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2008.03.01

[書評]不謹慎な経済学(田中秀臣)

 講談社BIZというブランドから、二、三時間で読める軽いタッチの執筆と編集で作成されているし、実際さらりと読めたのだが、本書「不謹慎な経済学(田中秀臣)」(参照)の読後には少し微妙な思いが残った。しいていうと、「もったいない」という感じだろうか。私が本書の編集に関わっていたら、もっとばっさり切り刻んで一時間で読める本にして、もっと裾野の広い読者へ読ませたいと夢想した。

cover
不謹慎な経済学
(講談社BIZ)
田中秀臣
 が、そうすることで田中がためらいながらしか述べることができない重要な部分(湛山の理念など)もまた切り落とされるだろう。どちらがいいのかわからないなと戸惑っていると、明快!教えてダンコーガイ!ではないが、ブログ404 Blog Not Found「不謹慎が不徹底」(参照)に通勤特快高尾行き的な書評が上がっていた。

目次を見ての通り、本書では多彩な話題が取り上げられている。いや、多彩すぎるのだ。そのおかげでどこに焦点が当たっているのかわからない。「目玉商品」が何なのかわからないのだ。

 そう読まれてしまう懸念はあるだろうと共感したが、逆に言えば、多彩な内容それぞれに値千金的な考慮がある。各章ごとに一冊分の内容があるとしてゆっくり読まれたほうがいい。あるいは、現在の日本経済政策の間違い、世界経済と日本経済の今後の方向性、昭和史の見直しから未来日本社会の構想、経済学好きのネタ話、といった見やすい複数のクラス分類があったほうがよかったかもしれない。ただ、本書のままでもよく読めば緻密な思考のスレッドは読み取れる(中国経済にもすぱっと見通しが書かれている)。
 表面的なことばかりになるが、本書で著者田中は、評論家山形浩生など幾人かの論者の意見を尊重して自己の意見を添えるという展開がやや多いのだが、そうした諸論者の意見についてはコラムなりにまとめて、本筋は自己意見だけのように通したような書き方のほうが読みやすいだろう。こう言ってはなんだが、これまでの田中の著書は同じ経済学観や、あるいは面識のある論者間の内向きに書かれた印象もある。本書の内輪的な雰囲気は誤解に過ぎないのだから、従来の理解者より批判者や新しい理解者へ切り進めた、通勤特快東京行き的な一般書であってもよかった。
 書籍的な構成は別にすれば、本書には、現在日本の経済状況および世界経済理解の虎の巻に十分使える内容が盛り込まれているし、これを薄めれば政治経済ブログを書く人のネタ帳になる。たとえば、以下の部分はいわゆるリフレ派見解だが、妥当な経済学(それが日本では不謹慎になるということなのだろうが)的見解が簡潔にまとまっている。

 ここで、日本の長期不況のメカニズムを説明しておこう。簡単に言うと、「デフレ(物価水準の平均的下落)が将来も続くと人々が予想していること」が日本の長期不況の特徴であり、またこの問題の根源でもある。
 例えば、企業が新規に事業プロジェクトを立ち上げるため、あるいは個人が住宅などを購入するために、銀行から借り入れをする場合を考えてみよう。この借り入れをする際に、借りる側が注目するのは現在の状況だけではない。つまり、借り入れ率についても、現在の額面通りの名目利子率ではなく、返済までの将来時点にどう変化するかを考える。要するに、実質利子率のことを考えているのだ。
 実質利子率は、名目利子率から予想されるインフレ率を引いたものに等しい(もちろん、実際に契約される約定利子率は、さまざまな条件の下でプレミアムがつくので、実質率からいくらか上下するかもしれない)。この実質利子率が高いと、それだけ返済にかかると費用が多くなるため、新規プロジェクトの立ち上げや住宅購入の数が低下してしまう。反対に、実質利子率が低ければ返済額が少なくてすむので、より多くのプロジェクトを立ち上げ(投資)や住宅・車の購入(消費)が可能になる。
 日本の長期的停滞の特徴であるデフレは、「ゼロ金利現象」との組み合わせで起こった。名目利子率がゼロであっても、数%のデフレが続くと人々が予想すれば、それだけ実質利子率は高くなり、景気は悪化する。日本の不況がこれほど長く続いたのは、こうした人々のデフレ期待が頑固に定着したからである。
 実質利子率が高いと、前述したように、消費や投資が停滞してしまう。消費や投資は総需要の重要な一部なので、「日本の長期停滞は総需要不足が原因だ」ということになる。

 経済学オンチの私が言ってもしかたがないが、おそらく日本の失われた十年からくりはここに尽きている。だが一般読書人にとって、「実質利子率」の理解はそう簡単ではない。岩田規久男の「日本経済にいま何が起きているのか」(参照)でくどいほど図解して説明されているのもその配慮からだ。
 そしてブログ世界禁断であるリフレ派批判にとられるかもしれないが、「実質利子率もわからない経済学のバカはしょうがないな」というふうに、経済学の理解に問題性を求め、いわば知の塔に篭もってしまえば、日本社会が抱える問題にはまったく解決にならない。さらに悪循環なのは、「総需要の低下が原点だ」という経済学的な説明も可能といえば可能だし、そうした空中戦には普通の読書人は取り残されてしまう。著者田中秀臣はそうした経済学の学的な悪循環に気が付いてはいるし、やさしく表現もされているのだが、それでもまだ十分な説得力はないだろう。
 同じことの繰り返しでくどいが、例えば「流動性の罠」という経済学の考え方がある。これについて本書では、経済学者クルーグマンの「子守協同組合クーポン券」の比喩で簡素に説明している。読書人ならこれで「流動性の罠」は理解できる。だから、「クルーグマン教授の経済入門」(参照)で縷説されているIS-LMをきちんと理解してないバカは困るな、とかいう問題ではない。なにも数式を用いない経済学解説書がよいとか悪いとかそういう問題ではなく、日本社会の構成員がどのように国家の経済政策を了解するか、その道具はどうあるべきかが問題なのだ。
 ただ、日本の市民が「実質金利」の経済学的に理解したとしても、その問題の構造の根幹にある日銀の在り方をどう見詰めていくかという問題には直接はつながらないだろうし、つなげようとしても無理はある。
 本書の内容は多彩で個別に興味深い論点がいくつもあったが、金融政策関連では、著者田中が元財務官溝口善兵衛を高く評価している点には、随分割り切ったものだなという印象ももった。
 この話題の経緯については、結果的に極東ブログでもフォローすることになり私もいろいろ考えたが、結論から言えば私も「昔は高橋是清、いまはテイラー、溝口」という田中の評価に等しい。が、ここで私と田中との微妙な立ち位置の差異がある。逆に言うと本書を読みながら、個々の問題では田中と私の考えはとても近いと思うことのほうが多かったのだが。

 実は90年代後半から、「非不胎化介入によって長期停滞からの脱出が可能である」という意見が、日本の経済論壇でも強く主張されていた。例えば、浜田宏一(イエール大学教授)はその急先鋒として知られる。しかし、これに対して、”日銀派”と目されるエコノミストたちや、それ以外にも小宮隆太郎(東京大学名誉教授)などから非不胎化介入政策の効果に疑問が提起された。彼らは、日本の長期停滞の原因は構造的なものであり、金融政策で片がつく代物ではないと主張した。また、非不胎化介入を「IMF条項違反」だとして黙殺するエコノミストもいた。
 だが、テイラーの回顧録を読めば、経済学の通常の主張が正しいことがわかるはずだ。日本経済の「失われた10年」の真の原因は金融的な要因であり、それは積極的な金融緩和政策によってのみ解決可能なものであった、ということを。

 「経済学の通常の主張」が「不謹慎な経済学」になる矛盾を明快に述べている。だが、私は昨年正月「極東ブログ: 経済談義、五年前を振り返る」(参照)でも触れたが、「金融政策論議の争点 日銀批判とその反論」(参照)における小宮隆太郎の立ち位置はもっと民主主義制度上の手続き的なことであるように思えたし、私はその点で小宮の立場を理解した。偽悪的に言うなら、いくら正しい解決策があっても、現行の制度のなかで民主主義的な理念から実施できないなら諦めるしかないだろうということだ。民主主義は衆愚政治とも批判されるし、それゆえにか金融政策はそうした民主主義の制度から若干独立した権力の構造に基礎を置いている。金融政策が経済学的に間違っていても、どのようにそれに市民の理念が介入すべきかは簡単にはわからない。
 話が馬脚を露わすの趣になってきたが、先のテイラーおよび溝口評価の、非不胎化介入によるいわゆるリフレ効果以外の基礎である「円高シンドローム」に関連するが、私は、必ずしも「円高シンドローム」論を採るわけではないが、と言いつつ「極東ブログ: [書評]ウォルフレン教授のやさしい日本経済(カレル・ヴァン ウォルフレン)」(参照)で触れたウォルフレンのように、円安誘導をする日本の戦時的経済構造とそれに附帯する権力構造が、結局は現行の金融政策を支えていると考えている。
 だから、日本の市民社会はまず戦時的経済構造を脱するべく、市民の側の労働と消費の意識の呪縛が解けなくてどうしもようないのではないかと思う。そして、その呪縛を解くということは、具体的には老後を迎える団塊世代が「子守協同組合クーポン券」を放出していくようなライフスタイルの価値観の構築ではないかと考えている。
 別の言い方をすれば、私たち市民は産業マシンや効率のよい投資マシンの生き方から脱するべきなのに、それを強化しかねない円安誘導的な施策は、たとえリフレ政策的な効果を持っていても、よくないのではないだろうか……いや、書いていて愚問だろうなとは思うよ。
 というのも田中は、実際にはいわゆるリフレ派政策より「円」という貨幣の呪縛性を問題の根幹に据え、その呪縛を解くための社会を構築していく模索へ考察を進めているように見えるからだ。その一歩として、経済学者の高説を越えていく位置に、この軽快なそしてある意味で難読でもある本書があるのだろう。

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2008.02.28

指貫

 指貫のことをちょっと書きたいと思うのだが前振り。
 はてなに匿名ダイアリーというのがあり、ネットの匿名なのだから2ちゃんねるのようになっているかというと、必ずしもそうでもない。いや2ちゃんねるだっていろんなスレがあるのだから、匿名というだけでは比較にはならないというのもあるだろう。それでも匿名ダイアリー、通称「増田」は、匿名で暴言を撒き散らすというより、はてな利用者が若い世代が多いこともあるのだろうが、性のことや恋愛のちょっと内面的な話題が覗けて面白い。覗き趣味なんて下品とも言えるが、日常生活からちょっと性活動を隠す微妙な部分のコミュニケーション可能な領域というのはあるだろう。悩み事の話も多い。私は悩みの多い人なんで、そうだよなと共感することが多いのだが、それでも50歳にもなればそれなりに、いろいろと若い時代の悩みは終了している。自然に終了したものも多い。単に自分の顔を鏡で見て、これ俺の顔だよねとようやく納得したという類も多い。なんとか自力で解決した問題もある。書籍から学んでわかったこともある。そういう書籍を3冊紹介して、「大人になるために必読の3冊」とかネタにしようと思っていた。候補は決まっている。2点はすでに書いた。


  1. 「極東ブログ: [書評]「ビルとアンの愛の法則」(ウィリアム・ナーグラー&アン・アンドロフ)」(参照
  2. 「極東ブログ: [書評]ミス・マナーズのほんとうのマナー(ジュディス・マーチン)」(参照

 あと一点は、「常識以前でございますが おばあちゃんの家事ノート(町田貞子)」(参照)かなと思って書架から取り出して読んで、そうだよなこれかな、とアマゾンを見るとすでに絶版。もちろん絶版でも中古で安く購入できればいいのではないかなと見ると2800円とプレミアム状態。本を見る人は見るもんだなとも思うが、案外他の書店とかにはあったりするのでネットを見ると、復刊リクエスト投票(参照)にリストされているものの、こうある。

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2004.04.29 ゆぴちん とにかく読みたい!
2003.01.12 玲子 まだ 絶版になっていませんでした。 購入可能です。

 年号を見るともう絶版だろうか。町田貞子の本はどれも金太郎飴的なので他の本でもいいのではないかと見ていくと、「娘に伝えたいこと 本当の幸せを知ってもらうために」(参照)は文庫化されていた。元の単行本は1999年だ。「常識以前でございますが」は1985年。ざっと15年くらいの時代の差がある。
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娘に伝えたいこと
本当の幸せを知ってもらうために
町田貞子
 二冊を並べて見ていくうちに、町田の基本的な主張は同じでも、「娘に伝えたいこと」は87歳の作品であるのに「常識以前でございますが」は74歳。どっちもお婆ちゃんじゃないかと以前は思っていたが、この年差は大きいなと思うことがあり、むしろ、「娘に伝えたいこと」はこれからマジで老人になっていく自分として再読するといろいろ考えさせられることが多かった。
 そして、なんでこんなことに気が付かなかったのだろう。「娘に伝えたいこと」は町田の絶筆なのだった。遺書と言ってもいい書籍だ。それから今、さらに10年近い年月が過ぎ、明治時代の女性というものが見えなくなるなか、いろいろ考えさせられる。
 読みながら、いろいろと明治生まれの人を思い出すのだが、基本的に彼らは現代の日本人より近代人の相貌をもっている。ある意味で精神が徹底的に若いし、合理的なのだ。女性の場合、専業主婦というのはむしろ少ない。もちろん、昭和初期までの近代化というのはそれでも第一次産業が主であり家族労働という側面もあるが、シャドーワーク的な主婦労働というのとは違っていた。いや、家事の労働も質が違う。そのあたりの微妙な部分が「娘に伝えたいこと」であり、その象徴が指貫だ。
 「常識以前でございますが」のプロローグ「銀の指ぬき」はこう始まる。

 私は、今年七十四歳になります。
 座っているそばには、合い間仕事にと持ち歩けるよう、つかいこんだ小出しの針箱があります。その中には銀の指ぬきが光って、そっと入っています。
 それは、私の結婚が決まった、いまから五十数年前に、母が私にくれた指ぬきです。母が使っていたのと同じ……銀製の。
 そのとき母は、私にその指ぬきを手渡しながら、
 「昔から秋田では、お針仕事がよくできるようにとねがって、母親は娘が嫁ぐときに、その娘の幸せを重ねてねがいながら、銀の指ぬきをあげたものだといいます。私もあなたのおばあさんから、そうやってもらったから、こんどは私が貞子にあげる番です」
 と話してくれました。
 短い静かなひとときでしたが、いまでもその場をはっきり覚えています。母は秋田の生まれ、そしてその昔、秋田は銀山をもち、銀細工の盛んなところでした。
 私の母は長いこと小学校の教師として働き、いまでいう兼業主婦ということになりますが、その忙しい毎日のなかでも、時間をみつけてはよく針仕事をしていました。かならず右手の中指に銀の指ぬきをして……。

 この話は14年後の「娘に伝えたいこと」の「はじめに」に続いていく。

 遡りますと十四年前(一九八五年)のことになりますが、光文社から刊行した『常識以前でございますが』のプロローグで「銀の指ぬき」のついて書きました。それが十四年経って、今また「銀の指ぬき」の話が蘇ってきたのです。

 話の要点は今度その銀の指ぬきを娘や孫娘に継がせるということで、その銀の指ぬきが象徴する女の生き方ということになる。そこが説教じみているし保守反動的でもあるのだろうが、この本の主眼になるし、冒頭たらたらと増田のことを書いたが、知っておけばいいような人生の知恵みたいなソリューションがあるにはある。
 ただここでちょっと私は意図的に話をずらしたい。
 同書にはこういうエピソードがある。

 私は相談にのって手製の『衣服ノート』のことをいろいろお話ししました。
 その帰り際にお嬢さん方が、「先生が出された『常識以前でございますが』を私たちは読んで、そこで初めて『銀の指ぬき』のことを知りました」と言い出したのです。

 これな。1985年、私が28歳のとき。私はどういうわけだがいろいろお譲さん方を見ていたものだが、つまりこのお嬢さんたちは私の同級生くらいだ。彼女たち真性お譲さんたちは『常識以前でございますが』をさらりと読んで嫁に行ったのだった。もっとも、このシーンのお嬢さんたちはそれから10年後、現在ようやく40歳といったあたりの年代だろう。

 さらに「先生のところにあるその銀の指ぬきがどんなものか見せていただきたいのです。私たち、本を読んですごく憧れましたから」と言うので、「ああ、そうなの。それじゃ、お見せしましょうね」と、私は母からもらった銀の指ぬきを出してきました。
 初めて銀の指ぬきを見たお嬢さんたちは、実際に指にはめてみながら、「わあ、これ素敵! こういうもんがあるんですね」と喜んでいました。
 お嬢さんたちの喜ぶ姿を見て私が「あら、あなた方、それ欲しいんですか」ときくと、「そうですね、どこかで売っていれば欲しいですけど……」と言うのです。

 町田の視線とおニャン子世代のお嬢さんたちの視線は少し違っている。
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絹糸でかがる
加賀のゆびぬき
大西由紀子
 彼女たちには銀の指貫は美しい骨董品のようなものであり、また失われたある日本のノスタルジックな美学のようなものだ。町田にしてみれば、もっと近代的な世界の何かだったのに。
 私の同世代の、かつてのお嬢さんたちは今頃、嫁がせる娘をもっているだろう。銀の指ぬきを渡しただろうか。というのもこの伝承は町田が言うような日本の伝統というより、西洋の伝統臭い。町田の母も近代人でありそうした流れのなかの近代幻想なのではないだろうか。

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2008.02.26

ロス疑惑、米国捜査再開

 日本時間で今朝未明にロス市警の記者会見があるというのを昨日知ったので、どういう発表があるか気になっていたが、国内報道を見る限り、新証拠が提示されたということではないようだった。ニュースとしては、今朝方の朝日新聞系”新証拠、明らかにせず ロス市警「2、3年前から捜査」”(参照)を引用しておく。他紙及び他の国内報道も同じようなものであった。


 会見した未解決事件捜査班のリック・ジャクソン班長は、三浦元社長が度々サイパンに旅行している事実をつかんだ2、3年前から本格的に逮捕、移送に向けた協議を関係当局と重ねてきたと説明。新証拠の有無については回答を避け、サイパンからの移送についても「どれくらいになるか分からない」と話した。

 率直なところ新証拠はやはりないのかという思いが強い。恐らく昨日夕刻までには書き上げていただろう今朝の朝日新聞社説”ロス疑惑再燃―「新証拠」とは何なのか”(参照)はそこを読んでいたのかもしれない。

 米国の警察は「新しい証拠を入手した」と警察庁に伝えてきた。それは物証なのか、証言なのか。できるだけ早く開示してもらいたい。だが、やはり犯人だったのかと短絡するような見方は慎まなければならない。

 引用したのは、この「慎まなければ」のニュアンスを留めてみたいこともあった。私の印象では冤罪を避けるというより、三浦氏によるメディア攻勢はけっこう威力があったのではないか。
 関連するが後段のこの指摘は微妙な思いがする。

 ロス市警は元社長の身柄をロスに移すよう求めている。問題は、米国の警察の「新証拠」が、日本で確定した無罪の結論を覆すほどのものなのかどうかである。それによって、起訴されるかどうかが決まるだろう。

 つまり、「日本で確定した無罪」というのが「新証拠」とバランスするという論理なのだが、これは邦人の擁護という視点だろうか。私はこの2点は国家と司法という点で別ではないかと思う。
 同社説はこの27年も昔の事件をこう続けて振り返る。言うまでもなくこの事件が記憶にある人は現在35歳以上ということになるのだろう。

 銃撃事件の3カ月前、元社長の妻はロスのホテルで何者かに殴られてけがをした。この事件で元社長は共犯者の元女優とともに殺人未遂の有罪が確定した。妻にかけた保険金が動機と認定された。
 この公判途中の88年、元社長は銃撃事件での殺人容疑でも逮捕された。一審は共犯の実行役を特定しないまま有罪判決を下した。しかし、二審は逆転無罪を言い渡し、最高裁で確定した。
 現地のロスの警察や検察は、日本側と協力して捜査した。検察は元社長を起訴するため逮捕状を取ったが、最後は日本側の捜査に委ねた。すでに殴打事件の公判が始まっているうえ、容疑者らが日本にいるという事情もあったようだ。

 当時の気が狂ったような報道を知っている私はこのまとめでよしとするのには違和感がある。ただ、社説で書くにはこの程度かもしれない。ウィキペディアの同項目(参照)が詳しい。当時の感覚としては81年の事件と文春が発端となってマスコミが騒ぎ出した84年とでは事件の印象が違う。ある意味で後者が事件を作り出しているといったふうにも見えた。ついでだが吉本隆明は三浦容疑者(現在の新聞報道が容疑者としているのに習う)を殺人をするような人には見えないし、法理では無罪だろうとおりに触れて言及していたことも思い出す。
 事件についてはウィキペディアの同項目に「事件」というサイトの”「疑惑の銃弾」事件”(参照)へのリンクがあり、こちらは“Jane Doe 88”から始まっている。つまり、白石千鶴子の事件だ。これもロスで起きた。

白石千鶴子は結婚していたが、1977年(昭和52年)秋に別居し、1978年(昭和53年)2月から「フルハムロード」の取締役になった。1979年(昭和54年)3月20日に前夫と離婚が成立。間もなく「北海道に行く」と言い残し、行方不明になった。3月29日に出国し、5月4日に遺体となって発見された。このとき、千鶴子は34歳だった。三浦は3月27日に出国して、ロスに滞在しており、4月6日に帰国している。

5月8日、千鶴子の銀行口座に前夫から慰謝料430万円が振り込まれる。


 なんらかの配慮があるのかあまり明快には書かれていない。ロサンゼルスタイムズのアーカイブには84年3月29日の記事”Mystery Only Deepens as Japanese Woman's Body Is Finally Identified”があり概要には次のように記されている。

Jane Doe No. 88, the partly mummified corpse discovered nearly five years ago on a Lakeview Terrace hillside, was positively identified Wednesday as Chizuko Shiraishi, the long-missing mistress of a Japanese

 85年7月23日には”Japanese, L.A. Police Confer on Slaying Local Meeting Centers on Unresolved Murder of Importer's Wife”がある。

Then, in March of last year, the corpse of a woman found in a vacant field five years earlier was identified as that of Chizuko Shiraishi, 34, who by Miura's own admission once was his business associate and lover. Miura also admitted that he had used Shiraishi's bank card and secret identification number to withdraw $21,000 from her bank account shortly after she left Japan in 1979.

U.S. Immigration and Naturalization Service records showed that Shiraishi arrived in Los Angeles on March 29, 1979. In an interview, Miura said he was in Los Angeles at that time but that he did not know his former lover was here then and did not see her.

The Shiraishi case was assigned to Los Angeles Police Detectives Phil Sartuche and Bill Williams of the department's Major Crimes Division. They also have been investigating the Miura shootings, which occurred at Fremont Avenue near 1st Street on Nov. 18, 1981.


 かなり踏み込んだ書き方をしているようだが、当時の日本のマスメディアの情報以上のものはない。ただ、これらはロス市警にとっては、コールドケース(Cold Case)として意識されてはいるだろう。最近の米国の動向としてテレビドラマ(参照)やDNA鑑定による無罪化などの影響もあるのだろうが、コールドケースへの関心は全体に高まっている。今回のロス市警の公式アナウンス”News Release Saturday, February 23, 2008”(参照)でもコールドケースがキーワードになっている。

Cold Case Homicide Detectives Get Their Man

Los Angeles: A murder suspect who has been eluding dragnet has finally been captured.

On February 21, 2008, at 9:30 AM, detectives from the LAPD’s Cold Case Homicide Unit were informed that 60-year-old, Kazuyoshi Miura, was arrested on a warrant, charging him with the murder of his wife, Kazumi Miura, and conspiracy.

Mrs. Miura, who was 28 years old at the time, was shot on November 18, 1981. She was at a location in the 200 block of Fremont Avenue, in downtown Los Angeles. She died over a year later in Japan on November 30, 1982.

Miura’s was taken into police custody on the Island of Saipan, located in the northern Marianas Islands, a commonwealth territory of the United States. Cold Case Detectives have been closely working with authorities in Guam and Saipan, believing that Miura would be visiting the island from his residence in Japan.

Miura was arrested at Saipan’s airport on February 22, 2008, at noon.

Miura’s extradition is pending, and there is no additional information available at this time.


 当時のロス市警側のインタビューも、現在の日本のマスコミでは報道できそうにもないほどある種の執念を感じさせて興味深い。CNN”Japan businessman arrested in wife's 1981 killing”(参照)より。

The incident reinforced Japanese stereotypes of violence in the U.S. at a time when Los Angeles was preparing for the 1984 Olympics and was particularly sensitive about its overseas image. The LAPD vowed to find the killers.

Daryl Gates, who was police chief at the time of the killing, said Saturday that Miura was a key suspect even then.

"I remember the case well. I think he killed his wife," said Gates, who had not heard about Miura's arrest before he spoke Saturday afternoon. "We had Japanese police come over; they believed he was guilty, we believed he was guilty, but we couldn't prove it."


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Shocking Crimes
of Postwar Japan
Mark Schreiber
 加えてロス疑惑ことミウラケースがどの程度米国に知られていたかなのだが、96年に出版された”Shocking Crimes of Postwar Japan”(参照)では一章を当てていることから日本の犯罪に関心がある人にとっては、日米司法の差異を含めてある程度読まれていたようだ。同書はGoogle Booksから検索して主要部分を読むことができるが、白石千鶴子事件の言及もある。ただし、基本的に当時の日本のマスコミの二次情報のようだ。
 今後の展開なのだが、率直に言って私には皆目わからない。三浦容疑者については先日の万引き後の対応に私はあまり好印象を持っていないのでバイアスがあるだろうこともあまり言及したくない点だ。
 国内報道というか邦文報道ではなく英文の報道を見ていると、ある種の違和感があり、それらは今後の予想を示唆する部分がないわけではない。それほど重要な報道ではないだろうが、SanDiego.com” L.A. detective: Accounts differed in '81 Japanese businessman case”(参照)ではこうある。

Police Detective Rick Jackson said Monday that two witnesses saw a car pull up to the pair. When it pulled away, the couple were on the ground. Though witnesses didn't see the shooter, they said the car was different from the one Miura described.

 先のCNN報道にある当時の捜査官の回想を思うと、やはり新証拠はあるのだろうかとも思うが、新証拠というよりも、このジャクソン氏の発言程度の疑念でも、大陪審または予備審理による職業裁判官いずれかによる裁判に持ち込まれるのは通常ケースなのではないだろうかとも思う。陪審に持ち込まれると、日本人としては刮目すべき結果がでるかもしれない。
 今回の事件は連邦によるものではないが、結果としては日本の司法への意外な角度からの批判になるだろうし、繰り返される日米間のある種のいざこざの流れから別のスーリーが浮かばないでもないがそこまで与太話を想定する必要もないだろう。


追記
 その後、記者会見について邦文の報道が出た。関連するところを引用しておきたい。
 MSN産経ニュース”【ロス市警会見詳報】(1)「殺人現場を目撃していた第三者がいた」”(参照)より。


 彼のあずかり知らないことだが、現場から1ブロックに位置する高層ビルから、事件の一部始終を目撃していた第三者がいた。彼らの車両に関する証言は、三浦容疑者の供述と全面的に異なっていた。これが、当時の捜査の詳細である。そして基本的に、これが現在の流れである」
 --その目撃者らは、実際の銃撃を見たのか?
 捜査官「現時点でいえるのは、1台の車が止まり、視界をブロックしていた。その後、バックして、そして2人が倒れていた、ということだ」

 MSN産経ニュース”【ロス市警会見詳報】(3)完「(新証拠は)必ずしも必要ではない」”(参照)より。

--サイパンからの移送と、本国内の移送とでは手続きは異なるのか
 捜査官「私は移送の専門家ではないが、今回の移送は州間での移送とほぼ同じと理解している。三浦容疑者は、移送に異議を唱える権利がある。意見聴取が行われ、最終的に管轄地域の知事が判断する」
 --裁判になれば、カリフォルニア州法によって、カリフォルニア州の裁判所で裁かれるのか
 捜査官「そうだ」
 --未解決事件に着手する場合、新証拠は必要ないのか
 捜査官「必ずしも必要というわけではない。一般に、未解決事件の解決にはDNAや指紋といった新証拠が必要だと思われている。確かに、そういうケースは多い。しかし、ある個人に当たっていた焦点を再び洗い直すということもある。(未解決事件を扱う際には)関係者に対する聞き込みをやり直す時間もある」
 --日本で判決が確定した事件について、再び訴追することには問題はないのか
 捜査官「“二重危険”(日本でいう『一事不再理』に相当)についてだが、われわれは法律の専門家から、今回の件については二重危険に該当しないとの判断を得ている。法律によれば、われわれはここカリフォルニアで犯された罪については、たとえ他国で訴追されていようが、優先権をもっている。詳しくは、地方検事局に確認してほしい」

 
追記
共同”故三浦元社長が「容疑者」 79年の女性変死でロス市警(2009.01.10)”(参照)より。

米ロサンゼルス郊外で1979年、白石千鶴子さん=当時(34)=の変死体が発見された事件で、ロス市警は10日までに、事件を殺人と断定、元交際相手で81年のロス銃撃事件で逮捕され昨年10月に死亡した三浦和義元会社社長=当時(61)、日本で銃撃事件の無罪確定=が「容疑者だった」とする捜査報告書をまとめた。
 担当のリック・ジャクソン捜査官は、報告書作成によって捜査が公式に終結したとしている。新証拠はなく状況証拠を根拠にしており、真相解明は事実上困難になった。三浦元社長は生前、両事件への関与を全面的に否定していた。
 市警は銃撃事件で昨年2月に三浦元社長をサイパンで逮捕し、白石さん事件も再捜査。銃撃事件と同様に金銭目的の犯行とみて、元社長を殺人などの容疑で訴追する予定だった。
 ジャクソン捜査官は殺人と断定した理由について(1)34歳の白石さんが自然死したとは考えられない(2)遺体の発見された山林が普段人が入らない場所だった―などと説明。「米国では死因が特定されなくても状況証拠によって殺人事件で有罪とすることができる」と述べた。

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2008.02.24

簡単スコーン風クッキー

 最近とんと料理とかの話がないですねというわけで、たまにはね。で、料理ではないんだけど、さっき簡単スコーン風クッキーを作ったので、その作り方でも。
 バターとか、マーガリンやショートニングとか使わないでできるのがポイントです、ちなみに(塩もなしね)。

材料


  • 薄力粉(普通の小麦粉)200g
  • ベーキングパウダー小さじ2
  • 砂糖大さじ4
  • 卵1個
  • サラダオイル大さじ4(60cc)
  • 薄いチョコ(無くてもいい)

作り方
 小麦粉とベーキングパウダーと砂糖をおしゃもじでよくまぜる。ベーキングパウダーはラムフォードがいいと思う。
 次に卵をよく溶かしてこれにサラダオイルを入れてさらによく溶かす。卵には乳化作用があるので溶けます。できたらサラダオイルではなくピュアなキャノーラ油がよい。

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 粉と卵液をさくさくと混ぜる。ボロボロっていう感じがよい。

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 全体がしっとりしたら、これを手で玉にする。できるだけ練らないこと。でも、玉にまとまらないようなら水を足してもいい。
 それを平たく伸ばす。ここでもできるだけ練らないこと。厚みは5mmから1cmくらい適当でいい。

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 コップで型抜きをする。型抜きがめんどくさかったら、ナイフで碁盤目に切ってもいい。型抜きの場合は、端きれができるので、またそれをまとめて型抜き。3回で最後はいびつなクッキーにする。

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 型抜きしたクッキーをオーブンに並べて焼く。クッキングシートを敷くといい。オーブンの温度は220度。余熱あり。焼く時間は12分。(工夫すればオーブントースターでもできると思う。)

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 焼き上がったら、これでできあがりでもいいんだけど、チョコを乗せてみましたとさ。
 焼き上がったクッキーにチョコを乗せる。チョコの厚みによるけどクッキーの余熱で適当に溶ける。

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 できあがり。チョコが固まってから食べたほうがよいよ。
 さくっと軽くて、甘みもしつこくないし、思ったほど油の感じはしないはず。っていうか、そこがお菓子の怖いところ。
 ちなみに今回使ったチョコはこれでした。

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