(もっと言うと個人的には小沢はもう引退したほうがよいよとも思っている)。昭和のほうを長く生きてきた人なら普通に思うことなのではないか。
 そう思う人は少ないのかな、自分の感性のほうについに焼きが回ったのかな、と思っていた。が、池田先生、おっと、そう書くと別の大先生と誤解されそうなのでフルネームで書くと、池田信夫先生もブログのエントリ「迂回献金と「逆国策捜査」(参照)で「今回のような迂回献金は日常茶飯事だ」と書かれていた。
 そうでしょ。普通。
 そして日歯連闇献金事件(参照)の話を出されていた(参照)。あの事件では裁判の結果は検察の思惑はずれた。というか粛正は無理だった。普通無理でしょと思うけど。でも、今回の大騒ぎではやるのだろうか。
 世の中がそういうことなれば話も違うことになるが、それ以前の時代の頭で考えると、小沢議員への献金騒ぎだが、実際に秘書が企業献金の認識を持っていたとしても、はぁすんません的な行政処分で終わりだったのではないか。収賄じゃないのだし、雪斎先生はブログのエントリ「雪斎の随想録: 陰謀論という「脳内麻薬」」(参照)で「「小沢スキャンダル」は、たんなる古色蒼然とした疑獄事件である」と断ずるけど、疑獄という言葉は、大辞林によると、


ぎ‐ごく【疑獄】
1 政治問題化した大規模な贈収賄事件。
2 犯罪事実がはっきりせず、有罪か無罪か判決のしにくい裁判事件。

 とあり、どっちでもないでしょ。いや、「疑獄」というのは単なるの記載ミスかもしれないけど。
 が、社会の雰囲気を感じるに、おそらく検察がこれからずどーんと引っ張り出すのは、表向きの些末な話ではなく根の深い「疑獄」なのだというワクテカの期待もありそうだ。検察がこんな些事で動くわけはないし、彼らは、必ず必ず必ず勝利するのだという確信なんだろう。
 そうかもしれない。そうなれば、鳩山が言うように(参照)、

民主党の鳩山由紀夫幹事長は8日のNHK番組で、西松建設の巨額献金事件をめぐる小沢一郎代表の責任論について「新たな事実が判明すれば、新たな展開になる」と述べ、捜査に新たな展開があれば、進退問題に発展する可能性を指摘した。

 また、

 鳩山氏の発言に関し、民主党幹部は「『新たな事実』とは収賄容疑などだが、そのような事実はないという前提での話だ」と説明した。

 ということで、収賄事件が新たに見つかるのか。どきどき。
 しかし、ばしばしとリークされる変な話と変な展開を見ている、ほんとかな、なんかこれって、そういう展開になるのか、そうじゃなくて、なんか時代錯誤のコメディーじゃないのかとも薄らと思えてくる。
 すでに報じられているけど、政府高官から今回の事件は自民党には及びませんよが密室みたいな記者クラブで出てきて、なんだよそれ、ということで漆間巌官房副長官の発言であることが明るみに出た。読売新聞「“自民に波及せず”発言は漆間氏、官房長官が認める 」(参照)より。

 河村長官は、漆間副長官から「特定の議員への影響や捜査の帰趨(きすう)に関して判断を示したことは一切ない。立件する場合には請求書などの傍証ではなく、きちんとした証拠がなければできないという一般論を述べただけだ」との説明を受けたと述べた。そのうえで、「極めて不適切な発言で、厳重に注意した」と述べ、漆間副長官自身が記者会見で真意を説明すべきだとの考えを示した。

 この漆間副長官の発言のなかで、「請求書」というのは、傍証であって、きちんとした証拠じゃないと言明しているのだね。
 そりゃね。元検事・郷原信郎も現状のスジで押すのは難しいだろうとしている。ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局「理解に苦しむこの時期の小沢氏秘書の逮捕元検事・郷原信郎氏インタビュー」(参照)より。

 西松建設からの政治献金の虚偽記載容疑で民主党の小沢一郎代表の秘書が逮捕された事件について、検察OBで桐蔭横浜大学法科大学院教授の郷原信郎氏は、政治団体を経由した献金に対して政治資金規正法の虚偽記載を適用することは非常に難しいとの見通しを示した。
 長崎地検の検事時代に自ら政治資金規正法がらみの捜査に携わった経験を持つ郷原氏は、そもそも政治資金規正法は必ずしも実質的な資金の提供者を寄付者として記載することを要求していないことを指摘する。「実際は西松建設がお金を出していることが分かっていても、政治団体から寄付を受けたのであれば、政治資金収支報告書には政治団体の名前を記載しても違反にはならない。政治団体がなんら実態の無いダミー団体で、しかも寄付を受け取った側がその事実を明確に把握していたことが立証されない限り、政治資金規正法違反とは言えないが、実態の無い政治団体はたくさんある。」

 とはいえ、コミカルに自民党にまで火が及びそうな気配は出てきた。というか、一度着火したらそうなるしかないのかもしれないなとは先日のエントリでも指摘したけど。
 検察が最初から焦土作戦を狙っていたのか、引っ込みが付かなくなってきたのか、その他の理由なのかわからないけど、小沢のかつての盟友でもある、二階経産相に火は及びそうだ。共同「二階経産相側を聴取へ 来週にも会計責任者ら」(参照)より。

 西松建設関係者が自民党の有力国会議員側を名指しして「10年以上にわたり総額6000万円前後の現金を渡していた」と裏献金を供述していることが、既に判明。この有力議員は二階経産相で、特捜部は慎重に裏付けを進めている。
 二階経産相は共同通信の取材に「全く知らない。なぜ、そんな話が出るのか」と全面否定している。

 二階のびっくりもわかる。いや、こっちまで放火しない手はずだったじゃないかみたいな愉快な陰謀論じゃなくて、この話、一年半前に話が付いていたはずだったからだ。読売新聞「自民・二階派政治団体、収入を記載漏れ 川崎元厚労相の団体も」(2007年9月7日)より。

 自民党二階派の政治団体「新しい波」と川崎二郎元厚生労働相の資金管理団体「白鳳会」が、都内の政治団体の政治資金収支報告書に記載されているパーティー券収入について、記載していなかったことが分かった。二階総務会長は7日の記者会見で「事務的にミスがあった」と述べ、総務省で収支報告書を訂正した。
 準大手ゼネコン元部長が代表だった政治団体「新政治問題研究会」(昨年解散)の2005年分収支報告書によると、「新しい波」が同年に開いた3回の政治資金パーティーで、同研究会は計246万円分の券を購入した。
 政治資金規正法では、パーティーを開いた政治団体側には1件20万円超のパーティー券収入について、金額や購入者などの記載義務がある。「新しい波」の収支報告書には60万円分しか記載がなく、残り186万円分を追加する訂正をした。
 同研究会は白鳳会が04年2月に開いたパーティーで60万円分の券を購入したと記載しているが、白鳳会側には記載がない。川崎事務所は、「おそらく記載ミス」としている。同研究会のパーティー券購入では、森元首相の資金管理団体でも記載漏れが判明している。

 この、準大手ゼネコン元部長が代表だった政治団体「新政治問題研究会」というのは今回の小沢献金騒ぎの西松建設なのだが、この時は、パーティー券収入をネグっていても、「こりゃ、ネグるんじゃねーよ」とお諭しがあれば「すんませんな、書き改めまっさ」ということで、事後に事務的ミスで終わった。事が済んだ。
 二階だけではなく、森元総理も同じ。
 他にもあるが、「秋葉政務官の団体、交付金記載漏れ」(200年9月8日)が興味深い。

 自民党の秋葉賢也・総務政務官らの関連政治団体で、政党交付金の記載漏れなどがあったことが分かり、それぞれ総務省や各選挙管理委員会で政治資金収支報告書を訂正した。
 ミスが判明したのは、秋葉政務官が代表を務める自民党宮城県衆院比例区第1支部の政党交付金の収入計1800万円(7日訂正)、森喜朗元首相が代表を務める同党石川県第2選挙区支部の寄付計約580万円(4日訂正)など。
 ほかに、〈1〉自民党二階派の政治団体「新しい波」が2団体からのパーティー券収入計342万円〈2〉近藤基彦・同党衆院議員(新潟2区)の後援会が事務所の無償提供分(寄付)432万円――を記載漏れしていた。

 つまり、この手のカネの問題は、記載漏れで済ますことになっていたし、二階の場合も、終わっていたことなのではないか。なんでいまさら。
 「いや、そうじゃなくて、二階にはまだまだ記載漏れのカネがあったのだ」ということかもしれない。だけど、それでも、この手の話は、これまでは、記載漏れで処理されてきたことなのではないか。
 いや、ぜんぜん違いますよというのがあるかもしれないが。
 この済んだ話で気になったのは、私が知識がないだけでボケかますことになるかもしれないが、なぜこの手の記載漏れがバックレるかというとで、カネを出す側の帳簿と受け取る側の帳簿の照合をしたからですよね。
 二階の例でいえば、「準大手ゼネコン元部長が代表だった政治団体「新政治問題研究会」(昨年解散)の2005年分収支報告書」という、収支報告書というものがある。
 今回の飛び火を受けた二階の例では、その収支報告書からも隠されたカネがあるということなのか、そこはよくわからないし、カネを隠していたらそりゃまずいでしょ、カネを隠さなかった小沢ですらこれだけ叩かれるのだから、って、そういう論理じゃないが。
 私の疑問は……、カネを出す側の収支報告書っていうのは国側で調べているから、照合が可能なわけで、するとその照合した国は、それを政治団体として認めてお仕事しているわけでしょ。準大手ゼネコン元部長が代表の団体でも、企業献金のトンネルわけねーじゃんと国でも思ってお仕事していたということなのではないかな。
 どうなんだろ。
 池田信夫先生の冒頭のエントリの話に、日歯連闇献金事件との関連で、こうあったが、

この元宿ルートが立件されなかったことで、「迂回献金は摘発されない」という解釈が政治家に定着したとすれば、今回の捜査は検察の法解釈を変えるものであり、説明が必要ではないか。

 検察側は、春なので、ちょっとルールを変えてみたくなりました、ということかもしれない。前もって説明があると、こんな大騒ぎにならなくてよかったのに。
cover
アンゴル・モア
エクセレントモデル
ケロロ軍曹2
MYSTIC-HEROINES
 っていうか、焼畑農業?



追記
 切込隊長さんより、実質のトラバをいただいた。

 「切込隊長BLOG(ブログ) Lead‐off man's Blog: ああ、爺がそっち側の解釈に堕ちて逝かれた…」(参照

 まあ、堕ちて逝ったか俺、年だし、みたいなことかもしれないし、特に反論異論というのはないけど、少しコメント。


Finalvent爺池田さん両氏がちょっとナイーブだなと感じたのは、「みんなやってたし、いままでそれで通ってたからいまさら問題視されても困る」「俺が駄目なら他の奴も芋づるだ」という話からスタートしてるところで、もう時代はそんなの通り越しちゃってるんだよね…。

 時代が通り過ぎているということについて。(1)今はもうそういうゼネコン周りのごたごたの時代は終わったということか、(2)いやそういう次元の問題じゃなくなっているよということか。後者なのでしょう。
 つまり、すでに逮捕できるくらいには固まっていてその部分の仕事を検察をしているのであって、その前段の議論の段階ではない、と。そして固まったがゆえに、延焼もない、と。そのあたりを、漆間がオーバービューとして話していたのだよと。
 漆間発言と検察の習性から考えると、妥当な推論というか、どうもそれが正しそうだなというのはある。

これ単体ではそう。でも、別件もあるわけでしょう。


たぶん小沢さんは自分のどこが問題視されて陸山会にガサ入ったか分かってると思うんです。

 このあたりは、さらに固まった部分で、まだメディアから見えてない部分のほうでも固まっているよという意味なのだろうと思います。収賄くらいの悪質なケースがということかな。
 その部分についても、田原総一朗あたりが結果的に仄めかしているし、それこそ昭和な人間にとっては暗黙の了解ということろでしょう。
 まあ、そうであれば、いずれ本丸が出てくるでしょうし、本丸で決めということになるのでしょう。そして、それはその時間差でいずれ決着が付くはず。どっちの読みがありそうかというと、率直に言うけど、切込隊長さんの読みが正しいと思いますよ。
 それを踏んでいえば、だとすると国策前提的な言い方になるけど、麻生側がツッコミにためらう部分はあるだろうというのと、なぜ小沢がこんなつっぱりをしているのかは気になります。小沢側に勝算はないだろうし、民主党の存立を考えるならここで大芝居打って岡田を立てるなりしてすっこむでしょう。なぜしないんだろう?
 小沢シンパみたいく言われるけど、昭和の大政治家の末路を見てみたいですよ。手向けの心情ですよ。梶山静六のように静かに消えるのを偲ぶとは違った。

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2009.03.06

ダルフール紛争が日本にも問われている理由

 昨日のエントリ「極東ブログ: ニコラス・クリストフ記者によるダルフール問題 Q&A 要約」(参照)で、ダルフール危機と国際刑事裁判所(ICC)から出されたスーダンのバシル大統領への逮捕状についてのメモ書きをした。これは基本的に米国向けの含みが強く、日本がこの問題にどのように問われているかはわかりづらい。
 これまで日本のマスメディアおよびジャーナリズムではそれほどこの問題について報道しないか、あるいは報道しても微妙な含みがあるように思えたものだが、さすがにバシル大統領への逮捕状の報道は日本でも広く知られた。せめて大手紙も明日あたりに取り上げてくれるとよいと思うのだが、こうした期待が皮肉に誤解されてしまうような印象もある。
 関連のフィナンシャルタイムズ社説”Prosecuting war crimes in Sudan”(参照)は4日にすでに上がっているものの、その紹介の前にニューヨークタイムズのニコラス・クリストフ記者の記事の紹介が先だったほうがよいのではないかと慌てて昨晩メモ書きを作った。フィナンシャルタイムズ社説のほうは、より概括的に、結果として日本も視野に含めた形になるので、もう少し丁寧に見ていきたい。
 状況の概要と逮捕状に至るまでの簡素な説明に続いて、展望は次のように語られている。


What happens next, however, is less clear cut. In the most optimistic scenario, Mr Bashir’s indictment will act as a catalyst for change. A more pragmatic group of leaders will emerge from within the fractious Khartoum regime. They could hand Mr Bashir over to face trial, and then pursue a negotiated solution to Sudan’s conflicts in the interests of peace as well as their own political survival. Yet it would be a miracle if the political outcome of the ICC’s legal decision were to prove so smooth. For one, Mr Bashir’s arrest in the near term is unlikely.
(何が次に起きるかは明確にはならない。楽観的なシナリオとしては、バシル大統領告訴が変化を促進し、政争の多いスーダン政府から現実的な指導者が立ち上がり、その指導者のもとでバシル大統領を裁判にかけることだ。そうなれば、平和を求める観点からスーダンの抱える紛争解決の交渉となり、さらに政府の存続にもなる。しかし、国際刑事裁判所(ICC)の決定がすんなりいくとすればそれは奇跡というものだろう。今日明日にバシル大統領が逮捕されることはない。)

Second, while as head of state he certainly has a case to answer, he is not the all-controlling dictator that the ICC prosecutor has portrayed. Experts believe others in the regime have played a more direct and powerful role in orchestrating war crimes. If the interests of justice are to be served, they must be indicted too, although the temptation will be to let them off in exchange for surrendering Mr Bashir.
(論点はもう一つある。バシル大統領が国家元首として対象となる裁判ではあるものの、彼はICCが描いているような独裁者ではない。この問題の専門家は、政府内の別グループが組織的な戦争犯罪を直接推進していると見ている。正義が希求されるのであれば、彼らも告訴されなければならないが、バシル大統領を身代わりにして彼らを不問にして済まそうとする誘惑はあるだろう。)


 クリストフ記者の考えとは微妙に異なっている部分が重要になる。まず、今回の逮捕はダルフールのジェノサイドを問うものではなく、人道上の罪を問うものであるが、バシル大統領にすべて責任を帰せるほどの独裁者ではないだろうということだ。これは同時に、本来の罪責が問われるべきグループをどうするのかということでもある。ある意味では、戦争犯罪の裁判につきまとうありがちな問題ともいえるし、日本の歴史にも苦い連想が及ぶ人もいるだろう。
 フィナンシャルタイムズ社説では、続いて今回逮捕状が出たことで南北問題がよりこじれる可能性を指摘しているが、この点については、クリストフ記者の洞察が重要ではないかと私は見ている。南北問題は再燃する可能性があり、近い将来に直接的に日本が問われることになるだろう。
 クリストフ記者が触れていないフィナンシャルタイムズの論点で重要なのは、ICCとそれを支える諸国の問題である。

The stakes could not be higher. The Sudan case provides a fundamental test of the rigour as well as the legitimacy of the ICC. The onus is now on all those countries that supported the court’s creation to redouble efforts to end Sudan’s agonies and to ensure that the interests of peace as well as justice are served.
(賭け金は増やせない。今回のスーダンの事例は、ICCの厳正性と正当性について、その根本を問うテストケースになる。ICC創設を支持した諸国はスーダンの惨苦を終結させる努力を強化し、正義のみならず平和を享受できるようにする責務を負っている。)

For if the ICC bungles this case, and the world stands by as Sudan crumbles, there is a risk that Wednesday’s decision will prove no triumph for human rights.
(もしICCがこの問題をしくじるなら、スーダンの崩壊に世界は直面し、ICCの決定は、人権の勝利など存在しないことの証明になってしまうだろう。)


 ICCを支える諸国がこの問題を解決できないなら、人権そのものが空文に帰してしまいかねない。では人権というものを支える、その諸国はどこにあるのか。ここだ(濃緑の部分)。

map

 米国は含まれていない。中国は含まれていない。ロシアは含まれていない。中東とアジアも少ない。日本はというと韓国と共に含まれている。日本が加盟したのは、2007年10月1日である。105カ国目の締約国だが、斎賀富美子(参照)が18人の裁判の1人となっている。
 今回のスーダン、バシル大統領逮捕は日本に問われている部分も大きいはずだ。

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2009.03.05

ニコラス・クリストフ記者によるダルフール問題 Q&A 要約

 30万人が殺害されたとされるスーダン西部ダルフール紛争をめぐって、戦争犯罪を裁くためのオランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)は、昨日付で、スーダンのバシル大統領に人道に対する罪と戦争犯罪の容疑で逮捕状を出した。
 これに合わせて、ニューヨークタイムズのニコラス・クリストフ記者(参照)がニューヨークタイムズ内のブログに、ダルフール問題Q&Aとして”Answering Your Darfur Questions”(参照)を掲載した。
 戦争犯罪に関心のあるかたはリンク先の原文を読まれるとよいと思う。
 以下は、メモ程度にまとめたもの。比較的長文で内容も背景を知らないと難しい部分があり、訳文を意図したものではない。参考なれば程度のものである。

 手短にダルフール紛争の背景を説明してもらえませんか。
 スーダン西部の、フランス国土ほどの広さのあるダルフール地域は、スーダン政府から長いこと見放され、資源を否定された状態でした。この地のアラブ系遊牧民と農耕を営むアフリカ系部族との間には緊張もありました。1990年代には政府がアラブ系遊牧民の一部を武装させ、アフリカ系部族は警戒しました。
 2003年に同地のアフリカ系の3部族は政府に自治と資源を求めてスーダン政府に反抗闘争を開始しました。が、スーダン政府は対抗し、ダルフール地域からアフリカ系部族の根絶をもくろむようになりました。ダルフール紛争が起きたのはそこからです。
 都市部に住むアフリカ系部族には迫害はそれほど及ばなかったものの、郊外では男性は殺害され、成人女性と少女たちはレイプされました。幼い子どもと老人も殺害対象でしたが見逃されることもありました。被害者数は確定していませんが、数十万に及ぶでしょう。
 すでにダルフール地域には居住可能な村もないほど破壊され略奪されたので、最悪の殺害時期は過ぎ去っています。しかし、逃れた人々は難民キャンプで苦難の日々を送っています。
 支援者が今この地を離れることになれば、犠牲者は膨れあがります。

 国際刑事裁判所(ICC)へのアラブ諸国やアフリカ諸国から反発をどう考えますか。
 これらの地域の国はスーダン政府側に付いています。理由はいくつかあるでしょうが、まずこれらの国も自国に人権問題を抱えていて同様に非難されたくないということや、欧米諸国から植民地支配を受けることへの懸念もあるでしょう。
 ジンバブエでムガベ大統領の非道をアフリカ諸国が見て見ぬふりをしているのも同様です。アラブ諸国は西サハラ地域を直視していません。

 ノーベル平和賞を受賞したツツ司教と、ビリー・グラハムの息子でもあり自身も著名な伝道師であるフランクリン・グラハムの討論についてどう思われますか。
 まず両者ともスーダンを懸念する善人だと述べておきます。問題を平和か正義かの二者択一に捉えるなら、私はグラハム氏に与します。グラハム氏の言うように、国際刑事裁判所から逮捕状が出されたスーダンのバシル大統領とその一派に500万ドルほど払ってリビアに亡命させることで、平和が実現するなら、それを望みます。しかし、グラハム氏の提案は間違いです。私は、正義がなされるまで平和は実現できないというツツ司教に同意します。グラハム氏はスーダンの南北平和協定についてバシル大統領を欠かせないと考えているようですが、私はそうは思いません。バシル大統領にはかつて副大統領の時代ほどの重要性はもうありません。
 アリ・オスマン・タハ副大統領を含め南北平和協定の枠組みはすでに壊れています。最善の方法はバシル大統領を亡命させることですし、今回のICCの判断はその第一歩となるでしょう。
 とはいえ、正直にいえば次の事態を想定できる人はだれもいないでしょう。

 米国が拒絶する国際法廷による逮捕という点で米国は偽善的だと思いませんか。バシル大統領への逮捕状は、潜在的に非難が向けられているキッシンジャー氏にどんな影響がありますか。
 偽善はあります。米国がICCに加わるなら、私たちは道義的にもスーダンに対してバシル大統領を引き渡すよう要求すべきだったでしょう。クリントン大統領は任期末に承認したものの、ブッシュ大統領は認めませんでした。オバマ大統領もあきらめるでしょう。
 ICCですべてが解決するわけではありませんが、虐殺に立ち向かうための道具にはなります。そしてそれを手放すわけにはいきません。加えて、私はキッシンジャーやラムズフェルドなどの米国人がICCに引き出されるとは思いません。

 ダルフール難民を米国に呼ぶ支援団体はありますか。
 ありません。ダルフール難民は米国にはほとんどいません。ブッシュ大統領はしぶしぶ理解したようなふりをしましたが、もう関心はないでしょう。こういうポーズは虐殺を止める手立てにはなりません。虐殺を止めるには、バシル大統領に向き合う必要があります。

 ダルフール紛争は水争いなど農業が原因なのではないですか。遊牧民と農民は対立するものではないでしょうか。
 そういう面もありますが、そう考えることで間違うこともあります。考えてもみてください。チャド、マリ、ブルキナファソ、ニジェールにも紛争はありましたが、ジェノサイド(民族抹殺)には至りませんでした。南北問題を含めて、問題の根幹にあるのは、スーダン政府なのです。

 バシル大統領が追放されるとは想定しづらいなか、実際には何が起きるのでしょうか。バシル大統領がこの問題をもたらしたのでしょうか。虐殺の証拠を言い立てるなら、バシル大統領は無罪になりかねませんか。そうなればスーダン側のプロパガンダの勝利にもなりかねませんよ。
 難しい質問ですね。バシル大統領の取り巻きは凶悪であり、ダルフールでの虐殺を立案していました。とはいえ、私はこうも思うのです、他の国にも独裁者はいても、バシル大統領のように民衆殺害や隣国侵害まではしないものです。そう考えるなら結論は明白とはいえ、政権内部の別の有力者がジェノサイドを推進していたのかもしれません。

 中国がこの暴虐を止めようとしないのは、スーダンから利益を得ているからですか。米国が冷戦時代にやったようなものですが。
 そうでしょうね。私は中国をねたむわけではありませんが、石油利権が原因ではないでしょう。中国がスーダンを庇うのは武器を販売しているという外交上の手前でしょう。スーダン政府の配下にあると見られる民兵(ジャンジャウィード)は、中国製かあるいは中国がスーダンに建設した軍事工場制のカラシニコフやロケット弾発射器を使っていました。

 ダルフール紛争で正義が問われるのは心情的にはわかるとしても、この問題に関わった経験からすると、南北問題までこじらせたくない。ICCの動向は南北包括和平合意(CPA)を不安定にさせます。南北内戦が再開されかねないのに、ダルフールの正義が求められるものでしょうか。内戦が起こしうる殺害と現在の正義をどうバランスをとりますか。
 CPAは不安定ですが、それをもってバシル大統領逮捕を避ける理由にはならないでしょう。南部は2011年の独立に向かっていますが、北部はその石油資源を狙って戦闘をしかけるでしょう。率直なところ、この逮捕状は南北間の戦闘阻止にも役立つと思います。

 スーダン政府はICCに関わらないとしながらも、ダルフールの反抗勢力と対話しようとしています。重要な反対勢力の一つ、JEMをその対話の席に座らせることはできますか。
 私はスーダン政府とJEMの間の合意はわずかだろうと思います。アフリカ系部族はJEMではなく、SLA/Aのリーダーであるアブドルワヒドを指導者として望んでいます。和平推進にはアブドルワヒドは欠かせませんが、彼は亡命のパリで安住しすぎです。私は、彼がダルフールの反対勢力をまとめるべきだと思います。あと言うまでもないですが、誰もバシル大統領を信じていません。

 アメリカとイスラエルが支持している反抗勢力であるJEMとSLMは、スーダン政府勢力に対抗するという建前で、民間人虐殺をしています。どうお考えですか。
 あなたの言うとおりです。反抗勢力にも問題があります。だから彼らも呼ぶ必要があります。しかし、民衆はジャンジャウィードや政府軍ほどには彼らを恐れません。反乱勢力もレイプを行っていますが、スーダン政府のような計画性はありません。反乱勢力も悪いのですが、政府軍とは比較になりません。

 米国メディアは事態を単純に見過ぎです。バシル大統領が悪であり、民衆が虐殺されていると考えたいものです。しかし考慮の余地はあります、スーダン政府にすれば防衛でしているのかもしれません。どんなに彼らを責めても彼らは自分を守ろうと正当化するでしょう。国際社会に問題解決能力があるのでしょうか。
 私もスーダン側から批判されたものです。ダルフールに紛争はあるが政府は関わっていないし、規模も小さいといった類です。政府とジャンジャウィードは違うとか、反抗勢力も悪いことをしているとか。アブドルワヒドが和平を願っていないという点でに正しい面もあるでしょう。ジャンジャウィードですら、自分たちは防衛でやっているのだと言います。また、話を故意に難しくしたり人種問題を誇張しているとも言います。「ジェノサイド(民族抹殺)」という言葉は忌避されます。
 しかし、政府軍と反抗勢力では規模が違います。種族の争いだというのも違います。ジャンジャウィードの戦闘には政府軍の空爆が伴います。米国人はダルフールの種族を見分けることは難しくても、彼らの感性は違って見分けているようです。それは殺害はレイプの場の表現でもわかります。
 もちろん事態は複雑です。アパルトヘイトも複雑でしたし、ホロコーストも複雑でした。アルメニアのそれも、カンボジアのそれも。しかし、ホロコーストについて言えば、その本質は、政府が特定の民族を選択して虐殺したことです。そしてそれはダルフール紛争の複雑さのなかでも同様に際立った本質をなしています。(But at the end of the day, the central reality of the Holocaust was that a government chose a particular people and slaughtered them. And that is likewise the central reality that shines through all the complexities of Darfur.)

 スーダン人の多くは大統領への脅迫に怒っていますし、ICCの令状も西側諸国のたくらみだと感じる人もいるでしょう。大統領への反対派ですら大統領を不屈の精神と称えています。同時に難民側としてはICCの関与なしにダルフールに平和は来ないと思っています。スーダン人の間ですら割れている問題をどうやって部外者が調停しますか。
 似たことはセルビアやリベリアにもありました。これらの国がナショナリズムの感覚を持つがゆえに西側は部隊を送ることができません。イスラム圏には西側の示威とみられないように協調しなければなりません。しかし、スーダンの国民もバシル大統領の凶悪さと不正を知っています。こうした国民間の分裂は南北にありまた東西にもあります。スーダンの人も最後は首都しか残らない状態を案じています。

 スーダンで対立する諸外国の利権はなんですか。石油ですか軍事ですか。米国、欧州、中国、サウジアラビアの利害はなんですか。
 私は関係国が紛争を積極的に悪化させているとは思いませんが結果的にはそうなっていると見ています。米国は南北紛争に関わるほどには期待を持たせながらもダルフールの虐殺に関わりませんでした。ブッシュ政権のためらいもあって欧州も関心を払いませんでした。スカンジナビアの後押しでフランスはチャド関連の安定には関与しましたが、ブレアは口先だけでした。アラブ諸国はパレスチナ関連から米国に疑念を持ち、現スーダンのアラブ体制側に立ちました。中国はバシル大統領におもねって石油を買い、小型武器を供与しましたが、紛争に無関心だからできたことでした。

 バシル大統領を逮捕はするがジェノサイド(民族抹殺)の罪を問わないという決定の理由はなんですか。ハードルが高すぎるとも言われているのですがどうなのですか。
 殺人の罪を問うより、特定の人種を殺害するジェノサイドの罪を問うのは難しいものです。バシル大統領の思惑を問うよりも、見える破壊のほうが問いやすいのです。しかし、法廷に引き出せば問いかけることができますし、告発も可能です。バシル大統領としては、ジェノサイドで告発されたわけではないと抗弁するでしょう。いずれにせよきちんと逮捕状を出せば、これ以上の民間人殺害を抑制する効果は期待できます。

 バシル大統領への逮捕状は進展とはいえ実際的ではありません。ICCにはそんな力はありません。理論的に可能なものでしょうか。逮捕状は象徴的だとして実際にダルフールの人々の救いになるでしょうか。
 現状では逮捕状はただの紙切れです。しかし、バシル大統領やスーダン国家のエリートたち、ジャンジャウィードは懸念し始めてしますし、それはよい兆候です。バシル大統領はICCを愚弄するでしょうが、他国に出るときには逮捕の可能性があります。彼は警戒を高めるでしょう。あるいは別の指導者が彼を葬り去るかもしれません。その噂はあるのです。スーダンのエリート層は自国へのイメージを気にしています。彼らはICCを非難しますが、バシル大統領も非難しています。これだけの効果を持つなら対価があったと言えるでしょう。私たちは指導者が虐殺に手を染めるのは狂気ゆえとは思いません。彼らには彼らなりの損得計算があるのです。彼らは虐殺も効果があると思っているのでしょう。バシル大統領は南スーダンを焦土にして成功しました。同じことをダルフールでもできると踏んだのでしょう。ところがこれは高く付きました。事後に外交にあたふたしたことでもわかります。他の指導者も彼を見ています。あのあり方がまずいとわかれば他の指導者の踏襲は減るでしょう。

 アフリカの残虐な大統領には逮捕状が出たわけですが、イラン、シリア、北朝鮮の指導者にはでません。どうしたわけですか。
 ダルフールの人々が黒人であるかは問題ではありません。人種差別はありません。ボスニア・コソボ問題では彼らが白人だということで同情を買ったこともありました。イラン、シリアと北朝鮮の体制が問題だとはいえ、スーダンの比ではありません。北朝鮮はスーダンより全体主義の点ではひどいものですし、飢餓で多数の死者がでましたが、政府の失敗と国民への無関心によるもので、特定人種を殺害に選んではいません。世界には多くの人種問題がありますが、スーダンが抱える問題とは異質です。スーダンでは内戦を含め200万人が殺害されました。バシル大統領は常習犯なのです。

 米国人がスーダンに貢献できる場所はどこですか。
 以前ならダルフールやチャドを勧めました。一部で子どもをさらう問題もありましたが、医療グループは貢献してきました。しかし、現在必要なのは医療援助ではなく、暴力を止めさせることです。そのために、ダルフール救済同盟、ヒューマンライツワッチ、ヒューマンライツファースト、ジェノサイド調査ネットワーク、イナフプロジェクトのみなさんは、どうしたらよい考えてほしいのです。

 米国オバマ大統領はこの件で発言するとすれば何でしょうか。また彼ができることは何ですか。
 米国民主党政権はこの問題に関心を持っていますし、ブッシュ政権よりはましでしょう。ブッシュ大統領個人はこの問題に心を砕き、派兵も考慮していたのですが、ライス長官を含め国益を重視した人たちは行動を起こそうとしませんでしたし、ブッシュ大統領を制止しました。オバマ政権なら関連国を動かすことができるはずです。カタールはこの問題に関心を持っていますし、アラブ諸国に伝えることができます。トルコやマレーシアも関心を持つようになるでしょう。
 国連はスーダン政府による空爆については実力阻止によって警告できたはずでしたし、通信妨害でスーダン政府の軍事行動を攪乱させることもできたはずでした。しかし、多少の圧力にはなっても、これらの手段は失敗しました。

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2009.03.04

小沢一郎公設秘書逮捕に昭和の香り

 私はずっと小沢一郎を支持してきたので今回の秘書逮捕の件に驚いたかといえば、驚きはしたが裏切られたという類のものではなかった。私は政治家に清廉を期待しない。政治家がカネにまみれるというのは民主主義のコストだと割り切っている。米国民もそう割り切っているのではないかなと、潤沢な政治資金で生まれたオバマ大統領を見ていた。
 もちろん賄賂など不正なカネが政治家に渡ることを是とするものではないが、今回の小沢一郎の秘書が不正を行っていたかというと、私がざっとニュースで見たスキームからは、これは特段騒ぐほどのことではないように思えた。
 で、私の理解。
 まずルールだが、個人や政治団体が政治家に寄付をしてもいいけど、企業は政治家個人の団体に献金をしてはいけない、ということ。
 西松建設という企業が小沢一郎に企業献金をしたというのなら、明白にアウト。しかし、そうではない。
 ではどうかというと、企業が隠れ蓑のダミーの団体を使って政治家に献金したのもダメだよということ。トンネル通しても、企業献金には変わりないでしょ、と。
 まあ、そう言われればそうかなというのと、そのダミー団体とかトンネルとかの、判定はどうやるとできるのか? そこんところのサブルールはどうなってんの?
 今回の事態で分かったのは、そのサブルールだ。
 つまり、サブルールは東京地検特捜部様が勝手に決める。
 しかし、それじゃ正義の守護神としてもご勝手過ぎないか? 多少なりとも証拠は? 
 というと、カネを受け取った政治家秘書が、「お代官様、そのとおりでございます、ダミー団体と認識しておりました。トンネルでございました。なので、献金を寄付と書いてしまい、悪うございました」と自白させれば、すべてオッケー。
 自白しなければ、グレーのまま。
 グレーのままだったら、そこはもう、世論とか新聞とか空気で政治家を事実上抹殺すればいいわけですよ。
 つまり、昭和の世界を見てきた私にしてみると、ああ、またこれかですよ。
 別の言い方をすれば15年近くよく小沢一郎は屠られずにしかも、総理に手が届くところまで再起したものだなと、呆れて私は見てきたけど、いや期待してもいたけど、こうなる末路は15年くらい前からわかっていた。「民は愚かに保て」(参照)でカレル・ヴァン・ウォルフレンで、小沢に期待した彼は「小沢一郎を醜聞で火だるまにしてはいけない」というコラムを書いていた。


 私が一番気がかりなのは、舞台裏の調整役としてキープレーヤーである小沢が、この重要な役割を演じ続けられるどうかである。その理由は、彼は責任ある政治家として重要な政治的決定を下さなければならない立場にあることを隠そうとしないために、多くの強力なグループの怒りを買うことになるだろうからである。小沢は政治家として並々ならぬ器量才覚を有している。そのゆえに反対しそうな者に対して強い姿勢で臨むため、日本の政治風土のなかでは傷つきやすい。

 ウォルフレンは彼に期待したし、「日本 権力構造の謎」(参照参照)で彼がいうところのシステムの暴いて、いつの日か小沢がカネのスキャンダルで屠られるの懸念した。

 たとえばスキャンダルを用いて彼を貶めることだってできる。このような攻撃を仕掛けることは、そう困難ではない。読者も覚えているだろうが、私は、日本の新聞と検察がこの武器を用いて特定の政治家を選び出して、政治生命を絶ったり傷つけたりしていることを批判したことがある。なぜかといえばこのやり方は恣意的であり、誠実さに欠けるからだ。政治家ならほとんど誰でも、いつなりとスキャンダルに連座させることが可能なのである。

 戦後、いや戦前も含めて日本近代の政治を眺めてきたら、いつなりと政治家をスキャンダルに連座させることが可能だというのがわかって、それこそが日本権力でありシステムではないかと暗澹たる気持ちになる。ついでにいうなら、清廉・清貧の政治家や革命家を是とする日本人の政治倫理にも鬱になってくる。五・一五事件では、卑劣な暗殺者でしかないのに清廉・清貧だということで刑の嘆願が集まったものだった。日本を戦争に導いていったのはこの清廉・清貧の正義を自認した者ならなんでもできるという狂気だったと私は思う。政治に救いなんかない。国政がやるべきことは夜警とゴミ処理くらいなものだし、政治家はカネにまみれるというコストがかかるのはしかたのないことだ。そう考えていかなければ、日本はまたいつか来た道を辿るのではないか。私はそう思った。
 ウォルフレンも日本の政治家がカネにまみれることを見抜いていた。

 日本では多額の政治資金を集めなければ、政治家として大を成すことは不可能だった。資金の主要源は企業であり、企業は官僚の独断による許認可権に怯えるがゆえに、政治家を頼んでとりなし保護を求めることになる。

 企業はだから政治家にカネを送らなければならないシステムがあるし、そしてその企業とはつまり企業を支えている管理職の従業員でもある。
 今回の事件で、なぜダミー団体でありトンネルだったと言われるのか。今朝の毎日新聞社説「公設秘書逮捕 小沢氏は責任を明確にせよ」(参照)はこういう理屈で明白だという。

 西松建設のOBが設立した二つの政治団体には同社の課長クラス以上の幹部が会費を支払い、後で会社が賞与に上乗せする形で補てんしていたという。西松建設の前社長も同時に逮捕されており、企業ぐるみの違法献金だったことは明らかで極めて悪質だ。

 誰にとって明らかなのか。
 小沢一郎の秘書にとって明らかだったというのだろうか。つまり、「はぁ、このカネはOB会のトンネルですからいただけませんな」って言えはよしといことか。そんなことどうやって可能だというのだろうか。
 そして、個人の献金分は企業から補填されていたとしても、それでも一度は社員の所得に、つまり、所有になっているのではないか。時間の前後というのはあり補填性が高いにせよ、実際には所得税としてその個人の税の域に入っているもではないか。というか、もしかして清廉なる正義の執行者は国民の所有の概念を認めないのかもなのだが。
 私は父親が電電マンだったから知っているが、組合費は有無も言わせずけっこうたーんと天引きされていたし、それが総評に回っていた。昔と今では違うかもしれないし、これは電電公社の意向ではないというのかもしれないけど、父が総評を強く支持していたわけでなかった(と回想するに支持していた面もあったか)。政治献金なんて所詮そんなものであり、そこは今も昔も変わりはしないだろうと思う。
 今回の小沢一郎秘書逮捕だが、西松建設問題が起きる途中経過では、小沢もだが自民党に目が向いていたようにも見えた。「西松建設裏金:自民「国政協」、西松本社住所を収支書に OB団体、献金隠れみの」(参照)より。

 準大手ゼネコン「西松建設」(東京都港区)がOBの政治団体「新政治問題研究会」(新政研、解散)を隠れみのに違法な企業献金をしたとされる疑惑で、自民党の政治資金団体・国民政治協会が新政研から献金を受けた際、政治資金収支報告書に新政研の住所として西松建設の住所を記していたことが分かった。また、宮下創平元厚相の政治団体は同様に記した上、新政研の代表者欄に西松の現職役員名を記入。献金を受け取った側も新政研が西松建設のダミーと認識していた可能性が浮上した。


 新政研と「未来産業研究会」の二つの政治団体は、西松前社長の国沢幹雄被告(70)=外為法違反で起訴=の指示で95年と98年に同社OBが設立。06年の解散までに、小沢一郎民主党代表や森喜朗元首相らの政治団体に計約4億7800万円を献金していた。

 それが重要な流れというよりはいろいろと観測気球とかとかいろいろあっただろう。日刊サイゾー「西松建設&キヤノン事件で狙われた大物政治家とは?」(参照)では司法記者としてこう伝えていたし、私もそんなものかと思っていた。

 政治資金規正法違反は、ワイロをもらう収賄よりも微罪だが、それでも当局による家宅捜索を受ける容疑になり得るという。「いつ解散総選挙があってもおかしくないタイミングだけに、自民・民主のどちらの議員に踏み込むか。やられたほうは計り知れないダメージを受けかねない」(政治部記者)というから、西松建設事件が与野党をいかにヒヤヒヤさせているか想像がつくだろう。しかしその分、司法記者は「政局に影響を与えるなんて、特捜部長が政府寄りの今の特捜部は考えもしないだろう。中央政界への捜査は見送られる見込みだが、しかし、思わぬ展開を見せる可能性はある」という。

 今回の事件は収賄ですらない。というか普通に考えれば微罪だろうと、昭和な頭は思う。
 というか、最初に小沢からしかもこのタイミングでは、宇宙人脳では「陰謀」とかつい思うだろうし、その疑いを晴らすべく、朱舜水に師事した水戸黄門様的な権力は、正義の公平性でもって、自民党側にもお灸くらいを据えるのではないか。リストはあらかたできているだろうし。

 これらの政治団体は国会議事堂そばに事務所を構え、政界とのパイプを誇示していた。実際、その献金先を見ると、自民党の二階俊博氏率いる「二階グループ」を筆頭に、高村正彦元外相、そして森喜朗元首相といった派閥の領袖クラスが並んでいた。さらには、民主党の小沢一郎代表やその側近である山岡賢次国対委員長にも多額の献金が渡っている。「もらった政治資金が裏金から捻出されていたことを議員側が認識していれば、少なくとも政治資金規正法違反に問われる可能性がある」という法律の専門家の指摘もある。

 今朝の日経新聞社説「違法献金の疑いに小沢代表は説明を」(参照)でもそういう示唆は感じられた。

 東京地検には、捜査権力を公平に行使する観点からも、厳正な姿勢でそれぞれの献金先を調べることが求められる。

 お祭りはまだ続くのだろう。
 政治にはコストがかかる。コストがかからない政治を求めれば、コストは別の形で返ってくる。もうこんな日本歴史は終わりにしてくれと私などは思うが、まだまだ続く水戸黄門。
 ちなみに、私は今の小沢一郎を支持しているかというと、国民新党と社民党と連携という政治理念にまったく賛同できない。また、民主党の経済政策はまったく理解できない。さらに、受け皿のない現在麻生政権を解散する必要性はまったく感じない。今回のバカ騒ぎを抜きにして総選挙があっても、小沢一郎を支持しているかどうかは心定まらぬというところ。

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2009.03.02

走りだせ、中央線♪

 どうも政治のことも経済のこともあまり関心が持てない。このまま無関心になっていくのかもしれない。何も関心がないというほどのことはない。どちらかというと小食ではあるが食い物には依然関心はあるかな。他にはといえば、「ちっちゃいもの大好きクラブ」の会員としてはQトレインに関心があった。

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Qトレイン QT02
485系L特急 (雷鳥)
 デザイン的には国鉄485系電車がよいかなと思ったが、「雷鳥」かあ。私は関西の人ではないからなあ。私にとっての「こだま」である国鉄181系電車(参照)だったら、もう狂喜乱舞といったところなんだけどな。それってどんだけ鉄、という感じもしないではないし、本人談としてはまったく鉄じゃあないんですけどね。あと、好きな電車っていったら、0系ひかりと、ロマンスカーくらいなものかな。名前はよく知らないけど、子どものころ信越本線とか八高線とかもよく乗ったのであの電車も好きだな。立川とか行くとチョコレート色の車体で床が板の電車があったがあれはなんていうのだろう……くらい電車のことは知らないよ。
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Qトレイン QT04
E233系 (中央線)
 他には、中央線は好きだな。青春の思い出もあるし、先輩は挽かれちゃったし。もちろん昔のやつがいいのだけど、でもそれは無理ってものかということで、最近のデザインの、中央線Qトレインを結局買うことにした。しっかし、こんなの買っていいんだろうか。メーカーによる推奨年齢を見ると、8歳以上とあるので、50歳は十分オッケーじゃあないか。ぽちっと。

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 それにしてもこれは小さい。というか、自分が巨大化したような感じだ……なわけはないか。

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 どういう動力でどのように動くのだろうか。調べてみるとLR44のボタン電池3個と単四が2個のようだ。というわけで電池を買って届くのを待っていたのだけど、ボタン電池のほうは内蔵されていました。
 どのように動くかというと赤外線コントロールらしい。ということはテレビのリモコンくらいな距離のコントロールだろうか。アマゾンの読者評を見ていると、Qトレインの速度が速すぎてコントロール域から出てしまうとのことだが、実際に動かしてみると、それほどってことはないです。でも、けっこう速いのでテーブルからは出てしまい、乗客の安否が問われます。
 いや意外と速度が出る。おおっ、こんなちっちゃいのがよく動くなとというくらい。なので、コントロールはちと難しい。慣れるけど。なので、普通のジオラマをするには、別途ゲージを用意しないとだめなのでしょう。そこまでやるかぁな。お、オレは鉄じゃないんだし。絶対に鉄じゃないんだし、って、とてもこれは楽しい。
 デフォではトレインというわりには3両しかなく、最後の1両はすぐに外れてしまう。6両編成くらいは欲しいところだ。までも、コンセプトはちっちゃいものクラブ的にはこれでよいか。
 ああ、中央線。
 走りだせ、中央線♪

 君の家のほうに 流れ星が落ちた
 僕はハミガキやめて 電車に飛び乗る

 でも、家で湯船に待っている彼女はいなかったな、青春の中央線。

cover
SUPER FOLK SONG
矢野顕子

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