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2009.02.11

何故ダーウィンは結婚したのか

 ブログに書きたいことがないわけでもないし、書評もどきのエントリのネタになる本とかも読むには読むのだけど、なんとなくブログを書くのが億劫な気持ちになる。と、していてもなんなので雑談というか雑談風に。
 今日は建国記念の日だがその話は以前「極東ブログ: 建国記念の日というのは春節、つまり旧正月なのだ」(参照)に書いた。が、今日Googleのロゴを見ると、今日はGoogle的には建国記念の日というより伊能忠敬の誕生日とあり、「Google Japan Blog: 本日2月11日は、伊能忠敬の誕生日です」(参照)というわけだ。


地図を作る仕事に関わっているうちに、自分たちが住んでいる土地や国、この世界や地球について、もっと詳しく知りたいという純粋な思いに突き動かされていることが多々あります。きっと伊能忠敬もこのような思いで綿密な作業に取り組んでいたのではないか、その思いの強さがあれだけの偉業に至ったのではないか、と考えるようになり、改めて畏敬の念を覚えます。

 そんなふうに改めて畏敬の念を覚えるというのも別段かまわないが、私なんぞは、伊能先生、婿養子になり家を盛り立てきちんと家督を嫡子景敬に譲って隠居して、しかも50歳だよ、きちんとやって、人生を半分降りる、その道楽的な生き方の勧めみたいなものに心惹かれる。
cover
四千万歩の男〈1〉
井上ひさし
 私も50歳になり、人生を半分引きずり下ろされたが、伊能先生のような四千万歩の男の生き方はできっこないと思いつつ、先生も喘息持ちで健脚長寿を思ってもいなかったのだろう。してみるに、夢こそ全てか。改めて畏敬の念を覚えます。
 おっとそんなエントリを書くつもりではなかった。Googleが今日スペシャルロゴにしたということは明日もそうすることはないんだろうなと、なんとなく思った。明日、12日はチャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)の誕生日、しかも1809年2月12日だから、ちょうど200年目になる。仮面ライダー・ディケード20人分だな。英語のGoogleのほうはたぶん、そのあたりがロゴネタになるんじゃないかなと思うが、意外とオバマさん人気で同日生まれのエイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)という悪趣味もありかもしれない。
 ま、それはないか。というのもこのところメディアではダーウィンのネタが多い。なにを今更ダーウィンとも思うし、またぞろID論批判といったつまんねえ話もあるまいにというか、私はそれほどダーウィンに関心もなかったのだが、先日「極東ブログ: [書評]水辺で起きた大進化(カール・ジンマー)」(参照)の本を読み、同時代的な視点からのダーウィンというものに関心を持った。というか、あれだな未読だが「進歩の発明―ヴィクトリア時代の歴史意識(ピーター・J・ボウラー)」(参照)ではないが、ダーウィンがというより、ヴィクトリア時代の歴史意識としての進歩の発明というのが重要なのではないかなとも。ということで、まずは同じくボウラーの「チャールズ・ダーウィン 生涯・学説・その影響」(参照)からでも読んでみるかなと思っていた。これは近く読む予定。ついでに「ダーウィン革命の神話」(参照)も。でも、エントリとか書かないかも。いや書くかな。よくわからない。
 とか思っているうちに一昨日APで「On Darwin's 200th, a theory still in controversy」(参照)という面白いコラムを読んだ。標題からすると、ダーウィン理論は依然議論の的であるみたいな、うへぇな感じがあるが、中身はちょっと違っていた。冒頭こう。

It's well known that Charles Darwin's groundbreaking theory of evolution made many people furious because it contradicted the Biblical view of creation. But few know that it also created problems for Darwin at home with his deeply religious wife, Emma.

(チャールズ・ダーウィンによる進化についての革新的理論は多くの人を激怒させた。というのもその理論は聖書の創造説とは矛盾するからであったからだ。しかし、ほとんど知られていないのは、この理論がダーウィンの家庭の問題を引き起こしていいたことだ。特に、宗教心厚い妻のエマの間に。)


cover
エマ (1) (Beam comix)
 おお、この手の夫婦関係のいざこざっていうのは私のちょっとツボ。というか、宗教心厚い妻のエマというところに、萌えるものがあるじゃないですか、って、そっちのエマじゃないってば。

Darwin held back the book to avoid offending his wife, said Ruth Padel, the naturalist's great-great-granddaughter. "She said he seemed to be putting God further and further off," Padel said in her north London home.

(ダーウィンは妻の心を傷付けまいと自著を控えた、とルース・パデルは言った。彼女はダーウィンの曾孫娘だ。彼女は「エマはチャールズが神を遠ざけているようだと言っていた」と北ロンドンの自宅で語った。)


 なんか絵が浮かぶな。で、どうなったか。

"But they talked it through, and she said, "Don't change any of your ideas for fear of hurting me.'"

(でも彼らは徹底的に語り合い、エマは「私の心を傷付けるのを恐れるあまり、自分の思想を変えるのはやめて」と言った。)


 というのを夫ダーウィンはマジで受け取ったということなのでしょう。
 いやそういう夫婦生活は想定済みだったのかもしれない。彼の日記はたぶん童貞時代から続いていて、ケコーンについてはこうメリットとデメリットの視点から考察されていた。

The advantages? A wife would be a constant companion, a friend in old age, and fill the house with music and feminine chitchat.

(ケコーンのメリットは何か? 妻というのはいつもそばにいてくれるし、年を取っても親しくしてくれるし、家庭を音楽と声優みたいな声の会話で満たしてくれる。)

The cons? Losing the freedom to come and go as he pleased and to read as much as he wanted at night. Visiting relatives. And he would have to spend money on children, not books.
(ケコーンのデメリットは? 好き勝手にほっつき回るわけにもいかなくなる。夜中に好きなだけ読書っていうのもできなくなる。親戚回りもしないとな。本にカネを使うわけにはいかないのは、子どもにカネを使わなくてはならなくなるしな。)


 ま、その、これが200年前の男が思ったこと。なんか、あれだね、生物は進化しているが、男は進化してないんじゃないか。
 で、結局どういう結論になったかは歴史が示すとおり。

After much deliberation, Darwin renounced the single life: "One cannot live this solitary life, with groggy old age, friendless & cold, & childless staring one in ones face, already beginning to wrinkle," he concluded.

(悩み抜いたあげく、ダーウィンは独身生活に別れを告げた。曰く、人はみな一人では生きていけないものだからぁ♪、特にぼけ爺になるとだ。友だちいません、寒いよ、子どももいません、と鏡に映る自分の顔を見ながら思う老年か。もうすでに顔に皺があるじゃんか。)


 ということで30歳で結婚。目立つ白髪で電車の席を譲ってもらったとか、後年その肖像で知られる禿とかはまだ気にならなかった。
 ほいでダーウィンはケコーンして夜の読書も減らして、子どもを10人なし、曾孫は72人。適者生存というか勝者生存というか、まあ、よかったねでだけど、子どものうち二人を幼くし、彼も悲しんだようだ。「思い出のケンブリッジ―ダーウィン家の子どもたち」(参照)とかも面白そうだが、中古本プレミアムか。
 さらに後年、原因不明の病にも苦しんだようだ。記事には書いてないが英語版のウィキペディアに詳しい話がある(参照)。
 記事は曾孫による、ダーウィンが今生きていたらという想像の話でありがちに締められているが、話はそうありがちでもない。

What would he be doing if he were alive today?
(ダーウィンが現代に生きていたら何をしていだしょう?)

Padel thinks he would probably be studying DNA and the immune system. And she thinks the great scribbler would be online much of the time.

(曾孫のパデルは、ダーウィンならDNAと免疫の研究をしているでしょうと想像している。そして、ブログとかにいろいろ書き散らしているんじゃないの、とも。)


 そうかもね。なんかわかるな。あー、ブログっていうは誤訳か。

"He'd be a demon at e-mail," she said.

(彼はメールデーモンみたいなのになっていたんじゃないの、と曾孫のパデルは語った。)


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「歴史」カテゴリの記事

コメント

「テンプレなネガコメくらうのが」

こういう風に、秘かに石を投げるのもどうかと思います。巧妙ですよね。何と言うか、本当に心から下らない無意味なテンプレートとは思ってないのかな、と思ってしまう。「質問した俺が馬鹿だった」みたいな表現に似たものを感じます。謙虚なのか傲慢なのかという。

「ダーウィンが生きていたら」、う~んこの辺が人文系の巧妙さだと思います。「~が生きていたら」はおそらく歴史上の人物全員についてそれを検討することができます。いや歴史上の人物に限らずいままで数百億人の人間が誕生し、亡くなっているらしいので、その数だけ人生があったでしょう。恐竜が生きていたら~でもいいでしょう。だからこそ、「それで何が言いたいの?」という返しを受けてしまうでしょう。無制約の思考実験は妄想と区別がつかない。でも実はダーウィンというネームバリューがあるので話は変わってくるのですが。

「男ってやつは」「夫婦ってもんは」みたいな、最初から自分が求めている論題に引き付けてモノを見ようとしているので、何と言うか、文系は総じて「牽強付会、我田引水を楽しもう」「それが心を豊かにする」という「学問」なのかな、と。そもそも日本語訳して日本語のニュアンスで受け取っちゃうと、それは日本語を通した自分の人生経験を勝手にダーウィンに重ね合わせているだけになるような気が。経験は漏れなく言葉に出来る、なんてことはとてもじゃないが言えないでしょう。「ボストンで優雅なお茶会が開かれて、それがなんで事件なの」みたいな。なんか、セイン・カミュはあのカミュと関係があるんだよ、みたいな、なんというかう~ん、結局ミーハーワールドになっちゃって、「それがどうしたの?」状態になる人もいると思います。みんなもとは原始人だったんじゃなかったっけみたいな。「科学」とか「文学」という権威にただ乗りして「持ち上げた上で」、それらのフィールドで名を残した人もこんな個人的で恥ずかしい悩みを持っていたんだよ、人間的で微笑ましいよねという形で「落とす」というパターン、まさにテンプレ。

投稿: 考える人 | 2009.02.11 14:37

> メディアではダーウィンのネタが多い。

ナショナルジオグラフィック最新号でダーウィン特集だったり,前々号でウォレスの記事を連続で載せてますね。ダーウィンの前にウォレスを取り上げるのは良心を感じます。ところで,

> しかも50歳だよ、

イタリアのあのフェラーリを興したエンツォ・フェラーリがレーシングカーづくりを始めたのも50歳。フェラーリ社40周年記念モデル「F40」発表の後,エンツォ90歳で没。50歳を迎えた知人には,伊能忠敬とフェラーリの話しをするようにしています。

投稿: kazgeo | 2009.02.11 15:37

ダーウィンといえば、近代生物学の基礎を作った功労者。
であり、かつ、ブラバツキー夫人とルドルフ・シュタイナーとG.I.グルジェフの生みの親みたいなもの。

ゲーテもオカルトにも科学にも詳しかったけれど、ダーウィンは科学にもオカルトにも足跡は大きいんです。

現代の生物学も、恒常性はクロード・ベルナールが指摘し、遺伝はメンデルが科学的に分析し、進化論はダーウィンが検証していて、19世紀のうちに主要概念は出揃っていて、ワトソン・クリックのDNAの二重らせんモデルの提唱というのは、それらに統一的な物質的根拠を与えた、といったもので、分子生物学というのは、乱暴に言えば、知的成果というよりは実験指針とでもいうべきものなんです。

ダーウィンが今生きていたら何しているかなあ。やはり、実験室に閉じこもらないで、フィールドの科学をしていると思います。日本に対しても、ハイパーカミオカンデにきちっと予算を組むことを要請して、ニュートリノ天文学の後押しをしてくれているんじゃないでしょうか。そんな気がします。

投稿: enneagram | 2009.02.11 15:58

 自称・自覚鬱だからしょうがないんでしょうけど、あんまし明るくないですね。「上げて下げてまた上げる」をやんないと、駄目だと思いますよ。よっこいしょで体育座りじゃなくて、貧ズースクワットですわ。うんしょ、うんしょ、って感じ。

 どういう経緯であれ、下がったら確実に上がり中の人から小馬鹿にされるのは目に見えてますけど、そこで恐れて下がらなかったり周囲の目に負けたりするから、鬱になるんじゃないですかね?

 まぁ大体のところ言っちゃったら、今現在上がり中の人だって似たようなもんで、後先考えずにローン組んでて辞められないとか家ん中に大飯ぐらいの馬鹿嫁養ってて立ち止まれないとか、家の連中がガタガタ煩いとか、そんなもんですよ。だから下がってる人なんかが非難の対象になり易いんですわ。俺たちゃしたくもない苦労をしてるのに何をお前はサボってんだよ馬鹿野郎、みたいな。知るかバーカ、とか言えないんだよなぁ。言ったら睨まれるから言わんけど。

 サボってねーよ俺はお前ら以前に数段の苦労をしてるから先にここに居るだけだよ、とかペロッと言っちゃったら火に油でさ。益々キレるからなんも言えなくて、んじゃまーしょうがねーって感じで言わずに黙ってると、鬱になるんですわ。困ったもんです。

 気鬱があるときは、のんびり歌でも歌うか料理でもやるとか、1日丸々潰して散歩後迷子にでもなって、気晴らしすればいいと思いますよ。敢えて超迷子になって無駄にオロオロして、本能をチクッと刺激してみるのも、いいかも。知ってるところばっかりでのそのそ動いても、しゃーないんですわ。

 それで迷子先で野垂れ死ぬならそんだけのことでさ。
 まぁ普通に大概は生きて家に帰るわけで。途中で誰か助けてくれるわけで。そういう部分で自分の生きる力?や他人の有り難さ?みたいなもんを再確認したら、その頃には鬱とか治ってますよ。多分。
 それでも治らんのやったら、病院逝った方がいいすよ。

 何はともあれ、お大事に。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.11 18:15

 学術って最先端のものと最後端のものがあってさ。学術をやってる=最先端、では無いんだよね。ゴミを散らす係と拾って歩く係みたいなもんか。散らして歩けばいつかは無くなるし、拾って歩いてりゃいつかは溜まって撒き散らす側に回るってだけでね。

 撒き散らすターンに回ったところで、ハイ最先端でござーいって、言ってるだけですよ。どうでもいいんだ、そんなもん。

 んだから、どーせ溜め歩くなら死ぬほど掻き集めればいいし、散らすならねずみ小僧のように気前よくパーッと撒き散らせば、いいんですよ。拾って歩いてる段階のヤツが「俺たち情報強者だよな?」みたいなこと言ったって、そんなん単なるゴミ溜めですし。撒いてるヤツは、一部を除けばフツーに迷惑なだけ。迷惑じゃない?一部にしたって、時期が来れば迷惑の仲間入りですよ。

 ネットは基本的にゴミ溜めなんだから、そうと割り切って使えるものだけ拾って再利用してればいいんですけどね。そういう感覚になることを卑しむ?気風があると、逆転的に「ネット情報って超凄ぇー」って感じに倒錯?しちゃって、ありがたやありがたやーに、なるんです。

 まぁ、万物は流転しますから。今は今、後は後です。時節が来たら来たようになるし、過ぎたら過ぎたようになるだけのことですよ。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.11 20:46

 凄い単純に言ってしまうとさ。お金持ってても誰も物を売ってくれなければ札束咥えて死ぬしかないし、それが嫌なら泥棒でもするしかない。物作ってても売れなきゃ在庫の山抱えて首括って残りものをバッタ屋にさらわれるだけ。「持ってけドロボー」って言わざるを得なくなる。学があっても「活かしてこそ」だから、活きなきゃただの穀潰し。今活きなくても将来があるから…って言い張ったところで、それは単なる負債の繰り延べ。博打に狂って街金に駆け込むオッサンと変わりない。ナンボ可愛かろうが別嬪だろうが、それだけしかなかったら売春やらなきゃ食ってけない。どんなに優秀な仕事人でも、仕事が無ければ同じく穀潰しであることに変わりない。知識人や教養人だって、それだけでは単なる消費者で浪費者だから、乞食と変わりない。

 だからと言って何もしなければ、何にもならない。

 万物は流転するんだよね。自分だけは同じところでじーっとしてるとか、あり得ない。それだったら道端の石ころか田舎道の野ぐそくらい小さく小さくやってろって話だけど、それだって邪魔になったら捨てられるだけよ。水は流れ風は動き、砂や石ころでさえ転がっていくのに、留まるものなんて無いですよ。自然のものは、すべて動くようになってんのよ。

 動かないもの、そこにただ在り続けるものを志向する…そういう人の気持ちも分かるけどさ。そう思った時点で、駄目なんだ。エアーズロックくらい巨大な石や、縄文杉のように巨大な木や、富士山のような大きな山だって、動いてるし変わってる。海に行って波が止まったことなんか無い。そう認めない、認められない「自分しか」信用できないって言ってるのと同じなんだ。

 じゃなかったら、凄く遠くに離れて「止まっているのと同じにしか見えない」境地に達して、そこで初めて「止まってる」と認識するのと一緒でね。そりゃ阿呆の高見か自己欺瞞だよな、としか言いようが無い。

 そんなもんかもね。ある程度じっと我慢する気でないと、大きくなれないんだけどね。なりゃあなったで誰ぞに土足で登られるだけだから、結局いいこと無いんですよね。登られてる間はまだしも、登られなくなったら、お山の大将我一人、そう笑われて終了ですよ。

 人生ですな。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.11 21:53

 finalventさん、こんばんは。ダーウィンの結婚前の悩み、こういってはなんですがおもしろいですね。
 最後の引用部分の"demon at e-mail"ですが、

{n: demon} someone extremely diligent or skillful
"he worked like a demon to finish the job on time"
"she's a demon at math"

 という説明が見つかったので
( http://jp.wordmind.com/ecmaster-cgi/Jsearch.cgi?bool=and&word=im&kwd=demon+at )、
そのまま「メール魔」でいいんじゃないかなと思いました。

 それを踏まえた上での"Mailer-DAEMON"にかけた洒落でしたらすみません。

投稿: summercontrail(左近) | 2009.02.12 00:52

>ということで30歳で結婚。目立つ白髪で電車の席を譲ってもらったとか、後年その肖像で知られる禿とかはまだ気にならなかった。

ちっくり、チクチク

投稿: みけ | 2009.02.12 08:31

 ダーウィンの場合、嫁がどうこうってのもあるかもしれんけど、それ以前に両親・先祖の成り立ちや家庭・地域環境や社会状況なんかも鑑みた方がいいんじゃないですかね。どういう化学変化が起こってああいう人材が出たのかを調べた方が、私的には面白いですよ。
 そういうのを置いといて、「ダーウィンという人間がそこにいるのだから」から話を進めるのは、只のいいとこ取り根性で終わってしまう気がします。終わってますか。そうですか。

 家庭環境に不遇のある人や、そういう人間を親に持つ人ってのは、子供の頃から苦労が絶えませんから、そこからガツーンと突き抜けて急激に偉くなったりするもんでしょ。
 今でも母子家庭とかそういった家庭環境の中から偉人(笑)の類が出てますしね。まぁ、偉人(笑)に期待しちゃう社会の在り方自体前近代的でもあるから、そういうのは今後無しね、って芳香で学歴社会なのかもしれませんけどね。そしたら、それはそれで貴族主義になるから、そらまた良くないっちゃ良くないんですけどね。

 今の日本で流行ってる体制批判って、要は貴族主義批判でしょ?

 そういえば、ヒトラーも家庭環境は複雑でしたね。複雑な家庭環境が、技術・知識・芸術…といった比較的無害無難な芳香性に開花するようであるなら、そういう分野は前近代的な環境の温存も重要でしょうけど…、政治・経済・軍事みたいな危険度の高い分野で開花したら、大変ですな。

 戦争万歳になりますな。まぁ、人間も行く末は獣ですよ。そんな偉くも無いんだ。

投稿: 野ぐそ | 2009.02.12 09:41

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