« 2008年7月20日 - 2008年7月26日 | トップページ | 2008年8月3日 - 2008年8月9日 »

2008.08.02

福田改造内閣、雑感

 とぼけているかのようだがあまり政局というものに関心がない。今回の福田改造内閣についてもそれほど関心はなかったし、改造後の今もそれほど関心はない。なので、この話題は例によってスルーし、最近読んだ本の話でも書こうかなとも思ったが、微妙に心にひっかかる部分がある。ブログなんて無名な庶民の記録だよなという原点で、とりあえず書いてみよう。
 組閣のニュースを聞いて、えーそれはないでしょというふうなべたな驚きは、ない。しいていうと二つ、ほぇっとは思った。一つは、経済財政・規制改革担当与謝野馨ってなんだよ、それ、ということ。そしてそれは、大田弘子さん、お疲れ様でしたということでもある。悔いは残るだろうけど、辞めるにはいい時期だったんじゃないですかね、これからのことを思うと、というかこれからの日本のことを思うと力のある人材は備えていてほしい。
 もう一つは、麻生太郎が自民党の幹事長に、ほぉ、うまいな、と。よくそんな話に乗ったねというか、沈む泥船に乗るっていうのはどういうことなんだろとは思った。表向きには挙党態勢ってことなんだろうが、そのあたりの麻生側のメリット、または呑めよと促したのは誰……いや、もう誰っていったら、先日の件もあって、森さんしかいないじゃないですか。しょーもないな。
 まったく報じられていなかったわけではない。先月27日付け時事”福田首相、森氏と密談か=改造めぐり憶測広がる”(参照)より。


 福田康夫首相が内閣改造に踏み切るかどうかが政局の焦点となる中で、26日夕、黒塗りの乗用車が首相公邸に滑り込んだ。車に乗っていた人物は確認できなかったが、森喜朗元首相が福田首相と会い、改造や臨時国会の召集時期をめぐって意見交換したのではないかとの憶測が広がった。
 乗用車は午後5時半ごろ、首相が休日を過ごす公邸に入り、約2時間半後、別の出入り口から出て行った。その際、森氏と風貌(ふうぼう)が似た人物が車に乗り込むのが関係者に目撃されている。

 ということで時事の報道自体は「憶測」ということになっているし、福田が森と密談したって同じ派閥で別にどうってことはないわけで、むしろ森と麻生はどうよという話になる。そのあたりの話は、ざっと報道を見た限りない。
 関連かなと思えるのは、今朝の日経紙面の”麻生氏と密約説 党内で取りざた”だ。

 福田康夫首相が一日、麻生太郎氏の幹事長就任に際して自らの政権では衆院選はしないと麻生氏に伝えたという「密約説」が浮上した。事実なら首相が専権である解散権を放棄したともとれ、波紋を広げている。

 とのことだが、そのあたりの波紋は他のソースから見えない。私が鈍すぎかもだけど。

 複数の自民党関係者によると、麻生氏が「首相は選挙をするつもりがあるのか」とただすと、首相は「私の手で選挙をすることはない」と言い切った。


麻生氏が幹事長の受諾で「誰の手で解散するのかをはっきりさせてほしい」と条件をつけたとの情報もある。

 もちろん、これは「憶測」なので、このあたりをフカすことでメリットを得るスジの話かもしれない。というか、そのスジってどこ?
 この「憶測」について。

 当の麻生氏は記者会見で「解散時期について総裁と話し合った事実はない」と否定。

 なので、麻生を信じるならそんな話はなかったということだが、別にそんな話がなくても阿吽で確約できればいいことなんで以下略。

両氏がわざわざ首相官邸に隣接する公邸に場所を移し、二人きりで会ったことも憶測に拍車をかけている。

 とのことで、密談ではないけど、二人だけの対談はあったのは憶測ではない、と。
 ざっくり見れば、以上の話を「憶測」でまとめるのはちょっと無理があるわけで、麻生も泥船に乗るにはそれなりの確証を得ていると見ていいだろう。
 ということは、この新内閣が解散する契機は、福田ぶっち切れか、麻生側から泥船しずんじゃったでしょコールの二つということ。
 あとは国内的に多方面からいろいろ仕掛けても安倍政権みたいにはぶれそうにもないし、民主党の攻勢はそれほど効かないのではないか。というか、小沢はそのあたりは読めるから今回の自民党挙党一致路線から外れたあたりの勢力にもっとえげつない攻撃をしかけるか、民主党も内部に問題を抱えているのでチキンレースになるか。
 大したことはないでしょ。
 そのあたりの要因だけ見れば、この内閣、任期までは続くというかそれに近い時期まで続くかなみたいだ。がたぶん、その時期までには黒船ならぬ赤船が来ているんじゃないか(二階さんがんばってね)。今回の組閣は、国難の体制として雰囲気はなく、なんか、与謝野の増税もできるんじゃな~い、古賀の衆院選もそこそこいけるんじゃな~い、といったほのぼのとしたレトロな雰囲気に心和む。月曜日にご祝儀の株高があるとよいけど。

| | コメント (13) | トラックバック (1)

2008.08.01

さんぴん茶

 さんぴん茶は普通ジャスミン茶として理解されている。ウィキペディアのジャスミン茶の項目(参照)にもこんな話が載っている。


沖縄ではさんぴん茶(さんぴんちゃ)として飲まれている。これはジャスミン茶を指す中国語(香片茶 シャンピェンツァー)から転じたものである。沖縄においてよく飲まれている茶であり、大衆食堂では大きな薬缶に入って置いてあるところもある。沖縄では紙パック入り、缶入り、ペットボトル入りのさんぴん茶飲料がスーパーマーケット、コンビニエンスストアなどで販売されている。中華のジャスミン茶よりジャスミン香が控えめである。

 間違いとは言えないのだが、ちょっと微妙なところがあるので、エントリに書いてみようかなと思った。そんなことを思うのも沖縄で八年暮らしたせいもある。別に沖縄通だとかふかしたいわけでもなく、なんとなく懐かしい思いを喚起させられることがあったからだ。
 ウィキペディアにある「大衆食堂では大きな薬缶に入って置いてある」というのは、そういうのもあるだろと思う。ああ、あそこにあったなというのは思い出せない。が、このさんぴん茶は戦後というか昔からずっと沖縄で飲まれいていたさんぴん茶で、なぜかピンク色の紙の筒に入っている。ブランドはいろいろある。ネットを眺めていたら、『ならんちゅぬツブヤキ。。』というブログの「さんぴん茶」(参照)というエントリに写真が載っている。なぜどれもピンクの紙筒なのかはよくわからない。入っているのはたしかにジャスミン茶なのだが、中華街とかで飲むジャスミン茶とは若干違って、ほうじ茶っていうことはないけど番茶みたいに鈍い味がする。つまりいわゆるジャスミン茶がべた中国緑茶を使っているのは違う。ウィキペディアには、「ジャスミン茶の茶葉は基本的に緑茶なので、80℃前後の若干ぬるめの湯で淹れるのが良いとされる」とあるがこのピンク紙筒のはそんな配慮は要らないはずよー(ちょっと沖縄ふうに言ってみる)。
 沖縄ではこのピンク紙筒のさんぴん茶の熱いので黒糖を摘む。黒砂糖とは言わない。黒糖という。ナイチャーの私は宮古だのヤエマのこくのある黒糖が好きだったが、オジーやオバーたちのなかには、そういう不純物の多い黒糖は質が悪いと思っている人もいた。このあたりの味覚が今一つわからない。鍋縁というのがよいと力説しているオジーもいた。どこでそんなものが手に入るのかというか、鍋縁と称する黒糖も売っているのだが、どうやらそうではない。オジーが子供のころ黒糖を鍋で煮て、その縁についたのを食ってうまかったという昔話なのだ。でも、それが本当にうまいんだろうな。
 ついでにいうと、泡盛なんか臭くて飲まないというオジーもいる。米軍統治の時代の酒はウィスキーで泡盛なんかそんなに飲まれてなかったというオジーもいた。また、観光客が好む泡盛を憮然、憤懣やるかたなき、みたいに思っているオジーもいて、ではどんな泡盛がよいかというと、忠孝とかいうのか、なんかよくわからない一升瓶を勧めてくれた。なるほどねというかアルコールですなという味がした。戦前は黒糖焼酎を飲んでいたというオジーもいた。そうなのかもしれない。
 ついでにいうと、ナイチャーは、れいの、ざわわ・ざわわ・風が通り過ぎるだけ♪というお歌が好きだが、うちなーんちゅの少なからずがあれにピンと来ない。フィリピンの歌でしょとかいううちなーんちゅもいた。たしかに戦前もサトウキビ畑はあったが、キビ畑というかウージっていうかあれがあんなにどばーっと広がって「基幹産業」になったのは米政府の指導によるもので、とある広がるキビ畑の光景だが、「戦前は、水田が広がっていたよぉ、このあたり」とかオジーに教えてもらって、え゛っとうなったことがある。
 なんの話だったっけ。さんぴん茶だ。で、ピンク紙筒のさんぴん茶の他に、中国から直輸入の缶入りジャスミン茶もそれなりに飲まれている。普通中華街で飲まれているのと同じだ。これが高級だと思っているオジーやオバーがいるが、それほど高級品ということはなく、サンエーとかカネヒデとか丸大とかでも普通に売っている。缶は丸いのと四角のとある。違いはよくわからない。図柄が蝶なのでなのか、蝶缶だったか、なんか愛称があったようだが忘れた。
 以上が沖縄さんぴん茶現代史の上巻、なのだが、平成5年に革命が起きる。沖縄ポッカが缶入りサンピン茶を出したのだ。沖縄ポッカの該当ページ(参照)にも「平成5年に販売を開始したポッカのさんぴん茶は、県内のさんぴん茶ブームの火付け役です」とあるが、これがなぜ革命的なのかというと、それまで缶入りさんぴん茶がなかったということもだが、味が違った。これは、ピンク紙筒系でもなく中国輸入缶入り系でもない。
 最初に飲んだときの感動を私も覚えているのだが、というか私は中国茶にそれなりに詳しいので、「こ、これって、白毫のか?」とつぶやいた。あの頃、というかそれ以前からだけど、華人の飲む茉莉花茶には白毫というかシルバーティップスというか、茶の葉の芽というか産毛の多いスジみたいのに丹念に着香した高級品があって、たいていはこれを丸めている。中国語で真珠を意味する珍珠と呼ばれている。白龍珠とも呼ばれている。
 さらにいうと、この茶の芽というか、短めで白毫のは細いほど高級品なので、珍珠は粒が小さいほうが高級品だ。私はこの最高級品ランクを飲んだことがあるけど、「こ、こ、これがさんぴん茶のことかーっ」と叫ぶくらい、なんつうのかギリシア甘いワインとイケムくらいの差があった。トロっいうふうでもないけどとろみのような、そして香りがあの、お便所にもよろしい鴨系では全然なく、楊貴妃の脇毛芳香もかくあらん(なわけねーよ)みたいな芳香です。っていうか、白龍珠の高級品は中華街の中国茶屋で売っているから、気になる人は一番高いのを飲んでんでみるといい。いれ方はこれこそまさに80度くらい。珠がひらけばいい。というか、そこがまた見て楽しいので耐熱グラスで飲むとよい。
 沖縄ポッカの缶入りさんぴん茶はそこまで高級品ではなかったけど、白毫系のサンピン茶の味がして、すごいなこれ、と思った。というか、うちなーんちゅも、え、これさんぴん茶という感じで嵌っていた。当然だが、類似品は出る出る(たしか沖縄ポッカは「さんぴん茶」を独自商標にしたかったのではかったかな)。出ても、あの味は出ない。今でも、沖縄ポッカのサンピン茶の品質はかなりすごいと思うよ。伊藤園とかのさんぴん茶のはお茶のテイストとしてはどうしてもナイチャー的な感性に引っ張られている。
 ついでだけど、ウィキペディアには。

高級なものほど、茶葉に対して花の量の比率が高い。烏龍茶や白茶に花の香りを吸着させたものもあり、特に白茶で作ったジャスミン茶は高価。 ジャスミンの花弁を取り除いたものが製品として出荷されるが、花弁を残しているものもある。この香りを移す工程を繰り返せば繰り返すほど、そして花弁を丁寧に除いたものほど、良質なジャスミン茶となる。

 とあり、この白茶は白毫か白龍珠の意味だろうと思う。というか、白茶の白毫もあるし、白茶で茉莉花茶もあるかもしれないけど、私の知識だとはたいていのは白茶には分類されないはずだし、珍珠というか白龍珠のは緑茶の分類のはず。このあたり、専門の方がいて、finalventの言うとおりだよというなら、ウィキペディアの同項目を修正しておくといいと思うが、どんなですかね。
 で、と。こんな沖縄ポッカのさんぴん茶のことを思い出したのは、先日、これの水出しを買って、水出しで作ったらけっこううまかった。どこで買ったのか失念していた。伊藤園でも水出しさんぴん茶があるのだが、緑茶テイストがきつい。
 沖縄に旅行に行く人に、なんか懐かしい土産物あるか、と聞かれて、沖縄ポッカの水出しさんぴん茶と答えた。まあ、ネットを見ると売っているみたいなんですけどね。というわけだけど、このエントリにはアフィリはないです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.07.31

過去のメディアが今のメディアと競合する時代

 WTO決裂については今日の新聞各紙社説がそれなりにうまくまとめているし、こうした正論が新聞に書けている時代はまだいい、ということで、というか、たぶん今回のWTOは決裂以降が問題なわけなので注視しつつこの話題はブログではパス。で、雑談。
 先日のエントリ「極東ブログ: [書評]グーグルに勝つ広告モデル(岡本一郎)」(参照)だが、読後はよくわからなかったのだが、避暑がてらというのと、オリンピック騒ぎを逃げるために、DVDの映画とか古書とかを探しに街に出て、なるほどね、同書にあった過去コンテンツが現在のコンテンツと競合するっていうのは、けっこうアリなかと実感した。過去コンテンツがここまで膨れあがった文明っていうのはなかったわけだ。頭ではわかっていたけど、どうにも実感としてついてこれないでいたが、なんだかようやくわかってきてぞっとするものがあった。
 蔦屋に行ったら巨人の星が全巻ある。私が見たことない、いわゆる本編以外もある。私は世代的に巨人の星は雑誌もテレビも全部見ている。特に雑誌のほうは少年マガジンの連載以外に、別途総集編雑誌が発売されていた。それのオマケにしょぼい短編漫画がついていて、多分無名のまま消えたんじゃないなという作家のものだが、奇妙に、断片的だけど、鮮明に記憶にあったりする。
 巨人の星の本編では日高美奈とか青春のオブセッションでもある、とかとか思うけど、こんなもの二度と見たくもない。
 雑誌もテレビも全部見たといえば「うる星やつら」も全部ある。TVのほうの音楽はかなりグッドなんだけど、放映の途中ごろ絵がすごく汚くてあれはもう積極的に見たくない。いまBSでやっている「ルパン三世」ももういいや。映画「ルパン三世 ルパン vs 複製人間」(参照)は傑作だからいつか見直してもいいけど、「ルパン三世 カリオストロの城」はもう見ることないだろう。
 仮面ライダーなんかも過去の作品がけっこうきちんと整備されていて、なんか、こー、鬱っていうか、ケロロ軍曹とか見ていて元ネタがわかる自分に鬱っていうか、そんな感じ。娯楽なんだから、別に見なくてもいいし、考えなくてもいいんだけど。それにしても、すごい未来がやって来たものだな。蔦屋とか古書店で呆然とする。
 そういえば一昨日のエントリ、「極東ブログ: [映画]時をかける少女(細田守監督)」(参照)もそうだけど、これってある意味で過去作品の連続の上にもあるわけだし、もちろん、そういうふうに見なくて全然いいのだけ、それでも過去作品を背景している部分もあるわけで、なんだか不思議な感じがする。
 今は過去の上に成り立っているとしても、たぶん80年代あたりからか、今が過去のコピーというかメディアの上に成りっているみたいな錯視感に変わった。別の言い方をすると、60年代というのはなんでもやたらと「新しい」時代だった。そして70年代はその新しさが腐ったというか、マス化を含めて終わった時代だった。そして80年代になったら、もうリアルなものはなにもなくて、作品というか作られた映像から歴史が出来てきてた。ボードリヤールがあのころ、シミュラクルとかハイパーシミュレーションはリアリティって言ってたがよくわかったというか、吉本隆明もまだ元気でそのあたりニューアカのバイパスで格闘していたわけだけど。
 ど、というのは、個人的な印象だけど、ネットっていうか、90年代半ば、モザイクというか画像がネットに登場するようになって(正確にいうとコンピュサーブでかな)、ハイパーシミュレーションはリアリティじゃなくて、リアリティそのもの。もうなにがなんだかわけがわかんないことになった。見えるということは、そもそも創作だし再創造なんだというのが自明な世界がやってきた。
 70年代というか80年代の頭くらいまでは、まだ映像がリアリティ=本当の世界、との対比で語り得たけど、80年代のあたりのどっかでリアリティっていうのはフィクションの純化というか、本質という創作になってしまった。あまり言うと不要なバッシング受けるかもしれないけど、歴史修正主義というはまあ普通に批判されてしかるべきなものだなのだが、その歴史修正主義という概念が依拠しているリアル感は実は80年代に消えたんじゃないだろうか。
 小林信彦がテレビの戦争ドラマのリアリティがおかしくなっているということを以前時折触れていたが、もう触れるのもイヤになってしまったみたいだが、映像や物語で語られる戦争のリアリティの質感がどっかで根本的に違ってしまって、ちょっと偽悪的にいうと、そこで提出されるイデオロギーのリアルな希求がリアリティに置き換わってしまった。たとえば、戦争の悲惨を理解することがリアルな映像なのだというか。でも、本当の映像というのは、たえず各種のイデオロギーというかそういう理解を裏切る雑音的な要素があるものだった。リアルなものというのは物語を否定しちゃう矛盾を持っているもので、ある微妙な「おかしみ」というのか変な日本語だけど、いや別にナショナリストでも戦争賛美でも否定でもないけど、春風宇亭柳昇のラッパの話は面白いなあみたいな部分があるものだった。
 不思議なのだが、YouTubeのおかげで60年代とかの古い映像とかも見ることができる。先日、宇宙少年ソランのチャッピーを見てなんか泣けてしまうものがあるのだけど、じゃ復刻なら当時の映像のままだから、ある種のリアルが今でも見えるのかというと、見られない。満州時代の映画とかも、たしかに歴史の資料だしそのままだけど、どこかできちんと21世紀に再生している50歳の俺が一緒にいる、みたいなカプセル化がきちんとできていて、カプセルを外すことはできない。なぜなのだろうか。
 しいていうと、古い建物のすえた臭いのなかに、本当の歴史の感覚がすると感じることはある。自分が生体として生きて来た時間の、もっとも原初的なリアリティのなかでしか戻らないものなんだろうか。
 なんかまとまりの無いようなことを書いているけど、星里もちるの「りびんぐゲーム」だったか、登場人物の女の子が1970年代生まれだ、若い!、とかで他の登場人物がずっこけているシーンがあったが、1970年代生まれの子が世の中に登場してきたよガビーンの感じはあった、俺の90年代。その先はもう80年代生まれどころじゃない。
 ただ自分が年を食ったということがいいたいわけでも懐古したいわけでもなく、自分からみると、シミュラクルとリアルの差のない、あるいは差が価値という歴史空間に生まれた人たちがもう立派な大人になっているのだし、その人たちがまた映像を作り出してしまっている。恋愛とかしているし子供を産んだり育てたりととかしている。えええ! そういう人間的な行為はメディアの外でするもんだぜ!、とか言いたくなりそうだが、そう思う自分も、実は文章のメディアとしては同じ構造の中を生きてきた。
 歴史の感触がメディアに置き換わるのは、「映像で」というのは70年代以降だが、「文章で」というか「出版のメディアで」というのなら、近代が始まったときにすでに起きているというか、なんとなくなくだが「極東ブログ: 武士というもの」(参照)で武士道が興行の産物ではないかとしたように、明治時代の後期あたりから発生している感じがする。普通に近代とは文章というメディアの空間だし、80年代あたりからそれが映像や感覚再現のメディアに置き換わったのだろうな。
 話がごちゃごちゃしてしまうが、映像メディア自体は1930年代には興隆しているし、そもそも第二次世界大戦というのが、飛躍するけど、その映像メディアの産物だとも言えないことはない気がする。「あの戦争」はどことなく映像で出来ている。そして映像というのは、リアリティを映し出すのではなく、編集ということなのだろう。
 80年代に歴史のリアリティが映像化するというのは、映像の質、端的には映画からTVということかもしれない。
 夏雲を見上げて、すっと手を伸ばしてみる。どっかに薄いメディアの幕みたいのが破れるんじゃないか、と。破れっこないのだ。

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2008.07.29

[映画]時をかける少女(細田守監督)

 細田守監督作品「時をかける少女」(参照)は2006年7月15日の公開なので私は二年以上経って見たことになる。気になっていた。夏雲を見上げたら、見るころじゃないかなと。見た。傑作でしたよ。これはすごいなと。これは大人の映画だなと。いろいろな見方があるだろうし、いろいろと感動(あるいは罵倒)を胸に溜め込んでいる人も多そうな感じはする。まあ、私が思ったことでも少し書いておきますか、くらいな話を以下に。

cover
時をかける少女
 まいどまいど自分語りがくどくて申し訳ない。1957年生まれの私は1972年に放映されたNHK少年ドラマシリーズ「タイム・トラベラー」をべたに見ている。べたなターゲット層だし。深町くんことケン・ソゴルもよく覚えている。ラベンダーもこの番組をきっかけで知った。1983年大林宣彦監督映画「時をかける少女」は見ていない。原田知世も角川映画も好きだったがなぜだろうか。理由はよくわからない。ユーミンの「VOYAGER」は聞いていた。
 2006年「時をかける少女(細田守監督)」は原作とはだいぶ違うらしいくらいの前知識はあったし、あまりそのテイストへのこだわりはなかった。が、もともとは少年ドラマふうな印象があったから、そのあたりが現代にどう活かされるのだろうかという関心はあった。理科室が出てくるところは原作へのオマージュかなとは思った。
cover
VOYAGER
松任谷由実
 後で知ったが、この作品は1983年大林宣彦監督映画「時をかける少女」の続編の位置づけらしい。1983年版は原作をなぞっているから芳山和子の登場でもわかる。というか、そのあたりに作品のトリックがありそうなので、途中、身構えた。
 というあたりを先に話すと(スポイラーになるとは思うが)、未来人、間宮千昭がこの時代にやってきたのは東京国立博物館のある絵を見るためということと、芳山和子の人生の時間についてのくだりに、たぶん、私からは読めない何かプロットが仕組まれている印象はあった。なんだろ?
 話に入る。冒頭、東京下町の高校二年生女子、紺野真琴が、同級生の男友だち間宮千昭と津田功介とつるんでいる。たわいないキャッチボール。こういう男女関係は、幼なじみ的な関係ではありえないわけでもない。が、イカ臭い高校二年生なんだから当然、そこに恋愛や性の感情がにじむ部分もある。実はそこがこの映画の一つのテーマになっているといってもいいだろし、そこはよく描けている。紺野真琴の胸はやたら小さいが(意図的だろうけど)。
 原作は、SFチックというか少年少女向けに書かれていることもあり、いわゆるタイムトラベルものの様相を色濃く出しているのだが、今回の映画では、それは、明確に一つの比喩として描かれている。比喩でしかない。これはすごいなと思った。
 私は50歳にもなってしまったので十分少年時代や青春時代を薄汚く述懐してもいいのかもしれない。というのは、過去というのは常に可能性に見えているものだからだ。そう過去がだ。可能性に満ちているのは、未来ではなく過去だ。あの時、あの選択をしたら、どう生きていただろうか。仮想のパラレルな過去を積み上げて今という時をごまかして生きている。時間というのは、意識によって崩壊した量子的な存在でもあり、エヴェレットの多世界解釈のように今の自分は多層な可能性に満ちた過去の幻想に覆われているものだ。
 いや冗談ですよ。実際にはこの一つの人生しかなく、そしてそれは今という時間のなかで、薄汚く汚れたものでしかない。なんでこんな惨めな老いた自分がいるのだろうということ、過去の多様な可能性は意識のなかでバランスされている。時間の意識というのはそんなものだ。
 と強引に自分の話を引っ張ったが、この作品、ある意味で、津田功介が藤谷果穂と二人乗りの自転車で踏切事故にあって死ぬのが、リアルなエンディングなのだ。人生という物語なら、そこで終わり。主人公、紺野真琴はそこに罪のような悔恨のようなけっして戻らない死を抱えて、30歳・40歳。50歳とだらだら生きることになる。人は、可能性の過去のなから最悪の線の上に細っそりと惰性で生きていくものだ、普通はね。生きているだけマシが死に損なったかなの均衡をゆっくり壊していく。
 あの二人のリアルな死で、この物語の一つのリアルな構造が終わる。その時、物語の空間が強くなり、突然、間宮千昭が未来人であると告げられる。つまり、そこからSFという比喩がようやく始まる。作為のなかで死のリアルさと、幻想の過去の可能性としてのSFは、きちんと意識的にこの物語のなかで多層化される。
 この多層性のなかで、紺野真琴は間宮千昭を恋人として選び得たかもしれない失われた過去にいる。ここでも時間が死と遭遇している。間宮千昭は、時間の秘密を犯した重罪であり、きっちりとは描かれていないがそれは死罪と見てよい。「今」という時間は、恋を選べずに罪と死だけが残されるようにできている。
 物語のこの屈曲点から、物語としての最終部に向けて、ドラマツルギーによる転換が始まる。リアルな人生の、こうした悲惨な時間という意識構造に立ち向かい始める。私たちは過去のなかで選び得たものを最上のものとすることができるのではないか、と。
 冗談エントリを書いているようだが、これはニーチェ哲学の最上命題だ。多様な希望に満ちた過去からその最悪な今につながるルサンチマンとしての自分の今のあり方を、きちんと今選びなおすこと。もう一度あの時間を生きるとしても、同じ選択をすること。今の人生に是と言うための過去を選択しなおすこと。
 物語では、紺野真琴は間宮千昭を恋人として選び直す。それは同時に過去の恋人を失うことでもある。そこで失われた恋人として、「また未来で会おう」と約束する。それは、未来としてのこの今のこの時間に、最善の選択をすることだ。そして、それが今という時間を変える。
 映画のこの、ラブシーンのように見えるトリックは、「タイム・トラベラー」の視聴者だった私にはよくわかる。ケン・ソゴルと芳山和子の約束そのものだからだ。恋人は再び別の人間として未来に現れるということ。
 人は若い日の恋愛のなかには生きてはいけないけど(そこには死があるし)、そこから組み上げた最上の未来のなかで定まった未来の恋人を選び出すことはできる。その確信のなかに生きていたことが、過去の時間のすべてを変える。それが大人の物語だ。
 アニメの映像も美しい。2006年の東京というには少し古いように見えないこともない。でも、そこに刻まれた風景はたぶん、若いときにこの映画を見た人の心のなかで、20年後、30年後、きちんと時を超えて、大人の物語として蘇る。

| | コメント (7) | トラックバック (3)

2008.07.28

次の目標地点は北京パラリンピック、それまでは昼寝が吉

 ジワジワと北京オリンピックが迫って来て個人的には気が落ち込む。もともとオリンピックは好きではないし妙ちくりんな事件でも起きなければいいなくらいに思う。世界が平和でありますように。
 いろいろと北京政府も大変そうな感じは、産経新聞”日連続で直訴者摘発 数千人規模か 五輪開催中の混乱を予防”(参照)あたりから伺える。


地方官僚の腐敗や横暴ぶりなどを訴えるために上京した農民らが住みつく北京の「直訴村」で連日、一斉拘束が行われている。24日で4日連続となり、拘束者は数千人規模になるようだ。五輪期間中に北京市内の人目につく場所で直訴者が抗議行動を起こすのを防ぐのが狙いだ。当局がこのほど、「五輪期間中は北京の3カ所の公園を集会・デモのための区域とする」と発表したのも、同じ狙いからとみられる。

 3か所については共同”五輪期間にデモ専用区設置 異例の措置、暴動続発背景”(参照)より。

 中国では官僚腐敗などへの不満から地方で暴動が相次ぎ、住民の中央政府への陳情も増加しており、公安当局などの力による抑えつけに限界があることが背景にある。
 専用区域は世界公園、紫竹院、日壇公園。いずれも五輪会場に近く、隣接しているものもある。劉部長は「デモは申請して許可を受ける必要がある」としており、中国政府のチベット政策や人権問題を批判する団体などによる申請は大半が不許可になるとみられる。

 という見方は共同の思いが入っているかも。先の産経では。

 一方で、当局が特定の場所での集会・デモを認めたことについて、五輪前の拘束を逃れた直訴者を把握し、摘発するのが目的、との見方も直訴者の中から出ている。

 三十六計のお国柄とするとこっちがたぶん真相に近いか。というか、北京オリンピックをむしろきっかけにウイグル地区の弾圧など強めているのかもしれない。9日付けCNN”新疆ウイグル自治区で「聖戦」唱える5人射殺と、中国当局”(参照)より。

中国の国営・新華社通信は9日、新疆ウイグル自治区ウルムチで中国からの独立を目指し「聖戦」を標ぼうする勢力の拠点を摘発、構成員5人を射殺したと報じた。摘発したのは、イスラム教スンニ派のウイグル族の男女15人。

 とはいえ、おそらく北京政府側が恐れているのは、愛国心を錦の御旗にした暴動だろう。昨年9月杭州市でワールドカップ、ドイツ戦で「なでしこジャパン」が4万人の中国人観衆からブーイングを浴びせられたことを思い出すと、謝謝横断幕精神でうまく落ち着くのか不安には思う。が、オリンピック終了まで何か大事件と呼べるようなことが起きるかといえば私は起きないだろうに賭ける。
 問題は、オリンピックまでは繋げてきた中国の発展で、先日のエントリ「極東ブログ: [書評]中国発世界恐慌は来るのか?(門倉貴史)」(参照)でも触れたが、同書では、北京オリンピック直後に問題は起きないだろうとしていた。
 今朝の日経新聞社説”五輪を迎える中国(下)経済の「質」高め大地の荒廃食い止めよ”(参照)は随分と楽観的に出てきた。

 「北京五輪が終わると中国の景気が急減速し世界経済の足を引っぱるのではないか」との懸念が早くから指摘されてきた。実際にはサブプライムローン問題に端を発する米国の景気減速が最大の不安要因となっており「中国発の世界不況」という事態はなさそうだ。ただ結果的に、中国が高成長を続けることへの期待は従来以上に高まっている。

 さらっと読むと、もう中国発世界不況はなく、米国経済の失態で中国にもっと期待が高まるっということだ。ほぉ。
 だが続きのトーンは微妙。というか、どういう段落のつながり方をしているのか次段落はこう。

 胡錦濤国家主席をはじめ共産党政権は国内の安定を最優先し、五輪が終わるまで改革を先送りしているようだ。五輪閉幕後にはコストに見合った水準まで電力料金などエネルギー価格を引き上げる改革に踏み切るべきだ。世界経済の不透明感が増し中国の景気減速も懸念されるが、改革は急がなければならない。

 これはどういう意味なんだろう。単純なところなんのための「改革」か? 文脈的には、「高度成長を続けるため」としか読めないのだが、「五輪閉幕後にはコストに見合った水準まで電力料金などエネルギー価格を引き上げる改革に踏み切る」ことで、高度成長が続くのだろうか。そのまえに凹むんじゃないの。
 さらにこう続く。

 「粗放型」の発展の限界は鮮明になっており、生産性の向上で成長を目指す必要はかつてなく高まっている。中国は五輪を機に、より質の高い「循環型」経済への転換を加速しなければならない。その成否こそが将来、北京五輪に対する歴史的な評価を左右することになる。

 腐したい意図はまるでない。文脈的には改革で生産性の向上が望まれるというのだ。ようするにスパンの取り方の問題だろうか。
 それでも、「粗放型」の発展の限界は鮮明だとしているということは改革がないとそれはそれで凹むということだろう。というか、そうしないと北京五輪自体が別の歴史的な意味を持つということで、なんとも高度な修辞で読みがむずかしい。
 この問題の識者として参考になるのが24日付けロイター”五輪後の中国:間違った経済政策、早期転換無ければ社会亀裂リスクも”(参照)の富士通総研(FRI)経済研究所の柯隆・主席研究員の指摘だ。これはネットで見られる内に直接読んだほうがいいと思うけど、簡単にコメント。

 ―― 五輪後の中国経済の行方は。 
 「規模そのものの拡大は続く。2008-09年は07年ほどの高さではないにしても、10%前後の成長が続く見通し。ただ、経済の中身を検証する必要がある。今の経済政策は大きく間違っている。昨年から一気に景気引き締め政策を始動させたが、中央銀行はインフレ抑制のために引き締めたくても、通貨の安定を考えると利上げはできず、手足を縛られた状態だ。預金準備率の引き上げや手形発行による短期金融市場からの資金吸い上げを行っているが、インフレで熱は上がり、解熱剤になっていない」
 「そこで昨年7月には外科手術のように貸出総量規制を導入したが、これは完全に間違っている。市場経済と言いながら計画経済の政策を復活させたもので、多少熱が下がるようにみえても、実は体力の消耗になるだけだ」 

 現状ママで来年まで成長するとのこと。ここで個人的に理解がむずかしいなと思うのは、貸出総量規制の件で、柯氏はかなり明確に間違いだとしている。
 さらにこの先柯氏は総量規制の緩和こそ必要だとている。一種のリフレが必要だという理解でよいのではないかと思うが、率直なところ、そのあたりのことが私も詳しく知りたい。自分には十分な経済学的な知識がないからだ。ただ、「極東ブログ: [書評]霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」(高橋洋一)」(参照)の日本への指摘には似ているように思えた。
 オリンピック後はどうか。

 ── なぜパラリンピックまでに政策の転換が必要なのか。 
 「北京五輪は国威発揚のイベント。中国では過去100年でこれほど世界に注目されるイベントはなく、待ちに待った一大イベントだ。五輪が作り出す表面的な繁栄や高揚感の中では経済の実態が見えにくいが、パラリンピックが終わった瞬間に人々の間に喪失感が広がる。2年後に上海万博があるとは言え、市民は簡単に切り替えられず、株や経済の実態に気づくだろう」

 柯氏の要点は、「人々の間に喪失感が広がる」という点だろう。このあと。

 ── 政策が転換されない場合はどうなる。 
 「経済政策の是非を判断する最良のバロメーターは株式相場。上海総合指数が昨年、6000ポイントを超えた時はさすがに高過ぎて調整が必要と思われたが、これほど急激に半分以下の水準まで落ち込むのは明らかに間違った政策の影響がある。政策転換がなければ株価が2000ポイントまで落ちることも十分ありうる」
 「上海の個人投資家に聞き取り調査したところ、株への信用を失っている。中国には1億人以上の個人投資家がいる。退職金を全てつぎ込み、不動産を担保に借り入れして投資する人もいたが、株の失敗で自殺者が増えている。企業の経営をやめるケースが増えて失業率が上がれば、治安も悪化する。1番のリスクは雇用だ」 

 ここもむずかしい。この点について、ニューズウィーク日本版7・23”上海株暴落と市場浄化の真実”では多少楽観視している。オリジナル記事は毎度ながら英語で読める。”Following The Herd In China”(参照)である。

 株価が急落した後も中国で抗議行動が起こっていない理由の一つは、中国の銀行が株取引のための融資を認められていないからだ。そのために損失の額も限定されたと、スタンダード・チャータード銀行の中国担当エコノミスト、スティーブン・グリーンは言う。昨年のバブルの頂点で、中国の流通株の時価総額はGDP(国内総生産)の約30%だった。日本の109%、AMリカの142%に比べるとはるかに低い。

 概ねそうなのだが、ここの部分の翻訳が毎度ながらちょっと引っかかるので原文も引用しておく。

The fact that China has not experienced the sort of protests that hit other countries after major market meltdowns―as in India, where investors took to the streets of Mumbai earlier this year―is partly down to the fact that Chinese banks are not allowed to support margin trading (that is, lend people money to invest in stocks). That has limited the absolute size of losses, says Stephen Green, Chief China Economist of Standard Chartered Bank. At the height of the boom last year, China's tradable market cap was equal to around 36 percent of GDP, compared with 109 percent in Japan and 142 percent in the United States.

 この先、ニューズウィーク記事でも、株暴落の影響は出はじめているとはしている。が、それでも、記事のトーンとしては中国人にとっても自己責任のいい教訓になっただろうというふうにはなる。
 気になるのは英文のほうの対比されているインドの事例だが、むしろインドは民主主義だからそれなりの社会抗議に政治の流れが付けられるが、中国はどうなんだろうか。
 中期的に見れば、大きな経済クラッシュもなく社会不安も一定域に押し込められ、未来永劫までとはいわずも長期に繁栄して共産党独裁が続くというシナリオがありそうなのだが。
 が、というのは、私はこのブログで米国住宅ローンバブルはある程度予測したし、かなりひどいことになると思ったけど、サブプライムローン問題が金融危機にここまで連鎖するとまでは思っていなかった。そのあたりを教訓にすると、あまり楽観論というのもどうかな、なのかもしれない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.07.27

雑感、関心がすれ違っていく

 ブログを初めてもうすぐ5年になる。よくやっているなというのと、このところのエントリの書けなさからするともう終わった感もないわけでもない。そのあたりは自分のありかたに自然なままで推移していくしかないだろう。個人のブログなんだし、自分が多少なり社会に問い掛けたい(あるいはそれをもって世相のログとする)という以上には目的のないブログでもあったし、その限界で終わりというものは必ずある。
 ただ、「書けなさ」感みたいのは、ある程度は自覚的だ。世間の物事に自分の関心がなくなっている。そしてさらに関心を持たないようにしている自分もいる。そのあたりことを、この間、書かなかったなということの言い訳のようにざっとメモ書きしておきたい。
 どこからでもいいのだが、連想のようにして思いつくのは、八王子で起きた無差別殺人だろう。凶器は包丁だったのでさすがにこれを取り締まれというナンセンスな意見は見かけなかった。秋葉原の事件ではネットのリアクションには共感のようなものもあったように思えたが、今回はこれもさすがに見かけなかった。あったのかもしれないが少なかったのだろう。無辜の、市井の人が殺害されてしまう社会というのは問題は問題だし、大手紙も社説で触れていたのを読んだが、特に共感もしなかった。対処案としては、日本社会の人間関係の根幹の問題だというのが上がっていたが、それこそ言っても詮無い。読売新聞だったか私服警察官を街に増やせというのがあった。そういう発想にもなんと言っていいのかわからない。映像ニュースは意図的にほとんど見なかったがラジオまたは音声だけのNHKのニュースでは、街中の監視カメラが容疑者を撮影しているものが多かったようだった。そうした監視カメラは今回の事件の抑制には繋がらなかったわけだが、その後のニュースという物語の素材にはなった。またニュースなのに被害者の小学生時代の作文も聞いた。ある種のディテールが語られることで、事件のリアル感を失っていくような奇妙な感じがする。
 ネットの話題だが、毎日新聞の英語向けサイトの話題が下品だということで、ネットからはバッシングがあり、結果的に毎日新聞も謝罪?というのか、公式に記事の不適切性を認めた。私はこの件についてもほとんど関心がない。該当の下品な記事を読んでいないこともあるが、ネットなんて下品な記事に溢れている。私のブログだってその部類だろう。私は自身を著名なブロガーなりアルファブロガーなりとも思っていないが、そういう幻影から揶揄や攻撃は受ける。しかたない面もある。我ながらちょっと下品だよな、俺、このブログ、しかたないな、と。
 毎日新聞がアルファブロガーの特集をしたとき、私にはまったくのお呼びはなかった。泡沫ブロガーだからということでもいいが、もうオフレコでいいかもしれないので言うと、NHKクローズアップ現代で以前アルファブロガー特集があったとき、このブログは内容に出る可能性があった。結局は没になり、画像だけが放映され、そのことがネットの嘲笑の対象にもなった。どうでもいいよと思う。毎日新聞からも呼ばれたいとも思わないのだが、なんとなく、切込隊長(山本一郎)さんと天漢さんと私には、ブロガーということでお呼びをかけるキンタマのあるマスメディアはないんじゃかなというのは少し思った。切込隊長さんは文春などにも執筆する言論人だからそうでもないかもしれないが、ブロガーとしての彼の「毒」や、天漢さんの「毒」みたいのは、マスメディアの論調には合わないだろう。そのズレにかろうじてブログの良心というのか、いや良心などではないにせよ、なにかブログの精神に近いものがあるように思うが、そのあたりは自分の考え過ぎかもしれないとも思うし、私についていえば、「ブログ」論的な話題にはそれほど関心はない。私は私のブログを書くことがそれ以上の関心事だ。
 話がそれたが、毎日新聞の英文の下品サイトだが、何が問題かというと、それが毎日新聞に強くリンケージされていたからなのではないだろうか。ドメインもサブドメインだったようだ。その感覚が毎日新聞にはなかったのだろう。ネットからバッシングされた当初、毎日新聞側は、「え? あれ、編集組織違うし」というような他人事感はあったように思えた。確かにこれが独自ドメインで、毎日新聞ブランドでやってなければそれほど問題にはならなかったのではないか。独自ドメインのZakzakのサイトなど、下品でなかったら誰も見ないだろうし。いや、毎日新聞の今回の問題はそういう下品さではなく、日本人の自虐的な部分にあったということかもしれない。だったら、そういうのもあってもいいのではないかとも少し思った。
 先日深夜地震があった。ちょうどそのおりパソコン作業をしていたので、そうした状況で地震が発生した常として、即Twiiterに書き込みした。ついでに話題の流れをみるとすでにあちこちで地震の声が上がっていて、北海道からもというので、すぐに震源は東北かなとわかった。Twitterは最近よく壊れて使い物になんないよとも思うのだが、こういう面ではさすがだ。地震警報のシステムに活かせないものだろうか。
 当の地震は大きい割に被害は少なかったかったと見ていいだろう。深夜だったせいもあるという話も聞いたが、都会の深夜ならそうもいかないだろう。揺れの質によるのだという話も聞いた。れいによって大手紙の社説は地震はいつ起こるかわからない気のゆるみがないようにというようなことを書いていた。他に何も書けないだろうなと思った。個人的には耐震性の少ないとされる建造物が今回の地震でどう持ちこたえていたか調査してみたらいいのではないかという思いはある。が、そのあたりはちょっとタブーな臭いもしないでもない。
 タブーといえば、タミフルの副作用についてまた否定的な結果が出た。厚生労働省省研究班が実施した二つの最新の疫学調査が報告され、厚生労働省専門家作業部会は十日「服用と異常行動の因果関係は見られなかった」などとした。英文報道でも私は読んだ。というか、英文側の印象では、気になる日本での動向だがやっぱり想定範囲内ではないかという安堵のような視線を感じた。これをもって一時期の毎日新聞とナニワの浜医師らによるタミフル副作用の騒ぎがマスメディアの馬鹿騒ぎだった、と断じることができるか、といえば、公平に見ればそうとも言えないだろう。ただ、馬鹿騒ぎだった要素はあるなとは思う。そのあたりはマスメディアが少し反省するだろうかというと、たぶんしないのではないか。つまり、この手の問題もまた関心をもってもあまり意味がない。
 つらつらと書いていたらそれだけで長くなった。エントリを書き出すにあたり、思いついたキーワードを見直すと、G8、ホリエモン裁判、大分県教育委員会、地上波デジタル、著作権問題、カラジッチ、ダルフール危機、竹島問題、中国とあり、どれも書こうと思えば書けないでもないし、以前はそうした思いを毎日追っていたようにも思う。が、顧みて私が書いてどうということもない。というか、ブログ論はどうでもいいと言ったものの、ブログが何を取り上げるかというのと、個人の関心と社会への訴えかけのバランスみたいのは、どことなくむずかしい局面にはあるような気がする。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

« 2008年7月20日 - 2008年7月26日 | トップページ | 2008年8月3日 - 2008年8月9日 »