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2009.02.25

[書評]非モテ!― 男性受難の時代(三浦展)

 こういうとイヤミみたいだけど三浦展の本や対談集や解説はどれを読んでも、はぁ?ネタ?とか思うくらいで特段に面白いということはなかったし、なんというのか年齢は私と一歳違いで同世代感はあるのだけど、自分なんかとは基本的に全然違う資質の人かなと思っていたが、そしてただの暇つぶしに買った本だったのだけど、「非モテ! ― 男性受難の時代 (文春新書)」(参照)は面白かった。

cover
非モテ!―男性受難の時代
三浦展
 というか、三浦にとても親近感すらわいた。ぞろぞろと本を出す人だし、この本も企画本というか他のライターを混ぜ、おそらく資料作成は別の人に依頼して編集的に作ったのではないかと想像するけど、意外と三浦展という今の人を逆に描いている感じがした。そこも面白かったというべきなんだろう。
 話は、標題通り「非モテ!」論である。ああ、そんなのはてなダイアリーでこってり見ているよと思ったのだけど、なんというのか、もうちょっとオサーン的な切り口はあってもいいだろうし、なんというか、はてなダイアリーって七月の夢精朝のパンツみたいな濃度があってちょっとななので、スタバで読める感じの文春新書とかいいんじゃないのと思って、読み出した。捲り始めて、内容もなんだけど、誤字脱字王の私がいうのが風流というところなんだけど、26ページに校正漏れがあって、わっはっは、と王様笑いをしてみたものの、読み進めるにけっこう引き込まれた。
 一応表向きの切り口は、非モテ論でそのケツにつくびっくりマークもほんまもんなんだが、とりあえず、こういうテーマ。

若者(男性)世代では「容姿」が格差意識の原因となりつつある。「プレゼン力」「人間力」重視の果てにある「容姿決定社会」の実態とは

 で、出版元からも(参照)こうある。

「見た目」の重要性がさけばれる昨今ですが、秋葉原殺人事件の犯人はネットに、自分が「不細工」で「彼女がいない」ことの絶望感を執拗に書き込んでいました。これに注目したのが『下流社会』の三浦展さん。三浦さんは、容姿やモテへのこだわりは彼だけの問題ではないと指摘します。若者への意識調査から、男性の間で「容姿が悪いと人生に希望が持てない」ほどの容姿重視傾向があることがわかったのです。なぜ男が外見を気にするようになったのか。そこに問題はないのか。行き過ぎた「見た目」重視現象に警鐘を鳴らします。

 そういうことでもあるし、率直にいって、秋葉事件のときの現代思想・社会思想みたいなアホ臭い説明にくらべると、この切り口のほうが重要だろうなというのはある。
 まあ、そのお喋りでもオッサン向けに聞きますかなという感じだったのだが、なんというのか、微妙に三浦が乗り出してくるのだ。このオッサンの乗り出しというのは、いや、私がいうと洒落にならないのだけど、口説きとか、プロジェクトを畳むぞぉうぉの迫力みたいなガクブル感があって、だいたい、この変なパワーは三浦とか私の世代で終わり。これが団塊世代だと少年時代に貧乏と腹減った無意識彫り込みがあるからその後の精子製造も60歳くらいまで現役……話がそれているが、そのあたりの、三浦の乗り出し方が面白い。
 グラフとかうざうざ付いているけど、ネットで集めたとかだし、それって統計学的に意味あんの?と突っ込むのもなんだし、話も微妙に逃げがあちこちあって、ネタとして読んでね感もあるのだけど、微妙に迫力だけはある。
 それにしてもモテの最大要因の容姿とかってそんな大したことかと、私というか私の世代くらいまでは思うものだが、三浦はこう切り込む。

 そして、本書の読者に多く含まれるであろう40代以上の既婚男性であれば、たしかに若い時は自分も容姿への自信なんてなかったが、そんなコンプレックスは年を取ると共に克服されていったなあという人が多いはずだ。仕事で鍛えられて、自分という人間の幅が広がって、自信がついていくと、顔がどうとか、スタイルがどうとかいうことは些末なことで、女性にモテかどうかも最後は人間としての魅力如何だよと思っている人が多いだろう。

 んだなの感じと、いや内心そうでもないなというのは私などにはあるが、が、というのは、この「んだな」はたぶん、今の40代の前半から下の世代では愕然と隔絶しているのだろう。だから、三浦はあえて乗り出しているし、そのエンタ性は、ちょっとただならぬものがある。ちょっと踏み出していうと、三浦は社会に対して怒っているのだ。オッサン怒るよな、という共感は私もある。
 今の日本はこんな社会に確かになっていると思う。こんな(文章の改行の躍動感がミソだ)。秋葉事件の容疑者をKとして。

 時代や社会が置き換え不可能な運命だから、顔もまた運命として意識されたのか?
 いや、違う。
 顔が置き換え不可能な運命だから、時代や社会も運命に感じられるのではないか?
 だから私はあえて言おう。
 KにとってKの顔は十分に悪いのだ。
 今のいう時代の中で悪いのだ。
 彼の世代の中でも悪いのだ。
 そう感じさせるほど現在の日本社会は、「モテ」や「容姿」を重視する社会なのだ。
 そして、容姿の悪さをその他の何かで埋め合わせることができないと感じさせる社会なのだ。
 時代や社会に絶望するから、顔に絶望するのではなく、
 顔が悪いから時代や社会に絶望しているのだ。

 これは、というか、この三浦の熱気の、ネタとも思えない部分のリアリティはなんなのだろうと思う。なぜ「私はあえて言おう」なのか。
 エンディングでのヴァーグナー的な盛り上がりの次の部分で、全オレが泣いた……

 そもそも私に言わせれば、現代ほど、こんな女にモテたい、こんな女と結婚したいと思えるようないい女が少ない時代もない。男性から見れば、「いい女がいない。いたとすると必ずもう結婚している」のである。私は大衆の深層心理をあけすけに書くのが仕事なので敢えて失礼なことを書くが、普通の男性は女性に優しいからそんなことは言わないだけである。だが、ほとんどの男性は心の中で、女性がすべて井川遥みたいで、そんな女性と結婚できるなら、俺だって必死に働くさと思っているにちがいなのである。

 まあ、そんなところかな。NHKの語学番組になぜか出てくる女性とか、そのあたりのストライクゾーンだしというのも、まさにマーケッターとして「大衆の深層心理をあけすけに書く」仕事師の三浦的なものから見えるものだろう。
 が、この私についてもうちょっと正直にいうと、全オレが泣いた……ということはない。私は、ある意味、世捨て人なので、世間のことは女も含めて、もうどうでもいいやと思っている。というか、全部そうじゃないから、三浦がおぅぉぉぉぉ!と言えば、反響するものはある。でも、この社会、どうしようないな、そうなるべくなったのだしと思っている。というか、私は、女性の母性的なものが嫌いだ。
 そこまでも、三浦はこそーりと思索しているようでもある。

男女平等というなら、非正社員で未婚で一人暮らしであっても、家では、女性のようにアロマたっぷりのお風呂につかって、ゆっくり紅茶を飲んで、甘い物食べて、お肌と爪の手色をして、レースを編んで、それが楽しいという男性がいても白眼視されてはいけないのである。

 それはそうだし、「アロマたっぷりのお風呂につかって、ゆっくり紅茶を飲んで、甘い物食べて」は、それなんてオレだし……ただ、この図式から、草食系男子というのも違うようには思うし、そのあたりはまだまだ続編は続くだろう。というか、マジこいて、男性の解放と思索が今の社会のアクチュアルな課題になっているのだろうし、まあ、オレはブログを書くよ。
 この本、いろいろ語りたいことが他にもあるけど、あと一つだけ書いてエントリは終わりにしよう。
 この本には、ひょっこり「はてな」が出てくる。というか、そこで出るでしょというところで出てくる。そして、Kの話は松永英明さんの「閾ペディアことのは」が典拠になっている。そして、三浦はその典拠の典拠性は問うていない。

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コメント

 弁当翁さんとは直接会ったことないから知りませんけど、そんなに不細工なんですか? 別に気にせんでも。


 あと、最近地元の友人Mさん(35歳・水道屋の若社長・元ヤンキー)の家に遊びに行くことがあるんですけど、22歳若妻予定者が「将来整形したいんだ」とか平気で言ってて引きました。

 なので、「別に整形せんでも普通に別嬪じゃん」とか「整形は、骨削りとか脂肪排出なら兎も角、注入系に走ったら生涯のお付き合いになるよ? 途中で止めたら型崩れを起こすから、3~5年で何度も何度もお世話にならんとやっとれんし。銭が無くなったらお陀仏だよ? それでいいなら別にいいけど」って申告したところ、その日の晩は私の前で化粧落としてスッピン姿で炬燵で寝てました。

 ふむ、と拝見したところ。「 悩 む だ け の こ と は あ る 爽 快 な 不 細 工 だ っ た 」のは確認できましたけど、別にそこまで酷いもんでもなかったって言うか。友人Mさんにしても、「どのみち化粧剥ぐのは分かってるんだから、気にしたらキリがない。ファーストインパクトで自分好みの別嬪かどうかはチェックするけど、付き合いだしたらそんなん関係ない」って言ってました。

 それよりむしろ「平気な顔してヴィトンのバッグ(10万円)を買ってくる」のが腹立たしい。死ねと思う、とか言ってましたね。人生。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.25 11:35

 「非モテ」とか言うと蔑んだ感じがするので、「ティモテ」とか言ったら便所の芳香剤っぽく親近感が湧くんじゃないかと。既製品商標ですか。そりゃ残念。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.25 11:45

 いっこ前のエントリーで反映されてないのは何故かなぁ?

-・-・-

 あとどうでもいいですけど、昨年春から我が家にノコノコやって来てるねこさんが、このたび1年分巨大になりました。1年分馴染みきって、当り前のように私の背後でコロコロ寝ています。晩飯食ってると戸口の向こうでニャーニャー鳴いて催促してきやがります。

 yahooのねこ特集でぐうたら写真を掲載してる回がありましたけど、ほぼそんな感じ。昨年の今頃は脱腸腹抱えて餌食ったら走って逃げていたもんですけど、今では納屋で寝泊まりして毎朝餌を要求してきます。外に出ると足元にまとわり付いて来ます。
 昨日など家じゅうの戸をガッチリ閉めているのになぜだか部屋の中に侵入していて、どこからどーやって入ってきたのか謎が深まるばかりでした。そんで当り前のように私の足元に座っているので、鍋に放り込んで煮てやろうかな? と思いました。ねこにこみ。

 私の場合はむしろ「懐いた」→「腹触ったら脱腸?だった」→「こりゃ遺憾、で無理やりとっ捕まえて病院直行」→「治療後しばらく自宅静養」→「居着いた」って感じです。病院直行くらいの段階では半分懐いて半分警戒しているような状況でしたけど、力づくで袋詰めにして無理やり引っ張ってって(物凄い暴れた)、半ば強引に治療しましたね。

 だから、完全?に自然と一体化しているわけでもないです。

 その段階では、元々野良だし、逃げてもしゃーない、怪我が治るならそれでいい、くらいに思ってたんで今ある姿は半分くらいしか想定してませんでしたけど、怪我が治っても逃げないし、餌と寝床はフツーに確保しておいたんで、いつの間にやら居候になっています。

 居たい時に居るし、どこかに行きたい時は行く。自宅前が国道なので交通量や通行速度が過剰で危なっかしいんですけど、法面でじーっと息を潜めて顔出し左右確認して安全確保してから畑に遊びに出てるのを見掛けたので、後はねこさんの自己責任と割り切って、ねこさんの好きなようにさせています。

 5,6年前だったか、自宅で生まれ育っていた子犬(当時生後半年)が道路に飛び出し車に跳ねられ死んだので、それが大変悲しく放し飼いはしたくないのです。それもあって、ねこさんは何があっても絶対飼わないと決めているのですが、ねこさんは当方の予想外に賢く、絶対事故に遭わないよう自分なりに心掛けているようなので、先ずは見守り、生きるなら生きるだけ生きていればよく、死ねば私が悲しむだけと割り切ることで、放っといています。

 死んだら、かつての寵犬・幸(コウ)くん(享年半年)が眠る山に連れてって、隣に埋めてやろうと思っています。なので、出来ることなら長生きしてほしいと思っています。そして、ねこさんは絶対に飼いません。下手に飼い馴らして事故して死なれるくらいなら、絶対に飼わない方が、余程にねこさんのためだと思うからです。

 たまたま経緯あって脱腸ねこが我が家に居着いただけのことで、それはそれでどうでもいいのですが、先日まで来ていた白い老ねこはどうしたんだろう? とか。最近やたら来る黒ねこは絶対懐かないね、とか。
 ねこにはねこなりの人生ならぬねこ生があるので、それはそれで、別にどっちでもどうでもいいんじゃないかと思っています。

 そういう意味では、今日び可笑しいのはよっぽど人間の方だし、狂っているのも、人間の方だと思っています。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.25 18:02

書評だと思って読んでみるに、5~6回読んでもそうだとはよく分からないというか。感じるのは、弁ちゃんが、男のプライドをしっかり持っていて、いい女性にはモテたいと。基準があって、その範疇の女性が少ない今を嘆かわしく感じている。と、いうようなことを捻っているのでしょうか。

男性側から「こんな女に男はまいる」みたいなことを言ってもらいたいです。「こんな料理で男はまいる」の大竹まことの語り口なんて、スッキリしていて好感が持てます。

もし反発が女性から出たら、それはいい反響です、きっと。心のどこかで女は(私は、かも)、男に好きだと言われて初めて女を感じるのかもです。だから、いい女目指すみたいな、ね。これを素直に思わせる男に出会うと女も幸せです。

投稿: godmother | 2009.02.25 18:54

ある程度、邪悪でなくては開放されない気がする。
しかし、解放されるような人はその邪悪に嫌悪する癖があり、もはや痛し痒し。
その結果なんかどうでもよくなっていく傾向があるのかなあとか。順序は逆かもしれない。

投稿: rabi | 2009.02.25 20:02

このエントリーを読んで、昔、

 ア・ホ・が・み・る ブ・タ・の・ケ・ツ!
 ア・ホ・が・み・る ブ・タ・の・ケ・ツ!
 ア・ホ・が・み・る ブ・タ・の・ケ・ツ!
 ア・ホ・が・み・る ブ・タ・の・ケ・ツ!

という歌があったのを思い出しました。

この歌好きだったんですよ。まあ、これも「深遠な真理」なんだろうと思うんです。 

投稿: enneagram | 2009.02.26 09:19

 「蘊蓄・薀蓄」って言えば賢そうな凄そうな気がするけど、所詮「うんちく」なんだから、「うんこ・ちくちく」の略語かよ? ってなもんでね。アホの小僧が割り箸片手に野ぐそ突いてるのと変わりないんだよ。多少の知識があるからって、そんなもん別に威張るほどのもんじゃない。

 弁当翁さんは一々威張らないから、その点立派ですよ。

 それはそれとして、我が家によく遊びに来る勇者友蔵(ゆうしゃともぞう・甥3歳・次姉の長子)は、はっちゃけてて面白いよ。半分くらい私が仕込んだんだけど、途中から勝手に改良して言い返してくるからね。

 随分前から「友蔵、ともぞう」って連呼して、次男のミツオくん(仮称)が生まれてからは「ともぞう、ミクぞう」って言ってたの。ねこさんを指差して「ねこぞう」とか。犬見て「いぬぞう」とか。
 そしたら、何のコツを掴んだか、友蔵の分際で私を指差して「おじぞう」って言ってくる。叔父ちゃんだからね。んでも、言われて一瞬ピンと来なかったので、「お地蔵?」とか思っちゃった。わしゃお地蔵かよ!? みたいな。3歳児を更に上回る強烈なバカ炸裂。即ち俺。

 3歳にもなって、家に遊びに来るたびに「お地蔵さん、抱っこ。さぼてん、さぼてん」とか言って、言った傍から「ねこじゃ!! ねこさんがおるよ? わんわん見に行くよ?」って、さぼてんどうでもいい。かと思うと「お地蔵さん、なんでさぼてん見に行かんのん?」って、だったら一刻も早く逝けよガキャア!! っていう。

 でも子供って、そんなもんだと思ってみたり。

 あるときは田舎道の野ぐそ、あるときは従者渡辺裕、しかるに正体は単なる山村農民&ひと山ナンボの派遣工であるところの私としては、何はともあれ、勇者友蔵が健やかに育つのであれば、もう、それでいいと。
 斯く思うばかりでありましたとさ。愛でたし、芽出度し。

 …って、「目出度し」になると水死体だからね。それは遺憾よね。ガスが溜まってブクブクに膨れ上がってさ。目ン玉飛び出て気持ち悪いったらありゃしない。それでも新聞に載るときは「美人死す」なんだっつう。

 世間をさすらう「綺麗事」ってのは、所詮そういうもんですよ?って現実感が、欲しいもんですね。都合のいいことばっかり言って綺麗事で塗り固めるような輩は、その時点で水死体だと思った方がいい。だからホリエモンは速攻ドザエモンになっただろ。メディアっつーのは最新最強の情報ばかりを垂れ流すもんじゃなくて、味噌屋や肉屋みたいに「取り敢えず取っといて」「発酵・熟成」させてから出すもんもあるんでね。

 だから、「情報は生モノ・早めにお召し上がりください」なんだっての。そこを弁えないで情報は何でもかんでも最新最強だって思い込んでると、結果、腐肉に群がるハイエナちゃんと、あまり変わらんことになってしまう。そうなってしまったら、どんな駿馬も駑馬に劣ってしまうんだ。

 今不景気でさ。若いうちから結婚志向で世間に出たくねーって若い女性が多いからさ。お前ら将来気を付けろよ? どんなに小賢くても、いずれ「アホの専業主婦」って言われちゃうんだぜ? そしてそれは否定できない痛恨事なんだぜ? っていう。

 そんな感じ。毎度毎度の超クソ展開で、根源的にゴメンなさいっていうか。みたいな。超。JK。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.28 01:08

自分から見ると別にフツーの36歳自治体職員男性が、アラサーの公務系正職員及び公務系非常勤女性からみると問題外。話もしないうちから却下。

あまりにも映画とか、テレビとかに影響されすぎでは。そんなに特別な人生あるかいな??あんさん、特別な仕事とかしてはる???

特別な人生を夢みて40歳、50歳まで生きていこうというヤング(死語の世界)がうらやましい。昔そんなの許されなかったから。でも、自己認識まちがってないかい????とおもふ四捨五入50歳ですた。

投稿: 派遣年寄り | 2009.02.28 01:10

 楽天、ノムさん試合前の“あいさつ禁止令”
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090227-00000005-sanspo-base

 うるせージジイだよ。お前ボヤくのが仕事だからって、何でもかんでもボヤいてんじゃねーよっての。

 そんなにボヤきたいんだったらケツの穴に松明でも突っ込んで試合中ずーっと燃えてろっつうの。下手な口撃より、そっちの方がズーッとインパクトあるだろがよ。

 序でに焼け死んでくれりゃあ、それに越したこたぁねーだろによ。老雄名誉の戦死!! とか。メディアが綺麗に仕立ててくれるよ。夫婦揃って焼き豚定食みてーなツラしやがって偉そうすんな。

 大将が老害だからチームが委縮するんだよ!! って、誰か言ってやれよ。東北養老団が何言ってんだ? とか。広島派遣工'sを舐めんじゃネーぞボケ!!

 みたいな。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.28 01:29

う~ん。要するに、三浦さんの言いたいことは、「男は顔じゃない稼ぎだ!女は顔と家事だけど!」という、古い世代のおっさんのネタ(本音)でしょう。・・・それ、終わってるって。今は、賢い(つかフツーの)女は、男をルックスと年収で選ぶ時代なの。(性格とか、愛もむろんあるけど、やっぱり靴下臭くて、電車で居眠りしてるおっさんに飯作る時代は、終わったの。)

・・・今時の男の子(特に25才以下)は、髪にもファッションにも実に気を使うよ~。料理も基本的にするよ~。ピアスも普通にするし、香水もアリ。・・・それが、決まっていれば、ルックス自体の良しあしとはあまり関係がないです。・・・そういう時代に突入してます。finalventさんが、イケ面で美味しいご飯が作れるのは、今の時代の価値観先取りです。(え?それはまた違う?)

投稿: ジュリア | 2009.12.07 15:05

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